『勇者の旅の裏側で』のエンディングのその後の話を書き上げましたので、これから10話ちょっとほど投稿する予定です。
終章の最後までお読みになられた方向けなので、多分にネタバレを含む内容になっておりますが、それでも構わないという方は是非ご覧ください。
1節 イフとの手合わせ 前編
パルティールの王都グランディールから徒歩で一時間ほど歩いた場所に、あまり人の来ない広い平原がある。
そこは昔、うちのとーさんがわたしに稽古をつけてくれていた、秘密の訓練場だった。
今はもう訪れることも少なくなっていたこの場所に、わたし――アレニエ・リエスは二人の人物を連れてやって来ていた。
一人は、栗色の髪を白のベールで覆い、白い聖服を身につけた神官の女の子。わたしの友人にして恩人にして恋人でもあるリュイスちゃん。リュイス・フェルムちゃん。
「ここが、〈剣帝〉さまとの訓練場……!」
「いや、そんな大層なものじゃないからね?」
そんな感じで感慨深そうな声を上げているのは、彼女がうちのとーさんに憧れているからだ。
わたしの義理のとーさん――〈剣帝〉アイン・ウィスタリアは、実は先代勇者の供をしたこともある、世界的に有名な英雄だったりする。
事情があって、表向きには失踪して生死不明ということになってるので、今はオルフラン・オルディネールという偽名を名乗っているのだけど。
「ほう……ここで〈剣帝〉は貴様に剣を教えていたのだな、アレニエ・リエスよ」
「まぁ、ね。ほとんど人が来ないから、わたしにとっては都合がよくて」
ここに連れてきたもう一人は、黒髪をオールバックに流し、浅黒い肌に黒い鎧を纏った、一見すると中年の渋めな男性。正確な年齢は分からない。
というのも、彼は人間ではなく魔族――〈黒の邪神〉アスティマによって生み出された邪悪な生物だ――であり、数百、あるいは千年単位で生きているという、規格外の化け物だからだ。
その名も高き風の魔将――〈暴風〉のイフ。
千の軍勢を一息で薙ぎ倒したなどと噂され、初代勇者と死闘を繰り広げたこともあるという、生ける伝説だ。
実はわたしとリュイスちゃんは、新たな勇者がその〈暴風〉のイフに殺されるという予見を受け、彼を討伐する依頼を受諾することになり……死を覚悟するほどに苦戦を強いられながら、からくも討ち取ったという経緯がある。
その際、剣術マニアである彼はわたしの剣技に惚れ込んだらしく、いやに気に入られていたりする。〈剣帝〉の弟子だと打ち明けたことも理由の一つだろう。
え? 討ち取ったのになんでまだ生きてこの場にいるのかって? それはむしろわたしが聞きたいよ。
実はイフは『原初の魔族』と呼ばれる存在で、たとえ死んだとしてもいずれ蘇ってしまう、不死の魔族なんだそうだ。
そうして蘇るのにも本来は長い時間がかかるし、実際今も本体は修復中らしいのだけど、なんかほとんど人間と変わらない仮の肉体を作って、そこに精神を移し替えるという方法(これがよく分からない)で、強引に動けるようにしてここまで来たと言っていた。――わたしに会いにくるために。
ちなみに、魔族の領土からここまで相当遠いんですけど、どれだけわたしと斬り合いたかったんですかこの人。さすが自他共に認める剣術マニアだ。
サアァ……と、風が肌を撫でる。足元の草が揺れ、青い香りを届かせる。
「気持ちのいい場所ですね」
「そうだねぇ。お弁当持ってピクニックするのにちょうどいい陽気だねぇ」
「だがこれから行われるのはそのような平穏なものではなく、無骨な剣の振るい合いだ。そうだな?」
「はい……」
そう。今回はそういう理由でこの平原にやって来ました。
わたしたちが暮らすパルティール王国の王都下層。
今はイフもそこで生活していて、頻繁に剣術の修練に誘われて、でも面倒だから断っていたんだけど、先日とうとう根負けして、こうして模擬戦に付き合う運びと相成りました。
ちなみに、「これ以上断るようなら我にも考えがある。貴様が〈剣帝〉の弟子であると、誰かにうっかり口を滑らせるかもしれんな?」と脅されて要求を呑みました。それはずるいでしょ……以前戦った時は一回こっきりの出会いだと思ってたから、とーさんのこともペラペラ喋っちゃったんだよね……こうやってすぐに会いに来るなんて思わなかったし。
「言っておくけど、こういう脅迫はもうやめてよね。とーさんがうちで生活してることは秘密なんだから」
とーさんは、半魔であるわたしを救うために、勇者パーティーを自分から抜けた。戦力を欠いた勇者は魔王に対して苦戦を強いられ、その時の傷が元で命を落としている。
だからとーさん――アイン・ウィスタリアは、勇者の死の遠因を作ったとして、罪人の扱いを受けている。偽名を名乗って下層に隠れ住んでるのは、そのためだ。
「ならば我との手合わせに応じてもらおうか」
「えぇー……面倒……わたし別に戦い自体に特段興味はないのに」
「口ではそう言いながらも、内に牙を秘めているのは分かっているぞ」
「あれは半魔の姿になった時の本能みたいなもので、わたしの意思じゃないんだってば」
「どちらでも構わん。我は貴様と剣を交えたいだけだ。そのためならば使えるものは使わせてもらう。暴露されたくなくば、素直に承諾することだな」
お、今のはちょっとカチンときた。わたしは笑顔で不敵に言い放つ。
「……ふーん? そういうこと言っちゃう? あんまり度が過ぎるなら、ここで斬り捨てても構わないんだよ? 今のあなたなら、簡単に討ち取れるんだからね?」
「ほほう。それは
あ、ダメだ。この人無敵すぎる。脅しが脅しになってない。本人(本魔族?)がそもそも不死なうえに、この身体も作り物の仮の身体だもんなぁ。死に対する感覚が違いすぎる。
「あのー……あまり物騒な話は、神官として看過できないんですが……」
そこで、これまで静観していたリュイスちゃんが、小さく手を挙げながら口を挟む。
「案ずるな。たとえこの肉体が滅びたとて、我の精神が本体に引き戻されるだけだ。貴様が気に病む必要はない」
あ、そういう仕組みなんだ。やっぱりずるくない?
「でも、イフさん。そうなったらまた長い期間をかけて身体を癒すことになるんですよね。 それではアレニエさんと剣を交わす機会もほとんど失われてしまいますよ?」
「何、そうなれば再び義体を作り、ここに来るまでのこと。〈剣帝〉の弟子と本気で死合えるのならば、その程度の労苦は――」
「けれどそうなったら、また一から身体の使い方を覚えていくことになりますよね? 今の身体も、ようやく慣れてきたばかりなんですよね? そんな状態でアレニエさんと決着をつけても、不満が残るばかりなのではありませんか?」
「む……」
おぉ……あのイフが、『痛いところを突かれた』、みたいな表情で押し黙った。初めて会った頃は、イフの討伐任務に死を覚悟して臨んでいたのに……逞しくなったなぁ、リュイスちゃん。おねーさん嬉しい。
「それにアレニエさんも。あまり自分からケンカを売らないでくださいね。見てるこっちはいつも心配させられてるんですから」
「……はい」
おっと、こっちにも飛び火した。こういう時のリュイスちゃんは強いので下手に逆らわないほうが吉。
「というわけで真剣での立ち合いは厳禁です。せっかく用意してきたんですから、木剣でお願いしますね」
「はーい」
「仕方あるまい。今日はリュイス・フェルムの顔を立てるとしよう」
二人揃って素直に木剣を手にしてから、互いに距離を取る。ここまで来たのだからもう付き合うしかない。模擬戦ではあるものの、戦闘に向けて意識を切り替える。
わたしは逆手に剣を握り、それを身体で隠すようにしたいつもの構え。対してイフはお手本のような中段の構えだ。ややあって――
「――行くぞ」
風の魔将、〈暴風〉のイフその人が、漲るやる気を爆発させるように、大地を蹴った。