ずっと正しいと思う気持ちを胸に生きてきた。
多くの人が、掲げ、目指し、正解だと思うものこそが正解。
それならば、それを遂行できるのがあるべき姿なのだと。
少女に形作られた理想の器は、際限なく膨張した。
それが、人間に似つかわしくない大きさになるまで。
多くの人が言っていたのが、「できないからこそ」だったとしても。
それを目指すことに何の問題があるだろう。
「黄依ちゃん……!!」
屋上の、フェンスの側。
黒い渦を眺めていた私に声がかけられる。
私は後ろを振り返って、その姿を捉えた。
「あ、モモミー。何か久しぶりだね。あはは」
傍には険しい顔の
どうやら、
「大変なの!! 紫ちゃんが……!!」
「待って!!」
少女の言葉を私は制する。
周囲にただならぬ気配を感じたからだ。
敵が来る。
その感覚の後に
自分より遥かに高い身の丈の、強靭な四肢を持つ化け物。
鬼。
絵本のようなデフォルメされたものとはかけ離れた、筋肉の繊維、一本一本まで描き込まれたような風貌。
それが目の前にいた。
「気を付けて黄依ちゃん!!!! そいつ強いから――」
自分の姿を慈悲深いシスターへと変える。
一瞬の情けも与えない、そんな存在に。
鬼が棍棒を携え此方へと吶喊する。
私も、棍棒を手に突っ込む。
棍棒と、棍棒とが、
私の体は黄のしぶきとともに、後ろへ弾かれていた。
手にしていた棍棒が、回転しながら空高く舞っている。
「黄依ちゃん!!!!」
少女の悲鳴が耳をつんざく。
でも、何も心配はいらない。
私は
こんな雑魚は――。
なおも追撃を仕掛けようとする、鬼の動きが止まった。
いや、正確に言えば私が止めた。
黒鬼の四肢は、周囲から伸びた黄金の鎖で、別方向に引っ張られていた。
飛び散った黄のしぶきは、空中で集まり球体を形づくる。
斜め上と斜め下に二つずつ。
四点から伸びた鎖。
鬼が振り解こうと、藻掻けば藻掻く程、拘束の力を強めていく。
戦いの基本は敵の強みを潰すことだ。
この敵の武器が、強靭な四肢というのなら――。
それを破壊する。
鬼の右腕を、左腕を、右脚を、左足を。
四つのばらばらなベクトルの力を加えて――。
鬼の四肢を引き裂いていった。
接点だった場所から黒い液体が吹き出す。
私の心配をしていた少女が、悲鳴を上げる。
だが、まだだ。
床にドスンと落ちた、胴体が、頭が残っている。
私は天高く手を掲げた。
手がそのまま伸びるように、黄の鎖が直進する。
空に舞った武器を、遥か上方で補足した。
手に力を込めて、引き落とす。
天高く位置していたエネルギーを全て、
それを
「
黄の爆発が巻き起こる。
敵の
鬼は消えた。
空は晴れない。
当然だ。
私が
「……き、黄依ちゃん!!」
心配そうな顔をしている
今、変身が完了したようで桃のドレスに身を包んでいる。
「話の途中だったね。ゆかりんがどうしたの?」
普通に接する。
この状況でそれをできるのが、
私は、そういう
目の前の少女と妖精さんを見ていれば何となく察しは付いた。
妖精さんが先んずるように口を開いた。
「黄原さん、その顔つき……記憶が、戻ったのかしら?」
「うん、全部かはわからない。……その前に。妹達は、黄結と、黄穂と、黄乃は、青の後、無事だったの?」
「あなたの妹達は――」
妖精さんが私に、その事実を伝えた。
「――無事よ。私の知る限りは、みんな大きくなって普通の生活をしている」
「……!!」
喜びのあまり、声が出ない。
よかった、本当によかった。
この事実だけで、救われた。
そして同時に――。
少女としての
「……ふう。じゃあ、ここからは魔法少女の仕事だね」
「黄依ちゃん……それって……」
魔法少女のするべきこと、それは――。
「深淵なる闇を、完全に消滅させる。
「……!!」
少女の顔が驚きと、恐れで染まる。
対照的に妖精さんは満足げな顔を浮かべていた。
「黄原さん、あなたには苦労をかけてばかりね。でも、もしもあなたが望むのなら私もバックアップを――」
「……だめだよ」
え? と私は少女の方を向いた。
強い、桃色の瞳がまっすぐにこちらを捉えている。
少女とは、こんなにも強い存在だったのか。
「モモミー、わかってよ。これは私にしかできないことなんだよ。ゆかりんだってそれを望んでいる。だから――」
「……私は望んでない」
「……」
「私は黄依ちゃんが紫ちゃんを消すのなんて、望んでいない!!!! 黄依ちゃんもそうなんじゃないの!?」
「……私は」
私は魔法少女だ。
魔法少女の力は誰かを救うためのものだ。
だから、紫王紫を救うために行使する。
何も、おかしいことはない。
「魔法少女の力は、誰かを救うためにあるんだよ。でも、私は壊すことしかできなくて、だから――」
「違う!!!! 違うよ!!!! 黄依ちゃんは創ることだってできるよ!!! 何で目を逸らすの!?」
創ること。
なぜだか、頭がぐらりと揺れた。
思い浮かんだのは、お父さんの背中。
「逸らしてなんか……ない。
「黄依ちゃんは黄依ちゃんだよ!!!!」
「……」
「私は紫ちゃんと黄依ちゃんと、三人で一緒にいたい!!!! この世界のことなんてわからないしどうでもいい!!!! 黄依ちゃんは!? 紫ちゃんをそうするのが、黄依ちゃんの気持ちなの!?」
「……モモミーはわかってないよ。器に注ぎ込むのは――」
私は黄の棍棒を、眼前の少女へと構えた。
「いつだって、
「だったら、私は私の意志で……」
ううん、と首を振って少女が杖を構えた。
「私と、紫ちゃんと、黄依ちゃんのために戦う」
私のため?
一体、何を――。
そう思考する間もなく、妖精さんが騒ぎ出した。
「ちょっとあなた達!! なに勝手に話を進めているの!?!? 黄原さんがせっかく決心したのだから無下にしないで頂戴!!!! そもそもあなたで黄原さんに勝てると思っているの、桃原さん!?!?」
「大丈夫だよ。妖精さん」
まくしたてる口調を、私は制した。
この人にも気苦労をかけてばかりだ。
でも、これだけは譲ることができない。
なぜなら――。
「これは
「黄依ちゃん!! 私も引くつもりはない……けど」
目の前の少女が少し緊張を解く。
私の良く知っている柔和な顔つきへと戻るのだった。
「……勢いで武器を構えたけど、戦えない、よね?」
「うん、確かに」
戦わない、ではなく戦えない。
魔法力はそもそも物質に干渉しないし、私だって彼女を傷つけるつもりはない。
だが、あるのだ。
決着を付ける方法は。
私は武器を下ろし、代わりに拳を突き出した。
少女も釣られて、拳を差し出した。
「魔法少女ジャンケンだよ。ルールは簡単。グーしか出せない」
「え!?!?」
「はい、いくよ!! 最初はグー!!!! じゃん……けん……!!!!」
はっと気づいた顔を少女が見せる。
そうだ。
魔法力と魔法力は干渉する。
つまり――。
「
「
中空で拳が、紙一枚分の厚みを残して肉薄する。
「
黄と桃の光が弾け飛ぶ。
「
「
「
「
息が切れた。
正直、予想できたかと言われたら嘘になる。
眼前の少女がここまで
だが、胸に湧いてくるものはなんだ?
これは微かに温かいような――。
再度、拳が擦れ合う。
少女が、咆哮にとも思える声を上げた。
「言ったでしょ!! 私は黄依ちゃんも助けるって!!!!」
「私はいつだって助ける側で……!!!!」
「違う!!!!」
拳の重みが一段階、増した。
どうして?
一体なにが、そこまで少女を――。
「黄依ちゃんだって助けられていいんだよ!!!!」
「……!!」
たじろぐ。
引き分けを示す、合いの声が遅れる。
「嫌なんでしょ!!!! 紫ちゃんと戦うの!!!! だったら何で自分の気持ちに正直にならないの!? 私だって協力する!!!! 聞かせてよ!! 黄依ちゃんの気持ちを!!!!」
「私は――」
私の拳が弾き飛ばされる。
「私は嫌!!!! 紫ちゃんが消えちゃうのも、黄依ちゃんが悲しい思いをするのだって私は嫌だよ!!!! だから目指そうよ!! 三人で、一緒にいれる……そんな未来を!!!!」
「三人……で……」
そうだ。
私はきっと好きだったんだ。
三人で一緒の時間が。
余力は残っていない。
次が最後になる――。
「
桃色の拳がまっすぐに飛んできた。
「
拳は出さなかった。
「私も……モモミーが友達でよかった」
桃色の拳が私を捉えた。
のけ反り、態勢を崩し、倒れる。
「黄依ちゃん!?!?」
天を仰ぐ私に少女が寄ってきた。
「どうして……!? 魔法少女ジャンケンはグーを出し続ける遊びなんじゃ……!!」
「うーん、どうしてだろう……。私も賭けたくなったのかな……魔法少女の『少女』の部分に」
「黄依ちゃん……」
「やろう。二人でゆかりんを……助け出そう」
不思議だ。
胸の中には何とも言えない、心地良さがあった。
私が感じていたもの、それはきっと
こんな私にも、張り合ってくれる
ずっと探していたものは、案外近くにあったのかもしれなかった。
たまには
少女が、私に手を差し出した。
「立てる?」
「うん」
私は
「……」
屋上に置いてあるベンチの隅っこ。
そこに佇むは腕を組んで目をつぶる妖精さん。
私はモモミーと手を繋いで顛末を説明をするのだった。
「……というわけで、私もモモミーに協力してゆかりんを助け出します!!」
「黄依ちゃん、ありがとう!! 妖精さんもそれでいいかな?」
「……」
「あれ、妖精さん? どこか具合でも悪いの?」
「早く紫ちゃんを助けにいきたいんだけど……」
「……!!!!」
妖精さんがかっと目を見開いた。
ついでにかなり発光している。
「あなた達!!!! そこに直りなさい!!!!」
「ひえ……」「ひいい……」
有無を言わさぬ口調に、私とモモミーは正座をする。
どうしよう、妖精さんはご立腹のようだ。
「今まで私のことを放置しておいて『紫ちゃんを助けにいきたい~』じゃあないのよ!!!! 気が回らないわ!!!! あなた達やっぱり子供よね!? はあ~やっぱり桃原さん連れてきたの失敗だったわ~」
二人して怒られる。
心なしかモモミーの方が集中砲火されてて、気まずいのだけれど……。
しょんぼりしているモモミーの横で、私は話題を
「そ、そういえば妖精さんの世界にも迷惑かかっちゃうかも……。そこは話しとくべきでした!! すいません!!!!」
「もういいわよ。ここで食い止めれたらベストだったけど、こっちの世界はこっちの世界で何とかするわ。私は始末書くらいじゃすまないかもだけどね」
「……妖精さんは、それでいいんですか?」
私は妖精さんの瞳を見た。
あの時と同じ。
ずっと変わらない綺麗な緑だと思った。
「……いいわよ。あなたが、あなた達が決めたことなんでしょ? 強制したってパフォーマンスが落ちるだけだし。自分の道を進みなさい。私からの最後の教えよ」
今の世界において妖精さんは、不思議な力をくれる妖精さんだ。
でも、今の一言は。
私はきっと、この人にお礼を言わなければいけない。
「ありがとうございます、木村鏡さん」
「……。今更いいわよ、もう……」
「え? え? キムラさんって……?」
モモミーが横で目をぱちくりさせている。
「妖精さんの本名だよ」
「そんな名前だったの!?!? あ、でもあの時に助けてくれた人がやっぱり妖精さんで……」
「あなた達、おしゃべりはそれくらいになさい」
これまでと違う重々しい口調。
何かが起こるのだ――。
空が、その黒さを一層、増している。
「来るのよ……深淵なる闇が!!!!」
私はモモミーに目配せをした。
私達の心はもう、決まっている。
深淵なる闇を倒すだけじゃない。
そこに捕らわれているゆかりんを助け出す。
何でも来い。
そう思いながら空を睨む。
黒い空は視界いっぱいに、渦巻いていた。
……?
「近づいて来ているわ!!!! いい!? これが最終決戦よ!!!!」
「ちょ、ちょっと妖精さん!? 近づいて来ているって……? 見えない、けど……」
モモミーが妖精さんにあたふたしながら確認する。
妖精さんが激しい剣幕で応える。
「何言ってるの!!!! ずっと見えているでしょ!!!!」
私は東の空を見た。
どこまでも遠くまで、空は真っ黒に覆われている。
私は西の空を見た。
どこまでも遠くまで、空は真っ黒に覆われている。
北も、南も、同じ。
今までの敵は、全部黒かった。
今、真っ黒なのは――。
空、そのものだ。
真っ黒な空が、気持ちこちらに進んでいるのに気づいた。
やっとわかった。
これは空じゃない。
これは――。
「そうそう言い忘れてたけど。深淵なる闇の正体はモンスターに乗っ取られて、それ自体が怪物と化した『平行世界の地球』よ。ま、精々頑張って頂戴」
落ちてきているのは空じゃない。
真っ黒な星だった。
ぽかんと口を半開きでモモミーがつぶやいた。
「……黄依ちゃん、どうしよっか、あれ」
「……考え中」
二人して、真っ黒な
星が死んだらどうなるのだろう。
自分の
爆発するのか、粉々に跡形もなくなって、宇宙の塵となるのか。
だが、今、眼前に広がっている
光を完全に閉ざし、生命を宿していない。
そんな色。
「あの中にゆかりんが……」
縦にも、横にも、奥にも。
無限とも思える幅を持つ敵。
そのどこかに
「あれって星なんだよね? 重力とかは大丈夫なのかな?」
モモミーが妖精さんに確認する。
なるほど重力。
それは重要そうだ。
「ほとんどは虚軸の存在と化しているから、気にしなくていいわ。ただそれだけに厄介よ。言うなれば純粋な反魔法力の塊……あれを倒すには……」
妖精さんの言葉を、私が継いだ。
「同じくらいの
「き、黄依ちゃん……」
心配そうな顔を向けるもう一人の友達に私は安心するように促した。
思ったよりも、敵は成長していた。
私ひとり分の
でも、今、胸の炎が灯ったままなのは、隣に
「それにしても、敵。なかなか落ちてこないね。様子を伺っている……?」
もともと尖兵を放って撤退していたわけだから、慎重な
これだけのサイズ差があるのだから、ただの体当たりでもこの
それをしてこないのは一体……?
「紫ちゃんだ……。紫ちゃんが敵を抑え込んでいるんだよ!! 逆方向に……!!」
「え!?」
モモミーの目は真剣そのものだった。
だとすれば、そうなのだろう。
ゆかりんのことに関しては、自分よりモモミーの
少し、うらやましい。
「あの子が……? まあ、いいわ。希望的観測もいいのだけれど、この状態でどうするつもりかしら? 敵は遥か上……こっちからは手を出せないのよ?」
妖精さんがもっともなことを言う。
確かに言う通りだ。
少なくとも、私の
だったら――。
「モモミー……頼める?」
「任せてよ!! 黄依ちゃんの分まで頑張るよ!! まずはあいつを何とかして、紫ちゃんのところへ行く方法は……後で考えよう!!!!」
モモミーの体が、桃色の光で満ちていく。
光が圧力を伴い、周囲の
「はああああ……!!!!」
「いける……いけるよ!! モモミー!!」
「三人分の思いを込めて……
桃花・超・彩光……
エクストリィィィィム……!!!!
オォォォォバァァァァアアアアァァァァ……!!!!
シュゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥトォォォォオオオオォォォォウオオオオォォォォオオオオォォォォおぅおぅおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
喉がはちきれんばかりの音がこだまする。
桃色の光が、空間を蹂躙する。
身を屈めて、それでもモモミーの姿を目に焼き付ける。
それぐらいしか、今はできないから。
「いけ……いけ!!!! いけええええぇぇぇぇ!!!!」
「ぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!!」
まるで杖から伸びた一本の道。
暗闇の空を貫く桃の槍。
真上を見上げる。
真っ黒な天井に到達した桃の光は、表面で留まり、ドームを形成していた。
「届いている……!! このまま攻撃を続ければ……!!」
「悲鳴のでかさは伊達じゃなかったということね……でも!!!!」
妖精さんが視線を促す。
モモミーの
このままじゃあ……。
「おおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ…………けほっ!!!! けほっ!!!!」
「モモミー!!!!」
桃の光が途絶える。
しかし、その結果は無常だった。
桃の球はそのまま敵から離れたかと思えば、明後日の方向へ吹っ飛ばされた。
あっさりと弾かれてしまったのだ。
膝をつくモモミーに、私は駆け寄る。
「大丈夫……!?」
「ご、ごめん……けほっ。き……けほっ」
「無理しないで……!!」
「素人ながらにボイトレやってたけど……けほっ。足りてなかった……けほっ。みたい……」
「……」
私は空を見上げた。
黒い空が、勝ち誇ったようにその漆黒を深めていた。
彼方へと飛んでいった桃の光は、もう見えない。
だったら無駄だったのだろうか。
私の友達がやっていたことは――。
「違う……違うよ、モモミー」
「……黄依ちゃん?」
「モモミーの配信を楽しみにしていた人は、いたんだよ。だから、それに意味はあったんだ……。ううん、違う!! 私が意味を持たせてみせる!! この世に無駄な
私は彼方の空へ手を伸ばした。
桃の光が消えていった方向に向かって――。
「そうでしょ!!!!
「……!! 黄依ちゃん……!!」
両手を翳して
打ち上げ花火みたいに、環から鎖が発射される。
ジャラジャラと、どこまでも。
何も見えない
集中するんだ。
光の微かな残滓を追って。
必ず、見つけ出す。
「名探偵の本領発揮だよ……!!」
だが、集中のあまり気づかなかった。
巨大な敵が、変調していたことを。
「黄原さん!!!! 上よ!!!!」
妖精さんの声に気づいた時には、遅かった。
動きを止めていた巨大な黒い空はずっと準備をしていたんだ。
気付いた時には、視界は黒く染まり私は――。
「防御魔法!!!! モモミンバリアーーーー!!!!」
桃の光に包まれていた。
「モモミー……!! ありがとう!!!!」
「黄依ちゃんは私が守る!! だから……お願い!!」
私は頷く。
もう一度、鎖を延ばす。
遠くへ遠く、何よりも速く。
鎖が巻き戻っていく。
ものすごい速さで。
「黄依ちゃん……!!」
その声に応じるように、私は直接鎖を手に取った。
遠い空。
完全に真っ黒なその空間。
そこを突っ切る黄の線。
先端には桃の点――。
点が、どんどん大きくなる。
さしづめ、それは巨大な鉄球だった。
黄の鎖で繋がれた、衛星サイズの桃色の鉄球――。
「
「そおりゃああああぁぁぁぁ!!!!」
光球が私達の頭の上を通過する。
そのまま弧を描くと、地平線を高速で
鎖が地面を叩き割って、反対を向く。
一回転、二回転。
来て、見えなくなり、また来る。
まるで一日が早送りされたように桃の月が周回する。
勢いはどんどん増していき、軌道は帯を描いていた。
「うおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!!!!」
桃の光を、
思いっきりぶん投げる。
そして、止めた。
最高の
――肩に感触があった。
「黄依ちゃん、私もいっしょに!!!!」
「うん!! 掛け声は!? 砕けろ!? ぶち抜け!?」
「……あれで!!」
頷く。
敵はもう一度、砲撃を行おうとしていた。
一点に、黒い流れが集中している。
だから――。
そこを目掛けて、
飛んでいった光球が、黒い空の表面を、えぐった。
「モモミー!!!!」「黄依ちゃん!!!!」
「せえっ……!!!!」「の!!!!」
「
黒い空を
通り道だけが、ぽっかりと何もない状態へと変わる。
そこだけは、白だ。
私達が通れる道――。
「モモミー!!!! あそこを通って!! ゆかりんを助けに!!!!」
「うん!!!! でもどうやって!?!?」
妖精さんの金切り声が耳に届く。
「ああ、もう!!!! あなた達がここまでやったのは認めるわよ!! でもここからは!? さすがにもう、どうしようもないでしょう!?!?」
「き、黄依ちゃん……。ごめん、私、思いつかない……」
「……。ううん。モモミーは思いついていたよ」
そう、モモミーは確かに言っていたのだ。
――黄依ちゃんは創ることだってできるよ!!!!
私はお父さんのことを思い出していた。
幼き頃に、かけてもらったその言葉を。
――黄依の『ソウゾウリョク』なら本当に謎を解き明かすかもな……!!
そうだ、私にはあったんだ。
私は棍棒を地面に突き立てた。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」
棍棒が巨大な黄の光に包まれる。
「はあああぁぁぁぁ……!!!!」
「黄依ちゃん……!? 大丈夫!?」
「そんなに魔法力を消費して……一体どうするっていうの!?!?」
最後の力を振り絞る。
私の想いを流し込むように。
しっかりとした土台、そこに乗る形を正確にイメージする。
大丈夫だ。
私が一番、
終わった時には私達よりも一回りも、二回りも大きな像ができあがっていた。
これは――。
「新説……モアイ像は宇宙へ飛ぶためのロケットだった!!!!」
黄金の巨大なモアイ像。
その雄々しき姿が私達の前に顕現した――。
「乗って!! モモミー!!!!」
「うん!! 黄依ちゃんも早く!!」
「……」
「黄依ちゃん……?」
魔法力と魔法力は干渉する。
だからまだ
私は、もう残っていない。
膝を着くとともに、友人の悲鳴が聞こえた。
私はそれを制止する。
黄の法衣は色が半透明になっていた。
どうやらもう限界らしい。
「行って……。大丈夫……最後に打ち上げるだけの力はあるから……」
「黄依ちゃん……!!」
「ゆかりんのことは、モモミーが一番よく知ってる、でしょ?」
「……うん。約束する。絶対に紫ちゃんを助けて、いっしょに帰るって!!!!」
それだけ聞けて安心した。
モモミーが再びモアイの頂点に立つ。
……私も登りたかったのは、ナイショだ。
モモミーの横に、ひらひらと舞う光があった。
二人の会話が聞こえてくる。
「妖精さん!? いっしょに来るの!?」
「何をそんなに驚いているの? ナビゲートは必要でしょ? ここまで来たらつき合うわよ。……誰かさんが無茶したことだしね」
妖精さんがこちらを呆れ顔で見下ろす。
苦笑いでそれに応える。
ありがとう。
私の想いを、汲んでくれて。
「黄原さん。いろいろ無茶をさせて、押し付けて申し訳なかったわ。ずっと言いたかった。……ごめんなさいって」
「妖精さん、私からも。……ずっと、ありがとうございました」
頼れる存在がいた。
頼れる存在ができた。
それはきっと、何よりも尊いことだから。
像の下で
ゆっくりと全体が浮き上がる――。
「いっけええええぇぇぇぇ……!!!!」
飛び立つ黄の像。
その上には
黒い空のぽっかりと開いた穴へ。
立ち昇る様子を、ただ見守った。
ずっと特別な存在になりたかった。
周りから認められたかった。
でも、本当は気づいていた。
周りって何だ?
認められるって、何がどう?
何度自分に問いかけてみても、答えは帰ってこない。
私の夢は最初から空っぽだった。
意識がまだあると気づいたのは、しばらく経ってからだった。
私の視界はずっと真っ暗な闇を見ていたから。
眠っているのと違わない状況。
このまま何も考えなければ、存在しないのと同じはずだった。
しかし私は目を開けてしまった。
私は紫王紫。
取るに足らない、取柄のない、誰からも認識されない普通の少女――。
「……」
私の体は動かなかった。
十字架に磔になっているような感覚。
あるいは私の意識が、私をそんな状態に追いやっているのか。
「……」
このままで、いい。
もう何もしたくない。
戦わなければ、傷つくことはない。
夢を見なければ、絶望することはない。
私はそういう存在だ。
「……」
誰にも迷惑をかけず。
誰にも影響を与えず。
誰とも触れ合わず――。
「……」
涙が溢れていた。
そんなことをしても無駄なのに。
まだ、うじうじと誰かが助けてくれるのを待っている。
心のどこかで、それを期待している。
誰も私のことなんか見ていないのに。
自分にうんざりした。
こんな人間、消えてしまえば――。
「……」
その時だった。
視界にまっすぐな線が走ったのが認識できた。
まるで、閉じていた扉を開けるみたいに。
光がいくつか流れ込む。
なぜだか桃のものが、私の意識を引いた。
優しくて、淡い、仄かな光。
あれは――。
「……桃美ちゃん!!!!」
「紫ちゃん!!!! 助けにきたよ!!!!」
遥か遠く。
桃のドレスを纏った少女が、黄金の像に乗って。
私の方へと飛来していた。
胸が、鼓動を始める。
独りだと思っていた。
このまま消えてしまいたいと思っていた。
そんな状況で、誰かが私の名前を呼んでくれる。
嬉しくない、と言えば嘘になる。
だが――。
「どうして……来たの?」
「え!?!? なに!?!? 聞こえない!!!!」
このまま消えてしまいたい。
そう思っていたのに。
「どうして来たのって言ってるのよ!!!! 私なんて助ける意味ない!!!!」
「何を言ってるの!!!! 紫ちゃんを助けにきたんだよ!?!?」
黄金像の上で、桃の少女の叫び声が聞こえる。
私を取り込んでいる、巨大な力。
せめて抑え込めたら、と思っていたがその願いもやはり叶わなかった。
だからもう、耳を塞ぐしかなかったのに――。
像の上のもう一つの光――緑色のそれが囁いているのがわかった。
「だから言ったでしょ。あなた達、お互いが見えていないって。……今度こそどうするのよ、桃原さん?」
その通りだった。
私が偽っていたのは、自分自身じゃない。
桃美ちゃんだ。
桃美ちゃんがどう見えるかだ。
自分の都合の良い、優しくて隣にいる存在として利用した。
桃美ちゃんがそれを否定しないことをわかってて――。
「私なんて助けられるべき存在じゃない!!!!」
「どうして!?!? どうしてそんなこと言うの紫ちゃん!!!!」
知らないままでいい。
いや、知ってほしくない。
こんな私のことなんか――。
視界を覆っていた黒が、私の背後へと回る。
その時になって、やっと自分がどういう状態なのかわかった。
私を縛っていたのは、十字架ではない。
巨大な黒い星、そのもの。
「桃美ちゃん!!!!
「!!」
真っ黒な触手が、私の背後から飛び出す。
桃の少女を目掛けて、勢いよく伸びていく。
違う、私はそんなつもりじゃ――。
少女が閃光を放って触手をかき消す。
黄金の像は、なおもこちらへと迫っていた。
「どうして……? 私はあなたが思っているような人間じゃなかったの……!! かっこよくなんてない!! 優しくなんてない!! 全部、そう思われたいと思っていただけ……!! あなたはもう、付き合わなくていいの……」
「そんなことない!!!! あなたはずっと私を……見ててくれた!!!!」
「何を……」
「配信を見て、質問をして、労いのコメントを付けてくれた!!!!」
「え……? な、なんのこと……」
「とぼけなくてもいいよ!! 床太郎さん!!!!」
冷めきっていた体に熱が帯びる。
芯から湧き上がってきたそれは、顔にまで到達した。
触手が次々と少女へと向かう。
何本かが黄金像へと命中をした。
不安定な軌道を描きながら、なおも少女はこちらへと進む。
お願いするのも癪だけど、ここは――。
「妖精!! 桃美ちゃんを止めて!! 私は桃美ちゃんが傷つくとこ、見たくない!!」
少女も負けじと声を上げていた。
「妖精さん!! 何か切り札的なの、ないの!?」
「妖精!!」「妖精さん!!」
「……これまで、不真面目なりに仕事をやってきたけど。まあ、そろそろいいわよね……」
妖精は、桃美ちゃんの方を向いた。
「最後くらい
「……!!」「妖精さん!!」
高々と妖精の声が、空間に響く。
「桃原さん!! 妖精アプリの隠された最後の機能を使うわ!!!! あなたはできる限り紫王紫に近付きなさい!!!!」
「隠された最後の機能!?!? でもスマホ持ってないよ!?」
「いつもやってるやつの延長よ!! 心のスマホを握りなさい!!」
黄金像に触手が襲い掛かる。
ひらり、ひらりと。
危なかしく、寸前のところで回避している。
黄金像は、
違う。
私はこんなことをしたくない。
違う、違う……。
ああ、そうか。
これが、
「ああああぁぁぁぁ!!!!」
私の叫び声があがる。
無数の触手が、四方八方から黄金像を捉える。
一本、また一本。
触手が像へと突き刺さっていった。
黄金像に、ひびが入る。
亀裂はやがて網目のように。
手遅れな状態に一瞬でなって――。
黄の爆発が起こっていた。
違う、違う、違う、違う。
「いやああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」
私が、やってしまったんだ。
この性根が、大切な存在を、そう言い切れる唯一の存在を消してしまった。
こんな人間に相応しい
やっぱり私は、最初から主人公になるべきじゃ、なかったんだ。
魔法少女になったのも、間違いだったんだ。
いや、もっと前からだ。
私は夢を持つべきじゃ――。
「ゆかりちゃああああぁぁぁぁんんんん!!!!」
雄たけびが上がった。
黄の爆発から、桃の光が飛び出していた。
黄金像は、ただ爆発したのではなかった。
ロケットが後段を切り離すみたいに、一部だけが
少女が乗っていた、切れ端みたいな欠片。
それもまた爆発をする。
生まれた推力で、少女がこちらへと飛ぶ。
まっすぐに、どこまでもまっすぐに。
私でも、桃美ちゃんでも、黄依でも、妖精でもない声が――。
――全てに背け。
――己に、他者に、この世界のあらゆるものに。
――最初から何もなければ、苦しみも悲しみも消える。
――其処に在りしは、純然たる『存在』。
――そしてワタシは、誰も至らぬ未知の大海原に「うるせええええぇぇぇぇ!!!!」
私は我に返った。
びっくりして。
「今まで無言系のラスボスだった癖にいきなりペラペラしゃべってんじゃねええええ!!!! てめえの都合なんて知ったこっちゃねえんだよ!!!! ボケが!!!!」
「も、桃美ちゃん……?」
目を丸くするとはこのこと。
桃美ちゃんの強い瞳が、今度はこちらを向いた。
どこまでも澄んだ桃色の瞳が。
「紫ちゃん!!」
少女が、叫ぶ。
「私は紫ちゃんのことを知って、頑張って報われたらいいなって思った!! すごいとか、すごくないとかそういうのじゃなかったんだよ!!」
少女が、叫ぶ。
「だから優しいとか、かっこいいからじゃなくて……もっと、こう……私みたいみたいって思ったの!! 悩んでた頃の私と!!!! だから!!」
少女が、叫ぶ。
「私は――」
私が、つぶやく。
「桃美ちゃんみたいに……そんな立派なこと、考えてない……」
私が、つぶやく。
「ただ、ぼんやりと、寂しいから隣にいてほしかっただけ……」
私が、つぶやく。
少女が、失速する。
私まで到達する前に、落ちていくだろう。
少女は、手を伸ばしていた。
全然届かないはずなのに、手を――。
「私、伝えたよ!! ぼんやりとしたことの中に答えがあるって!!!! そう思ったのに、実は理由があるかもって!!!!」
少女が、叫ぶ。
「私は……桃美ちゃんは桃美ちゃんだから好きだったというだけで――」
私が、つぶやくのを止めた。
本当にそうだったのだろうか。
ぼんやりとした何か。
それは、きっと――。
それで、思ったんだ。
こういう風に、誰かの力になれる存在になりたいって――。
それが、私の
「……桃美ちゃん!!!!」
少女は、最後の力を振り絞ってこちらへと飛んだ。
私は、手を動かそうとした。
動かない。
黒い星に捕らわれているから。
「紫ちゃん!! 私はあなたが――」
少女が、
「桃美ちゃん!! 私はあなたを――」
私は、
――
「
緑の光が、高らかに宣言する。
「
私の体から紫の光があふれ出す。
相変わらず、黒い星に磔になったままだ。
背後から伸びた黒い触手が、私自身へと迫った。
恐らくはもう用済みになった私へと。
桃美ちゃんは目の前にいた。
真っ黒な触手は私達を貫く勢いで迫り、そして――。
寸前のところで、止まった。
「……? 紫ちゃん……? 妖精さん、これって?」
「言ったでしょ。こいつを倒すにはこいつと同じくらいのエネルギーをぶつけるしかない。つまり……」
触手の先端は、紫色を帯びていた。
「こいつのコントロールを半分奪えばいい。そのために紫王紫をもう一度、魔法少女にした」
別の触手が、私達に迫る。
「紫ちゃん!!」
「大丈夫よ、桃美ちゃん……」
紫の触手が、黒の触手を破壊した。
黒の触手も応戦をする。
「拒絶されるのは……」
私は神経を集中する。
無数の紫の触手を、背後へと向けた。
「お前だああああぁぁぁぁ!!!!」
背中に、手応えを感じた。
一本一本が、確かにこいつにダメージを与えている。
私は右手にしっかりと力を込めた。
「……紫ちゃん!!」「今まで、ずっとごめんね、桃美ちゃん……。でも、ありがとう!!」
この手は決して、離さない。
右手以外は、相変わらず黒い星に磔にされたままだ。
絶対に、
だったら――。
「もらっていくわよ!!!! 半分!!!!」
背中から紫の魔法力を噴出する。
黒い星は、前半分が紫に染まっていただろう。
見えないが。
「桃美ちゃん!! 態勢を立て直しましょう!!」
「うん!!」
対峙する黒い半球と紫の半球。
黒い半球はもぞもぞと、脈打つように伸び縮みを繰り返し――。
「……。まずいかもしれないわね」
「え!?」「どういうこと!?」
妖精の声に、私達の驚きの声が混じる。
「深淵なる闇は紫王紫の魔法力を目印として活動をする。そして、奴の目の前には超巨大な
「
「……大丈夫だよ、紫ちゃん!!」
私は桃美ちゃんと目を合わせた。
今はしっかりと、右手でその体を抱きしめている。
「だって私達は、
桃美ちゃんがにっこりと微笑む。
私と、桃美ちゃんと、黄依と、妖精。
この
でも、一人じゃなかった。
「やろう!! 黄依ちゃんの思いも乗せて!!」
「……うん!!」
黒い星は無数の棘を生やしていた。
あらゆるものを貫きそうな、鋭利さがあった。
「ウニみたいだね」「ぷっ……」
「あなた達、最後くらい緊張感を持って頂戴」
惑星サイズのウニ。
そう考えると何だか面白い。
だったらこっちは――。
「つかまって!! 桃美ちゃん!!」
桃美ちゃんが私の体に張り付く。
紫の半球を
私は拳を握りしめた。
つい先ほどまで、桃美ちゃんを握っていたそれで。
「紫ちゃん!! 同じくらいの力なら……意志の強い方が勝つ……!!」
桃美ちゃんが伝えようとしていること、私にはわかった。
「……モモミン最後の教えだよ!!」
そう、これが最後。
後は私の力で――。
紫の半球が形を変えていく。
幾つかに別れ、折れ曲がり、再び丸まる。
その形状の上に、私と桃美ちゃん、妖精はいた。
はっきりと黒い星を見据えて。
黒い星が肥大化した。
空間を覆いつくし、全てを串刺しにする勢いで――。
「紫ちゃん!!!! いっけええええぇぇぇぇええええぇぇぇぇ!!!!」
「
「
紫の、超巨大な拳が、発進する。
黒い針をへし折りながら、進む。
拳は、黒い星の中心にまで届き、そして――。
ぶち破って、反対側へと飛び出した。
花火みたいに黒が弾ける。
鬱屈とした気持ちが全部吹っ飛ぶみたいに。
それは、きっと私にとって長い戦いの、いや――。
悪夢の終わり。
私達はその様子を拳の上から眺めた。
描く軌道は、まるでウィニングラン。
「やったやった!! やったのよ!! 私達!!」
「すごかったすごかったよ紫ちゃん!! すごかった!!!! すごかった!!!! 」
「桃美ちゃん興奮しすぎよ!! 私もだけど!! 深淵なる闇がなんぼのもんじゃい!! ざまあみさらせえ~!!!!」
「あっははは!!!! 紫ちゃん、そんな言葉遣いもするんだ!! あははは!!!!」
「……はっ!! ついつい……!!!! 幻滅しちゃった……!?」
「ううん!! そんな紫ちゃんも好きだから!!!! もっと言ってやろう!! 魔法少女なめんな!!!! ザコ!!!! あははは!!!!」
「ぷっ……あははは!!!! 桃美ちゃんもクチ悪……大好き……あははは……!!!!」
「あ~黄依ちゃんにも見せたかった……。はい、では最後に!! 紫ちゃん!! 締めて!!!!」
「最後……!! 最後……そうねえ!!!!」
最後と言えば。
私は頭によぎったそのワードを、そのまま
「スパチャとチャンネル登録、お願いします!!」
「……っぷ」
二人分の笑い声だけが、空間に響いた。
どこまでも、遠くまで。
不意に風が巻き起こった。
「きゃっ!?」「うああああ!?!?」
まるで、この
私は桃美ちゃんの手を掴もうとした。
しかし、遅かった。
「桃美ちゃん!?」「紫ちゃん!!!!」
桃美ちゃんの体が宙へと吹き飛ばされる。
私も、浮き上がりどこかへと飛ばされていくのだった。
自分って何なのだろう。
そう思った時が、始まりだったのかもしれない。
必死にもがいて、探した。
自分の中を、くまなく。
でも、答えを出してくれたのは、別の誰かだった。
だから私もその誰かへ、答えを見つけてあげた。
きっとこれが、あなたなんだよって。
あれから、一体どれくらい時が経ったのだろう。
その答えは知る由もない。
意識で刻み込んだ時にだけ、時間の概念は生まれるからだ。
「……なさい……」
では、空間も同じことであろう。
思考過程の複写が可能となった瞬間、物質としての個体は意味を成さなくなった。
自分の存在範囲を定義しなければ、それは際限なく広がっていき――。
「……き……なさい……てば!!」
「起きなさいって言ってるでしょ!!!! 桃原さん!!!!」
「ひゃああああぁぁぁぁ!? 妖精さん!?」
私の
いつぞやにも、同じやり取りがあった気がする。
「ここは……? 紫ちゃんと黄依ちゃんは……!?」
辺りを見渡す。
何もない、空間だった。
「紫ちゃん!! 黄依ちゃん!! どこ!?」
「落ち着きなさい。ここは時空と時空の狭間。玉響の空間というやつみたいね」
「たまゆら……?」
「なーんもない空間ってことよ」
「……もしかして妖精さんが黒幕ってことはないですよね? 『ふふ、よくやってくれわねえぇ……これで世界は私のものよぉ……』」
「なにその声真似? あと、私は別に裏がないから安心しなさい。……ここを出る前に、少し昔話をしましょうか」
「昔話……? また何か言い忘れてたんですか?」
「……。桃原さん、棘のある言い方するわね」
こほん、と息の吐く音が聞こえた気がした。
「魔法少女――日本でそう名付けられた現象は英名では
「……」
「ところが後の研究で明らかになったのよ。魔法少女の素質――認識に対する免疫であり、時空を超越する素質は人類全員が持っていることがね」
「それって……」
「皮肉でしょ? 人類自ら、自分たちが存在するはずがない、と定義してしまったのよ。まあ、笑い話ね。……今でも議論になるのよ。実は滅んだ地球の方が現実で、私達はもう死んでるんじゃないかってね」
「……大丈夫だよ」
「あら? 何が?」
「だって私の心は
「……そうね。……私はその答えが聞きたかったのもかもしれない。じゃあここを出る準備、しましょうか」
「でもどうやって? 動けないし何もできないし……妖精さんとおしゃべりくらいしか……」
「今度は言い忘れてないわよ。『
私達の前には鏡が浮かんでいた。
光らない、大きな鏡が。
見覚えがある。
あれは、ここに来るときに――。
「鏡に鏡を映したら、どうなると思う?」
「……あ!! そうか……!!」
記憶の糸を手繰り寄せる。
もともといたのは、私と紫ちゃんと黄依ちゃんしかいない小時空。
だから誰かがそこへ手引きしたはずなのだ。
鏡を使って、『誰か』が。
「私とあなたの力の法則性は同じ。光の概念に根差したものだった。やっぱり私達、気が合ったのかもね」
私は願った。
あの時と同じように。
鏡が、もう一枚現れた。
鏡が鏡を映して、その中の鏡がまた鏡を――。
世界が際限なく、広がっていった。
――行きなさい。あなたが望めば、あなたはどこへだって行ける。もっと広い世界にも。ナビゲートもここまで、ね。
――妖精さん、今までありがとう。
――もう会うこともないでしょうけどね。悪口を言ってもいいのよ。
――あはは。大丈夫です。きっとまた『夢』で会えますよ。
――そう……? 夢、ねえ……。
――うわーん、ここ、どこ~……。桃美ちゃん!?
――あ、紫ちゃん!! よかった~無事だったんだね。
――こほん。どうやら事態は解決したようね。……妖精は? どうするの?
――戻るわ。私の世界にね。
――そうなんだ……。その、あなたとは色々あったかもしれないけど……何だかんだ助けてくれて、ありがとう。
――かあ~。みんな最後になると感謝しだすのよね。もっと早くから労ってくれれば……ぶつぶつ。
――あとは黄依ちゃんだけど……。
――呼ばれて飛び出て~。
――黄依!! 無事だったのね!! 大分離れたところにいたはずだけど……。
――うん、どうも距離の概念がなくなったみたい。ゆかりんが助かって、ほんっとお~に良かった!!!!
――だ、抱きつかないでよ!!
――じゃ、私も……。
――も、桃美ちゃんまで……!! ほら、早く行きましょう!!
――そういえば黄依ちゃんはいいの? 妹さん達は……。
――うーん、どうも妖精さんの世界には戻れないみたいだし、モモミーとゆかりんにつき合うよ。
――いいの? 黄依はそれで?
――うん。きっと黄結も、黄穂も、黄乃も……会いたいってお互いにもし思ってたら、いつかまた会えると思うから。
――でも何かズルっぽく感じてきたわね……。私達だけ、何度も人生を送ってるみたい。
――あら? 人生は一度よ?
――え? 妖精さん、それってどういう……?
――言葉通りよ。でも、私達が今、どういう状態なのかは誰にもわからない。魔法力がいろんなとこに行ったり戻ったりしているだけよ。
――全然意味がわからないのだけれど……。
――古代儀式は魂をマルチバースに飛ばすためのものだった……で、どうかな!?
――どうかな、じゃあないわよ……。
――私達はみんな、記憶の旅人なんだね。
――その解釈でいいわ、いや……。
――その方が素敵ね。
――さあ、これが本当に最後よ。あなたたちの行きたい世界をイメージして。それで無茶苦茶広がった鏡に飛び込むの。
これはきっと、夢の物語。
産まれる前に見ている夢の。
――モモミー、ゆかりん。
――桃美ちゃん、黄依。
――紫ちゃん、黄依ちゃん。
――続いていく未来を。
――広がっていく世界を。
――あなたが隣にいてくれる、幸せを。