【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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43節 諦観

 風の噴出はほんの数秒。土煙もすぐに晴れ、魔将も間を置かずその姿を現す。

 しかし見えた姿は、先刻とわずかに異なっている。それまでの首無し騎士から、首を斬り落とす前の――つまり、元の姿に。

 どうやら、一度斬り落とされたくらいなら平気で後から繋げられるらしい。無茶苦茶だ。

 

「グ、ヌっ……ガァっ……!」

 

 イフは胸に突き立ったままの短剣を握ると、力づくでそれを引き抜く。

 

「ハァ……! ハァ……! この、臓腑を焼かれる感触……銀、か……! そして、魔力も用いず、炎を操る技……これが、貴様らが『気』と呼ぶもの……いまだ我が会得できぬ………いや、これは……そうか、『アスタリアの火』……〝精霊〟か……!」

 

 ……『アスタリアの火』? ただの炎とは違うの? というかここで精霊って呼び方聞くとも思わなかったんだけど……これも、失った知識なんだろうか。

 

「ハ、ハハ……! 確かに、有効だ。相反する力を衝突させるのだからな。我が十全に扱えぬのも得心がいった。なるほど、動きを模倣するだけでは足りぬわけだ……」

 

「……なんかいろいろよく分かんないけど……これだけやってその程度の反応って、ちょっとへこむなー……」

 

 興奮しつつも冷静に分析する魔将。その口調には依然、愉悦が滲んでいた。

 苦痛は感じても、その命には全く届いていないのだろうか。斬り落とした首は何事もなかったように繋がり、腹の穴も、短剣の傷も、すでに修復が始まっていた。

 

 部下の二人と違い、幾度急所を討っても止めを刺せない。例の、あるかも分からない魔力の『核』とやらを狙うか、その魔力を全て消耗させるしかないのかもしれない。

 あるいは過去の討伐記録は、あくまで神剣を持った勇者だから為せた可能性も――

 

「そうでもない……同程度の傷をあと幾度か受ければ、我は死ぬ」

 

 明け透けだな。

 それが本当なら、倒せないという懸念は払拭されるのだけど。

 

「神剣も持たず、単独で我をここまで追い込んだ者など、皆無だ……貴様は、〈剣帝〉の弟子を名乗るに値する」

 

「……それはどうも」

 

 笑顔で、しかし内心苦々しく返礼する。

 告白も。称賛も。それはやはり、いまだ余裕がある証拠のように思える。本人にその気がなかったとしても。

 

「だが、これ以上の消耗は本来の目的に障るのでな……我欲に流されるのは、ここまでだ」

 

 明確な殺意にも等しいその宣言は、しかしなぜか、先ほどまでより闘志に欠ける印象だった。

 いや、というよりなんだろう……どこか、残念がっているような……? なにを……? ……なにかを、諦めた……?

 

 訝るわたしをよそに、イフは手にした剣の切っ先を頭上に向け、騎士が儀礼の場でするように胸の前で掲げた。黒剣が再三光を帯び、魔将の全身から緩やかに風が広がる。

 

 正体は分からないが、これまで見せなかった魔術を使おうとしている。脳内に警鐘が鳴り響く。

 今から止められるか? と、確信の持てないまま投げたダガーは、イフが発する空気の壁に阻まれ、標的まで届かなかった。

 ひとまずは様子を見るしかない、と身構えた次の瞬間……今いる広場を飲み込むように、強風が吹き抜けた。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 広場に一瞬吹いた風は、離れた木陰で観察していた私の元にも、その余波を届かせていた。髪がわずかに揺れる感触がする。それが治まった後には……

 ここから覗く限り、なにかが変わったようには見えない。

 けれど、拭えない違和感がある。違和感……危機感にも思えるような、嫌な感覚が魔覚に……それに、瞳にも……?

 

 何をしているかは分からない。攻撃的な魔術にも見えない。

 けれどとにかく、嫌な感覚、嫌な予感としか言えないものが、胸と目の奥に淀んで消えてくれない。

 

「…………」

 

 私は一度、目を閉じる。

 意識を、魔力を、閉じた瞳に集中させ……そして、再び開く。

 

 左目に変化はない。閉じる前と同じ景色が映る。

 けれど右目は違う。その視界は、淡く、青く、色づいていた。

 外から見れば、今の私の右目には青い光が灯り、それが水のように、あるいは炎のように、不定形に揺らめいて見えるはずだ。

 

 私は、私の予感がただの気のせいであって欲しいと願いながら、青に染まった視界で、再度戦いの行方に目を向けた。

 

 

  ◆◇◆◇◆

 

 

 片目を瞑り、腕で顔を覆って風を除ける。

 突風はこちらの身体を打ち、一瞬髪を逆立たせる。土煙を巻き上げ、周囲の樹々の枝葉を揺らす。が、それだけだった。

 

 攻撃……ではないようだ。体を飛ばされるほど強くはなく、肌を切るような鋭さもない。

 目眩ましかとも思ったが、魔将はその場から動いておらず、隙を突いて攻めてくる様子もない。そもそも、そういう手を使うタイプでもないだろう。

 

 わたしの目に映る範囲では、なにも変わっていない。

 なのに、今日何度目かの嫌な予感が、消えてくれない。頭の中では警鐘が鳴り続けている。経験とは逆の、未知の違和感に対する警鐘が。

 

 

  ――――

 

 

 イフは先ほどの興奮から一転、静かに剣を構えて佇んでいた。完全な後の先の姿勢で、こちらから攻めるのを待っている。

 変化のない周囲の風景と、相手の静けさが、却って不気味さを加速させる。

 

 だからって、このままお見合いし続けていても埒が明かない。黙って待っているのも趣味じゃない。一つ覚えのダガーを取り出して投げ放ち、わたしは飛び出した。

 

 一本は兜の隙間に。もう一本は銀を喰らわせたばかりの心臓に。

 先刻の痛みが印象に残っていれば、無意識に優先して防ごうとするはず。魔術で防ぐなら魔力を消耗させられるし、剣で防いだならその瞬間死角に潜りこみ、攻勢に出るつもりだった。

 

 しかし……

 

 相手は上体をほとんど揺らさず、足さばきだけで飛来する刃物をかわしてしまう。

 

「(……狙いを、読まれた?)」

 

 直前の攻撃と同じ箇所というのは、あからさますぎただろうか。

 それに投擲からの接近も、すでに一度見せた動きだ。攻め急いだかもしれない。

 わたしの胸中をよそに、魔将は中段に掲げた剣をこちらに突き付け、狙いを定める。漆黒の剣が再び光を帯び、風を纏っていく。空気が一つ所に集まり、音を鳴らす。

 

 今度は、こちらがすでに見た動きだ。撃つのはおそらく先刻と同じ、竜巻の『塔』だろう。

 あの威力は思い返しただけで馬鹿らしくなるものだったが、今のこの距離とタイミングなら、回避は難しくな――

 

 ヒュガっ!

 

「(え――)」

 

 その竜巻は、今まで見たものより小さかった。

 けれど、今までより格段に速い――!

 

「――っあ……ぐ……!」

 

 竜巻の規模は、騎士が馬上で使う突撃槍程度。鋭利に渦を巻くそれが、高速で至近距離を通過する。

『塔』とは異なる気配を直前で察し、かろうじて直撃は避けた。が……反応が遅れ、左の肩当てを持っていかれてしまう。衣服が破け、肩には裂傷が走る。――痛い――

 

「これもかわすか……感覚の鋭さは、人というより獣に近いな」

 

 出血と灼熱感に顔をしかめながらも、足を止めずに状態を確認する。痛みはあるが動かせないほどじゃない。

 戦闘継続に問題はないが、今までと同じ攻め方は危険だ。

 

 直進は避け、気配を消しながら周囲の樹々に身を隠す。木から木へと飛び渡り、相手の視界に入らないよう、徐々に間合いを詰めながら機を窺う。

 ある程度近づき、後方まで回り込んだところで、先刻部下に対してしたように小石を投擲。わざと魔将の周囲に物音を立て、再度木を蹴り急転換。滑空するかたちで、その背を狙う。

 

 注意を逸らし、背後に回ったうえでの上方からの奇襲。

 動きを捉えられていない自信はあるし、捉えていたとしても簡単には対処できない。

 現に、イフがこちらに気づいた様子はない。それどころか、わたしの姿を探す様子も、ない……?

 

 脳内の警鐘は鳴り止まない。空中で急にも止まれない。

 けど相手だって、今からでは迎撃の魔術は間に合わない、はず。

 そう判断し、そのまま勢いと体重を剣に乗せ、振りかぶる。

 

 イフは動かない。魔術を使おうともしない。ただ静かに、構えた剣の角度だけを変えた。――飛来するわたしに向けて、正確に。

 

「~~~~っっっ!」

 

 黒塗りの刃と死の予感が高速で迫る。わたしは反射的に予感に反発するように、予定とは違う軌道で、無理矢理に剣を振るった。

 突き出された黒剣に自身の剣を叩きつけ、それを起点に体を捻る。

 

 ガィンっ!

 

「なに……!?」

 

 驚く魔将の声を背に、その身体の上を転げるようなかたちで、かろうじて串刺しを免れた。

 

「(……危、なかった――……!)」

 

 けれど安堵するのも束の間。膝立ちで着地したわたしの頭上に、両の手で剣を掲げる魔将の影が、背後から覆い被さった。

 

「今のをよく防いだ……だが、取ったぞ!」

 

 致命の隙を見逃さず、魔将が大上段から剣を振り下ろす。それが到達するまでのわずかな間に、わたしの声がわたしの意識を駆け巡る。

 

 まともに受ければ剣ごと両断され――

 ――とーさんに貰った剣、折られるのは嫌――

 ――――この態勢じゃ、避けられな――――篭手で――

 

 声に従い、自分の感覚と体が動くのに任せ、思考を放棄した。

 膝立ちのまま反時計回りに振り向き、左手の黒い篭手を、振り下ろされる剣の側面に当て、弾く。

 

 ギンンっ――!

 

「――!?」

 

 横面を叩かれ、黒剣の軌道が逸れる。

 

「いっ……ぎ……!」

 

 同時に篭手越しに衝撃が伝わり、顔をしかめる。肩に――傷に――響っ――……!

 

 けれど努めて痛みを無視し、振り払うように力を込める。刃はわたしの体をかすめて地面に叩きつけられ、爆発するように土を巻き上げた。

 目の端でそれを確認しながら、反動で反転する。逆手に握っていた剣を順手に持ち替え、膝立ちになりながら横一線に薙ぎ払う!

 

「クっ!?」

 

 一瞬早く察知された斬撃は、黒鎧の表面を浅く傷つけただけだった。しかし追撃を警戒してか、イフはそのまま距離を取り、再び静かに剣を構える。

 

「はぁ……はぁ…………すぅーっ……ふぅー……」

 

 こちらも警戒は解かないまま立ち上がり、乱れた呼吸を整えながら、剣を逆手に握り直す。やっぱり、こっちのほうがしっくりくる。いや、それはともかく。

 

「(……今、何回死にかけた……?)」

 

 わざわざ改まって宣言されずとも、魔将がこれまで本気を出していなかったのは承知している。目立つのを避けてか大規模な魔術は使わないし、興味を優先して剣での勝負にも乗ってきた。

 そうして引きずり込んだ剣の技と、『知られていない』という二つの点。そこに付け込み不意を打ったからこそ、わずかに優勢に立てもした。が……その優位が崩れれば、本来の実力差は浮き彫りになる。それは分かっている。

 

「(だからって、こんな急に……?)」

 

 単純に力で圧倒されたなら、特に疑問も抱かなかったかもしれない。

 けれど今のイフは、むしろそれまでより力を抑えて――というより、制御して――いる。さっきの『槍』がいい例だ。範囲こそ『塔』より狭いが、速さも狙いの正確さも段違いだし、破壊の密度はこちらのほうが上とさえ思える。初撃で使われていたら、そこで死んでいたかもしれない。

 

 力を抑えたうえで魔将は、静かに、無駄なく、的確に行動してくる。ダガーの牽制も、背後からの奇襲もまるで問題にされず、最小限の動きで対処されてしまった。

 

 冷静にこちらの動きを見極めている、と言えばそうなのかもしれないが……どうにも、それ以上の違和感が拭えない。まだ知られていないはずのこちらの技や思考、その後の行動まで、全て読まれているような気さえしている。

 

 ……実は、本当に読まれているんだろうか?

 

 けれど、もし動きの全てを把握できるなら、わたしが攻撃をしのいだ時に驚く様子を見せるのも、苦し紛れの反撃が当たりそうになるのもおかしい。

 あの時は死の予感を避けるのに必死だっただけだし、その後も流れでほとんど無意識に動いただけで、なにも考えてな――

 

「(――……なにも……考えて……?)」

 

 もしかして…………考えなかったから、読めなかった?

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