「はあ~~~~」
溜息とともにベッドに寝そべる。
横になりながらも、体はスマホを取り出していじっていた。
何だかいつかの日と全く同じ行動を取っている。
あれは桃美ちゃんと私が初めて変身した日。
三日が経過して、やっとこさ四日目の夜。
一体、あと何日戦わされることになるのだろうか。
「特別って大変なのかも……」
私、紫王紫は普通の小学生。
物語の主人公のような特別な存在。
そんな存在に誰だって一度は憧れるだろう、私だってそうだ。
黄原黄依のにこやかな笑みが私の
悪口ではないが、彼女は何となく普通ではない。
趣味が変わっている、とかではない。
どことなく我ら常人とは違う感性で動いている気がする。
特別とはああいう人のことを指すのだろうか。
『特別』に耐えることができる人間。
「桃美ちゃん……やっぱり黄依みたいなタイプが好きなのかなあ……」
朗らかで温和な桃美ちゃん。
私みたいな日陰ものと、黄依みたいな明るいタイプ。
どちらがお似合いかと聞かれればノーコメントだった。
昨日はちょっと八つ当たり気味に怒ってしまった。
黄原黄依という存在が私達の関係に影響を与えるのでは、と思ってしまったのだ。
後悔のあまりベッドでジタバタしていたのは黙っておこう……。
仲直りの証のネコミミは、ちゃんと神棚に飾っている。
「ゲームも容量の都合でいったん消しちゃったし……。変身用の端末、用意してくれればいいのに……はあ~」
溜息を吐きながら何をするか考える。
私の指は行ったり来たり。
ルーチンの通り動いて、戻ってを繰り返す。
指がふと止まった。
配信告知。
頭によぎるものがあった。
私はその下にあるURLをタップしてみる。
何も始まらない。
「……今日はもう寝ようかな」
明日になればまたクールな
この生活も桃美ちゃんとの穏やかな日常を取り戻すまでの辛抱だ。
黄依とも……少なくとも桃美ちゃんの前では仲良くしよう、うん。
『本日、敵襲ナシ』
朝ありましたけど、と突っ込みを入れながら電気を消す。
私の意識も潮が引くようにさっと闇に落ちた。
五日目の放課後を迎える。
私達三人は空き教室へと集まっていた。
やることは先日できなかった作戦会議の続き。
……といっても、話すことは特に決めてない。
桃美ちゃんはネコミミを作った時のことを話した。
人生で初めて寝落ちしてしまったらしい。
改めて
黄依は新しい必殺技の案を出していた。
魔法力でトラップのようなものを作ってそこへ追い込んで袋叩きにするとか……それは必殺技か?
ケタケタ笑いながら提案していたので、冗談かもしれない。
「で、ゆかりんは? 何か新しい技を閃いたりとかないの?」
「ないわよ……。私たちは深淵なる闇を倒さなければいけないのよ。遊び気分では良くないわ」
「紫ちゃん……かっこいい……」
桃美ちゃんのキラキラした視線がとても心地よい。
深淵なる闇。
正直、存在自体をいま思い出したのだが、役に立ってくれて良かった。
……名前、合ってるわよね。
私はふうっと息を出してスマホを取り出した。
黄依が横から覗いていいか聞いてきたので了承しておく。
いちいち断りを入れるのだから、こういうところは憎めないのよね……この子。
「何それ? 動画見てたの? ……配信?」
ああ、これ。
素っ気なく返事をする。
昨日の夜、開いた画面がそのまま残っていた。
特に何も始まらない配信。
そのはずだった。
「へ~、ゆかりんってそういうの見るんだ~」
「別に……何を見たっていいでしょ」
「ふふっ、紫ちゃんは将来ブイチューバ―になりたいんだよ!!」
ちょ、ちょっと桃美ちゃん。
慌てて私が制止するも時すでに遅し。
黄依が大袈裟に反応しないかしら……。
その心配は予想外の形で杞憂へと変わるのだった。
「ブイチューバ―って……なんだっけ?」
「……え?」「ええええ!?」
私と桃美ちゃんが素っ頓狂な声を上げてしまう。
知ってるから冷やかしたんちゃうんかい!!
思わず口から出そうになったが、グッとこらえた。
「ご、ごめんなさい。知らない人もいて当然よね」
「いや!! いやいや!! この名探偵黄依ちゃん、もちろんある程度は知ってるよ!! あの……しゃべったり動いたりするやつ!!」
「大分ざっくりだね黄依ちゃん!! あとやたら耐久配信をしてるイメージがあるよね!!」
そうそう!! と相槌を打つ黄依に頭が痛くなってきた。
一体いつどこの話をしているんだ。
黄依はともかく、桃美ちゃんまでそんな認識だなんて。
しょうがない。
僭越ながら少し語らせていただこう……。
ヴァーチャル・ユーチューバーについて。
「桃美ちゃん、黄依。あなた達はキャラクターって何だと思う……?」
「うーん、こう、髪の色が派手だったり……」
「必殺技をぼんぼん撃ったりする!!」
私は頷いた。
まずは
「それだと例えば現実世界をベースにしたものだと、髪色は普通だし必殺技は撃てないわよね? それはキャラクターじゃないのかしら?」
「うーん? 例えば探偵とか……?」
「あ~。でもでも!! 現実の探偵さんをモチーフにしててもキャラクターっぽくアレンジされない?」
私は、再度頷いた。
次に、
「どの程度デフォルメされているか、どのジャンルに属しているかは問題ではないのよ。問題は
「モモミー、今のわかった?」
「紫ちゃんがノリノリで何だか楽しくなってきた」
私は一人でふんふん頷いた。
盛り上がったところで
全ての論は、
私の言葉だ。
「ここで閑話休題!! ブイチューバ―に話を戻すわ!! もちろん動画での活動がメインなわけだけど、ある特殊性を持っていたの……!! もうわかるわよね!!」
「私も。ゆかりんがノリノリってことはわかってきた」
「でしょ~」
机をばん!! と叩いて虚空へと人指し指を突き付ける。
何だろう、楽しくなってきた。
ここまできたら
「答えは
「モモミー、ブイチューバ―って何?」
「おしゃべりしたり、ゲームを配信したりをキャラクターの形で……が丸いかなあ。もっと言えば動画全般だし雑学紹介系もあるよー」
私はふうっと息を吐いた。
何だか良い汗をかいてしまった。
後は
「桃美ちゃんも黄依もこれでわかったでしょう。ブイチューバ―の持つ新しさが……」
黄依が唸るようにこちらを見ている。
まだ何か言いたいことがあるらしい。
「でもさあ、ゆかりん。私達まだ小六だよ。斬新か斬新じゃないかって正直わかんないし」
自分の中で
「こっちは!!!! 産まれた時から!!!!
「ひ……」「ひょえ……」
いけない。
桃美ちゃんも黄依も若干引いてる。
空気でわかる。
いけない……これはいけない。
私は紫王紫、普通の小学六年生。
いつ、いかなる時もクールでニヒルな憂いを帯びた少女……。
「少し熱くなってしまったわね……。桃美ちゃんと黄依の理解が深まったのなら嬉しいわ……」
「いつもの紫ちゃんだ……!!」
「……そうかな? まあいいや。ゆかりんがそんな凄い仕事をするなら私も協力するし」
え? と驚きの声を上げるのは私の番だった。
黄依がそんなに意外? とこちらをにこやかに見つめている。
「その……黄依はそういうのあんま好きじゃないのかなって思ったから……」
「ううん。知らなかったってだけだし。法令順守とコンプライアンスの徹底は任せてよ!!」
夢なんて言っても、何となく好きで、ただそれだけで。
「でも、でも。モデル作ったりとか大変そうだし……発注しないといけないかも……」
「そ、それなら私!! 私がやる!!」
桃美ちゃんが意気揚々と手を上げる。
心なしか食い気味な気がする。
「確かに!! モモミー、器用そうだもんね!!」
「うん!! 何なら作詞作曲もする!! 紫ちゃんはとってもお歌が上手いんだよ!!」
「ちょ、ちょっと桃美ちゃん」
桃美ちゃんと黄依が羨望の眼差しを向ける。
「じー♪」「じいいいい♪」
この場で歌ってほしい。
そういうニュアンスしか感じない。
私は抵抗する代わりに、短くため息を吐く。
「もう……ちょっとだけよ。大声は出さないし、周囲に迷惑にならない程度に、ね」
「るんるーん♪ ワクワク―♪ 今日もとっても良い天気~♪」
「へい!!!!」「へい!!!!」
私を閉じ込める
そびえ立つ
立ち並ぶ
嗚呼、私を連れ出してくれるのは誰?
「良い天気には~♪ 外に出たくなる~♪」
「へい!!!!」「へい!!!!」
「いええええぇぇぇぇい!!!!」
「ヒュウウウウゥゥゥゥ!!!!」
「
「紫ちゃん!!!!」「ゆかりん……良かった……良かったよ!!」
「二人とも……!!」
私達三人は熱い抱擁を交わした。
最高のライブだった……。
私の脳内では。
「紫ちゃんの力になりたいよ……!! どんな時でも付いて行くから……!! 必要あれば一緒に……その……住もう!!」
「やろう……!! 三人で夢を叶えよう!! 道徳的な配信をして、道徳的な頂点に立とう……!!」
「私も……良い歳で夢なんてって思ってたけど……
がっちりとホールドし合ってクルクルと回る。
何だか楽しくなってきた。
これぞライブ後の高揚感。
なので、気づいていなかった。
私達が机の上に置いたスマホが、ヴーヴー震えていることを。
「あなた達!!!! なに遊んでいるの!!!!」
私達の頭上にはすっかり見慣れた緑の発光体。
ジグザグに動いて不満をアピールしている。
「ブイチューバ―は遊びじゃないよ、妖精さん……」
「桃原さん、目が座っているわ。そんなことより!!!! モンスターがもうすぐ出現するわ!! 場所は校庭!! すぐに準備を……!!」
「ふふ……」
思わず笑みがこぼれてしまった。
最初は私。
桃美ちゃんと黄依も続く。
やがて私達の笑い声は辺りを包み、空気を蹂躙していく……。
「ど、どうしちゃったのあなた達? メンタルケアが足りなかった?」
「いやね、妖精……」
桃美ちゃんと黄依に視線を送る。
気持ちは同じだ。
私は二人の気持ちを代弁した。
「今の私達と戦うなんて、可哀そうなモンスターだなって思っただけよ……」
「ええ……? 自信ありすぎて何か余計に心配になるんだけど……」
私は二人を見る。
静かな笑みには、確かな自信が漲っていた。
「行くわよ!! 桃美ちゃん!! 黄依!! 魔法少女出陣よ!!!!」
運動場に奴はいた。
巨体を揺らして奴はいた。
三つの首を激しく振って奴はいた。
校舎から飛び出す光、三つ。
瞬時に敵を挟み込むは。
私達、変身済の魔法少女!!!!
妖精、今回、私の肩へ。
「地獄の番犬ってところかしら。紫王さん気を付けなさい。今、作戦を……」
「桃美ちゃんは力を溜めて!! 黄依!! 危なくない程度に陽動を頼むわ!!」
「わかった!!」「オッケー!!」
黄の光は彼方。
紫と桃は此方。
怪物、明快、黄の元へ。
飛び跳ねる黄。
首を振るう黒。
やがて背後の天使から――おっと失礼、我が友から合図が飛ぶ。
地獄の番犬を、産地直送クーリングオフする合図が――。
「黄依!!」「あいよ!!」
巨大な黄の棍棒が左の首を叩き潰す。
中央の首がのたうち、僧侶を狙う――。
「モモミー!!」「任せて!!」
桃の少女が力を爆発させ、瞬時に距離を詰める。
魔法使いが杖を振るわば怪物の首を消し飛ばす。
「紫ちゃん!!」「ええ!!」
足に魔法力を込め、加速を生む。
残った左の首を、騎士が紫焔一閃斬り落とす!!
「あ、あなた達……? 急にコンビネーションが良くなったわね……?」
「私達は全てを置き去りにしていくわ……過去の自分達さえも……悲しみと一緒に、ね」
紫の髪がたなびく。
「止まない雨はないし、曇らない晴れはないし、雪は積もったり溶けたりする……」
桃のドレスが今日もかわいい。
「天気はさしずめ、私達の絆パワーってところかな」
黄の棍棒が高々と掲げられる。
緑の妖精は頭を抱えていた。
黒の四肢がもぞもぞと動く。
体の一部を縮めて、首を作る。
先ほどと同じく三つの首を持つ番犬へと再生する。
番犬が最も近場にいた私へと突進する――。
「ほら見なさい言わんこっちゃないわ!! これ油断して手痛い反撃を食らうやつじゃない!! 何で踊りながら戦ってたの!? あー台無し!! 裏方の努力を無下にしないでくださ~い。これまで積み上げてきた物がパーよパー自覚して頂戴!!!!」
吠える妖精。
吠える番犬。
吠える――。
「ねえ、知っている?」
吠える紫焔。
「
紫の剣が、燃え上がるよう伸びていく。
「
打ち降ろし。
薙ぎ旋して。
斬り飛ばす。
最期に、無防備な胴に刃を突き立てた――。
武勲を収めた騎士の傍らには、無垢な魔法使いと明朗な僧侶が並ぶのであった。
空は、私達を祝福するように青く澄み切った。
「ゆかりん、最後に一言どうぞ」
「スパチャとチャンネル登録お願いします」
「スパチャはおいしいものを食べてから!!!!」
ハイタッチを交わす私と、桃美ちゃんと、黄依。
笑い声はどこまでも果てしなく届いていく。
しかし今度は、決して満ちることはない。
外の世界は、まだまだ遠い。
いつか、この笑い声が、
どこまでも、
「……」
「最近の子。本当にな~んもわからん……」
「……」
「……それにしても」
妖精は改めて魔法少女達へと目を向けた。
「やけに紫王さんが狙われてたわね」