【完結】勇者の旅の裏側で   作:八月森

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2節 やっちゃった

 先を行くアレニエさんの歩みは早い。目的の部屋まであっという間に進み、扉を開け、すぐさま中に入ってしまう。私も後に続き入室し、扉を閉める。

 

 部屋はちょうど二人部屋だったらしく、ベッドが二つとクローゼットが一つあるだけの簡素なものだった。先刻の彼女が綺麗に掃除をしているのか、ほこり一つない清潔感のある部屋だ。

 

 アレニエさんはベッドの傍に荷物を置き、次いで部屋の窓を開け、外の景色を無言で眺めていた。その後ろ姿からは、何を思っているのか窺い知ることができない。

 

 ひとまず私も荷物を置き、ベッドに腰を下ろすことにした。都市部の宿に比べれば寝具は少し堅かったが、野宿するよりは遥かにいい。休める場所に辿り着いた安堵からか、ここまでの旅の疲れが吹き出すような感覚があった。

 

 少しして、アレニエさんが私の隣(同じベッド)に腰を下ろす。ちらりと目を向けてみるが、ここから見える横顔に表情はなく、口を開く様子もない。

 

 気まずい。

 聞きたいことは沢山あれど、聞いていいことなのか分からない。しかしこの空気のまま過ごすというのもなかなかに耐え難い。意を決し、彼女に尋ねようとしたところで――

 

 ――コンコン

 

 と、部屋の扉をノックする音が室内に響いた。

 ちらりとアレニエさんに視線を向けるが、彼女は聞こえていないかのように身じろぎ一つしない。私は慌てて代わりに返事をする。

 

「あ――は、はい」

 

「ごめんなさい、宿の者だけど……少しだけ、いいかしら……?」

 

 扉越しに躊躇(ためら)いがちな声を届かせるのは、先程の店主と思しき女性だった。私は再度アレニエさんに視線を送るが、彼女は伏し目がちに床を見るだけで、なんの反応も示してくれない。しかし強く拒絶するわけでもない。

 だから私は少し迷いながらも立ち上がり、部屋の扉を開けた。正直どうしていいか分からなかったが、これで状況が動けば、とも思ったのだ。

 

「……ありがとう」

 

 入室した女性は扉を開いた私に感謝の意を伝え、次にアレニエさんに向き直る。その表情は、何かを怖がっているようにも見えた。

 

「――あの……」

 

 彼女が小さく声を掛けるが、やはりアレニエさんに反応はない。女性はその様子に少し怯んでいたが、やがて覚悟を決めたように顔を上げ、笑顔を作り、アレニエさんに話し掛ける。

 

「その……久しぶりだね、レニちゃん……元気、だった?」

 

 その問い掛けにも反応はないものと思い込んでいたが……いつの間にかアレニエさんは顔を上げ、笑顔を見せていた。いつもの柔らかな……けれど、仮初の笑顔を。

 

「――なんのことかな。わたし、そんな名前の人知らないけど? 人違いじゃない?」

 

「え……」

 

 予想外の否定に女性は身を固くし、けれど、それでも諦めずに問いを続ける。

 

「嘘……嘘だよ。レニちゃんでしょ? 私、ユーニだよ。子供の頃、よく一緒に遊んでた――」

 

「――悪いけど」

 

 アレニエさんはいつもより語調を強めて、強引に会話を断ち切る。

 

「わたしたち、長旅で疲れてるから早めに休みたいの。用があるなら後にしてくれるかな……――店員さん」

 

「……っ!」

 

 それは、はっきりとした拒絶の言葉だった。

 

 事ここに至っては、私にも想像がつく。二人は幼い頃に友誼(ゆうぎ)を結んだ友人同士で、長年の別れを経て劇的に再会したのだと。そして、旧交を温めるべく差し出された女性――ユーニさんの手を……アレニエさんが、振り払ったのだと。

 

「……ごめん、ごめんなさい……私……いえ……。……ごゆっくり、どうぞ」

 

 小さくそれだけを言い残すと、ユーニさんは失意のまま部屋を出て行ってしまった。

 

 所在無げに立ち尽くしていた私は、少し迷いながらもベッドに戻り、アレニエさんの隣に座り直した。

 二人の間に何があったかは知らない。どちらが悪いという話なのかも分からない。ただ、ユーニさんの悲しそうな顔が脳裏に焼き付いていた。

 

「……アレニエさん。詳しい事情は分かりませんが、今の言い方は……――」

 

 そこまで口にしたところで、隣に座るアレニエさんが急にこちらに倒れこみ、私のふとももに顔を(うず)めてきた。

 

「わひゃ!? ア、アレニエさん……!? こんな時に、何を……!?」

 

「…………」

 

 そして、そのまましばらく微動だにしなかった。

 

「……アレニエ、さん?」

 

「……やっちゃったよー……」

 

 私のふとももの間から、くぐもった後悔の声が漏れ聞こえた。衣服越しに響く音が体に伝わってちょっとくすぐったい。

 

「やっちゃった、って……今の方に対して、ですよね?」

 

「……うん……」

 

「どうして、あんなことを……?」

 

「……だって急に出てくるんだものー……こっちにも心の準備とか欲しいのにさー……でも剣が完成するまでこの村出れないしー……」

 

 アレニエさんは私の膝の上でひとしきり悶えた後、寝転がり、天井を向く。見下ろす私と目が合う。ようやく交わったその瞳は、珍しく不安げに揺れていた。

 実際、こういうアレニエさんは珍しい。いつもはもっとスパっと物事を決めるイメージだ。でもそういえば、自身が半魔だということを切り出す時などは、かなり奥手になっていた気もする。

 

「……その、前に、話したかな。かーさんと一緒に暮らしてた頃のこと」

 

「えぇと、前回の依頼の帰り道で、大まかには聞きました。とある村の外れで、お母さんと二人で暮らしていたんですよね」

 

 そう。風の魔将イフを打ち破り、見事依頼を達成したアレニエさんは、パルティール王都までの帰り道の間に、秘密にしていたその半生を聞かせてくれていた。

 その際に聞いたのが、幼い頃の話。まだ彼女が〈剣帝〉と出会う前の、ただの少女だった頃の話だ。

 

「……ここ」

 

「ここ?」

 

「……その村が、ここなの」

 

「…………えぇ!?」

 

 驚きに、思わず大きな声が出てしまった。

 

「……旅でたまたま訪れた場所が、幼い頃暮らしていた故郷だったなんて、そんなこと……あ」

 

「この間のリュイスちゃんと同じだね」

 

 以前の旅で私は、滅んだ自身の故郷にたまたま立ち寄っていたのを思い出した。自分のことを棚に上げて発言してしまった恥ずかしさに、少し赤くなる。

 

「まぁ、それにしてもびっくりだよね。……どうりでどこか見覚えあるわけだよ」

 

 村の光景を思い出してか、彼女はどこか苦々しげに笑みを浮かべる。

 

「村の名前に憶えはなかったんですか?」

 

「子供の頃は「村」としか呼んでなかったし、こっちにあまり近づかないようにも言われてたしね。ここが地図のどのあたりなのかも知らなかったし、名前も場所も憶える機会がなかったというか」

 

 子供の頃なら、そういうものかもしれない。

 

「だから、気付いたのは本当についさっき。あの子がユーニちゃんだって気づいた時だよ」

 

「やっぱり、お知り合いだったんですね。でも、じゃあ、さっきの態度は……」

 

 それを訊ねようとすると、彼女は少し困ったような笑みを浮かべる。

 

「その話なんだけど……明日の早朝、ちょっと行きたい場所があるから、付き合ってくれないかな。そこで説明するよ。今日はもう色んな意味で疲れたし、夕飯食べて寝よう」

 

「……はい。分かりました」

 

 きっと突然のことに混乱していて、彼女の中でまだ話す準備が整っていないのだろう。ならば大人しく待つべきだ。話してくれるつもりはあるみたいだし。

 

「……って、そういえば夕飯って、今日は宿の料理を頂くつもりでしたよね。でも……」

 

 あんなことがあった後では、食べに行きづらいのでは……

 

「あー……まぁ、いいや。下に食べに行こ」

 

「えっと……いいんですか?」

 

「多分、食べてる間に話しかけてきたりはしないと思うし、他の客とかがいればなおさらじゃないかな。わざわざ温かい食事を逃がすのももったいないしね」

 

 そう言うと彼女は起き上がり、開けていた窓を閉めてから、さっさと部屋の入口に向かっていってしまう。

 

「ほら、行こ。リュイスちゃんも」

 

「あ、はい」

 

 差し出された手を握り返し、私も立ち上がって一階に向かう。

 一階の食堂には、私たちと同じように早めの夕食を食べに来た冒険者が数人いた。早くに就寝して早朝の番にでも立つのだろう。

 

 店員はユーニさんの他に、私と同い年くらいの女の子が数人、私服にエプロンだけをつけた簡素な恰好で働いていた。おそらく村の子供を雇っているのだろう。彼女らから料理を受け取り、私たちも食事を口にする。

 

 ユーニさんは私たち(というかアレニエさん)がいることに驚き、次には見るからに話したそうにしていたが、他のお客さんがいる手前か、実際に接触してはこなかった。

 アレニエさんはそれを知ってか知らずか、素知らぬ顔で料理を美味しそうに食べていた。この人、メンタルが強いのか弱いのか、時々よく分からないな……

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