バイオハザードRTA 新B.O.W.ルート『グレーテルの怪物』END 作:血袋
日も暮れ行く空の下、崩壊しかけの都市を駆ける。
目指すはスペンサー記念病院。背に負った愛する妹のため、必ずやT-ウイルスのワクチンを手に入れなければならない。
あの地下研究所で私に関する研究資料を入手した際、T-ウイルスとG-ウイルスの概要についても目を通しておいて正解だった。
元々Tへの抗体として発見された上位存在であるGには、T-ウイルスによる反作用を無効化する力があった。研究データの絶対数は少なかったものの、Gを投与されて誕生した生物は、Tに汚染された生物を養分としても問題が無い……と言うのも確からしい。
リスクのある賭けだったが、結果として応急処置は成功した。Gを多く抽出した私の血液を摂取させることで、グレーテルの体内に送り込まれたT-ウイルスは確実に弱体化している。今までは数時間も保たないであろう絶望的な状況だったが、この様子ならまだ1日以上は猶予がある。彼女の身に姉同様のTに対する抗体が備わっていることも功を奏した。
グレーテルの命を確実に救うためにも、これ以上の処置には正規のワクチンが必要だ。あの憎きネメシスから打ち込まれた特濃のT-ウイルス──それを完全に無害化させるには、私の血から独力で抽出できる程度のGだけじゃ足りない。
幸いにも、ワクチンに関する手掛かりは、セーフルーム目的で立ち寄った警察署で入手できた。市内のスペンサー記念病院、そこに居るとされるアンブレラ社のT-ウイルスワクチン開発主任──ナサニエル・バード。そいつをひっ捕まえればワクチンは入手できるはず。署内のメインホールに書置きを放置していた人物には感謝してもし足りない。
警察署を後にしてすぐ、T-ウイルスの影響で巨大化したと思われるワニから追い掛けられた際は「ウソでしょ……」と思ったものだが、その脅威も無事に排除できた。
ワニに罪は無かったけど、全部アンブレラが悪い。早くアンブレラをブッ潰したい。
逸る復讐心は抑えられないが、先立つ物が無ければ復讐もできない。まずはワクチンを入手してグレーテルを救う、そのことだけに尽力しよう。
時刻は間もなく21時を回る。
忌まわしい地下研究所の脱出を企てた時から、丸1日が経とうとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
21:30、ようやくスペンサー記念病院に到着した。
入口や窓は特に閉鎖されていない……しかし、院内から人々の気配を感じ取ることもできない。善良な医療従事者が限界まで感染者を迎え入れていたものの、最後には……といったところか。
何にせよ、侵入に苦労しなくて済むのなら、こちらとしてはありがたい。
正面玄関から院内へ入り、すぐ手前に見えた臨時治療室の扉を開いた。
「……先客が居る?」
見れば、室内のベッドには1人の若い女性が寝かされていた。
華奢な体だが、鍛え上げられた良いスタイルをしている。何より、ベッドの傍らに置かれた火器の数々は、この女性が戦士であることを物語っていた。
しかし、さぞや聡明な輝きを帯びているであろう彼女の瞳を、今は垣間見ることすらできない。
「間違いない。この人も、感染してる」
「──っ、銃声!」
彼女を救うため、他の仲間が来ている。上階から聞こえた銃声で、その推理を確定させた。
もしかしたら、警察署で書置きを残していた人物かもしれない。だとすれば同じ標的──バードを探している者同士、協力を申し出ることもできる。ワクチン入手は1秒でも早いほど良い、可能な限りの手は打つべきだ。
「ここで待っていてね、グレーテル。お姉ちゃんが必ず治してあげるから」
室内にもう1つあるベッドにグレーテルを寝かせる。先客も同じ判断をしている以上、この部屋は他より比較的安全なはず。そうでなくとも、見えた敵は片端から駆逐するだけのこと。
行動指針が定まれば、あとは走るのみだ。足早に臨時治療室を後にした。
銃声の聞こえた地点を辿り、2階へと直行。先客のおかげか、音を立てるような戦闘行為も無くスムーズに進めていた。
最後の銃声があったのは、すぐ先のロッカールーム前だ。これなら合流も容易い……そう思った矢先、強い殺意を孕んだ存在が、私よりも先にその地点へ猛進しているのが感知できた。その気配には覚えがある。
「あの爬虫類怪人……それも改良型の厄介な方だ、多分」
火器を扱える人間であれば、決して及ばない相手ではない。それでも万が一、あの打たれ強さを上回る武装と、素早さに対抗できる反応力が無いのなら、十分な脅威には違いない。
協力者を失う最悪の可能性は避けなければならない。こちらも当地点へ急行し──目前の男性へ今にも飛び掛からんとする生物兵器の背後を捉えた時。
「危ないッ!!」
深く考えるよりも先に、私の身体は自然と動いていた。
敵のガラ空きな背中へと、電撃を帯びた右の掌底を叩き込む。絶命に至らせるだけの力加減にも慣れてしまったもので、無事に一撃で葬ることができた。
……まあ、私の状況は全くもって無事じゃなくなったけど。
「一撃で……君は何者だ!」
銃口こそ突き付けられていないものの、しっかりと警戒されてしまう私。残念でもないし当然の結果である。やってしまったことを悔やんでも意味は無い。危機的状況にある人を見過ごせない、そんな善性が私の中にもあったのだという発見を喜んでおこう。
とは言え、最初から手助けの必要なんて無かったかもしれないのだが。無造作な髪型と無精髭が目立つワイルドな風貌をした、この男性……これまでに潜り抜けて来た戦場の数を思わせるような鋼の肉体と精悍な顔付きを見るに、戦士であることは確定的に明らかだし。
仕方ない、切り替えていけ。
当初の計画では、ただ災害に巻き込まれただけの無力な少女を演じて庇護を求めるつもりだったが、ここは自力でもある程度は戦える逞しい女性へとシフトチェンジしよう。こんなこともあろうかと、役に立ちそうなものは道中で入手している。
「そう身構えないでください、私は見ての通りの小娘ですよ? ゾンビに嚙まれたりはしてませんし……ましてや、こんな出来損ないの
生物兵器であることはともかく、もはや仲間じゃないことは確かだ。そんなことを思いながら、努めて少女らしく朗らかに振舞いつつ、懐から
「私は──イザベラ・ヘルナンデス。この警察手帳に載っている男が、私の父です」
言いながら私が見せたのは、道端の死体から拝借していた警察手帳。この持ち主であった人物の姓を借り、イザベラの名を借りる。もしも健常な生存者と出会えることがあった際、名乗りが兵器としてのコードネームでは怪しまれるだろうと考えての用意だった。
万が一、相手が持ち主の知り合いであれば一発アウトだが……こんな状況だ。そうでないなら、裏を取られることもなく信じてもらえる。
「……俺はカルロス・オリヴェイラだ。U.B.C.S.──アンブレラのバイオハザード対策部隊さ」
「アンブレラ? それは──」
他ならぬバイオハザードを引き起こした元凶じゃないか。その組織に属している者が何を──と問おうとして、思い留まる。
ただの一般市民を演じるなら、そんな知り得るはずもない情報を知っているのは不自然だから、という理由もある。でもそれ以上に、おそらく目の前の彼──カルロスもまた、アンブレラの暗部など知らないのではないかという推論に至ったからだ。
何も知らず、だからこそ、彼はここで命を懸けて戦えているのではないかと。そう思ったから。
「──それは、お疲れ様です……と、市民を代表して言わせていただきますね。ついでに、こんな肝試しスポットと化した病院で何をしているのか、お訊かせ願いたいのですが……まぁそれは貴方の台詞でもありますかね?」
「当たり前だ! 君のようなレディが、どうしてこんなところに1人で居る!? 親御さんはどうした? そもそも未感染なら、今までにも何度か街を脱出できる機会はあったはずだろう!」
……随分とまぁ、こんな胡散臭い小娘を真面目に心配してくれるものだ。これは先ほどの推論を確信に変えても良いかもしれない。
だからこそ、今は嘘と演技を重ねなければならないことが心苦しいが──その分、混ぜ込む真実には、こちらも本気を込めよう。
「……父も母も、不幸な事故に巻き込まれました。今じゃこのハンドガンが形見のようなもの……そして私には、この形見を使ってでも救わなくちゃならない、愛する妹がいます。──貴方も同じでしょう、カルロス? 臨時治療室で寝かされていた女性……あの人を救うため、ここへ訪れた」
そう言って突き付けたのは、警察署のメインホールで入手した書置き。それを見たカルロスが「タイレルの筆跡……」と呟いた。どうやら残したのはカルロス本人ではなかったが、彼の仲間のおかげだったようなので似たようなものか。
「……ジルを見たんだな。じゃあ君も、ウイルスのワクチンを求めてこの病院に来たのか」
「ふざけたハゲ頭の怪人に、妹が傷を負わされました。幸いゾンビにはなっていませんが、意識を失い高熱に苦しんでいます。
結局、正体を偽ってでも訴えたいのはそれだ。カルロスの協力があれば、ワクチンを捜索する難易度は大きく下がる。正直に言えば利益は私にしか無い。だがそれでも、打てる手を惜しむことはできないのだから。
「お願いですカルロス、ワクチンの捜索を私に手伝わせてください。貴方がプロであることは承知しています、それでも絶対に足を引っ張ることは無いと約束します。ですから、どうか……!」
嘘も演技も混じらせない、正真正銘の私の嘆願。僅かな沈黙を挟んで、カルロスは口を開いた。
「……まず、断じて
「っ、それなら……!」
「ああ、喜んでエスコートさせてもらうよイザベラ。俺がレディの頼みをすげなく断るような男に見えてたか? そもそも……未だに信じ難くはあるが、君には既に借りがあるんだからな」
そう言ってカルロスは曇りなく笑い、こちらに手を差し伸べてくる。
……思えば、グレーテル以外の人間と、ここまで話し合えたのが初めてだ。
「──ええ、その通りですよ? 命の恩人を丁重にエスコートしてくださいね、カルロス」
その相手が、カルロス・オリヴェイラで良かったと心から感じて。
差し伸べられた大きな手と、固い握手を交わした。
「それにしても、随分と銃の扱いに慣れてるレディじゃないか! 親御さんに習ったのか?」
「ええ、一通り。こんな形で実践する日が来るとは思いませんでしたけど、ねっ!」
「ああ全くだ。俺も警察署で警官のゾンビを撃った時に考えたが……病院でお医者様を撃つなんてヤバいよな、っとお!」
「そう深刻に考えるべきじゃありませんよ。どうやら皆さん、お医者様のくせに夜更かしと夜食が大好きな困った方々のようですから。私たちが寝かしつけてあげないとダメです」
「なるほど。じゃあ腹一杯で眠くなるまで食べさせてやるか、弾丸をな!」
軽口を叩き合いながら、共に院内の探索を続ける。
正体を偽っている私が使えるのはハンドガンだけだが、カルロスが頼りになるおかげで戦闘も苦にはならない。援護に徹していれば、それで十分だ。
「……カルロス、さっきと同じトカゲ男が来ますよ。ナースセンターのある位置から……あと15秒もすれば姿が見えるはずです」
「なにっ、分かるのか?」
「耳の良さには自信がありまして。この部屋へ入る前に迎え撃ちましょう、閃光手榴弾を用意してください。あの素早さは面倒なので、確実に足止めしてから制圧します」
「了解だ。冷静なブレーンが居て助かるよ、初対面の時みたいに君が一発で片付けてくれるならもっと助かるが。結局あの時は何を使ったんだ?」
「そりゃ奥の手ですよ、とびきり刺激的な。そういうの、女性なら誰しも持ってるモノでしょう? 軽々しく乱用はできませんので、あしからず」
「なんだか誤魔化されてる気もするが……詮索は止めておこう。次は俺が火傷しそうだ」
「よろしい。配慮のできる男性は素敵ですよ、カルロス」
急ぎ足でも焦ることは無く、障害を薙ぎ倒して突き進む。
必要な物を揃え、奥の研究室へと辿り着くまでの時間は、不思議と短く感じられた。
「開け、ゴマ」
『音声データと一致しません』
「何やってんですか。多分コレ、このカセットテープの中身が鍵の代わりになりそうですよ」
研究室のロックを解除するため、音声認証端末へ向けたカセットプレイヤーを起動する。
そこから再生された録音内容は、ナサニエル・バードという人間の品性を疑えるもので。
『ピカピカにするのが専門だろ。もう行け、このことは内密にしろ──』
「……おいおい、とんだゲス野郎だな」
「人間の屑、ってやつですねー。この調子だと、見ず知らずの私たちに大人しくワクチンを渡してくれるかも怪しいものです」
「まあ、その時はその時さ。こっちは最初から、ひっ捕まえるつもりで来てるんだ」
そんなカルロスの物言いに私も同意を示して、研究室の扉を開け放つ。果たして室内の椅子に座っていたバードは──銃弾に額を撃ち抜かれ、既に死んでいた。
死人に口なし。ワクチンについては自分たちの手で捜さなければならない。
「バード博士……! ──タイレル! バードは死んだ、撃たれてる!」
『マジかよ、ワクチンは? PCがあるはずだ、それで調べてみろ!』
「カルロス、こっちです! このPCが生きてます、メールとか漁ってみましょう!」
『……おいカルロス、今聞こえた可愛らしいレディの声は何だ? 俺の過労から来た幻聴か?』
「そうかもな、疲れてるお前に長話をするのも酷だ。ワクチンを見つけたら、また掛け直す」
仲間との通話を終えたカルロスを隣に呼び、PCから情報を搔き集める。
見つかった情報は2つ。1つ目は、目的のワクチンサンプルが──奇跡的に2人分──ここで確かに保管されているという朗報。この病院の地下には備蓄もあると言う。
そして、もう1つが……バードによるアンブレラへの告発映像。
『──……今この街を襲っている災害の原因は全て、生物兵器であるT-ウイルスの漏洩にある。そのウイルスを作ったのは私の雇い主、アンブレラ社だ──……だが上層部は保身のため処分しようとしている、さらにウイルスの存在を示す証拠を全て消そうと──……』
この告発は、飽くまでも己の名誉回復を狙った、保身のためのものだろう。
しかし、それでも今の映像は──カルロスが真実を知るに至る証拠として、十全に機能した。
「……ジルは最初から分かってた……なのに俺を信じてくれた。──くそっ!」
憤懣遣る方無い、とは正に彼の姿を指す言葉か。
今まで信じていた組織に裏切られる気持ち、ジルという人間の雄姿。どちらも知らない私には、カルロスを慰めることなどできない。
できることがあるとすれば──為すべきことを為す、それを貫く姿を私が見せ続けること。
「カルロス……貴方の痛みも、嘆きも、理解できるなんて言えません。だけど、こういう時だからこそ……まずは手を伸ばせるところから確実に。そうでしょう?」
保冷庫から拝借した2人分のワクチンサンプル、その片方を手渡す。
これで大切な命は救える。まずは、それをカルロスと一緒に喜びたくて。
「──ああ、そうだな。……待ってろよジル、少しの辛抱だ」
手にしたワクチンの注射器を握るカルロスの顔には、既に雑念など無くなっていた。
……やっぱり強い人だ。どんな苦境に立たされても取り乱すことなく前へと進める戦士。ベッドの上で彼を待つジルさんが、とても羨ましく思えてしまう。
──私の中で燃え盛る、復讐の炎。弱まることなく、今もまた強く爆ぜた。
アンブレラがカルロスへと突き付けた絶望。何十倍にも何百倍にもして、突き返そう。
この街から抜け出して、必ずアンブレラの首を圧し折ってやる。
原作みたいな洒落た台詞の応酬を書きたいと思うのは二次創作者の性。
私は読者の皆様に満足していただければ十分……!(つーか これが限界)