「そうだ、魔力だ」
「? 魔力がどうした?」
唐突なわたしの発言に、ミラが疑問の声を上げる。
「いや、こないだ改めて思ったんだよね。そこらに漂ってる自然の魔力ってなんなんだろう、って。アスタリアの七つの創造物には出てこないし、アスティマの邪悪な魔力――穢れとも違うものなんでしょ?」
そう訊ねると、ミラは若干呆れたような声を上げる。
「なんだ、知らずに使っていたのか? その二つに大きな違いはないぞ?」
「へ? 違いが、ない?」
「ああ。――アレニエよ。悪神と善神――お前たちは神と悪魔と呼んでいたな。それらの争いとその結末は知っておるか?」
「? なんで唐突に神と悪魔の話?」
「よいから、申してみよ」
促され、釈然としないまま要求に従う。
「……〈白の女神〉アスタリアと〈黒の邪神〉アスティマは、互いの肉体を傷つけ、破壊し合った。砕けた両者の肉体からは新たな神々と悪魔たちが生まれて、それらも互いに争い合い、最終的には全ての神と悪魔が肉体を失った……だよね?」
「うむ。ではアレニエよ。その争いで失われた神々の肉体はどこにいったと思う」
「どこって、それは――」
言いながら、気づく。この話の流れでは、答えは一つしかない。わたしが気づいたことにミラも気づいたのだろう。
「左様。魔力とは、
「? 〈クルィーク〉が、どうかした?」
わたしの左腕の篭手〈クルィーク〉は、魔具の職人だったかーさんが、わたしのために造ってくれた魔具だ。それに視線を注ぎながら、ミラは言葉を続ける。
「それを起動する詠唱で、お前は、《欠片を喰らう
「あ」
そっか……欠片って、神さまの……
「そして、《
〈クルィーク〉とはほとんど生まれた頃からの付き合いだけど、起動の詠唱にそんな意味があったなんて初めて知った……というか。
「……つまり、うちのかーさんも、それを知っていた……?」
「長く生きた魔族であれば、当然知っていたであろうな。新しい世代の魔族であれば伝わっておらんかもしれんが」
そう言われてみると、かーさんて何歳くらいなのか聞いたことがなかった。でも魔力の由来を正確に知っていたのなら、わたしが思う以上に長生きだったのかもしれない。
「まぁ、元がなんであろうと、今はただそこにある触媒に過ぎん。この身体を動かすのにも必要なのだ。ありがたく使わせてもらう」
「外見に関してはもういいんだ?」
「些細なことだとも。代わりにこの義体には自由がある。
ずっと魔王の居城から出られなかったミラが言うと、重みがあるなぁ。
「ゆえにイフは大儀であった。義体に精神を移す方法を奴が思いつかなければ、妾が城を出ることは叶わなかった。それで言えばアレニエ、お前にも礼を言うべきなのかもしれん」
「わたし?」
「お前がイフを討ち取ったからこそ、奴は本体の代替として義体を求めた。そこからこの結果に繋がったのだから」
「なるほど、そういう……」
必要に迫られて必死でやってきたことだけど、そう言われると結果的には良かった気がしてくる。おかげで彼女らは城を抜け出し、大陸を横断し、女神の結界をも超えて、はるばるパルティールまでやってくることができて……。……うん、いや、ちょっと待って。
よく考えると、魔王と魔将二人が、女神のお膝元であるこの国まで入り込んできちゃってるってことだよね? しかも、ルニアに至っては……
「……あのさ、ルニア」
「なんでしょう? アレニエ様」
わたしはルニアを引っ張っていき、リュイスちゃんやミラには聞こえないよう、声を潜めて彼女を問い詰める。
「……ひょっとして、今のあなたたちなら、パルティールの結界を縮小させる破壊工作なんかも、簡単にできたりするんじゃないの?」
パルティール王国周辺には、〈白の女神〉アスタリアが広大な結界を施している。
この結界は、『強い穢れを持つ者ほど反発される』という法則を持つため、多量の穢れを持つ――つまり力の強い魔族や魔物は、パルティールに近づくことができない。
ただ、この結界にも欠点があって……穢れが少なければ魔物はもちろん、魔族も通れてしまうのだ。ミラたちが穢れの少ない義体を使っているのには、そういう理由もある。
また、結界は土地に根差したものなので、土地自体を穢されたり――例えば、大量の死者を生み出し、死の穢れで汚染するとか――すると効力が弱まり、範囲も縮小してしまうらしいのだ。
わたしの問いかけにルニアは表情を変えなかった。澄ました微笑を浮かべたまま、平然と答える。
「まさかまさか。今の
「絶対嘘でしょ。わたしでも思いつけたんだから、あなたが思いつかないわけないよ。それに力はなくても、頭は使えるでしょ? 特に、人間社会についてもしっかり勉強してるあなたなら……」
ルニアなら、策略だけでいくらでも工作できたはずだ。虚偽の情報を流布し、疑心暗鬼に陥らせ、人間同士で争わせることなど造作もないだろう。実際、彼女は……
「そうですね……正直に言わせていただければ、それは可能です」
やっぱり……
「ですが……今のところ、実行する気はありません」
「……ほんとに?」
ジトっと視線を向けると、ルニアは静かに微笑を浮かべる。
「先日ハイラント帝国を
「……一応、やらない理由を聞いてもいい?」
「もちろんです。理由は、お嬢様が――魔王様が、ここでの生活を楽しまれているからです」
答えながら、ルニアはミラのほうに視線を向ける。
こちらがひそひそ話をしてる間に暇を持て余したのだろう。彼女はリュイスちゃんに近づくと、
「じっとしているのはもったいないな……リュイスよ。一つ妾と殴り合うのはどうだ」
「えぇ!? そんな、理由もないのに殴ったりできませんよ!」
「遠慮するな。今の妾は魔王ではなく、どこにでもいる道楽者の小娘に過ぎん。傷の一つや二つはどうということはない」
「話が通じてない!? いえ、遠慮とかじゃありませんから!?」
……
「確かに、楽しそうだね」
「ええ。あんなに活き活きとされる魔王様は、私も初めて見ました。あの方は長い間、退屈に飽いていましたから」
魔王の居城から出ることが叶わなかったミラにとって楽しみと言えば、自分を殺しにくる勇者一行との戦いぐらいしかなかった。だからその例外と言えるわたしたちの訪問を、彼女はことのほか気に入ったのだ。
そして、こうして外に出て自由に過ごせる今は、それ以上の喜びを、楽しさを、彼女にもたらしているのだろう。
「ですから、アレニエ様。どうかこれからも、魔王様を楽しませてくださいませ。それさえお約束していただけるのなら、今後も私の頭にこの地の侵略などという世迷言は思い浮かばないと誓いましょう」
「……もしかして、脅迫してる?」
「まさか。滅相もありません」
ルニアは相変わらず澄ました顔だ。
「というか、楽しませるって言われても、わたし、特別面白いことはできないよ?」
「アレニエ様は生き様がすでに面白いので問題ありません」
「もしかしてバカにされてる?」
「褒め言葉のつもりですが」
「ほんとに~?」
生き様が面白いって褒めになるんだろうか。なんだか釈然としない。
でも、まぁ、いいか。それでミラが楽しめるというなら。わたしはともかく、リュイスちゃんはもちろん面白いし、とーさんやユティル、ジャイールくんにヴィドくんだって、ミラにとっては十分面白い人間たりえるだろう。
はしゃいだ様子でリュイスちゃんを追いかけ回すミラを、わたしは微笑ましく眺める。あの顔が見れただけでも、わたしとリュイスちゃんが彼女に挑んだ意味はあったと思える。
それはそれとして、そろそろリュイスちゃんを助けてあげたほうがいいかもしれない。ルニアにも視線を向けてから、わたしは二人の仲裁に入るべく、歩き出した。