賢者の冒険 作:賢者さん
魔王と勇者が時の封印に取り込まれて1年となった頃…事態は急展開を迎えることになります。
今までどれだけ試行錯誤しても反応のなかったアバンの秘術が急に解けたのです。これには魚を焼いていたブロキーナも、魔法による組手を行っていたアランとマトリフもビックリです。
「アバン!」
「…ここは?」
当然の事ながらアバンの時間は魔王に秘術を使用した時点で止まっているので状況がわかりません。しかし周囲に魔王たちがおらず、見渡せば覚えのある遺跡があり共に魔王に挑んだ仲間たちがいることからおおよその事は察することができたのです。
「皆さん、すみませんでした。この秘術を使うには私のレベルが足りていなかったようです」
「お前が謝るのはそこじゃねぇだろ」
「ホッホッ、今回はレベルが足りなかった事を良しとしようじゃないか」
アバンの復活は喜ばしい事です。しかしアバンの秘術が解けたという事は、つまり魔王のほうの秘術も解けたと見るのが当然でしょう。アバンだけでなく全員が共通してその見解に至っており、そして次は魔王を倒しきってみせると決意するのでした。
秘術によって時間の止まっていたアバンはまさしくタイムスリップしたような状況なので体調などの問題もなく、意識だけが未来に飛んだと言える状態のため冒険に支障もありません。アランもマトリフもブロキーナも修行に関してはほぼ完了したと言えるところまで進んでいたため、むしろレベルアップしていないのがアバンだけとも言える状態でした。
「アラン、まさかここまでレベルアップしているとは思いませんでしたよ」
「そりゃアバンが固まってる間にものすごく頑張ったからね。魔王を倒して終わりじゃないんだし、まだまだレベル上げておかないとね」
「頼もしいことです。しかし私も負けていられませんねぇ」
魔王と対峙した時点との比較を含めてアバンとアランが軽く模擬戦を行ったのですが、結果はアランの圧勝でした。まだストラッシュが完成しておらず数百年に一度の皆既日食を保険に魔王に挑んだアバンと、そこから1年ほどの間ずっと地獄の修行に挑んでいたアランとの差が明確に出ていたのです。
アバンもまさか賢者として呪文を使っていたはずのアランが武闘家のように突っ込んでくるとは思ってもいませんでした。軽々とした身のこなしで攻撃を避け相手を翻弄しつつ、拳を当てながら呪文まで使われることの厄介さを身をもって体験したのです。呪文の威力が上がっているとか詠唱や発動までの速度が上がっているといった予想をしていたアバンにとってはかなり驚かされる結果となりました。
アランのほうも魔王と戦った時点のアバンに簡単に勝てた事が自信となり、この戦い方が効果的であるという確信を持つことができたのでとても有意義なものでした。そして今回は補助呪文なしで戦っていたので、ここに呪文の力を上乗せすれば十分な成果を得られるという事は考えるまでもなくわかる事なのです。
再び魔王討伐の旅へと出たアバンたち一行。途中アバンは遂に必殺剣を完成させる最後のピースである空の技を会得するに至ります。これによって大地を斬り、海を斬り、空を斬る技を手に入れたアバンは魔王と初めて対峙したあの日の幻の必殺技を手に入れたのでした。
そして数々の魔王軍やその幹部たちとの激戦を経て、アバンはその必殺技で魔王ハドラーを倒す事に成功したのです。
魔王へと続く扉の前には番人のようなホネなどもいましたが、手が複数ある程度のホネに手こずるようなアバンたちではありません。そんなホネにトドメを刺そうとするアランが止められるという場面もあったり、更にはホネなのに人間の子供を育てているから後を任せたと子供を託されるような事態もありましたが魔王は倒されました。
ちなみに人間の子供を任されても困ると考えていたのはアランです。勇者の帰還を心待ちにしているお姫様に向かって子供連れで帰ったらダメじゃね?などと考えていました。あのおおらかなお姫様が「その子は誰の子よ!?」などと取り乱すことはないと信じたいですが、かといってこれから始まる甘い新婚生活なのに既に子供がいるのもなぁ…などと明後日の方向に、しかも勝手に悩んでいたアランなのでした。
魔王討伐の報は瞬く間に世界中に響き渡り、そしてカール城においても喜びの声が街中で溢れています。ブロキーナは既にロモスの山奥へと帰り、マトリフも柄じゃないからと言ってパプニカへと帰っていきました。
カール城へはアバンが1人で向かう事になっており、アランはホネに託された子供であるヒュンケルという少年を連れて城下をウロウロしています。お姫様との感動の対面なのでさり気なく気を使ったつもりのアランは自己満足に酔いしれながら珍しい物を見るようなヒュンケルを案内していました。
しかしヒュンケルの心の中には育ての父を失った事と、その父を倒したのが勇者であるアバンという考えが心を蝕んでいました。そこでヒュンケルは一緒にいたであろうアランに聞き、その考えを確信に変えようと思ったのです。実際はアバンは倒しておらず、またトドメを刺そうとしたアランを止めた功労者でもあるのですが見てないヒュンケルにはわかりません。
「おい」
「おいじゃない。アランと呼べ」
「…アラン。父さんを…地獄の騎士バルトスを倒したのはアバンだよな?」
「お前を託したあいつの事を言ってるなら違うぞ?」
「じゃあ誰が父さんを殺したっていうんだ!!」
ヒュンケルの問いに対しアバンではないと答えるアラン。流石にここでホネとは呼ばないのは子供に配慮したからでしょうか。しかし誰が殺したと問われてもアランにもわかりません。少なくともアランたちがいる間はあのホネは生きていたのです。
魔王はアバンが倒したから違うとしても、自分たちだってトドメは刺してない…なのにヒュンケルはあのホネが殺されたと言っている。つまり密室殺人というわけです。冒険してモンスターを倒して世界がひとまず平和になったというのに、ここにきて殺モンスター事件が発生するとは思いもしませんでした。
アバンであればこの事件を解決できるかもしれませんが、賢者といっても賢いわけではないアランにはこの事件は難解すぎました。そのためアランは自身の頭脳をフル回転させて出した答えをヒュンケルに告げることにします。
「ヒュンケル…この答えを聞いてどうするつもりだ?」
「決まってるだろ!父さんの仇を討つんだ!」
「それが…大魔王でもか?」
「……は?」
アランの導き出した答え…犯人は大魔王という言葉を聞いて理解が追いつかないヒュンケル。魔王の存在は知っていましたが、大魔王などという存在は聞いた事もないので当然でしょう。しかもなぜ大魔王が地獄の騎士を倒す必要があるのかもまったくわかりません。
しかしアランはなぜ大魔王が犯人なのかをヒュンケルに説明していきます。まるで大魔王をさもよく知っているかのように…そして遠くない将来この大魔王と戦うことになるという予言のような確信を持った言い分に子供のヒュンケルはなぜか納得してしまいました。
「お前の父の仇は俺たちが討ってやるから…」
「嫌だ!父さんの仇の大魔王はオレが倒してやる!」
「ヒュンケル…」
もはやアバンの事など忘れ、大魔王に憎悪の念を燃やすヒュンケルにアランも困り顔でどうしたもんかと悩むことになりました。子連れで旅をするには危険が大きすぎますし、アランもいつまでも面倒を見るわけにもいきません。かといってアバンやフローラ王女にお願いするのは気が引けるので、できれば大人しくしていてほしいのが本音なのです。
ここにロカがいれば修行だとか言って鍛えさせるという名目で押し付ける事も可能なのですが、残念な事にロカはネイル村でレイラと暮らしており騎士団復帰も辞退しているため頼めません。魔王討伐の宿願が叶った際にネイル村にも報告に行っていたのですが、その時にはロカは生まれたての娘を溺愛しており親馬鹿を発症していたため役に立たなそうなのでした。
しかしアランとしても子育てをしながら旅をする余裕はありません。アランの予定では、これから大魔王を倒すための準備で世界中を巡るつもりなのです。魔王がバラモスではなくハドラーだったことから、大魔王がゾーマではない別の何かな可能性もあります。しかし古今東西大魔王を倒すためのキーアイテムは存在するはずだという考えのもと、ひとまず竜王に関連するものなどを求めて探し歩くつもりだったのでした。
「……というわけで、ヒュンケルをどうしたらいいと思う?」
結局答えの出せなかったアランは、困ったときの頭脳としてアバンに相談することにしました。もちろんそこにはフローラ王女もおり、当の本人であるヒュンケルは騎士団の特訓に参加させています。
ちなみに魔王を倒し世界に平和を取り戻した勇者アバンの名前はもちろんのこと、その仲間として賢者アランの名前もまた世界中に勇名として響き渡っていたのです。そのおかげでかつてあった騎士団とのいざこざなども解消され、更にフローラ王女とも仲良く話しているところを見られているので子供を騎士団の訓練に参加させてくれという頼みを聞いてもらうのも問題なかったのでした。
アランからの相談内容を聞き、アバンとしても一緒に旅に出るつもりだったので自分もいるからとヒュンケルを連れて行くことを提案してみたのですが…ここで『待った』がかかりました。しかしそれはフローラ王女ではなくアランからです。
「なんでアバンが旅に出ることになってるの?お姫様どんだけ心配して待ってたと思ってるの?これから甘い時間が始まるのを期待してたのになんで?」
「アランは何を期待しているんですか…あなたが次の戦いを予期し準備を整えるというのなら、仲間である私も座して待つわけにはいきませんよ」
「今は魔王を倒して次の戦いまでの休息期間なんだから座して待っててよ…」
結局のところ話は平行線を辿り、お互いに納得のいく結論には至りません。アランとしてはあるかわからない『ひかりのたま』的なアイテムを探すだけなので子連れでなければそこまで大変な旅ではないと思っていますが、アバンとしては仲間が次の戦いのために旅を続けるというのに自分は何もしないというわけにはいきません。
助け舟と思いフローラ王女に話を振ってみても、王女は王女で良い女すぎてアバンの意見を尊重する構えのためアランの味方になってくれなさそうな空気でした。
しかしそこでアランの頭に天啓のごとき考えが浮かび上がります。
それは『もしかして実はアバンがオルテガ枠なのでは…?』というものです。アバンが当代の勇者であり、想い人のお姫様がいて魔王を無事倒した…ここまではいい。大魔王とこれから戦うとして、もしかしたら大魔王を倒すのはアバンの子供なのでは?などと考えついたのです。
アバンは剣のほうは必殺技を編み出していたりしますし、呪文のほうも回復や攻撃だけでなくアストロンやドラゴラムなどを含め操ることができる万能型です。そしてフローラ王女もまたただのか弱いお姫様ではなく多様な呪文を操ることができ、国だけでなく戦う騎士団の先頭に立って導くだけのカリスマと実力も持っています。
魔王を倒した勇者とそんなお姫様の恋物語によって生まれた子供…そしてそんな子供を残して逝く無念の最後を見届け、その意思を継ぎ父の仇である大魔王を倒す…お姫様が拐われてないのは少々気に入らないけれど、アランの大好きな王道的な光景が脳内で展開されたのです。
そして魔王を倒した勇者と姫の子供である新しい勇者の仲間にはかつての仲間であった戦士ロカと僧侶レイラの子供を入れ、大魔王に復讐の炎を燃やすヒュンケルを入れ、そんな子供たちの師匠ポジションの賢者である自分の姿。その頃には念願だった『ぱふぱふ』によってレベルも99になり、マトリフではないけれど勝手に大賢者とか名乗って戦う自分の姿…
その妄想の通りになるとアバンが子供の前で力尽きることになってしまうのですが、一緒に旅をしてきたアランはそこまで薄情ではないので後で蘇生させてあげるつもりです。机上の空論と取らぬ狸の皮算用を足したような妄想と空想と願望を混ぜたその光景を思い浮かべたアランは、それを現実のものとするべくある提案を打ち出すことにします。
「わかった。それじゃあこうしよう。アバンとお姫様との間に子供ができたら旅に出よう」
「どうしてそうなるのですかっ!?」
「あら…」
アバンとしてはアランから出された提案の意味がわかりませんでした。アランは今も『お姫様』と呼んではいますが、実際のところフローラ王女は既に即位し『女王』となっているのです。魔王が打倒された今、それぞれの国が復興していかないといけない状況でアバンとしては自分がいることでフローラ女王の政務に差し障りが出ることを懸念していたのです。
そういった事も1つの要素だった事もありアランの旅に帯同するつもりだったのに、そんな中で出された提案が「子供を作ってから旅に出よう」など言語道断です。なぜそんな行きずりのような事をしないといけないのか…や、フローラ様には女王として相応しい方を…などという思いからその胸の内をふわっと伝えていくアバン。
なおそれを聞いているアランのほうは引く気はまったくありませんでした。最後のほうは「いっその事この国を俺が滅ぼして亡国の姫にしてしまえば…」などと物騒な事を考えていたりもします。そんなアラン魔王化計画をなかった事にし、カール王国の存亡の危機を救ったのは女王となったフローラでした。
「アバン、あなたの懸念は理解できます。しかしまだ何も起こっていない懸念で旅立たれては、私のこの想いはどうしたらいいのですか?」
「フローラ様…しかし…」
「それに…これ以上正直に言ってくださらないとこの場に魔王が誕生してしまいますよ?」
「はい…?」
フローラ女王とアランのお茶会はそう数が多いわけではありません。しかし元より国政に関わり国を導く立場のフローラ女王はアランという人物を正しく理解していました。絵本やおとぎ話に読まれるようなものを好み、弱きを助け悪を挫くという展開などが大好きなアラン…旅に出ているはずなのに戻ってきては勇者の冒険を聞かせてくれるだけでなく、共に旅立った戦士ロカと僧侶レイラの話など恋模様も多く聞かされています。
フローラ女王は立場上自分のその思いを打ち明けた事はありませんが、誰も気付いていなかった思いをアランに気づかれていたのは間違いありません。そうでなければアバンとの間に子供を作れなどと言うはずもないからです。
そして煮え切らない態度のアバンを見かねてフローラ女王のほうから確かめることにしたのでした。アランという第三者がのらりくらり避けようとするアバンの抑止となってくれている今こそ最大の好機なのです。
その結果アバンは遂に折れてしまいました。
もとより憎からず想っていた相手なわけですし、更には女性にそこまで言わせてしまっては立つ瀬がありません。そのためアバンも覚悟を決めました。アバンの懸念については「勇者と女王が結ばれたほうが余計な心配をせずに済むよ。むしろバラバラのほうがマズイんじゃない?」というアランの言葉も後押しになったようです。
こうしてカール王国では魔王討伐に合わせ、フローラ女王の結婚という二重におめでたい朗報が国内を走りました。
国民たちは勇者と姫の結婚を皆喜び祝い、更にそれに合わせてどこからか『勇者とお姫様の物語』というやけに具体的な内容が書かれた本が出回ることになります。
美しい姫が魔王の手に落ちようとしていたその時、1人の青年が颯爽と現れ魔王を撃退する。そして世界に平和を取り戻さんと旅にでる青年と秘めたる想いを胸に抱き見送る姫。そこには1つの約束があった。様々な冒険を乗り越え、遂に青年は魔王を倒し姫のもとへと帰ってくる。そして約束の通り想いの通じ合った2人は末永く幸せに暮らしましたとさ。
そのような概要を聞いたアバンとフローラ女王は誰が書いたのかすぐに思い当たりましたが、お互いに顔を見合わせて苦笑するだけでした。