※3題噺、「誕生日」、「小説」、「ハッピーエンド」
今年も、暗い誕生日がやってきた。
◇
俺は売れっ子作家四ツ谷。
なろうへの小説投稿がきっかけで作家デビューしてはや十年。ただひたすら小説を書きまくる日々。ツイッターには、「四ツ谷先生お誕生日おめでとう」、「おめでとうおめでとう」のメッセージが多数。ネットの世界では俺の誕生日をみんなで祝ってくれている。ほんと、ファンというものはありがたいものだ。
だが、現実の俺は……。
俺はくるり、と椅子を回転させ、部屋を眺める。そう、これが現実だ。
狭い部屋に巨大な本棚がずらりと並ぶ。そこに詰め込まれた何百冊もの本、本、本……。本棚以外には、着替えとカップラーメンとカップ焼きそば。それは典型的な、独身男のアジトであると俺は自負している。
「はあ」、とため息をつく俺。
この十年、俺は一体何をやってきたんだ。ただがむしゃらに小説を書いて書いて書きまくり、出版して出版して出版しまくって、儲けまくった。だが、それがなんだってんだ。一人で迎える誕生日の、このさみしさよ! 俺はビールをぐびぐびと飲んだ。今夜はやけ酒だ!
「ふん、つまらん! 誕生日がどうした!」
その時であった。
ピンポ~~~~~~ン。玄関のチャイムがなった。
「ん? 誰だ? こんな夜中に」
チェーンは外さず、細くドアを開けると、その隙間から小さな目が俺を見た。長いまつげ、どうやら女の子のようだ。服は白のワンピースで、頭にピンク色のひらひらしたリボンを着けている。この衣装、どこかで見たような? いや、気のせいか。
「あ、あのう?」、と女の子。
「はい、なんでしょう?」
「四ツ谷先生ですよね、お誕生日おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます、って……」
どういうことだ?
俺の住所は出版社の担当以外、秘密にしてもらっているはずだが、なぜこの女の子は俺のペンネームや、誕生日まで知ってるんだ? 誰かが俺に無断で漏洩したのだろうか。
女の子はさらに、かぼそい声で言った。
「あの、入ってもいいですか?」
「は?」
いやダメだろう! この子はどう見ても未成年! 売れっ子作家大先生の俺が、未成年者略取で逮捕だなんてのは、まっぴらごめんだ!
「すみません、ちょっとまだ仕事があるんで。でも今日はわざわざ来てくださってありがとうございました。よかったらこれからも応援お願いします。じゃあ、これで」
ドアを閉めようとすると、女の子が悲鳴のような声を上げた。
「待ってください!」
俺はその声にぎょっとして凍り付いた。
「わ、私! 四ツ谷先生へのプレゼントを持ってきたんです! あと、みんなからのメッセージも預かってきました! だから、ここを開けてください!」
「みんな? みんなって誰?」
「み、みんなっていうのは、あなたが書いた小説の、登場人物たちです! 私はあなたの小説、『水砂漠のマーメイド』の主人公の、フィオです!」
「え! フィオ?」
フィオというのは確かに俺の書いたラノベ、『水砂漠のマーメイド』の主人公の女の子だ。
白い衣装はマナティーという哺乳類から着想したもの、それに頭のピンク色のリボンは、フィオの最も特徴的なシンボルだ。そうか、どうも見覚えある格好だと思ったが、俺が考えた設定だったのか。コスプレだろうか、
お、俺の書いた小説のキャラが、俺に逢いに来ただと? と、俺はめまいを覚えて壁に手をついた。俺は言った。
「フィ、フィオっていう証拠はあるのか?」
「証拠?」
「そうだ。小説には書いてない設定とか、俺しか知らないことを言えば、証拠になるが」
「設定、ですか。そうですね、私には生き別れになったお姉さんがいて、そのお姉さんを探して旅に出る予定だったんですけど、ページ数の都合でなかったことになりましたね」
「ま……!」
マジか! その設定は確かにあった。俺の頭の中だけに。あてずっぽうで、ここまで的中できだろうか? いや、ありえない確率だ。
確認のため、俺は一つ質問をしてみることにした。
「そ、そのお姉さんは、どんな格好をしているか知ってるかい?」
「はい、お姉さんも私と同じ白い服。頭のリボンは、ピンクではなくブルーですね!」
マジだった……。
この娘、フィオだ……。
◇
慌てて居間を片付け、フィオを居間に入れた。彼女は膝をきちっとそろえて正座し、肩にかけていたエコバッグからピンク色の包みと、一冊のノートを取り出し、俺の前に置いた。
「これが私からのプレゼント、そしてこっちが、みんながメッセージを書いたノートです」
「みんなって、まさか俺の書いた小説のキャラ達が、この世界に生きてるってことなのか?」
「はい、そうですよ。四ツ谷先生だけじゃありません。多くの作家の書いた小説のキャラ達が、現実にこの世界に生まれて、生きて暮らしているんです。ただ、最初は身体が安定してなくて、長時間は肉体を保てないんですけど」
「信じられない。けど、信じるしかないな」
「はい」
俺はノートを開いた。多くのキャラ達の、俺へのメッセージが書かれている。そうか、こいつらこう考えていたのか。俺は目頭が熱くなるのを感じた。
「あ、そろそろ十二時です! 私、そろそろ消えちゃいます!」
フィオが立ち上がった。俺も慌てて立ち上がり、叫んだ。
「ま、待ってくれ! もう少し話がしたいんだ! 他のみんなとも会いたい!」
「すみません、もう時間が。でも大丈夫ですよ、来年また会えますから」
フィオは俺に抱きついて、俺の顔を両手で引き寄せ、軽くキスをした。唇を離すと、フィオの身体がきらきらと銀色に輝き、霧のように透明になり、消えた。
◇
翌年の誕生日、俺はある喫茶店の前にいた。フィオがくれたプレゼントというのは、一通の手紙だったのだ。今年の誕生日までには、フィオの肉体は安定するはずで、そうなればずっと俺と一緒にいられるとのことだった。その手紙で指定されていた喫茶店の入り口の前に、俺は立っているのだ。
まさか、な……。
俺は喫茶店のドアを開いた。店の奥の方の席から、白い服を着て、ピンク色のリボンを付けた女の子が、俺に向かって手を振った。
おわり