【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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9節 尋問(のようなもの)

 リュイスちゃんを介抱しつつ周囲を見回していたわたしの目に、倒れている他の襲撃者たちの姿が映った。

 

 その中の一人、リュイスちゃんから離れた位置に倒れていた襲撃者にわたしは近づき、手足をロープで縛り上げ、さらに木の根元に括りつける。仮にさっきの男のように自爆したとしても、リュイスちゃんに被害が及ばないように。

 

 わたし自身もすぐに退避できるよう身構えながら、縛り付けた襲撃者の覆面を剥ぎ取る。

 

 暗闇と覆面で今まで気づかなかったが、その下の素顔は女の子だった。

 年齢は、リュイスちゃんより少し上くらいだろうか。思いの外かわいい顔立ち……って、今はそれどころじゃない。

 彼女の頬を軽く叩き、目を覚まさせる。 

 

「う……?」

 

「おはよー」

 

「……貴女は……」

 

 彼女は数瞬朦朧としていたが、身じろぎしようとして……縛られてできないことにすぐに気づいたらしい。

 そして周囲を見回し、わたしの後方の地面、爆発で抉れた場所も確認し、わずかに俯く。

 

「……そう。隊長は死んだの」

 

 それは、ただ事実を確認するだけのような口調だった。怒りや悔しさのようなものは全く感じられない。わずかに安堵しているようにすら見える。

 

「うん。危うくこっちが死ぬかと思ったよ。ちなみにあなたも同じことするつもりなら、すぐさまここから離れるけど」

 

「しないわよ」

 

 わたしの言葉に、彼女はくすりと――少し自嘲気味に――笑いながら答える。

 実際、目の前の彼女からは自分で命を絶つような自暴自棄な気配は感じない。警戒は続けておくけれど。

 

「よかった。じゃあ早速で悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあってね。素直に答えてくれれば嬉しいけど、答えないなら殺して次に行く。ごめんね。こっちもあまり手段を選んでる余裕がないから」

 

 少しでも焦燥感を煽れればと、なるべく淡泊に、冷淡に告げる。しかし相手の反応は落ち着いていた。

 

「そんな脅しをかけなくても、知ってることは話すわ」

 

「……ほんとに?」

 

「ええ。……殺し屋の言うことなんて、急には信じられない?」

 

「うーん……一応、理由を聞いてもいい?」

 

「一つは、仲間を殺さないでいてくれたみたいだから。さっき、「次」って言ってたでしょう?」

 

 失言だっただろうか。

 しかし表情にはなにも表さず、わたしはいつものように笑顔で答える。

 

「これからも殺さないって保証はないよ?」

 

「……そうね。貴女はその必要があれば殺せる人間でしょう。でも、殺しを好む人間でもない。仕事柄、殺す側も殺される側も見てきたから、なんとなくは分かるわ」

 

 そうはっきり見透かされるのもなんか悔しい。が、やはり表には出さず、彼女との対話を続ける。

 

 彼女は、「一つは」と言った。ということは、他にも理由があるということだ。それを尋ねると彼女は、わずかに俯きながらその口を開く。

 

「……私は――私たちは、あの隊長ほど、あの家に忠誠を誓ってないから。従わないと、暮らしていけないんだけどね」

 

「雇われてるだけ、ってこと?」

 

「少し違うけど、似たようなものかしら」

 

 さっきの男のように狂信的ではなく、仕方なく命令に従ったという立場なら、この対応もおかしくないのかもしれない。

 

 もっと抵抗されると思っていたので正直拍子抜けの感もあったが、素直に話してくれるならそれに越したことはない。

 

 これが演技や、偽の情報を教えるというような罠の可能性もあるけれど……まあ、それは今考えても仕方ない。精査してる余裕もないし、見た限りでは嘘はなさそうだと感じる。

 

「分かった、とりあえず信じるよ。嘘だった時は、あとで仕返し(・・・)すればいいだけだしね」

 

「……どんな仕返しか、あまり考えたくないけど……まぁいいわ。……あぁ、でも一つだけ。家の名前だけは明かせないように、『誓約』がかかってる。だから知りたい情報がそれだった場合は――」

 

「それは興味ないからいいや」

 

「え、あ、そう……。……じゃあ、聞きたいことって?」

 

 とにかく今は目の前の情報だ。まず聞かなきゃいけないのは……

 

「……別動隊の、居場所と人数って分かる?」

 

「どうして、そんなことを……? いえ、いいわ。この辺りから北上した場所に、今は使われていない大昔の砦があるの」

 

「砦……」

 

 って、もしかして……リュイスちゃんが〈流視〉で見たっていう、勇者が死ぬ砦?

 

「別動隊は、その砦で勇者を待ち構えてる。数は、六人。本当なら、私たちもそこに参加するはずだったのだけど……」

 

「わたしたちを襲撃するために部隊を分けた」

 

 こちらの言葉に、彼女はコクリと頷く。

 

「……ん? 待ち構えてる、って言ったけど、アルムちゃんがそこに行くとは限らないんじゃ? なにか、保証でもあるの?」

 

「仲間の一人が、守護者として勇者の傍に潜り込んでいるの。彼が先導して砦まで勇者を誘き出すことになっていて――」

 

 疑問に答える途中で、なぜか彼女はこちらを訝しげに見上げる。

 

「……貴女は、それに気づいていたのではないの? だから私たちは、部隊を分けてまで貴女たちの監視を……」

 

「……なんの話?」

 

「…………だったら、どうして貴女は、エカルラートにあんな質問を……」

 

「エカルラート……?」

 

 その名前……なんだろう、つい最近、どこかで似たような名前を耳にしたような……

 

 ――「(エカル、どうしたの?)」「(……いや、なんでもない)」――

 

 ――そうだ。

 アルムちゃんの仲間の魔術師くん。確か、「エカル」って呼ばれてた。

 

 エカルは、エカルラートを縮めた呼び名……? その名前を、目の前の彼女が口にするってことは……

 それに、わたしたちが彼らに襲われた理由。それは、あの時彼に、「アルムちゃんを狙っているのか」、と問いかけたことが原因……? ……狙う、って、そっちの意味?

 

「……つまり、あの魔術師くんが、アルムちゃんを砦に連れていく役……?」

 

「……ええ、そうよ。エカルラートは、そのために守護者として推挙された。……あの、本当に気づいてなかったの?」

 

「……うん」

 

 あの時のわたしの問いに、魔術師くんは自身の秘密がバレたのだと焦り、その報告があの隊長に届いた結果、わたしたちに部隊が差し向けられた、のだろう。……勘違いで殺されかけたんだとしたら、なんだかなぁ。

 

「ありがと。色々繋がった」

 

「どういたしまして。……もういいの?」

 

「うん。どうも先を急がなきゃいけないみたいだしね。一応念のため、縄はそのままにしておくよ。仲間が起きたら助けてもらって」

 

「ええ」

 

「あと、明かりと獣除けに焚き火もそのままにしておくから、帰る時に片付けといてね」

 

「え? あ、ええ。……変な人ね、貴女は」

 

 そんなに変なこと言ったかな。

 

 彼女はわずかに考え込むような表情を見せた後、口を開く。

 

「……こちらの部隊は、あの隊長を除けば、私と同じように拾われて育てられた者ばかり。無理矢理従わされてる捨て駒のようなもの。でも砦に待機しているのは、実力も忠誠心も高い精鋭ばかりよ。本当に乗り込むなら、注意したほうがいい」

 

 拾われた……わたしと同じような孤児で、件の家に引き取られたということだろうか。というか……

 

「心配してくれるの?」

 

「殺さずに済ませてくれたから、そのお礼よ。あなたにもっと容赦がなければ、今頃全員死んでいたでしょうから」

 

「わたしのパートナー、そういうの嫌いだから。あの子に嫌われないように控えめにしてるの。本当は、殺そうとしてくる相手には同じことを仕返す主義なんだけどね」

 

「そう。なら、お礼は彼女にすることにするわ」

 

「うん、そうして。……最初の二人は、ごめん」

 

「分かってる。あの二人も、覚悟してたはずよ」

 

 二人で、わずかの間沈黙する。

 とりあえず聞くことは聞いた。あとは目的地に急ぐだけだ。わたしはこの場を離れ、リュイスちゃんの元へ向かおうと――

 

「……こんなことを言えた義理ではないのだけど」

 

 足を踏み出そうとしたわたしに、わずかに遠慮がちな声が掛けられる。

 

「できることなら、エカルラートも殺さないでくれると、嬉しい。昔からの、仲間だから」

 

 あの魔術師くん、か。

 彼も目の前の彼女と同じく、上から命令されているだけなのだろうし、積極的に命を奪う理由は実際ない。

 けれど仮に、彼を殺さなければアルムちゃんを助けられない、そんな場面になれば、わたしは迷わずアルムちゃんのほうを助ける。だから、その願いにはこう答えるしかない。

 

「善処はするけど、状況次第」

 

「……ありがとう。十分よ」

 

 満足したのか、彼女は息を吐いて傍目には分からない程度に脱力する。落ち着いているように見えたけど、やっぱり気を張っていたのかもしれない。

 わたしは今度こそ立ち去ろうと歩き出し――

 

「あ、そうだ」

 

 ふと思い立ち、再び彼女に向き直る

 

「もし今の職場に居づらくなったら――無事に抜けられたら、王都下層にある〈剣の継承亭〉ってお店を訪ねてみて。冒険者としてなら、歓迎するよ」

 

「……冒険者……。考えたこともなかったけど……わかった。憶えておくわ」

 

 わたしは一つ頷くと、リュイスちゃんのところへと踵を返す。

 

「リュイスちゃん」

 

「……アレニエさん……」

 

 彼女は胃の中のものを吐き出し終えてひとまず落ち着いていたみたいだったが、いまだ地べたに座り込み、放心していた。辺りには吐瀉物の匂いが漂っている。

 

「まだしんどいと思うけど、すぐにここを発つよ。わたしたちだけじゃなくて、アルムちゃんのほうも狙われてるみたいだから」

 

「勇者さまが……? ……分かり、ました……急いで、支度を……――うっ……!?」

 

 再び、リュイスちゃんの苦しげな声。もしやまた具合が悪くなったのかと彼女の顔を覗き込むと――

 目に痛みを感じるのか、彼女は右目を手で押さえていたのだが、その手の隙間から青い光の輝きが漏れ出していた。

 

 彼女が手を離すと、青く不定形に揺らめく不思議な光を湛えた右目が現れる。

 これが、彼女が持つ特殊な力、物事の流れが見えるという瞳、〈流視〉だ。以前、一度だけ見たことがある。

 

 

  ――――

 

 

 リュイスちゃんによれば、〈流視〉には二つの種類がある。彼女が意識して見ることができる小さな流れと、彼女の意志とは関係なく見えてしまう大きな流れだ。

 

 前者で見えるのは、目の前の人間の動きの流れや、周囲の魔力の流れなどの小規模なもの。

 一方後者は、この先起きる大規模な災害や、人の一生の流れなど、人の手には余る膨大な情報が流れ込んでくる。

 

 そしておそらく、今彼女が見ているのは後者の――大きな流れのほうだ。

 

 

  ――――

 

 

 彼女はその目でなにも無い空間をしばらく見つめていたが、次第に瞳の光は薄れていき、やがてそれが完全に消えると、疲労のためかガックリとうなだれる。

 

「……大丈夫?」

 

「……私は、平気です。今は、それよりも……」

 

 彼女はよろめきながらも立ち上がり、こちらに向き直る。

 

「……見えたのは、以前見たものと同じ、勇者さまの旅の流れでした。でも、前に見た際は砦まで続いていたのが、今回はそれより手前で途切れていて……これって……」

 

「うん……そういうことだろうね」

 

 先刻聞き出したように元々は、砦までアルムちゃんを誘き出して殺す、というのが、あの襲撃者たちの立てた計画だったのだろう。

 

 最初に〈流視〉で相手の姿が見えなかったのは、おそらくアルムちゃんが彼らに背後から暗殺されたから。敵の姿を視認できなかったから、姿が見えなかった。

 

 それが、わたしたちが関わったことで(もしくはわたしが余計なことを言ったせいで)状況が変わり、計画がずれて、予定より早く決行してしまっているのかもしれない。

 なんにせよ、このタイミングでもう一度見れたというのは、不幸中の幸いだ。

 

「リュイスちゃん。アルムちゃんが今どこにいるか、分かる?」

 

「……はい。大体の流れは見えたので、それを辿っていけば見つけられると思います。まだ少し、頭の整理ができていませんが……」

 

 大きな流れは流れ込む情報量が膨大なため、彼女の頭に多大な負荷がかかるらしい。とはいえ今は情報を精査している暇はないし、おおよその位置がわかれば十分だろう。

 

「そっか。じゃあ、悪いけどすぐに出発しよう。……多分、あんまり時間ないから」

 

「はい……!」

 

 彼女の心身の負担が心配だけれど、今言ったようにおそらく猶予はない。

 わたしたちは手早く荷物をまとめ、この場を後にした。

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