【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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幕間8 ある襲撃者たちと……②

「……ウ……ア…………アァァァァァアアッ!!」

 

 獣のような咆哮を上げ、侍女の姿と魔物の力を併せ持った少女が、執務机を軽々と飛び越え、こちらに襲い掛かる。

 

「ジャイールっ!」

 

「応よ!」

 

 オレは一歩後ろに引きながらエイミ嬢の相手を引き受け、ジャイールの進路と戦場を確保する。

 

「っしゃあ!」

 

 巨体の割に素早く駆け込むと、ジャイールは片手でソファーの一つを掴み上げ、領主に向けて力任せに投げ飛ばす。

 唸りを上げて迫る大型の家具。領主はそれに、何も持たない右手を静かに掲げ……次の瞬間、ソファーの中央が中空で、〝何か〟にグシャリと潰された。

 

 受け止める、ではなく、向かってきた物を引き千切るかのような一瞬の破壊。難を逃れたソファーの端と端が、投擲の勢いを殺さないまま、領主を避けるように壁に激突する。

 

 投げた本人は、今目の前で起こったことを気にする様子もなく(あるいはいつも通り小難しく考えていないだけかもしれんが)、領主の体に刃を突き立てるべく、突進する。が――

 

 ガギン――!

 

 金属が衝突する音と共に、大剣の切っ先が弾かれる。

 

 今度は、はっきりと見えた。向かい来る大剣に差し出すように掲げられた領主の右手が……見る間にグニャリと形を変え、黒鉄の盾と化してジャイールの突きを防ぐ様を。

 

「――私の魔術は『血肉』。この身を剣より鋭く、盾より硬くすることもできるんですよ。ほら、こんな風に――」

 

 パルティールでは遭遇する機会がなくとも、実際に魔物領に足を運んだ者の噂、生態を研究する学者などによって、魔族に関する調査はある程度進んでいる。その一つであり、人間と決定的に違うものが、詠唱を要しないという魔族の魔術だ。

 

「(自身の身体を操る……魔族特有のものか。それも興味深いが……詠唱せずに魔術を扱えるのも、定説通りとはな……!)」

 

 例に漏れず、目の前の女魔族も手をかざすだけで術を使い、右手をさらに変異させてみせる。

 盾は大剣の一撃を防いだ後、面積が縮小すると共に中心が隆起し始める。次第に形成されゆく長大な刃は、次の瞬間、膨れ上がるように伸長し、眼前の敵を刺し貫くべく、矢のように迫――

 

 ――かはぁぁぁ……

 

 突きを弾かれた位置で足を止めていた巨体から、低く、重く、呼吸が響く。

 肩で担ぐように大剣を構え、強く後ろ脚を踏み込み前進。自身に迫る魔術の肉刃を、武器を担いだ構えそのままに、わずかに膝を抜いてかわし……重心を落とした反動を使い下方から跳ね上げ、弾く。魔族の腕が上がり、胴が空く。

 

「……!? ですが……!」

 

 防がれ、態勢を崩されたことに領主は幾分戸惑った様子だったが、咄嗟に腹部を鎧のごとく変異させ、迫る刃金に耐えるべく身構える。

 

「っぜぇぇえりゃああああ!!」

 

 ――そこへ、一閃が走る。

 

 巨体から伝わる力を乗せた大剣は、魔術で変異・強化させた胴部を薙ぎ払い、その身を二つに分け、さらには背後の壁をも寸断し、宙を薙ぐ。行き過ぎた刃はやがて床の半ばまで食い込み……そこで、ようやく停止した。

 

「――? ……? 魔具ですらない、ただの剣で、私の、魔術を……?」

 

 無残に断ち切られた上半身は、落下する間も心底不思議そうに、信じられないものを見るように、鋼の刃を見つめ続けていた。

 

「ハっ、この程度も斬れねぇで、〈剣帝〉が目指せるかよ」

 

 床から剣を引き抜き、ジャイールは満足気に息をつく。

 が、その顔には疲労の色が見え、首に巻かれた包帯からはかすかに血が滲み出ている。力を入れ過ぎて傷が開いたのだろう。

 

「ウ……ア……あ……」

 

 ここまでなるべく傷つけぬよう押さえ込んでいたエイミ嬢から、弱々しい呻きが漏れる。こちらを引き裂くべく込められていた力は弱まり、全身から急速に力が抜けていく。

 

 加護も大方の魔術と同様に、被術者、もしくは術者の死(一応まだ息はあったが)によって、効果が失われるのだろう。与えられた偽りの力から解放され、意識を失った小柄な肢体を、慌てて受け止める。

 彼女を静かに床に横たえてから、オレも領主に向き直った。

 

「どうやら魔力は見えても、技術までは量れなかったようだな」

 

「技じゅ、つ……そんな、もので……?」

 

 しかし領主――魔族にとって、生来の力ではない『技』というものは、納得のいく理由ではなかったらしい。

 

「力で劣る我々が君らに対抗するには、〝そんなもの〟を磨くしかなかったのさ。だがその結果は……君の身体が、何より物語っているだろう?」

 

「……なる、ほど……私が、見くびりすぎていた、と……なるほど……ふふ……勉強に、なりました、よ……」

 

 それだけを言い残し、領主を騙っていた女魔族は、至極あっさりと動きを止めた。

 床に転がる二つの半身、それぞれの切断面から、濃密な穢れが漏れ始める。生命活動を停止した生物全てが発する、死の証としての穢れが。

 

「……なんつーか、魔族って割にはそこまで手応えなかったな」

 

「それでも、そこらの騎士や冒険者では荷が重かったろうがな。だが確かに、噂に聞いていたほどでは……。……『だからこそ』、か?」

 

「あん?」

 

「いや、どうでもいい話だ」

 

 そう、今さらどうにもならん話だ。推測を確かめる手段もない。

 全く気にならんと言えば嘘になるが……まぁ、そういうのは神官を始めとする知識層の仕事だろう。

 

「それより、ここまで侵入した当初の目的は、領主の思惑を、事の真相を突き止めるためだったんだがな。殺してしまっては、背後関係も何も聞き出せないだろう」

 

「思惑っつったって、魔物集めて暴れさせる以外なんかあんのか? 魔族の背後にいるやつなんざ、魔王か魔将くれぇだろうしよ。どっちにしろ、ヤっちまや一緒だろ」

 

「……時々、お前が羨ましくなるよ」

 

「バカにしてんのか?」

 

「羨ましいと言っただろう」

 

 実際、これはお互いに性分というやつで、それこそどうしようもないものなのだろう。

 

「さて、長期に渡って領主が成り代わられていた以上、本物の領主は監禁か、最悪の場合すでに殺されていると見るべきだろう。叶うなら、屋敷内を捜索しておきたいところだが……あぁ、目の前の穢れの処理も考えなければならんか。しかし……」

 

 そんな暇など無いと知らしめるように、ドタドタと複数の足音が向かってくる。

 

「おい、お前ら! すぐにここを…………うわああぁぁぁ! お前ら、とうとう領主までヤっちまったのか……!」

 

 各所に散っていたはずの仲間がやかましく集まると共に、執務室の惨状に悲鳴を上げ出す。……いや待て。とうとう、とはどういう意味だ。

 

「手短かに説明するのは難しいが、一応これには理由があってだな。実は領主は――」

 

「どうせ表の衛兵と一緒で魔物が化けてたとかそんななんだろが! いいからとっとと脱出すんぞ!」

 

 理解が早くて助かる。

 しかし……この慌て様は、少々気になるな。

 

「もしや、もう人が集まってきたのか? 随分と早い気もするが」

 

「それどころじゃねえよ! どこから嗅ぎつけたのか知らねぇが、もう屋敷の表門まで近づいてやがるんだよ!」

 

「何が」

 

「俺らのそもそもの目的だ! あいつらがすぐそこまで来てんだよ! ――――勇者が!」

 

「「――ほう?」」

 

 その名を耳にしたオレとジャイールは同時に目を輝かせ、興味深げに声を上げた。

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