時間が…時間が圧倒的に足りない…
「ど、どうしたのサルファ、顔が怖いよっ!? …あっ、もしかして前に言ってた“眠らせてくる女幹部”って…」
「おう、あの寝間着姿のやつ。…気ぃつけやマゼンタ、アズール。あんなふざけたナリしとっても、能力は凶悪そのもの。油断したらアカンよ」
「手強そうだね…マジアベーゼと見たこと無い幹部ももう一人いるし、始めっから全力でいかないと…!」
「せやなぁ、本気でいこけ…勝ち逃げするような○○は、いっぺん○○して○○○○したあと、〇〇〇〇〇せてから〇〇を〇〇〇〇させな気ぃ済まへんからなぁ!!」
「ちょっ!? ダメだよサルファ、まだ避難しきれてない人が見てるからぁ! どうしようアズール、サルファの様子が――」
「か、かかってきなさいマジアベーゼ! 私は魔法少女として、どんな酷い事をされても
「って、こっちもなのぉ!? もー、二人ともちゃんとしてよぉ~!」
「何やってんだあいつら…」
まだ何もしてないのに、勝手に向こうの陣営が混乱しだした件について。いやマジで敵を前にして何やってんの?
今まで潰してきた弱っちい魔法少女達でも、いざ戦うってなったらちゃんと集中して挑んできたんだけどなぁ…。
余裕の表れか、それとも纏まりが無いだけなのか…考えるまでもなく後者だね。良くも悪くも個性が強すぎだわ。
いっそのこと、魔法少女なんか辞めてアイドルにでもなればいいのに。そっちのが絶対大成するでしょ、あの三人。
(…ま、
隣にいるメルヘンチックなドレス衣装のこりすに向ける。
なんでわざとトレスマジアを誘うような真似をしたのかとか、訊きたい事は山程あるけど…それは後回し。
まずはこの戦いの作戦と役割分担を定める方が先決だ。
小さく咳ばらいをしてから、私は二人へと話しかける。
「んじゃ、あいつらが姦しくしてる間に役割分担決めちゃうよ。ベーゼちゃんとこり――」
「ネロアリスです、レーヴさん」
「……あー、アリス。二人はツーマンセルでマゼンタとアズールの相手をして。
ベーゼちゃんはいつも通り好き勝手暴れて、できるだけマゼンタ達の注意を引きつけるように立ち回って。余裕があったらアリスのフォローもお願い。
アリスは…あまり前に出過ぎないように意識して、無茶だけはしないように。ベーゼちゃんがついてるから大丈夫だと思うけど、危なくなったらいつでも退がっていいからね。
…以上。何か質問ある?」
ん~…ちょっと過保護すぎるか? まぁでもアリスの実力とか能力分かんないし、今回はこれぐらいで丁度いいよね。
私がアリスの実力をしっかり把握してたらある程度は自由にやらせてただろうけど、何も知らない状態のぶっつけ本番でそんな無責任な指示を出せるわけがない。もしそれが原因でアリスが大怪我でもしたらどうすんのって話だよ。
そうなったら、信頼して預けてくれているアリスのお母さんに合わせる顔がないし、何より私自身、可愛がってるアリスには傷ついてほしくない。
そこで、ベーゼちゃんの出番だ。
実戦を積んで戦い慣れてきたベーゼちゃんがアリスの近くに居れば戦力として心強いし、しかもベーゼちゃんは、過去のアレコレ(主に羞恥プレイ)でマゼンタ達からのヘイトは高い筈。
能力の厄介さも相俟って、アリスよりも優先的に狙ってくれることだろう。
ベーゼちゃんを思い切り暴れさせる事でアリスの安全性を高めつつ、且つ呼び出した魔物の数の暴力で圧倒する…即興にしては完璧な作戦だな! ガハハ勝ったな風呂入ってくる。
(それにベーゼちゃんの魔物は肉壁にもなるから、もしもの時の身代わりとしても使える。『いのちだいじに』作戦でタッグを組むなら、私よりもベーゼちゃんの方がアリスのパートナーとして適任というわけだ)
…本音を言えば、あまりベーゼちゃんにアリスを預けたくはないんだけどね。蝋燭だの縛りプレイだの、情操教育に悪すぎることばっかするし。
あぁ、こんなことなら乱戦で使えるような魔法開発しとくんだったなぁ。まさかこんな形で魔法少女ソロ狩りの日々を後悔する日が来るなんて。
私もロコルベの二人を見習って、シスタとタッグでも組んで戦ってた方がよかったのかなぁ…でも、シスタとずっと二人っきりってのもなぁ…
「―――…わかった。それじゃあ行くよ、アズール! サルファ、無茶はしないでね!」
「そっちもあんじょうやりや…ほれアズール、アンタも早う切り替えんと。いつまでもウジウジしとったらあかんで」
「ご、ごめんなさい、昂りすぎて見苦しいところを見せたわね…でももう大丈夫、いつでも行けるわ!」
っと、思考が脱線してる間に向こうも準備万端か。思ってたより立て直し早いじゃん。
さて、こっちもぼちぼち行きますかね。
先陣を切るように、私はベーゼちゃん達より先んじてふわりと宙へ浮く。
「じゃ、散開。それじゃあ手筈通りに、ぃぃいんっ…!?」
「ま、待ってくださいレーヴさんっ。一つだけ確認したい事が…!」
「お、まっ…なに勝手に人の脚触ってくれちゃってんの!? 離せっ、この…!」
こ、この色ボケバカ後輩…! 引き留めたいならまず言葉が先だろ、なんで真っ先に掴みにくるんだよ! わざとか? わざとなのか!?
しかもよりにもよって敏感な所を…くそっ、油断した。安易に背中を見せるんじゃなかった…!
「だ、大事な事なんですっ、少なくとも私にとってはとても! …あっ、もちもちで柔らかい…」
「うひぃ!? ちょ、太ももは反則っ…ダメ、だってぇ…! わ、わかったよ、ちゃんと聞くからその手の動き止めてってば!」
か、顔が熱い。アリスが見てる前で、こんな醜態…!
やめてくれアリス、その純粋無垢な視線は私の羞恥心に効く。やめてくれ…!
ああもうっ、これで下らない質問だったら本当に承知しないからな…!
そんな思いと共に足元を睨みつけると、ベーゼちゃんは意を決した表情で口を開いた。
「レーヴさん、あなたは……
どうやってサルファのあんな表情を引き出せたのですか!?」
「作戦に関わる質問をしてくんないかなぁ…!?」
もうほんと何なのコイツ。悉く私の予測を悪い意味で超えてくるんだけど。
助けてくれレオパルト、お前の力が必要だ。
私じゃ、ベーゼちゃんの相手は荷が重い…!
「いつもおしとやかで余裕を崩さないサルファにあそこまで怒りをぶつけられるなんて、ただ普通に倒しただけじゃ説明がつきません…! 一体どんな手を使ったのか教えてくださいレーヴさんっ、後学の為に!」
ダメだ、これ以上ベーゼちゃんのペースに吞まれたら戦いどころじゃなくなる。ついでに私の尊厳と貞操もヤバイ!
かつてない危機感に襲われた私は、お尻にまで伸びようとしていた魔の手を振り払い、トレスマジマ目掛けて空へと駆け上がる。
「あっ、まだ話しは…!」
「わかったよ、そんなに知りたいんなら教えてあげる。ただし、ちゃんと勝てたらね!」
「…! わかりました、約束ですからね! …ああ、それと……」
「もう、まだあんの? 手短に―――」
「―――太く柔らかく、そして張りのある大変素晴らしい
「喧嘩売ってんなら言い値で買うぞ後輩ぃ…!!」
言いたい事言って満足したのか、たちまちに戦意を漲らせたベーゼちゃんはアリスを引き連れ私とは真逆の方向へと飛んでいった。
……いやぁ、漸く真面目に戦う気になってくれて私は嬉しいよベーゼちゃん。お前あとでぜってーしばくから覚えてろよマジで。
(はぁ~…めっっちゃ気力削がれた。なんで戦う前からこんな疲れなきゃいけないのさ…)
どうしてこうなった。『後輩が出来たら楽できるんだろうなぁ』って思い描いてた展望とあまりにも違いすぎるんだが。
人員を増やせばその分一人に掛かる負担は減る筈なのに、実際は問題児達の暴走のせいで楽になるどころかストレスは増すばかり…。
こんなの絶対おかしいよ。私が一体何をしたって言うんだ?
「アリスだけだよ、私の味方なのは…もういっそベーゼとレオパルトを抜いて、アリスをもう二人新しく加入させた方がいいんじゃね? トリプルアリス…うんそれだ、絶対そっちの方が――」
「なに一人でぶつくさ言うてんねん。ええ加減こっちに集中せんかいアホンダラ」
「………急かさないでよ。別に逃げも隠れもしないって」
ちょっとした愚痴ぐらい許してよ、
そんな苛立ちのまま振り向けば、仁王立ちのサルファが圧のある笑顔で私を出迎える。いや怖すぎでしょ…。
こちとら一度見逃してやったんだぞ。こんなキレられる筋合いは無いっつの。
「よう言うわ、あの日から何日も雲隠れしよってからに…今日という今日は絶対に逃がさへん」
「…あのさ、さすがにキレすぎじゃない? さっきの会話聞こえてたけど、たかが一回勝ち逃げされたくらいでそんな――」
「――あぁ? たかが一回…?」
…やべ、火に油注いだかも。
「あんなぁ、回数とかそんなん関係あらへんの。舐めた態度した奴にふざけた戦い方されて、終いには『気分がええから今日は帰る』言うて勝ち逃げされたらなぁ……んなもん一発アウトに決まってるやろが。人をおちょくんのも大概にせえよ…!」
「…仏の顔も三度まで、って言うよ?」
「うちは仏様ほど懐広ぉない。やられた側が我慢して割食うなんて、アホらしと思わん?」
どうやらサルファは私が思ってた以上に怒り心頭のご様子。ベーゼちゃん達の方が片付くまで適当に受け流すのも考えてたけど、これは無理くさいな…。
まぁ別にいいけどね、戦うんならそれはそれで。
どうせ私が勝つんだし。
「ははっ、それはそう……でもさぁ、ちょっと早まりすぎやしない? 直近で負かされた相手にまたサシで挑もうなんてさ。やめておきなって、また無様に地べたを転がる事になるよ?」
「ここ数日間、ウチがなんもせんと過ごす思たか? あんたが引っ込んでる間、こっちはマジアベーゼ、レオパルトとしこたまやり合って地力つけてんや。この前と同じ思たら痛い目ぇ見んで?」
「ふ~ん、そこまで言うなら見せてもらおうじゃん。悔しさを糧にした努力の成果ってやつを。お昼寝前のストレッチ程度にはなってよね~」
欠伸を噛み殺しながら寝惚け眼でサルファを見据える。
う~ん、意気込んでる所悪いけど、サルファの事は正直あんまり…いや、全然脅威として感じられないんだよなぁ、相性的な意味で。
近づいて殴るのがやっとなサルファと、近寄られても問題なく
ま、だからこそサルファとサシで戦えるように仕向けたんだけど。
確実に勝てる相手を選び、余裕を持って勝つ。これこそが戦略ってやつさ。魔法少女よ、卑怯とは言うまいな…。
(変な意地張らず乱戦に持ち込めばまだ勝機はあっただろうに、そっちから一人で向かってくるんだもんなぁ…キミは自分自身のくっだらないプライドのせいで負けるんだよ、サルファ)
あとは適当に戦って、適当に勝てばいい。魔力の消費を抑えながらでも余裕だろう。
そんな事を思いながら、私は再び込み上げてきた欠伸に身を委ねようとして
「いらへんやろ、寝る前のストレッチなんて」
―――目の前にまで迫ったサルファと、視線がかち合った。
(…は? ちょ、はやっ…!?)
「そないな事せんでも、うちがぐっすり眠らせたるッ!」
顔面目掛けて振るわれるステッキをギリギリで避けて距離を取ろうと後ろに退がるが、サルファはそれ以上の速さで間合いを詰め、間髪入れずに連続攻撃を仕掛けてくる。予想だにしなかったサルファの猛攻を前に、私の思考は一瞬で驚愕に塗り潰された。
こ、コイツっ、私の匂いで眠らされるのが怖くないのか? 何で懲りずに接近戦仕掛けてくるんだよバカなのか!?
そんな悪態が口から出そうになるが、避けるのがやっとな速度で放たれるステッキと拳の連撃がその隙を与えてくれない。
錯覚でも、勘違いでもない。コイツ、この前よりずっと強くなってる…!?
(ああもう、うざったい! こうなったら『スリーピー・ドゥー』で……くっそ、タメを作る隙が…!)
「なんや、前より随分と余裕無いなぁ! 穴熊決め込みすぎて鈍ったんちゃうんか!?」
「こん、のっ…ちょっと優勢だからって好き勝手言ってくれちゃって…!」
回避に専念しながら打開策を考える。
まず、匂いの効き目が表れるまで逃げ続ける…は、多分無理だね。サルファの身体に眠気が回るよりも先に、私が追い詰められてしばかれる可能性の方が高いだろうし。
「いつまでも逃げとっても勝てへんで? 早う帰って寝たいんなら、あの指パッチンでも使うてうちを眠らせてみい…使えるもんならなぁ!」
「うっざ…キミ、よく性格悪いって言われない?」
「あんたにだけは言われたないわ!!」
次に、スリーピー・ドゥーとかの大技で倒すってのも無理。さっきは勢いで使いそうになったけど、あの技は強力な代わりに私が溜め込んだ魔力と眠気をごっそり持っていくのだ。こんなしょうもない小競り合いでおいそれとは使えない…ただでさえこの前調子に乗ってサルファ一人に使ったせいで魔力節約中だし、なるべく消費は抑えたいところ。
というかそもそも発動する隙が無いから使いたくても使えないんだけどね、タメが必要な大技は。まぁ被弾覚悟で無理矢理発動ってんなら、出来なくは……。
(いや、無いな。もし想定以上のダメージを食らっちゃったら、
こうなったらもう、この手しかないか。
溜息を零し、ステッキの袈裟斬りを半身になって躱した私は、そっと隠すように背中へ回した右手に魔力を集中する。
やる事は単純明快。いつぞやのレオパルトと同じ方法で眠ってもらうだけ。
(避け続けるのは無理で、大技も使えない。なら、
本当は近接戦得意な相手に使わないんだけどね、コレ。前提として頭か胴体に触れないと碌に眠らせられないし、そもそもそういう相手だと中々触らせてもらえないし。
格下ならともかく、今のサルファ相手なら手足を狙うのがやっとかな? それでもし触れたとしても、手足なら一瞬の間だけ意識をぼんやりさせるのが関の山。決まり手にはなり得ない。
でも、それでいい。
ほんの一瞬でも意識を逸らせれば。無防備な状態にさえできれば。もう片方の手で頭に触れるチャンスが生まれる。
成功すれば一発逆転。多少のリスクを背負ってでも狙う価値は十分にあると見たね。
(サルファの速さにも慣れてきたし、そろそろ仕掛けるか……私に冷汗をかかさせてくれた落とし前はつけさせてもらうよ)
残念だよサルファ。キミの正義のヒロインらしからぬ性格は結構気に入ってたんだけど、短期間で私に迫るその成長性はさすがに見過ごせない。
これ以上強くなって厄介な敵となる前に、今度こそリタイアしてもらおう。
狙い目は、ステッキを握ってない左手での素手攻撃。ギリギリまで引きつけてから腕を取って、一気に片をつける…!
「せやぁ!」
ステッキの振り下ろしは退って回避。
そのまま連続で放たれた逆袈裟には魔力による飛翔。サルファを跳び越えるように宙返りをして避け、背後を取る。
「シッ…!」
続けざまのノールックの後ろ回し蹴りは、咄嗟にしゃがんで躱す。
反応が僅かに遅れたせいで被ってたナイトキャップが持っていかれたけど、問題無し。
低くした姿勢のまま前に身を乗り出し、敢えてサルファへと近づく。
「っ!? この…!」
こっちから距離を詰められるとは思わなかったのか、サルファは驚きながらも拳を突き出してくる。
咄嗟に放ったにしては速度の乗ったそのストレートは、読み通りのタイミングで私の顔面目掛けて打ち込まれた。
ありがとさん。予測通りに動いてくれて。
「はい、残念」
首を傾けギリギリでストレートを避ければ、黄色い拳は虚しく空を切る。
私は空振りの硬直を見逃すことなく、突き出されたサルファの左手首を即座に掴んだ。そしてすぐさま発動メルティタッチ!
あとは、残った左手で無防備な頭に手を伸ばすだけだ。散々手間かけさせてくれたけど、これで終わ
「――なに気安う触れてんねや!」
「ごぉっ…!?」
突如、私の鳩尾にサルファの膝が突き刺さった。
身体に電撃が走ったような感覚と共に、肺の中の空気が吐き出され猛烈な息苦しさに襲われる。
なん、だ…何が起きた? メルティタッチは間違いなく発動したのに、なんで効いてない!?
「…その顔、やっぱなんか企んどったんやな」
混乱の最中、サルファの声を耳が拾う。
「急に近づいてくるさかい、また猪口才な小細工でも仕掛けてくるんやろなって思たけど…残念やったなぁ。あんたの眠気は
「げほっ…対、策?」
得意げなその声に顔を上げれば、してやったりと言いたげな表情のサルファが目に入り…そして、気が付いた。
サルファの身体全体を覆うようにして、
…あぁ、クソ。やっぱりあの時、気まぐれで見逃したりするんじゃなかった。
ものの見事にメタられちゃってるじゃんか、ちくしょう…!
「…どうやって、気づいたの? 私の能力が、
「自力で…って言いたいとこやけど、マゼンタ達のアドバイスのおかげや。うち一人じゃ修行でもして自力上げるぐらいしか思い浮かばへんかったんやけど、二人にあんたはんの能力について相談したらすんなりや。やっぱ持つべきは頼りになる仲間やなぁ?」
「はっ…仲がよろしいこって、羨ましい限りだよまったく…!」
苦し紛れに吐き捨てながら、痛むお腹を摩りつつ後退る。マズイ、この状況は非常によろしくない。
メルティタッチは魔力の膜のせいで効果半減。とてもじゃないけど有効打にはならない。急所に触れたら話は別だけど、狙いがバレてるサルファに同じ手が通じるとは思えないし、二度目は無いだろう。
そして多分、匂いによる睡眠誘発も効いてない。さっきからあれだけ私に接近して攻撃し続けてるのにピンピンしてるし、これもメルティタッチ同様、魔力の膜でほぼ無力化されているとみていいだろう…あれ、これもしかして無理ゲーってやつでは?
………仕方ない。出来るだけ借りは作りたくなかったけど…。
「…しゃーない、腹括るかぁ」
「へぇ、まだ何か策があるん? なら見してみい、真正面からぶっ潰したるわ」
「別に策って程のもんじゃないよ。ただ…こっちも仲間に頼ろうと思って、ねっ!」
そう言って、私は勢いよく後ろへ跳ぶ。少し離れた位置にいるベーゼちゃん達と合流するために。
元々、私がサルファとタイマンになるように仕向けたのは楽に勝てる算段があったからであって、その前提が崩れたとなれば話は別。恥も外聞もなく退かせてもらうよ。
(合流して三対三に持ち込めれば、あとはどうとでもなる。ベーゼちゃんの魔物で時間を稼いでもらう事さえできれば、私の魔法で――)
「――逃がす思たか?」
ドンッ
「…え?」
距離を離す途中、硬いナニカにぶつかる感触が背中に伝わり後退が中断される。
こんな公園の上空でぶつかる物なんてあるわけない。一体なに、が……ッ!?
「か、壁? …違う、魔法の障壁!?」
振り向いた私の視界を埋め尽くしたのは、半透明な魔法障壁。生半な攻撃じゃビクともしなそうな堅牢な壁が、私の往く手を阻むように聳え立っている。
い、いつの間に…まさか、追いつめられた私の行動をあらかじめ想定して…?
マズっ、誘い込まれ――!
「うちもそこまで鬼やない、一発で堪忍したるわ」
「ッ! しまっ――」
背後からの声にハッとするが、あまりにも遅すぎた。
真後ろへ向き直った時には既に、巨大化したサルファの右腕が眼前に迫っていて。
「ただし…威力は一発分じゃ済まさへんけどなぁッ!!」
ゴシャッ。
そんな鈍いイヤな音が、私のお腹から響いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(……どういう事や、これは)
渾身の一撃を宿敵に叩き込む事に成功したサルファは、困惑していた。
相対している敵の、想定を遥かに越えた
(正中線ど真ん中に右ストレートやぞ。なんで倒れへんねんコイツ…!?)
狙いが逸れたわけでも、躱されたわけでもない。
サルファの放った打撃は確かに狙い通り胴の中心に当たっており、現にその一撃を食らった相手は、サルファが足止めとして展開した障壁を突き破り数メートル程後退していた。
身体はくの字に曲がり、手はダメージを受けた腹部を庇うようにして添えられている。顔は俯いていて見えていないが、苦痛に歪んでいるだろうというのは殴った張本人であるサルファにも容易に想像ができた。
が、逆に言えばその程度で済まされたという事。
公園の敷地外までぶっ飛ばすつもりの全力でも、仕留めきれていない。
その事実は、サルファに少なくない衝撃と悔しさを与えるに十分だった。
「…せやったら、ぶっ倒れるまでなんぼでも食らわすまでや!」
それでも、サルファは臆すことなく敵の懐へ特攻を仕掛ける。
今の一撃で倒せなかったのは誤算ではあったが、しかし相手が手痛いダメージを負ったのもまた事実。ここで畳み掛けない理由は無かった。
そして何よりも、相手は距離を離せば
“魔力の膜であってもアレは防ぎきれない”と感覚的に理解しているサルファとしては、距離を詰める以外の選択は取れなかったのである。
(一発じゃしばき足らへんとこやったし、ちょうどええ。気ぃ済むまで付き合ってもらうで!)
戦局は傾きつつある。
片や未だ無傷で果敢に追撃を仕掛ける魔法少女と、片や大ダメージを食らい俯いたまま沈黙している女幹部。
傍から見てもどちらが優位かは明らかであり、魔法少女の戦いを遠くで見守る市井の人々もその空気を感じ取り、サルファの勝利を確信していた。
……しかし。
「この程度で終わる貴女じゃありませんよね、レーヴさん?」
ただ一人。
戦いながらもサルファ達の戦闘を観察していたマジアベーゼだけは、期待を孕んだ視線を向けて微笑んでいた。
そして、その言葉に呼応するかのように。
沈黙していた女幹部…ハッピーレーヴがおもむろに動きだす。
「――『ラッキー・ボム』」
俯いた姿勢のまま前に突き出した指先から、拳大の黒い球体が射出される。
ほぼノーモーションで放たれた事に驚きつつ、サルファは自身に向かって飛んで来るそれを迎撃すべく腕を振りかぶる。
「無駄や。そないちゃっちいもん、今のうちには効か――ッ!?」
眼前にまで迫った瞬間、全身を駆け巡る嫌な悪寒。
サルファは本能に従い瞬時に身を捩じらせ、なんとか球体を回避する。
避けられた黒い球体はそのまま高度を下げ、公園内のベンチへと着弾し……ベンチ周辺に群がっていたハト数十羽が、一斉に眠り倒れ伏した。
「なっ…!?」
今までに見せてきた魔法とは桁違いの威力を内包した、敵の新たな魔法。
当たる寸前で回避を選択できた事に安堵すると同時に…サルファは、魔法少女としての直感で理解した。理解してしまった。
今の魔法は、魔力の膜では防げない魔法であると。
「――もうお前を、取るに足らない格下とは思わない」
戦慄を隠せないサルファを余所に、怒りに満ちた震え声が辺りに響く。
前髪をかきあげながら顔を上げたレーヴは、憤怒の形相でサルファを睨んだ。
「ここから先は手加減無し。私を
ガラリと変わった雰囲気と、さっきまでとは比べ物にならない程のプレッシャー。
真っ向からぶつけられたそれに思わず総毛立ち、全身に走る緊迫感から冷汗が頬を伝う。
――それでも、サルファは戦意を落とすことなく、むしろ嬉しいと言わんばかりに獰猛な笑みで以て応えた。
強がりではない。ただ純粋に嬉しかったのだ。
すました態度であっさりと自分を下したあの欠伸女の激情を、本気を引き出せたという事実が。好戦的で負けん気の強いサルファの闘志を奮い立たせ、結果、プレッシャーを上回る高揚を齎した。
拳と拳をぶつけ合わせ、己に檄を入れるサルファ。
その顔は、自信に満ち溢れていた。
「出来るもんならやってみぃ、返り討ちにしたるさかい………そういえばまだ訊いてへんかったな。あんた、名前は?」
「あ? …今訊く事か、それ」
「ぶちのめした後じゃ訊けへんやろ? ほら、はよう言わんかい、減るもんでもなしに」
「……口の減らない奴。いいよ、そこまで言うなら教えてやる」
そう言うとレーヴは腕を広げ、貯め込んでいた魔力を解き放つ。
迸る魔力の奔流に周囲の大気は震え、レーヴを中心に突風が吹き荒ぶ。
圧倒的な存在感を放つ女幹部の姿がそこにはあった。
「エノルミータ幹部、
栗原ぁ!
「次回はなるべく早くに投稿する」って言っときながらまた三か月空いたぞ栗原ぁ!