賢者の冒険 作:賢者さん
「ここがテラン王国…?国っていうか村?」
現在アランがやってきたのはテラン王国というカール王国の東側に位置する小国でした。王国とはいっても国民は百人にも満たない人数しかいないらしく、ある意味とても長閑な…しかしモンスターとかやってきたらどうするんだろう?というような場所でした。
今回アランがこの国にやってきたのは理由があります。本来ならば魔王討伐の功績として重臣の1人に迎え入れられてもおかしくないアランだったのですが、本人にその気がまったくなかったため『ただの大賢者』というよくわからない肩書を名乗って過ごしていました。
魔王討伐だけではなくアバンとフローラ女王の結婚による幸せムードでまだまだ王国全体が賑わっている中、しばらく後に更にはフローラ女王懐妊という更におめでたいイベントまで発生しカール王国はそれまでの魔王軍の侵攻という物理的、精神的抑圧をバネにするかのように爆発的な盛り上がりを見せていました。
それだけであれば賑やかでとても良い事なのですが、それは同時にアランにとってはとても面倒な事態にもなっていたのです。
面倒な事態…それは魔王を討伐し平和な世界を取り戻した勇者パーティの一員という事でお見合い話が数多くやってきたためでした。勇者はお姫様と幸せな結末を迎えた中、そこに残るのは勇者と共に戦った賢者のみ…魔王の討伐前から女王の覚えも良くまるで友人のように接する姿は何度も重臣たちから苦言を投げられていたのにです。
しかしそこに世界を危機に陥れていた邪悪な魔王を倒したという箔が付いてしまい、まさに国内の政務に関わる貴族連中には格好の的となってしまったのでした。「孫の婿に…」「娘を嫁に…」などと言われる毎日はアランにとって苦痛以外の何者でもなく、毎晩アバンとフローラ女王に愚痴を言うのが恒例行事となってしまったほどなのです。
「ねぇ、お姫様からも言ってよ。俺は別にあいつらの孫とか娘とかいらないんだけど…」
「こちらにもたまに話が上がってきていますね。『賢者殿も偉業を成し遂げたのだから、そろそろこの国に根を下ろしてはどうか』ですって」
「もう十分に根付いてない?お城で寝起きしてるし、たまにヒュンケルの面倒も見てるしさ」
アランはレベルアップのために『ぱふぱふ』したいという願望はありますが、普通の結婚をするなんてつもりはまったくありません。そしてお姫様とのラブロマンスをアバンとフローラ女王がやっており、ロカとレイラは仲間内での恋を成就させています。
そこに普通に権力目当ての見合いとか持って来られても興味が沸かず、結果として自分の結婚となると後ろ向きな姿勢なのでした。アラン本人が消極的な態度を取っている事がわかれば、臣下たちは次は結婚したてのアバンとフローラ女王へと話を持っていきます。アバンとフローラ女王も新婚なので、この2人から説得されればアランも納得せざるを得ないだろうという考えからでした。
ちなみにパプニカ王国にいるマトリフも縁談ではありませんが似たような事になっており、どこの国の大臣も勇者一行を自国に取り込もうという魂胆は同じなのでしょう。
大臣たちからそんな相談をされたアバンとフローラ女王ですが、2人ともアランの為人をよく知っているので大臣たちの話を承諾する事はありません。「自国に勇者と賢者がいるとなれば我が国も…」などと言われても、そういった事を懸念材料にしていた2人からしてみれば「やっぱり…」といった状態でしかなかったのです。
このままでは余計な軋轢が生まれてしまうと懸念したアバンは、早い段階から各国の復興や連携強化や様子見を名目としてアランをそれぞれの国に行かせることでそういった接触を抑えることにしました。行った事のある国や町ならばルーラでひとっ飛びですが、まだまだ訪れた事のない場所が多かったため陸路や海路を利用して移動する必要があったのでちょうど良かったのです。
魔王討伐後から比較的すぐに始まったそれは地底魔城のあったパプニカから始まりアルキード、ロモス、ベンガーナと続き次はテラン王国へと行く予定になっています。それぞれの国で勇者の冒険を語って聞かせたり、自筆した『勇者とお姫様の恋物語』を配ったりしながら各国を渡り歩いていました。
その間にカール王国へ戻ってきては生まれたばかりでシンシアと名付けられたアバンとフローラ女王の子供を存分に可愛がったり世話をしたりしており、国巡りとシンシア王女を可愛がっているうちに気がつけば2年ほどの月日が流れていました。カール王国に滞在中はずっと乳母の代わりにアランが面倒を見ていたため、周囲から案外良い父親になるんじゃないかと思われた事で更にお見合い話が加速したりもしましたが平穏な日々を過ごしていました。
しかしそんなアランによる子育て支援も国の復興や安定によってアバンたちが落ち着くことで一段落することになります。そしてアバンから「テラン王国は竜にまつわる古くからの伝承を残し伝える国」ということを聞いていたためアランは若干の期待を抱きながら次の目的地であるテラン王国まで1人向かっているのでした。
ロモス王国へと向かった際にはついでにアバンの結婚や子供が生まれたという朗報を知らせてやろうとネイル村を訪れたのですが、そこにはデレデレと愛娘のマァムを相変わらず溺愛するロカがいました。
その様子がなんとなくイラッとしたため、トベルーラでマァムと一緒に空の散歩をして可愛がりながら「パパ嫌いパパ嫌い」と暗示のようにマァムに呟く姿は大賢者とは程遠いものです。そんな事は露知らずロカはハラハラして見ていましたが、マァムは空の散歩が気に入ったのか笑っていたので問題など何もありません。このあたりの肝っ玉は母親のレイラ似なのでしょう。
そんなネイル村での出来事は置いておいて、今回やってきたテラン王国は侵略された形跡などなく平和な様子でした。どこの国も魔王軍による侵略で多かれ少なかれ被害が出ていたというのにです。もしかしたら地上を支配下に置きたい魔王軍から見れば村にしか見えないこの国は優先度の低い国だったのかもしれません。
湖の畔できれいな景色に心が洗われている様子を誰も咎めることもなく、静かなこの場所はアランの中でお気に入りの場所として登録されました。そしてそんな景色を眺めながら、頭の中でこれからの事を考えていました。
まずギアガの大穴を探す…これがアランの目標です。地下世界まで続いている大穴を見つける事ができれば余計な時間をかけなくて済みます。そしてこの世界にはトベルーラという便利な呪文があったので、不死鳥ラーミアを蘇らせなくても移動することができるのです。
そしてギアガの大穴を見つけることができたのなら、次はいよいよ竜の女王を探してひかりのたまをもらう事になります。これがあるのとないのとでは戦闘の難易度がまったく違ってくるため、大魔王を相手に圧倒的なまでの力の差で翻弄するという目標が果たせないかもしれません。大魔王の闇の衣を取り去るためにもこのアイテムだけは欠かせないのです。
湖の景色を十分に堪能し目標を反芻したアランは情報を得るために城へと移動することにしたのですが、そこに赤ん坊を抱いた女性がやってきました。
「あら、もしかしてアラン様ですか?」
「ん?もしかして……ソアラちゃん?」
「ええ、以前城内でお会いして以来ですね」
その女性はアルキードに行った際に出会ったソアラ王女だったのです。アルキード王に謁見した際に同席しており、また勇者とお姫様の物語を聞かせたときには目を輝かせていた王女様がなぜか子供を抱いてテラン王国にいました。
なぜこんな場所にいるのかを聞いてみたところ、なんとこの王女様はとある男性と駆け落ちして国を出てきたという事でした。元々アグレッシブな性格なのかアランから聞かされたラブストーリーに感化されたのかわかりませんが、今はここテラン王国の森深くにある場所で息子であるディーノくんと3人で暮らしているということです。
相手の事も聞いてみれば何やら騎士っぽいようで、アランの脳内には騎士と姫の淡い恋物語が再生されました。きっと相手は騎士と言っても姫に釣り合うような地位ではないのでしょう。もしかしたらソアラ姫に別の相手との結婚の話でも出てしまい、諦めようとしたけれどそれでも惹かれ合う2人は手と手を取り合って愛の逃避行に及んだのかもしれません。
これにはアランも感動を禁じ得ませんでした。
政略結婚のために望まぬ相手との婚姻を強いられ、その胸に抱いていた仄かな恋心を忘れようとする姿…それでも消えてくれない意中の相手への想い。そして相手の騎士も守るべき姫に対して忠誠以上に溢れる感情に戸惑いながらも許されない想いを抱える葛藤。
なんとか政略結婚を破断か引き伸ばしにしようとするも叶わず…権力に翻弄されるそんな中で2人は決意したのでしょう。国を捨てて愛する人と一緒になることを……そしてこの森深い場所で末永く寂しくも幸せに暮らすのでしょう。
そんな恋物語が頭の中で展開され、感動したアランは勝手に恋の魔法使いとして一肌脱ぐことを決意しました。
「ソアラちゃん。話は全部理解した。この俺が来た以上、君たちはもう何も心配する必要はないんだ」
「はい…?」
「君と旦那さんとディーノくんの3人でカール王国へ行こう。思ったら善は急げだ。君の旦那さんは今どこにいるんだい?」
「え?え?」
あまりにも急な展開についていけないソアラ姫ですが、アランの勢いに飲まれたからかひとまず自分たちが今住んでいる場所へと案内することになりました。そこには口ひげを生やしたザンバラ頭の男性がおり、最初こそ警戒されてしまいましたがソアラ姫の取りなしで事なきを得ました。
バランと名乗るその男性はあまり口数が多くないようで、きっとこういったタイプは出世には向かないんだろうなというのがアランの印象でした。カール王国でも重臣たちは多弁な人間ばかりで寡黙なのは見たことがなかったので間違いないのでしょう。
アランは自分が魔王を討伐した勇者の仲間であることやソアラ姫と面識があること、そしてカール王国へ招待することをバランに告げます。
「なぜ私たちを連れて行く必要がある?お前には何もメリットがないはずだ」
「メリットだけで人が動くと思ったら間違いだよ、バラン。俺くらいになると見たい物を見るためにお節介を焼くなんて朝飯前なのさ」
訝しみなかなか信用してくれないバランですが、ここからがアランの減らず口の真骨頂なのです。
駆け落ちしたという事は周囲に頼れる者など皆無な事は言うまでもなく、これからもずっと人里離れて暮らして行くわけにはいきません。そしてこれから育っていく子供に友達の1人もいないというのも教育にも良くありませんし、何よりも寂しいものです。
しかし何ということでしょう。カール王国に来ることによってソアラ姫は国家間のやり取りの中で知己となったフローラ女王というママ友を得る事ができるのです。そしてフローラ女王にはシンシア王女という2歳の女の子がおり、ディーノくんにとって共に成長していける幼馴染を得る事にもなります。
環境も森の中の民家から王城へと移ることで衣食住が確保され、更にアルキード側から見れば出奔し連れ戻したいであろうソアラ姫を安易に手を出す事ができない他国の城という場所へと匿うことにもなるのです。
このアランの営業トーク的な勧誘にはバランも否定することができませんでした。アランが言った事が的確すぎて、そしてそれらは自分たちだけでは改善することが難しかった問題でもあったのです。かなりこの勧誘に傾いているバランでしたが、最後にアランへと真意を尋ねることにしました。
「お前の言うことは理解した。それで、お前は私に何をさせるつもりだ?」
バランは竜の騎士という神々が作り上げた戦士であり、自身の持つ力の大きさをきちんと理解しています。そんなバランに対して妻であるソアラ姫と息子ディーノくんへの平穏の提供など下心があるとしか思えません。しかしアランから返ってきた答えは予想を大きく外れたものでした。
「バランはあれだよ。確か騎士なんだからソアラちゃんとディーノくんを守ることだけ考えればいいと思うよ。もう魔王は倒したし、残ってる大魔王は俺たちが倒すから何も心配する必要もないしね」
「大魔王と戦うだと?相手の強大さを理解して言っているのか?」
「これでも魔王を倒した身だよ?きっとその魔王なんて子供程度にしか思えないくらいの力があることなんて承知の上さ」
これにはバランのほうが衝撃を受けました。魔王ハドラーが地上を席巻している頃、バランは魔界にて冥竜王ヴェルザーと戦っており瀕死の重症を負いながらその魂を封じる事に成功したのです。そしてそれほどの力を持つ冥竜王と広大な魔界を二分すると言われる大魔王を倒そうとする人間が存在するなどと思いもしませんでした。それどころか魔界の大魔王の存在を知っている事すら驚きなのです。
思案の果てにバランは突然やってきたはずのアランの話を受けることにしました。これにはソアラ姫も乗り気になっていた事も大きく背中を押した形です。ソアラ姫とフローラ女王はカールとアルキードの会合などの際に女性同士で話すことも多かったらしく、もう会うことも叶わないと思っていただけに降って訪れた機会に喜びを隠せませんでした。
こうして駆け落ちした姫君と騎士を助けるという恋の魔法使い作戦は成功し、アランは準備の整った3人を連れてカール王国へとルーラで戻るのでした。