【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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35節 嵐が過ぎる前に

 グっ、ググっ、――コン。ググっ、ギシ、ギシ、――コン。

 

「………?」

 

 ベッドで眠っていた私は、打ち付ける風雨に混じる異音を耳にし、ぼんやりと目を覚ました。

 

 窓の外はまだ暗く、朝には遠い。

 明かりを消した部屋は当然外と同じ暗さで、開いたばかりの目に映るのも周囲と同じ闇ばかりだ。断続的に鳴る雷が一瞬だけ室内を照らしては、またすぐに暗闇が辺りを支配する。

 

 しかしその一瞬の光の中に、窓の傍でなにやら(うごめ)く、怪しい人影が突如映し出される。

 

「――……」

 

 この部屋には私とアレニエさんの二人きり。部屋の扉は閉まっており、誰かが侵入した形跡もない。

 そして隣のベッドでは、アレニエさんがまだ寝息を立てて………いなかった。見ればベッドはもぬけの殻だ。つまり。

 

「……アレニエさん?」

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

 闇に蠢く怪しい影は、隣で寝ていたはずのアレニエさんだった。分かってしまえば当たり前の話だけど……ちょっと怖かった。

 

「……こんな夜中に、どうしたんですか?」

 

「ちょっと外に用事があってね」

 

「……こんな夜中に、ですか?」

 

 繰り返すが、今はまだ朝には遠い時刻で、辺り一面真っ暗だ。外では依然、嵐が吹き荒れている。

 日中に出歩くのも危険な状況なのに、この暗闇の中でなんの用事があるというのだろう。そして、気になる点は他にも。

 

「あと、それ……なに、してるんですか?」

 

「ん? 板の釘抜いてる」

 

 強風に備えて窓には木板が当てられ、釘で打ち付けて固定されていたのだが、彼女はその釘をわざわざ抜いて木板を剥がしていた。……どうして?

 

「念のため、窓から出ようと思って」

 

 …………どうして?

 

「玄関から出ると、誰かに気づかれるかもしれないからね」

 

 ……つまり気づかれると不味いことをするんでしょうか?

 

「悪いけど、明かりはつけないで待ってて。戻ってきたら窓叩いて合図するから、そーっと開けてね。というわけで、いってきます」

 

 木板を全て外した彼女は一方的に言い置くと、窓と鎧戸を開ける。

 途端に、つい先刻まで外から聞こえていただけの暴風雨が、わずかな入り口から室内に侵入しようと暴れ始める。

 

 アレニエさんは隙間からするりと体を滑らせると、どうやったのか外から窓を閉め、そのまま嵐の夜に消えていった。

 

 私はどうすればいいのか分からないまま、部屋の中でおろおろしていた。

 

 彼女の言う用事とはなんなのか。なぜ他の人に見つかるとまずいのか。外からどうやって窓を閉めたのか。とりあえず濡れて帰って来るのは間違いないのだから、体を拭く布だけでも用意していたほうがいいだろうか。

 一応荷物から布だけ取り出した後は、ベッドに腰を下ろし悶々としながら、知らず枕を抱きしめていた。

 

 そんな状態が、どのくらい続いただろうか。

 

 ――コンコン

 

 控えめに窓を叩く音が突然響き、びくりと体が跳ねる。

 が、すぐに彼女の言っていた合図だと気づき、可能な限り静かに窓を開けた。

 

「――ぷあっ!」

 

 風雨と共にアレニエさんが部屋に飛び込み、音もなく着地する。

 私は強風に苦戦しながらなんとか鎧戸を落とし、窓を閉めた。

 開けた時間はほんのわずか。それでも風に押された雨粒は、室内を広範に濡らす。

 そして猫のように体を震わせ水気を払うアレニエさんが、さらに雫を飛び散らせ――冷たい!

 

「ひぅっ!?」

 

「あ、ごめん」

 

「もう……ちゃんと拭いてください」

 

 手にしていた布をアレニエさんに渡す。

 

「ありがと」

 

 素直に受け取り、彼女は濡れた髪を拭き始めた。痛みを庇うような様子は見えないので、とりあえず怪我などの心配はなさそうだが。

 

「それで……結局何をしに行ってたんですか?」

 

 ひと段落ついたところで、最も気になっていた疑問を口にする。こんな嵐の夜に人目を忍んで外出し、彼女はなにをしていたのか。

 

「えーと……内緒?」

 

「……アレニエさん?」

 

 寝起きでわけも分からず心配させられて説明もなしってさすがに怒ってもいいですよね?

 

 私の口調から怒気を感じ取ったのか、彼女は少し困ったように笑いながら弁解する。

 

「リュイスちゃんは、多分知らないほうがいいと思って」

 

「……私は知らない方が、いい?」

 

「誰にも見つかってないはずだけど、一応ね」

 

「…………」

 

 ……困った。

 こっそり窓から出たことといい、今の発言といい、どうにも良からぬ想像が浮かんでしまう。

 けれど、彼女はなんの理由もなく悪事を働く人ではない……はず。たとえするとしても、そこにはおそらく意味がある……と、信じたい。

 

「……どうしても、言う気はないんですね?」

 

「今はね。あとでちゃんと話すよ」

 

「……わかりました。もう聞きません」

 

 私は嘆息しつつ、渋々了承した。どのみち、詳細は語ってくれなさそうだ。

 

「ありがと」

 

 安堵からか、彼女もホっと息を吐きながら言葉を返す。

 

「おっと。忘れるとこだった」

 

 先刻木板から抜いた釘を拾い集め、彼女はナイフの柄に布を巻き付かせたもの(おそらく音が響かないように)で、再び窓に木板を打ち付けていく。

 

「証拠は残さないようにしとかないとね」

 

 ……私、今、完全犯罪の現場を目撃しているのでは。

 

 改めてちょっと不安になったものの、努めて気にしないようにしつつ、私たちは再び眠りにつく。

 結局、この夜の彼女が何をしていたかは、後にすぐわかった。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 ――少し前。わたしが窓から飛び出した後の話。

 

 横殴りの雨が体を叩きつける中、川沿いの道を流れに逆らって走る。

 念のため人目がないか警戒もしているが、元より真夜中の、しかもこんな天気に出歩くような者は他にいない。

 城壁の詰め所には一応門番が待機しているはずだが、さすがにその近辺以外に目は向かないだろう。というか、この嵐じゃ不審者どころか魔物も出歩くのに苦労すると思う。

 

 しばらく走った先に、求めていた立地を発見する。

 ペルセ川の上流で、すぐ傍に木々が林立する場所。ここなら適度に村から離れていてちょうどいい。

 林の奥に分け入り、体を動かせるだけの空間を見つけ陣取り、川に向かって相対する。

 

 眼前には数本の樹々。その先には濁流と化した川。

 それらを見据えながら軽く前後に足を開き、わたしは深く、静かに息を整える。

 

「……すぅーっ……ふぅーっ……すぅーっ……ふぅーっ……」

 

 大きく息を吸い、お腹に空気を送り込む。同時に、その先にあるへその下、重心の中心を意識し、『気』を集めていく。

 息を吐き出す際には、『気』は中心から末端に広げていく。身体の中心から全身に広げ、手足の先まで行き渡り、そしてまた戻っていく。

 体内を『気』が駆け巡る様をイメージしながら呼吸を続け、循環させ、研ぎ澄ませていく。雨に濡れた体が、内側から熱を帯びていく。

 

 

  ――――

 

 

 ……ん? その場を動かず息を吸って吐いてるだけなのに、どうして『気』を操作できるのか?

 わたしも、習いたての頃は疑問に思ってた。体を動かす際の力を増幅する技術なのに、動かず呼吸を整える意味はあるのかと。

 

 けれど、『気』を扱う人は例外なく呼吸を重視していたし、正しい呼吸を身につけるのは適した身体を作るのにも繋がる。それに修練を続けるうちに、自分でもその重要性に気が付いた。

 

 こうして静かに立っているだけでもわたしたちの体は、肺が、心臓が、血管が――体の内側が、常に〝動き〟続けている。

 内に流れる力を意識し、体中を巡らせ整えるのが、『気』を扱う際の呼吸の役割だ。まあ、体の中で実際にどう動いてるのかは、よく分からないけど。

 

 それに体外の空気を吸うのは、風の『気』を体内に取り込み、一体化することでもある。だから呼吸は、体の内と外の『気』を操る技術とも言えるわけだ。

 そもそも、息が乱れれば満足に動けないなんて当たり前のことなんだから、本当は難しく考える必要もなかったのだろう。呼吸大事。

 

 

  ――――

 

 

 その場で鋭く旋回する。

 呼吸で加速させた体内の『気』と、嵐で辺りに溢れた風の『気』とを、利き足の右足一点に集め、一つにし、さらに増幅させる。

 体にまとわりついた雫を、辺りの風を吹き散らし、前方の木々に向かって、遠間から全力で回し蹴りを放った。

 

「……ふっ!」

 

 呼気と共に振り抜いた右足から、わずかに遅れて巨大な風の刃が発生し、前方の樹々を薙ぎ倒す。

 次々生み出される倒木は水飛沫(みずしぶき)を上げて背後のペルセ川に落下し、流木となって下流に流されていく。

 嵐で勢いを増した濁流は、重い荷物もやすやすと運んでくれる。やがてその先にある橋に衝突し、破壊してくれるだろう。

 

「(そうなれば、すぐにはこっちに来れないよね)」

 

 土砂と共に流れゆく木材に少し遅れ、わたしは川の流れに沿って下流に向かった。

 しばらく走り続けると風雨の音に混じり、なにかがぶつかるような鈍く、重い音が耳に届いた。

 

 前方に、昨日わたしたちも渡ったアクエルド大橋が見えてきた。

 流れ着いた木材(自然に流されたものもあった)は橋の手前で渋滞している。狙い通りにここまで運ばれ、衝突してくれたようだけど……

 

「あー……」

 

 残念ながら、橋は健在だった。

 

 橋脚の一部は破損している。一般人が渡るのは流石に止められそうだが、どうしてもという人は少々の危険は顧みず押し通るかもしれない。勇者なんかは特に。

 なのでわたしは、次善の策に出る。

 

 懐から取り出したるは、拳大の丸い物体。

 強い衝撃を受けると周囲の魔力を燃料に起動するというそれは、出発前にユティルから買った爆弾だ。

 

 橋に近づき、周囲に人がいないことを確かめ、タイミングを待つ。

 さっきから頻繁(ひんぱん)に鳴っているし、待たずともすぐに次が来る――なんて思っている時ほど、なかなか来ないが――と、当たりを付けて待つことしばし。やがて、空が一瞬だけ光に照らされる。

 

「(――来た)」

 

 胸中で喝采を上げ、即座に手にした球体を全力投球する。

 

「ふっ!」

 

 狙いは橋の側面下部。さっきの流木が当たった橋脚――の、隣の橋脚。

 球は狙い通りの箇所に命中し、衝撃で起動。周囲の魔力を一瞬で吸い上げ、爆音と共に爆発する。

 それとほぼ同時に、先刻空を照らした光――落雷の轟音が遅れて響き渡り、爆発の音をかき消してくれる。

 肝心の橋は――

 

「(頼むよユティル)」

 

 爆発は小規模だったが、その衝撃はしっかりと目標を打ち、破砕してくれた。

 流木によって破損していた橋脚、さらにその隣の橋脚……と、衝撃は伝わり、崩壊は連鎖していく。橋を構成していた石材が次々と落下しては、川面に水飛沫を上げながら沈み、流されてゆく。

 

「……うん。よし」

 

 この損壊具合なら、徒歩はおろか他の方法でも渡るのは難しいだろう。少なくとも気軽に跳び越えられる距離じゃない。鎧を纏っていればなおさらだし、流されればただじゃ済まない。

 

 確認している間にも、壊れた橋の周りには濁流に運ばれた物が様々に堆積していく。わたしが手を出した証拠はおそらく残らないだろう。

 これで一応、後顧の憂いは解消されたはず。というわけであとは帰って――

 

「――っくしっ」

 

 急に込み上げてきたくしゃみを慌てて噛み殺す。この嵐の中じゃ耳にする相手もいないだろうけど。まぁ、それこそこんな嵐に出歩けばびしょ濡れにもなるよね。

 改めて周囲を警戒し、気配を消しながら、わたしはリュイスちゃんが待つ宿へと帰還した。




嵐で橋が倒壊して渡れない場所。RPGでよく見る、「序盤から見えてるけど後半まで進めないと行けない場所」を意識しました。裏では勇者を救うべく泣く泣く橋を落とした誰かがいたかもしれません。
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