「――行くぞ」
イフが強く地面を蹴り、一足飛びにこちらに接近してくる。
突進の勢いも乗せ、上段から鋭く袈裟懸けに振るわれる木剣。わたしはそれを、掲げた自身の剣で側面に受け流す。
しかし防がれることも想定していたのか、イフは体勢を崩すこともなく、即座に切り返し、次撃を繰り出そうとして――
ガンッ――!
――振るう直前、力が乗り切らない出足の段階で、わたしが放った蹴りに木剣の柄を押さえられ、動きを止める。
そのままわたしは、イフの木剣の柄を足場に回転。そのエネルギー――『気』を武器にまで伝え、鋭く振るう。
どんな状況でも振るえるよう修練を重ねた、基本にして深奥の一閃――『その剣に断てぬもの無く』。わたしがとーさんから受け継いだ技の一つ。
以前の戦いでは、この一撃によってわたしはイフの首を落としている。木剣だし、多少は手加減しているとはいえ、まともに当たればかなりの衝撃にのたうち回ること必至。しかし……
イフは瞬時に頭を下げ、こちらの必殺の一閃をかろうじてかわしてみせる。
「フハハ! まるであの時の再現だな! だが来ると分かっていれば避けることもできよう!」
口で言うほど簡単じゃないはずなんだけど……以前と同じ流れだったのはまずかったか。空振ったわたしにイフが反撃を繰り出す。それを受け止め、再びこちらも木剣を振るい……カッ! ガシン! と、木剣同士が打ち合わされる音が平原に響く。
「相変わらずつれないな! 今少しこの剣で語り合おうではないか!」
「だから、わたしは剣で語るとか、そういう男の子みたいなの、興味ないんだって、ば!」
だからさっさと終わらせようと思ったのに、その動きは読まれていた。思惑を見透かされていたのだろう。
それにイフの動きも、だいぶ元の調子を取り戻しつつある。今の身体に慣れ、その後も修練を積み重ねてきたのだろう。こういうとこ真面目だよね、この人は。
その真面目さは剣筋にも表れている。お手本のような軌跡を描くその剣は、まさに実直。魔族とは思えないほどに丁寧な、技術を感じさせる動きだ。――だからこそ、読みやすい。
先ほどのお返しのように、イフがこちらの首を狙い、横薙ぎの一閃を繰り出してくる。わたしはそれを受け止め――る瞬間に手首を寝かせ、角度をつけて、イフの木剣が斜め上方に逸れるように受け流す。
――ガシュン!
「!?」
予想された衝撃がないことにイフがわずかに驚愕の表情を浮かべる。木と木が激しく擦り合わされる音が響く。木剣が通り過ぎ、相手は上体を泳がせる。その隙をついて、イフの胴体に木剣一閃。
バキン!
「グ……!?」
鎧の部分を激しく打たれ、イフは息を詰まらせる。数歩、たたらを踏む。しかし……
「ク、ハハ、ハ……! やはり純粋な剣技では及ばぬか! ならば……! ――《風よ! 我が剣に宿れ!》」
短い詠唱に応え、イフの木剣の周りを風が吹き、その剣身を覆っていく。そして――
「フン!」
イフが木剣を振るうと共に風の塊が吹き荒れ、地面を抉り進みながら、わたしを襲う。まるで牙をむいて襲い掛かってくるようなその風を、慌てて飛び退いて回避する。
「おわっ、と!? ちょっと! 剣の修練じゃなかったの!?」
「ハハハ! これは異なことを。模擬戦とは実戦を想定した訓練だろう。ならば使えるものは使うとも」
そう言われるとぐうの音も出ない。
「むー……! 大体、魔術は使えなくなってたんじゃなかったの!? 魔力がないからパルティールの結界も通り抜けられたって……!」
パルティール周辺には、『穢れ(邪神の魔力)が多い者ほど反発される』という結界が施されており、イフのような強力な魔族は本来通り抜けることができないのだ。今、彼がここにいるのは、穢れの少ない仮の肉体だからに他ならない。
「ようやく魔術を扱えるほど魔力が溜まっただけのこと。それでも結界に弾かれない程度の量でしかないがな」
周囲に漂う自然の魔力を蓄積してたってことだろうか。人間もそうやって魔力を溜め込んでいるんだものね。まぁ、わたしはこの左手の黒い篭手〈クルィーク〉が魔力を食べ続けてるから、魔力は常に空なんだけどね。
「我はこの剣術と魔術の融合にこそ活路を見出した。ならば我にとってはこれも剣術の延長よ。さぁ! 我が創始する新たな流派の研鑽に付き合ってもらうぞ!」
言って、彼は再び木剣を振りかぶる。あくまで剣術と言い張るらしい。まぁ、魔術を組み合わせた武術を模索する人も、世の中にはいるらしいけど。
「あーもー! そっちがその気なら……!」
わたしは左足を軸にその場で鋭く旋回。全身の『気』と、周囲の空気――風の『気』を右足に集めていき……十分に集まったところで回転をピタリと止め、右足を前方に打ち放つ。
「《
突き出した右足を中心に渦巻く風が、横倒しの小型の竜巻となって標的を襲う。密度は比べるべくもないが、以前イフの本体が使っていた風の『槍』に似ているかもしれない。
「ウ、オオォォォ!?」
イフが驚きに声を上げながら剣を振るい、風の魔術を放ってこちらの技を相殺する。
「魔術もなしにこれほどの威力を出せるのか……!? やはり、貴様は……!」
風の牙で迎撃しながら、イフは驚きとも喜びともつかない声を上げる。が、消し切れなかった竜巻の余波が、彼の右手から木剣を弾き飛ばす。
それが地面に落下する頃には、わたしはイフに肉薄し、自身の木剣を突き付けていた。
「――わたしの勝ち、だね」
***
「あー……疲れた……」
わたしは平原に生えていた木の陰で横になって、身体を休めていた。
あれからわたしは何度もイフと手合わせをして、全て勝利を収めた。けれど何度負けても彼は再戦を要求してくるため、身体もだけど精神のほうも疲弊していた。元から乗り気じゃなかったのもあって余計疲れた……
「お疲れ様です、アレニエさん」
リュイスちゃんがわたしの上から顔を覗かせて労ってくれる。
ちなみに木陰で横になってると言ったけど、頭はリュイスちゃんの膝の上に乗せてもらっています。そう、膝枕というやつだ。そういえば以前イフと戦ってわたしが半魔の姿を見せた後にも、リュイスちゃんにこうして膝枕してもらったっけ。なんだか懐かしい。
「ふむ……魔術の行使に詠唱を必要とするのは、なかなか不便なものだな……」
そう呟くのは、木に背を預けて座り込んでいるイフだった。魔族は本来詠唱せずとも魔術を使えるのだけど、仮の肉体である今は詠唱しなければ発動させられないらしい。
「しかし、やはり『アスタリアの火』を操る貴様らの技――『気』の技術は面白い。身体の動きで力を増幅し、魔力も用いずに魔術にも似た現象を引き起こすのだからな。その技術に触れたからこそ、我が流派、〈ローク風刃一刀流〉を編み出すことが――」
「そういえばさ――いや待って。何その流派名」
うっかり聞き流せなかった。
「この剣――〈ローク〉には長年役に立ってもらったからな。流派の名を考案する際に真っ先に浮かんできたのだ」
鞘も柄も剣身も黒い黒剣〈ローク〉は、実はわたしのかーさんが造った魔具だ。元々はイフが所持していたのだけど、以前の戦いで彼を討ち取った際、制作者の娘であるわたしに譲られた経緯がある。それを、パルティールで再会した際に返したのだ。
「なるほどねぇ……いや、聞きたかったのはそっちじゃなくてね。『アスタリアの火』って呼び方するのはなんでなのかなって。前に会った時にもそう呼んでたでしょ?」
「む……? もしや、これも貴様らの内では失われた知識なのか?」
「悪かったね、寿命が短くて度々知識が途切れる種族で」
そこに文句を言われても困るんだけど。あと厳密に言えばわたしは人間じゃなくて半魔なんだけど。
「責めているわけではない。人間はそういうものだと我も知っている。だが、そうだな……どこから話すべきか」
イフはわずかに悩むようなそぶりを見せてから、こんなことを聞いてきた。
「〈白の女神〉アスタリアが生み出した七つの創造物は知っているな?」
わたしとリュイスちゃんは顔を見合わせる。アスタリアとはこの世界を創造した女神で、邪神であるアスティマとは対極に位置するものだ。なぜそんなことを聞くのか分からないながら、リュイスちゃんがそれに答える。
「天の星々、大地、水、植物、動物、人、そして火……今言った順で創造されたと、聖典には伝えられています」
「その順番こそが重要だ。なぜならこの物質世界に生み出された、星々から人までの形あるもの。それらを動かす活力、生命力こそが、最後に生み出された火――『アスタリアの火』なのだから」
「生命力……」
「人間どもは、『生命の炎』などと比喩的な表現を使うことがあるな。あれは言い得て妙だ」
イフの言葉に、わたしは右手を掲げて握ったり開いたりしてみせる。こんな何気ない動きにもそれは使われている。生物が生き、動くためのエネルギー。それをわたしたちは『気』と呼んでいる。
「この生命力は目に見える物質だけではなく、自然現象にまで宿っている。だからこそ貴様らが扱う武術は、自身の周囲の『気』へ干渉して操ることができるのだろう。ゆえに『アスタリアの火』を持たぬ我々には扱えぬ技術であり、互いにぶつかり合えば対消滅してしまう、相反する力とも言えるものだ」
「何気なく使ってたけど、そんな仕組みだったんだ」
あんまり細かいとこまで気にしたことなかった。
「しかし、貴様らのその『気』の技術にこそ鍵はあった。我らは、我らが扱う魔力――『アスティマの穢れ』を、魔術を行使する触媒としてしか使ってこなかったが、それを身体の動きで操作し、集約させることで、新たな技へと昇華させることができたのだ! それこそが我が流派、〈ローク風刃一刀流〉の――」
あー、また始まった。剣術のこと語る時は生き生きして早口になるんだよねこの人。ほんとに好きなんだなぁ。
と、今まで深く考えてこなかった反動、というわけでもないだろうけど、ふと気になったことがある。
〈白の女神〉アスタリアが生み出した『アスタリアの火』。
〈黒の邪神〉アスティマが生み出した『アスティマの穢れ』。
この二つは今彼が語ったように対になっているみたいだし、互いの創造物として説明されれば、一応の納得はいくものだ。
じゃあ……人類が普段使っている、世界に満ちる自然の魔力とは……いったい、なんなのだろう?
だって、リュイスちゃんの語った七つの創造物の中に、魔力はなかった。しかも、アスティマの邪悪な魔力である穢れとは、明確に区別されているのだ。この世界の理の中で、自然の魔力だけが浮いている、ように感じる。
これも、人間たちからは失われた知識なのだろうか? 目の前の彼に尋ねてみれば、答えを得られ――
「先刻の感触は悪くなかった。身体の運びによって魔力をさらに凝縮させれば……うむ、また一つ閃いた! あとは実際に試すのみよ! さあ、休憩は終わりだ! 模擬戦を再開するぞ!」
あ、ダメだこれ。もう完全に技を試したくてうずうずする子供みたいになってる。聞いても答えは返ってこなさそう。
まぁ、しょうがない。今日は一日付き合うって約束だしね。素直に相手になりますか。
それに、聞ける相手は彼だけじゃない。今、パルティールには他にも、仮の肉体で日々を過ごしている魔族が二人存在する。
なんともタイミングのいいことに、ちょうど明日、その二人と冒険する約束が入っている。彼女らに聞いてみるのも悪くないだろう。忘れっぽいわたしが憶えていればの話だけど。
だがその明日も、まずは目の前の剣術マニアをやり過ごさなければ始まらない。さて、覚悟を決めよう。
わたしは立ち上がり、再び暴風の魔将の相手をするべく木剣を構える。……明日筋肉痛にならなきゃいいけど。