バイオハザードRTA 新B.O.W.ルート『グレーテルの怪物』END 作:血袋
「お姉ちゃんッ!!」
そんな、グレーテルの悲痛な叫びを耳にして。
ようやく私は、この損傷が、常人ならば致命となるものだったことを理解した。
──脳内で時間を巻き戻す。
場所は研究所内の薬品実験室。私の爆弾除去手術に必要な薬品を求めて訪れた部屋。
扉のロックが解除されているのを見て、交戦が起きることは予想できていた。
不安は無かった。今この空間で最も強い者は私だと、ここまでの戦闘で既に確信していた。
真正面から敵地へ押し入り、奇襲にて、視界に映る邪魔者を的確に排除する。
やられる前にやる。それを徹底すれば妹が危機に晒されることは無い。実に簡単な話である。
……そうやって身構えていない時ほど、死神は来るものだ。
唐突に湧いて出た、猛烈な速度でこちらへ近付く殺気。続けて聞こえた、グレーテルの悲鳴。
室内に残る活性死者の相手など放棄して、廊下へと跳び出した。
既に眼前まで迫っていたのは、脳と筋肉組織を剝き出しにした活性死者の変異体。戦闘の騒音を聞き付けたのだろうが、グレーテルが悲鳴を上げたことで、その狙いは彼女へ向いてしまった。
マズい、と瞬時に悟る。別個体とは何度か遭遇しているから、マグナムの1発程度で止まる相手じゃないのは理解している。1番の有効打となる電撃は、溜める時間が無い。電熱ナイフを振るにしても、この間合いではこちらの方が遅い。
即座の迎撃は不可能、ならばどうする。決まっている、この身体そのものを妹の盾とする。
「お姉ちゃんッ!!」
──敵の振るった大爪を、その骨身で受け止めたのが今だ。
左腕に走った激痛で、思わず2歩、後退する。とは言え戦闘の続行に支障は無い。骨も断たれていない。この程度の肉体損傷ならば再生は容易いだろう。むしろ、この敵には長い舌を槍のように硬く伸ばしての攻撃手段があるため、愚直に飛び掛かるだけだったことに安心すらした。
それでも……グレーテルの瞳は、先ほどの光景から、私の腕が吹き飛ぶ様を幻視してしまったのだろう。
姉として、これ以上は妹に心配をかけるワケにいかない。どさくさ紛れにグレーテルへ近付いている活性死者を目視し、敵の爪は腕に食い込ませたまま、前へ立ち塞がる。
「妹に……手を出すなッ!」
一網打尽にできる位置取りで、今度こそ放電。
結果としては、グレーテルの身に傷一つ付けさせることなく済んだ。
「お姉ちゃん! ……大丈夫?」
「大丈夫、問題ないよグレーテル。ほら」
駆け寄ってきたグレーテルに、左腕を見せてやる。ざっくりと抉られたはずの傷は既に塞がっており、やがて傷跡すら残らなくなる。
心配なんて要らない、そう伝えたかったつもりだが──妹の顔色は曇ったままだ。
「……カッコよく銃を撃ちまくって、手から電気を飛ばしちゃったりしてるお姉ちゃんは、まるでコミックのヒーローみたいに見えたの。でも違った……お姉ちゃん、本当にずっと……酷いこと、されてたんだね……」
──叶うならば、そう見えるままで居たかった。どんな状況でも傷一つ付かない無敵のヒーローで在りたかった。誤魔化し続けたかった。
でも、再生するとは言えど私だって傷付くし血も出る。よりにもよってグレーテルの眼前で派手に流血したのがマズかった。あたかもコミックの世界に浸っているような気分だった彼女を、現実へと引き戻してしまった。
妹を守るべき姉として情けない、大きな失態だ。反省しなければならない。
……だと言うのに。
それは決まっている。嬉しいからだ。誇らしいからだ。
こんな状況でも、己の身ばかりでなく、私の身に起きたことを心配してくれる……妹の心が。
だから、こちらからも伝えなければならない。私の、そしてイザベラの想いを。
「……酷いことばかりじゃあないよ、グレーテル。良いこともあった」
「えっ?」
「今、この力で貴女を守れている。それだけは間違いなく、私にとって良いことだから」
アンブレラ社の手によって、イザベラは殺され、グレーテルは今もこうして危機の只中に居る。それについては許せるはずもない。必ず復讐すると胸に誓った。
しかし一方で、アンブレラ社の実験があったからこそ、
正直に言ってしまえば、この一点に関してだけなら、今ではアンブレラ社に感謝すらしている。もし現在この場に立っているのが私でなくイザベラ本人であったとしても、間違いなくそう思っているだろう。イザベラの記憶を得た今の私には、それがわかる。
「お姉ちゃんってのがどうして一番最初に生まれてくるのか? それは勿論、後から生まれてくる妹を守るためだからね。不本意ではあるけど、そのための守る力を私はここで手に入れた。どんなに苦しい中でも、得たものはあったんだよ。グレーテル」
「……もう、簡単に言っちゃってさぁ。そんな力を手に入れちゃったせいで無茶ばっかりするようになった姉の背中を見て育つ妹の気持ちも考えてくれますか~?」
「あはは、それを言われると弱いなぁ。……でも結局、お姉ちゃんが妹を守るのに力の有り無しは関係ないからさ。私がただのイザベラだったとしても、私はグレーテルを庇うよ。たとえ腕の1本や2本が吹き飛ぼうともね」
「うぅ~……そう考えると、やっぱりお姉ちゃんの腕が無くならなくてよかった、って思う……」
「でしょ? だからさ、前向きに考えようよ。望んで手に入れた力じゃなくても、その力で何かを守れるなら、無いより有る方が良い。人間じゃなくなった、バケモノの力でもさ」
私は兵器、そう作られた。でも、ただ命を壊すためだけの兵器なんて御免だ。
私は──命を守るための兵器で在りたい。そう決めたから。
ようやく、グレーテルの曇り顔も晴れ渡る。納得してくれたようだ。
また探索を再開するべく足を動かした私の背中に「でも、1つだけ再確認!」と声が掛かる。
「アタシのために頑張ってくれてるお姉ちゃんを、アタシはバケモノだなんて呼びたくない。人間じゃなくたって、お姉ちゃんはアタシだけの正義の味方だよ!」
「──……うん。ありがとう」
「えへへ、じゃあ行こっか! お姉ちゃんの体に入ってる爆弾、ちゃんと取り出さないと。そんな物のせいで体重が増えてるなんて、絶対ヤだもんね!」
グレーテル。貴女のためならば、この力を存分に振るうことにも躊躇いは無い。
そして、その機会は間もなく訪れる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「──お姉ちゃん、起きて! お姉ちゃん!!」
妹の声を目覚まし時計の代わりに、爽やかな気分で目を覚ます……とはいかず。
私の意識を覚醒させたのは、怯えた妹の呼び掛けと──この部屋の壁を何度も殴り付けている、特大の敵意だった。
素早く状況を整理する。
場所はB.O.W.用の手術室、その自動手術台の上。執刀を行った機器のアームは、私の体内から切除したらしい爆弾を掴んだまま停止している。手術は問題なく成功したようだ。
部屋の扉、その向こう側へと意識を向ける。ここへ来るまでに敵の殲滅を徹底してきたためか、気配は1つのみ。ただし、その気配には今までにない程の迫力を感じた。
そんな、扉の向こうで暴れている存在の正体は、既に予想できている。
──タイラントT-103。アンブレラ社に製造された生物兵器、その代表格。
その姿を直接見たことは無いが、ある程度の概要は知っている。私のことを研究していた白衣の連中が、私の性能の比較対象として頻繁にその名前を出していたからだ。
おそらく、今も離れた地でこの研究所を監視しているアンブレラ本社からの差し金だろう。その目的は、私の捕縛とイザベラのDNAサンプル回収……そして、邪魔になるグレーテルの抹殺。
私のようなイレギュラーと違って、タイラントに自意識など無い。主人に忠実に従い、その命令を果たすまで延々と我々を追跡してくるに違いない。
それは困る。こんなストーカーがくっ付いたままの脱出は困難だ。それに何より──
「お、お姉ちゃん……アタシ、怖い……!」
──これ以上、大切な妹を怖がらせるワケにはいかない。
ならばどうする。決まっている、
「……グレーテル。目と耳を塞いで、下がっていて。すぐに敵をやっつけるから」
「えっ──で、でも……」
「大丈夫。お姉ちゃんを……貴女だけの正義の味方を、信じて」
「──……わかった」
グレーテルを安全圏となる距離まで退避させ、蓄電を開始する。箇所は右腕。即座に一撃を叩き込める部位へと、溜められる限りの電気を集中させる。
左手で取り出したるはカードキー。この戦い、臆せば死ぬ。迷えば敗れる。ならば生死の狭間を見極めるためにも、戦いの火蓋はこちらが切って落とすべきだ。
……これ以上の蓄電は右腕がはち切れる、そんな感覚こそが合図。
カードキーをリーダーに翳す。何度も殴られて歪んだ扉が、音を立ててゆっくりと開き──
「私の方が、速いッ!!」
──放たれた拳を、前転にて回避する。
タイラント。頑強な巨体と桁外れの怪力を誇る、生物兵器の中の暴君。そんな相手に私が勝っているのは、判断速度、敏捷性、そして一撃に懸けた瞬間の破壊力。
故に、それを活かすための前転回避。臆せば死ぬ。迷えば敗れる。しかし生死の狭間を見極めたなら──最大の勝機が訪れる。
「死のリスクに身を浸してでも、この一瞬が欲しかった!」
その巨体の懐へ飛び込み、限界まで電気を溜め込んだ右腕を突き出し──
──瞬間、少しばかり場違いな思考が私の脳裏を
研究所の探索中に偶然見かけた資料。アンブレラ社がアメリカ合衆国陸軍の協力の下で開発した兵器についてのレポート。
強磁性歩兵連隊用次世代レールガン「FINGeR」……しかし私の目が留まったのは、その前身であるアメリカ軍の試作レールキャノンについての項目だった。
その銘は「パラケルススの魔剣」──伝説的な医学者にして錬金術師の名をそのような代物に対して用いるとは、等とも思ったが……やはり私も心が躍ったのだろう。そのネーミングセンスは、不思議と記憶に焼き付いていた。
ならば、私も今こそ名付けよう。忌まわしくも頼もしき、この力に。
これこそは女神より賜りし雷霆。悪鬼を焼き切る慈悲なき光。万難を穿ち抜き、必ずや復讐へと至る、我が刃──
雷光で編まれた幻想の大剣が、その巨躯に風穴を生む。
怪物の暴君は今、女神の前に
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お姉ちゃん、無茶し過ぎ! その右腕、ホントに治るんだよね!?」
「治る治る、間違いなく治るからさ……そんなに怒らないで欲しいな、なんて……」
「怒りますぅ~! アタシのために戦ってくれるのは嬉しいけど、それでお姉ちゃんまで怪我するのはちっとも嬉しくないんだから!」
「あはは……前向きに善処します……」
全力放電の代償で黒焦げになった右腕を抱え、動きの重くなった身体を引きずるようにしながらも、グレーテルと足並みを揃えて歩く。限界まで能力を行使したのは初めてだったものだから反動の大きさには驚いたが、これはこれで役得だ。
行き先は同階の生体実験室。邪魔な敵は事前に排除してあるので反動も問題なし。
「でもお姉ちゃん、今から向かう部屋には何があるの? 必要な物とかもう無いでしょ?」
「ううん、あるんだよ。最後に1つ、やり残しがね」
部屋を訪れて早々、あらかじめ目星を付けておいた機器を弄る。
表示されたのはパスワードの入力画面。やはり目当ての物はここにあるようだ。
「パスワード、ってあるけど。お姉ちゃん分かるの?」
「分かるよ、自分のことだもの」
何を隠そう、ここのパスワードは私の研究データと一緒に記載されていた。
理に適ってはいるが、少しばかり不用心だ。こうして私が閲覧できたのだから。
「……
セキュリティロックが解除され、目の前に現れたのは試験管2本。
他ならぬ私だからこそ瞬時に理解できる。これがイザベラのDNAサンプルだと。
「アレークトー、メガイラ、さようなら。……なんちゃってね」
その中身を一気に飲み干し──空になった試験管を床へ思い切り叩き付けた。
これは私のものだ、欠片たりとも
『警告:クラスA収容違反を検出しました。施設封鎖を開始します。施設封鎖完了後、自己破壊コードを実行します』
「うぇっ!? ちょっとお姉ちゃん、なに今の放送! もしかしてマズいことやらかしちゃったんじゃない!?」
「ヘーキヘーキ、平気だから。これくらい予想済み、むしろ好都合。ほらグレーテル、ちゃーんと治ったお姉ちゃんの腕にしっかり抱かれていてね──っと!」
大慌ての妹をお姫様抱っこして、終焉のカウントダウンが始まった地下研究所の脱出を目指しエレベーターへ向かう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「「脱出ゥゥー--ッ!!」」
──ようやく、外の世界へ到達した。爆破され崩れ行く背後の研究所など気にも留めず、頭上を見て日時を推察する。
空からは温かな陽光が差し込んでいる。現在は9月29日、時刻は既に朝方の様子。とても
……想定はしていたことだけど、最悪な事態は続いているのかもしれない。
「うぅ~ん、空気が美味し~い! さようなら穴熊生活、お久しぶりです自由な生活! ねぇねぇお姉ちゃん、まずはどこ行こっか!?」
「ごめんグレーテル、はしゃぐのはまだ早いかも。多分この街、バイオハザードに──ッ!?」
陥っていると思う。その考えを最後まで言い切ることは、突如として噴出した殺気を感じ取ったことで阻まれる。
何かが来る。そう認識した次の瞬間には、正面にあった建物の壁が爆裂し……新たな追跡者が、その姿を現した。
「
「……こいつ、まさか」
外見は黒衣の巨漢。しかしその顔には耳が無く、鼻は潰れ、唇も見えず歯茎は剥き出し。左側を残した隻眼でこちらを睨むソレは──火炎放射器を背負い、言葉を発してみせた。
寄生生物「NE-α」を埋め込むことで作り出されたという新型のタイラント。T-103のみならず、アンブレラ社は既に第二の刺客を放っていたのだ。
……とは言え、相手の得物が火炎放射器であるのはラッキーだ。背負っている燃料タンクを銃撃で爆破させれば、グレーテルを担いで逃げる時間は十分に稼げる。
すぐさま判断し、マグナムを手に取り、構えて──
「──あぅっ」
「えっ……──グレーテルッ!!」
……それこそが罠であったことに、ようやく気付く。
ネメシスが死角から素早く伸ばした触手に右腕を抉られ、悲鳴すら上げられずに、グレーテルは力なく地面へ倒れていた。
やられた。やられた、やられたやられたやられたやられたやられた!
これ見よがしな火炎放射器とその燃料タンクは、私の思考を攻撃へと縛るための囮。ネメシスは初めからグレーテルを狙っていた。それも完全に私の不意を突ける最小限の動作で。触手の一撃で致命傷を与えずとも、傷口から侵入したT-ウイルスが幼い肉体を死に至らしめるだろうと判断しての攻撃。事実、グレーテルは苦しそうに泡を吹いて、あわ、ぁわわ、あわああわああああ──
「ああああああああああああああああああああ!!」
──今度こそ、マグナムのトリガーを引く。炸裂した燃料タンクから炎が爆ぜ散り、ネメシスを怯ませた。どうせ衣装は耐火仕様だ、長くは保たない。それでも、逃げるには十分。
痙攣しているグレーテルを抱きかかえ、少しでも距離を稼ぐため、全力で跳躍した。
「クソ、クソ……クソッ!」
虫けら。ボンクラ。鈍間の腑抜け、役立たず。
何をやっているんだ私は。自分の命よりも大切な妹の命を、むざむざと危機に追いやってしまうとは。こんな体たらくでイザベラの意志を継げると思っていたのか。自分で自分に腹が立つ。
だがそれ以上に憎いのはネメシスだ。
……でも、そんな真似をしてはグレーテルの命が万に一つも助からなくなってしまう。
まずは30秒でもいい、安静にできるセーフルームを探さなくてはならない。応急処置が必要だ。
大丈夫。やり方は出来ている。必ず助けられる、私が助けて見せるとも。
そして──それが終われば、ネメシスだ。
同じく復讐の女神に名を賜りし同胞よ。待っていろ。待っていろ。待っていろ。
殺すのは最後にしてやる。
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他にRTA風小説を投稿されてる方々に比べると亀更新ですが、今後ともよろしくお願いします。
「ネーラオン」で検索してもシャドバの情報しか出て来なかった悲しみ。
とは言え100%サイゲの造語だとも考えにくいんですよね。元の言葉は何なのでしょうか。