賢者の冒険   作:賢者さん

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前話がエンディング、今話がエピローグです。

※エピローグを1話で完結させたかったため少し長めになっています。


導かれし者たち

 

 

 

ー目覚めるのです…

 

 

 

…誰?

 

 

 

ー私は聖母竜マザードラゴン…

 

 

 

聖母竜…聖なる竜?母なる竜?

 

 

 

ーあなたはまだ死んではいませんが、魂は生と死の狭間を彷徨っている状態です…本来ならば人間の生死に関わることはないのですが、大魔王の企みを阻止してくれたお礼として…せめて生の道へと送り出してあげましょう…

 

ーそれがある邪悪な力によって生命が尽きようとしている今の私にできる精一杯の事です…

 

 

 

邪悪な力…それってもしかして地底にある世界と関係ある?

 

 

 

ーええ、知っていましたか…しかしそれはあなたには関係ないこと…それにあなたはまだやるべき事があるでしょう…

 

ーさぁ、目覚めるのです…

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 

既に空高く浮かび上がっており地上の様子すら見えないほどの高さにある大魔王の宮殿…鳥の骨格のように広がっている先端の部分でアランは目を覚ましました。辺りを見渡しても誰もおらず、そこはまるで世界に自分1人しかいないのかと思うほどに静寂が広がっていました。

 

大魔王バーンとの戦いで自爆したアランはその先がどうなったのか知りませんが、ゲーム脳が稼働し始めたアランの予想ではきっと大魔王を倒して「命と引き換えに大魔王を倒した英雄」的な感じになっているかもしれないと考えたのです。

 

もしそれでも倒せていなかったとしても、きっと後を任せたアバンが『すべてを斬る』という必殺のアバンストラッシュで大魔王を倒してくれたんだろうという保険的な考えもあります。仲間を全員失いながらもたった1人残された勇者が愛と勇気と哀しみのアバンストラッシュで大魔王を倒すなんていうのも王道で格好良いものなのでしょう。

 

実際は必殺のアバンストラッシュではなく竜の騎士の秘剣ギガブレイクなのですが、必殺剣であるという点では同じなので概ね正解と言えるかもしれません。

 

「そっか…そういうことだったんだ」

 

そして次にアランは夢の中に出てきた声について考え…頭の中で点と点が結ばれていき線となって答えが出たため納得の声が出たのです。

 

夢に出てきた声は聖母竜と名乗っていました。聖なる竜であり母なる竜でもある…つまり竜の女王ということです。そしてその竜の女王が、ある邪悪の存在により死の間際にいるということは…竜の女王を助けるための冒険が始まるということだと考えました。

 

つまりドラゴンクエストとはドラゴン(を倒す)クエストではなくドラゴン(の女王を助ける)クエストだったのです。

 

そしてマザードラゴンは地底世界の邪悪と関係があるとも言っていました。まさかここまで壮大だとは思いませんでしたが、つまりこの世界で大魔王とは言ってもアランの考える展開で言うとまだ魔王クラスという事です。バーン=バラモスという事で、ハドラーなんて魔族版カンダタくらいでしかなかったという事がわかりました。そしてアランの知識ではバラモスも確か自分の事を大魔王と名乗っていたはずだったので、つまりバーンは自称大魔王でゾーマ的な本当の大魔王じゃなかったのかと納得してしまいました。

 

そしてこれから地下世界へと向かい、マザードラゴンを救い出す事によって『ひかりのたま』をもらって真の大魔王を倒すことで冒険の終わりを迎えるということなのでしょう。

 

「まさかまだ折り返しだったとはね…とりあえず戻ろうかな」

 

よくよく考えてみれば光を求める大魔王など何かがおかしいとアランは思っていたのです。やはり大魔王と言えば世界を闇に陥れてこそ大魔王というイメージがあるため、他に地底世界で虎視眈々と暗黒の世界を作ろうとしている真の大魔王がいると考えれば納得もいきます。

 

大魔王バーンが語った魔界と地上の関係や太陽を魔界に齎すという目的に嘘はないのでしょうが、やはりアランとしては大魔王の目論見というならば『太陽を消滅させて世界を闇に包み込む』くらいの事は考えていてほしかったのでしょう。なんだかお日様が当たらないから屋根を壊すみたいな小さな事に思えてしまい大魔王っぽくないと感じていたのです。

 

しかし大魔王バーンが実はバラモス的な立ち位置だとわかればそれも納得です。この世界の人間がその話を聞けば「スケールが違いすぎる…」と驚愕し戦意を失うほどの衝撃的な内容なのでしょうが、アレフガルドであろう地底世界に真の大魔王がいると考えたアランの中で大魔王バーンは勝手にランクダウンされてしまうことになってしまいました。

 

そして聖母竜という自身の知識にない存在を竜の女王だと判断したアラン…マザードラゴンは一言も「助けてくれ」などと言っていないのですが、竜の女王の危機なら助けるべき…というより物語的に助けない選択肢なんてないと思っているアランは自身の持つ知識から明後日への解釈によって次の舞台は魔界だと考えてしまったのです。マザードラゴンが言った言葉に嘘はなく…事実邪悪な存在によって生命の危機に瀕しているのですが、とはいえ人間に「魔界まで来て邪悪を倒しなさい」という無理難題を課すつもりなど毛頭ありません。

 

マザードラゴンとしては「やるべきことがあるでしょう」と言ったのは「仲間たちのもとへと戻り、平和になった世界で精一杯生きなさい」というつもりで言っており、まさか「次は魔界に来て私を助けなさい。そうすればひかりのたまを差し上げるので、それを使って闇の衣を剥がして真の大魔王を倒すのです」と脳内変換されて魔界に乗り込むつもりになっているなどと考えつくことすらできません。

 

更に普通であればまずは「なぜ自分が生きているのか」を考えるところなのですが、剣と魔法のファンタジー世界にいるせいでそんな難しい事を考えるアランでもありませんでした。実際はアランが当時のフローラ王女からもらっていた『カールのまもり』というアイテムのおかげなのですが、フローラ王女からそんな説明もなかったのでただのお守りとして首にかけていたのです。

 

ちなみにこのアイテムはフローラ王女が魔王討伐に出発するアバンに渡した物と同じ物です。カールのまもりは代々国王夫妻の2人が1つずつ身に着けている物であり、フローラ王女は1つを魔王討伐の旅に出るアバンに渡し、その後もう1つを大切な友人であると同時にどうにも心配なアランへと渡していたのでした。

 

そんな『カールのまもり』が身代わりとなって砕け散ることでアランが自爆した際に身体が粉々になることなく、そして命を落とすことなく助かることができたのです。しかし意識を失い吹き飛んだアランは運良くバーンパレスの先端部分まで飛ばされてしまい、大魔王との戦いで生命力を使い果たして自爆したせいで昏睡状態となっていたのでした。もしかしたらそのまま地上へと落下していたかもしれないので、まさに運の良さが仕事をしてくれたのでしょう。

 

アバンならばすぐにそういった状況を理解できたかもしれませんが、残念な事にアランにそんな知識はないので『アレフガルドへの冒険をするために生きてた』くらいの認識しかありません。

 

フローラ女王のほうも「これは身代わりアイテムだから自爆しても一度だけ助けてくれるわよ」と教えてくれていればよかったのですが、当然ながらフローラ女王自身もそんなアイテムだと認識していなかったのです。それにもし仮にそんな身代わりアイテムだと知っていたとしてもアランには知らせなかったでしょう。

 

大魔王との戦いからどれくらい時間が経っているのかすらわからず、しかしバーンパレスは地上から見て相当な高さまで上昇していることからそれなりの時間は経過しているようでした。

 

ひとまず目覚めた場所であるバーンパレスの先端から各所の翼っぽいところを移動して大魔王と戦った場所へと戻ってきたのですが、当然ながらそこには誰もおらず激闘そのままの状態です。もしかしたら吹き飛ばされた自分と同じようにマトリフらもいるのでは…と思ってそれっぽいところを探してみたのですが、やはり仲間の影も形もなく何故か氷漬けにされた黒い球体が見つかるのみでした。

 

「マトリフ…ブロキーナ…」

 

自身も自爆して生きているだけに「もしかしたら…」という考えもありましたが、アランとてメガンテなどの自爆を行えば蘇生できなくなるかもしれないという事は学んでいます。遺体が残れば蘇生させることも可能ですが、下手をすれば身体がバラバラに砕け散る事もあるという事も知っていたので既に高齢で体力の衰えていたマトリフもブロキーナも爆発に耐えることができなかったのでしょう。

 

「…後は俺に任せといてよ」

 

本人たちが最後に何を思ったのかはさておき…散っていった者の意思を曲解して前向きに捉えるのが残された者の務めとばかりに、アランは「これから地底世界を冒険して真の大魔王を倒しておくから」とまるでそれが2人からの遺言かのように勝手に脳内で変換していました。武神流の奥義や大魔道士の秘奥などを受け継ぐ賢者ですが、どうやら魂までは受け継げなかったようです。

 

しかしひとまず大魔王を倒したのであれば、カール王国に戻る前にアランがやることは決まっています。

 

各所に広がっている翼の骨のような先端には何もなかったので、大魔王と戦ったこの中央の部分が宮殿の心臓部ということなのは間違いありません。そしてそこでアランがやることといえば『ボスのダンジョンの探検…もとい目ぼしい物の回収』に他なりません。ラスボスではありませんでしたがそれなりのボスのアジトなのだから最強とは言わずともそれなりに強力な武器防具があると予想し、アランはバーンパレスをウロウロすることにしたのでした。

 

途中「ム~ンム~ン」と言っている魔物もいましたが、ダンジョンにいる魔物など話しかける気もないアランはそれをさっさと倒しています。この魔物は大魔王バーンの魔力によって心臓部の制御を行っていたのですが、大魔王バーンの超魔力が無くなった事によって人知れず暴走しそうになっていました。そんな魔力が枯渇して暴れだしそうな心臓部を抑えていた魔物を倒した事で抑える枷がなくなったのですが、その心臓部の近くには魔力を発する物がないのでそのまま朽ちていくのでしょう。アランに向かって触手的なものが伸びてきたりもしていましたが、ダンジョンのトラップの一種だと思っているアランはうまく避けつつ先へと進んでいきました。

 

誰からもバーンパレスの魔力炉については説明されていないためまったく知らないアランはウロウロと進みながら宮殿内をくまなく探し、遂に武器庫的な場所を見つけることができたのでした。そこには大袈裟な鞘の付いた剣や鈍器にしか見えない長柄のものなど様々な物が置かれており、大魔王がわざわざ置いてある以上きっとそれなりの強さを持った物に違いありません。

 

「あんまり持てないし、とりあえず剣とかだけでいいかな?」

 

さすがに『どうぐ』コマンドなどといった便利なものは無いので両手で持てる程度しか運べないため、剣と槍と杖という持ちやすい物だけを持って行くことにしたアラン。盗人猛々しい行為ですが大魔王バーンもこれを知ればきっと「余を倒した褒美としてくれてやろう」と気前良く了承してくれるに違いありません。

 

ゲーム脳によってはじき出された経験則から出た結論として次の冒険に出る事が決まり、その準備としてバーンパレスの散策も終わったのでルーラでカール王国へと戻ろうと思ったところで今の状況について考えてみました。残っている記憶の最後が大魔王バーンに特攻して自爆したところまでなので、つまりアバンたちに「自分は死んだと思われているのでは?」と、ふと思ったのです。

 

それならばきっと今頃は魔王ハドラーを倒した時と同じように、大魔王が倒れた事で世界中が喜びと感動に溢れていることでしょう。もしかしたら『大魔王との決戦によって平和のために命を散らした大英雄』にしてくれているかもしれないという当たらずとも遠からずな推測もあります。

 

ならば自分が帰るのも「実は生きてました…」というようなつまらないものではなく、何か壮大なイベントにして感動的に登場したいと思ってしまいました。

 

仲間たちが絶体絶命のピンチに陥り「あの世にいるアランたちに胸を張って会いに行こうぜ」と死を悟った中で「そんな所に行っても俺はいないよ?」などと言いながら助け出すという状況が出来れば素晴らしいのですが、残念なことにそんな演出をできるような敵に心当たりはありません。モシャスかドラゴラムで自分でカールを襲っても、助けに入るのが自分でなければ意味がないし…と誰かに聞かれたら怒られるような事を平然と考えていました。

 

しかしアランは「逆にもし怒られるような事でも、感動の再会の衝撃によって有耶無耶にできるのでは?」という頭のおかしい考えが過ってしまったのです。

 

そしてそう考えてしまえばもう怖いものなどありません。

 

思い立ったが吉日とでも言わんばかりに、アランはカール王国へと向かうことにしたのでした。

 

 

……

………

 

 

大魔王が倒れ人々が平和な日常の生活に戻りつつあったカール王国では、現在1つの大きな催し物が行われていました。

 

それは各国の王宮に破邪呪文の結界を張るというアバンの提案を受けたロモス国王が、それを是非にと了承した時に「各国の戦士たちが交流を深め、もし次に脅威が現れた時に団結できるよう武術交流会を開いてはどうか」という言葉があったのです。そして優勝者にはロモス王国にある『覇者の剣』を贈呈するという事でした。

 

もちろん各所では「性急すぎる」という声もあったのですが、完全に落ち着いてしまえば手を取り合うのが難しくなってしまうという事から『大魔王の脅威は去っても次に何が起こるかわからないための備え』ということで少々強引ながら推し進めることになったのです。

 

実際にはこれはとある2国との交流に苦労しているアバンにとって必要な事だったのでした。

 

当初は提案したロモス王国で行うのが良いと話していたのですが「世界各国から人を集めるのならば、地理的に世界各国の中心近くの位置にあり、しかも勇者たちがいる国のほうが人が集まりやすいだろう」という事でカール王国で行われる事になったのです。そしてその武術交流会に各国の首脳をゲストとして呼ぶ事で、参加者同士の交流と首脳同士の交流を深めようという計画となりました。

 

これにはカール王国を良く思わず不参加を表明しそうなアルキード王国もパプニカ王国も参加しないわけにはいかない理由があったのです。

 

世界中から腕に自信のある者たちが集まる以上、それはつまりどの国がどれだけの力を持っているかを見定める大会でもあるのです。そしてそこに参加しないということは国として自信を持って送り出せる戦士が1人もいないと自ら言うようなものであり、まさに国の威信をかけた戦いとも言えるのでした。

 

更にこれはパプニカ王国にとってはとある賢者に叩き折られた国の名誉を回復する機会であり、しかもその賢者がいなくなった事で『賢者といえばパプニカ』と改めて世界中に知らしめる事ができる機会なのです。そしてアルキード王国にとっては奪われたソアラ王女を見つけ出し連れ戻すチャンスでもあります。そのため2国とも国内でも強いと言えるであろう賢者や戦士たちを選出し参加させることにしたのでした。

 

ちなみに本当に交流を目的としているのはカール王国とロモス王国、そしてリンガイア王国くらいで残りの国にとっては少なからず国家の面目というものが影響しているのは間違いありません。そのリンガイア王国などノヴァくんが出場し「今はまだまだ未熟の身なれど…女王陛下に認めて頂けるように、今のボクにできる事を精一杯お見せしたいと思います」とこれまた困った方向な出場理由だったりもしました。

 

雑魚ドラゴンに殺され、ほんの少しだけ力が有る程度の一般人でしかないと悟ったノヴァくん…決してそこまで卑下するほど非力ではないのですが、アランやバランと比較してしまってはそう思うのも仕方ありません。そしてそんな自分を変えるため、アランも信仰しているという天女様の導きを得ることで変わろうとしていたのでした。

 

なおテラン王国は不参加です。鬼岩城がテラン王国を通過してしまったため甚大な被害が出ており、しかも国王含め国民も行方不明となっていたのでした。もしかしたら進行方向から逸れた場所にいた人々は生き残ったかもしれませんが、魔王軍による被害をきちんと把握するのはもう少し先の事になるでしょう。

 

そしてこの武術交流会はどの国の人間も参加できるだけでなく、なんと種族も問わず参加できるという事が宣伝されていたのです。

 

その原因はクロコダインが「自分も武人の1人として戦士たちと交流してみたい」と言った事から決められました。もはやすっかり人間側として馴染んでいますが、裏切るにあたって魔王軍に心残りなどはなかったのでしょうか…もしくはこういう部分が種族が違うことによる考え方の違いなのかもしれません。

 

結果として種族も武器も問わず呪文も使用可能という事になり、各国から大勢の戦士たちが我こそはと参加するようになったのです。

 

そんな中、カール王城側からはヒュンケルや騎士団の数人が参加することになりました。ホルキンスは騎士団長なので警備のため不参加となり、シンシア王女はアバンやフローラ女王と一緒に各国首脳との顔合わせのために同じく不参加となっています。ディーノくんも参加したかったようなのですが、アルキード王国もやってくる事から念のためバランとソアラ王女と一緒にいるという事になり残念がっていました。

 

 

……

………

 

 

大勢の参加者がこの武術交流会に参加することになり、予選から白熱した戦いが繰り広げられ各国から集まった大勢の観客たちもそれを見て自国の戦士を応援したりと湧き上がっています。

 

予選は問題も起こらずに滞りなく進んでいき、クロコダインが勝ったり空手ねずみが負けたり魔族の青年が勝ったりと人間以外の参加者も健闘していました。そして交流会は大詰めを迎え、残ったのはヒュンケル、魔族の青年、クロコダイン、フード付きローブを目深に被り顔を隠した人物の4人となったのです。

 

「どうやら魔法使いのようだが、この獣王に生半可な攻撃呪文は効かんぞ!」

 

「…………」

 

準決勝の1試合目に選ばれたのはクロコダインと謎の人物でした。この謎の人物は攻撃呪文をメインに戦っており、予選ではその強力な呪文で相手を寄せ付けず勝ち抜いてきていたのでした。その戦いぶりをクロコダインも見ており、相手は強敵と認めつつも自身の耐久力と自慢の怪力で押し切れると踏んでいたのです。

 

「ぐわあああーッ!!!」

 

しかしそんなクロコダインの算段は間違っているとばかりに、試合が始まったと同時に謎の人物は今まで見せなかった更に強力な呪文を繰り出していきました。メラゾーマに始まりベギラゴン、イオナズンという存在はすれども人間には大凡レベルが足りなくて使用できないような高位の攻撃呪文を連発しクロコダインに攻撃させる余裕すら与えずに押し切って焼きワニにしてしまったのです。

 

この時点で周囲の予想を遥かに上回っており、顔を隠しているため人間ではないのではないか…という声もちらほらと上がってきています。もちろん魔族だから参加できないという規定はなく、すでに魔族の青年が参加している事からも問題はないのですが…恐ろしい破壊力の攻撃呪文を連発し相手だけでなく会場をも破壊していく様子は、その人物の正体がわからない事もあって恐怖を抱いてしまっても仕方ありませんでした。

 

そして次の試合はヒュンケルと魔族の青年であり、その青年の名はラーハルトという名前であるようです。手には槍を持っており、剣を扱うヒュンケルとどちらが武に長けているのか…という注目の一戦でもありました。

 

ちなみにヒュンケルがこの交流会に参加した目的は…完全に優勝商品である『覇者の剣』です。

 

ヒュンケルは強力な武器がなかったために大魔王との戦いに参加できなかった事を悔いており、今となっては手遅れとはいえいつまた戦う事になるかわからないため強力な武器を欲していたのでした。そこには「自分も一緒に戦っていれば、少しくらい役に立って結果アランたちを死なせなくて済んだかもしれない」という思いが根底にあり、そんな思いやりのある優しさから戦う資格すら持てなかった過去を乗り越えたかったのでしょう。

 

対するラーハルトという魔族の青年は人間に対して複雑な思いを抱えていました。

 

この青年は魔族の父と人間の母の間に生まれたハーフであり、魔王ハドラーの侵略によって魔族の印象が悪くなってしまったせいで人里を追いやられた過去を持っていたのです。そうして逃げ延びた後に母と山奥で静かに暮らしていましたが、その母も病によって逝去してしまい自身を生んで愛情を持って接してくれた母と恐怖からか迫害してきた人間たちという両極端な感情を一度に味わってしまったのでした。

 

そこからラーハルトは自身を迫害した人間に復讐をしたりすることはなく、しかし人間に対する複雑な感情は消化されないまま隠遁の日々を過ごしていたのです。そんな中に大魔王率いる魔王軍が再び地上を侵略し始め、ラーハルトの中に再び負の感情が溢れ出してしまいそうになったあたりで大魔王が倒されたのでした。

 

しかし既にラーハルトの心を蝕んでいる感情は行き場を無くしており、そんな中でカール王国で武術交流会が種族不問で開かれるという事を知ったのです。人間という種族に失望を覚え、しかし愛情を与えてくれた母もまた人間であった事もありラーハルトは「もしかしたら武人なら通じ合う事ができるのではないか」と仄かな期待を込めこの交流会に参加したのでした。

 

そんなまったく違う目的を持つヒュンケルとラーハルトの戦いはヒュンケルが優勢に進めており、しかしヒュンケルは相手の槍から葛藤が見えたためそれを確認することを優先しました。

 

「ラーハルト、お前の腕は称賛に値するものだが、なぜかその太刀筋には何か悩みのようなものが見える。一体何を迷っているんだ?」

 

「貴様に…人間にわかるようなものではない!」

 

刃を合わせることでラーハルトの内に秘めた葛藤を見抜いたヒュンケル…一体どうやったら打ち合っただけで初対面の相手のそんな心の機微を感じ取ることができるのか疑問ですが、達人という者たちは往々にしてそういった特殊スキルを持っているものなので不思議ではありません。

 

ブロキーナやバランでも同じことができるかもしれませんし、アバンやマトリフなど洞察力に優れた者たちでも仕草などから予想することはできます。しかしブロキーナと同じ武神流を使うはずのアランは当然ながらそんな事はできません。もし相手が苦渋の表情で「くっ…」などと言い戸惑いながら戦っていたとしても何も気付かないで倒してしまうでしょう。

 

最初はヒュンケルの言葉に耳を貸さない態度だったのですが、初めて出会った打ち合える相手に興味を持ったのか実は話を聞いて欲しかったのか少しずつ自身の話をしていくラーハルト…きっと心のどこかで理解してくれる相手を求めていたのでしょう。その理解してくれた相手が人間を肯定するのか否定するのかでラーハルトの考え方はまるっきり違うものになるのかもしれません。

 

そんなラーハルトの話はヒュンケルにとって決して他人事ではありませんでした。多少の違いはあれどヒュンケルも一歩間違えばアバンを、人間を憎んでいたかもしれないのです。そしてそんなヒュンケルだからこそ、この目の前にいる戦士の憂いを晴らしてやりたいという気持ちになっていました。

 

「この勝負、オレが勝ったらお前に会ってもらいたい人がいる」

 

「そのような戯言…勝ってから言ってみせろ!」

 

互いに目の前の相手に勝つべく武器を振るいますが、勝者となったのはヒュンケルのほうでした。

 

これは独学で…そして1人で腕を磨いてきたラーハルトと、バランなど凄腕の剣士が周囲にいたヒュンケルとの経験の差でもあります。もちろんラーハルトが鬱憤を晴らすかのような心に対して相手を救ってやりたいというヒュンケルの心が齎したものでもあるのかもしれませんが、結局最後は技量の差が勝敗を分けたのでした。

 

そしてヒュンケルが会わせたいと言ったのは、自分の心に暖かさを与えてくれた2人の女性…フローラ女王とソアラ王女の事です。普通に考えれば素性も知れぬ見た目魔族の青年を女王や王女に会わせるなど言語道断な行動なのですが、このあたりはやはりヒュンケルも破天荒な賢者の影響を多分に受けてしまっているのでしょう。

 

「これより決勝戦を始める!剣士ヒュンケル対魔法使いジャガン!」

 

王族たちが集まり観覧するために用意された場所から、ロモス国王が決勝戦の戦士の名を上げました。1人はカール王国の剣士ヒュンケル…そして相手は凄腕の魔法使いで登録名はジャガンとなっていました。

 

当然ながらこのジャガンという魔法使いはアランの事です。

 

カール王国に戻ってきてどういう登場がいいか考えていたら何やら武術会を開催することになっており、更に誰でも参加できるという事だったのでちょうど良いとばかりに参加してみたのです。登録名も自己申告だったので何か別の名前にしようとし、アルスやアレルなどを思い付きましたが思い切って全然違う名前にしようとジャガンにしたのでした。これは決して異なる世界の魔神の影響を受けたわけではありません。

 

そして武神流を使ってしまえば正体がバレてしまう恐れがあるため、主に攻撃呪文をメインで決勝戦まで勝ち上がってきたのです。このまま最後まで魔法戦闘のみで戦っても良いのですがせっかくヒュンケルと戦う機会でもあるため、そして優勝してしまえば結局正体を明かす事になるので決勝戦は接近戦闘で戦うことにしたアラン…目的が腕試しではなく商品の『覇者の剣』であるヒュンケルからしてみれば迷惑極まりない行動を無意識に選択しているのでした。

 

「ジャガンよ、お前の呪文の威力は凄まじい…だが一度見せてもらった以上そう簡単に食らわんぞ」

 

「…………」

 

ローブを被り武器を持たず魔法戦闘で戦ってきたジャガンに対してそう告げるヒュンケル…しかしそんなヒュンケルを嘲笑うかのように、開始の合図と共にジャガンはトベルーラによる高速移動でヒュンケルに接近し殴りかかっていったのでした。

 

これには攻撃呪文が飛んでくると思っていたヒュンケルもビックリです。

 

剣で切り払おうとしても巧みな身のこなしは振るう剣をすり抜けるかのように当たらず、そして剣で戦うには近すぎる間合いは振り切ることすら許してくれません。ヒュンケルの技は闘気技も含め遠近あれど剣を使用する間合い以上の距離がないとその威力を存分に発揮することができません。

 

そして対戦相手のその動きには覚えがあるものの、しかしその流派の使い手はもう知人の少女しか残っていないはずなのです。もちろん他にも弟子がいたのならわからないでもありませんが、今まで攻撃呪文で勝ち上がってきておいてよく知る接近戦の動きまで熟せるとなるとヒュンケルの中では2人しか知りません。

 

「なぜお前がそれを使えるんだ!?」

 

「…………」

 

至近距離で問いかけるも返答はなく…そしてこれが魔王軍との戦いなどであれば自傷覚悟で距離を離すために無理やり放ったりもできるかもしれませんが、強大な攻撃呪文を操り武神流の動きまで使用しているという驚きが大きな隙になってしまっていました。そしてそんな精細さを欠いたヒュンケルなど敵ではないとばかりにジャガンはヒュンケルを打ち倒してしまったのです。

 

これもまた実戦という命を懸けた場で戦う経験が多くなかったヒュンケルの甘さというものなのかもしれません。

 

「勝者…ジャガン!」

 

そしてロモス国王の勝ち名乗りによってジャガンの優勝が決まりました。

 

そのまま戦いの熱が冷めやらぬうちに各国の王族たちが揃う表彰の場に行き優勝商品の授与が始まるのですが、ジャガンことアランはここで大事な事に気付いたのです。それは…『優勝して正体を明かしても驚きこそすれ感動とか別になくない?』ということでした。

 

今更の話ですが、ここでアランが正体を明かしても怒られるだけで何も感動の再会にはなりません。

 

絶体絶命のピンチなどに死んだはずの人間が実は生きていて助けに入るなどの状況でもない限り、遅れて戻ってくるのに感動を付与するのは不可能でしょう。こうなってしまえばそのまま逃げるか正体を隠したまま乗り切るかのどちらかしかありません。

 

「優勝おめでとうジャガンよ。まずは顔を見せてくれんかね?」

 

この時点でアランはそのまま乗り切るという選択肢が消滅しました。商品を贈呈するロモス国王がそう言っているのですからこのまま顔を隠しておくわけにはいきません。もちろん決勝戦の様子を見ていたアバンたちだってジャガンを注意深く見守っています。もはや大魔王バーンとの戦いの時よりも追い詰められているような気がしてきたアランですが、そこに人間の神の粋な計らいなのかわかりませんが大逆転のチャンスが巡ってきたのです。

 

 

 

 

「ソアラよ!王族としての責務を思い出せ!そして一緒にアルキードへ戻るのだ!」

 

「…ん?」

 

観客たちも静かに見守っていた表彰の場で、響くように一際大きく聞こえる声はアルキード王のものでした。アルキード側にとってこの交流会は自国の戦士の強さを知らしめるものでもありましたが、一番の目的はカール王国にいるソアラ王女を連れ戻す事だったのです。そして目的の人物が王族たちが観覧している場には姿を見せなかった事から密かに同行していた近衛に命じて探していたのでした。

 

その後観客席の外れでバランたちと一緒に見ているソアラ王女を見つけたという報告を受け、アルキード王が直接連れ戻すために向かったのです。表彰するはずの場に突然響いたその声にロモス国王やアバンたちなど一緒にいた王族たちも一斉に目を向け、観客たちも何事かと興味津々の表情でその様子を見守っていました。

 

「よいか!アルキードはカールに奪われた王女を取り戻すことを諦めたりはせぬ!必ずや我が娘を…この命と引き換えにしてでも取り戻してみせる!」

 

まるで芝居のように…自分に酔っているかのような口調で話すアルキード王ですが、これはアルキード王が閃いた千載一遇の好機だったのです。現在この場には各国の王族や何も知らぬ民衆たちが数多くおり、そんな中で『カールに奪われた王女を取り戻すアルキード』という構図を明確に示すという計略を立てたのでした。

 

これによって正義はアルキードの下にあるという事を世界中に示し、カールは王女を奪った悪であると声高に叫んでみせたのです。そしてそれを聞いた民衆はアルキードを支持しカールの悪行を知る事になるという算段だったのでした。

 

更に命と引き換えにしてもというのは、ソアラ王女の前でアルキード王たちに立ち塞がるバランにも言っているのでしょう。アルキード側は大魔王の策略とはいえ一度カールに攻め入りバランの力に恐れをなして引き換えしている過去があります。普通に戦えば勝てない事は理解した上で、そんな強力な力を持っていようと屈さぬという姿勢を示してみせたのでした。もちろんそこには「この衆人環視の中で力を振るう事などできまい」という小賢しい考えも入っています。

 

何より厄介だった賢者アランが死に、カール王国の内部に入り込み、そしてソアラ王女を見つけて連れて帰るという目的を果たすのに今以上の好機などないのです。

 

元々アルキード王国からソアラ王女を連れ去ったのはアランです。厳密には駆け落ちして国を飛び出したバランとソアラ王女をテランで見つけて連れて行ったのですが、もはやアルキードにとって全部がアランの仕業とすり替わっているでしょう。

 

たとえ魔王ハドラーを倒した勇者パーティの一員とはいえ、一国の王女を無断で連れて行ったとなれば本来は重罪です。そしてソアラ王女を連れ去っておきながらのうのうとカールの使者としてアルキードへ来た上に「ソアラ王女を返してほしかったら自分を倒せ」と暴れたアランに対して、アルキード側はカール王国にアランの厳重な処罰を求めた事もありました。

 

しかしカール王国からの回答は『アランはカール王国に士官しているわけでもないので処罰はできない』というものだったのです。

 

これに驚いたのはアルキード王国の面々でした。カールの使者として動いているにもかかわらずカール王国に所属していないなど考えられません。更にその事実は『アランの行動はすべてアランの責任であり、カール王国では止められない』という事だと気付かされたのです。つまり首輪のない狂犬が放し飼いになっているようなものであり、政治の力を利用してソアラ王女を取り戻すということもできないということでした。

 

これはアルキード王国側がアラン像というものを勝手に作り出してしまっただけで、実際にはアバンやフローラ女王であればアランを止めることは簡単です。頭脳労働はアバンたちに丸投げしているので彼らが「それはダメ」と言えば基本的にはそれに反するような真似はしません。たまにザボエラの時のような事もありますが、本人も意図していない結果についてはどうしようもないだけなのです。

 

そして本来であればアバンもフローラ女王もそのような事は決して言いません。仲間や友人にすべての責任を被せ保身に走るような真似はしないのですが、アラン本人が「ソアラちゃんが欲しかったら俺を倒せって言ってあるから、ちゃんと俺に挑むようにしといてくれない?」という事でお姫様を拐った魔王役を熱望したためこうなってしまったのです。

 

そんな対外的には拐われたお姫様扱いになっているソアラ王女ですが、実際は本人が希望さえすればすぐにでもアルキード王国へ戻ることは可能なのです。カール王国へ来たのだって誘拐されたわけでもありませんし、アランに無理強いされたわけでもありません。お姫様と(竜の)騎士が駆け落ちしたという事実に興奮したアランから熱心に誘われてそれを受けただけなのです。そして残念なことにカール王国での生活が気に入っているソアラ王女は国に帰ることを望んでいないため、アルキード王国限定魔王が出現するという他では考えられない結果となってしまいました。

 

その結果…アルキード王国が王女を取り戻すためには、この魔王のような賢者を倒すしかないということなのです。

 

しかしなんとその魔王のような憎き賢者は大魔王との戦いで討ち死にしたというのですから、アルキード王国からしてみればこれほど幸運なことはありません。政治力が役に立たず、力で敵わなかった相手が消えてくれたということは自分たちの領分が活かせるということなのです。

 

これは本来ならばこの状況はアバンやフローラ女王であっても収めるのは非常に難しい状況だったでしょう。下手をすれば噂が噂を呼び王族への信頼の失墜などといった危険性もあるほどの状況とも言えました。バランが大魔王を倒した一員として名を広めることができていれば変わった結果だったかもしれませんが、無骨な騎士に弱者の心の機微や駆け引きなどをさせるのは些か荷が重かったのでしょう。

 

しかし今の状況は正体を隠していたアランにとってまさに幸運のイベントとなったのです。

 

王族の責務などを盾に従わさせられようとしている王女様…そして力を振るうわけにもいかず、かといって大人しく最愛の妻を渡すわけにもいかない騎士。たぶんですが、これはまさに絶体絶命と言っても良い状況でしょう。もちろんこれは決してソアラ王女やバランを利用しているわけではなく、彼らの危機を救うために地獄から蘇った賢者の登場の必要がある場面なのです。

 

こうして完璧な理論で脳内自己弁護を完了させたアランはアルキード王に向かって立ち塞がるバランの前に飛んで行き降り立ったのでした。

 

「誰だ貴様は!?アルキード王国の国王様の前だとわかっているのか!」

 

「…………」

 

突然目の前に現れたジャガンという名の謎の人物にアルキード王と一緒にいた近衛兵が憤り声を荒げますが、そんな謎の人物ジャガンことアランがその程度の事で動じるはずもありません。バランたちは様子を見ているようですが、対してアルキード側はさっきまで見ていた武術交流会で圧倒的な力で優勝した人物が割って入ってきたことに警戒を隠せませんでした。

 

何せアルキード王国が選りすぐった戦士が勝ち残ることのできなかった大会を優勝した人物なのですから当然でしょう。ベギラゴンやイオナズンといった恐ろしい攻撃呪文まで操ってみせ、決勝戦ではそれまで素晴らしい戦いを見せていたヒュンケルを完封しているのです。

 

「これはアルキードとカールの問題なのだ!余所者は下がっておれ!」

 

「へぇ……これでも関係ないのかな?」

 

邪魔をされた怒りからか「お前は無関係だ」と言うアルキード王に、遂にアランはそのフードを取り去って顔を見せることにしました。本人的にはまさにヒーロー登場の感動的で衝撃的な場面だと思っています。そしてそれと同時に怒られるか怒られないかの瀬戸際だとも思っています。

 

「なっ!?お前は…!!」

 

「「「「「アラン!!!」」」」」

 

豪快にフードをローブごと脱ぎ去り、格好良いっぽい感じに正体を明かすアラン。そしてそのアランの登場はこの賢者を知る者にとってはまさに驚愕の瞬間でした。しかしアランの名を呼ぶそれらは全てが喜びの感情なわけではありません。目の前にいるアルキードとパプニカにとっては死んだはずの憎きと言っても過言ではない人物だったのです。

 

「お前らに言ってあっただろ?ソアラちゃんが欲しけりゃ俺を倒してみろってな」

 

言っている事とやっている事に正義がまったくないアラン…もしかしたら知らないうちにジャガンという名の悪い影響を受けているのかもしれません。

 

そしてアルキード側にとってアランというのはバラン以上に危険人物扱いしている要注意どころじゃない危険物なのでした。まだバランは当たらないようにギガデインを放って威嚇に留めてくれていましたが、アランの場合は本当に何も気にせず城に大きな風穴を開けたりするのです。そのおかげで行方不明者多数だったアルキード王国にとって、アランが死んでくれたことで王女奪還のチャンスだったというのに…なぜその当人が目の前に現れるのか意味がわかりません。

 

「たとえ誰が相手だろうと……愛し合う者を引き裂くような真似はこの賢者アランが許しはせん!」

 

そして格好良い登場ができたと満足し自分に酔っているアランもアルキード王に倣って芝居口調で反論したのでした。通常であれば王族の言葉の重みに、ただの冒険者の言葉が敵う道理はありません。しかしここにいるのは魔王を倒し、命懸けで大魔王を倒したと世間に伝えられている伝説の大賢者なのです。

 

なおいくら魔王や大魔王を倒したからといっても、アラン本人だけならそこまで為人などが知られているわけではありません。そこにはアバンたちの存在が多分に影響していたのです。魔王ハドラーを倒しカール王国の女王と結婚したという事実が「フローラ女王が選んだ勇者は立派な人物」という評判となり、そしてそんな勇者と共に魔王を倒した人物は「きっと志を同じくした立派な人物のはず」という評価を生み出していました。

 

そして命を散らしてまで大魔王を倒したという事が「やっぱり勇者だけでなく仲間たちも平和を愛する素晴らしい人物たちだったんだ」と評判だけが独り歩きしていったのです。実際は世捨て人のように人里から離れた生活をしている老人2名と同じく戦う以外あまり役に立たない賢者なのですが、関わりのない人たちからすればそんな事はわかりようがありませんでした。

 

そのためこの大賢者の復活劇に観衆たちは大いに沸き立ち、なぜか会場にアランコールが鳴り響くという事態になってしまいました。

 

 

 

 

 

そんな衝撃の復活劇によって仲間たちの目の前に現れたアランは…現在王宮の一室に連れて行かれています。

 

理由はもちろん「説明しろ」の一言に尽きます。

 

アルキード王国側が状況が悪いと判断し「ぐぬぬ…」となりながら引いた後…シンシア王女やディーノくんは涙の抱擁で生きていた事を喜んでくれたのですが、どうやら他の仲間たちは喜びこそすれ誤魔化されてはくれなかったようでした。

 

「ではアラン、あなたがあの後どうなったのかなるべく詳細に教えてもらえますか?」

 

仲間が生きていてくれたのはとってもとっても嬉しいのですが、アランにはきちんと聞いておかないと大事な部分を省略する癖があることを知っているアバンがやけに強調した聞き方をしてきました。しかしアランに説明できる事は本当に多くありません。そのため状況をそのまま説明したところ、流石のアバンがしっかりと『カールのまもり』などを含めた推測という名の詳細な説明をしてくれたのでした。

 

アランの説明とアバンの推測で大体の状況が判明し、そこで周囲がまず思ったのは「目覚めて最初にすることがアイテム探しって何を考えてるの?」というものです。大魔王を倒したんだからそれで終わりだと思っている面々からすれば、この火事場泥棒のようなアランの行動の意味などまったくわからなくて当然です。しかもその武器などを持ってすぐに戻って来ればいいのに、わざわざ宿屋に預けて正体を隠してまで武術交流会に参加しているのだからその奇行を理解できる者などこの世界のどこにもいないでしょう。

 

しかしそれはそれとして…これらの説明によりアランが生きていられた理由が判明し、改めて喜びと共に実感が湧いてきた仲間たち。しかし「これからはアランも一緒だね」と笑っている子供たちには悪いと思いつつ、アランは地底世界へと行く事を告げました。

 

「俺はこれから竜の女王…マザードラゴンを助けに行かなきゃいけないんだ」

 

「マザードラゴンだと!?」

 

このアランの言葉に強く反応したのはバランでした。

 

それも当然です。聖母竜マザードラゴンとは竜の騎士の生みの親とも言えるドラゴンであり、竜の騎士がその生涯を終えた時に迎えに来る存在でもあるのです。そんなマザードラゴンをアランが助けに行くというのはとても聞き流せる内容ではありませんでした。

 

他に何か言っていなかったかと詰め寄られ、アランは思い出しながらもマザードラゴンから聞いた事を答えていきます。邪悪な存在によってマザードラゴンの生命が尽きようとしている事と、その邪悪は地底世界に関係しているという事です。地底世界とはもちろん魔界と呼ばれる世界の事であり、マザードラゴンの生命を脅かす邪悪というのは心当たりはないまでもバランにとっては放っておける内容ではありません。

 

「アラン、魔界へは私も行くぞ。マザードラゴンの危機であれば私が動かない理由などない」

 

そしてこのバランの言葉を皮切りにして次々と「自分も行く」と手を上げる仲間たち…彼らは次こそは自分たちも力になりたいと願っていた面々であり、魔界を見てみたいとかそういったピクニック気分で参加を表明したわけではありません。

 

とりあえず今すぐに出発するわけではないということでひとまずこの話題は後回しとなり、アランは何やら会って欲しい相手がいるという事でアバンに連れられて別の部屋へと移動するのでした。

 

 

……

………

 

 

「はじめまして…ではありませんよね。私の事を覚えていらっしゃいますか?」

 

「ごめん全然わかんない」

 

アランたちとは別でヒュンケルはラーハルトに会わせたいと言っていたフローラ女王とソアラ王女へ事情を説明し、了承を得られたため女性2人はラーハルトと面会するという事になりました。もちろん女性2人だけで会わせる事は許されないので、護衛代わりとしてヒュンケルとバランが立ち会うということになっています。

 

ちなみにその時にヒュンケルから「アランは剣を使わないんだから覇者の剣は必要ないだろう」と優勝商品を自分に渡すように暗に伝えてきたりもしましたが、なぜかそこにディーノくんが「自分も欲しい」と言ってきたりしていたのでこれも先送りになっているのです。これはアランが手に入れたお土産の武器などを預けたままにしているのと、先に要人との面会を入れられていたためでした。

 

そしてフローラ女王たちの面会の間にアランはアバンに連れられて、別室にてパプニカの王女様と顔を合わせていました。その理由はこの王女様がどうしても生きていたアランと話したいという事で、その立ち会いをアバンに頼んだからということらしいのです。

 

そこにはレオナ姫と共に3人の明らかに「賢者です!」と言わんばかりの格好をした男女もおり、パプニカの将来を担う『三賢者』と呼ばれている者たちだと紹介を受けました。レオナ姫を『賢者の卵』と呼んでいたり『三賢者』という呼称を使ったりとパプニカ王国は何かと『賢者』という名称にこだわりがあることが見て取れます。

 

現在世界中の人間に「賢者といえば?」と聞けば、間違いなく「大魔王を倒し世界に平和を取り戻した大賢者」という答えが返ってくるでしょう。それくらい『カールの大賢者』の名は知れ渡っており、魔王を倒し大魔王を倒したという偉業は伊達ではありません。しかし昔から賢者の国として繁栄してきたパプニカ王国としてはやはり取り戻したい名称なのかもしれません。

 

若き日の…と言ったら本人に怒られるかもしれませんが、パプニカ王国のレオナ王女は髪色こそ違えどかつてのフローラ王女を連想させるような女の子でした。もちろんフローラ女王の子供であるシンシア王女がまさに若き日のフローラ王女そのものなのですが、レオナ姫のほうもなぜか似ていると思ってしまったのです。

 

そこで「うちのお姫様ってシンシアちゃんの他に子供いたの?」などと聞くことはしません。流石に他人の空似だろうとわかっていますし、それを言ってしまったら怒られるでは済まないことはアランにもわかっています。

 

そんな他人の空似なパプニカ王国のレオナ姫は武術交流会の観覧のためカール王国にやってきていました。

 

そして自国から出場した三賢者たちが惜しくも敗退していき、せめて攻撃呪文をメインに戦っている魔法使いを応援していれば見事優勝してしまい、その後表彰の時に「どうすればそんなに強力な呪文を使えるのか」と声をかけようと思ったらアルキード王の揉め事が起こり、そこになぜか武術交流会の優勝者である魔法使いが飛び込んでいったと思ったら、実は大魔王と戦って命を落としたはずの大賢者だった…というものすごい驚きの連続な濃い時間を経験したのです。

 

 

レオナ姫は今もですが、元々カール王国のフローラ女王に憧れていました。フローラ女王がレオナ姫と同じ年の頃には騎士団を率いて魔王ハドラー率いる魔物の軍勢と戦っており、更に魔王討伐の旅に出た勇者アバンの勝利を祈り続け…その祈りが天に届いて勇者はその力で魔王を討ち倒す事ができたのです。

 

これは各国に出回っている『勇者の冒険』という本に記されている事であり、同じく出回っている『勇者とお姫様の恋物語』という本と合わせてレオナ姫の愛読書だったのです。

 

そんなレオナ姫にとって賢者アランという人物は自身の幼少期に当時いた凄腕と言われていたパプニカの賢者たちを赤子の手をひねるように圧倒した強者であり、かつて世界を侵略していた魔王を倒し、更に復活した魔王や更に強い大魔王をも倒した英雄という認識です。

 

やはり賢者の卵であるレオナ姫にとって、自身よりも遥か高みにいる大賢者には魔法などを含め色々と学びたかったという気持ちは持っていました。

 

しかしパプニカの重臣たちや司教など当時を知る賢者たちなどアランの事を良く思わない人間はそこそこおり、その人間たちが王族である自分たちの声を聞かずに魔王軍と戦っているカール王国に攻め入るという大問題を起こしてしまったのです。しかもキラーマシンという魔王が対勇者用に用意していた兵器までどこからか持ち出していたのですから言い訳のしようもありません。

 

幸いカール王国の勇者アバンが大魔王の策略による暗黒闘気の影響だということを説明してくれ仕方がなかったと言ってくれたのですが、そこまでやらかしておいて自分たちから「仕方がなかった」と言って済ますほどパプニカ国王もレオナ姫も厚顔ではありません。

 

そして大臣たちの言い分では、その攻め入るキッカケとなったのは目の前にいる大賢者アランがパプニカの賢者たちを1人で薙ぎ払った事が原因だというのです。既に問題のあった頃からそれなりに時間が経ってもそれは変わらなかったため、レオナ姫はアランに敗れた賢者たちや大臣たちに「自分たちのレベルが低かっただけで、それならもっと修練を重ねて実力を上げればいい」と告げてたりしたこともありました。

 

ちなみにパプニカでアラン1人対多数の賢者という構図で戦う事になったのは王宮の大臣たちに嫌気が差したマトリフが原因です。そしてそのマトリフが王宮魔道士を辞める事になったのはパプニカの重臣たちが原因です。

 

つまり根本となる原因はパプニカ王国が作っていたのです。

 

当時レオナ姫は幼かったため知らなかったのですが、その当時を知るバダックや他の者たちからも話を聞いた結果自業自得という事を知りました。なのにもかかわらずアランに国家の誇りを傷つけられたなどと被害者のように振る舞っているのですから、この事実を知った国王やレオナ姫の落胆は非常に大きなものだったのでしょう。

 

アランはレオナ姫からそういった内容を説明され、アバンと共に「そんな理由だったのか」と納得したのです。もちろんそんな簡単な感想で終わるのはアバンたちだからこそであり、相手国や場合によってはパプニカ王国は「償いとして姫を寄越せ」などと言われても仕方のないほどの失態であることに変わりはありません。

 

アバンとしてはこれを理由にとするつもりはありませんが、きちんと誤解が解けて交友を結ぶことができればそれで良い程度です。アランなど国家間の話は専門外なので、相変わらずアバンかフローラ女王に任せておけばいいというスタンスは変わりません。

 

これが当事者の司教などが謝罪に来ていたのならザボエラの時と同じように一発殴るくらいはしていたかもしれませんが、目の前にいるシンシア王女に似ている女の子に手を出すなどという考え自体思い浮かばないので「大変だったね」と気持ちの篭っていない励ましをするくらいのものです。もちろん当事者がやってきても、ザボエラで実験したことで威力の程度がわかった今となってはやりすぎて破裂させるという失敗をやらかすこともないはずです。

 

とはいえアランの中で当時の事を振り返ると、マトリフに突然呼び出された上に「遠慮せずにやっちまえ」と言われたのでよくわからないままやっちまったというだけなのです。それまでの経緯なんてまったく知りませんでしたし、それが原因で自分がそんなに嫌われているなんて気付いてもいませんでした。

 

そんなアランなのでレオナ姫に対してだって「会ったかもしれないけれど…」程度の記憶しかありません。魔王ハドラーを倒した後にパプニカ王国を訪れた時はレオナ姫は生まれているかどうかくらいですし、マトリフに呼び出された時は見られていたとしても会ってはいませんでした。そして復活した魔王軍が各国を襲っていた時にパプニカ王国の救援に行ったのはバランとディーノくんだったのです。そのためやけに緊張している様子のレオナ姫の事はたぶん初対面と言っても良いくらいで、逆にレオナ姫のほうがアランの事を一方的に知っているのでした。

 

「そんなわけで、私たちはアバン様にもアラン様にも頭を下げるしかできないのです」

 

「わ、我々は気にしていませんのでレオナ姫も気に病まれる事はありませんよ。ねぇアラン?」

 

「そういうのはアバンの役目だから俺に言われてもねぇ…どうせ俺たちは地上からいなくなるし勝手にやってればいいんじゃないの?」

 

「地上からいなくなる…?」

 

今はとても緊張して大人しいレオナ姫ですが、普段はそこまでお淑やかな性格ではありません。魔王が倒されて平和になってから生まれた子だからなのか、王家に待望の第一子が生まれて甘やかされたからなのかわかりませんが少々わがままぶりも見える快活な女の子でした。とはいえきちんと王家としての教育は受けているので状況は理解しており、広い視野をもって物事を考えられる聡明さは持っていました。

 

そのため猫を被っているのかと思うほどに恐縮しているレオナ姫に対して、反対にアバンもアランもそれらを問題だとも思っていません。アバンにとってはむしろ出回っているという『勇者の冒険』のほうが問題であり、恋物語のほうは存在を知っていましたが『勇者の冒険』という本のほうは初耳だったのです。

 

そしてそんな本を書いた張本人であるアランはレオナ姫の語った内容よりも、マザードラゴンを助けるため魔界へと旅立つ事のほうが大事なのです。何せゾーマ枠だと思っていた大魔王バーンが実は折り返し地点のバラモス枠だったと判明したのですから、これから更に強いモンスターたちと戦うというのに人間同士の諍いを気にかけているような余裕などありません。

 

しかしそんな事情を一切知らないレオナ姫たちからしてみれば、アランの「地上からいなくなる」と「勝手にやっていればいい」という発言は聞き捨てられるものではありませんでした。捉えようによっては「パプニカ含め勝手に争っている人間たちへの失望」とも考えられる内容なだけに不安しかありません。なにせパプニカ王国は過去に1度マトリフに失望され去られているだけにその考えは当然のものでしょう。

 

もしこの「地上からいなくなる」という言葉をディーノくんに似た小さな勇者が大魔王に向けて言っていたのであれば「人間たちが好きだけど、それでもみんなが望むのならこの地上を去る」的な意味になるのですが、ここでアランがレオナ姫に言っているのは「次の冒険の舞台はアレフガルドだぜ!」という意味でしかありません。

 

思いっきりレオナ姫や三賢者たちの勘違いというか思い込みというか、どちらかというとこちら側の完全な説明不足なのです。しかし目の前にいるシンシア王女と同じくらいの年齢の少女の勘違いな不安を解決するどころか、それに気付くことすらないのが大魔王を倒した賢者アランという人物なのでした。

 

まずアランの為人を知らず、国家としてもほとんど付き合いのないレオナ姫に「聖母竜という竜の騎士の母親的存在を助けるために魔界に冒険に行くことになった」などという荒唐無稽とも思えるような事実を察しろというほうが難しいでしょう。パプニカ王国側は当然竜の騎士というものも知りませんし、アランが生死の境で聖母竜と交信していた事だって知らないのですからどうやったって正解に辿り着けないのです。

 

言葉が足りないというより説明する気のないアランと確実に誤解しているレオナ姫たち…そんな2人の状況を理解しているアバンはというと「どうしたものでしょうね…」と悩んでいたのです。もちろんレオナ姫に事実を伝えれば今抱いている不安は解消されるでしょう。しかし大魔王が倒れ世界に平和が戻ってきて喜んでいる少女に、魔界やマザードラゴンの生命を脅かす邪悪などの事を伝える必要があるのか…という思いがアバンの口を重くしていたのでした。

 

もしレオナ姫がフローラ女王に見出された最後の正義の使徒的な存在であったなら普通に話していたでしょうが、今まで無関係な位置にいた他国の王女な上に自身の娘と同じ年頃の少女なので巻き込むわけにもいきません。これは魔界という恐ろしい場所の事をわざわざ知る必要などないという思いやりなのか、それともやはり勇者パーティの悪い癖というか「無関係な人を巻き込まない、自分たちで解決する」という姿勢なのかわかりませんが結果として『私たちにはまだやるべき事がある』というふわっとした内容を伝えるという選択を取ってしまったのです。

 

次に来るかもしれない脅威のために『世界中が団結する』という大きな目標のために世界中の人を集めて武術交流会まで開いたにもかかわらず、結局相手の事を思いすべてを説明しないのですから掲げた目標達成はまだまだ遠い道のりになりそうです。

 

 

そして何よりもアバンはレオナ姫という女の子の事をシンシア王女と同じ聞き分けの良い子だと思っていたのです。

 

しかしそれが間違いだった、と…レオナ姫の行動力を甘く見ていたと思い知るのはすぐ後の事なのでした。

 

 

……

………

 

 

アランがレオナ姫と、そしてフローラ女王とソアラ王女がラーハルトと会ってそれぞれ話をした後に再び魔界へ行く話…とはいかず、珍しくアランはアバンとバランとシンシア王女の3人を騎士団の演習場へと連れてきていました。

 

それはこれからの冒険の舞台が魔界ということがあり、そして勇者パーティだったマトリフとブロキーナがいなくなってしまった事によって大魔王バーンに使った必殺の連携が使えなくなったためです。未だに『ぱふぱふ』を…というよりもレベル99になって大魔王ムーブすることを諦めていないアランですが、それはそれとして勇者パーティ自慢の必殺コンボが使えなくなったのは痛かったのでした。

 

アバンと2人だけで連携しようにもメドローア入りの魔弾銃は今のところアランでは作り出せないため、ならばそれに代わる新しい必殺の何かを作り出そうと思ったのです。そのためのアイデアは相変わらず魔導図書館で得ていました。

 

「アラン、こんなところに連れてきて一体どうしたというのだ?」

 

「ねぇバラン、アバンから前に聞いてたんだけどギガデインが使えるって本当?」

 

「ああ、それがどうした?」

 

「実は1つ試したいことがあってさ。アバン、ちょっとこれ読んでみてよ」

 

アランから差し出された1冊の本…そこには魔法力を他人から与えられることで呪文の威力を大きく上昇させるという研究が書かれていたのです。魔法力集束呪文とでも呼ぶであろうそれは、もし生きていれば妖魔司教的なザボエラが使用していたかもしれないメラゾーマを自身に撃たせて自分の力に上乗せして放つものと似ているものでした。大きな違いは攻撃呪文を自身に撃たせるのではなく魔法力自体を受け渡すものであり、もしかしたらザボエラはそこから研究し攻撃呪文を直接撃たせて外部で集束させるという方法に行き着いたのかもしれません。

 

現在アランが使える最大の攻撃方法は閃華裂光拳とメドローアであり、これらを組み合わせ生命エネルギーまでも使った切り札は相手が大魔王バーンであっても確かな結果を齎しました。もちろん単発で使用してもこれらの奥義は非常に高い威力を誇っているのは言うまでもありません。

 

しかしいくら知識にない世界で知らない名前の魔王たちがいるとはいえ…それでもドラゴンクエストの世界にいる事は間違いないわけですから、それはそれとしてアランの知る最強の呪文の一角といえばやっぱりギガデインなのです。本当はアバンが使えれば良かったのですが、アバンが使えない以上ギガデインを使用できるバランに白羽の矢が立ったのは必然だったのかもしれません。

 

アバンが書かれている内容を読み解き、それをバランたちに説明することでアランが何がやりたいのかを理解した3人はまずは実践とばかりに試してみることにしました。これは仲間3人が魔法力を1人に集めることで、自身の魔法力とその集められた魔法力を使って呪文効果を大きく上乗せさせるというものだったのです。

 

「ぬぅ…いくぞ!ギガデイン!!」

 

アバン、アラン、シンシア王女が魔法力をバランへと受け渡したところ…少々苦しげな声が漏れつつも唱えられた呪文によって、演習場の何もない場所に極太という表現が相応しいほどの豪雷が降り注ぎました。それは人を1人飲み込む程度の普段のギガデインと比較にならないほどに太く、そして見てわかるほどに密度の濃い稲妻だったのです。

 

これにはギガデインを何度も使ってきていたバランも驚きを隠せません。もちろんそれは鬼岩城が襲いかかってきた時に見ていたシンシア王女と、大魔王バーンへ最後の一撃を放つ時に見ていたアバンもまた同じです。しかしアランだけはギガデインどころかバランがモンスターと戦うところを直接見たことがなかったため「本当に使えたんだ」という違ったところに驚いていました。

 

「どう?実戦で使えそう?」

 

「…十分な威力だ。だがこれは鍛えた者にしか使わぬほうが良いな。下手をすれば耐えきれず暴発しかねん」

 

バランの体感では自身の魔法力のキャパシティ以上の魔法力が注ぎ込まれるようなものであり、気を抜けば内側から肉体が砕け散りかねない…と思わせるものだったということでした。少々の危険は伴うものの、しかしそれは鍛え上げられた肉体を持つバランにとっては耐えられないようなものでもありません。

 

他の魔法使いなどが同じことをしてもそこまでにはならないのですが、バランにそこまでの感想を抱かせたのは魔法力を注ぎ込んだ人物たちが並の魔法使いなど足元にも及ばないほどの魔法力を有していたことにも起因しています。アバンとシンシア王女、そしてアランの3人は飛び抜けた魔法力の持ち主と言っても過言ではないのですが、当然そんなことを誰も自覚していません。

 

しかし放たれたギガデインのそのあまりの威力に「ヴェルザーとの戦いの時にこの仲間たちがいればどれだけ楽に倒せただろうか…」と、ほんの少しかつての戦いを思い出してしまう程度にはバランも衝撃を受けているようでした。ただバランが持つ必殺剣であるギガブレイクをこの方法で使おうとすると、今のままではその威力を十二分に活かしきれないかもしれないという懸念も同時に出てきたのです。

 

バランが使える最強の一太刀であるギガブレイクはギガデインのエネルギーを真魔剛竜剣に纏わせ叩き切るまさに必殺という名に相応しい一撃ですが、当然ながらただギガデインを剣に落とせば良いというものではありません。金属である剣にただ雷を落とすだけでは感電してしまうためそのエネルギーを剣に纏わせる事こそが肝要であり、そして今回使ったギガデインではそのエネルギーを抑え込むほうに力を割かなければいけないほどでした。そのためもし魔法剣として使うのであれば竜の騎士の真の姿とも呼べる竜魔人でなければ使い切れないかもしれません。

 

もちろん今の地上にそこまでの敵はいないので何も問題はありませんし、むしろ使い所を見極めないと過剰攻撃にしかならないでしょう。元々ギガブレイクやギガデインでも地上で使うには威力の高い攻撃呪文でしたし、更にバランには誰にも見せたことがありませんが竜魔人の状態でのみ使用できる竜闘気を魔法力で圧縮して撃ち出すという恐ろしいほどの破壊力を誇る攻撃方法も持っています。

 

それでもバランにとってはこれからマザードラゴンを救うという使命を果たすための心強い手段を手に入れたことに変わりありません。

 

竜の紋章は歴代竜の騎士たちの戦いの経験を蓄積しており、そして真魔剛竜剣はそんな歴代の竜の騎士たちの魂が込められていると言っても過言ではない武器です。それだけでも代々の騎士たちと共に戦っていると表現するに相応しいものでしたが、そこに一緒に戦う仲間たちと力を合わせて技を放つという方法はどの代の竜の騎士も成したことのない偉業であり、それはバランの心を高揚させるに十分すぎるほどでした。

 

「これはもうギガデインというよりもまったく違う呪文のようですねぇ。さしずめ『皆の魔法力を集めて唱えるギガデイン』というところからミナデイン…とでも呼ぶべきでしょうか」

 

凄まじい威力の豪雷を目にして、アバンから出た感想によってこの方法で使われるギガデインは何故かミナデインと命名されました。ミナデインと唱えて呪文が発動するのかはわかりませんが、大魔王バーンもカイザーフェニックスと言いながらメラゾーマを使っていたので恐らく発動してくれるのでしょう。

 

アランはアランでそれを聞き「え?ギガデインより上とかないからギガデインでいいんじゃないの?」などと思っていましたが、ライデインの上位がギガデインなので最上位としてミナデインならそれっぽいかな?というメラ・メラミ・メラゾーマの系譜っぽい命名に納得すると同時に、この世界では新しく名前を付けないと気が済まない力でも働いているんだろうかと不思議にも思いました。

 

 

……

………

 

 

バランがミナデインを習得したことでアランの用事も終わり改めて集まった一同…もちろん議題は魔界へ行くメンバーやタイミングなどと話さないといけない事はたくさんあります。

 

アランたちが話していたレオナ姫のほうはひとまず今後パプニカ王国とカール王国の国交を密にしていくという事で話し合いは終わっており、その後は年の近いディーノくんと話をしていたところにシンシア王女も後から合流し更に話に花を咲かせていたそうです。その際シンシア王女の『婚約するにはシンシア王女より強くないといけない』という話はいつの間にかパプニカ王国にも流れていたようで、自身にもそれなりに婚約などの話が出ていたレオナ姫としては羨ましい限りだと言われたそうでした。

 

もし仮にレオナ姫が同じように「私と結婚するなら私よりも強い人じゃないとダメ」と言ったところで、その条件を満たす人物は国内外にかなりの数が存在するでしょう。いくら賢者の卵としてパプニカでは将来を期待されているとはいえ、下手をすれば「誰でもいい」と言っていると勘繰られても仕方がないくらいです。

 

しかしシンシア王女の場合はまったく違います。

 

この2人は同じ王女であり年も近く、そして賢者の才を持っていて次期女王であるところまで似通っています。しかしレオナ姫は王女としては当然の事なのですが、魔物と戦ったこともなく多くの呪文を使えるわけでもありません。対してシンシア王女は幼い頃からモンスターと戦ったり魔道図書館でそこらの賢者たちでも使えないような呪文を数々契約したりしており、更に接近戦闘用に武神流まで修めているのです。

 

同じ年の頃の、そして同じく次期女王を担う王女という立場であり、更に見た目も似ていると言える2人の女の子ですが、戦闘力という点に関してだけは天と地ほども離れていると言っても良いくらいでした。

 

そしてその確かな実力で実際に婚約者に名乗りを上げた者たちを返り討ちにしているのですから、レオナ姫からしてみればそれを言える強さと実践できる強さを羨んでも当然なのでしょう。魔王を倒した勇者を父親に持ち母親は女王、そして身近に大魔王まで倒した大賢者…レオナ姫は知らないことですが、更にそこに神々の生み出した竜の騎士とその息子などシンシア王女の周囲は本人たちは意識していないにもかかわらず地上有数の強者揃いなのでした。

 

こればかりは環境の違いという以外にないのですが、本当はパプニカにもレオナ姫が成長できる機会はあったのです。もしパプニカ王国がマトリフをずっと重用していたのなら、大魔道士の教えに触れることができたかもしれません。更にそこからカールの賢者や拳聖などとも交流を持つことができたはずなのです。そしてカールの賢者と交流を持つことができたということはカールの女王や勇者と交流を持つということでもあるため、レオナ姫は自分の与り知らぬ間に大きな転機を逃していたのでした。

 

この話をシンシア王女から聞いたアランは「つまり俺がレオナちゃんを浚って魔王役やればいいって事かな?」と未だに達成できていない囚われのお姫様計画が頭に浮かんだりもしましたが、もしこれをやったら挑戦者が現れる前にカール王国の仲間たちがやってきて怒られるだけでしょう。たとえ王女本人が乗り気で計画誘拐だったとしても2人揃って説教される未来しか見えません。

 

「お姫様とソアラちゃんのほうは何話したの?」

 

「ほとんど彼の境遇や気持ちを聞いてあげたくらいね」

 

「ええ、でもあの子も吐き出せてスッキリしたみたいだったから大丈夫じゃないかしら」

 

レオナ姫のほうの報告が終わってそっちはどうだったのかと聞いてみると、ラーハルトのほうはフローラ女王とソアラ王女と面会したことによって少なからず積もり積もった気持ちを吐き出せたようでした。

 

このあたりは一緒に話を聞いていたバランも考えるところはあったようで、たらればの話になってしまいますが少し運命の歯車がズレていれば自分もまたまったく違った結末を迎えていたかもしないと思わずにはいられません。ヒュンケルもまたバランと同じ事をラーハルトとの初対面の時から感じており、そういった事もあってお節介を焼きたくなったのでしょう。

 

さすがに魔界へ行くという話をするこの場に連れてくるような事はしなかったようでしたが、混血によって悩みを抱えていたラーハルトに思うところがあったのかバランたちも色々と話してしまっていたようでした。ラーハルトのほうも自身の話を聞いてもらっただけでなく、大魔王たちとの戦いなどを聞いた事で今の隠れ住んでいる森を出てカールへとやってくるということらしいのです。

 

もしかしたら女性2人の包み込むような母性に触れ自身の母親の事を鮮明に思い出し、そして自身が及ばないほどの力を持つ者たちが多くいるという事から身の振り方を定めたのかもしれません。それ以外にもバランが『竜』と『魔』と『人』の性質を併せ持つ存在であったため、ハーフであるラーハルトにとっては他の人間と違い唯一似通った部分があると直感で感じ取った部分も少なからず影響していたのでしょう。

 

大魔王が言っていたように、力というものを真理とする魔族の血が戦いを求めたからなのか…その時何を思ったのかは定かではありませんが、ラーハルトにここに来たいと思わせる何かがあったのは確かです。

 

しかしバランもヒュンケルも魔界へと旅立つつもりでいるため、ラーハルトがカール王国へやってきても一緒に過ごすことはできません。せっかくカール王国にやってきたのに自分たちは不在など不義理でしかないため黙っておくわけにもいかず、ラーハルトにはそれをちゃんと伝えたのですがラーハルトの答えは「共に魔界に行きたい」というものだったそうです。

 

バランやヒュンケルに続きカールの森にいるクロコダインの次はラーハルトがカール王国に来るということで、キッカケや原因は様々あるにせよカール王国に次々と強者が集まっていると言っても過言ではありません。最初から大魔王を討伐すべく仲間を集めていったわけではなく、色んな偶然などが重なった結果今の仲間たちがここにいるのです。

 

全員がカール王国という国に仕えているわけでもなく、友人や仲間がいるからカール王国という場所に集まってくる…しかしその中心にいるのは、勇者アバンでも賢者アランでもなくフローラ女王だったのです。フローラ女王が国を治める立場としてカール王国にいるからアバンもカール王国におり、そして仲間や友人がいるからアランもカール王国にいます。そうやって少しずつ増えていった仲間たちがカール王国にいる理由は、もとを辿ればフローラ女王がいるからなのです。

 

「ルイーダさん…」

 

「アラン、あなた私の名前も覚えられなくなったの?」

 

そしてそんな考えからつい思わず、フローラ女王に対して冒険者が集まる酒場の店主さんの名前を言ってしまったアラン…返ってきた言葉がフローラ女王にしては珍しく棘のある物言いですが、これは仕方ないでしょう。既に友人付き合いとしては15年を超えるというのに未だに「お姫様」と呼ばれていますし、それは昔から友人としての愛称的な感じだったから良いとしてもそこに誰かわからない名前を出されてはさすがのフローラ女王も少々ご立腹になってしまっても仕方ありません。

 

ただアランは決して名前を間違ったわけではなく「仲間が集まってくるところからルイーダの酒場っぽい」という感じで出てしまっただけなのです。

 

「とりあえずアラン、あなたちょっとこちらにいらっしゃい」

 

「どうしたの?」

 

みんなで揃って座っているというのに、わざわざ自身の近くにアランを呼ぶフローラ女王…この時点であまり良い気配はしませんが、そんな空気を読むことのできないアランは言われた通りにフローラ女王の横にやってきました。

 

「まずあなたリンガイアで何を言ったのかしら?どうして私の話を聞いてくれずにあなたの言葉だけ盲信されてるのか説明してくれる?」

 

このフローラ女王の言にはアバン含めリンガイア王国の面々と関わった者たちには覚えがありました。アバンとフローラ女王は将軍の息子を蘇生させて何やら大袈裟な物語を吹聴していることを把握していますし、バランは竜の騎士ではなく愛の騎士という名称で呼ばれている事は聞いていました。しかも両方ともアランが言っていたという証言付きです。

 

一応フローラ女王としてもこれからマザードラゴンという人智の及ばない存在を助けるために魔界に行くという大事な話し合いのため自重していたのです。しかしアランがそんなつもりはないまでも名前を間違うというやらかしをしてしまったので抑えるのを止めたのでした。それでも最初から怒るような事はせずに、まずは相手の話を聞こうとするのは女王として長いからでしょうか。

 

「そんな大した事は言ってないはずだよ?ノヴァくん助けてあげてカール王国と仲良くしてねって言ったような気がするけど…」

 

「ねぇアラン…『天に祈りを捧げ勇者に戦う力を与え、人々の平和のために奇跡の力を携えてカール王国に舞い降りた天女』って誰のことか知ってるかしら?」

 

「なにその話?」

 

内容のわかっていないアランの回答にリンガイアで出回っている話を説明するフローラ女王ですが、その内容は伝言ゲームの如く少しずつ変化していったようで最後にはカール王国には天女がいることになっていました。もちろんアランにはこんな話に心当たりはまったくないのでまさか自分が発端だとは思ってもいません。

 

そして今この場では「リンガイア王国の中ではフローラ女王という存在は魔王を倒す力も人々を救う力も、失ってしまった命をも取り戻すような力すらも与えた奇跡の存在となっている」という事を渦中の人物である本人が自分で説明するというおかしな状況になっています。これはこれでフローラ女王としても少々恥ずかしいものなのですが、アランに遠慮する必要はなかったという事で先にこのリンガイア王国に蔓延っているデマを正すことにしたのでした。

 

「とりあえず私にはそんな奇跡の力なんて備わっていないって誤解を解いていらっしゃい」

 

「えー…別にいいじゃんそれくらいさ」

 

「ダメに決まってるでしょう。バウスン将軍もそのご子息も大変だったのよ…」

 

どうやら謁見したときのバウスン将軍の是が非でも恩義に報いようとする姿勢とノヴァくんの懺悔すらも含まれた救いを求める様子に、若くして女王に即位し国家を導いてきたフローラ女王としても対応に困ってしまったようです。もし地上の国々が1つに団結して戦うことになった場合、バウスン将軍たちの熱心な働きかけによってフローラ女王が聖女扱いで旗頭にされるのはまず間違いないでしょう。

 

とはいえアランとしてはわざわざリンガイア王国に戻ってまで説明するような手間をかける気もありません。友人であるフローラ女王が他国からも畏敬を集めているのであればそれで良いじゃないかとしか思っておらず、それを自分が受けるなど真っ平御免というのが正直な感想でした。

 

「まぁまぁお姫様も少しは落ち着こうよ。どこかが文句言ってきたんなら俺が何とかするけど、何もないならこのままでいいじゃん」

 

「あなたは昔からそういうところがあるわね。あの時も…」

 

宥めているようでまったく宥められていないアラン。しかももしどこかの国が文句を言ってきた場合に何をするのか不安しかありません。アルキードで恨みを買い、パプニカで恨みを買い、リンガイアでは良い事をしてきたはずなのに何故か信仰を集めてきているのです。そんなアランが出ていってきちんと解決できるなどと誰が期待できるのでしょうか。

 

「そ、それは後で話してもらうとして、話の本題に入りましょう!」

 

「魔界の話?俺とアバンとバランが行くとして、てかみんな行きたいって言ってたよね」

 

フローラ女王とアランの話に収集がつかなくなりそうな不穏な空気を感じたアバンが慌てて一番大事な議題の話に入り、アランが続くように魔界に行くパーティメンバーの話を振っていきます。そこにはバランだけでなくアバンまでも決められているのですが、これはアランからすれば勇者なのだから行って当然というだけです。

 

しかしこの話し合いがすぐに解決することはありませんでした。その理由は全員が全員「自分も行く」と譲らなかったためです。そして更に…予想していない人物たちまで登場し名乗りを上げだしてしまったのです。

 

「はいはーい!私も行ってみたいです!」

 

「レオナ?あなたパプニカに帰ったんじゃなかったんですの?」

 

なんとこの場に現れたのはレオナ姫でした。後ろにはお付きの三賢者も控えており、立候補するためのタイミングを見計らっていたのは間違いありません。シンシア王女が親しく名を呼んでいるところから友人として仲良くなれたようですが、パプニカ王国へ帰ったと思っていたレオナ姫がこの場に現れるのはシンシア王女としても予想外だったのでしょう。

 

アバンたちもシンシア王女もレオナ姫の行動力を甘く見ていました。

 

レオナ姫はアバンたちの話を聞いて、地上からいなくなるのは別の何か大事な事があると予想したのです。しかしアバンたちにそれ以上問いただしても教えてはもらえないだろうというところから、都合よく交友を温めておくといいと紹介されたシンシア王女とディーノくんから聞こうとしたのでした。そしてシンシア王女がやって来るまでの間一緒にいたディーノくんが獲物として狙われてしまったのです。

 

一応レオナ姫とディーノくんは初対面ではありません。話す機会こそありませんでしたが、バランと一緒にパプニカ王国に救援に行った際にお互い顔は合わせているため改めてお礼を言うのにちょうど良い機会でもありました。しかしそれはそれ、アバンたちとの話で気になっているレオナ姫はこれ幸いと明らかに年下のディーノくんにアバンたちには聞けなかった事をあれこれと質問していったのです。最初は和やかな雰囲気だったのですが、しつこく聞かれたり泣き真似など手段を選ばない方法を使われた結果…ディーノくんは魔界に行くということをつい言ってしまったのでした。

 

しかしこれについてディーノくんを責めることもできません。幼馴染であるシンシア王女と何処となく似ているレオナ姫だったためディーノくんとしても無下にする事もできず、そして素直な性格が災いしてポロッと零してしまっただけなのです。

 

「うぅ…みんなごめん」

 

「ディーノ、そう気にするな」

 

魔界に行こうとしている事を話してしまって萎縮しているディーノくんとそれを慰めるバラン…恐らくバランとしても積極的な女性に弱いところがあるため、そんな自分譲りな部分に思うところがあったのでしょう。レオナ姫に知られる程度なら吹聴さえされなければ問題になるような内容でもなかったのですが、思わぬところで自分に似たところが発見され嬉しいながらも少しだけ息子の将来が心配になったバランでした。

 

「まぁレオナ姫たちが知ってしまったのなら仕方ありません。当然ですが他言無用でお願いしますね?しかし魔界に行くことを知っているのなら理解していると思いますが、あなたを連れて行くことはできませんよ?」

 

「やっぱりそうですよね…でもせめて私も何か協力したいです!」

 

レオナ姫も持ち前の性格で明るく表明していますが不安がないわけではありませんでした。

 

目の前にいるアバンたちは自分が生まれる前から魔王たちと戦い、更に今度は大魔王さえも倒して地上の平和を守り抜いた本物の英雄たちです。そんな歴戦の戦士たちに比べれば自分はただの小娘でしかないと思われても仕方ないのは理解しつつ、それでもただ黙って平和を享受することを良しとしない心を持っていました。正義の心を持ったレオナ姫であればきっとパプニカを、そして地上を守る一助となってくれることでしょう。

 

仮にですが輝聖石で出来た正義の印的な物があれば光っていたかもしれません。

 

アバンとしても知られたからといって公にさえされなければ問題のない話でもありますし、レオナ姫ならば勇者たちがいないカール王国を今のうちに…などといった事も考えないだろうとも思ってもいました。もちろん一緒に魔界に連れて行くなどというのは論外ではありますが、自分たちがいない間に地上の平和を任せる事ができる人物がカール王国以外の場所に1人でも多く存在してくれるだけでもありがたい事です。

 

「ならば…オレを連れて行ってもらえないだろうか」

 

レオナ姫にダメだと告げながらもその気持ちには感謝していたところ、次に立候補してきたのはこの場に連れてきていないと言っていたはずのラーハルトだったのです。ラーハルトはバランたちから魔界へ行くという話を聞き、居ても立ってもいられず直談判するためにこの場に現れたのでした。

 

普通なら王宮の中の女王たちがいる場に簡単に出入りすることができるはずがありません。レオナ姫の場合はパプニカの王女という地位があるため…そしてその前までアバンやシンシア王女と接触していたのでまだ可能なのですが、ラーハルトはフローラ女王たちと面会をしたといっても王宮内を気軽に歩ける立場ではありません。

 

「どうしても直接頼みたいと言ってな…すまん」

 

しかしラーハルトがこの場に現れることができたのはどうやらバランのおかげのようでした。ラーハルトの生い立ちに思うところがあり、本人から戦う以外に身の立て方を知らないと言われればバランとしても他に助ける方法を知りません。これは一緒にいたヒュンケルも同じでどうすればいいのかわかりませんでした。

 

たとえカール王国にやってきたとしても、魔族の風貌が色濃いラーハルトが城下町などで普通に暮らすというのは実際問題として難しいでしょう。バランたちと同じく王宮内で暮らすというのは更に反発が起こる可能性が高いのは言うまでもありません。そして本人が強く魔界行きを希望しているため、バランたちもそれを無下にしたくないという気持ちも持っていました。

 

しかしバランやヒュンケルの一存で連れて行くとも連れて行かないとも決められることではありません。その結果悩んだバランとヒュンケルは「結果がどうなるにせよ、せめて納得できる場を用意してやろう」と考えたのです。その上で機を窺ってラーハルトに登場してもらおうとしたのでした。バランがこうした他人の悩みに寄り添えるようになったのは『人の心』を持つが故のものなのでしょう。

 

 

「魔界に行くメンバーは後で決めるとしてさ…大魔王のとこから持って帰ってきた武器を運んできたから、とりあえずそれを見ておかない?」

 

「あぁ、そういえば一緒に宿屋に取りに行きましたね」

 

「強力なのかどうかはわからないけど、大魔王の城にあったんだしそこそこ使えると思うんだ」

 

大魔王の宮殿で戦利品として持って帰ってきた武器たちをミナデインの実験の後に宿屋に取りに行っていたため、魔界行きのメンバーを決める前にそれを披露したいとばかりに机の上に並べていくアラン。

 

本来もっと重要なはずのバーンパレスにあった如何にも怪しげな凍った黒い球体の事など既に忘れてしまっています。きっとこれからもバーンパレスはそのまま天へと浮上していき、もしその先に天界があるのであれば大魔王の居城が天界に登場するということになるのでしょう。天界の住人たちも大魔王の宮殿が現れた事に驚きつつも、そして黒の核晶が5つも搭載されていることに更に驚きながらもきちんと処理してくれるはずです。

 

アランが並べた武器は剣と槍と杖でした。過剰な装飾を施しているように見える剣と槍に対して、杖は何か絡みついているようなデザインを除けば普通に見えます。しかし大魔王の宮殿にあったのだから当然の事ながらそれらはただの武器たちではありません。

 

もはやその名を知っている者がこの世にいるのかわかりませんが、それは確かに『鎧の魔剣』『鎧の魔槍』更に大魔王の使用する武器である『光魔の杖』と呼ばれる物たちでした。しかし残念な事にこの場にそれを説明してくれる者がいないため、ただ装飾過剰な武器にしか見えていません。もしここにそんな武器の製作者である魔族でもいれば喜々として教えてくれたかもしれませんが、きっとこのまま本来の機能は使用されず…『鎧化(アムド)』と叫ばれる事もなく使われていく事になるのでしょう。

 

そしてその武器たちと合わせて、更にそこにアランが武術交流会で優勝して手に入れた『覇者の剣』もあるのですから全体で見れば装備の大幅なレベルアップなのは間違いありません。

 

これで強力な武器も手に入り戦力としては申し分ないまでも、しかしこの場に集まる面々が全員で魔界に乗り込むというわけにもいきません。リンガイアの一件が明るみに出る事によってアランが蘇生呪文を使うことができることが判明しました。そしてアランが蘇生呪文を使えるということで、戦闘面ではそのアランによって育てられたと言っても過言ではないシンシア王女もまた蘇生呪文が使えるということがわかったのです。魔界という人智の及ばない場所に挑むのにやはり万が一を考えればこの2人は魅力的な戦力でしょう。

 

とはいえ大魔王との決戦の時のように、守りを担う人員というのは必要になってくるものです。魔界へ行ってマザードラゴンを助け邪悪を滅ぼしたとしても、地上に戻ってきた時にカール王国がなくなっていては意味がありません。もちろん大魔王による侵略が終わって地上に平和が戻ってきたというのに、それをすぐに乱すような事は起きないと考えたいものですが絶対とは言い切れません。

 

そのためそういった要素を加味すれば回復や蘇生まで行えるアランとシンシア王女を分けておいたほうが、地上と魔界どちらがどちらを担当するとしても安心できる材料となります。そしてそうなればどちらが残るかなど選ぶまでもなく決まっていることでした。

 

「ディーノ、シンシア…お前たちは残って母さんたちを守っていてくれないか」

 

「父さん…でも、おれたちだって一緒に戦いたいよ!」

 

「おじさま、私もディーノと同じ気持ちですわ!それに私がいればあの呪文だって使えるんですもの…一緒に行ってもいいでしょう?」

 

基本的に良い子なので聞き分けの良いディーノくんとシンシア王女ですが、今回ばかりはバランからの言葉に納得していないようでした。バランとしては魔界という環境を知っている唯一の人物のため、そんな危険な場所へ連れて行きたくないという親心もあるのでしょう。

 

しかし子供たちにとってもそれを簡単には飲み込めない子供たちなりの気持ちがあったのです。

 

確かに自分たちは周囲にいる大人たちに比べれば及ばないことは理解していますが、だからといって何もせずに待っているだけというのは我慢できないのでした。そしてそれは大魔王との決戦によってマトリフとブロキーナを失ったという事が起因しています。アランは奇跡的に舞い戻ってきましたが、ただ待っていて親しい人物がいなくなるというのは子供心に不安を覚えてしまっても仕方のない事なのでした。

 

そんな子供たちの秘める気持ちを聞かされてしまえば、バランとしても簡単に却下するわけにもいかなくなってしまいます。もちろん魔界へ行ったとしても誰も死なせないという決意はありますし、仮に万が一があってもアランがいれば蘇生もできるという事はわかっていてもそういう問題ではないのでしょう。

 

更に交換条件とばかりにシンシア王女が出してきたのは「自分がいればミナデインが使えるよ!」という拙い取り引きでした。果たして魔法力を受け渡すのが3人必要なのかわかりませんが、先程実験的に試した時にシンシア王女も協力しているためそこを突いてきたのです。

 

「それでも私の力に不安がおありと仰るのなら、この後アランから奥義を教わって参りますわ!」

 

「シンシア、そういう問題ではないのです。ここは我々に任せておいてくれませんか?」

 

「お父様まで…」

 

そんな大人の心配を自身の力不足と捉えたシンシア王女が考え出した答えは、まさかの『アランからメドローアや閃華裂光拳などを伝授してもらう』という飛び抜けたものでした。しかしそれを聞いてますます連れて行くわけにはいかなくなったアバンが宥めるも、シンシア王女のほうは納得できるはずもありません。

 

しかしアバンのほうにも思惑というよりも言い分があるのです。

 

シンシア王女の言い方ではアランの持つ奥義を教えてもらうということになります。それはつまり閃華裂光拳やメドローアだけでなく『生命エネルギーの使用』についてまで余すところなく教わるという意味にも聞こえます。アバンは大魔王の戦いを直接見た唯一の存在であり、そのあまりにも苛烈な戦いぶりは決して娘にさせたい戦い方ではありません。

 

命すらも薬草などと変わらぬ消耗品かのように使うアランのあの戦い方を見て、それを真似させたいと思う親はいないでしょう。とはいえあの時は大魔王以外にもオリハルコンの軍団が敵として存在しており、その形勢をひっくり返すためだったので行動自体は仕方ないと納得できるものでした。

 

仮にアバンが仲間を守るためや道を切り開くためなどで、それが必要と判断すれば迷いなく自分の命を使うでしょう。後ろにいる者を守るためにアストロンで影響がないようにしてからメガンテを使うことだってあるかもしれません。そんなアバンの血を引く娘であり、実際に生命を振り絞って大魔王と戦いきったアランの影響を色濃く受けているシンシア王女が『いのちをだいじに』してくれるとは残念ながら思うことができなかったのです。

 

こんなことなら冷静に後衛としての立ち回りをしてくれていたマトリフにも教えを授けてもらっていればよかった…と考えたりもしましたが、よく考えてみればマトリフも最後は大魔王バーンに少しでもダメージを与えるために自爆しているのでやっぱり命を大事にしてくれないかもしれません。

 

客観的に見てみるとアバンもアランも…そしてバランさえも結構簡単に命を捨てたり使ったりしそうなところがあるので、全体的に作戦を考えるよりもそれを誰かが指摘して意識を改善することのほうが先決なのかもしれません。何せ当の本人たちにその自覚がないため、自分の事は棚に上げて子供の心配をしてしまっているのでした。

 

ちなみに地上での守りという点だけで見るならアランが残るのが最適です。

 

仮に地上にいるモンスターたちがなぜか一斉蜂起して大魔王の仇討ちとばかりにカール王国に襲いかかってきても容赦なく返り討ちにするでしょう。更に仮定の話として万が一アルキード王国が国の存続を懸け総力を以って戦いを挑んできたとしても、きっとアランは「ムーンブルク的な国はあったほうがいいってシナリオなのかな?」などと曲解しながら滅ぼしてしまうでしょうし、そうなったとしてもアルキードはカール王国にアランの文句すら言えないという非常に厄介な第三勢力扱いとなっているのです。

 

もちろんアルキード王国はそんな短慮な真似はしないでしょう。

 

唯一あったソアラ王女を取り返すチャンスも「このために地獄から舞い戻ってきた」とさえ思われているアランによって阻止されているのですから、もはやアルキード王国が次期女王であるソアラ王女を取り戻すには今ある事実をすべて認めて家族と共に自主的に帰ってきてもらうしか方法がありません。一般市民や貴族の中でも跡取りでなければ家を飛び出して子供を作っていた娘を迎え入れるのはそう難しいことではないのですが、血筋や面目といった部分が大いに影響する者たちの側である王家としてはなかなか受け入れるのに時間がかかることでもあるのです。

 

冷静に竜の騎士という存在をきちんと理解させ事実として認めさせることができれば対応もまったく違ったものになるかもしれませんが、残念なことに竜の騎士の証明ができそうなテラン王国は魔王軍の被害によってもはや消滅してしまったと言える状況となってしまっています。そしてソアラ王女が国を出た経緯などからもアルキード王家を取り巻く環境は決してバランたちに良いものと思えないこともあり、アバンやフローラ女王でさえも他国の王宮問題に口を出すわけにもいかないという事もあるため積極的に間を取り持つということはできていなかったのでした。

 

ソアラ王女たちがカール王国へやってきて10年以上の月日が経っても未だにその状態であり、そして今回の魔王軍の策略や武術交流会での出来事によってアルキード王国に燻る恨みの火種がまだ根強く残っていることがわかったのです。そういった事もディーノくんとシンシア王女にカールに残って「母さんたちを守ってほしい」とバランが言った一因でもあったのでしょう。

 

パプニカ王国は今回レオナ姫と話すことができ色々と事情もわかったので、これから良い方向に向かってくれることを願うばかりです。パプニカ国王ももしかしたらレオナ姫たちの話を聞いて改めて王宮の内部改革に乗り出すかもしれません。少なくとも暗黒闘気によって負の感情を増幅されていたとはいえ、大臣たちの身勝手な暴走を許すような真似はしないでしょう。

 

魔界へ行くことを自身で強く決めているのはアランとバランのみなのですが、他の仲間たちもその席を譲る気配はありません。そのため魔界へ赴いても戦えるだけの実力を有しているかをテストしてみるという脳筋的な結論へと至りました。

 

今ここに魔界行きのチケットを懸けた戦いが始まろうとしており、その様子は大魔王が言っていた「力こそ真理」という言葉に何も反論できない状況です。やはり人間であろうと魔族であろうと最後は力が物を言うのでしょう。

 

 

 

……

………

 

 

 

「大魔王を倒したその力…ぜひ拝見させていただきたい」

 

「ふむ…ヒュンケルとの対戦は見てたけど、俺でいいなら相手になるよ」

 

少し準備や休憩のため時間を置いて…なぜかお母さん2名やレオナ姫たちも含めた全員でまだミナデインの跡が残ったままの騎士団の演習場へと移動した面々。もちろんフローラ女王とソアラ王女…そしてレオナ姫は戦うわけではありませんが、もしかしたら子供たちや友人が魔界へ行く事になるかもしれないわけですし心配でもあり気になるのでしょう。

 

そこで最初に名乗りを上げたのは部外者と言ってもいいラーハルトでした。何せバランたちの温情で参加させてもらっている立場であり、戦いでしか身の立て方を知らないという本人の言葉通りに戦って己を示す事しかできないのです。

 

槍を得手としているのはラーハルトしかいなかったため、そのラーハルトはアランの持って帰ってきたお土産である鎧の魔槍を使って実力を測るための最初の模擬戦をすることになりました。相手はヒュンケルでもバランでもなくアランを指名しており、その言葉通りどうやら大魔王を倒した実力に興味があるようです。

 

アランのほうも武術交流会の様子は当然見ており、ラーハルトの俊敏さや槍を使った攻撃などはなかなかだと評価できるものでした。

 

しかし始まってしまえばそんなラーハルトの攻撃を紙一重で避けつつ攻撃を当てていくアラン…あくまで実力を知るための模擬戦であるため殺傷能力の高い技は使わず立ち回っているのですが、それはラーハルトにとって遊ばれているに等しい屈辱的な行為でした。そしてムキになればなるほど攻撃は荒くなっていき、あくまでも1人で森の中で訓練していた程度の実力と他人と関わることの少なかった精神性が顕著に現れていったのです。

 

「ハァ…ハァ…まさかここまで差があるとは…」

 

「まだまだ修行が足りないみたいだね」

 

「最後に1つ頼みたいことがある。大魔王を倒したその本当の実力を見せてもらえないだろうか」

 

この結果アランの中でラーハルトは留守番に決定しており、それは明言せずとも本人も力不足を理解しているようでした。しかしだからといってそれで納得して終わり…とはならず、ラーハルトはせめて大魔王を倒したアランの本気を見てみたいということです。

 

これはかつて騎士団長ホルキンスがバランに頼んだ事と同じ事でした。だからといってバランは本気を出したわけではありませんし、アランだってここでメドローアを放ったり閃華裂光拳を撃ち込んだりするほど考えなしではありません。

 

「わかった。覚悟はいいね?」

 

「ああ…オレはまだまだ強くなってみせる…」

 

 

 

 

「ならその身で味わうといいよ。武神流のもう1つの奥義…」

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

「アラン…」

 

「いやほんと予想外の事って起こるもんだよね」

 

いつもの光景とばかりにフローラ女王に叱られるアラン…演習場ではバランがディーノくんと模擬戦を行っており、アランは残念なことにお役御免になってしまいました。

 

アランが放った武神流奥義の1つ…猛虎破砕拳は大魔王戦では使われる事がなかったものの、物理的破壊力が一番大きい技です。ブロキーナからもその事は伝えられていたはずなのですが、アランの頭の中にはそんな事は抜け落ちていました。

 

もちろんラーハルトから頼まれた事でその実力を見せるところまでは良かったのですが、しかしまさか奥義の一撃でラーハルトが心臓を貫かれて即死するとは思ってもみなかったのです。

 

それも当然の事であり、猛虎破砕拳はオリハルコン生命体であろうと貫くだけの破壊力を有した奥義です。それを半分は魔族といっても生身であるラーハルトに使い、ラーハルトもまたアランの本気の一撃を受ける姿勢でいたためこの結果は必然のものなのでした。

 

とはいえアラン本人的には「あ、やっちゃった」程度のものであり、そして意図せずアバンたちも初めて見ることになった蘇生呪文のお披露目の場にもなったのです。死者が蘇るという奇跡の光景であるにもかかわらず、それが自分の失敗の挽回のためという状況のためか当然ながら感動などありません。

 

しかし蘇生呪文を直接目にしたことでフローラ女王もアバンも「あ、これはリンガイアもああなるのは仕方ない」と思ってしまったのです。確かに魔王軍と戦って命を失ったのにこの光景を見せられれば、助けられた当事者らは多大な感謝が発生しても仕方のないと思えるものでした。仮に自分たちの大切な者が死んでしまったとして、他国からやってきた僧侶や賢者がこの光景を作り出したのなら確かに黙ってその恩を受けたままにする事などないでしょう。

 

そんな感想が出てくるほどに奇跡的な光景ではあったのですが、その前段階でやりすぎな事には違いありません。その結果アランはフローラ女王とソアラ王女と共に見学へと回され、フローラ女王からお叱りを受けつつ観戦することになったのでした。

 

アランの被害者と言ってもいいラーハルトはというと、蘇生され治療されまさに元通りの状態になっています。本人も何が起こったのかを聞いて理解しており、死んだ事よりあまりにも手も足も出なかった事のほうがショックのようでした。しかしそんな達人たちがいることをその身を以って実感し、ますます上を目指すという意欲に駆られているようのなので魔族の血はしっかりと流れているようです。

 

 

「あなたがやりすぎな事は間違いないけれど、それでも皆にとっては一歩間違えばああなるという事を意識させるという意味では良かったのかもしれないわね」

 

「…というと?」

 

「直接死というものを見たり感じる機会のなかったあの子たちにとって、目の前で死というものを見たのは悪くないという事よ」

 

フローラ女王は魔王ハドラーの時代からカール王国を率いて戦っていた1人でもあります。そのため当然ながら騎士たちの死というものは経験していました。そのためかラーハルトに悪いと思いつつも、人の死というものを直接見る事になったのは悪い事ではないとも感じていたのです。今回はアランが自分で殺して自分で生き返らせるというふざけた事をやっていますが、蘇生呪文がなければ死というものは絶対の別れということを覚えさせる良い機会であるとも考えたのです。

 

やはり女王として国を治める以上は客観的に見る目も必要なのでしょう。母親としては子供にそんな思いをしてほしくないという気持ちはありつつも、魔界という自分たちでは想像もできないような過酷な場所へと赴かんとするのであればこれも必要な事という考えも持っていました。

 

「フローラ様がそう仰るなら私からは何も言いませんが…子供というのは意外と周りをよく見ているものなのですから、アラン様はもう少し配慮を覚えるべきですよ?」

 

「頑張って努力してみます…」

 

フローラ女王の意見を聞いたことでザボエラの時と違いソアラ王女も理解を示してくれましたが、それはそれとしてアランには足りないものが多いという事は言われてしまいました。戦いの結果でありリカバリーできているので良かったものの、これが衆人環視の中であれば新しい問題が起こっていたかもしれないのです。このあたりはゲーム脳の弊害なのか…冒険に主軸を置き次は魔界で戦う事しか考えていないため出てきてしまう問題なのでしょう。

 

なおレオナ姫たちパプニカ組は目の前で繰り広げられる光景に言葉が出ません。

 

幼少の頃にパプニカでアラン対パプニカ賢者たちという戦いを観戦したことはありましたが、賢者として多少なりとも成長したと思っていた自分たちとのあまりの差に何も言えませんでした。ラーハルトはレオナ姫から見ても槍の達人と呼べるもので、とてもじゃありませんが対戦したとしても太刀打ちできそうにありません。それを子ども扱いと言えるほどに翻弄し、更に息の根を止めたという普通なら大問題を起こしておいて何事もなかったように蘇生させているのです。

 

これがラーハルトが言っていたように大魔王を倒した英雄の実力…と、あまりの出来事に呆然とするしかできませんでした。

 

 

 

 

 

「いくよ父さん!ライデイン!!」

 

「ほう…いつの間にライデインを覚えたんだ?」

 

そんなアランたちとは違い、演習場内ではディーノくんがバランを相手に自身の持てる力を見せていました。その手には覇者の剣が握られており、ディーノくんがこの模擬戦のために使わせてほしいとアランに頼んで貸してもらったのです。しかし当然の事ながら普通にライデインを放っても、バランに感心されることはあれど認められるわけがありません。

 

 

ところがバラン含む全員がディーノくんに驚かされるのはここからだったのです。

 

 

ディーノくんはヒュンケルと同じくアバンから闘気の技を教えられています。大地斬から始まり空裂斬まで体得し、もちろんアバンストラッシュも放つことができるようになっていました。そしてあるかわからないアバンの書などという書物ではなく本人から直接アバンストラッシュも遠近あることを教わっており、そしてアランの戦いを聞いたことで1つの閃きを得ることになったのです。

 

メドローアと武神流を組み合わせるという…遠距離の攻撃方法と近距離の攻撃方法を組み合わせるというアランの戦闘をそのまま真似することはできずとも、遠近のアバンストラッシュを合わせるという発想を得るヒントとなっていたのでした。

 

「まだまだ!うおおおおお!!」

 

それでもまだ終わらないとばかりに気合を入れるディーノくん…するとその額に竜の紋章が輝き出したではありませんか。当然行き当たりばったりで賭けに出たわけではなく、ディーノくんは紋章が発現する事がわかっていたのです。

 

大魔王との戦いでアバンが帰還し、アランたち3人が帰らぬ人となった事はディーノくんにとって大きな哀しみと自身の不甲斐なさへの怒りを齎しました。自身が物心付いた時からシンシア王女と共に3人で過ごす事が多く、大人ながら友人と言えるアランには多くの事を教えてもらいました。

 

そんな友人が大魔王と戦いいなくなってしまったというのはディーノくんにとって大きな事だったのです。もちろん自分がいれば助けられたなどという傲慢な考えは持っていませんが、何も役に立てなかったという事実など様々な要素がディーノくんを目覚めさせる切っ掛けとなったのかもしれません。

 

「いくよ!ライデイン……ストラッシュ!!」

 

「そこまで使えるようになったか…だがまだだ!」

 

バランのようにライデインを覇者の剣に落とし、通常のアロータイプと呼ばれているアバンストラッシュをライデイン込みの魔法剣で放ったディーノくん。バランもその成長に喜びを感じつつ、しかしその程度では認めてやれんと迎撃のため構えていました。

 

それでも十分な威力を持っているのですが、ディーノくんがアランの戦いから得たのはここまでではありません。

 

「こっちもまだ終わってないよ!ライデイン!!」

 

アロータイプのライデインストラッシュに追随するように自身も飛び出し、再度ライデインを纏った剣を構えたディーノくんはそのままブレイクタイプと呼ばれるアバンストラッシュを重ねて放ったのです。

 

「これが…おれの想いのすべてだぁ!!!」

 

「うおおおお!!」

 

これには見ていた者たちも、そして相手になっていたバランも驚きました。竜の紋章を発現させ、魔法剣を使って見せ、更に闘気技を放っただけでなく重ね合わせるという事までやってみせたのですから子供の成長は早いなどと感心している場合でもありません。

 

その威力は危険を感じるどころではない程のものであり、バランは瞬時に竜闘気を全開にして防御の姿勢を取りました…が、それでもバランの竜闘気を貫くほどの威力を持っており演習場が爆発で包まれるほどでした。

 

これがディーノくんの覚悟を現した決意の一撃であり、形は違えどアランの戦いとどこか似ている戦い方でもあったのです。遠距離と近距離を、魔法と闘気を組み合わせた発想は確かにアランの戦い方を思わせるものでした。

 

そして何よりも父親の魔法剣を、勇者の闘気技を、そして賢者の戦い方をすべて融合させたそれは見ている全員が驚くのも無理のない事です。それを悩みながらも自身で編み出し土壇場とはいえ完成させて放ってみせたのですから、それだけの思いが込められている一撃だったのでしょう。

 

 

 

「……見事な一撃だ」

 

 

 

爆発が晴れたそこには…ダメージを負ったバランが立っていました。ところどころから血を流してはいますが、それでもバランは息子の想いを受けきったのでした。とはいえライデインストラッシュクロスとでも呼ぶべきそれにより、バランがかなりのダメージを負ったのは間違いありません。竜闘気を全開にして防御に回ったというのに、それでもその防御を貫いてきたのですからその威力は相手を選ばなければいけないほどのものを持っていたのです。

 

 

ちなみにこれはただの模擬戦です。

 

 

覚悟を示す一撃は良いのですが…アランがやりすぎて叱られていたというのに、ディーノくんも相手がバランでなければアランの二の舞いになっていたかもしれません。もちろんその場合は再度アランが蘇生呪文を唱えるだけなのですが、その後に母親たちからお説教を受けるのは間違いないでしょう。

 

「…………」

 

「ディーノよ、お前の想いの程は確かに見せてもらった。もう私から反対することはあるまい」

 

「っ…やったぁ!!」

 

不安そうにバランを見つめていたディーノくんですが、どこか嬉しそうなバランからの答えを聞き嬉しさを抑えることができませんでした。これでもダメだと言われてしまえば諦めるしかなかったという事もありますが、今までは守られるだけだっただけに認められたという思いもあったのでしょう。

 

そしてそんなディーノくんの戦いぶりを見て周囲も驚きを隠せませんでした。

 

アバンやヒュンケルだけでなく、シンシア王女や生き返ったラーハルトもその凄まじいまでの攻撃に…そして今までは子供だと思っていたディーノくんの成長にです。それは決して竜の紋章が発現したからという理由だけではないことは明白であり、それだけの思いを抱えていたということでもありました。

 

そしてそんな子供の成長を驚きと共に見守っていたアランたちですが、当然ながら成長しているのはディーノくんだけではありません。ディーノくんもアランとは10年以上一緒に過ごしていますが、同じだけの時間を一緒に過ごしている女の子がそこにはいたのです。

 

「お父様、次は私の番ですわ」

 

「では次はシンシアの力を見せてもらいましょう」

 

息子の成長を直に見せられその予想以上の結果に満足気なバランたちは治療のために下がり、次はアバンがシンシア王女の相手をするということになりました。シンシア王女の相手であればまったく同じ攻撃手段を持つアランのほうが適任なのかもしれないのですが、やはりそこは自分が魔界へ行くことに反対している父親を認めさせたいというディーノくんと同じ気持ちがあったのでしょう。

 

「バイキルト!スクルト!ピオリム!」

 

そしてシンシア王女の戦い方といえば当然アランと同じものです。補助魔法を自身に施し武神流を以って接近戦を行ったり、上級攻撃呪文で一方的に遠距離からダメージを与えたりと武闘家と賢者の両方を組み合わせた敵に回すと非常に厄介な戦い方なのです。

 

その戦いぶりにアバンは防戦一方になりながらも、それでも15年以上共に戦ってきたアランの戦い方を近くで見てきているだけにその程度でやられるはずもありません。そして何よりも奥義を伝授されていない事実はシンシア王女にとって決定打がないということでもありました。

 

これが普通の人間や魔物が相手なのであればすぐに決着はついていたでしょう。それでも倒せないのはこの場にいる面々の戦闘力がおかしいだけなのですが、そんな中で認められようとするならば普通ではやっていけないのかもしれません。そしてシンシア王女もまたそのためならば手段を選ばないアランの教えを受け継いだ女の子だったのです。

 

「シンシア、強くなりましたね」

 

「まだ…私の(ターン)はまだ終わっていませんわ!」

 

アランやバランの時と違い、アバンはこれがシンシア王女の実力を測るための模擬戦であることをしっかり理解しています。そしてシンシア王女は十分に成果を出し、アバンとしては認めても良いという考えになっていました。ラーハルトの時やディーノくんの時と比べれば甘い判定と言われるかもしれませんが、アバンくらいが正常であり他が異常なだけなのです。

 

最終的に誰が魔界へと行くことになるかはまだわかりませんが、十分に実力と覚悟を見せたのならばこれ以上反対するのは親のエゴでしかないと認める姿勢だったアバン…しかし当のシンシア王女本人はまったく納得しておらず次の攻撃を行うべくアバンに接近していました。

 

「これが…今の私の全力ですわ!!」

 

まさに流水のように…そしてアランの猛虎破砕拳を思わせる動きで繰り出されたシンシア王女の拳が当たると同時に、シンシア王女の叫びと同時に身体から稲妻が吹き出すように出てきたのです。ついにシンシア王女はギガデインを習得したのかとも思いましたが、その手には何と魔弾銃の弾丸が握られておりアバンは稲妻を纏った一撃の理由を瞬時に悟りました。

 

実はシンシア王女は準備の時間の間にアバンの部屋に1人でこっそり忍び込んで魔弾銃の弾丸を持ち出しており、更にバランに頼んでその中にギガデインを入れてもらっていたのです。そしてそれをただ放つだけでは当たらないと思い、そしてディーノくんと同じくシンシア王女もまたアランの戦い方を参考にしていたのでした。

 

当然ギガデインはシンシア王女にもダメージを与えており、バランのギガブレイクのような完成された技ではありません。それでもメドローアも閃華裂光拳も教えてもらっていないシンシア王女が精一杯に考え出した答えがこれだったのでしょう。生命エネルギーを使っていないとはいえ、自傷ダメージ付きで相手の不意を付いて特大ダメージを与えるのなどソックリな行動でした。

 

アバンとしては『それ』をやってほしくないから奥義の伝授などを反対していたというのに、まさか他から手段を持ってきて実現するなど想像もしていません。もしかしたら認めようと思っていたのに今の行動で逆効果になってしまうかもしれない自爆行為なのです。

 

とはいえ自分に足りないものがあれば他から持ってくるというのはアバンが行う方法でもあるため、ある意味自分に似たとも言えるその行動自体は責められるものではありません。自分で一生懸命考えて皆に置いていかれないようにと行った事は悪いことではないのですから…

 

もしかしたらアバンだって弟子を守るために自爆して奇跡的に生き残ったとしても、力不足を実感しすぐには合流せず新しい力を求めて修行していたということがあったかもしれません。そして手に入れた力を引っ提げて再度現れていたかもしれないのでシンシア王女の行動など可愛いものなのです。

 

「シンシア、あなたもよくがんばりましたね」

 

「お父様、それでは…」

 

「ええ、結果がどうなるにせよ私もあまりうるさく言う事はしません。ただあんまり無茶してはいけませんよ?」

 

優しい表情のアバンからの言葉を聞き、シンシア王女も焦げてプスプスしながらも認められた事でそんな痛みなどよりも喜びのほうが勝ってしまいました。とはいえやったことはギガデインを直接その身に浴びたのと同じことであり、アバンとシンシア王女も治療のためにひとまず休憩することになったのです。

 

 

 

 

 

「アラン、あの子がああなったのはあなたのせいよ?」

 

「いやアバンとお姫様にソックリじゃん」

 

シンシア王女の戦いを見てフローラ女王は呆れながらアランの影響を受けていると言い、アランは両親にソックリだと感想を言っていますが…間違いなくシンシア王女は全員の影響をしっかりと受けていました。少々アランの影響が濃い部分はありますが、それは戦闘でというだけでやはりアバンとフローラ女王の子供だと思わせる部分も多々あったのです。

 

アバンもフローラ女王も決して「女の子だから」という理由で戦わせないなどといった事はしませんが、しかし言いたいのはその戦い方のほうなので原因はやはりアランなのでしょう。アバンとシンシア王女の激しい戦いを見ておいてそんな感想が出るあたり、フローラ女王にとってはもはや今更な事なのかもしれません。

 

 

「アラン様…お願いがあるんです」

 

「どうしたの?」

 

「私にも魔法の使い方を教えてくれませんか?」

 

そんな和気あいあい(?)とした会話を聞きつつ、しかしレオナ姫は何かを決意したようにアランにお願いがあると弟子入りを頼み込みだしました。これはもともと武術交流会で優勝した魔法使いに聞こうとしていたことではあったのです。そしてその正体がアランであることがわかり、今この機会を逃せば何時になるかわからないと思い切って声をかけたのでした。

 

何せ今までのラーハルトやディーノくんの戦いは自分には何の参考にもならないほどのものでしたが、シンシア王女の戦いはすぐには難しいまでも自分にも得られるかもしれない強さだと思ったのです。一般的にアランは賢者と呼ばれており、戦闘面ではそんなアランに育てられたと言えるシンシア王女も当然賢者と呼ばれることもあります。その他の賢者に比べて遥か高みにいる賢者ですが、それでも賢者であることに違いありません。そしてレオナ姫はまだまだ駆け出しなれど『賢者の卵』と呼ばれているのですから、遠い道のりであったとしてもレオナ姫にだってできないはずはないのです。

 

もちろん現時点でレオナ姫とシンシア王女の差は非常に大きなものです。今からレオナ姫がシンシア王女に追いつき同じ強さを得ようとするのであれば、武神流を学び数々の呪文を契約しそれらを使いこなすだけの技量を身に着けないといけないという過酷な道程が待っています。それでもライデインやギガデインといった伝説の呪文を覚えろと言われるよりは遥かにマシであり、何もせずに見ているだけでいたくないという気持ちがレオナ姫を動かしたのでしょう。

 

「レオナ姫、悪いことは言わないからやめておきなさい」

 

「そうよ、強くなりたいならアバン様に…なんだったらバランにお願いしてあげるから」

 

しかしレオナ姫の願いは頼まれたはずのアラン本人ではなく、横で聞いていたフローラ女王とソアラ王女によって断られてしまいました。これは決して嫌がらせなどではなく、レオナ姫の事を思っての事なのは言うまでもありません。

 

ソアラ王女などアバンに頼むほうが良いと助言するどころか、更にバランまで紹介するよという聞く人が聞けば破格のような条件まで提示しています。それはアランの特訓が厳しいから…という理由だったら良かったのですが、単純にアランが何をしだすのかわからないからという理由からのアドバイスだったのでした。もし仮にパプニカの王女が特訓中に命を落として蘇生させられていたなどとなったら、いくら大魔王を倒した賢者の修行とはいえきっとパプニカ国王だって黙っていないでしょう。

 

「うーん、教えるのは別にいいんだけどさ…今のレオナちゃんの強さがわからないから、とりあえずヒュンケルと戦って見せてよ」

 

「……え?」

 

アランとしては魔界への冒険を遅らせてまでレオナ姫を鍛える意味はありません。一朝一夕で強くなれるのならそれでも良いかもしれませんが、わざわざ低レベルの足手まといをパーティに入れるような縛りプレイをするタイプではないのです。そのためまず今の強さを確認しようと思い、そして現在まだ戦っていないヒュンケルと戦わせることでどれくらい動けるのか見てみようと思ったのでした。

 

「待てアラン。なぜオレがそこの姫と戦わねばならん」

 

「だってバランとアバンは休憩してるし、俺はダメって言われてるなら相手するのヒュンケルしかいないじゃん」

 

もちろんこれを聞いたヒュンケルとしては不満しかありません。ディーノくんの…そしてシンシア王女の思いをぶつける熱い戦いを見せられて、次は自分の番だと意気込んでいたら明らかに弱そうな姫が相手だと言われたのですから文句の1つも出てしまうのも仕方ない事です。

 

普通ならアバンやバランが止めるところなのですが、そんな2人はなぜか状況を見守っておりアランを止める様子が見えません。そのため「とりあえずやってみなって」というアランに背中を押されてヒュンケルとレオナ姫は演習場の中央へと歩いていったのです。

 

明らかに話が違うとばかりにオドオドしているレオナ姫を見て、小動物への庇護欲的なものが湧くことはあっても戦闘欲が湧くことなどないヒュンケルはどうしたものかと困ってしまいました。どれだけ好意的に見ても戦いの経験があるようには見えず、見た目は似ていてもシンシア王女とは大違いです。

 

もしシンシア王女が相手であったならばヒュンケルは迷うことなく戦っていたでしょう。何度も手合わせしていますし、離れていれば遠距離からの攻撃呪文を撃ってきて距離を詰めても武神流で戦ってくるのですから相手としては申し分ないのです。では目の前の相手はどうか…と足運びなどからも明らかに素人なのがわかりますし、その表情は予期せぬ展開に戸惑っているのがよくわかります。

 

「本当にいいのか?下手をすれば怪我ではすまないぞ」

 

「そうよね!いきなりこんなか弱い女の子と戦えって言われても困るわよね!」

 

「ヒュンケル、別に遠慮しなくていいよ。もし死んだら生き返らせてあげるしさ」

 

攻撃してもいいのかを問うヒュンケルとそれに乗っかるレオナ姫…しかしその逃げ場を塞ぐように出てきたアランの言葉に2人は驚くばかりです。確かにアランはラーハルトに遠慮なく奥義を放って殺しておいて生き返らせています。しかしそれはラーハルトもアランの実力を知りたいと望んだ結果であって、戦う気のない相手に技を放つのとはわけが違います。

 

そしてレオナ姫にとってアランの言葉はただの死刑宣告でしかありません。

 

逃げることもできず戦って勝てるわけもなく、更に死んでも生き返らせるということは降参すら許されないということでした。勇者パーティに憧れ少しでも近づけるようにと思っていたのですが、どうやらこの場はレオナ姫にとって『魔王たちが満足するまで弱者が嬲られる様子を見せて楽しませる遊技場』のようにも思えてきました。

 

そんなレオナ姫が勝手に追い詰められている事など知らないヒュンケルにとってこの場は魔界へ行くだけの意思と力を持っている事を示す場所であり、既にディーノくんとシンシア王女は確かな実力でそれを示し認めさせていました。もちろんヒュンケルも魔界へと行く気は十分持っておりそれを示す事に躊躇するつもりはありませんが、一方的に嬲るような事をするつもりもないのです。

 

「止めだ…オレにはできん」

 

もはや涙ぐんでいるレオナ姫を見て、ヒュンケルは力を見せることはしませんでした。もしこれで魔界へ行く事ができなかったとしても後悔しないと思う事ができ、むしろ無抵抗の女の子をただただ傷つけるほうが恥だと思えたのです。

 

「ヒュンケル、よく思い留まってくれましたね」

 

「フッ…やはり試されていたのか」

 

どうやらアバンとバランが止めなかったのはヒュンケルを試していたという理由からだったようです。魔界という力こそすべてな場所へ行くという事は、同時に力に飲まれない心の強さが必要なのでした。特にヒュンケルは養父の仇討ちという理由で力を磨いてきた経緯があったため、レオナ姫というただの女の子と戦えという場でどういった行動をするのかを見定められていたのです。

 

それは獅子の檻にウサギを放り込んで好きにしていいと言っているようなものであり、更にそのウサギが死んでも蘇生させるから問題ないという極上の条件を出されているようなものでした。起こるかもしれない万が一が万が一でなくなるのであれば、相手を傷つけることを厭わずに己の力を示す者だって出てくるでしょう。

 

しかしそんな中でも相手を慈しむ心を持っているのかをアバンたちは見ていたのです。

 

まるで出来レースだったとでも言うように「そうだったのか」と周囲が納得している中、なぜか片棒を担いでいた事になっているアランは思っていた展開と違うことを不思議に思っていました。ヒュンケルとレオナ姫を組み合わせたのは人数の関係でしかなく、そして今から起こるのはディーノくんたちと同じような思いをぶつけあう熱い戦いになると予想していたのです。

 

レオナ姫は自分から「魔界に戦いに行きたい」と立候補していましたので、最低限カンダタ役であるハドラーと戦えるくらいの力は持っていると認識していました。大魔王バーンを倒した後に仲間になるのなら、どれだけ弱くてもそれくらいの強さは持っているのが当然だとも考えています。そして自分に弟子入りしようとしたことから、今よりももっと強くなりたいという気持ちを持って言ってきたのだと思ったのです。

 

そんな出汁にされた立場だとも言えるレオナ姫はといえば、それを怒ることなくむしろ真意を知り安堵していました。いくら強くなりたいと言って自分から望んだとはいえ、戦いなど経験したことがないのに突然放り出されてもできるはずがないのです。そして当然ながら相手に一方的に切り刻まれて折れないような心を持っているわけでもありません。

 

しかしそんな自分だったからこそ、アランはヒュンケルの相手に自分を選んだんだろう…とレオナ姫は精神の安定のためかまったく見当違いの方向に考えていました。まさかヒュンケルといい勝負をすることを望まれていたなどとは夢にも思わないでしょう。むしろレオナ姫の立場で言えばそんなアランではなくフローラ女王に弟子入りするのが一番正しい道なのです。

 

「ならもう一度オレにその男と戦わせてもらえないだろうか」

 

そう言ってきたのはラーハルトでした。アランによって命を失い蘇生されるという結果を受けてもその闘志は失われていないようです。そして武技を見せるのではなく心の強さを試されていたヒュンケルの相手を望んだのでした。もちろん武術交流会で戦っているのでヒュンケルに及ばない事は理解しているのでしょうが、それでも負けたままでいたくないのか再戦を希望したのです。

 

本来ならアバンかバランが相手をするのが正しいのでしょうが、その熱意を受けてラーハルトとヒュンケルが戦うという事になりました。

 

 

 

 

「それじゃあ改めてレオナちゃんの相手は俺がしようか」

 

「アラン様と…ですか?」

 

ラーハルトとヒュンケルが戦う様子はバランとディーノくんが見ており、もはや状況は各々が腕を上げる場となってしまっていました。ラーハルトの今よりもっと上を目指すという闘争心にはバランも感心しており、時折助言などを送りながら2人の戦いを見守っています。バランとしても剣を教え成長を見てきたヒュンケルと良い戦いをしているラーハルトをも育てたいという欲にでも駆られているのでしょうか。

 

そのためヒュンケルとの茶番試合で戦うことのなかったレオナ姫の相手としてアランが立候補したのです。もともとどれだけ戦えるのかをヒュンケルの相手をすることで確認しようとしたというのに、何もすることなく終わってしまったため自分で試してみることにしたのでした。

 

一応本人から「鍛えてくれ」と言ってきていますし、これからそんな時間も取れないだろうから今のうちに少しくらい手伝ってあげようという善意の提案だと本人は思っています。もしかしたらレオナ姫のほうは少しだけ先の発言を後悔しているのかもしれません。

 

アランからの言葉を聞いたレオナ姫は少々戸惑っていますが、それも当然の事です。

 

レオナ姫が言った「魔法の使い方を教えて欲しい」というのは、どうやったらそんなに強力な呪文を使いこなせるのかという意味であり座学で教わる事などを意味していたのです。パプニカでの勉強も実戦経験などなく手本を見せてもらって実践したりという、まさに『魔法教室』のような教育のされ方で育ってきていたレオナ姫にとって「いきなり戦え」というのはまったく予想していなかったものでした。

 

「マトリフもブロキーナもまずはやってみるって感じだったからね。それでも俺のほうがマシだと思うよ?」

 

もちろんカール王国がこの方針なんだと言われたら何も言い返すことなどできないのですが、当然カール王国でもそんなことはなくアランの方針なのは言うまでもないことです。とはいえブロキーナやマトリフが同じような感じだったため、教育者の素養のあるアバン以外は言葉で教えるよりも行動で示すタイプが多かった弊害でもあるのでしょう。

 

死人に口無しとばかりにマトリフたちのほうが厳しかったと言っていますが、いくらマトリフたちであっても戦いを知らずに育ってきた王女にいきなり厳しい修行を課すような事はありません。しかし大魔道士と拳聖の教えを受けた唯一の存在であるアランが言っているので、レオナ姫も「そうなんだ…」と信じるしかありませんでした。

 

「アラン殿、もし良ければ我々にも教えを授けて頂けないでしょうか」

 

レオナ姫が何やら躊躇しているような様子の中で自分もと手を上げたのは三賢者たちでした。彼らもまた若いながらも賢者と呼ばれる者たちであり、幼少期にアランがパプニカで行った戦いを見ていた者たちでもあったのです。一部の周囲からは「カールの賢者を超えるのだ」と余計な期待をかけられたりしながら日々上を目指して特訓の日々を過ごしてきていました。

 

もちろん彼らも武術交流会の様子やラーハルトとの戦いを見ているので、もしかしたら勝てるかもなどという妄想を抱いてはいません。あの日見た光景に自分たちがどこまで迫れているのか…それを知る良い機会だと見て手を上げたのです。

 

「それじゃあ4人とも相手しようか。なんだか楽しくなってきたな、俺を魔王だと思って本気でかかってきなよ」

 

賢者4人のパーティなどバランスも何もないのですが「もしかしたらそんなパーティだからこそできる戦い方があるのかもしれない」と楽しみになってしまったアランは自ら魔王役を買ってしまったのです。もちろん魔王役なので武神流で接近戦をするような事はせず、悠然と待ち受けるというアランのやりたかった大魔王ムーブをここでやってみることにしたのでした。

 

 

 

……

………

 

 

 

魔界へ行きたいなら力を示せという模擬戦も終わり治療も終えた後、まずは誰が行くよりも先にどこにあってどうやって行くのかという話になっていました。なにせアランの知っている地底世界へ行く方法は『ギアガの大穴に飛び込む』というものなので、そんな穴が地上のどこかにないことには行き方がわからないのです。

 

「ねぇアバン、どこかに魔界に続いてる大穴とかないの?」

 

「そんな便利なものがあればいいんですけどねぇ」

 

バランが魔界へと赴いた時は神々の力による助力もあったのですが、今回はその時と同じように神々の力に頼ることもできません。バランが魔界へ行くことができたのは、当代竜の騎士の使命として冥竜王ヴェルザーの野望を挫く必要があったと神々が判断したため行くことができたのです。

 

アランも自身の知っている知識から確認してみますが、博識なアバンでも知らないということはこの世界には地底世界まで続いている大穴など存在しないのでしょう。そしてそれっぽい場所と言われても思いつく場所などそう多くないのです。

 

神々の遺産である破邪の洞窟を踏破した先に魔界へと通じる道があるのか…それともどこか別の場所に道があるのかわかりませんが、それらも踏まえて悠長にしているような時間がないことだけは間違いありません。

 

そして何よりもマザードラゴンの生命を脅かしている邪悪な存在について、どのような相手なのか何もわからないのです。大魔王については多少ながらもバランが知っていましたし、アランもその存在を倒す前提で動いていました。魔界は冥竜王ヴェルザーと大魔王バーンが支配する場所ということで、その二大統治者であった冥竜王も大魔王も倒れているのです。

 

しかし大魔王が数千年もの時間を雌伏に費やしたように、それ以上に憎しみを糧にして潜んでいる存在がいないとは限りません。人間にとって一生と言える100年もの時間でさえ魔族や竜にとってはほんの短い時間に過ぎないのですから、魔界という場所はまさに人智の及ばない存在たちの蔓延る巣窟なのでしょう。

 

そのためそれぞれが自分に出来る事をしっかりと果たしながら、まずは魔界への道を探すところから冒険は始まる事になりました。

 

 

 

武芸百般で武器を選ばず闘気技や各種呪文を使用でき、魔弾銃やフェザーなどのサポートアイテムまで使いこなす勇者アバン。

 

攻撃呪文に回復呪文に補助呪文まで使うことができ、大魔道士と拳聖に奥義まで授けられ更には生命エネルギーまで使い出した接近戦もできる賢者アラン。

 

神々が世界のバランスを保つために生み出し、古くから数々の戦いを制してきた戦いの遺伝子を持つ竜の騎士であるバラン。

 

子供の頃から打倒大魔王に向けて、その剣の腕と教えられた光の闘気技を磨き続けてきた剣士ヒュンケル。

 

アランによって各種呪文と武神流を授けられ、ある意味英才教育によって幼少期からモンスターと戦って経験を積んできたシンシア王女。

 

幼い頃から父親の背中を見て剣を持ち、竜の紋章を自在に操れないまでも発現させ類稀なる才能を開花しシンシア王女と同じくアランによって経験を積み続けてきたディーノくん。

 

まだまだ賢者の卵ながら正義の心で勇者たちのサポートを志願してきたレオナ姫。

 

魔族と人間のハーフとして、自己鍛錬と生まれ持った強靭な身体能力で高速戦闘を行う槍術の戦士ラーハルト。

 

 

まるで何かに導かれたかのように集まってきた8人の勇敢な者たち…もしかしたらそれこそが運命というものなのかもしれません。

 

 

 

彼らはアランから齎されたマザードラゴンの危機、そしてそこに存在するであろう邪悪な存在の事も理解しています。

 

マザードラゴンの生命を奪おうとしているその邪悪とは、もしかしたら大魔王バーンよりも強大な存在かもしれません。

 

しかしマザードラゴンの生命を救うため、そしてその原因である邪悪を討ち倒すために…勇者たちは次の冒険の舞台として魔界に行くことを決めたのです。

 

 

 

 

 

 

 

こうして無事にカール王国で開催された武術交流会の幕開けから始まり、賢者アランは奇跡の復活を果たしました

 

 

 

 

しかしそれによって勇者たちは新たなる邪悪の存在と聖母竜の危機を知ることになります

 

 

 

 

聖母竜の生命を脅かす邪悪とはどれほどの相手なのか、そして魔界という広大な場所には一体何が待ち受けているのか…

 

 

 

 

まだまだアランたちの冒険は終わらないのでしょう

 

 

 

 

 




これにて完結です。
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