【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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8節 狂気

 わたしはリュイスちゃんをかばって前に立ち、彼女を後ろに下がらせる。

 ナイフが飛んできたのと同じ暗闇から、先刻のフードの男が苦しげに歩を進めていた。

 

 見れば、男の右腕はだらりと力なく垂れ下がっている。先刻の刺突の傷が深かったのだろう。出血も相当あるようだ。

 

 さらに蹴り飛ばした際のダメージが足にきているのか、体がふらつくのを堪えながらこちらに向かってくる。そんな状態なのに、こちらを見る目だけはギラギラと怒りに燃えていた。

 

「邪魔を……するな……冒険者、風情が……!」

 

「邪魔って。そっちから襲ってきたのに、ずいぶん勝手な言いぐさじゃない?」

 

「とぼけるな……報告は受けているぞ……貴様は、我らの動きを掴んでいたのだろう……!」

 

「???」

 

 どうしよう。そんなこと言われても全然心当たりがない。

 なにかの勘違いで襲われたんだろうか。でも、その割には殺意高いしなぁ……

 先刻までの無口な印象は鳴りを潜め、男はその口から怒気を吐き出し続ける。

 

「偽りの勇者を、認めるわけにはいかぬ……正統なる勇者は、我らが主を置いて他になし……!」

 

「……偽り? 正統……?」

 

「我らが悲願のため、偽りの勇者を(ちゅう)する! 邪魔をするな!」

 

 狙いは守護者じゃなくて、勇者本人……?

 つまり彼らは、自分たちの主人のほうが勇者に相応しいから、現勇者のアルムちゃんを殺そうとしてる、と?

 

 でも、じゃあわたしたちを狙う理由は? わたしがなにかを掴んでたってなんの話?

 動機は判明したけど、同時に分からないことも増えた。とはいえ……

 

「そんな話を聞いちゃったら、見過ごすわけにもいかないかな」

 

 わたしは腰を落とし、逆手に握った剣を構える。

 勇者を助けるために動いているわたしたちが、勇者暗殺の実行犯を止めないわけにはいかない。なにより……アルムちゃんは、わたしの弟子だ。

 成り行きの初心者師匠ではあるけれど、わたしは師として、できたばかりの可愛い弟子を助けたい。

 

「あくまで、邪魔立てするか……」

 

「するよ。可愛い弟子のピンチだもの。あなたこそ、そんな傷でまだ続けるの? ここで全部やめるなら、見逃さないこともないよ?」

 

「下賤の冒険者風情が、思い上がるな! 我らの存在を知った貴様らは、ここで始末する……!」

 

 あぁ、だめだこの人。もう冷静な判断ができない、というか話にならない。

 いや、例え冷静だったとしても、彼はあくまでわたしたちを殺そうとしてくるだろう。狂信的な忠義に酔っているようにも見える。

 

 そもそもわたしにとっては、一度でも命を狙われたなら、やり返す理由としては十分だ。

 それでも一応相手の意思を確かめたのは、リュイスちゃんが傍にいたから。

 目の前で死者が出ることに心を痛める彼女は、例えそれが目の前の男のような狂人であっても、同じように感じてしまうだろうから。

 

 ただ、今回は相手が悪い。目の前の男は、話して聞くような人種じゃない。――叩きのめしただけで止まるような相手じゃない。

 

「だよね。……なら、仕方ないか」

 

「我らの大義を解さぬ下賤が! 死ぬがいいっ!」

 

 男は叫ぶと、姿勢を低くしながらこちらに突進し、左手に握った短剣を振りかぶる。それを眼で追いながら、わたしは言葉を返した。

 

「知らないよ、そんなもの。あなたたちの大義とやらをわたしたちに押し付けないでくれる?」

 

「ガアアァァァ!」

 

 こちらの言葉が聞こえているのかいないのか。獣のように咆哮する男からは判別できない。

 

 肉薄した男が袈裟懸けに振るう短剣に、わたしは自身の剣を交差させるように当てる。金属が衝突する甲高い音が響き、相手の武器が弾け飛んだ。

 

 しかし男は武器を落とされたことにも構わず、今度は左手を貫手の形に揃え、こちらの首を刺し貫こうと迫る。それが届く前にわたしは――下からすくい上げるように剣を振るい、相手の肘から先を斬り飛ばす。切断面から夥しい出血。

 次いで右足を真下から真上へと高々と掲げ、男の顎を下から蹴り抜く。

 

「がっ……」

 

 くぐもった声と鮮血を上げながら、男は後方に倒れる。それと時を同じくして、先刻斬り飛ばした男の腕が地面に落ちる。

 わたしは倒れた男に止めを刺そうと歩き出し……

 

「アレニエさん……」

 

 背後から聞こえてきた、彼女の縋るような声で足を止めた。

 

「……ごめんなさい……頭では、勇者さまを助けるためには、止めないほうがいいって分かってるんです……でも、やっぱり私は……」

 

 リュイスちゃんは今にも泣き出しそうな顔で気持ちを訴える。

 

 彼女は過去の体験から、自身の目の前で死人が出ることを酷く恐れるようになった。それは、意思だけでどうにかするのは難しい、彼女の根本のようなものとして、彼女の心に根差している。彼女が自身で語っているように、頭で状況を理解していても、心が追いついてこないのだろう。

 

 だから、どこかで彼女が止めに入ることも予想はしていた。決着が見えるまで声を掛けてこなかったのは、下手に邪魔をすればわたしの身が危ないことを理解していたからだろう。

 

 わたしが半魔であると知っても受け入れてくれたリュイスちゃん。彼女が嫌がることはできるだけしたくない。必要な時にはすると思うけど。

 

「……ふぅ」

 

 短く、息を吐く。

 見える範囲に敵は残っておらず、一番厄介な司令官らしき男も倒れた。他の気配もとりあえず感じない。ひとまずは落ち着いたと見ていいだろう。

 

 わたしは倒れた男を見据えたまま剣を鞘にしまい、代わりにポーチからロープを取り出す。

 

「リュイスちゃんも荷物からロープ取ってきて。全員拘束するよ」

 

 それはつまり、少なくとも今すぐには殺さないということだ。

 

「……! はい!」

 

 その意味をすぐに理解し、彼女はかすかに嬉しそうな声で返事をし、たき火の近くに置いていた荷物の元に駆け出していく。

 わたしはそれを背に、用心しながら男に近づき、手早く手足を拘束しようと……

 

「く……はは、は……」

 

 倒れているフードの男の口から突然、くぐもった笑い声が聞こえてくる。もう意識を取り戻した? それとも初めから気絶していなかったのだろうか。

 

「なにがおかしいの?」

 

「くく……これで全て終わったと……そう思っているか? 下賤の者よ」

 

 男は地べたに仰向けに倒れながら、尊大そうに言葉を続ける。

 

「……否。あの小娘を始末するための人員は我らだけではない。すでに別の部隊が手筈を整えている。我らの大義は終わらぬ」

 

「そんな……!」

 

 ロープを持って戻ってきたリュイスちゃんが驚きに声を上げる。

 男はこちらへの視線を切ると、地面に頭を置き、虚空に向けて呟く。

 

「この目で見届けられぬは心残りだが……そのための(いしずえ)としてこの身を捧げるならば、それもまた本望…………《我らが主は光……光には一片の影もなく、影は闇に消え去るのみ……》」

 

 呟きと共に、男の体がかすかに光を帯び始める。そして、その光は徐々に強さを増していく。――なにかは分からないけどまずい!

 

「――リュイスちゃん!」

 

 即座に振り向き、リュイスちゃんに覆いかぶさりながら無理矢理地面に押し倒す。

 彼女も危険を察知してか、倒れ込みながら咄嗟にわたしたちを覆うように、光の盾を複数重ねて発動させる。

 

「《プ、プロテクション!》」

 

 次の瞬間――

 

 閃光。爆発。轟音。

 

 リュイスちゃんの盾越しに、熱波と爆風がわたしたちを舐める。

 光の盾はある程度爆発の威力を抑えてくれたが、全てを耐え切ることはできず、半ばで砕けてしまう。

 それでも即座に地面に伏せたことが功を奏したか、致命傷は避けられたようだ。

 

 やがて光と熱が収まり、周囲に静寂が戻ってくる。そして、その静寂を再び破ったのは、わたしが抱えていた少女の叫びだった。

 

「――あ……あ、あ……いや……いやああああぁぁぁぁあっ!?」

 

 仰向けに倒れていたリュイスちゃんは、わたしの背後、先ほどまで男がいた辺りを見て悲鳴を上げていた。

 

 慌てて後ろを振り返ると、フード男の姿はそこになかった。代わりにあったのは、地面が抉れ、焼け焦げたような跡と、青白い炎だけ。

 魔術による爆発。それも、自分の体ごと犠牲に。

 

「……うぶっ……」

 

 リュイスちゃんの苦しげな声。振り向けば、彼女は蒼白な顔を浮かべ、上体をくの字に折り、地面に吐瀉物を撒き散らしているところだった。わたしは慌てて彼女の体を支え、背中をさする。

 

 忌避していた眼前での死者。それも、尋常ではない死に様。

 一瞬で事が起こりすぎて、心が限界を迎えてしまったのだろう。正直、わたしもこんなのを見るのは初めてだった。彼女の精神的ショックはなおさら計り知れない。

 

 あの男の最後の行動は、わたしたちを巻き添えにしようとしてか。証拠隠滅のためなのか。狂人だとは思ったけど、まさかここまでする相手だとは思わなかった。

 それに、男が最後に言っていた台詞。アルムちゃんを始末する部隊は他にもいる。

 それが本当なら、今すぐ彼女を探して助け出さないといけない。

 

「(とはいえ、なんの手掛かりもなしじゃ探しようが……)」

 

 と、そこで目に入ったのは――

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