パルティール国内のとある村の傍にある森。
そこでわたし、アレニエ・リエスは――
「そっち行ったよ、ミラ!」
「よかろう、任せておけ!」
――同行した仲間と共に、近隣の田畑を荒らす魔物の討伐の依頼を受けていた。
わたしがミラと呼んだその相手は、一見すると十歳ほどの人間の少女。
短く切られた暗い赤色の髪。紫色に輝く瞳。背は平均的な子供の背丈。赤と黒を基調とした子供用のドレスを身に纏っており、足元は旅用のブーツで固めている。
それだけならどこかのお嬢さまが旅行にでも来たような風情なんだけど……
そのお嬢さまの小さな手には、不釣り合いな巨大な両刃の戦斧が握られており……あろうことか彼女は、それを片手で軽々と振り回していた。
「ハハッ!」
笑みを浮かべた彼女が戦斧を振るうたびに、討伐対象の魔物たち――二足歩行で立つ犬頭の魔物、コボルトだった――が、無惨な肉片となって吹き飛んでいく。
「どうしたお前たち! この程度か!? 魔物として生まれ落ちたお前たちの力を、もっと
一方的に蹂躙しておいて酷なこと言ってるなぁ、と、こっちに向かってきたコボルトを斬り捨てながらわたしは思う。
見れば魔物たちはすでに、虐殺される仲間の姿に戦意を喪失し、一部はこちらに背を向けて逃げようとしている。そこへ――
「ルニア! 逃がすな!」
「心得ております」
ミラがルニアと呼んだ女性は、こちらも一見すると人間の女性。ニ十歳前後くらいに見える。
薄紫色のショートカットをホワイトブリムによって飾り、起伏のある身体をエプロンドレスとロングスカートで覆っている。
そう、どこからどう見てもメイドだった。魔物との戦いの場には似つかわしくない装い。彼女がなんの武器も手にしていないことも、それに拍車をかけている。が……
「《
ルニアの詠唱と共に、彼女が前方にかざした手の平から紫色の雷が放たれ、逃げるコボルトたちを打ち据える。
「ギャ……!?」
紫電に焼かれ、コボルトの体毛が黒く焼け焦げた。やがて力を失った彼らはその場でゆっくりと倒れていく。
魔術で魔物を撃退したメイド――ルニアは、実は魔術師、ではない。にもかかわらず魔術を使いこなしているのには、ちゃんとした理由がある。それは――
「アレニエさん! こちらも片付きました!」
「リュイスちゃん。ご苦労さま。やっぱり人数多いと早いねー。普段より楽ちんだったよ」
いつの間にか魔物は全て討伐できていたらしい。
わたしは基本的に一人で依頼を受けることが多いのだけど、もし今回もそうしていた場合、逃げる魔物を追うのにかなり手を焼かされていただろう。助かっちゃった。
さて、ここで今回の依頼を引き受けたメンバーを紹介することにしよう。
まずはわたしこと、アレニエ・リエス。
続いてわたしのパートナー、リュイス・フェルムちゃん。
彼女は〈流視〉という希少な力を所持していて、それを他者から狙われないよう、普段は神殿総本山にほぼ軟禁されているのだけど……最近は、保護者であるあの人――クラルテ・ウィスタリアが、リュイスちゃんの処遇に関して総本山に色々掛け合ってくれたらしく、徐々にではあるけど、神殿の外に出ることも許されるようになっている。
ちなみに、その際の面倒をわたしが見ることも、リュイスちゃんが外に出る条件の一つだったりする。わたしとしては、彼女と一緒にいられる機会が増えて万々歳なのだけど。
おっといけない。メンバー紹介に戻らなくちゃ。
「よし、これで依頼とやらは達成したのだな?」
そう声を上げるのは、さっきも名前を上げた少女、ミラ。家名はない。
というのも、ミラは元々この国に住む人間ではない。というかそもそも人間じゃない。
彼女はイフと同じ原初の魔族。それもただの魔族ではなく、魔将であるイフより上の存在。
彼女こそが魔王。魔族と魔物の全てを統べる王――魔王ヴィミラニエ。神剣を持つ勇者と終わらない争いを繰り広げる、人類にとっての絶対悪だ。
存在するだけで魔物が増殖・活発化すると言われる魔王は、神剣でしか殺すことができない。のみならず、殺されたとしてもいずれ蘇ってしまう、不滅の存在だ。
そんなとんでも存在と戦う勇者を陰から救うべく、わたしとリュイスちゃんは魔王にケンカを売りに行った。殺すことはできなくとも、傷を追わせて消耗させることならわたしたちにもできるのではないかと考えてのことだ。
その結果なんやかやあって気に入られ、彼女はイフと同じように仮の肉体――義体というらしい――に精神を移すことで、この地に施された結界を通過。わざわざわたしたちに会いに来た、という次第だ。
ちなみにミラというのは、わたしがつけた愛称だ。適当に名付けたのだけど、なんか気に入ったらしく、その後はこの名で通している。魔王の名前そのままだと色々まずいだろうからね。誰かに怪しまれないよう、今度は家名を考えておくのもいいかもしれない。
「はい、ひとまず討伐は完了です。魔……お嬢様」
今この人『魔王』って言おうとしたな。周りに他の人はいないから別にいいんだけど。
ミラのことを魔王と呼ぼうとしたメイドな彼女の名は、ルニア。こちらも家名はない。
察しはついてると思うけど、彼女もイフやミラと同じ魔族。それも、魔王直属の将軍である魔将の一角だ。だからこそ、魔術の扱いにも長けている。
雷の魔将、〈紫電〉のルニア。
その名の通り紫色の雷を魔術によって操る、これまた非常に厄介な相手だった。
わたしとリュイスちゃんは一度、勇者の命を狙う彼女と争いになり、その時は別の魔将の横槍もあって、決着はつけられなかった。
その後、別の場所で再会した彼女は、魔王であるミラに会うための橋渡しを務めてくれたのだ。
ちなみに再会した時にはもうメイド姿だった。元々彼女は魔王の身の回りの世話をするために生み出された魔族で、魔将になったのはその後のことらしい。
だからなのだろう。わたしたちに会いに来たイフやミラと同じように、彼女も義体に精神を移し、ミラのお供としてこの国までやって来たのは。魔将としての職務より、ミラの世話を優先したわけだ。
というわけで今日のメンバーはこの四人。改めて考えると普通の人間なのはリュイスちゃんだけだったりする。彼女も〈流視〉という特殊な瞳を持っているという点では、普通とは言い難いのだけど。
「あとは討伐した証拠として魔物の身体の一部を採取、冒険者の宿に提出し、報告することで依頼は完了。報酬をいただける、という流れでよろしかったでしょうか?」
「大丈夫、合ってるよ」
こちらに確認を取るルニアに頷いてみせる。魔族なのに人間社会のことよく勉強してるなぁ。感心、感し――……よく考えるとここまで調べ上げられてるって、結構脅威なんじゃないだろうか。人間側の弱点みたいなものも当然知られてるってことだよね? 半魔のわたしには関係ないといえば関係ないのだけど。
「ふむ……人間社会というのはずいぶん手間のかかるものだな」
まぁ、力で解決すると言われる魔族の社会よりは、こっちのほうが色々複雑ではあるんだろうけど。ただ、ミラの場合……
「ミラは魔王――王さまだから、面倒事は全部部下がやってくれてるんじゃない?」
「そうかもしれん。そもそも妾はあの城から出られぬ身だったからな。通常の魔族以上にものを知らぬ」
魔王の肉体は強大な力と魔物を生み出す能力を持たされた代わりに、居城から外に出ることが物理的にできなかった。迂闊に外に出て勇者に討たれないよう、魔王を生み出した邪神が城に閉じ込めていたのだとか。
ただ、義体にはそうした制約がなかったので、こちらに精神を移すことで、彼女はようやく外に出ることができたわけだ。つまり。
「箱入り娘だね」
「なるほど、人間の間ではそう呼ぶのか」
こんな何気ない会話でもミラは興味深そうに頷いている。彼女にとってはあらゆることが初めての経験だ。楽しくて仕方がないのだろう。
「まぁ、面倒な雑事はルニアに任せればよいか」
さらっと部下に丸投げする魔王。丸投げされた本人は「お任せください」と受け入れ態勢バッチリだったけど。
「あぁ、それにしても気持ちのいいものだな、思い切り身体を動かすというのは。今までは勇者との戦いでしか機会がなかったからな。例外はお前たちくらいのものだ」
ニヤリとミラは笑う。わたしたちとのケンカがよほど楽しかったらしい。おかげで妙に気に入られたわけだけど。城から出られない魔王では、他に楽しみを見出すことも難しいのだろう。それにしても。
わたしは周囲に散乱する魔物の死体を見て、なんとはなしに呟く。
「ところでさ……魔王的に、魔物を自分で虐殺するのはありなの? 一応魔物たちの王って触れ込みでしょ?」
そう聞くと、彼女はわずかに困った様子を見せる。
「では、逆に聞くがなアレニエ。妾の肉体を目印に勝手に生まれてくる存在に、お前ならば愛着が湧くか?」
「あー……それは、ちょっと難しいかもしんない」
確かに、自分が生きてるだけで勝手にポロポロ生まれてくるのは迷惑かもしれない。
ミラが持つ魔王の肉体は、この世界に打ち込まれた
わたしも詳しくは分からないんだけど、魔物の魂? 悪しき精神? が、魔王の肉体を目印にこの物質世界に降りてきて、穢れと一つになることで、魔物の肉体を構築する、らしい。
放っておけば生まれ続ける魔物に世界は埋め尽くされてしまう。だから勇者は、その目印である魔王の肉体を滅ぼし、魔物の増殖を止めるという使命を帯びているのだ。
「そうであろう? そもそも妾は、魔族にすら仲間意識とやらは薄いのだ」
それはそれでどうなんだろう。
「よってただの魔物程度に情けをかける理由もない。それに、この義体の調子を確かめるのにもちょうどよかったのだ」
先ほどのミラの戦いぶりを思い返す。小柄な少女とは思えない怪力を。
「こんなちっちゃくなっちゃったのに、凄い力だよね」
「こんな姿になったのはルニアのせいだがな」
この人間で言えば十歳くらいの姿は、義体を作成する魔族の研究者とやらに、ルニアがわざわざ注文をつけて作らせたものらしい。いわく、「元の姿では人目を惹きすぎると思った」かららしいけど、ただのルニアの趣味なんじゃないかという疑いがある。
ちなみに本来のミラの身体は二十代前後くらいの女性で、スタイル抜群の絶世の美人さんだ。確かにそのままなら目立ってはいたかもしれない。とはいえ……
「その外見でそんな大暴れしてるの見られたら、それはそれで人目を惹く気がするけどね」
「そういうものか?」
「そういうものだよ。人間ならあり得ないことなんだか、ら……」
言いながら、小柄なのに怪力を誇る勇者の少女を思い出して、尻すぼみになる。あの子も人間の中では例外ではあるのだけど。
「ともかく、普段は隠しておいたほうがいいよ。……それはそれとして、どういう仕組みでそんな力発揮してるの?」
「ふむ。妾も詳しい仕組みは知らん」
え。
「だが注文はつけた。そして大まかには聞いている。どうやら魔力を筋力に変換しているらしい。その代償として、魔術に割く魔力は残っておらん」
「注文通りの仕様ってこと? なんでそんな注文を?」
「魔術は飽きた。城で手慰みに使い続けていたからな」
飽きたってあなた。
「それで、身体能力を強化してるわけね。……魔力を使い切った時は、どうするの?」
「その場合、そこらに漂う魔力を蓄積し、体内で穢れに変換できるようになっている。そうでなければ、いちいち領土に戻る羽目になるしな」
なるほど。……あ。唐突に思い出した。
「そうだ、魔力だ」