賢者の冒険   作:賢者さん

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ドラクエ5に行ってみた3

 

 

 

サラボナを後にしたアランたちはそのままテルパドールへと向かい、天空の兜以外の全部を集めたことでアイシス女王から約束通りに天空の兜を譲り受けることができました。これは決してアイシス女王が不思議な予知能力で『アランが壁を突き破って天空の兜を持っていく映像』を見たからではないはずです。

 

こうしてすべての天空の武具を揃えてみたものの…特に変わった様子はなく魔界への道が開きそうな気配もありません。もしかしたらと思いきちんと身に着けてみたりもしたのですが武具たちは何も応えてはくれませんでした。天空の武具が魔界への道を開く鍵ではないので何も起こらないのは当然の事なのですが、そうは思っていないアランとリュカくんにそんな事がわかるはずもありません。

 

そしてパパスの言葉を疑うわけではありませんが、リュカくんが大事に持っていたパパスの手紙をもう1度読み返せば『魔界に入り邪悪な手から妻を取りもどせるのは天空の武器と防具を身につけた勇者だけ』と書かれていることから魔界に入るのは別の話なのではと気が付いたのです。まるで天空の装備を身に着けた勇者がいれば魔界へ行けて母を取り戻せるかのように読めたため思い違いをしてしまっていましたが、改めて読み返したことで魔界へ行くためには何か違う方法で行かないといけない事は理解できました。

 

「なら…とりあえずまだ行ったことのない場所に行ってみようか。そしたら何か情報を得られるかもしれないしね」

 

「うん、わかった」

 

天空の武具を集める旅は目的を果たしたものの、魔界に行くという目的を果たすためのアイテムではなかった事はわかりました。しかしだからと言ってそこで諦めるわけでも冒険が終わるわけでもありません。

 

しかし魔王ハドラーを倒すアバンとの旅の時も、マザードラゴンを助ける魔界の旅の時も、ソロくんたちと行ったよくわからない仲間たちとの旅の時も、アランはいつだって敵を倒すだけで頭脳労働は基本的に仲間たちがやってくれていました。もしそんな事実を知っていればリュカくんはきっと不安しかないのでしょうが、どうやっても知る事などできない上に例えアラン本人からそれらを聞かされたとしても信じられないような話ばかりなので問題ないのかもしれません。

 

「勇者様お気をつけて!」

 

「それじゃ後よろしくねー」

 

もともと『光の教団』の頃から衛兵としてセントベレス山にいたヨシュアという青年からの見送りを受けながら毎度のように空へと飛び出していくアランたち。生身で空を飛ぶという時点で既に人間離れしており、それによって奇跡の教団にいる人たちの勇者への人物像がかなり偏っているのですがそんなことはアランにはわかりません。

 

更に天空の武具を世界中から集めたアランはそれを装備したままにしており、他の人間であれば動くことすらままならないような重さを身に着けながら平然としているのも偏見を加速させる要因となっていました。もともと集めるだけのつもりだった天空の装備たちでしたが、もしこれが伝説の勇者の証明となるのであれば天空の装備とは『勇者育成装備』だと理解したのです。

 

これらを装備して行動することで常にベタンによって超重力下にいるような効果を得られることができ、その結果レベルアップも早くなる…そういった効果を持つ装備なのではないかと、現実とゲームの折衷案のような設定を思いついてしまったのでした。それでも普通に行動できるだけの力があったせいで、これらの装備の重さを知る者たちから尊敬の眼差しで見られてしまっていたのです。

 

そんなアランのせいで偏見になりつつある勇者像を持っているこのヨシュアという青年…彼は人間が奴隷として働かされていた事など何も知らずに衛兵として働いていたのですが、アランの登場によって教団を牛耳る魔物の存在や奴隷の存在などを知ったのです。そして魔物の手から解放された後はここにいる人たちを守るための衛兵として志願し、妹のマリアと共に奇跡の教団の中で日々を過ごしていました。

 

彼らにとってアランは伝説の勇者である前に自分たちを解放してくれた恩人であり、そしてその恩人が伝説の勇者だったと言うほうが正しいのかもしれません。どちらが先でもあまり変わりませんが、アランのやった事がやった事なので「伝説の勇者ってすごいんだな」という勇者のハードルを上げていっているのは確かでしょう。

 

そんな伝説の勇者の人物像を偏見まみれにしているアランとリュカくんはというと、セントベレス山を飛び出した後大神殿の東側へとまっすぐ進んでみることにしたのです。北側にはサンタローズやラインハットがあり、このあたりはリュカくんも幼い頃から行った事のある場所でした。南側にはテルパドールのある砂漠が広がっており、そして西側にはサラボナがある大陸がありました。

 

もちろん北も西も南も虱潰しに行ったわけではないため情報を聞き逃している可能性もあるかもしれませんが、ひとまずまだ行ったことのない東側へと向かうことにしたのでした。途中に山と海の間にある建物が気になり立ち寄ってみたりしたのですが、そこは修道院のようで各地からやってきた女性たちが神の教えを学んでいるということです。ここで神というのが一体誰の事を指しているのかアランは知りたかったのですが「神は神です」という答えしか聞くことはできませんでした。

 

「まぁ…本人たちがそれで良いなら別にいいか」

 

人間の神や竜の神…そして魔族の神の存在を知っているだけに、もし魔族の神を信仰しているなら止めさせようという善意からだったのですが…しかしアランに信仰を鞍替えさせるような話術スキルなど持っているはずもないため、そして神がどこの神なのかわからなかったため話は曖昧に終わってしまい役に立つ話を聞くことすらなく出ていくのでした。

 

修道院を出て更に東へと空の旅を続けていくと、今度は山に囲まれた中にやけに窪んだ場所があり…更にその窪んだ場所に生い茂る森に囲まれた中にちょっとした山のような塔のような作りの集落のようなものを見つけることができたのです。この明らかに『人がやってこれず外界と交流のなさそうな場所』にある村を怪しく思ったアランはそのまま村へ向かっていくのでした。

 

アランもリュカくんも知らないことですが、ここはエルヘブンと呼ばれる不思議な力を受け継ぐ民族の暮らす場所だったのです。そして何よりもリュカくんの母親の故郷でもありました。その集落へ降り立って見てみれば宿屋などのお店もあり、もしかしたらアランの偏見なだけで実はちゃんと商売などをして生計を立てているのかもしれません。

 

すぐ近くにいた修道女っぽい人に話を聞いてみると「ここはエルヘブンという場所である」ということと「忘れられた民族の住む村」であることを知ることができました。そしてここには4人の長老がいるらしく、そしてその長老たちは不思議な力を持っているということも教えてくれました。テルパドールのアイシス女王も不思議な力を持っているということでしたし、不思議な力は世界中のいろんなところに溢れているのかもしれません。

 

そして聞いた情報の通りに長老たちがいるという建物を上がっていき、そこにいたのは長老という名のイメージに合わない4人の女性たちでした。アランはてっきりかなりの老人をイメージしていただけに少々驚いてしまいましたが、反対に長老たちはアランたちが来ることがわかっていたようだったのです。正確にはアランではなくリュカくんが来ることをわかっていたようであり、どうやら長老たちにはリュカくんが何者なのかわかっていたようでした。

 

そしてそこで語られたのは「世界が天地魔界の3つに分けられており行き来するためには門を通る必要があること」や「リュカくんの母であるマーサがこの里の者であり世界を隔てる門を開けるだけの力を持っていたため連れ去られた」ことなどでした。しかしそんなリュカくんの来ることや正体などを知っていた長老たちでもアランの事はわからなかったらしく、とはいえリュカくんから恩人であり一緒に母を探す旅をしてくれていると聞いたからか警戒されたりはしないようでした。

 

「そなたから何か不思議な物の気配を感じる…」

 

「え?何か持ってたっけな…」

 

長老の1人がアランへ向かいあやふやな事を言ってきますがアランに心当たりなどあるはずもありません。天空の武具は装備しているものの手ぶらと言っても良いほどに身軽な旅をしていたのですから当然でしょう。

 

この時アランはすっかり忘れていたのですが…実はこの世界に現れた時に目の前にいた魔物を「とりあえず」という条件反射のようなレベルで倒し、そしてその魔物が落とした物を手に入れていたのです。ガサゴソと自分の持ち物を確認し、そしてそこで出てきたリングを見てやっと思い出したアランですが当然それが何かなどわかりません。

 

しかしそれを見た長老たちの顔色が変わり、なんとそれは『いのちのリング』と呼ばれる魔界へと続く門を開けるための鍵ということでした。そしてそれが日の目を見たことでなのか理由はわかりませんが、どこかから女の人の声が聞こえてきたのです。

 

その声はリュカくんを呼んでおり、そしてリュカくんが返事をするとその声はマーサと名乗りリュカくんの母親であることがわかりました。もしかしたらずっと呼びかけていたのかもしれませんが、このリングを持っていたのがアランだったため声が届かなかったのかもしれません。母の声をもっと早くに聞く機会があったはずなのに、それが叶わなかったのは不幸な出来事と言うしかありませんでした。

 

『魔界に来てはなりません。伝説の勇者といえども、魔界にいる大魔王にはとても敵わないでしょう』

 

「母さん…!!」

 

マーサとしては母親としてリュカくんの姿を見れない事に哀しみながらも、それでもリュカくんの幸せを願い大魔王を命に代えても食い止めるということでした。この声にリュカくんは姿の見えない母親へ必死に呼びかけ、長老たちもまたそんな様子を悲しそうな目で見つめています。

 

アランにとってはパパスとマーサというのは見たこともない人物たちではありますが、リュカくんとは一緒に旅をしてきた間柄です。最初に「兄さん」と呼ばせているのは兄弟の間柄という意味ではなく、ただ「おじさん」と呼ばれる前に牽制していた程度でした。何せソロくんやシンシアちゃんがおじさん呼ばわりして訂正させるのに苦労したという経験があったからです。

 

そして偶然なのか運命なのか…アランと出会ったリュカくんが一緒に行くことを望み、その理由を聞けば母を助けるために力を求めたという事でした。アランにとってはお母さん探しイベント程度の認識ではありましたが、しかし決め手となったのは何よりその時のリュカくんの瞳がディーノくんを思い起こさせたからです。

 

もし…仮にバランが亡くなり、ソアラ王女が拐われたとなればディーノくんは間違いなく助け出すために動くでしょう。それだけでなくアバンたちや自分も含めて、立ちはだかる者は誰であろうとなぎ倒してでもソアラ王女を救い出すはずです。

 

それに何よりもマーサの言葉によって魔界に大魔王がいるという事がわかりました。

 

かつて大魔王バーンは死闘の末に倒しましたが、考えてみれば魔界へ行ってから大魔王を倒してはいません。アバンたちとの魔界の旅では大魔王を通り越して神々をも巻き込んだ戦いでしたし、ソロくんたちとの旅では地獄の帝王と呼ばれる寝起きの魔物とは戦ったもののデスピサロという魔族は小物でしかありませんでした。

 

そこに今回のマーサの言葉を聞いたことでアランは理解したのです。ヒュンケルやラーハルトと一緒にいたはずがどこかへ飛ばされ、ソロくんたちと一緒にいたと思ったらまた違うところに飛ばされてリュカくんと出会うことになったのです。そしてリュカくんと旅をしたことでリュカくんの母であるマーサによって魔界に大魔王がいることが告げられたのですから、これらの出来事はすべて繋がっており…つまりアランにとってある意味本来の目的である『魔界の大魔王を倒せ』という事なのでしょう。

 

ずいぶん遠回りをしたような気もしますが、やはり何か大魔王を倒すための理由付けとして必要だったんだと思えばそれも納得でした。そんな事をしなくても大魔王の居場所さえ教えてくれたら倒しに行くのに…というのがアランの気持ちなのですがやはり何の理由もないというのは王道から外れた行為なのだと世界が言っているのかもしれません。

 

しかしそこに魔物によって母を魔界に連れて行かれ、更に自分が人質にされた事で父親を犠牲にしてしまったという悲しい過去を持つ幼い男の子がいるのです。それは『お姫様を救い出すために大魔王と戦う勇者』というアランの好きな構図ではありませんが、そんな少年の悲劇は大魔王を倒す理由としては十分なものなのでしょう。

 

「マーサちゃん、大魔王は俺が倒すから心配いらないよ」

 

『いえ…私ではなくリュカをどうかお願いします…』

 

きっとリュカくんだけがマーサの声を聞いても大人しく母の事を諦めることはないでしょうが、既に大魔王と戦う事を決めてしまったアランがいる以上魔界に母を迎えに行かない選択肢など有り得ません。そして現状は仮にリュカくんが母の言葉に従ったとしても、それなら…とアランが単身で勝手に魔界に行く事になるだけなのでした。

 

そしてそんな頼もしいアランの姿を見ていればリュカくんに何も不安などありません。

 

パパスの仇であるゲマたちを倒しセントベレス山の奴隷たちを解放したり、サラボナではどうやって倒せばいいのかわからない山のような大きさの魔獣ブオーンを倒すところをリュカくんはすべて見てきています。伝説の勇者でも敵わない大魔王と母は言っていましたが、リュカくんにとって相手が誰であろうとアランが負けるはずがないと信じていたのです。

 

そんなマーサとの交信が終わり、その場にいて話を聞いていた長老たちは「北東の方角にある海の神殿の中の石像に3つのリングをはめると魔界へ行くことができる」ということも教えてくれました。その内の1つは『いのちのリング』であり、そしてあと2つは『ほのおのリング』と『みずのリング』ということです。

 

まさかここでその名を耳にするとは思いませんでしたが、その2つのリングはサラボナにてルドマンがフローラちゃんの婚約者になるための条件として持って来いと言ったアイテムでした。その話と一緒に天空城が云々という事も言っていましたが、アランにとっては天空城など興味がないためまずはリングを探すということになったのです。

 

 

 

……

………

 

 

 

魔界へと通じる門を開けるために必要と言われた残り2つのリングのうち『炎のリング』を手に入れることができ、これで2つのリングがアランの手に揃いました。残すリングはあと1つということで順調だったものの、最後の1つを手に入れるために向かった先でそれとは別の問題が発生してしまったのです。

 

「さすがに連れて行くわけにはいかないからさ、大人しくお留守番していようよ。ね?」

 

「イヤよ!私も一緒に行くわ!」

 

アランが説得しているのは金髪の少女であり、その女の子はビアンカという名でした。炎のリングを火山の中にいた魔物を倒したことで手に入れ、アランたちは次に水のリングを求めて情報を集め旅を続けていました。しかしそこから何やら滝の裏側に洞窟があるということを聞き、とりあえず行ってみようと向かっていたところでリュカくんが熱を出してしまったのです。

 

そのため情報にあった滝の場所へと向かい、途中何やら水門があったものの関係ないと飛び越えて進んでいたアランも一旦引き返して休ませるしかありません。そしてルーラで比較的近い場所にあったサラボナに戻ろうと移動していた途中に村を見つけたのです。そのままサラボナに戻ってもよかったのですが「リュカくんの体調が良くなったらすぐに洞窟に行くんだし…」というアランの考えから見つけた村で休ませることにしました。

 

この村は温泉が湧いているという事から山奥にありながらお客さんもそれなりに来るということで宿屋などの店舗も存在しており、そのおかげで宿屋で部屋を取ることができ思ったより早くリュカくんを休ませることができたのです。そしてリュカくんを寝かせ自分は温泉を満喫し、村を回っていたところで1人の少女と出会ったのでした。

 

その女の子は金髪の活発そうな女の子で、村に来たお客さんであろう人たちとも明るく話していたのです。年の頃はリュカくんやフローラちゃんと同じくらいであり、現在熱でダウンしているリュカくんが同世代と話すことで気分転換になればいいなと話しかけた事が始まりでした。そこには「これから向かう事になる滝の洞窟の事を少しでも知ることができればいいな」という下心などまったくありません。

 

「ちょっといいかな?」

 

「はい!どうしましたか?」

 

話しかけてみるとその少女は外部の人間が来ることに慣れているのか笑顔で対応してくれ、どうやら仲良くなるのに空中散歩をしたフローラちゃんとは反対の性格をしているようです。そのためアランも「ちょっとうちのリュカくんが熱出しちゃったから休むためにここに来たんだけど、暇な時にでも話し相手になってあげてね」と軽い気持ちで頼んでしまいました。

 

「リュカですって!?」

 

「あれ?なんでリュカくんの名前でそんな驚いてるの?」

 

アランが話しかけた少女…ビアンカちゃんが言うには「小さい頃に一緒に遊んだりしたことがある」ということで、世間は狭いというべきかリュカくんの知り合いだということでした。そして宿屋で寝込んでいるという事を聞いていたことから、アランの事を忘れたようにそのまますごい勢いで宿屋へと走っていってしまったのです。

 

まさか2人が知り合いだとは思いもしませんでしたが、それならそれでリュカくんもきっと喜んでくれるでしょう。サラボナに戻っていればフローラちゃんが看病してくれたかもしれませんが、こんな山奥にある村でリュカくんの知り合いを見つけることができるなんて…とアランは自分の選択した行動が間違っていなかったと内心で自画自賛していました。

 

アランが宿屋に戻ってみるとビアンカちゃんは甲斐甲斐しくリュカくんの世話をしてくれているようで、いつもアランが見ているリュカくんとは違う…年相応の少年のリュカくんがそこにはいたのです。きっとリュカくんのほうもアランについていくために無理をしていたのでしょう。どれだけ怪我をしても回復呪文で治療することができますが、やはり病気となってしまえばホイミなどではどうしようもないのです。

 

そしてビアンカちゃんの看病の甲斐あってなのか…リュカくんもすっかり良くなって今度こそ滝の洞窟へ行こうとしたときにそれは起こりました。リュカくんがパパスと一緒にいない事などを不思議に思って聞き出した内容は簡略化されていたものでしたがビアンカちゃんにとっては衝撃的なものであり、そしてそんな話を聞いて「気をつけてね」と送り出すような女の子でもなかったのです。

 

「水門を開けないと滝のあるほうへ行けないわよ」「飛んで行くから大丈夫」「リュカが怪我するかもしれない」「回復も蘇生もできるから問題なし」という問答によってビアンカちゃんの心配をアランの力技とも言える答えで悉く粉砕していき、最後の手段として「私も一緒に行く」となってしまったのでした。

 

しかし「まぁ冒険してみたい年頃なのかな…」と、何も考えずにいつも通りに軽く了承してしまったのがアランの失敗だったのです。

 

滝の洞窟には特に変わったトラップがあるわけでも強力なモンスターがいるわけでもなく、拍子抜けと思えるくらい簡単に最後の『水のリング』を手に入れることができました。そして村へと戻ってビアンカちゃんと別れて魔界への門を開きに行こうとしたときに問題は起きたのでした。

 

なぜかビアンカちゃんはその後も「一緒に行く」と言って聞かず、つまりそのままアランたちについて行くと言い出してしまったのです。当然ながらアランたちがこれから行くのは魔界なので、いくらアランでもそれを了承するわけにはいきません。

 

こうしてアランが説得しビアンカちゃんがそれを受け入れないという状況に陥っていたのです。

 

ビアンカちゃんがリュカくんを心配しているのはよく理解しているのですが、いくらなんでも魔界に知り合ったばかりの女の子を連れて行くわけにもいきません。アランは自分では良識と常識を兼ね備えた人間だと自負しているだけに、何が起こるかわからない危険な場所になど連れて行けるわけがないのです。

 

そしてそんなアランの考えを理解しているリュカくんもビアンカちゃんに思い留まるように言ったものですから…状況はますますヒートアップしてしまったのでした。

 

リュカくんとしては自分の母親を救う旅に手を貸してくれているため、ただでさえ熱を出して迷惑をかけているのにこれ以上アランに迷惑をかけるわけにはいかないとさえ思っていました。ゲマの時は当然の事ながらブオーンの時だって役に立つ事ができていなかっただけに、常に心苦しい気持ちは持っていたのです。そこにいくら自分の幼馴染と言える女の子とはいえ、これ以上アランの負担を増やすわけにはいきません。

 

ビアンカちゃんはそんなリュカくんの思いを察しているわけではありませんが、持ち前の優しさからリュカくんの事情を聞き協力したいと申し出てくれているのでしょう。リュカくんからすべての事情を聞いたわけではありませんが、それでも放っておけないと思ってくれているのは間違いなく思いやりの心からのものでした。リュカくんと一緒にレヌール城で冒険をしたこともありましたし、腕に自信がある…などとは言えないまでも、どこか「私だって役に立てる」という気持ちは持っているのかもしれません。

 

普段の冒険や旅であればアランも止めることなく了承していたでしょうし、子供2人連れて行く程度どうということもなかったでしょう。行き先が魔界でなければ「ちゃんと親の了解を得たなら別にいいよ」と物わかりの良い大人のような事を言っていたかもしれません。

 

しかし今から戦う相手は魔界の大魔王なのです。

 

かつて戦った大魔王バーンと比べてどれくらいの強さなのかわかりませんが、大魔王バーンとも命がけの戦いをしていたアランとしては足手まといな女の子を連れて行くつもりはありませんでした。それで言うとリュカくんも役に立っているとは言い難いのですが、リュカくんの目的は『大魔王に連れ去られた母親を助ける事』でありアランの目的は『大魔王を倒す事』であってお互いの目指すものが一致しているという理由もあります。

 

 

こうして平行線の問答はビアンカちゃんが帰ってこないことで探しにきた父親であるダンカンがやってくるまで続き、渋るビアンカちゃんに「また明日話し合おう」とアランが言った事で納得して帰って行ったのでした。

 

 

 

そして翌日ビアンカちゃんが約束通り宿屋に向かった時には…アランたちは既に出発した後だったのです。

 

 

 

宿屋の人に聞いてみると手紙を預かっているということであり、受け取った手紙に書かれていたのは「待ってたけど来なかったということは親に反対されて諦めたんだろう。きっとまた遊びに行くよ」などという意味のわからない文章でした。ビアンカちゃんは約束通り話し合うために朝からやってきており、待っていたけど来なかったなどと言われるような筋合いはないはずです。

 

しかしなんとアランは「明日話し合おうとは言ったけど時間は決めてないもん」という火に油を注ぐような言い訳で逃亡していたのでした。あまりにも汚い大人のやり口を見て怒りに震えるものの、既にその対象は村を出てしまっているためぶつけることもできません。

 

徒歩などで移動しているのであれば走って追いかけていくのですが、アランたちの移動方法は滝の洞窟へ行くときに自分の身体で味わっていました。その時にビアンカちゃんは自分の目と常識を疑うほどに驚いたのですが、なんとアランは陸や海ではなく空を移動していたのです。そしてリュカくんもそれが当たり前だと言わんばかりにまったく動じておらず、自分がこの村に引っ越してきて知らない間に世界の常識が変わってしまったのだろうかとすら思ったほどでした。

 

ビアンカちゃんが混乱するのは当然のことです。この世界に空を飛んで移動する人間などアランくらいのものですし、他にいたとしても恐らく天界や魔界の住人でしょう。そしてそんな信じられない手段で移動しているアランを捕まえることなどビアンカちゃんには不可能でした。

 

 

 

 

 

「アラン兄さん、あれで良かったの?」

 

「待ってたのは本当だから嘘は言ってないよ?」

 

「そのためにわざわざ明け方に起きてたんだもんね…」

 

ビアンカちゃんが怒りに震えている頃、アランたちは既にエルヘブンへと戻ってきていました。この世界では古代呪文であるはずのルーラなどアランにとっては日常の移動手段の1つでしかありません。これを知ればルラフェンという町あたりにいるかもしれない老人が腰を抜かすほど驚くかもしれませんが、アランもリュカくんもそんな事は知る由もないのです。

 

リュカくんとしてはビアンカちゃんとのきちんとした別れではなかったため心残りな部分もあったのかもしれませんが、アランが強硬手段に出なければきっと話は平行線のままだったでしょう。きっとビアンカちゃんは怒っているでしょうが、無事に戻って来ることができたならその時に謝ればいいだけのはずです。

 

アランたちはエルヘブンで長老たちから聞いていた通りに海の神殿のある洞窟へと向かったのですが、そこには何やら頑丈な扉が行く手を阻んできたのです。扉には鍵穴があり、適応する鍵がなければ開くことができないのは明白です。きっと最後の鍵でもあればどんな扉だって開けることができるのでしょうが、アランたちは最後の鍵なんて便利な物は持っていませんし…何よりもうこの世界のどこにも存在していないかもしれません。

 

しかしテルパドールでも考えていたことですが、鍵がなければ扉を壊せばいいのです。その扉が鋼鉄製であろうとオリハルコン製であろうとアランには関係がありません。何なら凍れる時間の秘宝製であっても消し飛ばす秘奥を持つアランにとっては余計な手間なだけでしかなかったのでした。

 

そして扉の先にこれでもかとわかりやすく置かれていた石像の指に3つのリングをはめてみたところ、何やら空間が歪むような感覚と共に景色が変わっていったのです。

 

 

 

……

………

 

 

 

「さて、ここが魔界でいいのかな?」

 

「ここに母さんが…」

 

アランとリュカくんが飛ばされた先はどこかの建物の中であり、今までに聞いた話と通りであればここは魔界のはずという認識です。アバンたちと共に赴いた時とは方法が違うだけにアランとしても確証はありませんが、エルヘブンの長老たちがそう言っていたのだからきっとここは魔界なのでしょう。

 

『リュカ…引き返しなさい…来てはなりません…』

 

きっと逞しく成長したリュカくんになら『あなたの力を信じることにしましょう』などと言って認めてくれるのかもしれません。しかしまだ子供であると言えるリュカくんの年齢を考えれば、母親であるマーサとしては止めるしかないのでしょう。

 

「母さん…絶対に助けるから!」

 

そんな母の制止の声を聞いたからといって、それで大人しく帰るのであればリュカくんは最初から魔界になど来ていません。父の最後の言葉を叶えるために、そして自身もまだ見ぬ母に会いたいがためにここにいるのです。もちろん自分の力でここまでやってきたとはお世辞にも言えませんし、そこにはアランの力が大いに助けとなっていたのは紛れもない事実です。本来なら世界各地を徒歩で移動しなければいけなかったり、強力な魔物を倒さなければいけなかったりと自分1人だけであれば途方に暮れていたかもしれません。

 

しかしそんなリュカくんは1人ではないのです。

 

もしかしたらこの世界ではないどこかには『子供時代を奴隷で過ごし大人になった後は天空の盾目的で結婚したり、子供が生まれたと思ったら妻が拐われて石にされたりしながらも最後は妻と子と共に母を助けに行くリュカくん』がいたかもしれません。そんな事は誰にもわからない事でしかありませんが、その代わり現在のリュカくんの隣にはアランがいました。

 

リュカくんにできない事を容易くやってみせ、その結果魔界へと足を踏み入れることができたのです。アランから多少戦いの手ほどきを受けたりもしていますが、まだまだ自分でも実力不足だと理解しているリュカくん…もしリュカくんがもう少し大人になっていればもう少し実力を身に着けてから挑もうと思ったかもしれません。しかし母を恋しいと求める少年にそこまで冷静に、そして客観的に判断することなどできないのかもしれません。

 

 

マーサは最後まで我が子を心配し思い直すように…引き返すことを告げてきていましたが、それはアランにもリュカくんにも受け入れられない話である以上この話は平行線でしかありません。そしてお互いが引く姿勢を見せないということは、どちらがそれを押し通せるかというだけの事になるのです。つまりマーサがアランたちを力尽くで止めるような事がない以上、アランたちがマーサのいる場所へ向かうということは避けられないことでした。

 

「…どう考えてもあの山が怪しいな」

 

ほこらを出てみればそこは薄暗い世界が広がっており、空へと上がって見渡してみればある意味自然に溢れた世界でもありました。そんな中で一際目立つのが周りの山が丘に見えるほどに高い山であり、雰囲気的にそこが一番大魔王がいそうとアランは予想したのです。

 

アランが怪しんだ山はエビルマウンテンと呼ばれる場所で、そしてその予想の通り大魔王やマーサがいる場所でした。ここは大魔王の居城とも言える場所であり、大魔王バーンのバーンパレスのような場所だったのです。そしてそんな怪しい場所をアランが見逃すはずもなく…もはや空が道であるというアランのトベルーラ移動によって一直線に山頂へと飛んでいったのでした。

 

「え…?リュカ…?あなたたち、どうして飛んでいるのです?」

 

マーサもきっとリュカくんたちは険しいエビルマウンテンを歩いて登ってくると思っていたのでしょう。大魔王の配下である凶悪な魔物たちがひしめくダンジョンを、罠を乗り越え傷つきながらも必死で前へと進んでくるものと考えていたのです。

 

大魔王の卑劣なトラップに…そして人間では大凡勝てないであろうモンスターたちによって間違っても命を落としたりしないよう祈っていたのですが、そんな心配していた愛息子はなぜか空からやってきたのですからマーサが混乱するのも仕方ありません。

 

「母さんっ!!」

 

「リュカ!!」

 

しかしどうやって来たのかなど些細な問題です。今ここに父の思いを継ぎ、母を求めた少年の悲願は叶いました。母親のほうも成長を見守ることも叶わず別れることになってしまった愛しい子供と再会することができたのです。

 

アランに抱えられていたリュカくんは飛び出すようにマーサのもとへと走り、マーサもまたひと目で我が子とわかったのかリュカくんの名を呼び受け止めています。アランはこの感動の再会において蚊帳の外になってしまっていますが、だからといって水を差すような真似はしません。

 

「リュカくん、とりあえずマーサちゃん連れて一旦帰ろう」

 

「…それはできません。大魔王ミルドラースの魔力はあまりに強力です。その魔力を封じなければ勝つことなどできないでしょう」

 

赤ん坊だった我が子は少年へと成長し、もう会うこともできないと覚悟していたにもかかわらず神の導きなのかその姿を見て話すことまでできたのです。マーサにとっては望外の幸運であり、できれば一緒にいたいものですがそうもいかない現実がありました。マーサはこのエビルマウンテンで大魔王の力を常に感じ取っていたのでしょう。そして自分を含め誰にも勝ち目がないと考えるほどに強力な力を見せられたことで伝説の勇者でも勝てないだろうと悲観してしまっていたのです。

 

そんな考えから我が子の未来を切り開くために…自分の命を賭して大魔王の魔力を削ぐことを決意していたのでした。マーサはエルヘブンに生まれ、そして4人の長老を含めたエルヘブンの誰よりも強い力を持っています。その力は魔界との門を開閉することができるほどで、だからこそ大魔王によってここへと連れ去られてきたのでした。

 

悲壮な覚悟を持っているマーサと、再会できたにもかかわらずまた別れるのではないかと不安なリュカくん…きっとこのままであれば神々への祈りと共に大魔王の力を削ろうとして、その結果大魔王によって反撃されてしまっていたかもしれません。しかし場の空気を読んだりできない自称伝説の勇者はそんな事は知ったことではないのです。

 

「とりあえずラリホー」

 

「…な……ぜ……?」

 

もしこれがロカの時のように戦うことのできる人間だったのならラリホー(物理)で眠らせていたでしょう。しかしリュカくんの母親でもあるマーサにそれはできなかったのか、アランはきちんと呪文のほうのラリホーでマーサを眠らせてしまったのです。

 

リュカくんとマーサを抱え、エビルマウンテンの頂上から飛び立つアラン。その途中空から幾度も稲妻が落ちてきて行く手を阻んでいたのですが、もはや歩くよりもよく使っているトベルーラの熟練度はかなりのもののため当たることはありませんでした。この雷が大魔王による追撃なのかどうかはわかりませんが、アランがいなければ雷に打たれていたのは間違いないでしょう。

 

エビルマウンテンから魔界に来る時に使用したほこらへと向かう途中、小さな町っぽいものを空から見ることができました。これが大魔王討伐の旅であれば「アレフガルドにもちゃんと町があったし」などと考えながら立ち寄っていたかもしれませんが、魔界に2人を置いて行くわけにはいかないため無視してとりあえず地上へと戻ることにしました。

 

リュカくんの目的は『連れ去られた母親を取り戻す』という事であり、マーサを見つけて遂にその念願は叶いました。これによりリュカくんがこれからしないといけないのは『大魔王を倒すこと』ではなく『やっと再会できた母親を守ること』なのです。そんなリュカくんを自身の目的である大魔王討伐に巻き込むつもりがないため、アランはわざわざ魔界にある町ではなく地上へと戻るという選択をしていたのでした。

 

 

 

 

「それじゃマーサちゃんの事よろしくね!」

 

「「「「この生命に代えても守り抜くと誓おう」」」」

 

 

どこに連れて行くのが良いかを考えた末に、アランはエルヘブンへ戻ってきて事情を話しマーサを守ってくれるようお願いしてみることにしました。長老たちも最初は眠っているマーサを見てひどく心配していましたが、眠っているだけという事で安心し力強く約束してくれたのです。

 

ベッドに寝かされたマーサとその隣で見守るリュカくんを見つつ、アランは2人のことを引き受けてくれた長老たちに後の事まで頼んでいました。マーサを取り戻したということはリュカくんとの長かった旅も終わりを迎えたということであり、母親探しというイベントが無事に完遂されたということでもあります。

 

思っていたよりも随分と時間のかかるイベントだったと思わないでもありませんが、簡単だと思っていた母親探しが実は『魔界に連れ去られた』母親の奪還であった以上それは仕方ありません。それにリュカくんから頼まれた事で魔界への行き方や大魔王の存在を知れたなど良い事もたくさんあったのは確かです。厳密には「母親を探したいから強くなりたい」と言っていただけなのですが、本来ならばあと10年以上かかってしまっていたかもしれない再会を短縮できているかもしれないのでアランのお節介も案外役に立つのかもしれません。

 

「リュカくん、これからはお母さんを大事にするんだよ」

 

「アラン兄さん、もしかして…」

 

現在のリュカくんは10歳程度であり…年齢的にはディーノくんとあまり変わりませんが、戦闘能力という意味ではリュカくんはディーノくんほどのものを有してはいません。ディーノくんの場合は竜の騎士の子供であり父親であるバランから戦いの指南を受けていましたが、リュカくんの場合は魔物との戦闘の経験があるとはいえ本格的に鍛えられていたわけではありませんでした。

 

そしてリュカくんはディーノくんたちやソロくんたちと比べて目的が『強くなること』ではなく『母を取り戻すこと』だったため、アランも「モンスターは自分が倒せば問題ない」とそこまで積極的に戦わせたりしていなかったのです。

 

そのため現在のリュカくんは武神流を少し使えるという程度でしかありませんが、それでもきっとお母さんを守るためにこれから強くなっていってくれることでしょう。そんな期待を込めたアランからの言葉を聞いて、反対にリュカくんはここでお別れという事を悟りました。

 

父であるパパスを殺された事で6歳にして孤独の身の上となってしまい、仇であるゲマたちに連れ去られたリュカくん…しかし自分ではどうすることもできない絶望の先で出会った自称伝説の勇者であるアランは、そんなリュカくんの心の暗雲をすべて吹き飛ばしてしまったのです。

 

そして極めつけにパパスの遺言で母が生きている事を知り、連れ去られた母を探したいリュカくんに望み通りの結末を齎したのもアランでした。天空の武具を集め、3つのリングを集めて魔界までの道を開き…更に一直線に母のいるであろう場所を予想して飛んで行って連れ帰ってきたのです。

 

そこまでの恩を受けて、しかも勇者の生き様(?)を間近で見せつけられているリュカくんが黙って「わかりました」と了承するはずもありません。まだ少年であり力不足は自分でも重々承知しているリュカくんですが、だからといってアラン1人に大魔王と戦ってもらおうなどとは思いませんでした。

 

「兄さんが行くのならボクも行くよ!」

 

「いや、これでもそれなりにモンスターと戦ってきた身だからね。任せといてくれていいんだよ」

 

自慢じゃないけど…と珍しく控えめに表現していますが、まさかアランが『それなり』と言っている相手が『魔王ハドラー』『大魔王バーン』『地獄の帝王エスターク』『なんか暗躍してた魔族デスピサロ』などだとは思わないでしょう。下手をすれば当代の勇者たちが世界の平和を取り戻すために仲間たちと共に命懸けで戦うであろう強大な魔物たちとの激闘を繰り広げてきていたなんて想像もできないはずです。

 

しかしアランからどれだけ大丈夫だと言われてもリュカくんのほうだって簡単に引くことはありません。父親であるパパスの血がそうさせるのか、それとも母親であるマーサも実は頑固なのかわかりませんがリュカくんは「一緒に行く」という意見を譲ろうとはしませんでした。

 

「相手は大魔王だよ?お母さんがまた拐われないように守ってあげたほうがいいんじゃない?」

 

「それならなおさら兄さんと一緒に大魔王を倒したほうが母さんが拐われなくて済むよ」

 

「ぐぬぬ…」

 

アランは優しく諭そうとしていましたが、リュカくんだって伊達にアランとそれなりの時間を一緒に過ごしていたわけではありません。母親を連れ去るやつがいるのならそいつを倒せば解決するというアランが言いそうな意見を言うあたりリュカくんがいかにアランの事をよく見てきているか、そしてリュカくんの思考がどうなっているのかがわかるというものでした。

 

そして論破されてしまい唸るしかできなくなったアランに残された手は多くありません。そのまま一緒に連れて行って共に大魔王と戦うという選択肢もないこともないのですが、アランの中のリュカくんの位置づけがそれをさせる気にならなかっただけなのです。

 

リュカくんにとってアランは大恩人であり本人の名乗る勇者という肩書も疑っていません。しかし対してアランはリュカくんの事を親とはぐれた迷子イベントの子供という認識でいるため、親と再会できた以上そこでこのイベントは終了だと思っていました。あとは生き別れの母子が仲良く暮らしていけば良いだけであり、そこに元凶を倒すためとは言えど死地に向かわせるなどできるはずがありません。

 

これはそういった思慮深い思いやりの心からの判断であって、決して「足手まといを連れて行っても邪魔なだけ」という戦力的判断ではないはずです。

 

「わかったよ。じゃあ一緒に大魔王を倒しに行くとしようか」

 

「うん!」

 

「それじゃあ今日はゆっくり休もう。マーサちゃんとも話をしないとね」

 

「そうだね。わかったよ」

 

「じゃあ…ラリホー(おやすみ)

 

「…え?」

 

リュカくんの反対を受け付けない態度に折れた…と見せかけたアラン。リュカくんも自分の想いが通じて喜んだはずだったのですが、そこはアランのほうがいろんな意味で一枚上手だったようです。

 

竜の騎士のような強い耐性があれば抵抗できたかもしれませんが、エルヘブンの民の中でも抜きん出た力を持つマーサの子であるリュカくんとはいえど呪文に耐性を持っているわけではありません。油断しているところに不意打ちのようにラリホーを使われてしまってそのままぐっすりと夢の世界へ旅立ってしまいました。

 

眠りに落ちてしまったリュカくんをマーサの隣のベッドに寝かせ、1人で魔界へと向かうつもりのアラン。これがパパスがやっていたのであれば『妻子を残し世界のために大魔王に立ち向かう』という感動的な場面なのですが、アランと眠っている2人はまったくの他人です。しかし母子が残されて旅に出るという状況がアランの中で1人の人物を思い起こさせました。

 

それはオルテガという…勇者の父親でありながら物語が始まった時から姿の見えない人物の事だったのです。

 

もちろんアランはリュカくんを自分の子供だと思っていませんし、魔界から連れ去ってきただけのマーサを妻にしたいわけでもありません。ただなんとなく状況的に「オルテガってこんな感じだったのかな?」とふと思っただけです。

 

「…行くのですか?」

 

眠っている2人を置いて部屋を出ようとしたアランでしたが、リュカくんが眠ったと思ったら次はマーサが起きてしまいました。とはいえアランを止めようとしている様子ではなく、本当に魔界へ行くつもりなのかという事を問うているだけのようです。

 

「後は任せといてくれていいよ。リュカくんと仲良くね」

 

「どうしてそこまでするのですか?あなたは勇者でもないのに…」

 

どうやらマーサが聞きたかった本題はこれのようでした。決してマーサも『勇者とはエルヘブンの血と天空の血を受け継いだ者』と知っているわけではありませんが、マーサの持つ不思議な力もアランに勇者の持っているかもしれない何かを感じられない事から聞いておきたかったのかもしれません。

 

もはや神々に願い大いなる力で何とかしてもらわないといけないとさえ思えるような大魔王の強大な力を感じているマーサにとっては、魔界に出向いて大魔王と戦おうとしているアランの行動はただの自殺行為にしか映らないのでしょう。

 

しかしそこにはアランとマーサで…この世界とアランとで大きな認識の違いが発生していたなど誰にも気付くことはできません。

 

アランにとって『勇者』という肩書は『大魔王を倒す者、もしくは倒した者』の事を指しています。そこに天空の血だとかそういった類のものなど必要だと思っていませんし、実際に魔王ハドラーや大魔王バーンを倒すのに役立ったのは大魔道士の秘奥や武神流の奥義などであってそんなものは必要ありませんでした。

 

アバンだって学者の家系で先祖に天空人がいたなどと聞いたこともありません。もしバランが勇者と呼ばれていれば…そしてアランが竜の騎士というものをちゃんと認識していれば違ったかもしれませんが、自身の知識に大魔王ゾーマを倒した勇者の冒険というものがあるためそこに至ることもできません。

 

もしソロくんたちとの旅で天空の城に行っていたりマスターなドラゴンと出会ったり、その時に天空の装備をソロくんが手に入れて「これが勇者の装備じゃ」などと聞いたりしていれば『天空の武具を装備できる者=勇者』という認識を得られていたかもしれません。しかしソロくんたちが天空の装備を手に入れることもなく、そして大魔王などといった肩書を持つような強大な相手もいなかった事もあってアランに認識を改めるような機会がやってこなかったのでした。一応アランがいなければソロくんの旅は過酷なものになっていたかもしれませんが、それはそれとしてアランがいたとはいえデスピサロの努力が足りなかった部分も大いにあったのでしょう。

 

そのためマーサの質問の意図が読み取れずどう答えようかと考えたアランの頭に1つの閃きがあったのです。この世界の誰もがアランの事を勇者だと認めている中で自分だけは認めない…つまりそれが表す言葉の意味は「私にとっては私の旦那こそが勇者なのよ!」ということなのでしょう。私だけのヒーロー=勇者という事で「たとえ愛する旦那が亡くなったとしても私の中で生き続けているわ!」と言いたかったのだと考えたのです。

 

この『私だけの勇者様』というマーサのパパスへの深い愛情にアランは感動を覚えざるを得ませんでした。マーサはまったくそんな事を言っていないのですが、アランに搭載されているここ最近は稼働していなかった恋愛脳は正常に判断できないほどに錆びついてしまっているようです。

 

しかしそう考えればシンシアちゃんがあんなにも「ソロが勇者なんだから!」と言っていた理由もわかりました。ソロくんの事を勇者と主張し続けるということは…それはつまり遠回りに「あなたの事が好き」と言っているということです。あなたは私だけの勇者なのよ!とシンシアちゃんは必死にソロくんに語りかけていたと思えばなんと可愛らしい事でしょうか。

 

そんな事に気付かずに自分が勇者だと言っていた事に今更ながらアランは恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになりましたが、それを謝ろうにもシンシアちゃんはここにはいません。しかもその考えでいくとまるで「シンシアちゃんの勇者様は俺だ」とアピールしていたという風にも受け取ることができてしまうのです。まさかそんな事を考えられていると知ればシンシアちゃんはきっと覚えたての武神流の奥義をアランに向かって放つでしょうが、それさえもきっと照れ隠しだと生暖かい目で眺めてしまうのがアランなのかもしれません。

 

そんな風評被害にも程があるほどに恋する少女にランクアップ(?)してしまったシンシアちゃんはさておき、つまり目の前にいるマーサもまたシンシアちゃんと同じ考えをしていると思えば納得のできるものでした。きっとまだ新婚ホヤホヤで子供も生まれて幸せいっぱいのはずだったところを大魔王に誘拐されてしまったのですから、夫であるパパスが必ず迎えに来てくれて大魔王を倒してくれると思い込んでしまっても仕方ないのかもしれません。

 

しかし実際に迎えに来たのは愛する息子と勇者を自称する賢者なわけですから、思っていた展開と違ったため「お前じゃない」と言ってしまったのでしょう。気持ちは理解できるよ…と思いながら1ミリも理解していないアランはマーサのためにもというつもりで真実を教えてあげることにしたのです。

 

「マーサちゃんの言いたい事はわかるけどさ、勇者ってのは大魔王を倒す者の事を言うんだよ。つまり俺のことさ」

 

「あなたが大魔王を…?」

 

そのためマーサの言葉に対するアランの答えは1つしかありません。何よりも大事なのは大魔王を倒すことであって、私の旦那は勇者様的な話ではないのです。確かにフローラ女王とアバンの時は奇跡的に歯車が噛み合っていましたが、アランの中には「男はみんな誰もが勇者」みたいな意味不明な考えは持っていません。もちろんマーサやシンシアちゃん含め誰も持っていない考えなのですが、いくらエルヘブンでも抜きん出た力を持つマーサといえどアランの考えを読み取れるわけではないため幸いな事に気付くこともありませんでした。

 

しかしそんな自信満々なアランの言葉はマーサにとっては驚きでしかありません。マーサはアランの事など何も知らないに等しく、知っているのは空を飛んで息子と一緒にエビルマウンテンまでやってきて自分を連れて地上まで戻ってきた人物ということくらいです。しかも大魔王の力を抑えるために神々の力を借りようとしていたのに、それを眠らせるという手段を以ってある意味邪魔した人物でもあります。

 

本来ならば魔界に誘拐されたマーサが更に誘拐されたわけなので、それをやったのが見知らぬアラン1人だったならばこうも大人しくしてはいられなかったでしょう。しかしアランの事を素直に信じられた根拠はリュカくんと一緒に来たという事と、戻ってきた先が自身の故郷であるエルヘブンであるという事があったからでした。

 

まさかアランにとってマーサを助けるという事が『ただの迷子イベント』だと思っているなどと考えつかないため、魔界という危険な場所の中でも大魔王のお膝元であるエビルマウンテンに助けに来たのは決死の覚悟だったのだろうと思っていたのです。更にアランが「魔界なんて隣の国みたいなもので、しかも何かあっても殴れば解決する楽な場所」などという程度の感想しか持っていないとは思わないでしょう。

 

そんなアランの「大魔王を倒す」宣言に、驚きと困惑のマーサとしてもどうすればいいのかわかりません。数年もの間魔界にいて魔界の王の力の大きさを肌で感じてきただけに、たった1人で立ち向かおうとするのは『無謀』という言葉以外に思いつきませんでした。少しばかり力を持っているために増長し勢いで言っているにしては魔界まで乗り込んできて無事に戻ってくるという結果を出しており、そしてアランという人間を見定めるには情報などを含めわからない事が多すぎたためでもあります。

 

「とりあえず行ってくるからゆっくりしてなね」

 

「えっ…ちょっと待って…」

 

しかしマーサの言いたいことや聞きたいことはまったくわからないままアランは部屋を出ていってしまいました。この後マーサはリュカくんが目覚めるまで心配しながら悩むことになるのでしょうが、リュカくんからアランのやってきた事を聞かされても結局悩むのでしょう。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

「お前が大魔王か?」

 

「ほう…たかが人間ごときがよくここまでやってきたと褒めてやろう」

 

エルヘブンから魔界へと舞い戻り、更にエビルマウンテンをウロウロしていたアランはやっと目的の相手を見つけることができました。今までは相手のほうから来てくれていたり誰かが進む先を見つけてくれたりしていたため、1人でとなると思っていたよりも時間がかかってしまったのです。

 

扉を開けた先は暗闇の空間が広がっており、そしてそこには1匹の魔物が待ち構えていました。

 

「俺は勇者アラン!マーサちゃんに代わってお前を倒しに来た!」

 

「勇者だと?ククッ、笑わせるわ。そなたからは天空の気配を微塵も感じぬ…大方あの人間どもに乗せられてやってきたというわけか」

 

魔界の王であるミルドラースはアランの名乗りを一笑に付し、そしてマーサと同じく勇者ではないという判断をしていました。その理由は天空の血脈を感じないからということであり、ミルドラースはこの世界における勇者というものを認識しているのかもしれません。

 

「とはいえわざわざ魔界まで足を運び、更にこのエビルマウンテンを進みここまでやってきたのは褒めてやろう。今なら褒美としてこの魔界の王たるミルドラースの配下にしてやってもよいぞ」

 

「またそれか…悪いがその手の勧誘は間に合ってるよ」

 

アランにとっては魔王からの勧誘など今更のことでありますが、しかし魔王という存在にとっては冒険の旅をしてきて自分のところにやってきた者を誘わなくてはならない何かがあるのかもしれません。これは魔王ハドラーや大魔王バーンも等しく行われてきた様式美のようなもので、もしかしたらそこで「断る!世界の平和は私が守ってみせる!」「ならば貴様を倒して世界を我が物にしてくれるわ!」という流れこそが開戦の合図の共通認識だったという可能性もあります。

 

そうなると「また勧誘か…」というアランは様式美というものを理解しない粗忽者ということなので、魔王側からすれば「雅というものを理解していない育ちの悪い人間だな。こんなヤツに勇者の資格なぞないな」と悪印象で捉えられてしまう事でしょう。ミルドラースにとって人間など重要視しておらず、しかしマーサを連れ去ってきたことからもわかる通り利用できるようであれば人間であっても使うという柔軟性は持ち合わせています。

 

今となってはマーサの力など使わなくとも魔界と地上を繋ぐ事に問題はなく、そして邪魔になるであろう天空のマスタードラゴンの力の気配も感じられません。そのためマーサを連れ戻されたとしても支障はないのですが、それはそれとしてせっかく連れてきたのに勝手に連れ戻されるというのも気に入らない部分がないわけではありません。

 

「そなたがあの人間を連れて行ったのはわかっている。だが…それならば代償というものは必要だと思わぬか?」

 

「ああ、その通りだね。それならまずはお前が勝手に連れて行った代償を払ってもらうとしよう」

 

誘拐してきた者の身代的なものを要求する魔界の王と、魔界に連れ去った事に対する代償を払わせようとするアラン…本来ならば「勝手に攫っておいて何をふざけた事を!」などと怒りに震えるような場面のはずが、もはや他人が見れば魔族同士の諍いにしか見えないこともありません。

 

もちろん結果的にはグランバニアから魔界へと連れ去られたマーサを取り戻しているのでアランの行動自体は正しかったと言えるのですが、魔王ハドラーとの戦いの頃から今に至るまで考え方については何も変わっていませんでした。悪の親玉さえ倒せれば後は野となれ山となれ精神だというその行動は、それが正解なのかどうかなんて誰にもわかるはずがないのです。

 

アバンとフローラ女王をくっつけたのだってアランの「勇者とお姫様は結ばれるべき」というとても利己的な思考で半ば強引なものでしたし、ソアラ王女とバランをカール王国に連れてきた上にアルキード王国に堂々と「お前たちには渡さない」と宣言したのも自分勝手な理由でしかありません。

 

大魔王バーンと戦ったのも世界の平和などといった大層な理由もありませんでした。そしてソロくんたちとの旅なんてアランにとっては散歩程度のものだったのです。そんな中で遂に魔界で大魔王と戦うことになったのですが、ある種念願叶ったとはいえどもそれによってアランが正義の心に目覚めるはずもありませんでした。

 

「ならば…愚かな人間に魔界の王たる所以をみせてやろう!」

 

「伝説の勇者に勝てると思うなよ!」

 

こうしてアランと魔界の王ミルドラースによる戦いの火蓋が切られたのでした。

 

 

 

……

………

 

 

 

アランがミルドラースとの戦いに突入した頃、アランによって眠らされていたリュカくんが目を覚ましました。

 

父親の悲願であり、自身も探し求めていた母親をやっと見つけることができた事で気が緩んだ事もあったのでしょう。そこにアランのラリホーが重なったことで随分と眠り込んでしまったのです。

 

「兄さんっ!」

 

なぜアランがわざわざラリホーを使って眠らせたのかわからず、起きてすぐにアランを探すもその姿は見当たりません。今までアランがリュカくんにラリホーを使ったことなどなく、更に今までは起きたらアランの姿があっただけに嫌な予感のようなものがあったのでした。

 

「リュカ、起きたの?」

 

「…母さん」

 

そんなリュカくんがいる部屋に入ってきたのは探し求めていた母親…マーサでした。

 

マーサはアランが出ていった後、エルヘブンの長老たちと今後の話し合いを行っていたのです。アランの事はそれほど詳しく聞くことはできませんでしたが、それでも3つのリングを集め魔界への扉を開くために行動していたことなどを知ることができました。

 

長老たちは今後エルヘブンでマーサとリュカくんを守るつもりでしたが、マーサのほうはどうすべきか悩む部分もあったための話し合いだったのです。それはマーサがグランバニアの王妃であり、その子供であるリュカくんは身分的には王子でもあったからでした。もともとパパスがグランバニアの国王でありそのパパスに見初められ結婚したマーサが王妃になってリュカくんが生まれたのです。

 

そしてマーサはグランバニアの城から魔界へと連れ去られており、そのためグランバニアに無事を知らせる必要があるという王妃としての責務も持っていました。直接見ていたわけではありませんがリュカくんがアランと一緒に行動して魔界へやってきた時点で夫であるパパスの行く末は何となく理解しており、せめてその事を伝える事が夫の愛した国にマーサができる数少ない事でもあると考えたのです。

 

そんな話し合いが一段落し愛息子の様子を見に戻った頃に丁度リュカくんも目を覚ましたのでした。

 

「…本当に、大きくなったわね」

 

「母さん…父さんは…」

 

「聞かせてちょうだい。あなたたちがどんな旅をしてきたのか…あの人の事も」

 

マーサはリュカくんから語られた話を聞き、パパスがどれだけ自分を探すために各地を旅していたのかなどを知ることができたのです。従者であるサンチョがいたとはいえ、幼子のリュカくんを連れて旅をするのはきっと大変だったでしょう。それでもリュカくんを…息子を城に置いておくことなく一緒にいることを選んでくれたのはとても嬉しい事でもありました。

 

サンタローズで少女とお化け退治をしたり妖精と仲良くなったりという冒険の話を微笑ましく聞き、そして話はパパスの最後へと移っていきます。パパスの最後は悲しいながらも我が子を守るためのとても誇らしい最後であり、もしそこにいるのがマーサであったとしても我が子を守るために同じ行動をしたでしょう。しかしそこから先は魔物に連れ去られてしまったという内容になり、今ここで無事なリュカくんを見ていながらも心配になってしまいました。

 

ところが魔物に連れ去られた先で起こった出来事はマーサにとっても俄には信じられないような内容だったのです。そのあまりにもあまりな話にいくら息子が見てきたとはいえすぐに飲み込むことができませんでした。マーサの頭の中では理解する前に疑問が次から次へと湧いてきており、むしろそんな怒涛の日々と出来事を体験してきたリュカくんが心配になるほどです。

 

連れ去られた先でリュカくんにとって仇である魔物をアランが倒した…これは良い事です。その前に人質を無視していなければ、ですが。そして魔物を倒した後に人質を蘇生させた…もはや意味がわかりません。

 

空を飛んで山を下りたというのはエビルマウンテンに飛んで来ていた事から理解できます。しかしなぜ一緒に連れ去られたヘンリー王子をラインハットに送り届けたついでに太后を殴り殺すのでしょうか。魔物だったから良かったようなものの、もし偽物じゃなかったら大騒ぎじゃ済まなかったでしょう。

 

サラボナでフローラちゃんという女の子と仲良くなれたのは良かった事です。リュカくんとそう年齢の変わらない女の子が親の決定で成人男性と結婚する事にならなくて良かったとも思います。その後に魔獣の封印された壺の色を見てくるだけでいいのに持って帰ったという話がなければ…町で魔獣が暴れてアランが倒したそうですが、そもそも持って帰らなければよかったのでは?という感想しか出てきません。

 

伝説の勇者の装備を一式集めることができた…確かにアランは天空の武具を装備していました。マーサにだってその武具の不思議な力を感じ取ることはできましたし、それが勇者の証明と言われれば納得できないこともありません。しかしそれまでの旅路での行動に勇者要素なんてあったでしょうか。

 

聞いているうちになんだか頭痛がしてきたような気がするマーサですが、まさかこれらが全部真実だとは思いません。子供だからきっと大袈裟に…誇張して話しているのだろうと現実逃避のように理解することにしたのです。

 

リュカくんもきっと連れ去られた時はおそらく気も動転してしまっていて人質が死んだと思ってしまったのでしょう。ラインハットでも太后が殴られるという衝撃が大きかったと考えられます。そしてサラボナでの山のように大きい魔獣というのは、まだまだ背も小さい子供には少しばかり大きなモンスターがとてつもなく大きく感じたのでしょう。キラキラとした目で語るリュカくんはきっとかなり度の強い色眼鏡で見てしまっているのかもしれません。

 

「そう…とても大変な旅だったのね」

 

「ううん、アラン兄さんがいたから何も怖くなかったよ」

 

「…ところで、どうして兄さんって呼んでるのかしら?」

 

リュカくんの話を聞き終わり、今までの旅を労りながらマーサはどうしても気になっていた事を聞くことにしました。マーサとパパスの間には子供はリュカくんしかおらず、当然の事ながらマーサはリュカくん以外の子を生んだ覚えなどありません。

 

ここでリュカくんと年の近い子であればパパスの隠し子的な疑いになるのですが、アランはどう見ても成人しており正確な年齢はわからないまでも年の離れた兄には見えませんでした。

 

「最初は勇者様って呼んだんだけど、呼ぶのなら兄さんって呼びなさいって言われたんだ」

 

「そういうことだったのね」

 

つまり当時のリュカくんは唯一の親族だった父親を失ったばかりで母親は行方不明…マーサはそこでリュカくんが寂しい思いをしないようにアランが兄役を買って出てくれたということだろうと考えました。他人行儀に呼ぶよりも兄弟のように接することで少しでもリュカくんの孤独を癒やしてくれようとしていたと理解したのです。

 

そこにはアランの年頃の悩みにおける解決法だったとは想像もできませんでした。いろいろな子供たちと接してきているアランが唯一悩んでいたのが「おじさん」と呼ばれることだったのです。ディーノくんやシンシア王女はアランの事を名前で呼んでいましたが、マァムちゃんから呼ばれたりソロくんたちも出会った当初におじさん呼ばわりだったためまだ「おじさん」とは呼ばれたくないちっぽけなプライドからアランが出した苦肉の策だったのでした。

 

アランがそんな理由で兄呼びを強制していたとは思わないため好意的に解釈しているマーサ。リュカくんを救ってくれた事を含め無事に戻ってきてくれた時には改めてお礼を言いたいところなのですが、現実的に考えて再会は非常に難しいだろうということも心の内では冷静に理解していました。

 

魔界に連れ去られてからずっとその存在の強大な力を間近で感じていたマーサには、そんな相手にアランが勝てるとはどうしても思えなかったのです。もちろん勝ってほしいという気持ちではあるのですが、魔界に生息する魔物たちと一線を画す力を持つ相手に勝てる未来を想像することができなかったのでした。

 

 

 

……

………

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「人間よ、この姿となった私を相手によくここまで戦ったと褒めてやろう。だがそれもここまでのようだな」

 

魔界でのアランとミルドラースの戦いは激しいものでありアランが優勢だったのですが、ミルドラースが真の姿へと変わってからは劣勢に立たされてしまっていました。悠然とした態度で今まで抗ったことを褒めるミルドラースに対して膝をつくアラン…マーサが心配していた状況がそこにはあったのでした。

 

 

 

 

 

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