【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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ここからしばらくアルム視点になります。


幕間1 ある勇者と剣の師①

 ぼくは、槍を背負った女戦士のシエラ、白のベールに聖服を纏った神官の少女アニエス、とんがり帽子にローブ姿の男魔術師エカルと共に、レベス山の中腹に到達した。

 そこで師匠の姿を確認したぼくは、声を上げて彼女に手を振った。

 

 ハイラント帝国で別れて(いつの間にか彼女たちが出国していたと知ったのは、帝国と魔物との戦争が終わってしばらく経ってからのことだった)以来、ぼくは魔王の居城へ向かう傍ら、師匠の行方も追っていた。アライアンスの街でそれらしい二人組を見かけたと聞き、レベス山が魔物領への進路の一つということもあり、こうして追いかけてきた次第だ。

 

 彼女の隣には、共に旅をしているリュイスさんの姿もある。二人は崖のほう、というよりその下に広がる森に向けていた目を、こちらに向け直したところだった。

 

「アルムちゃん」

 

 師匠がぼくの名を呼ぶ。

 アルムは、本名であるアルメリナを縮めた通称だ。元の名も好きなのだけど、少し呼びづらいため、見知った人にはアルムと呼んでもらうことにしている。

 

「探しましたよ師匠~。なんで黙って出発しちゃったんですか」

 

「ごめんごめん。依頼の都合で、ちょっと急いでたもんでさ」

 

 師匠はいつものように柔らかく笑みを浮かべて弁解する。

 

「師匠たちも先日までアライアンスの街にいたんですよね? ぼくらも少し滞在して、噂の〈無窮の戦場〉も見てきたんですよ」

 

「へぇ……? 自分の目で見て、どう感じた?」

 

「……過酷でした。この間の帝国と魔物の戦争よりももっと規模が大きくて、人間も魔物も互いに巨大な生き物のように動いてぶつかり合って……大勢、死んで。大地に穢れが、折り重なって……あんなに大変な戦場を、先代の勇者は突き抜けていったんですよね……ぼくには、とても真似できないと思いました」

 

「……そっか」

 

 ぽつりと呟き、神妙な顔で頷く師匠。何か、戦場に思うところがあったのだろうか。

 

「ところで、ここにいるってことは、師匠たちもこの山を抜けて、魔物領に向かうところだったんですか?」

 

「ううん。わたしは、アルムちゃんたちを待ってたの」

 

「? ぼくらを……?」

 

「そう。だから――」

 

 彼女は、こちらに笑顔を向けたまま片手を上げ――

 

 トン――

 

 と、隣に立つリュイスさんを、静かに突き飛ばした。――崖に向けて。

 

「――え? あ……」

 

 突然のことに悲鳴を上げる暇もなく、リュイスさんが崖下に落ちていく。それを、ぼくらはただ呆然と見ていることしかできず――

 

「リュイス、さん……? ……リュイスさん!!」

 

 誰よりも早く正気に戻り、突き落とされた少女の名を叫んだのは、日頃リュイスさんに厳しい言葉を掛けがちなアニエスだった。

 彼女は崖に走り寄り、ギリギリまで身を乗り出して眼下の森に目を向けていたが……

 

「……リュイス、さん……」

 

 求める姿は見つけられなかったのだろう。放心したようにその名を呟き……次には、怒りに満ちた目を師匠に向ける。

 

「貴女! 貴女は一体……! なんのつもりで、こんな……!」

 

 彼女が発する怒気で呪縛が解けたように、ようやくぼくも口を開くことができた。が……

 

「し、師匠……? 何を……?」

 

 口からこぼれたのは震えた声で、しかも短く問いかけるので精一杯だった。まだ、何が起きているのか、理解が追い付いていない。

 アニエスの怒声にも涼しい顔を返していた師匠は、ぼくが絞り出した短い疑問の声に返答する。

 

「何を? 殺したんだよ。わたしが、リュイスちゃんを」

 

「……どう、して……?」

 

 口が重い。言葉が出てこない。

 

「実はわたし、魔将の一人にスカウトされててね」

 

 世間話でもするように、彼女はその名を口にする。

 

「魔将って、あの魔将か……?」

 

 エカルが、ぼくと同じように呆然とした口調で問う。彼も事態についていけてないのだろう。

 

「そ。魔王の次に偉いっていう、魔族の将軍。その魔将に、一緒に魔王の下で働かないかって誘われてね」

 

「! 貴女は……! もしや人類を裏切って、魔族の側につこうと……!?」

 

「そういうこと。わたしは人類と魔族の争いに興味はないし、どっちについても構わないからね。で、本当に誘いを受けるなら、手土産に勇者一行の命を奪ってきてほしい、って、その魔将に言われたんだよ」

 

 師匠は、未だ笑顔で言葉を並べ立てる。いつも浮かべているその微笑みが、今はひどく不気味に映る。

 

「先輩……まさか、その話を引き受けて……?」

 

「うん。報酬も良かったし、これはこれで面白いと思って」

 

 珍しく動揺した様子のシエラの問いに、師匠は平然と答える。面白いって、そんな……

 

「でも……それとリュイスさんが、どういう……?」

 

「リュイスちゃんはこんな話を引き受けるわけないし、なんなら止めようとしてくるだろうからね。邪魔されないように始末したんだよ」

 

「そんな……そんな理由で――!」

 

 激怒し、詰め寄ろうとするアニエスに、彼女は笑顔を崩さないまま答える。

 

「そう。『そんな理由』で殺したんだよ。わたしは悪い冒険者だからね」

 

「……! やはり……やはり、貴女などにわずかでも心を許すべきではありませんでした……! ここで、リュイスさんの仇は討たせてもらいます! 《攻の章、第――!》」

 

「おっと」

 

 バキィ!

 

「ああっ!?」

 

 法術の詠唱を終える前に、師匠がアニエスを蹴り飛ばす。崖側から台地のほうへ押し戻すように。

 

「アニエス!?」

 

「あ、くぅ……!」

 

 岩肌を転がるように吹き飛び、アニエスが倒れ伏す。意識は保ち、なんとか立ち上がろうとしていたが、今は上体を上げるので精一杯のようだ。

 

「さすがに、間近で法術もらうのは勘弁したいからね」

 

「く……! 貴女のような裏切り者に、こんな……!」

 

「そう。裏切り者の悪人だから、こんなのも使っちゃうんだ」

 

 そう言うと彼女は、左手の黒い篭手に反対の手を添え、歌うように詠唱を口にする。

 

「《獣の檻の守り人。欠片を喰らう(あぎと)黒白(こくびゃく)全て噛み砕き、等しく血肉に変えるもの――》」

 

 黒い篭手から――篭手だったものから、異音が響き始める。辺りの空気が変わる。

 

「起きて……〈クルィーク〉」

 

 バギン――と、強引に鍵を壊したような音が鳴ると共に、師匠の左手の肘から先がメキメキと音を立てて変異していく。同時に、それを覆うように黒い篭手が変形し、左手を呑み込み一体化。巨大な黒い鉤爪と化す。

 それと共に、師匠のショートカットの黒髪、その前髪の何房化が朱に染まる。両目共に黒だった瞳も、左目だけが赤く輝く。左半身が異形に変じたその姿は、まるで――

 

「――まるで、魔族みたいでしょ?」

 

 こちらの考えを読んだかのように、師匠が妖しく語り掛ける。笑顔だけは変わらず柔らかいままで。

 

「これは、その魔将に貰った力。体の一部を魔族化させるものだよ」

 

「……! 貴女は……! 魔族に(くみ)しただけでは飽き足らず、そのような穢れた力にまで手を染めたのですか! どこまで罪を重ねれば……!」

 

 師匠の肥大化した左腕、そして笑顔で語る本人へと、刺すような視線を向けながら、アニエスが怒りを露わにする。

 人類を裏切って魔族に協力すること。身体に魔族の穢れを受け入れること。神官である彼女にとっては、どちらも看過できない大罪なのだろう。

 

 けれど、逆にぼくは少し冷静になっていた。

 魔族が扱う呪い(魔術とは別種の技術だと言われている)の中には、人の身を魔族化させるようなものも存在するという。

 つまり師匠が今見せている姿、魔将から貰ったという力は、実際には呪いによるもので……彼女の様子がおかしく見えるのは、その力に心を支配――呪縛されているからではないだろうか?

 

「(もし、それが呪いなら――)」

 

 呪いに類するものであるなら、ぼくのこの目に宿る神の加護、〈聖眼(せいがん)〉で、打ち消すことが――師匠を正気に戻すことが、できるかもしれない。

 

「――」

 

 目に意識を集中し、魔力を込める。瞳が光を放ち、視界の中に瞳を模した紋様のようなものが描き出される。

 その紋様の中心に師匠の姿を捉えたぼくは、胸中で叫んだ。

 

「(お願い……〈聖眼〉!)」

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