いつかに英雄の隣にいた誰か   作:幽 

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天草四郎と人でなしの話になります。
この話はこれだけになります。


天使になった鬼は聖者へ笑った
宿痾を否定した人でなし


 

 

きっと、生まれてこない方が、よかったのだと思う。

他にとって、己とは存在するだけで厭うべきものであったのだろう。

疎まれ、嫌われ、忌々しがられ、彼女の人生とは、流浪の果てにあった。

それでも、なお、彼女は己の生を後悔したことはなかった。

 

 

 

幼い、けれど、もうすぐ大人として扱われてもおかしくない程度の少女がいた。

田んぼが広がるなかにあるあぜ道をとことこと進んでいく。

それだけならば、どこにでもいるごく普通の幼子であっただろう。少女が人目を引いたのは、その容姿と、そうしてその様相のためであった。

まず、目につくのは、その腰まで伸びた長く、そうして金とも銀とも見まごうような髪の毛だった。それは乱雑に束ねられ、ほっかむりの中に押し込められていてもなお、光を溢す様にキラキラと光っていた。

少女は、泥や埃に塗れていたが、それをとっても白磁のような肌を持ったその身は、人形が如く美しかった。

被り物のために顔に差した影の中から覗くその瞳は、例えるならば花のように、宝石のように、いっそのこと、血のように赤く染まっていた。

それと同時に、目を引いたのは、少女の背にある大人一人分ほどもある荷のせいだ。けれど、彼女は潰れることも無く、淡々と道を進んでいく。

そうして、彼女は、一つの屋敷に入っていく。少女は、その裏手に回り、丁度台所へと上がった。

 

「・・・・運んできました。」

「ああ、ご苦労さん。」

 

それに対応した彼女に取って上に当たる老いた女は素っ気なくそう言い捨てた。それを彼女は気にしない。

女の態度は素っ気ないが、それでも理不尽なことをされたことはない。それだけで少女にとっては十分なのだ。

 

「四郎さまを呼んできて頂戴。」

「はい、分かりました。」

 

淡々とした素っ気ない会話のやり取りの後に彼女はその場を後にした。

 

 

(・・・・たぶん、あの場所だろう。)

 

少女は早々と当たりを付けると迷いのない足取りである場所に向かう。その間、彼女とすれ違う人間たちは、嫌なものを見るものとまるで拝む様な仕草をするものの二つに分かれる。けれど、彼女はそんなことを気にしない。微塵も興味を持たない。

着いた先は、とある浜辺だ。

ざーざーと波の音と、遠くで鳥の鳴き声がする。そうして、浜辺には幾人かの幼子と、それと戯れる少年が一人。

少女は、自分の頭を包んでいたほっかむりと取る。そうすれば、ばさりと輝くような星屑のような髪が潮の満ちた風にそよぐ。

それがまるで合図の様に少女の存在に少年は気づいた。それと同時に青い空に、真白の鳥が舞い上がった。

 

「白!」

 

黒い、少女とは真反対の髪をした少年が彼女に向けて手を振った。

青い空と、青い海を背景に真っ黒な長い髪をはためかせて少年は笑う。

少女は、ハクとその名の通り名付けられた彼女は目を細めた。

 

 

 

「・・・・また、つまらん手品か。」

 

台詞の通りつまらなそうな声だった。それに少年、天草四郎時貞は困ったような顔をする。

 

「あの子たちが死んでしまったと泣くものでね。」

「・・・・例えそうでも、鳥が死んだことには変わらんだろう。お前は何かが死んだと童どもが嘆くたびにそうやって手品で誤魔化すのか?」

 

厳しい言葉であった。四郎はそれに恥じ入る様に目を伏せた。白は、それを横目に見て、何かしら思うことをあったのかため息を吐く。

 

「まあ、それでも童どもが煩いよりもましだろう。辛いことの多い今だ。不用意な事で泣いて腹を空かせるよりはいいだろうさ。」

「・・・・ありがとう。」

「それよりも飯だ、飯。食事時は大分過ぎているんだ。」

「ああ、そうだね、すぐに帰ろう。父上にどやされる!」

 

その言葉と共に、四郎はくすくすと笑って白の前を駆けていく。白はそれを見つめながら、無言で後ろを振り返り海に視線を向けた。

晴れ渡った空の中、雲に紛れる様に飛んでいた白いそれがぽとりと落ちていく様が見えた。

 

 

 

 

 

白と呼ばれるその少女の記憶には両親といえる存在はない。

それもそのはず、少女は物心ついたころにはすでに人買いに連れられていたためだ。

 

子が生まれるには親が必要で、その親であるらしいものに自分が売られたことは早々と察せられた。

白は、自分が只人とは何となく違うことは分かっていた。けれど、それはその白銀の絹が如き髪や赤い瞳を持っていたからだというわけではない。

 

容姿だけではない、どこか、自分が他とは違うものであるのだと白は何となしに察していた。それは、家畜の中に獣が放り込まれている様な、そんな違和感。

 

けれど、そんなものを持っているからと言ってどうにかなるわけでもない。

白は所詮は人買いの売り物だ。離れる自由などない。

それでも、自分と同じ商品も、そうして人買い本人も又白が自分たちとは違う生きものであると本能か何かで察して彼女を疎んだ。

食料も、世話も必要最低限、いや以下かもしれない。けれど、白は死ぬことも無ければ、病気一つもしなかった。

 

だからといって、白は何も思わなかった。

 

恨むだとか、憎むだとか、怒るだとか、そんな思考に至れるほどに精神が成熟していなかったこともあるし、なによりも何故か心の底からどうでもよかったのだ。

自分が酷い生活をしているということは行く先々を見れば分かることであっても、不思議とそんなことはどうでもよかった。

獣の鳴き声をうるさわしく思ったとして、それを本当に気にするものはどれほどいるのか。白にとっては、所詮そんなものであった。

 

白は、いつごろ買われたのか覚えていないが、人買いの売り物の中で一番に売れ残りであった。

いくら美しい見目をしていたも、その奇怪な在り方、いや空気といえるものを前にすると誰もが彼女を買うことを避けた。それでもわざわざ金を出した商品を殺すわけにいかない。

本音を言えば殺したかったのだろう。けれど、誰もが彼女に手を出すことを嫌がった。

 

そんなことをすれば、どうなるか。

誰もが怖かったのだ。

彼女の化けの皮を剥がすことが。

いっそのこと、逃げ出してほしいとも思われていた。けれど、白は、当時名前のなかったそれはそんなことを考えたことも無かった。

最初から与えられたことがないのなら、そんな風にしか生きられなかったのだ。

少女はそのまま人買いの商品の世話をして過ごしていた。

 

誰とも交わらず、ただ、ただ、独りで。

 

誰とも、共に生きられもせずに。

 

 

そんなある日、人買いが死んだ。彼の部下も、そうして商品たちも、悉く死んだ。

その理由も簡素な話。

歩いていた道が土砂崩れにあったためだった。

それでも、少女は生き残ってしまった。

 

重たい土をなんなくかき分け、顔を出した先で自分だけが生き残っていた。もちろん、土をかき分け人買いや商品たちを掘り起こしはしたものの全て悉く死んでいた。

それを見て、ぼんやりと食おうかと考える。

けれど、彼女の知る限り、獣と違って人は食うものでないことを思い出し、その思考を取りやめた。

 

(・・・どうしようか。)

 

はてりと彼女は首を傾げた。なんといっても、誰にも命じられることなく行動すること自体がなかったのだ。

それ故に、白は歩くことにした。

人買いが生きていたころも、ただ歩いていた。もちろん、それは商品の買い手を探してのことだったのだが。

それでも、白はともかく休息以外は歩くことが当たり前だったのだ。ならば、と。

 

彼女は歩く。ただ、ただ、歩く。

 

彼女はただ、ただ、歩いた。

 

眠くなれば眠り、腹が減れば適当な獣を狩り、ただ歩いた。

そうして、森や山を抜けて辿り着いたのはとある村であった。

特別なところなどない、そんな村だ。

少女はそんな村の中を、淡々と歩く。

四方八方から何かが自分を見ていることに気づく。けれど、少女はそんなことを気にはしない。興味がないし、その視線の持ち主が彼女を傷つけることなどできはしないのだから。

田んぼの間のあぜ道を、淡々と歩く。

 

(・・・後ろ。)

 

おそらく警戒したらしい村人たちが自分を付けているのだろう。だからといって、何かをする気はなかった。

面倒だ。ひたすらに、それだけ。面倒なだけだった。

自分は何かをする意思もない。ならば、無視をすることにした。

淡々と、淡々と、歩く。

その時だ。

頭に衝撃が走る。

がん、という音共にその衝撃のままに少女は倒れ込む。

痛みはあっても思考ははっきりとしており、特別なことなどない。けれど、倒れた彼女に村人たちは警戒しながらも近寄って来た。

 

「おい、なんだこれ。」

「山から降りて来たのか?」

「バケモノじゃないのか?」

「始末した方が・・・・」

 

聞こえて来る声に、ああ、うるさわしいと少女は気だるい思考の中で考える。

そうして、唐突に自分が今日、何も食べていないことに気づいた。

 

(ちょうどいい、食うか。)

 

それぐらいのことはできる。

 

何よりも。

 

(嫌な目だ。)

 

幾度も、幾度も、向けられた目だ。馴染みに馴染んだ目だ。それ以外を知らぬ目だ。

その眼に込められた感情を、知らぬとも。

それでも、嫌なものだと理解できた。

煩わしい、面倒だ。

そんな眼をするぐらいならば、関わってこなければいいだろう。遠ざければいいだろう。

逃げればいいだろう。

 

(・・・・・・そうだ、こいつらに何をそんなに気を遣うことも無いはずだ。)

 

ああ、だって、少女のことを少なくとも村人たちは同胞だと思っていないのだから。

獣を食らうことに躊躇がないように。

共食いでないのなら、それでいいだろう。

バケモノが、人を食らう。ああ、それに何の間違いがあるものか。

起き上がろうとした、その時。

 

「みんな、そんなこと止めるんだ。」

 

柔らかな声音であった。

 

「四郎さまだ。」

「四郎さま・・・」

 

シロウ?

 

(誰だろうか?)

 

村の権力者だろうか。それにしては、先ほどの声はあまりにも若すぎる。

どうしたものかと倒れ込んだまま考えていると、視界に誰かの手が映る。

 

(・・・白い手。)

 

白くて、小さくて、傷だってあまりない。それは、恵まれた者の手だ。自分とは違う、恵まれた、満たされている者の手だ。

手を差し出しても反応のないことに、それは何を思ったのか少女の肩を持ち上げた。体を起こした視線の先には、一人の、きっと少女とそう変わらない歳の少年がいた。

彼女が知る限り、きっと一番に上等な衣服を身につけ、際立った雰囲気を纏い、そうして優し気な表情を浮かべていた。

そうして、その眼。

 

「君、名前は?」

 

戸惑ってしまったのだ、困惑したのだ、分からなかったのだ、固まってしまったのだ。

その眼は、その眼は、少女にとってどう表現すればいいのか分からなかったけれど、強いて、言うのならば、あんまりにも人間過ぎたのだ。

自分の姿は、お世辞にも良いものではない。

 

髪は土砂崩れのせいで泥だらけで、獣を狩った折の血まで飛び散って、水浴びもしていないのだから臭いもひどい。

そうして、人から恐れられる、悍ましい容姿。

 

そんなものを瞳に移しても、少年はまるで親しい隣人へ向ける様に何の戸惑いも無かった。

自分にただの一度も向けられたことのない、他者とのやり取りで知った、人に向ける目。

それを、少年は少女に向けた。

 

「・・・・大丈夫かい?」

「・・・・すいません、名は、ないです。」

 

再度、問いかけられたそれに少女は今までの積み重ねで起こった返事をした。

それに、少年は少しだけ動揺のようなものが浮かんだ。けれど、すぐに顔をほころばせて、少女に問いかけた。

 

「そうか。分かったよ。いく場所はあるかい?」

「・・・ない、です。」

 

少女の言葉に、少年はまたそうかいと頷いた。

そうして、何の気なしに、本当に当たり前のように少女の手を指し延ばしたのだ。

その意味が分からずに少女はその白く、柔らかな手を見つめた。

 

(・・・手を、差し出す。)

 

その行為の意味は、何だっただろうか。

何かを求められている?何かを差し出さなくてはいけない?いや、自分が知らないもっと別の意味が。

そこまで考えて、自分のがさがさとした汚い手に、温かくて柔らかな感触がした。

 

「行く場所がないのなら、家においで。」

 

そう言って、当たり前のように少年は少女の手を取り、そうして引き上げた。

同じ目線で少年は、少女に何の忌避感もなくただただ微笑んだ。

引かれるままに歩み出した、少女は自分がこれからどうなるのか全く分からなかった。

けれど、けれど、ただ、漠然とその獣は思ったのだ。

ああ、その手が、どれだけの奇跡であるのかを。

 

(・・・・あの眼。)

 

重い目だ。重くて、遠くて、知らない、目だ。

望んでいたかといえば、欲していたかといえば、全く違う。それは、あんまりにも獣のように、人として扱われなかった彼女には、身の程の知らずなものだったから。

ただ、一つだけ確かな事がある。

きっと、きっと、自分は忘れることはないだろう。あの笑みを、そうしてこの手を。忘れることなんてないのだと。

 

その日、バケモノは白と名付けられ、そうして偽りだらけの人として生きるようになった。

 

 

 

 

 

 

天使とはこんな容姿にをしているのだろうと天草四郎は彼女と出会った時からずっと思っていた。

きらきらと光る白銀の髪、澄んだ赤の瞳。雪のように白い肌。美しい面立ち。

遠い昔に見た、天使の様に美しい少女だった。

それは、泥に、血に、垢にまみれようとまったく濁ることのない美しさだった。

四郎は、隣りを歩く少女を見る。

 

「どうかしたか?」

「ううん、何でもないよ。」

「何かあるなら、すぐに言え。」

 

愛想のカケラだってない返事だ。それでも、もう数年の付き合いになる四郎にとってはもう慣れたものだ。

最初、四郎の父は彼女を家に置くことに頷いてはくれなかった。

けれど、頑なに譲ろうとしない四郎と、そうして白の働きぶりに渋々とはいえ頷いてくれた。

 

白は、よく働いた。それこそ、大人数人分の仕事をこなして見せた。それこそ、普通よりもずっと少ない食事量でもくるくるとよく動いた。

その仕事ぶりに、村人たちは物の怪だと化け物だと噂をしていたものの現状がそれを赦さなかった。

村は貧しかった。年貢の取り立ては厳しく、食事もままならない中そこまで働く白は重宝された。

 

(・・・いや、違うか。そこまで忌避されながら受けいれられている今が異常なのか。)

 

四郎は、ちらりと隣を歩く少女を見る。

雪のように、美しい人だと思う。

天草四郎は、人生で初めて容貌に見とれてしまった。

最初はなんとも薄汚いと、悪いが思ってしまった。

けれど、汚れをすすぎ落した彼女は、四郎の知る誰よりも美しい人だった。

そうして、彼女は、四郎の知る中で一等に、清らな人であった。

 

村の人間は、白を気味が悪いという。

 

どんなことを言われようと、どんなに無視しようと、まるで平然としている。

彼女が怒るところも、悲しむところも、苦しむところだって。

まるでそんなこと存在しない様に、彼女は淡々としている。自分を厭う村人たちのために汗水たらして働いている。

嫌ではないのかと問うても、異質なものを嫌うのは仕方がないと怒ることも無い。

それは無関心さであった。けれど、それは同時に無欲さであった。

彼女のそれは確かに無関心であった、けれど、同時に何も求めないという無欲さでもあった。

諦めているのかもしれない。

彼女の経験したことを聞くうえで、人に諦めを抱いているのかもしれない。

けれど、気づいたのだ。

 

彼女が、時折浮かべる、自分を見る時の瞳を。

 

まるで、雪の間から芽を出す花のような。そんな、凍える様な無欲さから顔を見せる、四郎への情。

 

きっと、見えていないのだと思っているのだろう、自分を遠目に見る時に浮かべた綻ぶような微かな笑み。

それが、なんだかひどく美しかったのだ。本当に、綺麗だった。

微かな、誰にだって無関心なようで、無欲なようで、けれど時折浮かぶ慈愛。

腹をすかせたものへ食事を与え、泣く子どもに差し出す手、病気のものを看病し、見返りを求めぬ彼女は遠い昔に絵で見た、天使の様だった。

何も求めず、けれど、何かを与え続ける真白の人。

人を憎んでいるのではないのだと思う、人を諦めているのではないと思う。

だって、本当にそうならば、関わらなければいい。言われたことだけをしていればいい。

けれど、彼女は与え続ける。けれど、彼女は時折美しいものを愛でる様に目を細める。

自分を見つけた、その瞬間、ふと綻ぶ笑みは確かに彼女が人を愛している証拠であるのだと思うのだ。

 

「白。」

 

名前を呼んだ。そうすると、彼女は気だるそうにゆっくりと返事をする。

 

「はい、なんでしょうか。」

「何か、足りないものはあったりする?」

「・・・・突然、どうしたんだ?」

 

不躾なそれ。

それだって、四郎が望んでのことだった。

天草四郎は、あんまりにも村の中では特別過ぎた。

奇跡の種である魔術使いであることもそれに拍車を加えた。貧しく、苦しい生活の中で、人々は四郎に救いを求めた。

 

苦しみの先に、縋りつける何かを求めて。

 

けれど、白は、彼女だけは四郎に救いを求めなかった。

四郎に掬われ、けれど、不思議と四郎への好意は察せられても祈りも、救いも求めることはなかった。

分かった。だって、その眼はあんまりにも普通であったから。ただ、眺めているだけの眼。

ただ、そこにあるだけの眼。

 

一度だけ、戯言の様に彼女に天使の様だと言ったことがあった。

 

彼女は不思議そうに、天使とは何かを問うてきたことがあった。

 

「・・・神の使いだよ。」

 

元より基礎知識のない白に説明するにはその程度の簡素さの方がよかった。

 

「天使・・・」

 

滅多に喋らない彼女は、その言葉を口の中で転がす様に呟いた。

感情を伺わせない彼女は人形のように美しかったが、そう呟く白は生けるもの特有の美しさがあった。

四郎の言葉通り、白は神のみ使いのように美しかった。

 

「・・・・可笑しな事いうなあ。」

 

少女は笑う、愛らしく、笑っていた

それを、彼は無欲さであり、無垢さであるとそう思っていた。

 

「いや、何でもないんだ。」

 

四郎は微笑む。

苦しくて、人が死んで、悲しいことばかりで。それでもなお、そんな風に積み重なった日々が愛おしかった。

 

 

 

(・・・・・地獄ってのは、こんなもんなのかね。)

 

混沌、その一言が似合う原城にて白は気だるそうに息を吐いた。

といっても、そんな言葉で済まされるような状況ではない。兵糧攻めに遭い、今は総攻撃を受けている現状はまさに地獄に等しかった。飢えや病に倒れた者を足蹴にして逃げるもの、等々命尽き腐った人であったもの、殺せ殺せと幕府の人間を睨むもの。

 

(そろそろ、落ちるな、この城。)

 

白はそう当たりを付け、喧噪の中を歩き出した。

 

元より、無理な戦いであったのだ。

島原の民は、疲れ切っていた。払えるはずのない年貢、そのために行われる責め。それが爆発し、暴動に至るのは簡単であった。

天草四郎がその暴動の先頭に立ったのは、簡単に言えば分かりやすい救いの象徴であったからだろう。人の身に余る奇跡を行えるように見える青年を、民は求めたのだ。

 

天草四郎は、優しすぎたのだ。

 

人々は限界であるのも、武士たちの傲慢が過ぎたのも、全て理解していた。

そうして、農民と武士とではあまりにも資源の量といえるものが違い過ぎたのだ

四郎はそれを理解していたのだ。勝てたとしても、勝ち続けることは出来ず。権力の揺らぎを赦さぬ彼らが自分たちの要求を呑むとは思えなかった。

けれど、勝ってしまった。

それ程までに無辜の民たちの怒りは深く、武士たちの傲慢は過ぎたものであった。

 

白は、地獄のような原城の中をまるで散歩するような仕草で歩く。

そこら中に死体がある。先ほどの砲弾が直撃したのだろうなあと白は思う。

それに対して、彼女は特別な思い入れはない。

 

死体を踏んだ、骨が折れる様な音がした。けれど、彼女はそれに興味を持たない。

元より、彼女自体が酷い姿だ。

先ほどまで前線で暴れていたせいで、泥と血に汚れている。背中には、自分たちの憎いであろう存在の象徴である身の丈ほどもある刀が下げられている。

 

戦いが始まってすぐに白は参戦することを決めた。元より、人手は必要であった。食事をあまり必要とせず、尚且つ常識外の体力を持つ彼女は戦力としてうってつけだった。

出来がいいらしい刀を貰い、彼女は戦場に出た。

 

白は、自覚の通り人殺しの才があった。

彼女が刀を振るえば、簡単に人が死んだ。彼女の一振りで、簡単に地獄が出来あがる。

それを、彼女は何とも思っていなかった。

無辜の民たちの感嘆でも、熱狂も、恐怖にだって興味はなかった。

けれど、血に濡れた自分を見る天草四郎の瞳には奇妙な罪悪感があった。それにだけは、無視が出来なかった。

 

(・・・・それもようやく終わる。)

 

向かい側から走って来る血相を変えた彼に白は微かに、本当に微かな笑みを浮かべた。

 

 

「白!」

 

駆け寄って来た四郎に白は淡々と対応する。

 

「状況は!?」

「・・・・砲撃が開始されて前線は壊滅だ。海の方も船で狙い撃ちになってる。まあ、逃げるのは難しいな。」

 

それに四郎はぐっと目を閉じ、そうして見開いた。

 

「俺が出る。」

「出さんぞ。」

 

覚悟を決めた言葉に、白はばっさりと切り返した。

 

「お前は徳川の方に顔を出さずに逃げろ。」

「何を言ってるんだ!?」

「前線に出てた私と違って、お前さんは顔は割れていない。農民たちに売られる可能性もあるが。今のうちに海へ逃げろ。もう、この国には帰って来るな。」

「そんなこと出来るはずがないだろう!?こうなったのは私の・・・」

「違う、これはお前じゃなくて、この城に残っていた人間たちの決断の結果だ。」

 

それに四郎は、傷ついた顔をする。心底、己の罪を見つめた様な顔をする。

 

それに、白は何故だろうなあと思う。

元より無理な事だった

 

一つの国と、ただの農民たちの集まり。勝敗は決まり切ったものだった。

それでも、立ち上がってしまった、坂を転がるように何もかもが回り続ける。

死が辺りにはびこっていた。けれど、仕方がない。

窮鼠猫を噛むなんて、無理な事は分かっていた。弱者は強者に逆らってはならない。それは、少なくとも今の絶対的なルールであるはずなのに自分たちはそれを破った。

 

ならば、それ相応に帰って来るものがある。

この恐怖こそが、一人の少年に救いを押し付けた狂騒の罰なのだ。

 

白は城に溢れる恐怖にそんなことを呆れたように思った。そこで、四郎は叫んだ。

 

「それでも!」

 

彼らに、奇跡を信じさせたのは私だ!

 

叩きつけるような絶叫が、辺りに響いた。白は黙り込んでその言葉に耳を傾けた。

 

「私が、奇跡なんて信じさせなければ。勝つなんて、幻想を見せなければ。弱者が強者に勝てるなんて、夢を見せなければ。それでも、私は、勝ってしまった。」

 

ただ、戦う意思だけを見せるはずだった。ただ、弱者にだって叫ぶ声も、噛みつく牙もあるのだと知らしめれば、それだけで。

一人でも、立った一人で、生き残ればそれで。みんなが明日へ進めれば、それだけでよかったのに。

 

血反吐を吐くような、声だった。

 

「私の命で贖えるなら、喜んで身を捧げていい。罪は全て私にある。私が、始めたことなんだ。何一つだって、罪などないはずだ!」

 

無知は罪か?

 

知を求められる環境にないものが、間違いを犯すことの何がおかしいというのか。

それならば、始めた自分こそが、天草四郎が全ての責任を背負わなくてはいけないはずだ。

そうでないのなら、どうして、彼らはそう生きねばならなかったのか。

四郎は、手を祓う様な仕草をした。

 

「全てが、無辜の民だ。ただ、暮らしていたかっただけ。ただ、当たり前のように明日を過ごしたかっただけ。それだけだ。いったい、何の罪がある?」

 

遠くで、誰かの断末魔がする。遠くで、爆発音がする。

白は、それをぼんやりと、誰かが死んだのだろうなあと絵空事の様に思った。

 

苦しいのだろうなあ、とそう思った。

 

白はちゃんと理解している。目の前の青年には、別段高尚な使命だとか、役目だとか、そんなものは存在しないのだ。

 

ただ、彼は愛していただけなのだ。

 

ちっぽけな、泥にまみれた誰かの笑顔、クソガキたちの笑い声、くだらない話に耽る祝い事。

 

誰もが、特別な興味など持たずに去っていく。

そんな、下らない、石ころを彼は愛したのだ。

生きたかった。漠然とそう思った。自分のような存在が人として生き続けられるのは、この生温い少年の近くぐらいだと思っていた。だから、戦いに関わった。

それでも、ぼんやりと理解する。きっと、自分たちは負けるだろう。

見捨てれば、よかった。もう、白は人として溶け込みながら生きていく方法は学んでいた。

ならば、逃げればいい。そんな義理はない、そんな理由はない。

助けられた恩義はすっかり返したはずだ。

ああ、でも、どうして自分は。

 

「四郎。」

「・・・・私は。」

「それでも、私たちは選んでしまった。ここまで進んでしまった。だから、代償を渡さなくてはいけない。」

「赦されるはずがない!彼らは、ただ、私の起こした奇跡を信じただけだ!どうして私たちだけがここまで奪われなくてはいけない?蹂躙されなくてはいけない?弱さが罪と言うならば、どうして私たちは弱いまま生まれ落ちたというんだ?」

「四郎。」

 

白が、ただ優しかっただけの、たくさんの者を愛しただけの少年の名を呼んだ。

 

「・・・・お前は悪くないよ。」

 

それを、天草四郎は、馬鹿みたいに、初恋に溺れる少年の様に、血と泥にまみれた少女を、たった一瞬だけ浮かべた笑みに魅入られた様に見つめた。

その笑みは、本当に美しかったのだ。本当に、美しくて、まるで人でないような、天使の様な微笑みだった。

腹に衝撃が走る。ぐらりと、視線が揺れる。

体が崩れ落ちて、意識はどんどん薄れていく。

ああ、消えていく薄れていく視界の中に、天使を見る。

 

「安心しろ、何もかも私が背負っていく。幸福になるために足掻き続けた誰かは幸せになるべきだ。どうか、お前の守りたかったものを忘れないでくれ。」

 

祈りのような、声がした。うっすらと、上に向けた目に天使が映り込んだ。目から零れ落ちた涙は、無意味に床に落ちていった。

 

 

 

地獄が広がった。

誰かがぼんやりとそう思った。

全てが順調だった。城攻めは成功し、愚かな農民たちが一掃される。そのはずだった。

 

「・・・・おにだ。」

掠れた声がした。

 

「ああ、鬼が、いる。」

 

その言葉の通り、戦場には鬼がいた。

 

 

 

なんの重さも、思いも、祈りも、喜びも、悦楽も、退屈さも、罪も、悲しみも、その刀にはなかった。

大男ほどもある刀が、まるで木の棒のように振られる。それだけで、誰かが死ぬ。それだけで、何かが断たれる。

人であったはずのものが、ぐちゃぐちゃの肉片に変わってゆく。

 

先ほどまでの負けるはずがないという確信は、その、たった一匹の化け物によってあっさりと壊れていく。

 

「ああああああああああああああ!!!!!」

 

誰かが叫んだ、意味のないそれ。それによって、もう、全てがひっくり返る。

死ぬかもしれない、その恐怖が辺りを満たした。

 

 

(・・・・これぐらいでいいか?)

 

白は、ぼんやりとそんなことを考える。

まるで畑仕事をするような、わなを仕掛ける様な、幼子に微笑む様な、そんな簡素さで彼女は刀を振るう。

何と言っても、人を殺すことは彼女に取って特別な意味合いなどない。

殺す必要があるから殺している。

それだけで、下手な感慨などはない。

 

(・・・・だから、これからすることにもまた、特別な意味などない。)

 

十分な血を浴びた、十分な恐怖を浴びた、十分な、バケモノと言う罵倒を食らった。

忘れていたことを思い出す。忘れたふりをしていたことに目を向ける。自分の奥底でずっとげらげらと笑い続けていた、それを受け入れる。

 

「さあ、白を殺さなきゃ。」

 

そうして、そこに、本当の鬼が生まれ落ちた。

 

 

ああ、そうだ。

本当を言うならば、彼女は一人でその状況をひっくり返す方法が一つだけあった。一つだけ持っていた。

 

それをしなかったのは、戻れなくなるからだ。本当の意味で、白は死ぬからだ。

それだけは、望んでいなかった。

けれど、それでも。

 

本当にもう、だめになった時でさえ使う気のなかった、これ。

どうして、自分はこんな選択をするのだろうか?

どくりと、どくりと、心の臓が早鐘の様になっている。体が軋んで全て作り返られていく様だ。頭の中がかき乱されて、自分が自分ではない全く別物に置き換わっていくのを感じる。

それでも、特別白は気にしない。

 

口が、かっぱりと空いた。

そこから、まるで地獄のそこから響き渡る様な声が響いた。

誰もがそれに、恐怖した。あれは何だと、震えていた。

視線の先、声の主。

 

それは、白銀の髪を腰まで伸ばした、麗しい何か。

見るものによって、天女の様だと言っただろう、天使の様だと言っただろう、神の様だと言っただろう。

けれど、その美しさを覆い隠す様に、それの額からは二本の角が高々と生えていた。

 

口から漏れ出るは哄笑だ。

白は、白であった何かは、おかしくてたまらない。何がそこまで楽しいか分からなくても、なんだか楽しい。

ああ、地獄のようなのに。

 

血の水溜り、肉片の山、火薬の匂い、誰かの絶叫。

 

それなのに、今の今まで灰色の様に退屈だった世界が、まるで色づく様に楽しい。

 

それに、白は思う。

 

ああ、私は私じゃないんだ。私は私を放り捨ててしまってるんだ。

けれど、そんなことは不思議と気にならなかった。

ああ、だって、白は白足りえるための全てはちゃんと掴んだままなのだから。

少年の、美しい顔を思い出す。少年の、泣きたくなるような優しすぎるそれを忘れていない。

瞼を閉じれば、彼のことを思い出す。

 

言葉を交わしたことも、あまりない。ただ、拾い上げられた、野良犬と飼い主。

それだけの関係だった。それだけしかなかった。

本の時折、あぜ道を二人で歩く。その程度。

けれど、それだけが、一匹の鬼を人に留めていたのだ。

 

 

白と名を与えられたそれは、単的に言えば鬼の血を引いていた。

どんなものから至ったか、彼女にも知りはしない。もしかすれば、彼女は鬼でさえなかったのかもしれない。

ただ、自分の存在を会えて呼ぶならば、そんな存在であるのだろう。

彼女は、人を殺さなかった、彼女は人の様に振る舞えた。

 

鬼であるのに。

それは何故か、ただ単に、彼女に取って天草四郎以外がどうでもよかったからだ。

天草四郎、その存在さえいれば、あの瞬間を忘れなかった。その傍にさえいれば、白は白であることを忘れなかった。

その本能に身を任せれば、その願いが叶わぬことを知っていた。

 

ああ、そうだ。

何故、高々、その衝動だけで奪われなくてはいけない。

白の人生に現れた、生きるという指標、暗闇の中に現れた、唯一の星。

白の知った、己の在り方。白の知る、暗闇の中にある道しるべ。白の一つだけ、手にいれられたもの。

 

四郎、四郎、四郎。

 

お前だけが、私を何かとした。お前だけが、私を人として扱った。

そうだ、それは確かな、迷子の子どもに差し延ばされた手だった。

 

そああ、あの時、私に手を伸ばした、あの柔からな手。

それは、きっと価値のあるものだった。白と言う、人にどんなに優しく接しても、人ではない人でなしには過ぎたものだった。

初めて、何かとして扱われた。始めて、自分が何者であるかを示してくれた。

彼女は、自分が何かを定められなかった。誰も教えてはくれなかったから、何も差し示してはくれなかったから。

 

だからこそ、彼女は、初めて与えられた、人と言う定義に縋ったのだ。

それは恩だ。それは、確かな救済だ。

 

何者にだってなれない、迷子のそれに与えられた、何ものかであるというそれ。

だからこそ、白は天草四郎という優しすぎる少年のために生きた。彼の守りたいと思うもの、彼にとって美しいと思うもの。

 

彼を彼とたらしめる全てを、守ろうと思った。恩義を返す、それは確かに人と言うものの在り方だろうから。

人にはなれない、人を容易く殺すそれ。白は、自分が結局のところ人にはなれないことを理解している。

どんなに人のように振る舞っても、身の内で、目の前で笑う幼子を食べることにも、幸福そうに笑う誰かを殺すことに戸惑いを持たない。

 

それでも、彼女はその衝動をねじ伏せて、人でありつづけた。

たった一人、彼女が己の道しるべとした少年のために。

 

 

ああ、彼を殺したい。

 

けれど、それを彼女はあっさりと握りつぶす。その衝動に鼻で笑って放り投げる。

自分の本能に根差した、衝動。

憎いものを愛でてやろうという気まぐれ、愛しいものを殺して食べてやろうという愛。

 

ああ、だが、それが何だという?

 

ああ、何故、高々喚きたてるその声に従わねばならない。何も差し示してはくれなかった、それに。

だからこそ、彼女はねじ伏せ続けた、自分の在り方を捻じ曲げて、人として在り続けた。

 

笑う、笑う、彼女は笑う。

 

天女の様に清廉に、鬼の様に壮絶に。

彼女は笑って。

高らかに、戦場に吠えた。

 

「さあ!近きものはその眼に見よ!遠きものは耳にて聞け!我は、天草四郎時貞により封じられし鬼、白童子!ああ、愚かなる人の子よ!よくぞ、よくぞ、この平穏な国を悉く嬲り殺してくれた!ああ、褒めてやろう!讃えてやろう!悉く、この国を血と憎悪で染めたものだ!おかげで、我は今ここに蘇った、忌々しい封じは解けた!」

 

この鬼を、眠りから覚まさせたことに礼を言おう!ああ、腹が減った!退屈だ!さあ、さあ!私を楽しませてくれ!

 

 

人を殺す、人を殺す。人を殺す。

悉く、人を殺す。

 

頭を潰し、手足を切り落とし、腹を裁き、胸を突き。

 

絶叫が響く、恐れが広がる。まさしく、人を蹂躙する災厄がそこにいた。

恐怖に武器を持って反抗してくるものはいたが、白童子の足を止めるほどではない。

それでも、白童子がまったく傷を受けないわけではない。

 

腹に打ち込まれたそこからは血が噴き出し、突き立てられた刀は刺さったままだ。

それを気にしていないだけで、確実に傷を与えられていることに兵士たちが気づき始めている。そうして、白童子は確実に、大将へと近づいていた。

ああ、けれど、鬼はたった一人の老人によって打ち取られた。

 

戦場にて、怪物を倒した英雄に向けて、喝采が浴びせられる。災厄が倒れたことに熱狂が広がる。

老人は、目の前の怪物に目を向ける。確かに、それは強かった。けれど、それは、人を超えた領域にいたわけではない。

 

(・・・というよりも、わざと殺された?)

 

今まで蓄積されたものはあるだろう。けれど、あまりにもバケモノとしての行いからして弱すぎた。

ごとりと転がった首に視線を向けると、それは確かに目を見開き、叫んだ。

 

「おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!ああ、憎らしや人よ!また、我を殺すか!我が行いを阻むか!良いだろう、よいだろう!貴様らのような強欲な者たちならば、すぐにでもまたこの地を血に染めるだろう!ああ、ああ、楽しみにしていよう!」

 

その憎悪、その怒り、その憂い!貴様らが民を蹂躙すればするほどに我が糧は増していく。

 

「ああ、呪いよあれ!無辜成るものを殺した、貴様らよ!徳川の血よ!呪いあれ!」

 

そう言って事切れた鬼、白童子はたたりを恐れた幕府のものたちによって丁重に弔われ、それの残した言葉によって天草の人間たちの罪は軽くなった。

白童子の遺体はその後、丁寧に焼かれた。

 

(・・・・だが、あの鬼。)

 

白童子が焼かれるその折に同席した、鬼殺しのそれ、柳生但馬守宗矩はこのようなことを書き記している。

 

その鬼、眠れる姿は安らかであったと。

 

 

彼女の願いは生きることだった。

それは、生物と言うものが始めから持っている本能だ。それ故に、彼女は生きることを望んだ。

そうして、何者として生きていくかと望んだ。

 

(・・・・なら、私はどうして。ようやく、手に入れられた人であることを放り投げて、鬼に成り果てたんだろう。)

 

全てのことを終えて、白はぼんやりと切り離された体を見つめた。

人が、人でないものを恐れることも、畏れることも、知っている。

だから、散々に暴れてやった。化け物であることを見せつけて、呪いの言葉を吐いて誰か、適当なそれに殺される。

災厄と言う災厄として、誰かに見せつければ、反乱さえも白のせいになるだろう。

 

これでいい、それでいい。

 

白童子は、鬼として世界に語り継がれる。それこそが、この地で生きる誰かの守護になるだろう。

望んだ役目は終わった、それならば、後はもう死ぬだけだ。

それでも、鬼という頑丈な体は首を切り離されてもなお生を繋ぎ続けている。だからといって、何が出来るわけでもない。

そんな時、ふと、思ったのだ。

 

どうして、自分はあんなにも必死に手放さなかった人と言う在り方を捨てて、鬼になってまでこんな滅びゆく世界を守ったのだろうか。

自分を少しだって受け入れなかった、この地と人を。先も無い、あの場所を。

 

逃げればよかった。生き延びることを選べばよかった。

その少年が好きだった。漠然と、そう思った。けれど、自分は確かに己が何よりも大事だったはずだ。

自分の人間性を保つために、少年の真似をした。少年がするであろうことをなし続けた。

そうだ、けれど、自分は少年と己を天秤に乗せた時、軽やかにかたりと、何故か少年の方に傾いだ。

ぼんやりと、考える。死んでゆく中で、そんなことを考える。

 

(・・・・どうしてって。それは。)

 

そこまで考えれば、浮かんでくるのは、自分に、人でない獣に向けられた、笑み。柔らかな、白い、両手。

 

(・・・あれが、変わってしまうのは、嫌だった。)

 

あの笑みが曇り切り、憎悪と怒りに燃えるのは嫌だった。

あの白くて柔らかな手が、汚れていくのは嫌だった。

 

どうして?

 

己に、己で問いかけた。

 

(・・・・ああ、だって。きれい、だったから。)

 

綺麗だった。

ただ、ただ。

 

(き、れい、だった。)

 

少女にとって、全てが灰色の世界で、全てがのけ者でしかなかった世界で初めて色を認識した、優しい夜のような髪の、瞳の、少年。

青い空と、海を背に、ひらりと振った手が、さらさらと風に靡いた黒い髪。

 

美しかった。

 

その言葉の意味も、どうして、そんなに惹かれるかも、鬼である彼女にはピンとこない。それでも、なんだか、自分が決して不幸ではないことだけはわかった。

 

(・・・・そうかあ、最期に。こんなことを思えるなら、私は、幸せなんだろうなあ。)

 

何も与えられず、何も得られない生のはずだった。

無価値で、無意味で、無関係のはずだった。

それでも、確かに、自分は何かを得たのだろう。きっと、そうなのだ。

 

(しろう。)

 

変わらないでいてくれ。私を、あの日、手を差し出した時の様に。

 

人は醜くて、愚かで、悲しくて。いつだって、彼らは四郎を泣かせてばかりだ。けれど、そんな誰かを愛した彼だからこそ、自分はすくい上げられた。

 

人を、愛していてくれ。獣が人になるのだと、未来を輝かしいものだと信じたままの君でいて。

ただ、ただ、石ころたちを愛したままの、君であれ。

それを守るために、私が何かを成せただろう。だから、そうだ。これでいい。

 

(・・・・しろう。)

 

おねがいだ、私のことを引きずりながら歩いてくれ。

最期に、そう思った。忘れないでくれと、漠然と思った。それこそが、自分の歩き続けた生へのたった一つの褒美だった。

そうして、鬼はこと切れた、柔らかな笑みを浮かべたままのそれはひどく幸福そうだった。

 

 

 

 

(・・・・・聖女とは、どうして白銀の髪に、赤い瞳をしているんだろうか。)

 

天草四郎は、己がマスターとなった一人のホムンクルスを見る。

無垢な、その美しさをじっと見る。

 

(白。)

 

その身を表すままの名。己が名付けた、天使の名。

ぼんやりと、己がうちでその名を呼んだ。

天草四郎は、結局の話、死んでしまった。何故か、それは簡単な話。

鬼というそれを前にしても、天草四郎を赦すことは出来なかったのだ。彼は見せしめとして死んだ。

それでも、彼が思うよりもずっとましな、人の犠牲もなくその反乱は終わった。

けれど、けれど。

 

天草四郎は赦せなかった。

 

生き残った人がいた、赦された人がいた。

それでも、あの日、あの戦で犠牲になった誰かを思う。

天草の民を救うために、鬼に落ちた天使を思い出す。美しい、天使の名前を思い出す。

 

(・・・・白、白、白。)

 

愛していたのだ。確かに、少年の、馬鹿みたいな初恋がそこにあったのだと思う。

教えてほしい、これはハッピーエンドだなんていうのか?

 

神へ問おう。それは、何も悪くなかった誰かの死を積み上げた先で、生き残った誰かがいる。

 

それは、正しいのか。

 

これから、幾人の、天草の民が死ぬのか。いったい、天使は幾度、穢されるのか。

赦せないと、そう思った。

血の水溜り、肉片の山、地獄の中で見た、無辜成る誰かの犠牲を思う。

それでも、天草四郎は、人を愛してしまった。愛していた。どんな罪過を持つもので、それでも、人が好きだった、人々が好きだった。

白は、笑っていた。

 

忘れないでくれと、天草四郎の守りたかったものを忘れないでくれと、そう言った。

ああ、ならば。分かった、分かったよ。

 

天草四郎は、忘れない。

己の守りたかったもの、己の願い。

全ての人が、幸福であってほしいと、貪欲に願い続けよう。

天使が残した、一つだけの願い。

人を救うことが出来ないのなら、それならば人類を救おう。全てを、救済しよう。

美しい、天使の幻を見た。そう決めた時、白銀の髪が揺れるのを見た。

 

「・・・あなたのことが、好きでしたよ。」

 

それに、彼女は微笑んだ気がした。

そうして、少年はそっと、その柔からな初恋を潰して、殺した。

人類を救おう。君が、愛した人々を。私の愛した、人類を。

あの時、あなたが注ぎ続けた無垢なそれに天草四郎は恋をした。

いつか、人類が君の無垢さを受け入れられたのなら、あなたはきっと天使になれる。

それでも、そこまでの道は遠くて、永いものだから。

重みになるものは置いて行こう。この、恋も置いて行こう。

天草四郎は、恋をしていた。多くのために、犠牲になった一人の天使に恋をしていた。

もしも、の話。

いつか、人類が少数の犠牲を止める日。

 

あなたの死は、報われるのだろうかと。人に理解されなかったあなたは天使になるのだろうかと。





鬼の血を引いた少女。何もなかったがゆえに人にも鬼もなれなかった。が、人として扱われたがゆえに人として生きることを決めた。幾度も鬼としての衝動に襲われたが、天草四郎という存在の近くにいたいがためにそれをねじ伏せ続けた。
別に人を愛したことも無く、ただ、天草四郎の真似と彼が喜ぶ行動をしていただけ。
持っていた欲が天草四郎が変わらぬこと、ただそれだけな為ある意味無垢であることは無垢。最後のさいごに、天草四郎が天草四郎であるために、彼を生かすために、全ての憎悪と恐怖の対象を自分にするためだけに拒絶し続けた鬼に成り果てて死んだ。
彼女は幸せだった。死んでもいいと思えるほどの誰かに会えた。それを幸せと言わずして、何と呼ぼうかと彼女は笑う。愚かな人の未来を夢見た少年をずっと愛している。
その後、神社が立てられ観光スポットになっている。
天草の民からは白さんと呼ばれて親しまれている。江戸時代と言う近代側に現れた鬼という存在な為漫画やゲームでめちゃくちゃキャラクター化されており知名度は高い。
基本的に天草四郎とセットで題材にされている。
中には天草四郎との恋愛物があり座にて死んだ眼をしている。

天草四郎
生前は、博愛に近いものを持っていたが拾い上げた少女への初恋は確かに抱いていた。
人に絶望して、憎くて、それでも愛おしくて、初恋の彼女との約束を守りたくて、幼い初恋を潰してしまった。
たぶん、鬼との間に色々すれ違いがある。
一応、彼の中では恋は終わってる。
ただ、現世で白と自分が題材にされた作品は全てチェックしている。ルルハワで白と自分についての同人誌を出し、彼女に死んだ眼をされた。
どうして、聖女は、天使はいつだって白銀の髪をしているんだろうか。
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