「お?〈
「アレニエ嬢? こんなところで何をしているのかね?」
わたし、アレニエ・リエスにそうして声をかけてきたのは、大剣を背負った大男と、フード付きマントを羽織った細身の男の二人組(どちらも二十代ほど)だった。
大男のほうはジャイールくん。フードのほうはヴィドくん。どちらも冒険者で、わたしの顔見知りだ。以前、とある一件から命の取り合いをしたこともあったけど、今はこうして気軽に挨拶する仲になっている。
ちなみに〈黒腕〉というのは、わたしの二つ名だ。鎧や右篭手は白いのに、左篭手だけ黒いことからこの名がついた。
「しー……! 今尾行中……!」
「あん?」
わたしは今、建物の陰に隠れて通りの向こうを覗き見ている状態だった。そんなわたしを見てジャイールくんが怪訝な顔を見せる。
が、ヴィドくんは違った。わたしと同じように物陰から顔を出し、向こう側を覗き込むと……
「――ほう。なるほど。リュイス嬢とユティル嬢じゃあないか」
彼の言う通り、視線の先には、親しげな様子で会話しながら通りを歩く白い神官服の少女リュイスちゃんと、水色の長髪を大きな帽子で隠した小柄な女の子、ユティルの姿がある。
ユティルは昔からのわたしの友人で、あちこちを巡って品を集めては不定期に露店を開く露天商を営んでいる。わたしが冒険で使う道具も彼女から購入したものが多い。
彼女はリュイスちゃんとも親交がある。多くの貴族の子女が所属する神殿総本山、そこからやって来たリュイスちゃんのことを、ユティルは初め警戒していた。
しかしリュイスちゃんには貴族らしい傲慢さが欠片もなかったことから、ユティルもすぐに警戒を解いたのだった。それ以来、意外と思えるほどに仲良くしている。
「なんでこんなとこから覗いてやがんだ? 普通に声かけりゃいいじゃねぇか」
なんの気なしにそんなことを言うジャイールくんに、わたしは過剰に反応する。
「だってリュイスちゃん、今日はわたしと一緒に出かけてくれなかったんだよ……!」
「あん?」
***
「……おはようございます、アレニエさん……ふあ……」
「おはよー、リュイスちゃん」
拠点であり、わたしの家でもある冒険者の宿〈剣の継承亭〉。
そこの二階にあるわたしの部屋に泊まったリュイスちゃんは、まだ眠そうな目をパチパチ開き、小さくかわいらしいあくびを漏らしながら、少しぼんやりとした様子で挨拶してくれる。
上・中・下の三層に分かれているパルティールの王都グランディール。普段は上層にあるアスタリア神殿総本山で生活しているリュイスちゃんだが、最近はわたしが暮らす下層に来ることも多くなった。移動が大変そうなので、たまにこうして部屋に泊めていたりする。彼女の宿代も浮くし、わたしはリュイスちゃんと一緒にいられるしで、いいことずくめだ。
ちなみに部屋にはベッドが二つあって、それぞれ別々のベッドで寝ている。わたしは一緒のベッドでもよかったんだけど、リュイスちゃんのほうはまだちょっと恥ずかしいみたいだ。
まだ眠そうなリュイスちゃんだが、一つ気合いを入れるとテキパキと身の回りを整えていく。こういうとこ偉いなぁといつも感心している。
「今日はどうしよっか? 何か依頼でも探す? それとも、まだそこまで慣れてないだろうし、下層の散策にでも行ってみる?」
「そうですね……あ、いえ、今日は、ユティルさんに用があるんでした」
「そうなの? じゃあ一緒に――」
「いえ、その、あの……すみません! 今日は私一人で行ってきます!」
「え?」
「そういうわけなので、アレニエさんは宿で待っていてください!」
「え?」
そう一方的に言うやいなや、支度を整えたリュイスちゃんは急いで部屋を出て行ってしまう。あとには、取り残されるわたし。しばし呆然と固まった後に……
「……え?」
わたしは何度目かの疑問の声を、口から漏らした。
***
「――というわけだよ」
「いや、どういうわけだよ」
簡潔に説明したのにジャイールくんはなぜか納得してくれなかった。解せない。
「だからー、なんでかリュイスちゃんが一人でユティルに会いに行っちゃったんだってば。別に一緒に行ってもよかったはずなのに」
「ふむ。リュイス嬢とケンカでもしたのかね?」
「してないよ、そんなの。昨日も普通に話してたし、部屋にも泊まってくれたし」
特段変わった様子はなかったはずだし、わたしも変なことはしていない。なのに実際、リュイスちゃんはわたしを置いてユティルと会い、今はああして親しげな様子で話に花を咲かせている。
「……なぁ。前から気になってはいたんだがよ……お前、リュイスの嬢ちゃんと、その……」
らしくなく歯切れの悪いジャイールくんに、わたしは事もなげに答える。
「ん? あぁ、うん。つき合ってるよ?」
「――! そ、そう、か……」
なんかちょっとショックを受けた様子のジャイールくん。彼がこんな反応するのも珍しい。
「まぁ、こいつのことは一旦置いておいてくれ。しかし、やはりそうか。男が少ないアスタリア神殿では、女性同士で交際に至る者も多いと聞くし、君たちは以前、〈剣の継承亭〉で口づけも交わしていたからな。驚きはしない」
そういえばあの時、宿の酒場にみんないる時に、感極まってリュイスちゃんにキスしちゃったんだっけ。
「別に、アスタリア神官だからってリュイスちゃんもそうだったわけじゃないよ。でも、まぁ……旅の間、色々あったからね」
「ふむ?」
ヴィドくんは興味深そうにこちらを覗き込むが、これ以上詳しく説明する気はない。というか、できない。わたしが半魔であることや、リュイスちゃんの持つ〈流視〉にまで関わる、複雑な経緯があってのことだからだ。
そう、色んな経緯があって、晴れてわたしたちは両想いで結ばれたはずだった。なのに……
「……わたし、何かしたかな……嫌われちゃったのかな……」
これがどうでもいい他人なら別に嫌われてもどうとも思わないのだけれど……わたしの全てを受け入れてくれたリュイスちゃんに嫌われたらと思うと、どうしようもなく不安が込み上げてきて……
「まぁ、何かしたかと言えば、アレニエ嬢は大体いつも何かやらかしているイメージだがな」
「うぐ」
「お前のことだから、どうせ普段から無神経な物言いしてんだろ?」
「うぐ」
それはまぁ、気にしてなくもないというか、でも今さら変えるのも難しいというか……
そういう部分も含めて、リュイスちゃんはわたしを受け入れてくれたんだと勝手に思ってたけど……実は不快に思わせちゃったりしてたのかなぁ……
――「アレニエさんのそういうところ、実は苦手だったんです。つき合い切れません」
うわ、脳内で声付きで想像したらゾワッときちゃった。もし本物のリュイスちゃんにそんなこと言われたらショックで寝込むかも。
「どうしよう……色々改めたほうがいいのかな」
「おう、お前は放っとくと揉め事起こしやがるからな。どんどん反省しろよ」
「顧みてくれるならば、我々の被害も減少するかもしれんからな」
「さてはそれが狙いでしょ。別にあなたたちにそこまで迷惑かけてないと思うんだけどなぁ」
「この間の魔物退治の依頼でお前が蹴り飛ばした魔物に巻き込まれたばっかなんだがもう忘れたのか鳥頭」
「周り見ずに大剣振り回して余計なものまで斬っちゃったジャイールくんがそれ言う?」
そうして笑顔でジャイールくんと睨み合うわたしだったが、次のヴィドくんの一言で我に返る。
「ふむ。それでリュイス嬢とユティル嬢を尾行しているというわけだ。面白いじゃないか。ところでこのままではその二人を見失ってしまいそうなのだが、いいのかね?」
「いや、よくない、よくないよ」
わたしは慌てて、二人の尾行を再開するのだった。