少女に対して、不釣り合いな広い和室。
少女は雑誌を広げ、貪るようにページを捲った。
和室の隅の、こじんまりとした棚から。
宝探しの戦利品。
障子が動く音がした。
男は少女に気づくと、ぽりぽりと頭をかいた。
男が少女に話しかける。
――黄依、それが気に入ったのかい?
「うん!! 面白い!!」
――そうか、どれを気に入った?
「モアイ!! かわいいから!!」
「お父さん、日本にもモアイってあるかな?」
――ああ、あるかもな。もしかしたら見つけるのは黄依かもしれないぞ。
「本当!? 私がモアイを……!! 探して見せるね!!」
――ははは、黄依ならできるさ。……でも、探し出すだけじゃなくて謎を解き明かせるといいよなあ。
「謎? モアイに謎なんてあるの?」
――石を切り出すことはできても、島のいたるところにわざわざどうやって運んだのか……。もしかしたら超古代文明の力で……!! なんてな!!
「そんなの簡単。宇宙人だよ」
――お、宇宙人説か。モアイは宇宙人が造ったと。
「……。ううん、モアイは宇宙人と戦う戦士なんだよ。それが負けて石にされちゃったんだ……」
――はは!! そうかもなあ……!! 黄依の『ソウゾウリョク』なら本当に謎を解き明かすかもな……!!
「……? うん、私、『ソウゾウリョク』には自信がある!!」
少女が男の元へと駆け寄る。
男はあぐらをかいて、少女の体をすっぽりと収めた。
あの時、口から出まかせに言ったこと。
自分の考えたことが、他の人も考えていると知り、見栄で言ったこと。
それでもお父さんは、優しく微笑んでくれた。
お母さんと、私と、妹達を残してお父さんは、遠い遠い世界へ旅立ってしまった。
それでもこの記憶は、私の宝物としてずっと胸に残っている。
「……夢」
差し込んだ陽ざしとともに、私の意識は覚醒する。
広い和室に布団が四つ。
体を起こす。
いつもそうしているように、今日も左側に並んだ寝顔に目をやる。
次女の黄結(きゆ)、三女の黄穂(きほ)、四女の黄乃(きの)。
そして、私、長女の黄依(きえ)。
何の変哲もない、普通の休日の朝。
今日も一番最初に目を覚ますのは私だった。
妹達を起こさぬよう着替えて外に出る。
顔を洗うのもそこそこに。
学生たるもの、まずは体作り。
家の庭をぐるっと回るだけだが、欠かすことのない習慣だ。
戻ってきた私は居間に寝転がると、スマホで今日のニュースをチェックした。
いくら見出しを確認しても、ない。
遠い町で起こったはずの何か。
インターネットの話題はその町で撮影された動画で持ち切りだった。
変わった気象現象として撮影され、あっという間に拡散したもの。
雨雲が出ているわけでもでもないのに、辺り一面が真っ暗になっている。
動画の途中では雷が落ちたような轟音が響いていた。
それだけなら奇怪な現象で終わったかもしれない。
でも自分が気がかりなのは別なところにあった。
この投稿者がその投稿の後、ぱったりと何も発信していないのだ。
その後、一緒に映っていた建物などから場所が特定されると「その町にいる友人と連絡が取れない」とか「同じ時間暗くなっていた」とか「町の住民は全員避難した」とか「近くで戦車を見かけた」とか「人工日食だ」とか、とにかく情報が錯綜していた。
真偽の判断が第一なのだが、とてもじゃないが情報が多すぎて不可能な状態だ。
町にいる人達が無事ならいいんだけど……。
物理的に遥かに離れた場所にいる身としては、そう祈る他はない。
本当にそうか?
ふと、もっと力があればなと思った。
どんな危機にも、即座に現れて、問題を解決したり、悪いものをやっつけたりする力。
もし、そんな力が『
スマホの画面を閉じたところで、人が入る気配があった。
私はその方向を向くと、にこやかに挨拶をするのだった。
「黄結、おはよう!!」
「……」
一瞬、驚いた顔を見せたが、すぐに目線は外れた。
すたすたと歩いて、離れた位置に座るとスマホを取り出す黄結。
黄結はとても恥ずかしがり屋な性格だ。
……ウソです。
最近、口を利いてもらえない。
昔は仲が良かったのにどうして……。
姉妹って難しい。
間を置いて、足音が聞こえてきた。
どたどたと、不規則なリズムで。
「黄穂、おはよう!! 廊下走ったら危ないよー」
「黄依姉~おはよ~パソコンパソコン……」
朝ご飯もまだなのに黄穂はパソコンへと向かっていく。
今の机に配置されている姉妹共用のものだ。
黄穂はまだ自分のスマホを持っていないし、パソコンを使う機会が姉妹で一番多い。
「黄穂、ご飯もまだだし後にするのは?」
「え~。昨日のモモミン見逃しちゃったよー。アーカイブ見るぜー!!」
モモミン。
最近、黄穂がハマっている魔法少女系ブイチューバ―、というものらしい。
「魔法少女ならさ、この後、黄乃と劇場版見ようって話してるから良かったら一緒に……」
「やだー。モモミンの方が面白い~」
姉、またしてもしょげる。
黄穂も卒業かあ……。
いや、ある意味、別の道へと進んだ……?
「ところで黄依姉、髪どうしたの?」
「……? いつも通りだけど?」
「黄依姉がそう言うならそうか!!」
しゅっ、と障子を開ける音がする。
私は前に入った二人と同じよう、挨拶をした。
「黄乃、おはよう!!」
「おはよー!!!!」
全力で駆け寄ってくる小さな体を私は受け止めた。
屈託のない笑みが私へと向けられる。
ああ……これが幸せか……家族と一緒にいるという実感……。
「うう~~~~ナイアガラの滝のように涙が~」
「お姉ちゃん、泣いてるの?」
「黄結も黄穂も、昔はこうだったんだよ……」
「ふーん。ところでお姉ちゃん」
「なあに~」
黄乃のくりくりとした目が私の顔へと向く。
好奇心に満ちたきらきらした瞳。
私は何でも答える心持ちだ。
すると――。
「何で髪の毛、黄色いの?」
「へ? 黄色?」
全くの予想外の問いかけ。
私の髪は黒色だ。
少なくとも、昨日までは。
自分の前髪を軽く引っ張る。
まさかそんなはずは――。
「……ちょっと黄色い?」
「うん!! どうやったのー?」
黄乃がきゃっきゃと喜ぶ。
何度か確認したが、結果は同じ。
これはあれだろうか。
私自身の隠された力が覚醒した、的な。
「黄穂は気付いてた?」
「うん。黄依姉、結構似合ってるよー。どうやったの?」
パソコンに向かいながら黄穂が答える。
とりあえず、お礼を言う。
さっきまで黙っていた黄結が口を開いた。
「……。てっきり黄乃に相手をしてもらうために染めたんだと思った」
「相手をしてもらうためって……久しぶりにしゃべったのに手厳しいなあ……」
黄結はふん、と鼻を鳴らした。
話してくれるだけでも嬉しい。
それだけ異様な事態だったとも言えるけど。
「……で、どうやったの?」
「どうって……うん」
一体どうやったんだ、私。
昨日は黄金ジェットのレプリカを眺めてから眠ったから、色素が移ってしまったんだろうか。
でも、これはこれで悪い気はしない。
体は健康そのものだったし、不思議とこの力は私に授けられた――というより備わっていたものの気がする。
何より、そう考えた方が楽しい。
「よくわからないけど、お姉ちゃん覚醒しちゃったよ。超能力とか使えないかなあ~ふんふん!!」
両手を握る私をよそに、黄結はスマホへと視線を戻した。
大丈夫だと判断したんだろうけど、寂しいなあ……。
念を込めたり、気を溜めようとしてみる。
そんな私に、黄乃が何かに気づいたような笑顔を見せた。
「お姉ちゃん、魔法少女みたい!!」
「魔法少女……? あ~~~~!!!!」
何たる失態。
真っ先に気づくべきことを見落としていた。
覚醒することで髪が変色する。
これは魔法少女ではないか!!!!
「確かに!! モモミンも言ってたよ!! 魔法少女の変身は魔力を放出することで行われ、髪の毛のメラニン色素に影響を与えるって!!!!」
黄穂の大声が和室に響き渡る。
私はポケットから手帳を取り出し、すかさずメモを取る。
黄穂いわく、色素が変わるだけでなく毛根が刺激を受けることで髪が伸びるらしい。
そのためモモミンは変身するたびに髪が伸び、散髪が大変らしい。
しかし、そんなことまで知っているとは。
モモミン、侮りがたし。
とはいえ、自分の場合、長さは変わっていないようだ。
「モモミンはやっぱり何でも知ってたんだ……!! お米の一粒一粒の様に、この世に無駄な知識はない……モモミンの言葉だよ!!」
「はあ……黄穂、それはそういうキャラ作りだから」
「黄結姉、わかってないな~。ブイの楽しみ方ってやつがさ……!!」
溜息を吐く黄結に、拳を振って熱弁する黄穂。
黄乃は私の髪を引っ張って遊んでいた。
今日も姉妹みんな元気。
私はそれだけで十分だ。
「お姉ちゃん、悪いやつらをやっつけるの~?」
「え?」
黄乃は瞳を輝かせている。
日常の何気ない一コマの、何ともない台詞。
それなのに、どうしてだろう。
こんなにも心がざわめくのは。
「あ~、モモミンも怪人と戦っているって言ってた。黄依姉なら普通に戦えそう!!」
「普通にって。照れるな~」
「……バカバカしい」
「黄結?」
「魔法少女とか怪人とか、良い歳してバカバカしいって言ってるの!!!!」
部屋の中の空気が、重たくなった気がした。
黄穂が黄結をなだめている。
黄結だって昔は魔法少女が大好きだったはずなのに。
私は息を吐いて改めて考えた。
悪いやつら。
もし、それがどこかにいて、自分が戦えるというなら。
その時は――。
軽快な音が部屋に鳴り響く。
反射的に立ち上がっていた。
「私、出るね」
今の時間はお手伝いさんもいない。
玄関まで距離はないが、早く出なければ立ち去ってしまう可能性が高い。
経験則としてわかってきたことだ。
「……ん?」
玄関の方から、人の気配がする。
戸締りその他は大丈夫とは思うが、警戒する。
胸の鼓動が、わずかに早くなった。
あとひとつ、角を曲がれば玄関だ。
足音をさせないように、慎重に。
飛び出すように、大胆に。
私は玄関へと出た。
開けた視界に映るのは靴箱と、段差と、扉と、吊るされた灯り。
誰もいない。
誰もいない。
誰もいない――。
「
何故自分がそう判断したのか。
扉は完全に閉まっているように見えた。
頭で考えれば考える程、その理由はわからなかった。
だからきっと、感じていた。
黄色くなった髪の毛の一本一本が、まるでセンサーのように。
ちりちりと違和を伝えているに違いなかった。
私は武器を探した。
勘違いならそれでいい。
でも、もしもそうでないのなら――。
妹達のところへは、一歩も近づけさせない。
甲高い嗤い声がした。
誰もいないはずの空間で。
私はいよいよ、身構えた。
――そんなに身構えなくていいわよ、ちょっとした余興だったから。
ぱちんと音が鳴る。
目の前で緑の光が揺らめく。
魔法。
直感的にそう理解し、私の胸は意外なくらいに高鳴った。
空間から浮き上がるように、一人の女性が姿を現す。
黒いパンツスーツ、白いシャツ。
後ろで束ねられた髪は、薄い緑色を伴っていた。
同じく翠色の宝石を思わせる目がこちらに向く。
綺麗な瞳だな、と思った。
「黄原黄依、現在十一歳、最寄りの公立小学校に通う六年生。誕生日は11月28日。素行などに特筆すべき問題なし。趣味はオカルティックな与太話に妹と未就学児向けの作品を鑑賞すること……で合っているかしら?」
「……」
「ふふ、驚いて声も出ないかしら。戯れが過ぎたわね」
「……も、もう一回やってもらっていいですか!?」
思わず口走ってしまった。
今度はお姉さんが目を丸くして、押し黙ってしまう。
「ふ……ふ……ふふ……」
「……? お姉さん、どうしました?」
「あははははっはははは!! ひひっ!! あははは!!!!」
けらけらと高笑いが玄関に響く。
少し失礼だが、ものすごい悪趣味な笑い声だ。
やはりこの人は魔女なのかもしれない。
そう、魔女だ。
私の目の前に魔女がいるのだ。
古代遺跡は祭壇の役割を担っていることも多く、私はオーパーツと魔法使いの関連性は高いと見ている。
暦や気象、風土に精通していた彼、彼女らの卓越した知識は、それ以外の者からはあたかも魔法を使っているようだった。
しかし、それだけではない。
魔法使いは、実際に魔法が使えたのだ。
今でも製法を解明されない数々のオーパーツ。
真球に近い石。
水晶で作られた髑髏。
それらが魔法によるものでないと、どうして言えようか?
昔の人間は、自然と調和し、空間を作り変える超能力を有していたのだ。
それが発火やテレポーション、サイコキネシスといった形で発現していた……!!
我々は今、それを目の当たりにしたではないか!!!!
「魔法使いが日本に実在してたなんて……!! こうなってくるとモアイも探せばあるかも……!!」
「姉さん、何を言っているの」
私の意識が一言で引き戻される。
すぐ横では黄結が渋い顔を浮かべていた。
奥から黄穂と黄乃もついてきた。
どうやら眼前の魔法使い(仮)の笑い声に何事かと確認しにきたらしい。
魔法使いはようやく落ち着いたらしく、改めてこちらを見た。
「ふふ……ごめんなさいね。でも、いいわ。それくらい肝が据わってないとね。黄原黄依さん、気に入ったわ。髪色も庭に出ていた時は黒かったはずだけど、覚醒したようね。これも素質ということかしら?」
「あなた何ですか? 姉さんを気安く呼ばないでください」
黄結が鋭い目で魔法使いを睨む。
魔法使いは事も無げに笑みをたたえていた。
「失礼、名乗ってなかったわね。私は木村
「お母さんの……?」
お母さんは働いていて帰ってこれない日も多い。
どこで働いているかは話せないって言ってたけど。
「そうね、小学生にもわかるように言うならあなたを戦場へと導く妖精……といったところかしら」
「妖精はそんなでかくない!!」「妖精をなめるな!!」
黄穂と黄乃の同時攻撃を受け、木村鏡と名乗った女性はたじろいだ。
小学生にはウケるという見込みだったのか、少しかわいそうだ。
……私は良いと思うけどな、妖精。
しかし気になる言葉もあった。
戦場。
戦うということ。
一体、何と?
決まっている。
悪いやつらだ。
こほんと気を取り直した木村さんが姿勢を正す。
その両の眼でまっすぐに私を捉える。
緑の瞳には、黄色い髪の少女が映っていた。
「黄原黄依さん、あなたにはこれから魔法少女として戦ってもらう」
もしも戦う力があるのなら私は――。
悪いやつら全部を、