【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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幕間7 ある勇者と神の剣

 帝国軍の陣形が崩れたのを確認し、魔族の指揮官が声を張り上げる。

 

「これで目障りな盾は崩れた! さあ行け、魔物共! 奴らを根絶やしにしろ!」

 

 指揮官の命令に魔物たちは咆哮(ほうこう)をもって応え、目の前の兵たちを蹂躙するべく、進軍を再開する。

 さらに加えて、魔族は再び同様の魔術を放とうとしてか、今新たに流れた血をその手に集め始めていた。

 

「(まずい――まずいまずいまずい――!)」

 

 ぼくは、皇帝さんに魔物の対処を託された。なのに……

 

「(このままじゃ、大勢の人が死んじゃう……!)」

 

 盾兵が崩され、剣や槍を持つ兵士もやられてしまえば、後に残るのは後方支援や補給の部隊ばかりだ。彼らが残虐な魔物たちと対面すればどうなるか、火を見るよりも明らかだ。

 

「(ぼくは、そんな光景を見たくなくて……こんな目に遭う人を増やしたくなくて、勇者になったのに……)」

 

 両翼から遊撃している騎士団では、中を護りに行くのは間に合わない。

 ジャイールさんは、先ほど負った怪我のせいで満足に動けない。シエラやアニエス、エカルはもちろん、ヴィドさんや他の冒険者たちも、目の前の魔物に対処するので精一杯だ。

 かといってぼく一人が助けに入っても、精々数体の魔物を討ち取って終わりだ。向こうに向かうまでの間、そして辿り着いて戦う最中(さなか)にも、多くの犠牲が出るのはもはや避けられない……

 

「(……嫌だ、そんなの)」

 

 どうやっても、何をしても多数の死傷者が出る。その絶望に反発するように、胸の内が熱くなっていく。

 

「(助けたい……助けなきゃ!)」

 

 思考が加速し、周囲の時間が重くなっていく。同時に、溢れる激情と使命感が一つになって、胸の炎が燃え上がっていく。そして――

 

 コオオォォォ……!

 

「!?」

 

 ぼくの心に同調するように、手にする神剣から熱が伝わる。

 

「(これは……)」

 

 どこかで、聞いたことがある。神剣は、持ち主の善い思考――善思が強いほど、その秘めた力を引き出せるのだと。

 ぼくの心が、剣が求める善思に値するのかは分からない。けれど、今この時に、その力を貸してくれるというのなら。

 

 剣から伝わる熱のようなもの――清浄な魔力の(ほとばし)りに身を任せる。それはやがてぼくの全身に及び、暖かさに包まれていく。そして、もう一つ伝わるものがある。

 

「(分かる……神剣の使い方が……今、何ができるのか……!)」

 

「シエラ!」

 

 仲間の一人に短く呼び掛ける。

 

「少しの間でいい! 時間を稼いで!」

 

「……! 分かりました!」

 

 神剣から溢れる力を彼女も感じ取ったのだろうか。状況を打開できる可能性に賭け、ぼくの申し出を快諾(かいだく)してくれる。

 

 魔物たちは、本能的にそれが危険だと理解したのだろうか。無作為だった狙いをぼくのほうに集中させつつあるようだった。が、その全てをシエラが遮り、手にする槍で払い、突き殺していく。その背に胸中で感謝し、ぼくは意識を集中させる。

 同時に、戦場を暴れ回る魔物たちを見据える。その脅威に(さら)される人たちの姿も。抗い、戦う人たちの姿も。

 それら全てを視界に収め、ぼくは神剣を肩に担ぐように構えた。

 

 そして、唱える。

 

「《――私は『神剣』という名である》」

 

「《――私は『義なる者』という名である》」

 

「《――私は『魔を払う』という名である》」

 

「《――私は『清浄をもたらす』という名である》」

 

「《――私は『輝く光輪』という名である》」

 

「《――私は『到達する者』という名である》」

 

「《……これらの名が汝に力を与える。これらの名が汝に勝利を与える。我が名の力と勝利もて、彼らの敵意を破壊せよ!》」

 

 オオオォォォ……!

 

 神剣の力が増していく。剣を通して、ぼくの身にも力が流れ込んでくる。

 やがてそれが最高潮に達したところで、ぼくは目を見開き、高らかに叫んだ。

 

「《〈神剣……パルヴニール〉!》」

 

 叫びと共に、視界に入る一切を捉えるように、ぼくは神剣を横一文字に薙ぎ払った。

 

 全身に迸る体力・魔力を意識と動作で両手に、その先に握る剣一本に収束させ、身体の中心で剣を振り抜く。師匠に教わった剣の技。それは、無駄なく効率的に、そして鋭く研ぎ澄まし、神剣の力をさらに増幅・先鋭化させてくれる。

 

 一閃と共に、剣から溢れた力が放出される。(まばゆ)い光の奔流となったそれは、本来の剣の長さを遥かに超え、長く遠く伸長し、戦場の全てを呑み込むように広がっていった。陣形を立て直そうとしていた帝国兵も、今まさに襲わんとしていた魔物たちも、等しく光に(さら)われてゆく。

 

「な……!?」

 

 魔族の指揮官が驚きに声を漏らすのが聞こえた。その声も、彼が放とうとしていた魔術も呑み込み、光は戦場を走っていった。

 

 …………

 

 やがて光は収まり、戦場をわずかの間、静寂が包む。

 

 帝国兵たちは混乱していた。

 盾を魔物に突破され、襲い掛かられ、もはや絶体絶命かと覚悟を決めたところを、さらに謎の光に呑み込まれたのだから。自分たちの身に何が起こったのか分からないまま、彼らは恐る恐る目を開いた。すると……

 

「……生き、てる? ……それに、魔物は……?」

 

 兵士の誰かが呟くのが聞こえた。彼の言葉通り、目の前まで迫っていたはずの魔物の群れは、いつの間にか嘘のように消え去っていた。その手に持っていたであろう地面に落ちた武器と、空気中に漂うわずかな穢れだけが、この場に彼らの痕跡を残す。その穢れも、やがて空に溶けるように消えていった。浄化されたのだ。

 

「バ、カ、な……こんな小娘が……神剣を……使いこなしたと、いうのか……おの、れ……」

 

 かろうじて上半身だけを残していた魔族が、驚愕に目を見開いたまま、やはりその身から溢れる穢れを浄化され、煙のように消えていく。

 

 そう。助けたいと強く思ったことがきっかけだったのか、神剣はぼくの願いに応え、秘めた力を発揮してくれた。魔を払い、穢れを浄化するという力を十全に。

 その力は戦場を駆け巡り、魔物と魔族、そしてそれが放とうとしていた悪しき魔術だけを討ち据えた。人間たちには傷一つないはずだ。

 

 戦場の端には、難を逃れた魔物たちがまだ百か二百程度残っていた。パルヴニールの光が届かなかったのだろう。けれどあの数なら、帝国兵が状況を把握し次第、掃討することが……

 

「(あ、れ……?)」

 

 意識がぼんやりする。足元がふらつく。立ち眩みを起こした時のように、視界がまばらに暗く染まってゆく。そこへ――

 

「おのれ、勇者……! かくなるうえは……!」

 

 身体は既に浄化され、頭部だけが残っていた魔族。その瞳が目一杯見開かれ、怪しい輝きを放つ。

 

「我が目に宿りし悪神の加護、邪視の呪い! その身に受けるがいい!」

 

 瞳の光は紋様のようなものを形作り、こちらに向かって吸い込まれるように飛んでくる。

 

「この呪いに侵された者は正常な判断力を失い、誤りしか選択できなくなる! そうなれば貴様はいずれ……!」

 

 魔族の声の勢いに押されるように、形を持った呪いが吸い込まれるようにこちらに近づく。やがて到達したそれが体に触れる前に……ぼくの瞳も光を放ち、形作られた紋様がその身を包み込み、飛来する呪いを打ち消した。

 

「なっ……!」

 

「残念、だったね……ぼくには、呪いの類は、効かないんだ……」

 

 ぼくの瞳に宿る加護、〈聖眼(せいがん)〉。その目は、あらゆる呪いを打ち消し、無効化する。他者にかけられた呪いでさえも解くことが可能だった。

 

「おの、れ……おのれ、勇、者……!」

 

 悔しげに、憎悪を滲ませた声を上げながら、今度こそ魔族は完全に浄化され、風に散っていく。それをこの目で確認したところで……

 

 ドシャっ……

 

 体から力が抜け、そのまま倒れる。

 さっきの神剣の一撃、そして〈聖眼〉で、体力も魔力も振り絞ったのだろうか。指を動かす気力すら湧かなかった。

 

「勇者さま!」

 

「「アルム!」」

 

 仲間たちがぼくを呼ぶ声が聞こえる。心配かけてごめん。

 遠くから、帝国兵たちの雄叫びも聞こえる。おそらく、残った魔物たちの追討が始まったのだろう。

 耳に届くそれら全部が、みんなを無事に護ることができた証のように感じられて……その満足感を胸に、ぼくは残っていた意識を手放した。

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