【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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14節 黒腕

 リュイスちゃんが背後の敵に向かっていくのを確認してから、わたしも自分の相手に向き直る。

 

 左端には、先刻得意げに喋っていたフードの男。

 そこから順に、剣士っぽいの、盗賊っぽいの、重戦士っぽいの、魔術師っぽいのが並び、最奥に昨日の大男が陣取っている。

 リュイスちゃんが背後の二人を引き受けてくれたおかげで、前方だけに集中できる。この人数なら、なんとかなりそうだ。

 

「どうやら背後は神官のお嬢さんに任せる気らしいが、いいのか? 死ぬかもしれんぞ」

 

 あくまで余裕を崩さない声を上げたのは、フードの男。

 それは、おそらくわたしを動揺させるための、そして彼女を非力な神官だと侮っているがゆえの発言だ。

 

 魔物との戦闘、穢れの浄化を担う一般の神殿と違い、総本山の主要業務は神への祭儀と、その際必要となる炎の維持だ。前線で戦うなどありえない、と自他共に認識している。同じく総本山に所属するリュイスちゃんが戦力になるとは、(はな)から考えていないのだろう。

 

 しかし彼女と一夜を共にした(誇張あり)わたしは知っている。

 彼女の華奢(きゃしゃ)な外見の奥に隠された引き締まった体と、刻まれた無数の生傷を。

 

 そもそもあの人の弟子と聞いた時点で、ある程度戦えるのは予想できていたし、昨夜の握手で直接触れて、力量もおおよそ量れていた。

 

 あるいはそれでも、この状況で怯え震えるだけの子なら、相手を殺してでも逃がすしかなかったかもしれない。

 けれど彼女は、恐怖を押し殺しながら戦いを決意し、なおかつ自身の信条を通そうとすらしている。

 

 そういう子は嫌いじゃない。というかむしろ好感が持てる。

 訓練の成果をどれだけ出せるかは分からないが、しばらく足止めしてくれれば十分だ。こちらをすぐに片付けて、救援に向かえばいいのだから。

 

「そう簡単にはいかないと思うよ。それより、あなたは自分の心配したほうがいいんじゃない?」

 

「ほう? 二人抑えた程度で、もう勝てると?」

 

「うん。これから全員叩きのめすよ」

 

 あっさりと言い放つわたしから目を離さないまま、くつくつとフードの男が笑う。

 

「不敵だな、〈黒腕〉。噂も馬鹿にできんか」

 

「……さっきも悪名高いとか言ってたけど、わたし、どんな噂されてるの?」

 

 言いながら、意識はこれからの手順に傾けつつ、体は弛緩(しかん)させておく。

 フードの男はこちらの動きを警戒しているようだったが、元から饒舌(じょうぜつ)なのか、問うと存外素直に答えてくれる。

 

「自分の評判はあまり聞こえてこないか? 君は中々の有名人だ。その容姿に、鎧とちぐはぐな黒い篭手は目立つからな。腕前や素行もだ。オレが聞いたものだけでも……『腕はあるが常識がない』『気紛れで気分屋』『笑顔の斬殺魔』『魔物のほうが可愛く見える』『眠り折り姫』『自動腕部へし折り機』――」

 

「うんわかった、もういい」

 

 半分くらいはうちの店でも聞いた噂(わざわざ教えに来るのとかがいるので)だったんだけど……なんか色々尾ひれがついてるし後半変なの混ざってるし。

 

 多少意気を削がれたものの、気を取り直して手順を確認。必要な道具をどこにしまっているか意識する。その間も、相手に悟られないように会話は止めない。

 

「えぇ……そんな風に言われてるの? なんかへこむなぁ」

 

「君の行動の結果だろう。次からは気をつけることだな。次があればだが」

 

 余計なお世話すぎる。

 

「そうだねー。これから気を付けるよ」

 

 笑顔で心にもないことを言いながら、わたしは無造作に腰のポーチから取り出したものを放り投げた。

 

 フードの男は武器による投擲(とうてき)を警戒していたようだけど、わたしが投げたのはただの水袋だ。しかも彼らにではなく、空へ向けて適当に放っただけの。

 しかし止まっているものより動いているものを目で追ってしまうのは、生物の習性だろうか。襲撃者たちは、ゆっくりと放物線を描く水袋に反射的に視線を釣られ、頭上を見上げていた。

 

 相手が目を奪われている間に、今度はスローイングダガーを取り出し即座に投擲。狙いは奥にいる大男の右腕。そして、もう一つ。

 大男とフードの男はいち早く水袋から目を離し、こちらに視線を戻すが、次は直線的に飛来する刃への対処を迫られる。

 

「ぬぁっ!?」

 

 ギインっ!

 

 大男は寸前で反応し、ダガーを手甲で弾く。金属同士が衝突する甲高い音が辺りに響き渡り、全員が大男のほうに視線を、意識を奪われるが。

 

「――な…にぃ…!?」

 

 今度の声は、その場でガクリと膝をつくフードの男。その右足の太腿には、今の金属音の隙にわたしが投げたもう一本の刃が、深々と突き刺さっていた。

 

 この辺りで、最初に投げた水袋が地面に落ち、バシャっと音を立て、中身を撒き散らす。

 再び予期せぬ音に意識を妨げられる男たち。わたしはその間に、こっそり魔術の詠唱をしていた右端の魔術師っぽいのの元まで走り寄り、移動の勢いを乗せて顔面を蹴り飛ばす。

 

「げぶっ!?」

 

 魔術師っぽい見た目通り、接近戦は得意でないのだろう。避けるそぶりもなく後方に吹き飛ぶ。

 これで面倒そうなフードの男を封じ、奥の大男を牽制したうえで、包囲を崩すことができた。この位置なら、全員を視界内に収められる。

 

 その場で、左足を軸に旋回する。

 足元で生み出した『気』を全身に伝え、練り上げ、同時に周囲の空気を――風の『気』を、右足に纏わせていく。

 

 

  ――――

 

 

『気』を扱う際に必要な体の動き、体内を巡る力は、体力や生命力と言い換えることもできる。

 そしてそれは人間だけでなく、動物や植物、大地や水、あるいは自然現象など。アスタリアが生み出した全ての創造物に宿っているのだという。エルフなどの一部の種族は、その力を『精霊』と呼んでいるらしい。

 

 呼び名に関してはなんでもいいし、本当にそんなあちこちに精霊とやらが宿っているのかも分からない。

 が、実際に一部の自然物の『気』を借りられることは事実として。体感として、知っていた。

 

 

  ――――

 

 

 十分に風の『気』が集まったところで回転を急停止。行き場のなくなった力を足先に誘導し、解放――蹴り放つ。

 

 襲撃者たちに向かって真っすぐ突き出された右足を中心に、纏わせた風が渦を巻き、螺旋を描き、直進する。

 横倒しの竜巻は軌道上にいた全てを飲み込み、薙ぎ倒し、吹き飛ばしていく。膝をつくフードの男も、立ち呆けている有象無象も、等しく暴風に(さら)われていった。

 

 やがて風が凪いだ後に残っていたのは、わたしの足元から男たちに向かって放射状に(えぐ)れた地面と……背負っていた大剣を盾にして防いだらしい、あの大男のみだった。

 

「……ふぅ」

 

 なんとかなったので良かったが、内心は結構ひやひやしていた。

 もし一つ間違えれば、これ以上人数が多かったら、ここまで上手くはいかなかった。それこそ、どちらかに死人が出ていたかもしれない。

 

 わたしは博愛主義者じゃないし、彼らの生死には実際興味がない。

 他に手がないなら躊躇(ちゅうちょ)もしないし、黙って殺されるくらいなら相手を殺してでも生き延びる。

 けれど……別に、好んで命を奪いたいわけじゃない。抵抗を感じないわけじゃない。

 

「(それに、頼まれちゃったからね。危なっかしい依頼人さんに)」

 

 出会ってからここまでの感触に過ぎないけれど、どうも彼女は、死者が出ることを極端に恐れているように見える。

 まあ、穢れを嫌う神官なら当たり前とも言えるし、亡くした家族を思い出してしまうからかもしれない。

 

 その反面……いや、他人の死を恐れるからこそ、だろうか。自分が犠牲になることに関しては、受け入れているような節がある。

 こちらとしては、本当に護衛対象に死なれても困るし、自身を顧みないかのようなその態度も、あまり好ましく感じない。先刻の覚悟とは裏腹に。

 

 それに、他にもなにかこう、自分の中で引っかかる部分があるというか……上手く言えないけど、もやもやする。

 

 なんにしろ、一度引き受けた以上なるべく依頼人の意向に沿うべきではあるし、殺さずに済むならそのほうがいい。穢れの処理も面倒だし。

 

 ともあれ、こっちは粗方片付いた。

 彼女のほうはどうかと視線を遣ると……相手をしていた男たちは、付近に一人、なぜかやたら離れた場所にもう一人倒れており、彼女自身はこちらを見てポカンとしている。

 急いで片付けて加勢に向かうつもりだったけど、どうやらその必要はなかったみたいでなによりだ。

 

 残るは一人。

 降伏に応じてくれればいいが、そうでなかった場合を考え、わたしは気を引き締め直した。

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