賢者の冒険 作:賢者さん
「勇者様、天空の兜なる物の在り処がわかりました」
「現在それを勇者様に献上するよう伝えておりますので、今しばらくお待ちくださいませ」
「思ったより早かったね」
大神殿も順調に建設が進んでおり、まるで玉座のような椅子に座りながら報告を聞いているアラン。決して本人の意思ではないのですが「伝説の勇者様たるものそれに相応しくいてもらわねば…」というありがた迷惑な主張によってここに座っているのでした。
そして臣下のように傅きながら話をしているその中身も『魔王とその手下』のような内容であり、もはや「勇者どこいった?」と言われても仕方ないような状況になっています。恐らく魔物たちもこういった感じに「天空の鎧を手に入れました」などと言っていたのでしょう。
客観的に見れば悪の組織以外の何者でもないと言えるくらいな状況なのですが、アランも報告している人間もそんなつもりはまったくなくただの状況報告でしかありません。奇跡の教団は自分たちを助けてくれた伝説の勇者アランを支援するために動いていますが、アランにとっては奴隷から解放してあげたとはいえ基本的に善意でやってくれているだけだと思っています。
もともと『光の教団』というのは「教団の教えに従えば光の国へ辿り着ける」というのが謳い文句であり、つまり魔物の脅威を筆頭に様々な苦境から逃れたい人たちの寄る辺として作られたものでした。その中身は魔物が作り出した自作自演のようなものではありましたが、現在は魔物は排除され今となっては伝説の勇者の下という…そこにいれば安心できる場所というものへと変貌しています。
そしてそこで勇者のために神殿を建設したり、祀っているフローラ様に感謝の祈りを捧げたりとよくわからない活動をしていました。
そこにアランから「天空の防具知らない?」と聞かれれば、それは遂に自分たちが勇者様の役に立つ時が来たのだと思い至るのも仕方ありません。まさに「今こそ我らの出番!」だとでも言いたいかのようにあれよあれよと話が伝わっていき、世界各地で天空の防具探しが始まってしまったのです。
そして人の口に戸は建てられないとでもいうように着々と様々な情報が奇跡の教団へと集まっていき、ポートセルミという港町からそれらしい兜の情報が流れてきたということでした。そしてそれがアランたちの探している天空の兜であると確信を得たため報告してきたのです。そこまでの情報網なので、もし天空の剣の場所を探してもらったら「サンタローズに流れる川の上流に洞窟がありそこにそれらしい剣があるそうです」という答えが返ってきていたかもしれません。
報告してきた人間が言うには天空の兜の在り処というのはテルパドールという大神殿のある場所から南のほうにある国の事らしく、更にその王家は勇者が現れるまで天空の兜を保管しているらしいということでした。そしてそれを勇者に捧げるべく伝えたのですが、どうやら先方は「勇者に直接渡す」ということで譲渡を拒否しているらしく難航しているようです。
この対応は至極当然のものであり、突然見知らぬ人間がやってきて「あなたの所にある宝物の持ち主が見つかったから渡せ」と言われて渡す者はいないでしょう。
このテルパドールは現在女王アイシスが治めており、代々に渡って不思議な力を継承する王家の予知能力によって天空の兜を保管し来るべき伝説の勇者へ渡すことを使命とすら思っているのですから簡単に手放せるはずもありません。過去に伝説の勇者が天空の兜を装備していたのかはわかりませんが、その予知能力で見たということもあり疑いなど持っていないということでした。そしてそんな予知能力を信じているからこそ本物の伝説の勇者ならば使命を果たすために渡すことはあっても、どう見ても勇者ではないただの人間が「勇者に渡すため」と言っているだけの状況では「はいどうぞ」とはいかないのです。
「それなら俺が行ったほうが早いね」
「いえいえ、このような事は勇者様が動くまでもありません」
「いや勇者に直接渡すって言ってるんなら俺が行ったほうが早いでしょ」
事情を聞いたアランは「このまま待ってても仕方ない」ということで、周囲が止めるのも聞かずにリュカくんを連れてテルパドールへと向かうことにしました。向かう先は砂漠の国ということで船で移動する必要があるのですが、今までまともに陸上すら移動していないアランたちは相変わらず身軽な空の旅を楽しむかのようにセントベレス山から飛び出すのでした。
「アラン兄さん、ボクも空を飛べるようになるかな?」
「ルーラを使えれば似たようなものだって言ってたから、リュカくんもそのうち使えるようになるんじゃない?」
アランに背負われながら移動しているリュカくんはどうやら自分でも飛んでみたいと思っているようで、眼下の広大な景色を眺めつつそんな質問をしています。もともとパパスに幼少期から連れ回されていたリュカくんは博識なほうではなく、アランが当たり前のように空を飛んでいるのでそう思うのも仕方ないことでしょう。
しかしこの世界ではルーラは一般的な呪文ではありません。もはや失われた古代呪文としてその名が一部に残っているのみであり…もしかしたらどこかにそんな古代呪文を研究している人物もいるのかもしれませんが、リュカくんが覚えたいからと簡単に覚えられるものではありませんでした。
更にこの世界にトベルーラという呪文は存在しないためただの移動手段として空を飛んでいるという事が既に非常識な事なのですが、パパスを失い魔物に拐われた立場であるリュカくんはそれを知ることができなかったのです。
「お、あれじゃないかな?」
本来砂漠の上を移動するというのは危険を伴うはずが、空を飛んで探すという事で簡単に見つけることができました。周囲が砂しかない中で小さな湖とでも言うべきオアシスっぽい場所があり、それに隣接するように石造りの宮殿っぽい感じの建物があるので恐らく間違いないでしょう。
このテルパドールという国の女王であるアイシスは不思議な力を持っているとの事で、現在は「伝説の勇者が現れる」という言葉が伝えられているということです。そして女王は現在城の地下にある庭園にいるということで、アランたちはひとまず女王に会ってみることにしました。
「ようこそいらっしゃいました旅の人、私がこの国の女王アイシスです」
「伝説の勇者アランです」
「リュカです」
堂々と伝説の勇者を語るアラン…この場にシンシアちゃんがいればきっとまた『ソロくんとどっちが伝説の勇者か』議論が勃発していたことでしょう。アランのその発言を受けてアイシス女王もじっとアランの顔を見ていますが、その表情は疑いというよりも見定めるかのような目をしていました。
「あなたには何か…不思議な感じがしますね。そちらの子供のほうもですが…」
どうやらアランだけではなくリュカくんまで不思議対象になっているようで、アイシス女王にとって普通の人間とは違う気がする2人ならばとどこかに案内してくれるということです。そして宮殿の離れの地下へと入っていき、そこには墓石のような石版とサークレットっぽいものが置かれていました。
「ここは勇者様を祀っている場所…お墓ではありませんが、いずれ現れるであろう伝説の勇者様が天空の兜を探し求めた時にと建てたのです」
そんな説明の後に「かぶってみてください」と言われたので兜という名のサークレットっぽい天空の兜を装備してみたアランでしたが、鉛のような重さの天空の兜はアランを伝説の勇者とは認めていないようでした。本来であればその重さに満足に動くことすらできないのでしょう。そして「やはりダメでしたか…」となり天空の兜とアイシス女王は伝説の勇者を待つはずだったのです。
しかし腐っても歴戦の賢者であるアランにとって普通の人間が動けない程度の重さの装備など「使い勝手の悪い装備だなぁ」程度のものでしかありませんでした。アバンだって生身で大きな岩を抱えて歩いたりできるくらいの膂力を持っていましたし、そして何よりアランは今までまともに鎧や兜などを装備したことがなく天空の兜の重さも「こういうもの」として認識してしまったのです。
「装備できて…いるのかしら?」
「ちょっと重いくらいでモンスターと戦うのに支障はなさそうだね」
装備の重量で落ちた素早さはピオリムで補えば良いとでも言うように、その場でいくつかの動作をしながら感覚を確かめているアランを見てアイシス女王は悩んでしまいました。今まで自分を含め天空の兜をかぶってみた時には非常に重くて、とてもではありませんがこれを装備して戦う事などできないと思わせるものでした。
しかしアランは天空の兜を装備しながらも自分たちよりも遥かに身軽に動いているところから天空の兜に認められたと考えられないこともありません。何せアイシス女王だって伝説の勇者に会ったことがあるわけでもありませんし、その伝説の勇者が装備したら天空の兜がどんな感じになるのかだって知らないのです。
「……すべての装備を集めてここにいらっしゃい。その時はこの天空の兜をお渡しいたします」
そのためなのか悩みに悩んで最終的にアイシス女王が出した結論は「天空の装備全部集めてきたら渡すよ」というものでした。アランとリュカくんに何か感じるものがあったのは事実ですが、果たしてこれで正解なのかというと疑問な部分も残っていたため折衷案として出されたものだったのです。何せ最近では「勇者様に天空の兜を献上せよ」というような人たちはテルパドールにやってきており、勇者の出現という予言を利用した勇者の名を騙った何者かがいるのではという疑念がアイシス女王の中にありました。
そこに間を置かずにアランたちが現れたのですから、アイシス女王としても慎重な姿勢になってしまっても仕方ありません。つまり良かれと思って行動してくれている奇跡の教団の活動が裏目に出てしまっていたのです。
「剣と鎧は持ってるし、あとは盾だけだから別にいいかな」
現在アランたちの手元にないのは兜と盾だけであり、盾を手に入れれば兜ももらえるというのであればわざわざ文句を言うこともありません。更にアランは「場所もわかったし、何なら勝手に持っていけばいいや」というゲーム思考で考えてすらいました。一応この離れに入るためには鍵のかかった扉を開ける必要があるのですが「鍵がかかっているなら扉のほうを壊せばいい」という事をかつて魔界で学んでいたのです。
とはいえそれは天空の盾まで揃えて見せても兜を渡さなかった時の事であり、オーブ集め感覚で天空の装備を集めているアランとしては急ぐようなものでもありません。もともと装備するためではなく魔界に行く道が開けるはずという、ただのキーアイテム感覚で集めているので強力な武具という認識もないのでした。
そのままセントベレス山へと戻ってもよかったのですが、セントベレス山から見て北側と南側へ行ったのだから道草ついでに西側でも見てみようというアランの思いつきで寄り道することになります。西側の大陸にはサラボナという大きな町があり、そして町の人が言うには何やらこの町の大富豪であるルドマンが何かイベントを開催するということでした。
「すいませーん、ここルドマンて人の家で合ってますかー?」
「ああ、希望者の方ですね。もうすぐ説明が始まりますのでこちらでお待ちください」
イベントがあるなら参加しなくては…というアランによってサラボナでも一際大きな屋敷へと向かい、丁度そこにいたメイドさんに話かけたところこれから説明が始まるということでした。
何をするのかすら知らないままアランが案内され入った一室には現在大勢の男たちが集まっており、そこに現れた非常に特徴的な髪型(?)をしたおじさんの説明を聞いてみると「娘の婚約者を決めるために希望者を募っている」というのです。そして条件を満たし婚約者に選ばれた者は婿として迎え入れ、家宝の盾も譲るということでした。
この特徴的な髪型のおじさんがサラボナの町の大富豪ルドマンであり、ルドマンは娘の婚約者は娘が成人してから決めるつもりで本来ならばもう幾年か後になる予定でした。しかしそう悠長にしていられない事情が、ルドマンに今すぐにでも…という気持ちにさせていたのです。
ルドマンの娘であるフローラという名の少女は本当ならば今頃は修道院で様々な事を学んでいるはずでした。そして時期を見てサラボナへと戻ってくる予定だったのです。
しかしルドマンは最近町中に流れている『奇跡の教団』の話や、その教団が『フローラ』という名を崇めていることを知ったことで急いで修道院から呼び戻したのでした。そして愛する娘を守るため、この先も守っていくために少々早いと思いながらも婚約者を探すことにしたのです。
その娘であるフローラはまだ10歳を過ぎた程度に見える少女であり、そんな少女に群がる男たちを見ても当人が良く思うはずもありません。ここで「私って人気者ね」と思えるような前向きな思考をしていれば受け入れられたでしょうけれど、修道院でシスターとしての修行もしており清く正しい精神を育んできた少女には少々性急すぎる話でもありました。
そして何より集まっている男たちの目的も『フローラとの結婚』ではなく『大富豪であるルドマンの資産』であることを理解しています。そうでなければ大の大人が少女と結婚したいがために集まったという事になってしまいます。
本音で言うならば「嫌だ」と言いたいところなのでしょうが、ルドマンとフローラの間に血の繋がりがないという事実がフローラにその言葉を言わせることを躊躇させていたのです。娘のためを思っての行動ということもわかっているため、そして今まで大事にしてくれた家族の事を思えばこそ黙って受け入れるしかないとさえ考えていました。
そんな俯いたまま何か言いたいことを言えないといった感じに表情を曇らせているフローラに誰も気付かず話は進んでいきました。
「娘の婚約者になる条件として、炎のリングと水のリングを持ってくるのだ」
ルドマンの説明では世界のどこかにある2つのリングを持ってくればフローラの婚約者として認めるという事でした。集まっていた男たちはそれを聞いて我先にと屋敷を飛び出していき、残されたのはリングを集める気のないアランとリュカくんだけとなっています。
「お主たちは探しに行かなくて良いのか?」
「んー、そういうのあんまり好きじゃないんだよねぇ…」
カール王国にいた頃からお見合い騒ぎやらで後ろ向きになっているアランにとって、今回のイベントはあまり興味を唆られるようなものではありませんでした。武術大会のようなものであれば喜んで参加していたかもしれませんが、10歳かそこらの少女の婚約者になれると言われてもまったくやる気が出ません。
「もしやお主がフローラを狙っている輩か!?」
そこまではルドマンも普通に対応していたのですが、しかしアランたちの話を聞いて豹変したように態度が変わってしまいました。セントベレス山で魔物を倒した伝説の勇者であり今は天空の盾を探していると言っただけなのですが、どうやらルドマンの頭の中ではセントベレス山にある奇跡の教団は娘のフローラを狙う悪の組織のように思われていたようです。
「俺の知ってるお姫様とそっちのフローラちゃんはまったく違うから落ち着いてよ」
「何を戯言を!貴様のせいでフローラが怪しげな男どもに狙われているのではないか!」
アランとしてはカール王国にいるフローラ女王に責任を擦り付けたつもりだったのですが、偶然なのか同名の少女が存在したせいで…目の前にいるフローラちゃんのほうに何かしらの被害が及んでいたということでした。とは言っても拝まれたり讃えられたりするだけで実害はなく、ただただ意味がわからないため困惑していたということです。
奇跡の教団において祀られている聖女フローラ様ですが…アラン以外誰も見たことのない存在であり、果たしてこの世界に実在しているのかすら曖昧な人物です。そこに同名の少女がいるということが教団内で噂となり「もしかしたらフローラ様の生まれ変わりなのかも」という早合点した考えによって及んだ勘違いだったのです。
しかし経緯も事情も知らないルドマンからすれば娘に何が起こるかわからないような状況を捨て置けるはずもありません。そのため婚約者を決めて娘を守らせようとしたところに張本人が現れたのですから頭に血が上ってしまってもしょうがない状況でもありました。
「リュカくん、とりあえず説明しといて」
「えっ…?」
「フローラちゃんはちょっとこっちでお話聞かせてよ」
「えっ?」
「待て!フローラを連れて行くでない!」
今まで下ばかり見て顔を上げていなかったフローラちゃんの手を引き屋敷を出るアランは間違いなく誘拐犯でしょう。そして外に出たと同時にトベルーラで空高くへと上がって行ってしまい、ルドマンが何を叫んでも聞こえないどころか姿すら小さすぎて見えないほどの高さへとやってきてしまいました。
「ふわぁ~!」
「なかなかいい眺めでしょ?ずっと下ばっかり見てたけどさ、どうせ下を見るならこれくらい高いところから見たほうが良くない?」
アランにとって初対面であるフローラという少女の事は何も知りませんが、それでもルドマンが説明している間ずっと下を向いていたことくらいは見ていました。そして何を悩んでいるのかも察することはできなくても、今までに培ってきた子守りの経験から大好評だった高いところへ連れて行って喜ばせてあげることにしたのです。
きっと今頃はルドマンがものすごい形相でリュカくんに詰め寄っているかもしれませんが、いくらなんでも子供を相手に怒鳴り散らすような事はしないでしょう。むしろ頭を冷やして物事を冷静に考えるためにちょうどいい良策とさえ思えます。
ディーノくんやシンシア王女に始まりソロくんやシンシアちゃんにもやってあげていた胡座トベルーラで上空をふわふわと散歩しつつそんな打算的な事を考えているアランとは反対に、アランによって空の上に誘拐されてきたフローラちゃんのほうはかつてのリュカくんと同じく眼下に広がる光景に目を奪われているようでした。
つい先程まで自分の足元の床しか見えていなかったというのに、今は広大な海や大地が広がっています。おとぎ話にでも出てくるような…空想の中でしか見られないような景色は今までの悩みなど吹き飛ばすほどの衝撃であり、この光景の前では自分の考えがいかに小さなものであったか思い知らされたような気さえしてきました。
「アランさん、私はどうしたらいいんでしょうか」
そんなフローラちゃんから語られるのは自分はルドマンの義理の娘であることや、大切にしてくれているけれど少しだけ距離を感じることもあるといった事でした。そして今回の婚約者の話も自分のためだと理解しているけれど、それでもあまり前向きにはなれないということなのです。
空からの景色に少しは落ち着いたのか…フローラちゃんがそんな悩みを打ち明けている時、地上のサラボナではリュカくんがルドマンに必死に説明していたのでした。
…
……
………
「…で?結局あの者は何者なんだね?」
「えーと…」
アランがフローラちゃんを連れて空の彼方へと飛び去ってしまい、後を任されたリュカくんはメイドさんたちと一緒にルドマンを宥めていました。アランの読み通りルドマンも子供であるリュカくんに強く詰問するような事はせず、深呼吸をして落ちついてから問いかけることにしたのです。
ルドマンが現在知っている情報は『奇跡の教団という伝説の勇者のための集まり』が存在し、そこではフローラという名の人物を祀っているということ。そしてその集団の一部が自分の娘のフローラに近づいていることでした。そこに自ら伝説の勇者を語るアランが現れ娘のフローラを連れ去ってしまったということです。
もはや魔物の策略かと思うような話なのですが、一緒にやってきたリュカくんから魔物の感じは見受けられず…更にアランの事を信じているようだったので正直な子供からの意見として話を聞いてみることにしたのでした。
しかしリュカくんからの詳細な説明を聞き、そのすべてが大袈裟ではなく真実であれば確かに勇者のために活動するだろうと納得できるものでした。リュカくんの主観からの話にはなりますが…それでも父を殺され拐われたというリュカくんが連れ去られた先で、そこにいた魔物も自分を連れ去った魔物も全部倒してくれたというのですからそれだけでも俄には信じられないものです。更に魔物に殺された人たちを生き返らせたという特大のおまけまで付いており、それらを聞いたルドマンでさえ少しばかり伝説の勇者かもしれないと思わせるものでした。
そんなアランの事だけでなく、リュカくんがアランと一緒にいる理由なども聞かされたルドマンはリュカくんに同情してしまったのです。父の遺言で母が魔界に連れ去られ助けるために鍵となるアイテムを探していると言われれば、同じ子を持つ親としても協力したいと思ってしまうのは当然の事なのかもしれません。
「よいか少年よ、私は世界中から文献などを集め『伝説の勇者』について調べたことがあるのだ」
リュカくんの事を気に入ったのか…友好的になったルドマンから語られるのは『遥か昔に存在したという伝説の勇者』のことでした。
ルドマンは今も封印されている巨大な魔獣ブオーンを封じたルドルフという人物の血を引く人物であり、その封印を代々見守り続けるという役目を負っていました。この封印がいつまでも続いてくれれば良いのですが、そんな危険な魔獣がいつ蘇るかもわからない事から戦い方を模索するために存在するかもわからない遥か昔の伝説の勇者についても調べることにしたのです。
しかしそんな大昔の出来事や人物の事が都合よく残っているはずもなく、断片的な情報から少しだけ伝説の勇者の力というものを知ることができたのでした。
「かつてこの世界を救った伝説の勇者はな…なんとホイミで強大な敵を倒していたらしいのだ」
「ホイミで?」
「そうだ…どうやってかはわからぬが、もしかしたらそれこそが伝説の勇者の証やもしれぬ」
ホイミで敵を倒す…ルドマンが語った内容はリュカくんにはまったく理解できません。ホイミというのは傷を癒やすものであり、敵に使ったとしても敵の傷を回復させるだけになるでしょう。ルドマンの言う伝説の勇者の戦い方がどんなものなのかまったく想像もできない事ですし、いくらアランが勇者であってもホイミで敵を倒すというのは不可能だとしか思えませんでした。
「それって…ホイミで回復しながら敵を倒したってことじゃなくてですか?」
「いや、今ある文献などで考えると敵にホイミを使っていた…らしいのだ」
リュカくんの疑問も当然の事で、それを語ったルドマンのほうもそれが絶対に正しいとは思っていません。リュカくんと同じくホイミで敵を倒せるとは考えていませんし、ホイミで回復しながら敵を倒したと取れないこともないのです。何せ残された断片的な情報なので、どこかで解釈の間違いがあった可能性のほうが高いのも確かでした。
ここでまさかルドマンの言う解釈が正しいとは誰も思わないでしょう。
武神流という武術の神様と呼ばれる老人が編み出した流派に、回復力を極限まで高める事によって生物に限って高い破壊力を生み出す奥義があるなどとわかるはずもありません。更にそんな奥義を武術の神様から受け継いだ賢者がいて、その賢者が勇者の幼馴染やどこかのお転婆なお姫様などに伝授して回っていたなんて想像することもできないはずです。
そんな流派の技や奥義が子々孫々と受け継がれ、そして文献や伝承として残されていたなど吟遊詩人であっても思いつかない事でしょう。そのためルドマンが文献などから得た解釈が正しかったとしても、それを信じることなどできなかったのです。
しかしリュカくんに言われた程度で考え直すルドマンではありません。アランが自分の事を伝説の勇者だと言うのであればホイミで敵を倒せたら認めてやるということです。そこには色々と心労や迷惑をかけられたことや娘であるフローラを連れ去ったことなどに対する意趣返しが入っていないわけではないのでしょう。
できるはずがないという大前提の上でリュカくんに対し「文献の通りホイミで敵を倒せたら伝説の勇者と認めてやる」という結論になり、それを聞いたリュカくんのほうも「どうしよう…」という状況になってしまいました。
母を助けるためには魔界に行く必要があり、魔界に行くためには天空の武具を揃えた伝説の勇者が必要なのです。しかしまさか「ホイミで敵を倒せたら伝説の勇者と認める」と言われるとはサラボナにやってくるまでは思いもしませんでした。そんな文献を残したであろう人に恨み節の1つも言いたいリュカくんですが、それ以上にこの条件をクリアする方法がわからず途方に暮れてしまうのでした。
ちなみに恨み節を言いたい場合は適任がリュカくんのすぐ横にいたりするのですが…その適任な存在は『伝説の勇者っていうのはホイミで敵を倒していたらしい』と書き残した側ではなく『本当にホイミを拳に込めてモンスターを殴り倒していた存在』であるため文句を言われてもまったく通じません。
「ただいまー」
「ただいま戻りました!」
リュカくんが難題を出され悩んでいた後、能天気なアランの声と何やら元気な様子のフローラちゃんの声が聞こえてきます。リュカくんもやってもらった事があるからわかるのですが、あの空の散歩は気分転換するには最適と呼べるほどのものでした。父を失い連れ去られたと思ったら仇の魔物を倒されたりと驚天動地な心境だったリュカくんですらそんなすべてを忘れてしまうほどだったのですから、彼女が何を悩んでいたのかわかりませんがきっと自分と同じ体験をしたんだろうと理解しました。
一緒に旅をするわけではないのでフローラちゃんはきっとわからないままでしょうけれど「実は移動手段の大半が空を飛んでいると知れば何と言うかな…」と、そんな空の旅に同行している事にほんのちょっぴり優越感を感じたりしているリュカくん。もはや慣れたと言えるほどにルーラとトベルーラで移動しているのですが、それでも未だに空を飛んでいるという事は楽しいものなのでしょう。
そんな事を考えているリュカくんを置いておくように、現在ルドマンとフローラちゃんによるお互いの本音をぶつける親子の話し合いが行われていました。アランに連れ去られて戻ってきたら何やら吹っ切れたような表情をしており、ハッキリと「婚約者は自分にはまだ早い」と告げる姿は下を向いて黙っていた彼女と同じ人物とは思えません。
しかし前向きになったような明るさを取り戻したようなフローラちゃんの変わりようは、ルドマンにとって嬉しいという思いよりも前に怪訝さのほうが先に出てしまいます。アランに連れて行かれて戻ってきたら人が変わったかのようになっているのですからそれも当然でしょう。どう考えても洗脳などの意識の操作でもなければ説明のできないような事なのですから、もしかしたらアランは勇者である証明よりも魔物ではないという証明のほうを先にしないといけないのかもしれません。
「ぬぅ…そこまで言うのなら婚約者の話は無かったことにしようではないか」
このフローラちゃんとのやり取りによりルドマンも婚約者探しを一旦棚上げにすることにしました。いくら娘のためと言っても当人が望んでいないのにも関わらず勝手に決めて、その結果幸せになれなかったのでは意味がないと考えたのです。
「アランさん、私がんばりました!」
「そうだね。やっぱり悩んだ時は空に上がるといいみたいだねぇ」
「待て、なぜお前たちがそこまで仲良くなっておるのだ」
笑顔で自分の頑張りを伝えるフローラちゃんとトベルーラによる高い高いの効果に満足気なアランですが、ルドマンからしてみれば何故この短時間でそこまで仲良くなっているのか意味がわかりません。確かに自分もリュカくんの壮絶な半生を聞き同情してしまい好意的になっているのは事実ですが、それはそれとして娘が見知らぬ男にここまで簡単に心を開くとは思わなかったのです。
ルドマンのその考えは正しく的を射たもので、フローラちゃんは初対面の男とすぐに仲良くなれるほど社交的な性格をしているわけではありません。とはいえまだ10歳を過ぎた程度の子供であり、そして空に浮かぶという現実離れした体験をしたことがアランとの距離を縮めた何かになったのは間違いないでしょう。
「言っておくが、貴様にフローラはやらんぞ!」
そして何を勘違いしたのか…ルドマンは何故かアランに向かって「娘はやらん」という事を言い出し、更に勢いづいたのか「それはそれとして封印された古の魔物を退治できれば伝説の勇者と認めてやる」とまで言ってきました。ルドマン曰くその怪物は山のように大きな身体を持っていてこの大陸を荒らし回り誰も退治できなかったほどに強力な魔物であり、自身の先祖も倒すことはできなかったが何とか封印することができたということでした。
そしてその封印は150年ほどで解けてしまうということだったのですが、果たして150年ピッタリで解けるのか前後があるのかなど誰にもわからないのです。しかし多少の前後はあれど後数年ほどで150年あたりになるらしく、いつその魔獣が復活してもおかしくない状況だとも教えてくれました。そういった経緯もあった中で奇跡の教団騒動まで起こったため、ルドマンは娘を守るために早急に婚約者を探そうとしたのだということでした。
ひとまず婚約者探しは棚上げするにしても近い将来そんな危険な事態が起こる事は間違いないであろうということで、娘を守るために…そしてこの大陸の人間たちを守るために…そして世界を守るためにもその魔獣は倒さなければならない相手なのだと力説するルドマン。
しかしこれを聞いてビックリしたのはアランでもフローラちゃんでもなくリュカくんです。婚約者云々は置いておいて先程まで自分と話していて「ホイミで敵を倒せたら認めてやる」と言っていたはずなのに、何故か今は「誰も倒せないほどに大きく強い古の魔物を倒せたら認めてやる」となっているのですから驚くのも仕方ありません。ホイミで敵を倒すというのも難題ではあったのですが、それどころか山のように大きい魔物を倒すなど想像もできないのでしょう。
ルドマンのほうも勢い余った発言ではありましたが、考えてみればそれはあながち悪い案とも思えませんでした。リュカくんからセントベレス山での話を聞いてアランが強力な魔物を倒してきた事はわかっていますし、自身を伝説の勇者と言うのであればこれくらいやってのけて当然とすら思えてきたのです。そこには「娘に迷惑かけやがって」「余計な心配させやがって」「なんでそんなすぐに仲良くなれるんだ」「羨ましい」といった感情が入っていないわけではありません…たぶん。
その結果サラボナの北に封印された壺が安置されたほこらがあるらしく「まだ大丈夫だと思うが、北のほこらに向かい壺の色を見てくるように」ということで話は纏まりました。この流れの早い展開にはアランのほうも困惑を隠せません。何せ『サラボナに来てフローラちゃんのお悩みを聞いてたら封印された魔物を倒すことになっていた』のです。とはいえ出会ってすぐの頃よりは態度が軟化しているようにも見えますし、そして態度が軟化した理由など1つしか思い当たりません。
それはきっとリュカくんがアバンばりの巧みな話術でルドマンの心を開いてくれたのだと思えば納得です。実際は巧みな話術ではなく事実を話したら同情して好意的になってくれたのですが、リュカくんがルドマンを…そしてアランがフローラちゃんの心を開いたという事実は結果的に綺麗な役割分担ができていたのでした。
ルドマンに言われた通りサラボナから北に向かい、見つけた小さなほこらに入っていくと確かに壺が置いてありました。その壺は青色の光を放っており、特に何か危なそうな気配はしません。
「青色に光ってる…」
リュカくんも壺が光っているのが珍しいのかじっと見つめており、そしてアランは今の状況について自身に搭載されたゲーム脳で考察していました。アランにとっては封印というのは『破られるもの』という認識があるため、封印されっぱなしというのは余り考えられません。ついでに『封じる』という言葉からの連想で昔アバンが凍れる時間の秘宝を使っていたことなどを思い出していました。
「アラン兄さん、壺も見たし戻ろうよ」
少々ノスタルジックな気持ちになりつつ、リュカくんに促されほこらを出ようかと思ったアランはそこで気付いたのです。ルドマンは「壺の色を見てこい」と言っていました。それは良いとしてルドマンはずっとアランの事をあまりよく思っておらず、それは態度や言葉の節々に出ていてアランだってわかっています。
つまりこのまま「壺は青色だった」と言っても信じない可能性だってあるのです。もしかしたら今までもそうやって壺の色を確かめさせて、本当は青色なのに「いいや壺の色は黄色のはずだ!」などと言っていた可能性も否定できません。そして逆に「壺の色は緑でした」と全然違う色を報告するやつだっていないとは限らないのです。
きっとこんなアランの考えを知ればソロくんたちなら「アラン兄さん、これ持ってて」と言って『しんじるこころ』的な宝玉を渡してくれるかもしれません。特に誰かに裏切られたわけではありませんが、曲解ばかりして周囲の予想をいろんな意味で裏切り続けるアランには必要なアイテムと言えます。
「リュカくん、戻るから背中に乗ってくれる?」
「…うん?」
そこでアランは閃いたのです。本当かどうかわからない壺の色を報告させるのではなく、自分の目で確かめさせればいいんだ…と。
リュカくんを背中に背負い、壺を抱えたアランはほこらを出てそのままサラボナへとルーラで戻っていきます。リュカくんは言われるままにアランの背中に乗っていますが、既に彼の頭の中は疑問でいっぱいになっていました。ルドマンは「ホイミで敵を倒せたら勇者」と言っていたのに「古の魔物を倒せたら勇者」と違う事を言っていたり、アランはアランで「壺の色を見てこい」と言われたのになぜか『壺を持って帰る』という行動を取っていたりで意味のわからない事が重なりすぎているせいです。
小さい頃から父パパスと一緒に旅をしてきてそれなりの経験をしてきたリュカくんでしたが、アランと出会ってからはそれらが穏やかな日常だったとさえ思えるほどの日々を過ごしていました。そんなリュカくんでも思考が止まってしまうほどにアランの行動は理解できなかったのです。
しかしそんなリュカくんでも1つだけわかったことがありました。それは…これからもこんな事が続くのだろうという事です。
「ただいまー」
北にあるほこらからサラボナへと戻ってきたアランたちは報せは早いほうが良いとばかりにルドマンの屋敷へと直行し、勝手知ったるとばかりにルドマンの待つ部屋へと向かいました。アランたちの帰還を待っていたルドマンとしては報告内容は決まっていて「青色だった」という答えを聞くだけだと思っており、そして万が一にも「赤色だった」となっていない事を祈るだけのはずだったのです。
しかしルドマンの予想は遥か明後日の方向で覆されてしまいました。
部屋へと入ってきたアランとリュカくん…そこまでは良かったのですが、アランが抱えている物が問題でした。
どう見ても壺です。しかも青く光る壺です。
「なっ……なぜ壺をここに持ってきておるのだ!?」
「いや、やっぱり自分の目で確認したほうが良い事ってあると思うんだよね」
ルドマンの先祖であるルドルフは魔獣を壺へと封印した後、代々その壺を見張るために町に隣接する形で見はらしの塔を建てていたのです。そこからほこら周辺の状況を一望することができ、万が一魔獣が復活した場合にいち早く行動に移せるようにとの考えからでした。そしてなぜそんな離れたほこらに壺を安置していたかと言えば、封印が解けた際に山ほどの大きさの魔獣が町で暴れてしまっては壊滅してしまうことが容易に考えられるからでもあります。
しかしそんな代々見張り続けてきた封印の壺がルドマンの目の前にあります。壺は確かに青く光っており、禍々しい雰囲気など感じない綺麗な壺にしか見えません。ですがルドマンとて本物を見たことがないわけではなく、これがほこらに安置されていた封印の壺であることは理解できていました。
「はっ、早く壺をもとの場所に戻してこい!!」
きっと静かなほこらで置かれていれば魔獣が目覚めるか封印の壺の効力が切れるまで安全だったかもしれません。しかしこのルドマンの声を聞いたからなのか何か気配を感じたからなのかわかりませんが、青色に光っていた壺はだんだんとその色を変えていき完全な赤色へと変化していったのです。
「早く逃げるのだ!」
赤色の壺を見たルドマンはすぐに逃げることを指示しますが、禍々しいほどの赤い光を放つ壺に少しずつ罅が入っていき…そしてサラボナの町の一角に突如として巨大な魔獣が現れることとなりました。この事態に当然ながら町の人たちは何の前触れもなく現れた魔物によって大騒ぎになっていました。
ルドマンの屋敷よりも大きく…そして隣接する見はらしの塔よりも大きい姿の魔獣はわかりやすく脅威であり、町にいた力自慢のならず者も酒場で豪気な事を言っていた荒くれ者も全員が血の気が引いたような顔でその魔獣を見上げるしかできませんでした。町の人たちは自分たちでは到底敵わない相手を前に絶望の中で逃げることしかできず、いつか封印が解ける日が来ると覚悟していたルドマンでさえ今の状況には打つ手がなくどうすれば良いのかすらわかりません。
そしてそれはアランと一緒に旅をしていたリュカくんも同じ思いでした。
リュカくんから見てもジャミやゴンズを倒し、そして卑劣な手段を使っていたゲマすらも倒したアランであろうと見上げるほどに巨大な魔獣を相手に勝てるとは思えなかったのです。この古の魔獣…ブオーンと比較すれば人間など簡単に踏みつぶせるほどに体格差があり、そして同時にこれほどの魔獣ならば倒せずに封印するしかなかったという事にも納得できるものでした。
ルドマンの号令により屋敷から飛び出したものの、その大きさにメイドたちやフローラちゃんまでもがどうする事もできず青い顔をしながら震えているしかできません。リュカくんだって何かできるならしたいものの、目の前の巨大な魔物を相手に自分がどうにかできると考えるほど向こう見ずではないのです。
「こういう展開だったのか…とりあえずアレ倒すからみんなは離れてなよ」
しかしそんな巨大な魔物による脅威などアランにとっては初めての経験でも何でもありませんでした。かつてカール王国に鬼岩城がやってきた事もありましたし、ソロくんたちと戦った地獄の帝王だって結構な大きさだったのです。もちろんその事を知っている人物など誰もいないため、当たり前のように目の前に聳える巨獣を倒すと言っているアランを信じられないような目で見るしかできません。
壺の封印が解かれブオーンが現れたことで、アランは今回のイベントについてようやく理解することができました。ルドマンから「壺の色を調べてこい」と言われて、結果を調べるだけでなく直接確認させるために持ってきたわけですが…これが正解の選択だったわけです。
つまりこれは『封印の解けた魔物を倒してキーアイテムを手に入れる』というものであり、もし言われた通りに壺の色を確認するだけだったら何も起きなかったでしょう。最初はルドマンの言葉への疑いから直接見せるという手段を取ったアランでしたが、それは正解の選択肢だったということでした。
実際は封印の効力はあと数年は保つはずで、もし封印が解けたとしてもサラボナから少し離れたほこらでブオーンは目覚めるはずだったのです。しかしアランが壺を持ち帰ってきて…そしてルドルフの子孫であるルドマンの声を聞いたことで眠っていたはずのブオーンが起きたのですが、アランたちだけでなくルドマンだってそれを予測することも結果を見て推測することもできません。
この一連の流れを敵を倒すイベントだと思っているアランはまったく臆する様子を見せずにブオーンの前へと出ていき、そして両手に魔法力を溜めているその光景は後ろから見ればまさに世界の平和を守る勇者といった感じなのでしょう。ルドマンでさえその光景に飲まれているようで、サラボナの町を窮地に陥れたのが誰だったのかなど考える余裕はないようです。
そしてその日、サラボナの人たちは奇跡の光景を目にすることになったのでした。
「ふぃ~、よく寝たわい…ところでさっきルドルフの声が聞こえてきたが、あいつはどこにいる?」
「次は永眠させてやるよ…これでも食らってろ!!」
相変わらずモンスターと会話する気のないアランは、ルドマンの先祖であるルドルフを探すブオーンに挨拶代わりの不意打ちメドローアを放ち…そしてその光はブオーンの腹を突き抜けていったのでした。
メドローアがブオーンの腹を消滅させながら突き抜けていった事で、もしかしたらブオーンの腹の中にあった『さいごのかぎ』的なものが一緒に消え去ってしまったかもしれません。しかしそんな事はルドマンすら知らないことなので、これによって世界中で開くことのない扉が生まれてしまったかもしれない事など誰にもわからない事なのです。
これには後ろから見ていたルドマンたちだけでなく、逃げ惑っていた町の人たちも驚くしかできません。倒したのか…?と微かな希望を持って見ている人たちでしたが、しかし腹に穴が空いた程度では倒し切ることはできずブオーンは苦しみとも怒りとも取れる叫びを上げながら暴れ始めたのでした。
「アラン兄さん…」
リュカくんとしても巨大な魔物と戦い始めたアランをサポートしたいところなのですが、今までこんな巨大な相手と戦ったこともないためどうしたらいいのかわかりません。もちろん少しはアランに鍛えられておりモンスターと戦って経験を積んではいますが、あまりにも勝手が違いすぎて混乱してしまっているのでしょう。
ブオーンを相手にひらひらと舞うように攻撃を避けて打撃を与えたりしている様子は自分に教えてくれている武術の動きなのは理解できましたが、では自分にそれをやれと言われてもリュカくんは今のアランのようにできる自信などありません。
「リュカくん、どうせだからまだ教えてない奥義の手本を見せてあげるよ。これはホイミを覚えてれば使えるからリュカくんでも使えるだろうからね」
「え…?」
そしてアランの動きを追っていたリュカくんにアランから信じられない言葉がかけられてしまいました。ホイミを使う奥義…どこかで聞いたことがあるような話でしたが、それはまさにルドマンが言っていた伝説の勇者が使っていたという戦い方ではありませんか。
「武神流奥義……閃華裂光拳!!」
どこにホイミ成分が入っているのかリュカくんにはわかりませんが、アランが奥義の名を叫んで行った事は高速でブオーンの顔面を殴りつけただけです。しかしその拳が当たった事によってブオーンの顔は崩壊していき、遂にはそのまま大きな地響きと共に地面に倒れ伏してしまいました。
ブオーンが倒れた事で辺りを静寂が包み、そして幾ばくかの時を経てから魔獣が倒れた事を理解した人たちは喜びに湧き上がりました。誰もが突然現れた巨獣を倒してくれた事に礼を言いながらその功績を讃えており、何も知らない人でさえ「こういう人を勇者って言うんだろうな」とそのあまりの光景にそう思わずにはいられませんでした。
まさか町の人たちもそんな魔獣が封印されていた壺をわざわざ持ってきたのがアランだとは誰も思わないでしょう。ルドマンの一族は町に被害が出ないように離れた場所に封印した壺を安置しており、そして魔獣が復活してもすぐにわかるように塔まで建てていたというのにそれを持ち帰ってきたなどと考えるはずもありません。
何も知らない町の人たちだけでなく、事情を知るルドマンですらブオーンが復活した衝撃とそれをアランが倒した衝撃によって頭から抜け落ちていました。しかしその事を思い出したとしても、先祖が封印し代々監視していたブオーンを倒すことができたのですから些細なことでしょう。もうこれで古の魔獣に怯えることもなく、そして自分の後の代に何も不安を残すことがなくなったのですからルドマンもある意味解放されたと言えるかもしれません。
「まさかあのブオーンを倒すとは…伝説の勇者というのは事実だったということか…」
「だから最初からそう言ってたじゃん」
ブオーンを倒したという事実が未だに信じられない中、ルドマンは自身の屋敷に戻りそんな事を言っていました。アランの自分を勇者だと疑っていない堂々とした振る舞いと、古の魔獣を倒した力を見せられた事によって遂にルドマンも認めざるを得ないのかもしれません。というよりもルドマンは自分から「魔獣を倒せたら認めてやる」と言っており、アランはそれを倒して見せたのでちゃんと出された条件を満たしただけです。
ブオーンが復活したのがルドマンの屋敷の中だったせいでサラボナで一番大きな建物は見る影もなく崩壊してしまっていますし、他にも周囲などに被害は出ているのですがそこは割り切って考えているのでしょう。今もメイドや執事たちがボロボロになった屋敷をせっせと片付けたりしており、空の見えるある意味見通しの良い屋敷へと変わってしまったルドマン邸ではみんな大忙しで働いていました。
「それじゃここにあるはずの盾を見せてほしいんだけど」
「見せるのは良いがやらんぞ?」
「なんでよ」
「私は魔獣を倒せたら伝説の勇者と認めると言っただけで家宝の盾をやるとは言っとらん。アレはフローラの婿に譲ると言っていたはずだ」
魔獣を倒した事でサラボナに来た目的である天空の盾をもらおうと思ったのですが、ルドマンの返答は見せるだけで譲る気はないというものでした。それもそのはず…ルドマンは確かに「古の魔獣を倒せたら認める」と言っており「魔獣を倒せたら家宝の盾を譲る」などとは一言も発していなかったのです。
アランとしては「さすが勇者様!ささ、この盾をお持ちくださいませ!」的な感じで手に入るものだと勘違いしていましたが、ルドマンは最初から「フローラの婿となった者には家宝の盾を譲る」と言っていたためただの勘違いで行動していたのでした。予想外の展開にどうしたものかと考えつつ、しかしアバンのような知識も話術も人柄も持っていないアランにはどうすればいいのか見当もつきません。
いくらなんでもアイテム目的でフローラちゃんと婚約するわけにもいきませんし、盾だけもらったら婚約を解消してしまえばいいというのもアランの中では『無し』なのです。天空の花嫁的な知識があれば幼馴染の金髪の女の子も連れてきてリュカくんに選ばせたかもしれませんが、そんな知識のないアランが父を失い遺言により母を助けることを目的としている少年でしかないリュカくんを利用しようとするはずもありません。
もしかしたらどこかには『青年となったリュカくんが天空の盾が欲しいがためにフローラちゃんの結婚相手に立候補する』という展開もあったのかもしれませんが、現在アランに連れられているリュカくんはまだまだ少年であり自身の隣には伝説の勇者(自称)がいてくれているのでそんな事は考えもしていません。
そしてアランの中で現実的な案として考えているのは『フローラちゃんを人質にして盾を奪う』というものであり、これなら仮初の婚約者になるなどでフローラちゃんを気持ちを傷つけたりすることもなく穏便に済むのではとすら考えていました。確かにまだ少女であるフローラちゃんにアイテム目的で婚約しておいて、盾をもらったら頃合いを見て解消するというのはひどい行為に見えるでしょう。
そんな女の子の気持ちを弄ぶような外道な真似はできないと思っているアランですが、代替案が人として問題がある事に気付いているのでしょうか。もし行動に起こせばルドマンは確実に家宝の盾を差し出すでしょうが、盾を手に入れる代わりにもっと大切なものを失ってしまうでしょう。
「じゃあ後で返すから貸してよ」
「むむ…しかし…」
しかし次にアランが提案したのは『もらう』のではなく『借りる』というものでした。考えてみればアランたちは別に装備して戦うために天空の武具を集めているわけではないのです。魔界に行くためのキーアイテムとして探しているだけであり、魔界への道が開いたらお役御免になるアイテムなのですから使うだけ使ったら返せばいいと考えたのでした。
ルドマンのほうも軽々と家宝の盾を渡すわけにはいかないとはいえ、リュカくんから話を聞き事情もある程度把握しています。母を助けるために少年が必死に旅をしているというのに手を差し伸べないというのも後味の悪いものですし、リュカくんが母親と再会できない一因に自分がなるなど考えられません。
「わかった!私も親だ!あの盾は持って行くが良い!」
悩みはしたものの…最後は了承し潔く家宝の盾を渡すことにしたルドマンは執事に持ってくるように伝え、そして持っている様子からいかにも重そうな盾がアランたちに差し出されました。それをアランが受け取りますが確かに重量のある盾であり、戦えないことはありませんが邪魔になるほうが多いのは間違いないでしょう。
普通ならば「こんな重いものを装備して戦うなんてすごい」などと考えたり、あるいは「伝説の装備に認められていないからだ」と考えるのがこの世界では一般的なのかもしれません。しかし6つのオーブの類似アイテム扱いをしているアランはというと、多少重かろうが装備して戦うわけではないので気にしてすらいませんでした。
もし天空の武具たちが『自分たちが認めた相手以外には持ち上げることすらできない』というような重さであればまた違ったかもしれませんが、普通に移動させたりできる程度の重さではアランの勘違いを正すことはできなかったのです。
「それじゃ俺たちは行くよ。お節介かもだけど、フローラちゃんに迷惑かけちゃダメだよ」
「わかっとるわ!お主こそその子に迷惑をかけるでないぞ」
大人たちは大人たちで別れの挨拶を交わし、そしてリュカくんとフローラちゃんのほうも笑顔で言葉を交わしているようでした。これによってリュカくんの中でフローラちゃんの事はブオーンの件もあり『少年期に忘れられない出会いをした女の子』となることで、もしかしたらいずれ出会うかもしれない『幼少期の幼馴染』という金髪の女の子の優位性が消されてしまう事になるかもしれません…が、そんな事は誰にもわかりません。