いつかに英雄の隣にいた誰か 作:幽
モードレッドと女装系姫の話です。
月のような人
「・・・・・どうしましょうか。」
セイアッドはそういって、その麗しい顔を傾げた。
誰もが、己を見れば美しいと称賛するだろうし、見とれるだろうとセイアッドは思っている。
この考えを聞けば、大抵の人間はセイアッドを自分に酔うナルシストだと断じるだろう。けれど、セイアッドが自分をそう評価しているのは、もっと複雑な理由があった。
さて、唐突だが、セイアッドという人間は、俗に言う転生者である。といっても、なんとなくぼんやりとした記憶があるぐらいで、自分がどういった存在だったか、はっきりと記憶してはいなかった。
ただ、そのぼんやりとした記憶のせいか、セイアッドには幼いころから確固たる自我が生まれていたのだが。
そんな理由の為、セイアッドは己という存在が宿った肉体の容姿をあくまで客観的に評価していた。
吸いつくような白い雪肌、すらりとした腕や足、完璧なバランスが取られた顔、澄み切った満月のような琥珀色の瞳。そして、何よりも目を引くのは、星屑を束ねた様な白銀の髪だった。
まさに、その容姿だけを見るならば国を傾けていても不思議はないほどの美貌だった。といっても、セイアッドにとって己の容姿というものになにかしらのことを思っているわけではなかったのだ。
それは、簡単な話、セイアッドの前世が男であることと、前世と現在の容姿の解離がひどいせいか、未だにその容姿を己のものとする自覚が薄いせいであったのだが。
それに加えて、セイアッドという存在が、生まれたころより監禁されていることもその無関心さに拍車をかけているのかもしれない。
(・・・・・時代的におそらく中世、うーん、外に出たことがないせいか、はっきりとした時代については未だに分からない。)
監禁されていても、そんなふうにのんびりとしていられるのは、セイアッドの生来の気質によるものに加え、その監禁が悪意があってものでないことも分かっていたからだった。
「・・・・おい!」
考え事に耽っていたセイアッドの思考の中に、高めの怒鳴り声が割り込んできた。
それに、セイアッドは長々と現実逃避のために行っていた思考の中から出て来る。そこには、白と赤で彩られた鎧に身を包んだ存在が立っていた。
体躯自体が小柄なのだが、そこから溢れ出る威圧感と呼べるべき雰囲気にセイアッドは圧倒されてしまう。被った兜の横側から突き出た角のような装飾が威圧感を増しているのかもしれない。
「てめえ、いい加減返事か何かしたらどうだ?」
苛立っているのか、今にも剣を抜きそうな鎧の存在にセイアッドは、気を取り直した。というよりも、セイアッドもなんとか落ち着きを取り戻したかったのだ。
「・・・・そうですね、久方ぶり。いえ、我が家に初めてやって来たお客様なのですから。」
そういって、セイアッドは、たおやかに微笑み、部屋の奥へと客人を招き入れた。
セイアッドとしても、自分の夫になる存在というものがどんな人物か知りたいと思っていたのだ。
「・・・・で、お前がセイアッド姫であっているのか?」
「はい。確かに私はセイアッドと申します。」
石造りの部屋の中、二人は窓際に置かれた小さなテーブルと椅子、そこに座り彼らは木造りのカップを煽っていた。
椅子に座った小柄な体躯を持つ人物、モードレッドは兜越しに目の前の女を見つめる。
セイアッドと名乗った女は、椅子に優雅に腰かけ、どんな国の姫も恐縮してしまいそうなほど麗しく微笑んだ。服装自体がごくごく質素なもので、大きさもあっていないのか、だぶついているというのに、それさえも気にならない。その美貌の前には、服装などあまり意味をなさない。その見事な銀の髪も三つ編みにしてそっけなく一つにまとめ、右肩から前に流している。
普通の女よりもはるかに上背があったが、そんなことマイナスになることなんてない。
モードレッドはそんな彼女を見つめながら、石造りの部屋を見回した。
石造りの部屋は、高い塔の最上部で、モードレッドも長い階段を延々と登って辿り着いた。
といっても、今回モードレッドがセイアッドの元を訪れたのは、とある話を聞きつけての事だった。
モードレッドは現在、彼女の母であるモルガンに時ではないとアーサー王の元へ行くことを禁じられている。そんな彼女は、時間を持て余し、あんな話に興味を引かれてしまったのだと感じている。
とある国の端の端、そこには一つの塔が立っている。その塔には、一人の絶世の美貌を持つ、姫が監禁されている。その国の王の娘であるはずの彼女が何故、塔に監禁されているのか、それはセイアッドが生まれる時までさかのぼる。
彼女が生まれる当初、国付の魔術師が一つの予言をなしたのだという。
もしも、生まれて来る存在が女であるなら、その子は婚姻相手に栄光をもたらす。けれど、もしも男であるならばそれはこの大陸に破滅をもたらすだろう。
なんとも大きなことを言われはしたが、魔術師自体も実力は知られたもので、国中で生まれて来ることを待った。
そして、幸運なことに生まれてきたのは、王妃によく似たそれはそれは美しい女児であったそうだ。ともかくは予言としても良い方向に進んだとほっとしていたが、成長していくにつれ問題が起こった。
その美貌ともたらされた予言によって、婚姻の話が多数から寄せられたのだ。
国同士の力関係を考えると、どうしても選ぶには選べない状況であったらしい。そして、そんなある日、王は国の端に高い塔を建て、婚姻の申し出をしてきた国々にこう言ったらしい。
姫を望むものたちは多くおり、どこを選んでも争いになる。けれど、決めないわけにはいかない。そんなとき、国付の魔術師が、姫を塔に閉じ込めてしまった。もしも、塔に登ることが出来るのなら、姫を連れ出してほしいのだと。
それに、多くのものが塔に挑んだが、誰一人として最上階にたどり着くことは出来ないままであるらしい。
モードレッドが塔に行こうと思ったのは、円卓の騎士の人間もセイアッドに会おうとしたらしいのだが見事に失敗したらしい。そんな話に対抗心を燃やし、塔にやってきたわけだが。彼女が思っている以上に、塔を登り、セイアッドに会うことは簡単だった。
出迎えた女は、驚いた顔をしていたものの、あっさりと部屋の中にモードレッドを招き入れることとなった。
といっても、会ったところで何か目的があるわけでもないのだが。モードレッドがそんなことを考えていると、セイアッドがこれまたのんびりとした声音が割って入る。
「・・・・ところで、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ?」
「ですから、お名前を。それぐらいはよろしいでしょう?」
モードレッドは少し悩んだ後に、それでも誇らしさを隠すことも無く名乗った。
「・・・・モードレッド、だ。」
「もーど、れっど様?美しい名前ですね。」
その言葉にどうしようもない誇らしさに包まれる。そうありたいと、願っていた父の子としての名。
いつか、それを名乗るのだと。己こそ、アーサー王の嫡子なのだと。
そう思っていると、セイアッドは安心したように微笑んだ。
「ああ、にしてもよかった。お名前を知ることが出来て。未来の夫君の名を知らないというのは不便な事ですし。」
「は?」
唐突なセイアッドの言葉に、モードレッドは目を見開いた。それに、彼女は不思議そうな顔をした。どうしたんですか、というように。
それにモードレッドは叫んだ。
「てめえこそ何言ってんだ!?夫って何の話だよ!?」
「知らないんですか?この塔は私の婚姻相手に相応しいものしか登ることが出来ないんです。ですので、私はあなたと結婚するしかないのですが。」
そう言われてみれば、そんなことを聞いた覚えもある。けれど、そんなことを受け入れられるはずもない。何か、拒絶の言葉を発しようとするモードレッドに、セイアッドは、何とも気の抜ける様なまったりとした微笑みを向ける。
「ところで、そのモードレッド様、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
これまた、気の抜ける様なのんびりとした声に、モードレッドは出鼻をくじかれるような心地になる。それに、どこか上手を取られているような心地になり、モードレッドはそれを怒鳴りつける。
「何だよ!?大体婚姻なんて俺は受けねえからな!?」
「はい、婚姻については嫌ならばいやでいいんです。」
「え、あ、は?い、いいのか?」
「はい、そういったことを無理強いしてもしょうがないので、お嫌ならば、お嫌でいいのです。私としては、あなたのような方との婚姻ならばうれしい限りなのですが。」
そう言って、おっとりと微笑むセイアッドに、モードレッドも怒りを鎮める。なんというのだろうか、彼女のようなおっとりとした人間はモードレッドの周りにはいなかった存在だ。そのせいか、どうも空回りしている感覚が、彼女自身もないわけではなかった。
それに加えて、己の母にも劣らぬ、いや秀でている美貌の存在に婚姻相手として望まれるというのは、彼女としても嬉しくないわけではないのだ。
モードレッドは咳払いをした後に、改めてセイアッドに話しかける。
「・・・・それで、俺に聞きたいことっつうのは?」
「はい、私は物心ついてからこの塔にいるため、どうしても世間知らずな面があるんです。そのため、頓珍漢なことを言うと思いますが、お許しください。」
「別にかまわねえよ。そんで、聞きたいことっていうのは?」
「はい、それなのですが。女性でも、騎士にはなれるものなのでしょうか?」
「は?」
モードレッドの周りの空気が凍り付いた。けれど、セイアッドは相変わらずのんびりとした空気を出し続けている。
モードレッドは、それに、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「・・・・・・どういう意味だ?」
それにセイアッドは心の底から申し訳なさそうな顔をした
「・・・・・申し訳ございません。モードレッド様は騎士の方だとおもっていたのですが。私の勘違いでしょうか?」
「どこで、それを知った?」
ゆっくりと、区切る様にモードレッドは言葉を紡ぐ。
モードレッドが女であるという事実は、モルガンぐらいしか知ることのない事実だ。モードレッド自身も、兜をかぶり続けているため、彼女の素顔を知られることも無いはずだ。だというのに、何故、彼女はモードレッドが女であると気づいたのか?
(・・・・この部屋自体に、何か仕掛けがあるのか?ちっ!油断した!)
臨戦態勢に入ろうとするモードレッドを、セイアッドはこれまたのんびりと答えた。殺気が漏れ出るモードレッドに、セイアッドは己の頬に手を当て、首を傾げた。
「それは簡単ですよ。男の私の婚姻相手ですから。あなたが女だというのは簡単な事でしょう?」
そう、セイアッドの住まう塔には、入るためには幾つか条件がある。それは、複数あるが、一番に着目すべきはセイアッドの結婚相手に相応しい人間であること。つまりは、女であることが絶対的な条件になっている。
「は?」
モードレッドは、兜の内で目を点にする。そして、固まった顔を動かし、ゆっくりと前の前に座っている存在を見た。
どう見ても女である。
それこそ、仕草も、雰囲気も、容姿も、どれを取っても高貴な姫君だ。服装も、ゆったりしたものの為、体の線は見えないが、どこからどう見ても奮い立つような美女だ。確かに、言われてみれば身長が高いかもしれないが。
「はあああああああああああ!?」
モードレッドはまた絶叫を上げる。それに、セイアッドはのんびりとまた笑う。
そんなことを気にすることも無く、モードレッドは目の前の女、いや、自己申告通りなら男なのだろうが。
男に掴みかかる様に距離を近づけた。
「お、男!?お前が!?お前みたいなのが、男!?は、母上よりも女っぽいのに!?」
「ええ、よろしければ、上半身だけご覧になりますか?」
「は、け、結構だ!」
動揺のあまり言わなくていいことまで言っているのはご愛敬なのかもしれないが。
するりと、己の服を脱ごうとする彼女を慌ててモードレッドは止める。
そんなことを気にすることも無く、セイアッドはモードレッドに話しかける。
「それで、お聞きしたいのですが。女性でも騎士になれるのでしょうか?」
セイアッドの言葉に、モードレッドは現実に引き戻される。そして、悪意のないセイアッドの言葉に、少し考える様な仕草をした後に、静かに答えた。
「俺は、少なくとも騎士として遜色ない程度に強いからな。おかしいか?」
女は、騎士にはなれない。それゆえに、モードレッドの父であるアーサー王も女であることを隠しているのだ。
自分よりも弱いというのに、男というだけで認められる存在がいるというだけで、彼女の中に苛立ちが生まれる。それに、セイアッドはあっさりと答えた。
「いいえ。少なくとも、モードレッド様は、騎士として遜色ないほどにお強いのでしょう?なら、おかしいことなどないと考えます。私のように、男でも姫をしているものもいるのです。女でも、騎士をしている方がいても不思議などないでしょう?」
そう言って、彼は微笑む。女よりも、麗しく、たおやかに、彼は微笑む。
モードレッドは、それに、そうか、とだけ答えた。
初めてもらった、他人からのその肯定は、モードレッドに己が考えている以上に頭の奥に染みわたっていった。
「・・・・おい!来たぞ!」
ずかずかと部屋の中に入って来たモードレッドの声に、セイアッドはいそいそと立ち上がった
そして、出入り口に立っていたモードレッドのマントを受け取り、彼女に微笑んだ。
「はい、良く来てくださいましたね、モードレッド。汗を流すためにお湯を沸かしましょうか。それとも、お食事がよろしいでしょうか?」
「腹減ったから飯!」
「はい、分かりました。すぐにご用意しますね。」
そう言って部屋に招き入れる。部屋の中には、良い匂いが香っている。モードレッドは、兜を脱ぎ、気楽な格好を取った。それを横目に、セイアッドは台所へ向かった。
(・・・・・にしても、モードレッド、かあ。)
その名前は、アニメだったか、ゲームだったかで一度は聞いたことがある。あの有名なアーサー王の息子の名前、であるはずなのだが。
モードレッドは女である。
それこそ、美少女と評していいほどの可愛らしさである。彼女曰く、彼女の父上は、どうもアーサー王であるらしいため、自分が転生したのはアーサー王伝説の中、ということになる。
といっても、彼もさほどアーサー王伝説に詳しくないため、名前を知っている程度だ。何かを知っているわけではないのだ。
セイアッドはそんなことを考えながら、狭い塔のなかで数少ない趣味になっている料理を器に盛っていく。
セイアッドの生きる今は、お世辞にも良い食材や器具が手に入るわけではない。そのため、出来る料理にも限りはあるのだが。それでも、現代からの知識を使い、試行錯誤を繰り返した末、彼からすればまあまあの出来の料理を作りだすことが出来るようになっていた。
まあ、それもセイアッドの地位が一応は姫であるため食材を自由に使ってよかったためでもあるのだが。
セイアッドが机に料理を並べていく。モードレッドは、その料理に目をキラキラとさせながら、食事に手を付ける。
この時代、セイアッドにとってはまあまあでも、モードレッドからすれば料理は絶品と言えた。
「・・・・・そういやあ、よ。お前が渡してきた薬、遠征先で役にたったぜ?」
「ああ、それはよかったです。」
「魔術の勉強は進んでるのか?」
「うーん、ローマは1日にして成らずでしょうかね。やはり、師がおらずというのはなかなかにきつくて。」
「ああ、この塔を作ったっていう魔術師が残したやつか?」
元を正せば、なぜ男であるセイアッドが女として扱われているかは、その魔術師にある。男として生まれれば、他の国からどのような扱いを受けるかは想像に難くない、けれど国王は美しい妻の面影を強く残した息子を殺せなかった。そのため、彼はセイアッドを娘として公表した。
けれど、婚姻話が出てくれば姫として扱い続けることは出来なかった。それを何とかしようとしたのが国付の魔術師だった。
彼は国王の願いを叶えるため、セイアッドが一生他と関わることがないようなことになっても、彼が生き残るために塔に閉じこめた。そして、短い余生でセイアッドに魔術の手ほどきをし、死んだ。
セイアッドとして生まれてほとんどを塔の中で過ごしている彼は、別段現状に不満はなかった。前世でなかった魔術の勉強というのは最高の暇つぶしであったし、彼の生来の気質ののんびりさは静かに過ぎていく塔での生活にあっていた。
何よりも、初めて、友人が出来たことも大きかったのだろう。
食事が終わると、モードレッドは円卓の騎士になってから、セイアッドの元を訪れるたびにしている習慣を始める。
「それでよ、今回、父上がな!」
「はい、ぜひともお聞かせください。」
セイアッドは、モードレッドのけして話はうまくなくとも嬉々として語られる、彼らの英雄譚が好きだった。娯楽が少ない現状だ。モードレッドの語る話は、セイアッドの数少ない楽しみの一つになっていた。
長々と、延々と語られる話を、セイアッドはにこにこと嬉しそうに聞き入った。
「て、感じだったんだ。」
「そうですか。アーサー王もすごいですが、モードレッドもさすがの活躍でしたね。」
「当たり前だ、俺はアーサー王の息子だからな。」
えっへんと胸を張りながら、モードレッドは素直な感想に照れくさくなっていた。
あの日、初めて会った日から、何ともなしに通ってしまっている塔には、一人の美しい男がいた。
不思議な奴だと、モードレッドはしみじみと思っている。
彼は、モードレッドがいくら怒ろうが、苛立とうが、怯えることもなければ拒絶することも無かった。
彼は、いつだってにこにこと笑いながら、モードレッドを受け入れた。
その武勇と勇ましさを湛え、かといって男扱いをするわけでもなく、その黄金の髪を櫛で梳きながらその美しさを褒め称えた。
母のような立ち振る舞いをしながら、まるで父のようにモードレッドの英雄譚を聞き入った。
彼の側は心地が良かった。
彼は、どこまでもモードレッドを肯定した。
「・・・・今度、な。父上に、本当のことを言う気なんだ。」
モードレッドは、ずっと悩んでいたことを口にした。
「ご子息だと、名乗り出る気でしょうか?」
「ああ、でも、勘違いすんなよ。名乗り出る気だけで、後継者になりたいとか言う気はないんだからな?」
「ああ、私の言葉を覚えておいてくれたのですか?」
「まあ、な。」
セイアッドは、モードレッドの王になりたい、父に認められたいという言葉に、こう問い返した。
どんな王になりたいですか、と。
それは、別段特殊な問いではない。王になりたいというそれに対しては、ごくごく真っ当なものだったろう。
けれど、それにモードレッドは言葉を詰まらせてしまった。
王になりたいと願っていた。けれど、どんな王になりたいか、考えていなかった。
父に認められる、それは確固たるもので、案外ぼんやりとした願いであった。
「・・・・愚王だなんて、名を残したくはないからな。」
父を超える様な王になりたいならば、武の腕だけでなく政の手腕も、志ももっておかなくてはいけないというセイアッドの言葉に最初は反発した。
けれど、その一言でセイアッドを拒絶しない程度には、モードレッドにとって彼は手放しがたい存在だった。
血縁ではない、他人。けれど、もしかすれば、誰よりもモードレッドに近しいものが、セイアッドだった。短いようで、長いような時間を過ごした彼はモードレッドにとって、言葉にできない存在だった。
どんな時も、モードレッドを、セイアッドは否定しなかった。
拙い魔術を使い、モードレッドの手助けをし続けていた。
だからこそ、モードレッドはセイアッドの言葉に耳を傾けていた。
だからこそ、モードレッドはその言葉を受け入れ、己がどんな王になりたいか、じっくりと考えることにした。
進む先が無ければ、迷子になってしまうだろうから。
そして、モードレッドは、父に認められるという夢以外に、一つの夢を持つようになっていた。
「なあ、セイアッド。」
「はい、何でしょうか?」
「・・・・・もしも、俺が父上に認められたなら、さ。」
「はい。」
「この塔から出て、俺たちの国に来ないか?」
「え?」
「俺たちの国は大きい。お前がいようとも、何言われてもビクともしないって!父上も、それに他の奴らも受け入れるって!」
その言葉に、セイアッドは少し考える様な仕草をした後に、静かに頷いた。
「・・・・そうですね。それは、ぜひともお願いしたいことです。」
にっこり、月光のような静かで、穏やかな、美しい笑み。それに、モードレッドは、その笑みと正反対の、快活で、輝くような、笑みを浮かべた。
彼に、見せたいと思っていた。
モードレッドの焦がれる、美しい国、美しい王、美しい在り方。
それに、セイアッドは、こんな風に微笑むのだろう。微笑んで、きっと、モードレッドの焦がれる美しいものたちを讃えるのだろう。
その光景は、きっと、美しいはずだ。
セイアッドは、己の死ぬ瞬間を、ぼんやりと受け入れた。
モードレッドしか訪れぬはずの塔の中。
その日、何故か、美しい女が訪れた。女は、モルガンと名乗った。
それに、何を言われたか、覚えてはいない。
ただ、セイアッドは、その美しい女に殺された。
死ぬことを、特段に拒絶しなかった。だって、二度目の生なんて本当に奇跡のようなものだったはずだ。
不幸ではなかった。愛されていたのだ。そうならば、自分の生は、けして悲劇ではなかったはずだから。
(・・・・・・モードレッド。)
そうだ、たった一人、それでも、誰よりも愛おしい人。
勇ましくて苛烈で、それでも愛らしくて明るい。
父に、彼女にとって最高に美しい人間に憧れる、英雄。
自分は、そんな彼女の手助けを出来ただろうか。助けに、なることが出来ただろうか。
もしも、そうであるならば、何を嘆く必要なんてあるだろう。鳥籠の中で、閉じられた世界。無意味に終わるかもしれなかったそこで、それでも得たものはあったのだから。
だから、不幸だなんて喚く必要なんてない。
(でも、心残りが一つ、だけ。)
叶うなら、一度だけ、一度だけでよかったから。
モードレッドの愛した国と、王を、一目だけでも見てみたかった。
「嫌いなもの?」
未来を取り戻すため、世界で一つだけ動き続けるカルデア。
モードレッドは、そこで己のマスターとなった少女に、質問を聞き返した。
そして、苛立ったように吐き捨てた。
「父上と、あの女だ!」
「あの女?」
思わず聞き返したマスターである藤丸立香に、モードレッドは叫ぶように、けれど押し殺す様に言った。
「・・・・俺を、産んだ女だよ。」
ありったけの侮蔑と憎悪の含まれたそこには、立ち入るなという警告が混ざっていた。そして、それに立香が、こう言った。
「な、ならさ、好きなものは?」
「好きなものぉ?」
モードレッドは、それに考え込む様な顔をした後に、幾つか上げる。けれど、すぐに何かに気づいたような表情をした。
そして、悲しむ様な、慈しむ様な表情で、彼女にしては珍しい囁くような小さな声で言った。
「・・・・窓辺でのお茶会。」
「え?」
モードレッドは歌うように、また続けた。
「控えめな低い声、静かな笑い声、満月色の瞳、細くて長い指、旨い飯、星屑を束ねたような髪。」
そして、また、紡ぐように囁いた。
「月光みたいな、微笑み。」
そう言って、モードレッドは微笑んだ。
彼女の言葉のような、静かな、穏やかな、月光のような美しい笑み。
「そんなものが、好きだった。」
宝物を差し出す様に、モードレッドはそう言った。