目覚めは、朝の日差しとともに。
今日も一日が始まる。
健康のためにと、日課となった散歩。
まだひんやりとした空気の肌触り、聴こえてくるささやかな音。
毎日、少しずつ違い同じものはひとつもない。
人はまだ、まばら。
人、ヒト、ひと。
全てが儚くて、脆くて、確かじゃないもの。
けれど私達の世界を形作るもの。
途中で女の子の二人組に声をかけられる。
質問に答えて、しばらく話し込む。
「すいません」と「ありがとうございます」。
別れ際に聞いた挨拶の対称さが何だかおかしくて笑みがこぼれる。
けれど同じように頭を下げる二人に軽く手を振り、そのまま別れた。
彼女達もどこかへ向かうのだろう。
良いことをした後は、気持ちが良い。
私がさてと、散歩に戻ろうとしたその時だった。
「やっほー!! おはよーモモミー!!」
「あ、黄依ちゃん!!」
黄色いジャージの見慣れた姿。
私のかけがえのない、親友の一人。
近くに住んでいるとはいえ、こんなところでばったり出くわすとは。
やっぱり今日は良いことがありそうだ。
黄依ちゃんが、出し抜けに聞いた。
「さっきの子たちは?」
「道がわからなかったから教えてあげたよ。旅行なんだって」
「あ~。卒業旅行かなあ~。高校時代を思い出しちゃうなあ。私達ももう一、二か所巡りたかったよね~」
「いつか海外にも行きたいね。 黄依ちゃんはどこか行きたいとこ……」
「もちろんイースター島!! 生モアイ、一度でいいから拝みたい……!! あ~でもでも、エリア51とかも捨てがたいよねえ」
「何か周囲までは行けるんだっけ? 本当に宇宙人に会えちゃったりして……ふふ!!」
いつも通りの親友に、苦笑いを浮かべる。
でも、いいかもしれない。
黄依ちゃんはいつだって、私達を遠くの世界に連れて行ってくれる。
取材にもなるだろうし。
「それにしても卒業かあ~。黄依ちゃんの妹達だと……黄穂ちゃんが高校に上がるよね」
「うん!! 受験でぐったりしてるか、寝ているか、食べてるかだったけど、いやあ、無事に終わって良かった良かった。元気が一番だからね!!」
黄原家の三女、黄原黄穂ちゃん。
昔に黄依ちゃんの家に遊びに行ったときに、何だか妙に懐かれてしまった。
以来、私も少し気にかけている。
……やっていることに勉強が入っていなかったのは、気にしないことにしよう。
「黄依ちゃん、偉いよね。妹のことまで気にかけて」
「ん~。好きでやってるだけだから……。黄結にはそれで反発されたしね……」
「あ~……。黄結ちゃん、まだプンプンしてるの?」
「あ、でもこの前、進路の相談を頼まれてしばらく話したよ。親には話しにくいって。いやあ、あの時はお姉ちゃん冥利に尽きましたな……。まあ、今度は黄乃が反抗期に入ったけど。家族全員を目の敵にしてるよ……はは……」
「た、大変だね」
「姉妹って難しいからねー。でも、こんなものなのかもって」
時が過ぎれば、ずっと同じではいられない。
でも、そうやって思い出は増えていくのかもしれない、なんて思った。
きっと、これからだって。
ふと、風が呼んだ気がした。
私はそちらに目をやり、思わず笑みをこぼす。
黄依ちゃんも気づいて、手を振った。
私のかけがえのない、もう一人の親友。
クールなようでお茶目で、優しいようで見栄っ張りで、真面目なようでちょっとズボラで。
私の、大好きな人。
「桃美ちゃん!! 黄依!! ふふ、何だかこんなところで会うなんて奇遇ね」
「紫ちゃん……!! 本当だね!! 」
「オッスオッス!! ゆかりんもランニング? ちょうど私達の家の間くらいだから、それでかな。もしくは、この特製ピラミッド型お守りの御利益が……」
「それはいいから」
あうーん、と黄依ちゃんがピラミッドを引っ込める。
紫ちゃんの長くて綺麗な髪は、風になびいていた。
私達三人のいつもの日常。
「でも紫ちゃん、いつも朝遅いのにどうしたの?」
「いつもって……!! ……まあそうなんだけど。ほら、やっぱり長く活動するつもりなら体が資本というか、誰かさんに倣って朝のランニングでもしよっかなーなんて……」
「誰かさん……!? ゆかりん!! それってもしかして……!! 嬉しいなあ~!!!!」
抱きつかないでよ、と声が響く。
少し照れたような、嬉しそうな調子で。
私はその様子を微笑ましく見守る。
紫ちゃんのやりたいこと。
それはブイチューバーとして活動すること。
高校生の時にそれを聞いた時、私はなぜだかとても嬉しかった。
うすうすは知っていたことだけど、その決心を自分の言葉で語ってくれたから。
雑談したり、歌ったり、好きな物を紹介したり、
そうして自分も見てくれてる人にも楽しんでもらって――。
誰かに手を差し伸べたいって。
夢は挑戦しなければ叶わない。
だから私も夢を答えた。
紫ちゃんの夢が叶うように手伝いたいって。
それはつまり、いつまでも一緒にいたいという意味。
その願いを込めた言葉はきっと紫ちゃんに伝わったのだろう。
にっこりと微笑んでから、それから私達の体が触れ合った。
黄依ちゃんにもこのことを伝えた。
あれは三人で下校している時。
驚きと共に心から嬉しそうな声で、黄依ちゃんも三人で応えてくれた。
だったら三人で夢を叶えようって。
三人で相談して、
三人でわからないことを調べて、
三人で準備をちょっとずつ進めて。
「紫ちゃん、次の打ち合わせも頑張ろうね!! 知識面で仕込みが必要だったら私が調べ物を……」
「桃美ちゃんには技術面でもお世話になってるし、あんまり甘えるわけにも……」
紫ちゃんの表情はきりっとしたものに変わっていた。
「……私がやりたいことをやるだけだから。お父さんとお母さんにも大分無理言ったし。独りでも、たとえ形が変わってもやっていく覚悟で……」
「紫ちゃんは立派だよ……!! 私もお母さんとは喧嘩してばっかだったけど、紫ちゃんを見習ってちゃんと話すようになったし」
「もう~何度目なのこの話。私もモモミーも好きで手伝っているんだって!! なんなら三人で会社作っちゃえばいいんだよ。私達、きっと何だって作れるはず!! あ、雑談のネタ出し担当は私が……」
「それはいいから」
「あう~ん。モモミー!! ゆかりんが冷たいよー!!!!」
三人で悩んで、三人で喜んで。
三人だから、楽しい。
思わず笑みをこぼした私に、親友が聞く。
「どうしたの? 桃美ちゃん?」
「モモミー、何か良いことあった感じ?」
問いかけと問いかけ。
私は笑顔で答える。
「何でもないよ。三人でいるだけで、楽しいなあ~って思っただけ!!」
そうすれば、
二人からも、笑顔が返ってきた。
「さてと、そろそろ戻ろうかしら。……私も頑張らないと」
「紫ちゃんはもうたくさん頑張ってるよ!!」
「私なんて、まだまだよ。……配信でコメントが流れている度に思うの、これら全部一人一人が考えたことなんだなって。ううん、きっと見てるだけの人も何かを考えたり、あるいは作業中に気を紛らわすために流してたり……みんなが違う距離感だろうけど、でも、それでいいんだろうなって……その、なんだ……」
「モモミー……!!」「黄依ちゃん……!!」
私と黄依ちゃんは抱き合った。
「ゆかりんがこんな立派なことを言うようになるなんて……!!」
「今夜はお赤飯だね……!!」
「あ、あなた達!! こういう時に結託するの止めなさい!! まとまんなかったし今のはなし!! はい、そこ!! 引っ付かない!!」
そのまま、私達は三人で歩いた。
みんな、自分の道がある。
けれど、その道を一緒に歩める人がいたら。
それはきっと幸せなことだ。
つまずいて、時には誰かに助けられて、誰かを助けて、前を向く。
私達みんなが、
『はーい、みなさん、おはようごじゃ……ございまーす!! 嚙んでないし!! ちょっと雅言葉つかってみただけだし!!』
「……」
ディスプレイに映るは、髪が紫の少女。
まるで激流のように、それを聞いたもの達の反応が流れていく。
私はコーヒーカップに口を付け、傍らへと置く。
いつも同じ苦さを求めて口にするのだが、今日は少し違う味だ。
画面の中で紫の少女は、ワタワタと自己弁護をしていた。
そんな様子も、どこか愛おしい。
――きっとまた『夢』で会えますよ。
そう、あの子たちは
「全く、気の利いたことを言ってくれるじゃない。……中身はあまり変わってないようだけど」
遠い国のどこかの魔法少女。
今日はモンスターとの戦いに疲れてお休みだ。
少女がもっぱら夢中なのはインターネットの配信。
歌うことが好きで、科学知識に明るく、妙に古代の遺跡やオーパーツに詳しい、そんな少女が語らう。
今日も今日とて、魔法少女は誰かに手を差し伸べる――。
そんな夢物語に乗っかるのも一興だ。
私達が想像して、私達が創造した物語――。
『はい!! じゃあ今日はね朝の質問コーナーとか……あ、その前に!! いつものアレ!! やるよアレ!!』
私は傍観者。
見ていて、聞き流して、たまに頭の中でツッコミを入れて、それで満足だ。
だけどたまには、この物語に加わろう。
『はい!! 私達が出会った奇跡……、その縁に今日も感謝を込めて!! 合言葉は――』
流れていく文字と同じものを、私は打ち込んだ。
『