季節は過ぎ、12月も中旬。いつも過ごしている大阪には未だ初雪も降らず、手をポケットに突っ込むことも増えてきた今日この頃。
「寒っ……」
だが俺の現在地はそれよりもさらに寒かった。スーツケースを引きずって一年前に去った空港を歩く。すると遠くに雪のような白い髪をもつ少女が目に留まる。しばらくしてあっちも俺に気づくとこっちに向かって駆け出してくる。そして―――
「空亜さんっ!!!」
勢いよく俺に抱きついてきた。
「っと。うん、久しぶりだな明華。元気にしてたか?」
「はいっ!って、ううん、元気なんかじゃないです!毎週電話くださいっていってるじゃないですか!!」
「ご、ごめんって……、こっちも色々忙しくてな。」
「むぅ……。まぁ今日から目いっぱい甘えさせてもらいますけどね♪」
「はいはい。雀さんもお久しぶりです」
明華が来た道と同じ方向からゆっくり歩いてきた明華のお母さんに挨拶をする。
「うん、久しぶりね。ちょっと背のびたんじゃない?」
「そう、ですかね?あんまり自分じゃわからないものですけど」
「まぁあんまり自分のことは自分じゃわからないものよね。そのせいで明華もずっと寂しがってたし。最近なんてあと何日、あと何日って独り言をずっと言ってて……」
「お、お母さん!?……だってぇ……」
「はい、できる限りは今回は明華の近くにいようと思います。ごめんな~明華」
抱き着いている白い髪をゆっくりとなでる。
「―――てへへ」
「っ!?」
すると明華ははにかむように笑う。その混じり気のない笑顔に不覚にもドキッとしてしまった。
「うん。とりあえずあっちの方に行こうか。空亜くんもとりあえず家に向かう感じでいい?」
「あ、はい。すいません送ってもらって雀さんも研究の方がいそがしいでしょうに」
「いいのよ。明華のこと、頼むわね?」
「はい。行こうか明華」
「はい♪」
抱き着いたままの明華。こういう時は離れないと知っているので仕方ないかとそのまま歩いていく。
それから雀さんの運転する車でしばらく揺られるとフランスの自宅へと帰ってくる。
「荷物はこれで全部?」
「はい」
自分の荷物を確認し、トランクの中も確認してそう返答する。
だが雀さんは少しいたずらをするように笑っている。
「うふふ、全部じゃないでしょ?」
「?荷物はこれで全部ですよ?」
「ほらここに」
そう言って雀さんが指差したのは明華だった。
「はい?」
「今日はその子もあげるから。あとはお二人で仲良くね~」
「空亜さん、今日はずーっと一緒ですよ?離れませんから」
そう言うとまたくっついてくる明華。既に半ば諦めながら明華と問答を繰り返す。
「いや、トイレとかお風呂は離れるでしょ」
「ずっとです」
「いや、だか「ずっとです。トイレもお風呂も」……マジ?」
「マジです」
「……」
「なんでちょっとずつ足引いてるんですかぁ!…………だって急に日本行っちゃうし。……ずっと一緒にいられると思ってたのに……」
「……あぁ、そうだな。明華はずっと寂しがり屋だったもんな。その、悪かった……」
細々と思い出すかのように言葉を紡ぐ明華に、俺は謝ることしかできない。竜華と怜の時と同じだ。
そんな罪悪感を見破ってか、気持ちを切り替えるようににやっと笑った明華。その瞬間なら背筋に冷たい風が吹き抜ける。
「そう思ってるんなら今日ぐらいはずっと一緒でもいいですよね?」
「……せめてトイレとお風呂だけは」
「分かりました。トイレにはついていかないです。でもお風呂は一緒です!」
「……正気か?」
「はい。正真正銘裸の付き合いですね♪」
おいおいおい正気かよ!?いやこいつら目がガチだ!?
「……お前恥ずかしくないのか?俺だって男だぞ?」
「そうですね。普通の男の人なら絶対にしませんけど、空亜さんなので。むしろカモンです!!!」
「……それは俺に襲われてもいいってことなのか?」
「……襲いたいんですか?」
思わず言ってしまったそんな言葉。そしてその言葉に明華から否定はかからない。
おい、とんでもない空気になってきたぞ。
「…………流石に一緒に入ったら俺も危ないかもな。な?わかったろ?流石に風呂はダメなんだよ……」
「そう、ですか(で、でも、空亜さんが、その、し、しししししたいってい、言うなら私は……)」
小声で矢継ぎ早に言葉を紡ぐ明華。早すぎてマジで聞こえない。……ただその顔を赤らめて言うのやめてくれませんかねぇ!?なんとなく分かっちゃうだろうが!?
「…………なんて?」
「な、ななななんでもないですっ!し、仕方ないのでお風呂は諦めてあげます!」
「ありがとう。本当に。マジで」
「わにゅっ!?」
そう言って明華をぎゅーっと抱きしめると何か変な声も聞こえた気がしたがそのまま続行する。
フランスにいた頃は毎日のように要求されてたが、俺らある程度の年齢である。そろそろこういうのもやめる頃合いなのだろうか。そうふと思い法要を解くと。
「あっ……」
と寂しそうな声をあげるのでもう一度思いっきり抱きしめる。なんてことを数度繰り返していると後ろからため息が聞こえてきた。
後ろを振り向くと明らかに呆れたような様子の雀さんがいた。
「はいはいその辺にして早く家の中入っちゃいなさい。私はこのまま買い物行ってくるから」
「あ、分かりました」
「いってらっしゃーい」
雀さんが買い物に出るのを見送ると荷物を持って家の中に入る。1年ぶりの帰省になるが玄関を開けて感じたのは「ただいま」であった。
その思考に少し違和感を持つ。
「あれ、なんか思ったほど汚れてない……どころか埃一つないな」
「あぁ、それは私がずっと掃除してたからですよ」
横にいた明華が慣れた手つきで靴を脱いで定位置に置きながら答えると、俺も懐かしい気持ちに駆られながら同じように動く。
「明華が?」
「はい。お二人とも中々こちらには帰ってこないので掃除だけでもしとかないと汚れちゃうかなって思って」
うちの両親は仕事上中々家に帰ってこない。故に中学時代は基本的には明華と、たまに雀さんと食卓を囲んでいた。
だからこうして綺麗な状態で残っているなんて考えてもいなかった。
「お前、いい奥さんになるな……」
「お、おおお奥さん!?」
思わず零れた言葉に明華がまた派手に反応したのを軽くいなしながら荷物を持って廊下を進んでいく。
「いやぁ、まずは掃除だと思ってたんだけど、本当にありがたいありがたい」
「拝まないでください。じゃあ荷物置きに行きましょう」
それから軽く荷物の整理をしてから思い出話をリビングですることに。
「こっちも1年ぶりぐらいかぁ」
「そうですね。1年放置されましたね、私」
「いやっ、放置してたわけじゃ」
「メールと電話だけは放置と同じですよっ!!!」
リビングにてバームクーヘンを食べながら話すこと数時間、差し込む光の色が変わっていることに気づく。こっちについた時にはすでに昼すぎであったのを考えると妥当な気もする。
「んじゃ日も暗くなってきたし夕食作るか」
「私が作りますよ?」
「いやいやここまでしてもらって料理までなんて任せられないだろ」
隣でテレビを見ていた明華が立ち上がったので、俺も立ち上がりキッチンに向かおうとすると肩を上から思いっきり押さえつけられる。
「今日はいいんです!空亜さんは待っててください!」
「あ、ちょ!……まぁ、そこまでいうなら任せてもいいか。さて、じゃあ牌譜研究でもしてようかな」
ぴゅーんという効果音でも付きそうな感じでキッチンに向かっていく明華の背中を見て諦めた俺は再びソファに腰掛ける。
腰掛けて牌譜でも見ようかと思ったが手元に媒体がないことに気づく。そもそも充電はあるのか?
「……よし、今のうちに風呂に行こう」
牌譜は諦めて風呂場に着替えを持っていく。ちゃんと鍵をかけてから服を脱いで
「はぁ〜〜生き返る〜〜」
「湯加減はどうですか?」
「最高~」
俺の好きな温度でちょうどいい気持ちよさに頭が溶けていく。
「ですよね♪相変わらずの熱め好きなんですね」
「それぐらいの方が引き締まる感じがしていいんだよな」
「…………」
「…………♪」
…………ん?なんで会話が?
思わず後ろを振り向こうとすると目元が手で遮られる。真っ暗闇である。
「はぁぁぁぁぁっ!?!?!?」
「ちょっと耳元で叫ばないでください!」
叫んだ声で耳がやられたのだろう、うるさいとぼやきながら俺の頭を無理やり前に向けなおす明華がそこにいる。
少し落ち着いた頭で振り返るのがまずいことに気づいた俺は下の床を見つめながら元凶に問うことしかできない。
「いや、おま……っ!?なんで!?」
「さっき言ったじゃないですか。一緒に入るって。あ、安心してくださいタオル巻いてますから」
「いやいやいや!?てか料理してるはずじゃ!?」
「あれは嘘です」
「嘘なの!?」
なんで嘘ついてまで一緒に入ってきてんのこの子!?もう家の前の話忘れたの!?
「正確にはお風呂の後に作ります。ある程度の下準備は元々終えてたので」
「んな用意周到な……」
そうだったこいつ完璧人間だったわ……。非効率なことするわけないですよね……。
後ろの明華のテンションが少し変わる。
「そりゃそうですよ。ずっとこの日を楽しみにしてたんですから」
「……明華」
「空亜、さん」
後ろから彼女の手が背中に当てられる。
心臓がバクバクと音を奏でる。
「「……」」
「ぽいっと」
「え?」
そして俺は目を閉じながらドアを開けて一気に明華をタオルの上にぽいっと放る。
『えぇぇぇぇぇぇ!?!?!?』
『ちょっ、空亜さん!?なんで追い出すんですか!?今の感動的なところでしたよね!?』
閉めたドア越しに明華の悲鳴のような声が聞こえる。
「当たり前だろ、お前と一緒に入れるか」
『入れてくださいよぉ!!!』
「……さて、湯船にもう少し浸かるかな」
『もぉぉぉ!!!』
ぶつくさと文句を言いながら脱衣所を出たのを確認してから湯船に深く浸かる。
まだ心臓はバクバクしっぱなしであった。
そして30分と経った後、リビングに戻ると頬を膨らませた明華がこちらを睨んで待っていた。
「あぁ、いい湯だった」
「むすー」
「いや、そんな顔されても」
「ふんっ!まぁいいです。元々期待薄だったので」
「じゃあ入ってくるなよ……」
「さ、ご飯にしましょう」
ほんとに期待薄での特攻だったのだろう。何事もなかったようにキッチンに料理を取りに行く。
その様子を見て懐かしいと思う一方で、
(……?)
どこかその雰囲気に異和感を覚えていた。だがまぁ気のせいかと思いなおしてから明華と共に料理をキッチンに並べる。ポトフを始めとしたフランスン家庭料理が揃い踏みになる様子を見て思わず腹の虫がなりそうになってしまう。
「相変わらず美味しそうな料理だな」
「いえいえ舐めてもらっちゃ困りますよ。なにせ一年で私は大幅にレベルアップしましたから!」
「そうなのか?」
自信満々の様子の明華の正面に座って手を合わせる。こういうマナーを日本に合わせたり、積極的に日本料理を明華は作ったりしてくれる。
……ほんと、いい子だよなぁ。
「えぇ、どうぞ召し上がってください」
「わかった。じゃあいただきます」
口にスープを一口入れるとコンソメと野菜のうまみが口中に一気に広がっていく。
前までも美味かったが、これはさらに美味くなってやがる……!!!
「……え、うまっ」
「ふふーん♪そうでしょうそうでしょう!」
「え、マジかよ、まだ美味くなるのか?」
「今回のは自分の中でも自信作です。なにせレシピなんてありませんからね」
「……2人で作ってた頃より格段に美味しくなってる。すげぇ……」
それから止まらない食欲に従ってひたすら食べているといつの間にかおなかもいい具合に膨れてきた。
その間特に会話はなく、明華は嬉しそうになくなっていく料理を見ていた。昔から明華は自分の作った料理が無くなっていくよ様子をよく見ていた。それが彼女の次のモチベーションなんだという。
「ごちそうさまでした」
「満足いただけたようで何よりです♪」
「洗い物は俺がやるから置いといてくれ」
「え?いや私がやりますよ」
「いいから。美味しいもの食べたから少し体動かしたくなったんだ」
「そうですか?じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
「ソファにでも座って休んでな」
それから洗い物をしに立ち上がる。
帰省1日目。夜は始まったばかりである。
ここまでのご精読ありがとうございました!
この時期ポトフうまいですよね。私もよく作ってます。