【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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4節 容疑者三人

 翌朝。

 わたしとリュイスちゃんは部屋を出て階段を降り、一階のロビーに向かった。

 

〈常在戦場亭〉は、朝から人で賑わっていた。

 食堂で朝食を楽しむ者。壁に貼りつけられた依頼書に目を配る者。受付で受注の手続きをする者。様々だ。

 それらを尻目に、わたしたちは昨夜も訪れたソニアが担当する受付に向かう。

 

「アレニエさん! リュイスさん!」

 

 ソニアがわたしたちを発見し、自身の受付カウンターへと招く。彼女の前には、三人の冒険者が並んでいた。

 

 一人は、弓を携えた長身の男性。

 透き通るような金色の髪に、非常に整った容姿。何より特徴的な尖った耳は、エルフと呼ばれる種族の特徴だ。年齢はわたしと同じくらいに見えるが、長寿である彼らは見た目で年齢を測ることが難しい。

 皮製の鎧に身を包み、背には矢筒を背負い、腰には大振りのナイフを提げていた。狩人だろうか。

 

 一人は、細長い槍を背負った初老の男性。こちらは耳が尖っているようなこともなく、一般的な人間に見える。表情は厳しく、目を閉じて黙考している。

 鎧は纏わず、ローブのような衣服しか身に付けていない。背はあまり高くなく、あまり筋肉質にも見えないが、佇まいに隙が無い。わずかに観察しただけでも、相当に腕が立ちそうなのは窺えた。

 

 最後の一人は、若い女性。いや、リュイスちゃんと同じくらいの年齢に見えるし、少女と呼ぶべきだろうか。

 鮮やかな桃色の髪、あまり長くはないそれを、頭の上でツインテールに結っている。エメラルドに輝く大きな瞳。整った目鼻立ち。首に黒いチョーカーを巻いているのが印象的だった。小柄な身体には、わたしと同じような軽装の金属鎧を着込み、腰にはナックルガードのついた細身の剣を差していた。

 

「ソニアさん。彼女たちが、残りの人員ですか?」

 

 エルフの男性が、こちらにちらりと視線を向けながら訊ねる。

 

「はい。彼女たちは昨日この街にやって来られたばかりで、仕事を探しているようでしたので、私のほうから本日の依頼にお誘いしました。魔物討伐に向かうならば、神官の手も必要でしょうから」

 

 という(てい)で一緒の依頼を受けるように、ソニアには根回ししてもらった。わたしたち――特に神官のリュイスちゃんと行動を共にさせてみて、三人の人となりや反応を見極めるためだ。

 

「なるほど」

 

 彼はソニアの説明に一つ頷くと、こちらに向き直り、自身の胸に手を置きながら口を開く。

 

「私はアルクスといいます。本日はよろしくお願いします」

 

 物凄い丁寧な物腰だ。第一印象だけで言えばとても犯人には見えないけれど……ここに至るまで尻尾を掴ませないという殺人犯が、普段から殺意を誇示しているわけもない。穏便な態度の裏に本性を隠していたっておかしくない。油断はできない。

 わたしは疑いの目を向けていることを顔には出さず、いつもの笑顔の仮面を被って挨拶を返す。

 

「うん、よろしく。わたしはアレニエ」

 

「リュイスといいます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「はいはい! あたしも!」

 

 続けてリュイスちゃんが挨拶すると、今度は桃色の髪の少女が片手を挙手しながら声を上げる。

 

「あたしはリーリエ。見ての通り剣士です。まだ冒険者になってから経験が浅いほうなので、色々教えてくださいね!」

 

「リーリエちゃんだね。よろしく」

 

「はい!」

 

 少女――リーリエは、快活に笑いながら自己紹介をする。かわいい。

 

 こちらも初めの印象としては、殺人犯には到底見えない。経験が浅いという割には腕が立ちそうだったが、冒険者以外の職で経験を積んでいたのかもしれない。

 

「それで、あなたは?」

 

 ここまで微動だにせず、沈黙を貫いていた槍使いの男に、わたしは声を掛けた。この場の全員の視線が彼に集まる。

 男はこちらを睨むようにジロリと一瞥してから、一言だけ呟いた。

 

「……シュタインだ」

 

 …………

 

「……それだけ?」

 

 シュタインと名乗った男は再び不動の体勢に戻り、静かに目を閉じた。

 

 この無口さ。それに、人を寄せ付けない武人のような雰囲気。なんとなく、うちのとーさんと同類の匂いを感じる。だから犯人ではない、とは言い切れないが、個人的には悪い印象ではない。

 が、わたし以外の面々にはそうではなかったらしく、場に微妙な沈黙が訪れる。

 

「……さて!」

 

 ここでソニアがパンっと手を叩き、沈黙を破る。

 

「とりあえず顔合わせも済んだことですし、食堂で朝食でもどうですか? 依頼を無事にこなすためにも、食事は疎かにしないほうがいいですよ」

 

 もっともな意見に、誰も異論はなかった。わたしたちは揃って食堂に移動し、共に腹ごしらえする。

 まだ手探りながら、食事中の会話は概ね和やかに進んだ。ただシュタインだけは、その間も一言も口を開かなかったことは追記しておく。徹底的に喋らないなこの人……

 

 

   ***

 

 

 食事を終え、宿を出たわたしたちは、戦場への物資を運ぶ商隊、その馬車の一つに相乗りし、護衛をしながら街の外へ向かう。馬車に同乗している商人のおじさんはこの商隊の主で、わたしたちの依頼の依頼主でもあった。

 

 この街ではよくある依頼だそうだ。戦場を迂回して街に接近してくる魔物というのが、少なくないらしい。

 大規模であれば軍が対処するが、少数が侵入する程度だと気づかない、もしくはあえて見逃され、後の処理は冒険者に任されるという。

 当然、退治しなければ物資を戦場へ届けられないばかりか、街自体に被害が出かねない。それを未然に防ぐための討伐依頼だった。

 

 街を貫く大通りを抜け、城壁の門を潜る。外に一歩でも出ると、そこから先は既に荒野が広がっていた。

 

 乾いた地面は地割れのようにひびが広がり、砕けたそれが砂になって風に吹かれる。

 所々に巨石や巨岩も鎮座しているが、それ以外は聞いた通り遮る物もない。特に戦場へ続く道は(なら)され、障害物も撤去されていた。道の向こうには戦場の手前に展開する人類軍のキャンプが薄っすらと見えた。

 

 ここを真っ直ぐ進めば、人類と魔物が争う最前線へ辿り着く。

 しかしその途上、視界の左右にそびえる巨岩の陰に、物音や匂い、蠢く影――つまり何者かの気配を感じる。

 

「止まって。何かいるよ」

 

 荷台から顔を出し、周囲の様子を窺っていたわたしは、馬車を停めるよう商隊の主と御者を促した。

 

「……物見が発見したという魔物かね?」

 

「多分ね。あっちとそっちに怪しい気配が」

 

 商人のおじさんの問いに簡潔に答え、左右の岩陰をそれぞれ指し示す。気配が魔物のものとは限らないが、こんなところでコソコソ隠れる類は人間だとしてもろくな手合いじゃないだろう。

 

「昼間からこんな街の近くで出没するとは……魔物の数が増えている証拠かもしれんな。分かった、ならば後は任せるよ。……おーい! 全隊停止だ! 停まれー!」

 

 主は他の馬車にも呼びかけ、商隊全体を停止させる。慣れているのだろう。大きな混乱もなく、街を出てわずかの地点で、並んで走行していた馬車がピタリと停まった

 わたしは一足早く乗っていた馬車の荷台から飛び降りる。それにリュイスちゃんが続いた。

 

「現れたんですね」

 

「うん。準備はいいかな」

 

「はい。いつでも行けます」

 

 リュイスちゃんは両手の篭手の具合を確かめ、拳を固めてみせる。旅立ったばかりの頃のように、恐怖と緊張で動けないということはもうなさそうだ。いいことなんだけど、ちょっと寂しい気もする。

 

「出番ですね!」

 

 続けてリーリエちゃんが荷台から飛び出してくる。遅れてアルクスが静かに降り、最後にシュタインが(器用に槍をぶつけないようにして)馬車を降りた。

 

 商隊の他の馬車からも、同乗していた兵士や冒険者が次々と外に出て、各々武器を構え警戒する。馬車の車輪の音が響いていた荒野が、緊張感でにわかに静まる。

 すると、岩陰の何者かにも動きがあった。奇襲は通じないと悟ったのか、潜んでいた巨岩から抜け出し、次々と姿を現してくる。

 

 小柄な身体に緑色の肌のゴブリンや、豚頭に大柄な体躯のオーク。さらに、オークを超える体格を誇るトロールなどの、二足歩行の魔物たちだった。手には棍棒や斧、幅広の剣などを握っている。数は、右の岩陰から五体、左に七体。

 

 向こうの最大戦力であるトロールは、左右の岩場に一体ずつ。その他は満遍なく散らばっている。それを見て、わたしは商人に指示を出した。

 

「わたしたち五人で魔物を討伐するから、他の人たちには念の為、商隊の護衛をさせておいて」

 

「君たち五人だけで? 大丈夫なのかね?」

 

「うん。――いけるよね?」

 

「はい」「もちろん!」「……」

 

 今日出会ったばかりの三人に問いかける。アルクスとリーリエちゃんはそれぞれ力強く頷き、シュタインはやはり無言を貫く。

 物腰や身のこなしから推測できる実力からすれば、このくらいの相手は物の数にもならないはず。もちろん、わたしとリュイスちゃんにとってもだ。

 

「わたしとリュイスちゃんが右。あなたたち三人が左でよろしく」

 

「分かりました」

 

 アルクスの返事に頷き、わたしとリュイスちゃんは待ち伏せていた魔物に突貫する。

 

「《守の章、第一節。護りの盾、プロテクション!》」

 

 もはや聞き慣れたリュイスちゃんの詠唱を合図に、わたしたちは戦いを開始した。  

 

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