魔法少女Imagine   作:MOPX

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少女変身(Awaken)

確かなものってなんなんだろう

 

目に見えているもの 見えないもの

 

全て移ろいゆくもので

 

変わったことすら誰も覚えていないのだとしたら

 

変わる前の何かは完全に消えてしまうのかな

 

 

 

「うーん……」

 

 

 

星の煌めき 砂の一粒 川の流れ

 

落ちる葉  鳥の囀り 街の喧噪

 

 

 

行き交う人々

 

 

人、ヒト、ひと

 

 

全てが儚くて、脆くて、確かじゃないもの。

 

 

「うーん????」

 

 

儚いもの、例えば昨日の夕食の後に出てきたケーキ。

お母さんがお父さんの大きな仕事が終わったお祝いに買ってきた。

 

私も、もちろんいっしょに食べた。

上に乗っていたイチゴが最高だった。

当たり前なのだが、食べたらなくなってしまった。

 

儚い。

 

また食べたい。

テストで100点を取れば、ねだったりできないだろうか。

 

 

「日記みたいになってきた……あと何字かな」

 

原稿用紙をめくる。

1枚半分。

 

途方もなく遠い。

テーマが自由というのが悪い。

 

自由というものは得てして責任を伴うのだ。

要するに何を書くか決めるか面倒くさい。

 

だからして、この機関(小学校)で出されたミッション(授業の宿題)というものは私に成長を促すものに違いなかった。

百戦錬磨の師(担任のおじいちゃん)ギリギリの戦い(テストの点)周囲との葛藤(休み時間のおしゃべり)、全てが私の織りなす物語(日常生活)の一部であり――。

 

 

「何をしているの?」

 

「え……ひゃあああぁぁぁぁ!! ゆ、ゆかりちゃん!! 急に話しかけないでよ!!」

 

「ごめんね、桃美ちゃんが何か熱心に書いてるな……って」

 

「これは……何というか、実験作的なアレだよ。ポエム要素とかいろいろ足したら300字すぐ埋まらないかなって」

 

「なるほど……うーん、のぞきこんでいい?」

 

「のぞきこみながら言わないでよー、うえーん」

 

「ふふ、冗談冗談」

 

体で原稿用紙をガードする私。

正直、ゆかりちゃんに見られる分には全然良い。

 

だからこれは他愛のないやり取り。

私の生活に彩りを添えるもの。

 

私は「はい閉店~」という掛け声とともに紙をランドセルに放り込んだ。

もはやこんなものに未練はない。

 

今はもう放課後。

もともと目の前の少女を待つための暇つぶしをしていたにすぎない。

 

綺麗な長い黒髪をたなびかせて、物静かで儚げな雰囲気を纏ったこの少女の。

 

「じゃあ帰ろっか!!」

 

私が声をかけると、少し照れくさそうな笑顔が返ってくるのだった。

 

「……うん!!」

 

 

私を織りなすもの。

 

 

その中で、一番大きなもの。

 

 

大切な親友。

 

 

 

 

 

学校から出て、通学路を二人で歩く。

話すのは今日の授業のことや、最近見た動画のこととか。

 

私、桃原(ももはら)桃美(ももみ)は普通の小学六年生。

クラスの人たちからは「若干、変わってるよね……」などと言われるが普通の小学六年生である。

 

まあ、運動も勉強も普通の水準に収まる範囲には入っているはず。

自分が普通だと思うなら、普通を名乗っていいのである。

 

こほん。そんな普通な私にも特別なことがあるとすれば、ただひとつ。

それは――。

 

 

「どうしたの? 桃美ちゃん?」

 

 

紫ちゃんという素敵な親友がいること。

 

紫王(しおう)(ゆかり)ちゃん。

もちろん私と同じ小学六年生。

 

きょとんとした顔がこちらを向く。

とても優しくて、かっこよくて、芯が強い。

私なんか比べ物にならないくらい、良くできた子。

 

今は残念ながら別のクラスだけど、こうして一緒に帰っている。

 

 

「ううん、何でもない。昨日見た猫の動画を思い出してただけ」

 

「猫かあ。いいよねー」

 

そう言っている紫ちゃんの顔が綻ぶ。

正直、暇つぶしで見ていただけなので猫の良さはよくわからないのだが、紫ちゃんのこんな嬉しそうな顔が見れたので良しとする。

 

毎日、紫ちゃんの笑顔が見たい。

そんな日々が続けばいいのに。

 

やがて紫ちゃんは、ぽつりとつぶやくのだった。

 

「……いっしょに住むのも、ありかも」

 

「え!? 確かに私たち親友だけど!! まだ早くないかなあ!! お父さんとお母さんの許可も取らないと!!!! 新居!!!! ローンを組まなきゃ!!!!」

 

「……? 猫を飼いたいって言ったつもりだったんだけど……」

 

「え!? ああ!! そうだよね!! 猫用の新居ってこと!!」

 

汗を飛ばしながら、私は手をぶんぶん振り回した。

何とか誤魔化せた。

私の顔は赤くなっていたに違いない。

穴があったら入りたいとは、正にこのこと……。

 

「ふふ……」

 

「ご、ごめんね紫ちゃん。ちょっと変だったよね」

 

クラスメイト評の『ちょっと変わっている』。

結局それが正解だったということだ。

普通などではない。

悪い方向に変わっている。

 

私がしょげて顔を下げると、うんと優しくて透き通る声が耳に入るのだった。

 

「違うの、桃美ちゃんが一生懸命だったから。私はそんな桃美ちゃんを見ているのが好きだから」

 

私はいよいよ顔を上げれなくなってしまった。

熱を帯びている。

きっと顔はさっきの比ではなく真っ赤になっているだろう。

 

心地よい風が吹いてくる。

おかげで顔の熱も少しは冷めてくれた。

 

気を取り直して私は紫ちゃんとの会話(大好きな時間)へと戻るのだった。

 

「それにしても猫かあ~。やっぱり飼うのって大変なのかな~」

 

「……どうなんだろ。生き物だから病気になったりするだろうし……」

 

 

――それなら妖精はいかがかしら?

 

 

割り込む突然の声。

私と紫ちゃんが辺りを見渡す。

 

周囲には誰もいない。

 

 

――ここよ、ここ。あなたたちの正面。

 

 

紫ちゃんと二人で言われるまま視線を向ける。

いつもの通学路に浮かぶ、いつもはない光球。

 

握り拳くらいの大きさのそれは、緑色に光っていた。

 

やがて光は形を変え、そのままの大きさでぐねぐねと形を変えた。

 

「ハロー ワールド。かわいい妖精さんがあなたたちを夢の物語へとイザナっちゃうぞ☆」

 

「……」「……」

 

握り拳くらいの大きさの、ビキニを着て、蝶みたいな羽根を生やして、緑色に発光している、推定年齢30歳の生き物。

 

「紫ちゃん、アレ、何だと思う?」

 

「ドッキリ、蜃気楼、虫、AR、新型のドローン、小型の不審者」

 

「小型の不審者説、採用!!」

 

「逃げましょう!!!!」

 

私と紫ちゃんはくるっと回ると、もと来た道へと駆け出した。

念のため防犯ブザーに手をかけながら。

 

すると――。

 

「ちょっと。こっちはできる限り妖精のパブリックイメージに合わせたのだけれど?」

 

瞬間移動したかのように目前に自称妖精が浮遊していた。

紫ちゃんが後ろを確認している。

 

私も気づいたが、同種の別個体というわけでなさそうだった。

良く言えば周りを囲まれているわけではないが、悪く言えばこの生き物の移動速度は予想もつかないということだ。

 

紫ちゃんがこちらに目で合図をする。

とにかく大声を出して大人を呼ぼう。

そういう意図だとわかった。

 

「待ちなさいって!! 私は不審者じゃないし私の姿はあなたたちにしか見えないの!!」

 

「だってさ、紫ちゃん!! どうしよう!?」

 

「それが本当かはわからないから無視すればいいわ」

 

私はおお、と声を上げた。

確かにこの生き物の目的が何であれ、大人を呼んで困ることはないはずだ。

さすが紫ちゃんは頼りになる。かっこいい。今も真剣な眼差しで、まるでその瞳の深い黒に吸い込まれてしまいそうな――。

 

思考は自称妖精のため息に遮られた。

 

「まあいいけど? でも私の話を聞いた後でも遅くはないと思わない? あなたたちにとっても魅力的な提案なのだけれど」

 

「だってさ、紫ちゃん!! どうしよう!?」

 

紫ちゃんが手で顎をさする。

 

「……聞く必要はないけど、危害を加えるならもう何かしているはずかも」

 

「確かに!!」

 

私はうんうんと頷いた。

この謎生物の目的はわからないが、少なくとも悪いことをするつもりではないのかもしれない。

さっきから紫ちゃんの意見を仰いでばかりな気がするが、気のせいだろう。

紫ちゃんの考え込む仕草は何度見てもよいものなので……。

 

紫ちゃんが目の前の光っている何かに話を促す。

『何か』は非常に不服な様子だった。

 

「最近の子供は夢がなくて駄目ね。何が楽しくて生きてるの?」

 

「と、唐突で辛辣なディスリ!?」

 

ぐちぐちと文句を言いながら自称妖精が話を始める。

こちとら生を受けて十と数年。

なぜ人生単位で文句を言われないといけないのか。

 

やっぱり話をさせたのは間違いだったかな、なんて思っていたら勢いよく啖呵を切るのだった。

 

 

「単刀直入に言うわ!! この世界はモンスターに狙われている!! あなたたちのまずはどっちか、魔法少女をやってこの世界を救って頂戴!!」

 

 

風が吹く。

春だけどまだまだ寒い日が続くようだ。

今日の晩御飯は何だろう。

カレーライスが食べたい。

 

「紫ちゃん」「桃美ちゃん」

 

私と紫ちゃんが目を合わせる。

 

「「逃げよう!!!!」」

 

回れ右をする私たちに必死の声が届く。

 

「ま、待ちなさい!! あなたたち魔法を使いたいでしょう!? 同年代の子に対して優越感に浸りたいでしょう!? あわよくば世界を救って全人類に恩を売りたいでしょう!?」

 

「私達、そういうのじゃないんで」

 

紫ちゃんがぴしゃりと言い放つ。

私も胸がすっとする思いだった。

 

変わる必要なんてない。

紫ちゃんとの日常が続けば私はそれで十分だ。

 

「またまた!! もっと小さい頃、魔法少女になりたかったでしょ!?」

 

「魔法少女……」

 

魔法少女。

何故だか胸に引っ掛かるものを覚えた。

きっと昔は好きだったとかで、反射的に脳が反応したのだろう。

 

チカチカと点滅しながら、なおも食い下がる自称妖精に私はうーん、と唸った。

そういえば私の夢って何だったんだろう。

 

「私は夢とか特になかったかなあー。紫ちゃんは?」

 

「私は……その……ブイチューバ―、とか……」

 

え!? と驚きの声を上げてしまった。

紫ちゃんの将来の夢。

聞いたのは初めてだったかもしれない。

 

「ブイチューバ―……うん!! いいね!! 紫ちゃん、声は綺麗だし歌も上手いし!! モデルの作製とか機材の準備は私がやるよ!!!!」

 

「……う、うん。……ありがとう」

 

紫ちゃんは少し顔を赤らめて顔を伏せる。

そんな様子もかわいらしくて、幸せな気分で胸が満たされていく。

 

桃原桃美。小学六年生。

この歳にして夢ができました。

親友と合法的にいつまでも一緒にいれる夢が……。

 

「もしもーし? 盛り上がっているところ悪いんですけどぉ~。そういうのはぁ~世界をぉ~救った後にしてほしいというかぁ~」

 

わっと、思わず目を逸らす。

私と紫ちゃんとの間に挟まる発光体。

 

ねちっこい喋り方をして、いかにも不機嫌さをアピールしている。

紫ちゃんがむっとして反撃に出た。

 

「私達にこだわる理由は知りませんけど、その勧誘の仕方だと誰も相手にしないと思いますよ? 行こう、桃美ちゃん」

 

「ああもう、時間がもったいないわね。急がないとそろそろ奴らが――」

 

 

轟音(ゴォン!!)揺れ(ミシミシ!!)揺れ(ガタガタ!!)

 

 

 

私達は立っていることができず態勢を崩す。

 

最初は地震かと思ったが、大気が震えたのだとわかった。

急に辺りが暗くなる。

 

紫ちゃんが私の手を取り、体をくっ付けてくれた。

私はきっと、不安そうな顔をしていたのだろう。

 

「もう来たじゃない。猶予がないなあ、もおー」

 

「これはあなたの仕業なの!?」

 

紫ちゃんが非難するような口調で妖精と名乗ったものを問い詰める。

 

「言ったでしょ。モンスターが来るって。私……妖精と同じように奴らは別世界から転移できるのよ」

 

「あ、あのう……。モンスターってどんな……?」

 

妖精らしきものが私の方を向いて鼻を鳴らした。

ようやく興味を持ってもらえて余程うれしいらしい。

 

「漫画、アニメ、ゲームみたいなのを想像すればいいわ。でも大丈夫!! あなたはこれから無敵の魔法少女になるから」

 

「うぇ!?!? 私が!?!? 何で!?!?」

 

「桃美ちゃんに変なことをしたら許さないから!!」

 

紫ちゃんが私の体を引き寄せる。

ちょっと体温が上がるのを感じたけど、これは気のせいじゃないだろう。

 

妖精らしきものと私が相対する。

 

「何でってあなたの方が魔法少女に興味を持ってそうだったから。敵が来てからじゃ遅いのよ。いい? 魔法少女が本当に存在すると思えばなれるの。要は心の持ちようよ」

 

「で、でも魔法なんて現実には存在しないよ!!」

 

「一理あるわね。じゃあ少女は?」

 

「え? 存在するよ」

 

「つまり魔法少女は?」

 

「……。半分は存在する?」

 

「そういうことよ」

 

 

何だか盛大に騙されている。

そう気づく間も与えられなかった。

 

妖精――もしかしたら本当に妖精かもしれないそれが、私の方を向く。

 

何でそう思ったか。

 

だって妖精らしき存在の周りに、魔法陣らしきものがたくさん浮かんでいたから。

縦、横、斜め。

空間を埋め尽くすくらい、無造作にたくさん。

 

「特殊魔法力疑似誘発装置作動。機能圧縮。情報伝送。領域展開。第一セット内容確認……良し。合言葉は――」

 

何やらわけのわからないことをぶつぶつ言っている。

きっと呪文だ。

妖精の世界の呪文――。

 

「魔法少女!!!!」

 

妖精から緑の光が溢れる。

その光は優しく淡い光で、不思議と目を開けたままでいられた。

 

体が光に包まれる。

まるで全身の細胞が新しくなるみたい。

 

「桃美ちゃん!!!!」

 

心配する紫ちゃんの声が聞こえる。

でも、大丈夫。

思ったよりも暖かい。

きっと悪いようにはならないから……。

 

光が収まった。

 

私の体はというと――。

 

 

全身フリフリ、胸には主張の強いリボンの、ピンク色のドレスに包まれていた。

 

「うええええぇぇぇぇ!?!? めっちゃヒラヒラしとる!?!?」

 

「いちいちうるさい子ね。魔法少女といえばドレスでしょ。まったく」

 

「も、桃美ちゃん!! 髪もピンク色になってる!! あなた桃美ちゃんに何をしたの!!!!」

 

私が前髪を引っ張ると、確かに果物の桃に近い色が目に入ってきた。

どうやら髪の毛全てが薄い桃色に変わったらしい。

 

「おしゃべりはそこまで、敵が来るわよ」

 

 

 

足音が聞こえた。

獰猛で、暴力的なリズムが。

 

30メートル程度先の十字路。その左側から来ているのだとわかった。

さっき轟音がしたのと同じ方向だった。

 

音はどんどん近づいてくる。

十字路からそれが姿を現す。

 

「ひ……!!」「きゃ……!!」

 

私と紫ちゃんが思わず声を上げる。

黒い大きな影が十字路から飛び出していた。

 

十メートルはありそうな長い胴。

強靭な四肢。

黒い毛並み。

子供くらい簡単に入りそうな口。

鋭い牙。

 

一言でいえば、真っ黒なでかい獣。

 

「紫ちゃん、あれ……何だと思う」

 

「動物園から逃げてきた……って感じじゃなさそうね」

 

金属が折れる音がした。

狼だか何だかわからない獣が、嚙みついて道路の標識をへし折っている。

標識は根元から折れてほぼ直角に曲がっていた。

 

「紫ちゃん」「うん」

 

「逃げよう」「逃げましょう」

 

 

「ちょっと待ったあ!! 逃げるつもり!?」

 

妖精が相変わらずひらひらと目の前を飛んでいた。

まだ何か用があるのだろうか。

 

「逃げるつもりって言われても……あんなの勝てっこないよ!! 思ったよりでかいし!!」

 

「それはまだ武器を出してないからよ。それに逃げ切るのは無理よ。あいつはあなたを追うわ」

 

「うええええ!?!?」

 

私から甲高い悲鳴が漏れる。

あんな恐ろしい怪物から恨みを買った覚えはない。

 

「簡単な理屈よ。モンスターは魔法少女を天敵と見なしている。だから周囲にいれば建物の破壊より魔法少女との戦闘を優先する。良かったわね。あなたがいる限り街は守られるわ」

 

「こいつ……!! 桃美ちゃんをハメたわね!! 許さない!!」

 

紫ちゃんの必死の訴えも虚しく猛獣はこちらを向いた。

 

狼っぽいんだけど体つきがしっかりして北欧とかにいそうだなあ、とおもった。

そう、神々の時代の伝承とかに……。

 

猛獣の口がぱっくりと開く。

 

「来るわよ!! ガードしなさい!!」

 

「え? え? え? 何?」

 

「桃美ちゃん!!!! 伏せて!!!!」

 

30メートルあれば、大丈夫かな。

そんな思い込み(正常バイアス)がまずかった。

 

発射されたのは、黒いビーム。

私がそれに気づいた時には、もう目の前。

 

派手な音とともに私の体が吹き飛ぶ。

飛んでいると錯覚を覚えるほど長い時間、体が宙を舞った。

 

私の体はそのまま後ろ側の塀にぶつかった。

 

「桃美ちゃーーーん!!!!」

 

目をゆっくりと開ければ、紫ちゃんの顔があった。

心の底から心配そうに、つらそうに、悲しそうにする顔が。

 

ああ、私なんて置いて早く逃げればいいのに。

やっぱり紫ちゃんは優しい子だ。

最期にこんな暖かい気持ちになれたのなら、魔法少女になったのも無駄ではなかったかもしれない。

 

 

でも、やっぱり駄目だ。

 

 

親友にこんな悲しい思いをさせてしまったのなら。

 

 

さよなら紫ちゃん。

 

 

伝わる肌のぬくもり。

 

 

痛みなどない。

 

 

五感はあなたの存在だけを伝えて――。

 

 

 

 

 

「……て、あれ? 痛くない?」

 

「桃美ちゃん!! 大丈夫なの!? でもドレスはボロボロに……!!」

 

あれだけ派手に吹っ飛んで頭もぶつけたのに、痛みは全くなかった。

その代わり、紫ちゃんの言う通りドレスはスカートの先や肩の部分が破損していた。

胸のリボンも半分がちぎれている。

それだけに敵の攻撃の熾烈さを物語って――。

 

いや、不自然だ。

 

明らかに攻撃を受けてない箇所までドレスは破れていた。

 

「言い忘れてたわ。あなたへのダメージは全てそのドレスが肩代わりする。ほどけてクッションになるイメージね。変身が解除されたら終わりだから気を付けてね」

 

「言い忘れてたって……!! 桃美ちゃんは初心者なんですよ!!!! ちゃんとしたマニュアルやベテランの指導員を付けてください!!!!」

 

紫ちゃんの批難を聞きながら、私は呆けていた。

安心感よりも脱力感が勝っている。

少し時間をおいてやってきたのは、恐怖。

 

今の攻撃でもドレスは随分と痛々しくなってしまった。

もし、もう1、2回攻撃を受ければ――。

 

足がガクガクと震えた。

 

もう一度、怪物に目をやる。

 

獲物をしっかりと狙いながら、四肢は滑らか、かつ力強い動きで確実にこちらに近づいていた。

言うまでもなく、獲物は私――。

 

 

腰が抜けた。

尻もちをつく。

 

 

「桃美ちゃん!!」

 

「ちょっと!! 戦闘は続いてるのよ!! 武器を出して有利な距離へ動いて頂戴!!」

 

私の視線は怪物へと釘付けになっていた。

人より遥かに大きい種。

殺意を塗り固めたような漆黒の牙。

 

魔法少女がモンスターの天敵?

逆だ。

 

私は狩られる側。

 

怪物がだんだんと近づいてくる。

恐怖を越えて、全ての心構えで体が支配される。

 

最初から無理だったのだ。

普通で、ちょっと変わっている程度の少女では。

 

あと数メートル。

たぶん一跳びで私に達する。

 

 

絶望で覆われた私の視界に何かが飛び込む。

それは私と同じ少女だった。

 

黒くて長い、綺麗な髪。

私の目の前で勇敢に、怪物と向かい合っていた。

 

 

「ゆ、ゆかりちゃん……?」

 

「大丈夫……!! こういう獣、上下関係をわからせれば襲ってこないから……!!」

 

紫ちゃんの髪は風でたなびいた。

紫ちゃんの手は木の枝を怪物へと構えていた。

紫ちゃんの足は――。

 

紫ちゃんの足は、震えていた。

 

 

 

狩る側と狩られる側は逆だった。

 

でも、守る側と、守られる側が逆になるのは――。

 

そんなのは駄目だと思った。

 

 

 

「あ~無謀~。モンスターと魔法少女の間に割り込むなんて。小石を蹴飛ばすみたいに巻き添えになるわよ」

 

緑の光が、耳元でささやく。

 

――さあ、早くしなさい。

 

――親友があなたの秘密を知る唯一の理解者となるのか。

――あるいは悲劇のヒロインとなるのか。

 

――決めるのは、あなたよ。

 

 

 

そんなの決まっている(少し静かにしててくれ)

 

 

 

黒い獣はその後ろ脚をバネの様に使い、長い黒髪の少女に飛びかかった。

 

少女は目をきゅっと閉じ、獣は鋭い爪を振り下ろし――。

 

 

 

桃の閃光がその爪を粉々に砕いた。

 

閃光はそのまま、獣に着弾して桃の爆風を巻き起こす。

獣は二転三転しながら、後ろへと退く。

 

助けられた少女は後ろを振り返る。

もう一人の少女は――。

 

「桃美ちゃん……?」

 

魔法少女は、凛然とそこに立っていた。

 

 

魔法少女が一瞬で獣との距離を詰める。

握られた杖が、怪物の顎を撃ち抜く。

 

 

普通でちょっと変わっているだけの少女。

でもそんな少女にも誇れるものが一つだけあった。

 

 

大切な親友の存在。

 

 

怪物の砕けた顎がそのまま、乱暴に開く。

そのまま、牙で魔法少女の体を挟まんとする。

 

「桃美ちゃーーーーん!!!!」

 

牙が魔法少女の体を捉える。

食べられた。

 

落胆で倒れ込む少女。

しかし、次の瞬間には奇異なものを目にしていた。

 

怪物の口が少しずつ、こじ開けられるように開いていく。

逆方向の万力。

 

魔法少女の左手は、怪物の牙を捉えて上へと押し上げていた。

そして右手は――。

 

「半分が少女なら、半分は魔法が使える……!!」

 

発光した杖が、怪物の体内に向かって構えられていた。

同じく怪物の中にいた妖精が、魔法少女の耳元で勝ち誇った。

 

「あ、言い忘れてたけど火力の高い技を撃つには詠唱が必要よ。あなたの場合は――」

 

牙が力ずくで獲物を押し込まんとする。

魔法少女が態勢を崩す。

 

牙は完全に魔法少女を捉えていた。

ドレスが、ほつれていくように急速に形を崩していく。

 

そんな状況でも杖は、魔法少女の手にしっかりと握られていた。

桃色の光が杖の先端へと集まる。

怪物の口内で、桃色の光が灯篭のように光る。

 

浄化コード認証(獲物は)……」

 

 

桃花彩光・フル・シュートォォォォ!!!!(お前だああああぁぁぁぁ!!!!)

 

 

桃の閃光が怪物の体を突き破って天へと放たれた。

怪物が時が止まったように、微動だにせずその場に停止する。

 

やがて時間が流れることを思い出したように、形を崩し黒い霧となり消えていく。

 

全てが終わった時、空もまた澄み切った青をもたらしていた。

 

 

 

 

 

「桃美ちゃん!!!! 大丈夫!?!?」

 

紫ちゃんが私のもとへと駆け寄る。

私はというと――。

 

「び……」

 

「び?」

 

「びええええぇぇぇぇん!!!! こわかったよぉぉぉぉ!!!! あんな怪物もう戦いたくないよぉぉぉぉ!!!! 生きててよかったぁぁぁぁ!!!!」

 

紫ちゃんの胸へと飛び込んでしまった。

 

「私も……怖かった……」

 

「そうだよねぇぇぇぇ!!!! 怪物こわかったねぇぇぇぇ!!!!」

 

「そうじゃなくて……」

 

「へ?」

 

「桃美ちゃんが危ない目にあってたから……桃美ちゃんが消えちゃんじゃないかって……それが怖かった」

 

「ゆ、紫ちゃん……!!」

 

私は改めて紫ちゃんを抱きしめた。

お互いの無事を確認するために。

 

お互いがそこに存在することを、確認するために。

 

 

 

 

 

カメラのフラッシュのような物がたかれた。

私と紫ちゃんが驚いて目をやる。

 

緑色のカメラらしき物体が宙に浮いている。

妖精がニヤニヤしているあたり、犯人だろう。

どうも遠隔操作ができるらしい。

 

「変身した少女とその親友~いやあ~良い画になるわぁ~」

 

妖精が私達の周りを瞬間移動しながらパシャパシャとシャッターを切る。

何だか恥ずかしい気分になってくる。

いや、それよりも紫ちゃんは嫌じゃ――。

 

「桃美ちゃん」

 

「ひゃい!?」

 

「もう少しこうしていよっか……」

 

「……!! う、うん!!」

 

私、桃原桃美は考える。

普通の少女が魔法を使えるのは、普通じゃない特別な何かがあるから。

 

私にとっての特別(魔法)は――。

 

 

やっぱり紫ちゃんなんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

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