【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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4節 リュイスの依頼

「すみません! 待ってください!」

 

 二階に上がり周囲を見回すと、女性は廊下の一番奥の部屋、その扉に手を触れさせるところだった。慌てて呼び止めつつ、そちらに走り寄る。

 

「? ……総本山の、神官?」

 

 かろうじて声は届いたらしく、彼女はこちらに向き直り、立ち止まってくれる。

 

「はぁ……はぁ……少し……はぁ……お話、が……」

 

「……大丈夫?」

 

 すぐに事情を説明したかったが、荷物を背負ったまま急に階段を駆け上がったものだから、息……が……

 しばしの間、俯いて荒い呼吸を繰り返す。

 彼女は私が落ち着くのを、黙って待っていてくれた。

 

「……失礼、しました。私は、〈アスタリア神殿教会正殿〉に所属する、リュイス・フェルムといいます」

 

 顔を上げ、彼女と目を合わせ、できるだけ丁寧に名乗る。ようやく、きちんと挨拶できた――

 

「――……かわ…………」

 

「……川?」

 

「や、ごめん、なんでもない」

 

 彼女の発した短い呟きは、よく聞き取れなかった。

 

「とりあえず。ここわたしの部屋だから、中に入る? 荷物、重いでしょ?」

 

 そう言うと、彼女は部屋の扉を開け、中に入って手招きする。

 確かに、ちゃんと説明するなら立ち話では済まないし、他の誰かに聞かれるおそれもある。落ち着いて話ができる場所は必要だった。荷物も重いし。

 

「……はい。お言葉に甘えて、お邪魔します」

 

 

  ――――

 

 

「ぅわあ……」

 

 ランプの炎に照らされた室内を目にし、思わず声が漏れてしまった。

 

 広さからすると、元はおそらく二人用の部屋なのだろう。あまり飾り気のない簡素なベッドが二つと、机や椅子、クローゼット等の備え付けの家具が配置されている。

 そしてそれらのすき間を縫うように、元々は無かったであろう品々が、そこかしこに積まれていた。

 

 無造作に木箱に入れられた金貨(!)や銀貨、銅貨の山。小型の調理器具や食器類。作業用のナイフやロープ、火口箱(ほくちばこ)。マントに防寒具。その他、正体も判然としないあれやこれ――

 

 おそらく、冒険に必要と思われる大半のものが、そしてその冒険の結果得たであろうものが、この一室に押し込められていた。

 ある程度用途ごとに分けているようにも見えるが、その後は大雑把に積み上げただけ、という印象だった。日々の生活動線以外は、足の踏み場もほとんどない。

 

「……ここ、宿の一室ですよね……?」

 

 あまり詳しくはないが、少なくとも一般的な宿でこんなに私物を溢れさせていたら、お店側から怒られるんじゃないだろうか。

 

「最初に無理言ってこの部屋もらったんだ。とーさんにはよく片付けろって言われる」

 

 そういえば、推定マスターの娘さんだった。ある程度の融通は利くのだろう。

 

 彼女は机の前にあった椅子をこちらに向け、座るよう促すと、自身は入り口から手前のベッドに腰を降ろす。私も荷物を置き、礼を述べてから、差し出された椅子に座らせてもらう。

 

「そうだ、まだ名乗ってなかったよね。わたしはアレニエ・リエス。この店で冒険者をしてます」

 

 簡単な自己紹介と共に、彼女――アレニエ・リエスは、ぺこりと頭を下げる。

 丁寧、というよりは、私の緊張を(ほぐ)すためにおどけてくれているように感じる。

 ただ、そのせいだろうか。

 彼女が自然に浮かべた優しげな表情。とても柔らかい印象のその笑顔は、けれどなぜか少し、ほんの少しだけ、ぎこちないようにも見えた。

 

「アレニエさん、ですね。よろしくお願いします」

 

 アレニエ・リエス……変わった名前だと思う。

 この国の言葉(言語は各国交流のため共通語が用いられているが、人名や地名はその土地ごとの言葉で名付けられていた)で蜘蛛を意味する『アレニエ』もそうだが、『リエス』という姓に至っては聞いたこともない。他国のものだろうか。

 

「好きなように呼んでいいよ? 上の名前でも下の名前でも。なんならおねーちゃんとかでも」

 

「おね…………と、とりあえず、アレニエさん、で」

 

 出会ったばかりでそんな呼び方をする勇気は、人見知りの私にはなかった。

 

「うん。あ。わたしは、リュイスちゃんて呼ばせてもらうね」

 

「リュイスちゃん……は、はい」

 

 経験のない呼ばれ方に照れを感じるも、嫌な気はしない。

 そうして頬に熱を灯している私の様子に、彼女がぽつりと呟く。

 

「なんかリュイスちゃんて、『上』の神官ぽくないね」

 

「……そ、そうですか?」

 

 もしかして、偽物の神官だと疑われているのだろうか。

 注目を覚悟で聖服を着ているのは、身元を明かすためだったのだけど……それを纏う私自身が、所属するには不足だと見られて――

 

「あぁ、ごめん。悪い意味じゃないんだ。神官が嘘を言うとも思わないし。ただ、珍しいなと思って。『上』の人って、大体みんな偉そうで感じ悪いからさ」

 

 杞憂(きゆう)に安堵するものの、その後の発言には口を(つぐ)む。正直、否定も肯定もしづらい。

 

「それで、なにかわたしに話があるんだよね? うちみたいな『下』の店にわざわざ来るってことは、あんまり大きな声で言えない依頼なのかな」

 

 彼女の言葉にハっとし、頭を切り替える。ここまで押し掛けた理由を、まずは話さなければ。

 

「……はい。私は――」

 

 師であるクラルテ司祭の代理として、とある依頼を預かって来たこと。

〈ラヤの森〉と呼ばれる場所まで共に旅をすること。

 かなりの危険が予想されること。

 機密のため、できれば少数が望ましいこと。

 

 等を説明し、次いで、報酬額(支度金と成功報酬)を提示する。

 

「クラルテ……あぁ、あの人か」

 

「ご存知なんですか?」

 

「一応ね。たまーにだけど、うちに来るから。弟子なんて取れたんだねぇ、あの人」

 

 そうか、司祭さまとマスターが顔見知りなら、娘である彼女とも面識があっておかしくないんだ。……後半はとりあえず聞き流しておこう。

 

「リュイスちゃんも一緒ってことは、依頼人の護衛も兼ねてるのかな。……護衛かぁ。ちょっと、苦手なんだよね」

 

「え――」

 

 しまった、相手の得手不得手までは全く考えていなかった。慌てて口を開く。

 

「その……私の身の安全等は気にしないで下さい。訓練は受けているので、ある程度の心得はありますし……」

 

「そう? じゃあ護衛対象じゃなくて、今回だけのパートナーって感じかな。同行するのは、穢れを処理するため?」

 

「……はい。魔物と遭遇するのは、おそらく避けられませんから」

 

 死体は穢れを生む。

 人であれ、動物であれ、生物は死と共に否応なく穢れを生むようになってしまう。

 見た目には黒い霧のようなそれは、触れたものに様々な悪影響をもたらす。大地を荒廃させ、樹木を枯らし、生物の命を蝕む。

 そして魔物――邪神の眷属であり、穢れが寄り集まったものとも言われる彼らが死体に変わる時、その場にさらに多くの穢れを発生させる。

 

 そのため遭遇が予想される場合、訓練を受けた神官を帯同させるよう推奨されていた。人の身で穢れを浄化できるのは、基本的には神官だけだからだ。

 

「ふむ。ちなみにだけど、リュイスちゃんはどのくらいの神官さん?」

 

「ぅ……。……。……その、先ほども言ったように訓練は受けているんですが……術のほうはどれも、三節で止まっていて……」

 

 教義を守り信仰を培うことで、神官は祈りを捧げる神の力の一端を、『法術』という形で借り受けられる。

 術だけが信仰の全てではないが、各章を何節まで修得しているかは、その神官の実力を測る、ある程度の目安になる。

 

「浄化は、《火の章》の二節からだっけ?」

 

「……はい」

 

 神殿では、それを授かって初めて魔物と対峙することを許される。

 つまり私は、最低条件をわずかに満たした下級神官でしかなく、彼女のような手練れの冒険者にとっては、ただのお荷物でしかない。

 依頼の判断材料としてはどう考えてもマイナスの情報だけれど……虚偽を否定する神官の端くれとして。彼女に対する誠意として。嘘は、つかない。つきたくない。

 

「うん。三節まで使えるなら、旅に出るのに問題はないかな。で、目的地が……ラヤの森……? ここって確か、人間と魔物の領土の境界線、だよね。そこまで危ないのは住んでないらしいし、もう活動期も過ぎてるから、討伐依頼には時期外れ……あぁ、調査なら不思議でもないのか」

 

 彼女の指摘通り、入り口である『森』にそこまで危険な種は確認されておらず、気温が暖かさを増してきた今の季節は、目立った被害も聞こえていない(魔物の活動性が増し、寒さだけでも命を奪う『冬』という季節も、邪神が生み出したものだと言われている)。

 

「でもここ、結構遠いよ? 馬の足でも大分かかる。そもそも、この森に関する依頼ならもっと近くの国から出てたと思うんだけど……なんでわざわざうちに?」

 

「……それは……」

 

「それに、どの程度の危険があるか、最初から分かってるみたいな口振りだったけど……なにを想定してるのかは、依頼を受けるまで教えてもらえない?」

 

「……すみません。それ自体が機密にあたるので、受諾してもらうまでは明かせないんです」

 

「そこを秘密にするってどういう依頼なのか、興味はあるんだけど……全部聞いちゃうと、多分断れないよね。さすがに報酬はいいけど……んー……」

 

 あぁ……警戒されている。

 内容。報酬。危険度。そして自身の腕。

 それらと命を天秤にかけ、釣り合うかどうか判断するのだから、不明瞭な依頼に慎重になるのは当然だ。

 

 報酬次第でなんでも――という噂もあったが、実際の判断基準は人によって違う。少なくとも目の前の彼女は、金銭だけで動くタイプではないのだろう。

 けれど、私は……

 

「……今、私が話せることはお話しします」

 

 私は、どうしても彼女に、この依頼を受けてほしい。先刻のあの興奮を、自身の直感を、信じたい。

 

「それを聞いたうえで、断っていただいてもかまいません。知ってしまったからと、強制するような真似はしないと約束します。ですから……判断は、その後でお願いできないでしょうか」

 

 そのために今できるのは、彼女が警戒している原因――こちらが意図的に隠している情報を、可能な限り開示することだけだ。

 

「いいの?」

 

 その問いに、少し決心が揺らぐ。

 これは、私の独断だ。

 全てを話したうえで断られれば、当然その責は私が負わねばならないし、もし彼女が誰かに情報を漏らせば、罪はさらに膨れ上がる。

 それでも――

 

「――はい。……けれど、できるなら……」

 

「他言無用、だね。分かってる。神殿を敵に回すのは、面倒だしね」

 

 罰も甘んじて受けるつもりだったけど……良かった、話の分かる人で。

 改めて彼女に向き直り、説明する。今回の依頼の詳細……その目的を。

 

「『森』に向かう目的は、要人の救出です」

 

「要人?」

 

「はい。そこで――」

 

 私は一度言葉を切り、彼女の瞳を強く見つめた後……その視線を勢いよく下げながら、懇願する。

 

「――私と一緒に……勇者さまを助けてください!」

 

「………………はい?」

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