【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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ここからしばらく勇者近辺の幕間が続きます。


幕間2 ある男と大男は救出する

 街は闘技大会の祭りのような盛り上がりから、次第に戦争の勝利への熱狂に移り変わっているように見えた。皇帝の発した宣戦布告が人の噂と共に広がっているのだろう。住民の大半が祖国の勝利を望み、信じ、願って止まない。

 

「(実は魔物と手を組んでいる、などと知れたらどうなってしまうのだろうな)」

 

 ジャイールと共に熱狂に沸くデーゲンシュタットの大通りを駆けながら、オレは胸中でそんなことを思う。

 

 魔物はアスティマ――邪神が生み出したと言われる、人類の明確な敵だ。本能で他の生物を襲い、生きながらにして穢れを発し、死した後はさらなる穢れを周囲に撒き散らす、唾棄(だき)すべき存在。

 アスタリア教徒はこれを存在そのものが悪として、見つけ次第駆除するよう推奨(悪を駆除する=悪の世界を減少させる という善行になるらしい)しているほどだ。そんなものと手を組んだと知れば……

 

「(敬虔なアスタリア教徒なら耐えられんだろうな)」

 

 教義で禁止されているため自殺まではしないだろうが、自暴自棄にはなるだろう。まぁ、長く戦地であり続けたこの街では、世界を創造した女神より、勝利を司る戦神のほうが信仰されているそうだが。自殺はなくとも、武器を手に魔物に特攻するくらいはあるかもしれん。

 

「あそこだ!」

 

 この街の冒険者の先導で、件の収容所が目視できる位置まで辿り着いた。ここからは路地裏に入り、物陰から突入のタイミングを見定める必要がある。

 

 元はただの兵舎だったという収容所は、石造りで二階建ての簡素な建物だった。街として発展するにつれ兵舎としての務めは必要なくなった(城壁の傍に新造の兵舎があるらしい)が、軽犯罪者(特に祭りで浮かれた類)を収容しておくには有用だったため、こんな大通りの傍に残り続けているのだとか。

 

「表の見張りは二人か……やはり外に展開された軍や、出入り口と闘技場の封鎖に人員を割かれてるらしいな。祭りの混乱に乗じれば、不意を突いて倒せるだろう」

 

 先導していた冒険者の一人、戦士風の男が、こちらに聞こえるように呟く。

 

 こちらの戦力はオレとジャイールに加え、〈盾の守り人亭〉の店主から紹介された四人組の冒険者たち(内訳は、男剣士、女盗賊、女神官、男魔術師)。数が多すぎると目立つし身動きが取りづらいため、道案内と人手の確保に一パーティーだけ借りてきた。

 闘技場のほうには別の冒険者パーティーを待機させてある。こちらの解放が済み次第そちらに合流し、共に皇帝を襲撃する手筈だ。

 

「よし、行くか」

 

「おう」

 

 オレはジャイールに声を掛け、物陰から無造作に足を踏み出す。ジャイールも同様に歩き出し、同時に収容所に近づいていく。

 

「ちょ、おい、あんたら――」

 

 背後から戦士の戸惑いの声が聞こえてきたが、とりあえず無視だ。今は時間が惜しい。

 大通りを進む人の流れに紛れて歩を進め、収容所の前まで近づく。見張りの兵士がこちらに目を向け――る前に駆け出し、懐から短剣を取り出したオレは、短剣の柄で兵士の顔を殴りつける。

 

「ぐぁっ!?」

 

 吹き飛び、仰向けに倒れる兵士。上手く今ので意識を奪えたらしい。起き上がることなく地面に寝そべる。そしてもう一人の見張りは……

 

「がっ……」

 

 ジャイールの大剣の腹で頭部を叩かれ、やはり地面に倒れ伏していた。

 

 通行人の一部が少しざわついたが、やがて街の喧騒にかき消されていく。凶行を止めるべき兵士は目の前でのびており、他に(とが)め立てする者もいない。

 わずかに遅れて、冒険者の四人組がこちらにやってくる。

 

「……ずいぶん、手馴れてるんだな」

 

「そんなことはないさ」

 

 まさか普段からこうやって生きているなどと言えるわけもなく、適当に返事をして誤魔化す。

 

「それより、今のうちに中に入るぞ。速やかに目的の人物を見つけねばならん」

 

「ああ、そうだな」

 

 騒ぎが広がればさすがに警備の兵士や騎士がこちらに派遣されるかもしれない。その前に目標を確保すべく、我々は収容所内に侵入した。

 

 

   ***

 

 

 ギ、ィィィィ……

 

 (きし)んだ音を立てて、鉄格子の扉が開く。

 

「ここにいたか、勇者のお嬢さん」

 

「あなたは……」

 

 室内で膝を抱えて座っていた少女――名は確か、アルメリナ・アスターシアと言ったか――が、驚きに目を見開く。

 

 鎧は纏ったままだが、室内に武器は見当たらない。没収されたのだろう。手錠は既に外されていた。

 

 彼女とはわずかに面識があるのだが、関係性はそれだけだ。助けに来る人物としては、予想外と言うほかないだろう。

 

 収容所内に入り込んだ我々は、内部を警邏(けいら)していた守衛を昏倒させ、鍵を奪い、目的の人物を探した。

 所内の扉は鉄格子が填められて(兵舎だった頃は木製の扉だったらしい)おり、中に誰がいるかを確認するのは容易だった。首尾よく勇者を見つけ出し、扉の鍵を開けるに至る。

 

「ここから出してくれるんですか? でも、どうしてあなたがここに……?」

 

「君の救出を依頼されてな。珍しく人助けなどしているわけだ」

 

「依頼……?」

 

「ああ。アレニエ・リエスという名に憶えは?」

 

「! 師匠!?」

 

「師匠?」

 

「はい。ぼくの、剣の師匠なんです。そっか、師匠が……」

 

 彼女がしみじみと噛み締めている間、後ろでジャイールのやつが、「勇者の嬢ちゃんの師匠だぁ? あいつ、そんな面白そうなことしてるの隠してやがったのか」とか呟いていたが、面倒なので無視しておく。

 

「でも、師匠自身は、どこに? どうして依頼なんて出して……」

 

「アレニエ嬢は別の依頼があってな。この場には来られなかった」

 

「別の、依頼……そうですか……」

 

 少し寂しそうにしょんぼりする勇者の少女。ずいぶん懐かれているじゃないか、アレニエ嬢。

 

「こっちも見つけたぞ! 鍵をくれ!」

 

「ああ」

 

 分担して二階を探索していた冒険者たちが、階段からこちらに呼び掛ける。オレは持っている鍵束(守衛の部屋で見つけたのはこの一束だけだった)を素直に渡した。向こうには盗賊の少女もおり、自力で鍵開けを試みることもできただろうが、その時間も惜しいのだろう。 

 

「とにかく、今は急いでここを出るべきだ。動けるな?」

 

「はい……あ、ぼくの、仲間たちは!? みんな無事ですか!?」

 

「そちらはこれからだ。手分けして探すぞ」

 

「はい!」

 

 威勢よく返事をし、彼女は各扉を鉄格子越しに探し始める。やがて二階を探していた四人組も首尾よく要人を確保したのか、背後に見慣れない男性三人を引き連れて戻ってきたので、鍵束を受け取り、残った勇者の守護者たちを順に解放していく。

 

「シエラ! アニエス! エカル! みんな、よかった……!」

 

「勇者さま!」

 

 勇者パーティー感動の再会。特に神官の少女が熱烈に勇者に抱擁し、無事を確かめ合う。あまり興味はなかったため、オレはその間、彼女らの装備を求めて収容所内を探索していた。

 

 勇者一行と捕縛されていた騎士の武装と思しき物は、とある部屋の一室(見たところ、遺失物置き場のようだった)にまとめて置かれていた。それぞれに渡し、武装を整えてもらったところで、こちらの目的を告げる。

 

「我々はこれから闘技場に向かい、皇帝を襲撃する」

 

「えっ……!?」

 

「皇帝は魔物と結託し、パルティールを、そしてその途上にあるルーナを攻め落とすつもりだ。それを阻止するため、皇帝に布告を撤回させ、その報せをもって軍を停止させる」

 

「あぁ……やはり陛下は決行してしまわれたのか」

 

 解放された一人、がっしりした体格の中年の騎士が、嘆くように言葉を漏らした。

 

「計画を聞いた我々は陛下を止めるべくその場で(いさ)めたのだが、聞き入れてはもらえなかった。おかげでここに拘束されてしまってな……君たちが我々を解放したのは、つまり……」

 

「皇帝を打ち倒し、布告を撤回させる。だが素直に聞き入れない場合は――」

 

「我々のうちから代理を立て、軍に撤退命令を下させる。そういうことか」

 

「そうだ。できるか?」

 

「ああ。やってみせよう。こう見えて私は騎士団長だからな。帝国の御旗を持参して呼びかければ、進軍を止めるくらいはできるだろう」

 

 団長だったのか。

 

「あの……ぼくたちも、連れて行ってください」

 

 続けて声を上げたのは勇者の少女、アルメリナ嬢。

 

「もちろん手伝ってもらうとも。なにしろ闘技場を封鎖している騎士や兵士を我々だけで相手取らなければならないからな。人手は多いに越したことはない――」

 

「いえ、それはもちろん協力しますけど、そうじゃなくて……」

 

「?」

 

「その、できれば皇帝さんと戦うのは、ぼくにやらせてほしいんです」

 

「はぁ? あの皇帝は俺の獲物だぞ。いくら勇者の嬢ちゃんでも譲るわけには――」

 

「ジャイール。少し黙っていろ」

 

 振り向かず、手振りで背後の大男を黙らせ、少女に続きを促す。

 

「何か、理由でも?」

 

「……さっき、闘技場で彼は、ぼくを――勇者を、殺そうとしていました。そして言われたんです。「魔王を討伐されては困る」と。それが、どうしても気になっていて……だから戦いたい、というより、その前に話をしたいんです。それに……」

 

「それに?」

 

「どちらにしても倒して言うことを聞かせるっていうなら、こんな小娘に倒されるほうが一層(こた)えると思うんですけど……どうでしょうか」

 

「ふむ……」

 

 しばし考えながら、目の前の少女を値踏みする。

 

 以前出会った際はなんの経験もない少女にしか見えなかったが、今日観客席から見た戦いぶりは存外様になっていた。短い間によほど鍛錬と経験を積んだ(アレニエ嬢が教えていただって?)のだろう。皇帝ともやり合えるかもしれない。

 それに確かに、こんな小柄な少女に力で打ち負かされるほうが、より皇帝の心を折れるかもしれない。

 

「いいだろう。ひとまず皇帝は君に任せよう。だが危険だと判断した場合、即座にジャイールと交代してもらう。いいな?」

 

「分かりました」

 

「俺は後回しかよ……」

 

「そう言うな。獲物は皇帝以外にもいるだろう。常に最前線で鍛え上げられているという帝国の騎士たちが。十分に楽しめると思うぞ」

 

「フン……分かったよ。とりあえずそれで我慢してやる。……あの中じゃ、皇帝が一番やりそうだったんだがなぁ」

 

 まだ少しぶつぶつと漏らしていたが、ひとまずは納得してくれたようだ。基本扱いやすくはあるが、餌を与えねば不機嫌になるのが難点だな、こいつは。

 

「さて、それでは次に進むとしよう」

 

 集まった人員の前で宣言し、皆で収容所を後にする。

 向かう先は、本日二度目の闘技場。今度は見る側ではなく、戦う側としてだ。

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