【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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幕間3 ある勇者は質問する①

 ――命を狙われたのは、これが初めてじゃない。以前は、ぼくが勇者に相応しくないとして、パルティールの貴族に殺し屋を差し向けられたこともある。

 その理由に納得はできなくとも、理解はできる。ぼくに足りてないものが多いのは事実だ。もっと実力も、人格も、ぼく以上に勇者に相応しい人は大勢いる。その人たちを勇者として担ぎ上げたいというのは、理由としては、分からなくもない。

 

 ただ、あの皇帝は違う。ぼく自身の資質に不満を覚えてではなく、勇者という肩書きだけに憎しみを向けて、ぼくを殺そうとしたように感じた。

 

 怖かった。殺意をぶつけられたこと、物理的に襲い来る鋭い鋼の圧力ももちろんだけど、それをされた理由が理解できないことが怖かった。分からないことが、怖かった。

 だから、知りたいと思う。少なくとも、知る努力はするべきだと、そう思うのだ。

 

 

  ***

 

 

 闘技場に辿り着き、待機していた冒険者パーティーと合流したぼくらは、一斉に行動を開始した。

 集まった人員を二つに分け、一方は観客席を抑えている兵士たちの相手を、もう一方は一階の戦場を制圧している騎士たちを、それぞれ相手取ることになった。ぼくたちのパーティー四人と、ヴィドさんジャイールさんの二人、それにもう一組の冒険者パーティー四人。計十名が、一階の戦場担当だ。

 

 扉を強く開き、戦場に雪崩れ込む。不意をつけたのか、帝国の騎士たちはまだ迎撃の準備が整っていない。見るからに狼狽(うろた)えている。

 機を逃がさず攻め立て、動揺する騎士たちを打ち倒してゆく。ぼくも奮闘したつもりだったが、特にジャイールさんの活躍が目覚ましかった。活き活きと大剣を振るい、次々と相手を気絶(穢れを忌避してか、死者を出さないようにしてくれたみたいだ)させていく。

 

 気づけば取り巻きは全員倒れ伏し、残るは皇帝ただ一人となる。

 

 戦場には、捕らえられた出場者と、それを見張る騎士もまだ残っていたが、シエラやエカル、ジャイールさんたちが即座に向かい、各々武器を振るう(アニエスはぼくの補佐をするためか、後ろについてきていた)。

 

 ちらりと目を向ければ、観客席のほうも順調に制圧が進んでいるようだった。

 この時点で、闘技場の解放はほとんど成功したと言えるだろう。けれど……

 

「まさか、これほど迅速に対処してくるとはな……ずいぶん早い再会じゃないか、勇者殿」

 

「皇帝さん……」

 

 この状況でも不敵な態度を崩さない男。ハイラント帝国皇帝、シャルフ・フォラウス・ハイラント。

 彼を、彼の意気を挫かない限り完全な解放とは言えず、戦争も止められない。

 ぼくは遮る者がいなくなった戦場に一歩踏み出し、目の前の男に問いかけた。

 

「……どうして、あんなことを言ったんですか」

 

「あんなこと?」

 

「ここで、ぼくを捕まえる前に言ったことです! 魔王を討伐されては困る、だなんて……!」

 

「なんだ? お前はそんなことを聞くためにわざわざここに戻ってきたのか?」

 

「そんなこと……!? そんなことって……! この世界はいつだって魔物の脅威に晒されていて、魔王が健在なら、それはさらに広がるかもしれないんですよ!? なのに……!」

 

「では、反対に問うが」

 

 声の調子だけでこちらを押し(とど)め、皇帝が口を開く。

 

「お前は、他国の代わりに魔物と戦う我が帝国を、少しでも気にかけたことはあったか?」

 

「っ……それ、は……」

 

 パルティールで暮らしている頃は、帝国のことは名前と、魔物の侵攻を食い止める盾の役割を負っているという情報しか知らなかった。それ以上のことは、遠い異国の出来事として、気に留めてもいなかった……

 

「まぁ、そんなものだろう。お前たちは、自らが護られていることも知らず安穏と暮らすだけの愚者だ。代わりに誰かが血を流しているなど、普段から想像もしていない。護られるのが当然と考える唾棄すべき存在だ。だから――」

 

 皇帝が、ギラリとこちらに視線を向ける。

 

「だから思い知らせてやるのさ。我らの苦痛を。今回の戦を皮切りに、全世界に等しく魔物の脅威を押し広げ、強制的に我らと同じ立場を味わわせる。そのために魔王の存在も利用する。奴がそこに在るだけで、魔物は活発化し、増殖し、いずれ世界中に広がっていくからな」

 

 魔物の脅威を、全世界に……!? だから、魔王を討伐されては困るって……!?

 

「そんなことをしたら、真っ先に魔物に侵略されるのは、この国でしょう……!?」

 

 ぼくの背後からアニエスが疑問を投げかける。けれどそれに対して返された答えは、ぼくへと向けられていた。

 

「問題はない。お前がいる」

 

「ぼく……? ぼくが、何を……」

 

「我らは奴らと同盟を結んだ。世界が侵略されようと、我が帝国だけは攻め込まれぬよう取り計らっている。見返りは勇者――お前の身柄だ」

 

「魔物と、取引……!? だから、ぼくを捕まえて……?」

 

「そうだ。パルティールの象徴とも言える勇者を差し出すことでこの国の安全を図り、我らの怒りを世界に思い知らせることもできる。これは一石二鳥の作戦だったのだ。故にお前には――」

 

 そう語る皇帝の目は、確かに怒りや憎しみで満ちていたけれど、もう一つ、強い信念のようなものが感じられて……

 あぁ、そうか。この人は……

 

「……あなたは、許せないんですね。この国の人たちが傷つくことが。その原因を生み出したパルティールが」

 

 ピクリと、皇帝の表情がわずかに変わる。

 

「……お前に何が分かる。使命に従うだけのパルティールの犬風情が」

 

「分かりません……ぼくは、あなたのように憎しみに狂ったことは――悪魔の声を聞いたことは、ないから。でも、どうしてこんなことをしたのか、理解はできたつもりです。だから――」

 

 ぼくは握っていた長剣を改めて構え直し、皇帝と対峙する。

 

「ここで、あなたを止めます。魔物との同盟も、今回の戦争も、この国にとって決して良いことではないと思うから」

 

「……我が帝国の未来を……お前が語るな、勇者!」

 

 皇帝が鞘に納めていた大剣を引き抜き、猛然とこちらに斬りかかってくる。ぼくは下がらず、むしろ一歩前に出て、相手の力が乗り切る前に正面で一撃を受け止める、

 

 ガキィン――!

 

 ――重い。

 重量のある大剣と、それを振り回す腕力と技術。ジャイールさんが楽しみにしていたのも分かる。この人は本当に強い。

 

「ハっ! 一度ならず二度までもオレの剣を防ぐか! まぐれではなかったようだな!」

 

 さらに力を込め、こちらを圧し斬ろうとする皇帝に対し、こちらも反発するように力を入れ……反対に、押し返す。

 

「何……!?」

 

 皇帝が、わずかに驚いたように呻くのが聞こえた。

 

 ぼくには、常に全身の力を増強させる神の加護、〈超腕〉がある。単純な力比べなら、大抵の相手には負けない。

 そうして後方に下がる皇帝に追撃するべく、ぼくは後ろ脚に力を込めようとしたが、そこへ――

 

「下がってください、勇者さま!」

 

 背後から、アニエスの制止の声が飛ぶ。

 その声に素直に従い、一歩後ろに退いたところで……

 

「《攻の章、第三節。閃光の尖塔……フラッシュピラー!》」

 

 宣言と共に皇帝の足元が一瞬光り、次の瞬間にはそこから光の柱が突き立ち、天を()く。

 

 炸裂した法術に戦場の砂が巻き上げられ、砂煙が広がる。少しの間遮られた視界の向こうを警戒して覗き込んでいたのも束の間……皇帝が砂塵を突き破り、アニエスに向かって突進してくるのが見えた。

 

「邪魔をするな、神官の小娘っ!」

 

 咄嗟に大剣を盾にして防いだのか、皇帝はわずかに傷を負っていたが、それだけだった。動きを止めるには程遠く、術を放ったアニエスを仕留めようと武器を振りかぶってくる。

 

「アニエス、下がってて!」

 

「でも、勇者さま……!」

 

「いいからっ!」

 

 進行方向を遮り、振るわれる大剣を再び防ぐ。今度は押し合いにはならず、ぶつかった剣と剣が反発し、弾かれ合う。

 そしてまた、剣を打ちつけ合う。鋼と鋼が衝突し、辺りに重い金属音を響かせる。何度か続けられたそのぶつかり合いは、傍目(はため)からは互角に見えたかもしれない。が、徐々に、均衡(きんこう)が崩れ始める。

 

 ギィン!

 

「ぬ……!」

 

 ギィン!

 

「く……! 馬鹿な……オレが打ち負ける、だと……!?」

 

 受け入れ難いというように、皇帝が顔を歪める。

 おそらく、技量は彼のほうがわずかに高い。けれど腕力ではぼくが上だ。単純な力比べなら、こちらに分がある――!

 

「舐めるな、勇者ぁ!」

 

 皇帝が吼えながら、今までよりも強く、これまでよりも速く、大剣を振り下ろす。さっきまでと同じようにぶつけて相殺しようとしても間に合わず、こちらが先に斬られてしまうタイミングだ。

 だけど――だから。ぼくは恐怖を押し殺しながら一歩踏み出し、頭上に掲げた剣で相手の攻撃を受け止めつつ、その斬撃の道筋がほんの少しずれるように、傾ける。

 

 ギャリィン――!

 

「な、に……!?」

 

 師匠に教わった防御の方法。相手の攻撃の受け流し方。その成果は今まさに発揮され、必殺の一撃を無力化してくれる。

 皇帝の剣は道筋をずらされ、その先の地面に強く打ちつけられる。砂が舞い、辺りに煙のように広がる。

 

 皇帝は剣を打ちつけた姿勢からまだ動けない。けれどこちらも、皇帝の剛剣を受けた腕が痺れ、剣を取り落としてしまう。

 それを見て、皇帝が獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる。勝利を確信したのかもしれない。次の瞬間には、武器を失ったぼくを、彼の剣が無残に切り捨てているだろう。その前にぼくは――

 




投稿しようとしたら字数が多すぎる気がしたので2つに分割します。切りどころが中途半端かもしれませんがご了承いただけるとありがたいです。6000字を超えると多いように感じてしまう性質です。
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