【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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39節 奇襲

 下草をかき分け、土を踏みしめる音が。鎧の擦れる金属音が。広場に複数近づいてくる。

 同時に、物音の主である彼らが交わす会話も、徐々に耳に届いてくる。

 

「――……しかし、本当にここに現れるのでしょうか」

 

「……胡乱(うろん)な輩ではあるが、能力は確かだ。わざわざ我らに無駄足を踏ませはしないだろう」

 

「そりゃあ、勇者なんざさっさと殺しちまうに限るが……大将、実はあの女に便利に使われてるだけなんじゃねぇか?」

 

「『あの女』呼ばわりはやめなさい。仮にも魔将の一柱に」

 

「お前も『仮』って言ってるじゃねーか」

 

 巨大な斧を片手で軽々と握る、赤銅色の肌の男魔族。見るからに物静かな青白い肌の女魔族が並び歩き、その奥に、全身を漆黒の鎧で覆った魔将が控えている。話の内容からすればやはり、魔将の配下で間違いないようだ。

 

 私は木陰と結界の内側に隠れ、仕掛ける機を窺っていた。

 

 ――「リュイスちゃん、簡単な結界なら使えるって言ってたよね。あれ使えるかな。なんか魔力を抑えるやつ」

 

 待ち伏せる前に彼女が求めたのは、《封の章、第三節。静寂の庭、サイレンス》。指定した空間の魔力を遮断(しゃだん)・沈静化させる法術。

 術者の力量にもよるが、基本的には人一人をすっぽり覆うほどの範囲に、前述の効果を一定時間もたらすもので、その場に誘い込めば相手の魔術を封じることもできる(強すぎる魔力は沈静化させられず、できたとしても術の効果範囲に入っている間だけだが)。

 

 が、今回はその逆。私自身が結界の内側に入ることで魔力を隠し、魔覚に優れた魔族たちに感知させないのが目的だった。

 

 ここからでは姿が見えないが、アレニエさんもそう離れていない場所に潜んでいるはず。元から魔力のない彼女は、小細工を弄して隠す必要もない。

 

 私たちが潜む広場の入り口(彼らにとっては出口だが)付近には、下草の陰からわずかに覗く程度に、先ほどアレニエさんが斬った魔物の死体を置いてある。同時に、彼女が即席の罠を仕掛けた辺りでもある。

 

 魔族たちが近づき、わずかでも罠にかかった、あるいは注意を傾けた瞬間、二人で奇襲をかける手筈になっている。

 亡骸(なきがら)を囮にするのは心情的にも穢れ的にも抵抗があったが、かといって私では他の手口も思いつけない。無事に生還できたらきちんと浄化し、埋葬しよう。

 

 ――ドク、ドク、ドク、ドク、ドク……――

 

 緊張と恐怖で、痛いほど心臓が暴れている。

 この鼓動のせいで感づかれてしまうのでは、と思うほど、心音が体内に響き渡っている。

 少しも収まらない動悸と、徐々に近づいてくる彼らの気配に、私の意識は引きずられていく。

 そして、その時は訪れた。

 

「……なんだ? 向こうに、なんか……」

 

 荒っぽい口調の男魔族が、前方の異物に気づき怪訝な声をあげる。

 

「俺が見てくる。お前は大将とここで待ってろ」

 

 そう言い置くと、男は単身で近づいてくる。

 仲間からも特に異論はなかった。一行の中で、ある程度役割分担が決まっているのかもしれない。

 やがて、途中で置かれているものの正体に気づいたのか、男は距離を保ち、歩みを止める。

 

「魔物の死体、か……そう前のもんでもなさそうだな。てことは……ヤったヤツがその辺にいる。いよいよ、勇者のお出ましか?」

 

 こちらの挙動を見透かしているような台詞に、鼓動がさらに早くなる。

 

 一体は引きつけられたが、魔将、及び部下と思しき女魔族は、広場中央辺りで報告を待っている。

 男魔族も警戒しているのか、思ったより死体に近づいてくれない。私の位置からは、まだ距離がある。不意を打つにはほんの少し、けれど決定的な(へだ)たりが。

 

 しかし、あまり時間を置けば結界が効力を失う。そうでなくとも、目視で気づかれ正面から戦うことになればおしまいだ。それなら、少し早くてもここで仕掛けるしかない。

 焦りと決意が頂点に達し、いよいよ飛び出すべく足に力を込めた瞬間――

 

 ――カサっ

 

 不意に聞こえた物音に、ビクリと体を強張らせる。

 音は、魔物の死体と男魔族の中間の距離、その横方向にある茂みから聞こえてきた。

 

「あん?」

 

 音のしたほうに、男が一瞬顔を向ける。それとほぼ同時に。

 

 キン――っ

 

「――え?」

 

 続けて聞こえてきたのは、金属が擦れるような音と、誰かの疑問の声。しかもそれは近づいてきた男のものではなく、女性の――……

 慌てて黒鎧の側に目を向ければ、傍で控えていた青白い肌の女魔族の首が、わずかに間を置いて、胴体から離れるところだった。

 

「――え?」

 

 なにが起きたか理解できなかったのか、女魔族の頭部は先刻と同じ疑問の声を繰り返しながら、ゴトリと地面に落ちる。少し遅れて胴体が倒れ、青黒い液体が零れた。

 その傍らには、剣を逆手に抜き放ち着地する、アレニエさんの姿――

 

「(――そっち!?)」

 

 思わず胸中で叫ぶ(実際に声を出さずに済んだのは僥倖(ぎょうこう)と言うほかない)。目にした首無し死体に少なからず衝動を感じるも、なんとかそれを抑え込む。

 

「……フンっ!」

 

 黒鎧が剣を抜き放ち、アレニエさんに対して横薙ぎに振るう。素早く、鋭い剣閃だったが、彼女はその一撃をかわし即座に離脱、再び木陰に消える。

 

「野郎っ!」

 

 彼女を追うべく身を(ひるがえ)したのは、もう一体の部下であろう男魔族だった。仲間をやられたからか、相当頭に血を登らせているのが表情だけでも見て取れる。内に(たぎ)る激情を眼前に集めるかのように、逃げたアレニエさんに向けて手をかざし……

 その掌から、黒い燐光を放つ火球が生み出され、彼女の背に向かって撃ち出される!

 

 

  ――――

 

 

 魔術は一般的に、心象を具現化させる技術だと言われている。

 肉体という檻の中に精神を閉じ込めている人間は、思い描くだけでは想像を実現させられない。心象を檻の外側に出すには、扉の鍵であり、道筋でもある言葉――詠唱が不可欠になる。詠唱を詠唱たらしめる媒介が魔力と、それに結びついた精神だ。

 

 しかし魔族は、魔術の行使に詠唱を必要としない。彼らは思い描くだけで、自在に魔術を操れるという。

 

 そして、その代償なのだろうか。彼らは魔力の消耗が精神だけではなく、肉体にまで及ぶという。魔力の消費はすなわち命の消費であり、命が枯渇した先は――当然――死だ。

 魔術は、彼らにとっての諸刃の剣だった。

 

 

  ――――

 

 

 アスタリアの炎にはありえない闇色の火。人の胴体ほどもある巨大な火球は、しかし彼女を捉えることなく、手前の木に遮られる。

 

 瞬間。

 

 黒炎は数秒も経たず触れた対象を燃やし尽くし、轟音を上げながらその場に巨大な火柱を突き立てた。

 その威力に、戦慄する。当たれば、人間などひとたまりもないだろう。

 それが外れたのを悟るや、男はすぐさま駆け出した。

 

「待ちやがれてめぇ!」

 

「待て! 深追いするな!」

 

 魔将の制止は、我を忘れた部下の耳には届かなかった。

 男はそのままアレニエさんを追って森に分け入り、辺りの薄暗さに覆い隠され見えなくなった。

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