「思ったより話し込んじゃったね。ほら、食べよ食べよ。朝はバタバタしててゆっくり食べられなかったし」
「そう、ですね」
話を打ち切り、手にした食事を頬張る彼女に続いて、私も同じものに口をつけた。
「……!」
塩漬け肉とチーズの旨味に、一緒に入れられた野菜とそれらを包むパン(総本山で出されるものに比べたらかなり固くはあったが)が、単体だと主張の強い具材の味を和らげてくれる。
気づけば夢中で食べ進める私を、アレニエさんが少し嬉しそうに覗き込んでいた。
「美味しい?」
「(こくこく)」
口いっぱいに頬張ったせいでそれ以上口を開けなかったが、首を上下に振ってなんとか気持ちを表す。お世辞でもなんでもなく、本当に美味しい。
それに……なんだろう。ホっとする、と言えばいいんだろうか。口に運ぶ度に、胸の内から温かさが広がっていくような、そんな感覚さえ覚える。
屋外に野晒しで、彼女と私しかいない、傍から見れば寂しくも見える食事の場。
なのに今の私は、これまでのどんな食卓よりも、安らいだ心地を感じている。
「そっか、良かった。『上』で暮らしてたら、もっといいもの毎日食べてるだろうから、口に合うかちょっと心配だったけど」
それまで活発に動いていた口が、ピタリと止まる。パンを持つ手が、途端に重くなる。
「……そう、ですよね。本当なら、美味しいはず、なんですよね……」
「?」
口を開くべきか、わずかに迷う。
しかしここで黙り込んでしまえば、せっかくの食事も先ほどまでのように味わえないだろうことは、私にも想像がついた。だから言葉を手繰り寄せ、絞り出す。
「……その……急に、変なことを聞きますけど……アレニエさんは、総本山に所属する条件を、ご存じですか?」
「へ? まぁ、一応、人並みには知ってるけど……えぇと。まず、貴族なら簡単になれるんだよね。元々神官は貴族しかなれなかったから」
コクリと、頷く。
「それから、神官として、優れた実績を示すこと。確かこっちは、平民でも総本山に所属できるように、って後から追加されたやつだね」
「はい……。……それらの条件を、私が満たしているのかどうか。アレニエさんは、疑問に思うことはありませんでしたか?」
「あ、うん。最初会った時にちょっと思ったけど」
率直な人だなぁ。
苦笑と自嘲を顔に浮かべつつ、私はぽつぽつと口を開く。
「……以前話したように私も孤児で、総本山にいるのも、引き取ってくださった司祭さまに連れられてのことです。彼女の養子だとは公表せず、あくまで師弟として。そして、傍仕えとして、ですが」
「傍仕え?」
「主に貴族出身者に向けた制度です。一人では着替えもできない、という方も珍しくないらしくて……」
「……よく分かんない世界だなぁ」
「正直に言えば、私も」
彼女の言葉に思わず同意してしまい、苦笑が漏れる。
「その意味ではクラルテ司祭にも、本来は必要なかったのですが……私を同行させるには、都合のいい制度だったんです。司祭さまとしても、私から目を離すのは不安だったらしくて……ただ……」
「ただ?」
「本当なら、傍仕えとして所属するのにも、先ほどの条件を満たさなければいけないんです。でも……私は特例として、そのどちらも満たさずに、入り込んでしまった……他の人たち――正規の道筋で所属している神官にとってみれば、それは……」
厳粛な空気に包まれた広い食堂に、同じ聖服を身につけた神官たちが整然と着席する。
食卓に並ぶのは華美になりすぎない程度の、けれど一般の神殿に比べれば遥かに豪華な料理の数々。
本来なら私が口にできるはずのなかった、最上級の食事。それを……私は黙々と口に運び、流し込み、できる限り手早く終えようと、苦心する。
食事の間中感じるのは、周囲からの侮蔑や疑念の視線。耳には届かないはずの言葉たち。
継がれた血筋も資産も持たない。優れた資質も実績も示せない。それなのに、どうして貴女はここに、世界で最も貴き神殿に、今ものうのうと留まっている――?
「……周りの人たちのそれ、教義で言う悪思とか悪語ってやつじゃないの?」
彼女の言葉に私は曖昧に笑い、話を続ける。
「……正直、味もよく分かりませんでした。何を食べても、食べた気がしない……私にとって日々の食事は、ただ生きるために栄養を流し込む作業で……。……でも、今は。このパンの味は――」
旅に対する不安は少なくなかったが、普段の環境から抜け出す好機でもあった。
現に今、こうして穏やかに食事を取れている。それだけでも、神殿を出た甲斐はあったと、そう、思える。
「そっか……一口に『上』で暮らしてるって言っても、いろいろあるんだね。……うん、でも、そっか。とーさんのパンは、ちゃんと味わえてるんだね」
「はい」
と、そこで不意にアレニエさんの瞳が、悪戯っぽく輝く。
「それってさ、とーさんの料理のおかげだけ? それとも……わたしと一緒の食事だから、かな?」
「え……えっ?」
慌てふためく私の様子に、アレニエさんは笑みを浮かべる。
彼女が意図してそうしたのかは分からない。
けれどおかげで、私が沈めてしまったこの場の空気が、元の温かさを取り戻した気がした。
そうして私をからかいながら、いつの間に食べ終えたのか、彼女は既に二つ目に口をつけていた。
実際、マスターの餞別はお世辞抜きに美味しく、今日は色々あったため普段より空腹も大きい。
赤面しながら、私も手にしていた分を食べ終え、次に手を伸ばした。