いつかに英雄の隣にいた誰か   作:幽 

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教授の話です。
お久しぶりの投稿です。

感想いただけましたら嬉しいです。


モリアーティ教授の右腕
迷子の野良犬


 

人生とは無意味である。

それが、セバスチャン・モラン。本来ならば、セバスティアーナ・モランの知る限りの、人生の教訓であった。

 

 

鏡を見るたびに、しみじみと思う。

己の人生とは、なんであるのだろうかと。

 

セバスティアーナ、その名の通り、彼女は女であった。

鳶色の髪に葡萄色の瞳をしたそれは女の身でありながら男として育てられた。

それに、モランは笑う。

それもこれも、全ては一人の男の狂気の果てだ。一人の男の悲しみの果てだ。

たった一人の苦しみによって、彼女の歪な生は構成されている。

悪くない人生なのかもしれない。普通の女では許されないような、自由な人生を送っている。

一つだけ言うのならば、彼女の父がどこまでも狂っていたことを除けば。

軍でそこそこの地位を築いていた父親はどうも母を愛していたそうだ。それは、それは、病弱な母を愛していたそうだ。

そうして、当たり前のように、その女は子を宿し、そうして、命を終えた。

たった一人残った娘、そこまでならばよくある悲劇だ。転がっている程度の事実だ。

けれど、何をとち狂ったのか、父は娘を息子として育てた。

そこそこ続いた軍人の家系。それを父は諦められなかったらしい。跡取りとしての男を諦められなかったのだろう。

 

(・・・・まあ、私も悪かったのか。)

 

普通ならば、諦めてしかるべきだった。軍という集団行動の中で性の違いなど致命的だ。が、モランは諦めてしまうにはあまりにも、幸運でありすぎた。

モランというそれは、女としてあまりにも、才に恵まれていた。

華奢であれど上背のある体躯、頭脳、射撃の才。そうして、父に似た、鋭利な容貌は中性的な男として納得された。

男として産まれていれば、幾度も言われた言葉を覚えている。集団生活においても、それは父の家系が解決した。

寂れた魔術師の一族であったらしいそこで父は隠匿と幻影の魔術を持ってきた。モランはそれによって十分な教育を受けるまでに至った。徒人を騙すにはそれだけで十分だった。

その過程で、少女のあり方は徹底的に壊れてしまったけれど。

 

モランはそれでも自分が不幸であるなんて思ったことはなかった。

元より、モランは優秀で訓練だとか、勉学だとかについて行くこと自体は苦ではなかった。幼い頃、優秀な成績を残せば褒めてくれる父のことだって好きだった。だからこそ、不幸ではなかったのだとモランは思う。

優秀な子どもだったはずだ。力も強く、勉学だって出来たのだ。

モランは己の人生になんの疑問も持っていなかった。父の後を継いで軍人になる。自分が女であることの意味など理解もしていなかった、幼いときの話だ。

 

それが、自分の生きる世界と、自分の取り巻く事情があまりにもゆがんでいるのを理解したのは、モランの体にはっきりとした性差が出てき始めたときのこと。

自分の体に生じた変化、そうして、明らかに違う周りとの差異。

不安に感じたモランはそれを父に相談した。きっと、きっと、父ならば、その疑問に答えてくれるだろうと。

 

(・・・・それで殴るのだから、酷い話だ。)

 

モランはその日、昔のことを思い出しながらふらふらと町を歩いていた。

寄宿舎からの帰省であったが家にはいたくなかった。

これから自分はおそらく、父の決めた道を歩くことになるのだろう。

それがひどく憂鬱だった。

別段、軍人になることが嫌ではない。ただ、父親からの呪縛から逃れられないことが嫌だった。

モランはそっと己の胸を撫でた。幻覚を使い、そうして、念には念をとサラシの巻かれたそこは、変わることなく真っ平らだ。

自分はこれから、男として生きていくのだろう。が、そこには多くの困難がある。例えば、もっとも大きなものは結婚だろう。軍部において、政略結婚はできない。ならば、大きなコネクションを作ることも出来ない。例えば、モランがこれから子を望むとき、どうするのだろうか。

 

(あの人には、関係の無いことだろう。)

 

憎々しくそう思った。

モランは吐き捨てたかった。これから、男の世界で女として生きることのツケを払うのはモランで。なのに、モランには今の父親に逆らう術がない。

今更、女に戻れもせず、父親に縋るしかない自分がひどく憎かった。

 

「・・・い。」

「なまいき・・・」

 

モランはふと、路地裏の方から声がしてきたことに気づいた。そちらの方に目を向けると、なにやら人だかりが出来ていた。

そこには、自分よりも幾つか年上だろう存在たちが存在が屯っている。誰かをなぶっているらしい。

普段ならば無視の一つでもしていただろう。ただ、その日の彼女は苛立っていて、ただ、八つ当たりを望んでいた。

 

 

「覚えてろ!」

 

負け犬にふさわしい罵倒を吐き捨てて悪童達が逃げていった。それにモランは醒めた視線を送った。ズタボロの悪童達と違い、モランには埃一つない。

軽く手を払った後、モランは悪童達にリンチされていたらしい少年に手を差し出した。

 

「大丈夫か?」

「・・・・ああ、ありがとう。」

 

立ち上がった少年は暫く殴られてでもいたのだろう。頬は腫れ、服は泥だらけだ。

けれど、見目の良い少年だった。

特に見事なシルバーブロンドの髪など女でさえもうらやみそうだった。

 

「気をつけるといい。ああいうのはしつこい。今回のように助けられるかはわからない。」

 

モランはそれだけを言い捨てて、その場から立ち去った。いじめられていたらしい少年が無言でモランを見送った。

 

(暴れてもすっきりなんてしないのに。)

 

無駄なことであると理解してもそれでもどうしようもないことがあるのだ。

にしてもと、モランは先ほどの少年のことを思い出した。

気弱そうな少年だった。

青白く、整った顔立ちは舐められそうな空気があった。けれど、何故だろうか。

己を見ていた、あの、目。

ぽっかりと開いた空虚の穴をのぞき込んだような気分だった。気弱で、怯えているようなものだったのに。

何か、自分の中で、ぞわりと腹の底が冷えていくような気分になった。

けれど、モランはそれを振り払った。

どうせ、二度と会うことはないだろうと、そう思って。

 

 

 

けれど、再会とは案外早く訪れた。

それは、次の日のことだ。その日も、モランは父親に殴られたため、逃げるように家を出て近所を歩き回っていた。

 

(寮に早く帰りたい。)

 

寮でさえもモランには特別居場所があるわけではなかった。うわべだけの友人がいたとして、それにさえもモランは本音を言えるわけでも、口を噤んだ秘密を話せるわけではない。

けれど、少なくとも、あの場所はモランを無理矢理に屈服させる存在もいないのだ。

ならば、そちらの方がずっとましだ。

気分が悪い。

嫌な気分だ。

 

(かえりたく、ないな。)

 

ぼんやりと、暮れていく空を眺めていた。それでもまだ、寮生活に帰るまでは時間がある。

 

「かえりたくないなあ。」

 

掠れた声を吐き出した、その時だ。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

その声に思わず振り向くと、そこには静かな目をした、銀髪の少年が立っていた。

モランはすぐに、それが悪童達にいじめられていた少年であると気づいた。

急に現れた存在にモランは思わず黙り込んでいると、少年はああと頷いた。

 

「すみません、恩人の方に名乗ってもいませんでしたね。私は、ジェームズ・モリアーティといいます。」

「・・・別に恩に感じなくていい。どうせ、私の気まぐれだ。」

 

短くそう言えば、その少年は人好きのする笑みで困ったように首を傾げた。

 

「まあ、そう言わず。これでもお礼をしたいを思ってたんですよ!」

 

普段のモランならば、きっとそんなことを無視してさっさとその場を立ち去っただろう。けれど、モランはそうしなかった。

それは家に帰りたくないために時間を潰したかったというのもある。それと同時に、その少年がひどく話しやすかった。

初対面であるはずなのに、何故か、ついするすると言葉を吐き出してしまった。

モランは心のどこかで、その少年に嫌なものを感じていた。どこか、毒を持つ蛇を前にしたような感覚だった。

 

触れるべきではないような、近づくことさえも忌むべきであるような。

 

「へえ、お父様が厳しいのですね。」

「・・・ああ。」

 

モランは止めていた思考の中で、その少年の言葉に意識を浮かび上がらせた。

いつの間にか、誰にも話せなかった父親の話までしてしまった。それをモランは危ういと思った。

何を、話すのだと、彼女は軽く首を振った。

 

「すまない、話し込んでしまった。そろそろ、君も帰りなさい。」

 

家に帰らねばと憂鬱な気持ちを抱えて、彼女はモリアーティに帰宅を促した。それに少年はそうですねと淡く微笑み、そうして、にっこりと微笑んだ。

 

「モランさんは、何か、願いはないですか?」

「願い?」

 

何を言い出すのかと思った。あまりにも、唐突すぎる言葉だったものだから。だから、思わず立ち止まって少年を見た。

銅色に輝く、彼の髪が、きらきらとしていた。

 

「はい、さっきも言いましたよね。恩返しをしたいんです。」

 

何を言うのだろうと思った。何を、いったい、そんな戯言を言うのだろうかと。

けれど、その時、無視をしなかったのは。その時、誰も言わないだろう、戯れ言を吐き出してしまったのは。

 

「・・・・父と、永遠に、縁が切れればいいのにと思うことはある。」

「そうですか。」

 

その少年はどこまでも、自分に興味が無いように思えたからだろうか。

 

 

 

父がいなくなったと、知らせが届いたのは、モランが寮に帰ってからすぐのことだった。

家が荒らされたような痕があったと連絡が入り、慌てて家に帰った。

行方はわからず、モランは手持ち無沙汰なまま家で待機をすることとなった。

 

(・・・あれでも階級の高い軍人だぞ?そう簡単に攫われる事なんて。)

 

その時、家のチャイムが鳴った。警察が再度話を聞きに来たのかと、モランが扉を開けた。

 

「やあ、お久しぶりですね!」

 

にっこりと笑った少年にモランは困惑しながら家に上げた。

 

「大したもてなしも出来ないが。」

「いいえ、すぐにお暇しますよ。ただ、用があっただけなので。」

「用?」

「はい、こちらを。」

 

そういって、モリアーティは懐中時計を差し出してきた。それは、モランの父のものだった。

目を見開き、そうして、渡されたそれにモリアーティを見た。彼は、にっこりと微笑んでいた。

 

「言ってましたよね。縁が切れたらいいのにって。」

 

何かが、確実に、壊れる音がした。

 

 

モリアーティはそのまま嬉々として、どうやってモランの父を呼び出し、そうして始末をつけたのかと語った。

証拠はなく、その時計さえも、ただの形見でしかないのだと。

モランは茫然とした。

なぜ、こんなことになったのだろうか。

父が死んだ。たった一人の家族、身内である存在が死んだのだ。

 

「な、ぜ、だ。」

 

絞り出すような声で、モランは目の前の少年にそう言った。そうとしか言えなかった。

 

何故、なぜ、なぜだ?

 

たった一度だけ、助けただけの、それだけのことだったのに。

なのに、どうして、そんなことをしたんだ?

喉の奥で、張り付くような感覚があった。それに、目の前の、美しい少年は微笑んだ。

それは、今までの誤魔化すような、仮面のようなものではなくて、どこまでも血の通ったもののように見えた。

その場に崩れ落ち、茫然としたモランにモリアーティは言った。

 

「・・・何故でしょうねえ。ただ、あなたが哀れだったからでしょうか。」

Miss モラン。

 

その言葉にモランは目を見開いて、目の前の少年を見た。

ばれていた?

いいや、あり得ない。自分の容姿、振る舞い、魔術は常時使っていなかったとしても。それでも、ばれることなどないはずだ。

 

「ああ、ばれるはずがないなんて思っていたんだね。けれど、絶対にばれない秘密なんて存在しないのさ。ただ、興味を引いたのは事実だったけれど。」

「なぜ、私にそれを言う。父を殺しておいて、それで脅しでもする気か?」

 

震える声でそう言えば、モリアーティは吹き出すように笑い声を上げた。

 

「脅し?そんなことをする必要なんてあるのかい?だって、君は笑っているのに。」

 

それにモランは己の口元に、手をやった。ああ、そうだ、そこには弧を描いた口があった。

涙があふれた、なのに、奥底から笑みがこぼれた。笑みが、零れてしまった。

 

だって、もう、自分は、殴られなくてもいいのなら。

首輪を占めた主は消えて、悲しみがあるのに、肺にようやく思いっきり空気が流れ込んできたような気分だった。

 

「・・・・Missモラン。君は自由だ。」

 

見上げた先、そこにいたのは、未だ年若い少年で。その少年は、ひどく静かな瞳で自分を見ていた。

そこには、やはり、何の感情もない。

愛なんて暖かな感情も、憎しみのような寒々しい感情も、何もない。

ただ、一滴の哀れみはそこに存在した。そこに存在して、そっと、己の頬を撫でた。

 

「好きに生きるといい。君を縛るものは何もない。土地だとか全てを売れば、まあ、片田舎に引っ込むことぐらいは出来るだろう。」

それじゃあね。

 

モリアーティは結局、モランに何も望まなかった。何も望まずに、ただ、その場を去ってしまった。

 

 

モランとモリアーティの始まりは、それだった。

ただのモリアーティの狂った恩返しと、哀れみ。いいや、本当を言うのなら、そんなものさえも無かったのかもしれない。

ただ、一つ言えるのはモランはモリアーティを恨まなかった。

 

どうして、自分だけなのだろうか。誰もが己が何者であるのかと選べないと知っている。

けれど、どうして、自分だけがこんなにも歪に生きなければいけないのだろうかと思った。

自由に生きることは嬉しかった。女性のように制限のある生き方は窮屈だと思っていた。

けれど、どうして、自分はこんな風に生きなければいけないのだろうか。

誰のことも信用できない。

誰かにばれた瞬間、それは、モランの人生の崩壊を意味する。

息が苦しい。どうやって生きれば良いのかわからない。誰にも、苦しいと、辛いのだと、言うことさえも叶わない。

なのに、それでも、モランはあのとき、一人の少年に戯言のように言ってしまった。

 

父への否定。継承の拒絶。

子の人生なんて所詮は家のためで、それと同時に、決められた人生しか得られないとしても。

自分の人生が孤独であることが決定していることに耐えられなかった。

 

「私は罪人だ。モリアーティが父を殺したのではない。私が、父を殺したのだ。」

だって、あの日、願いを問われたあのとき、モランは何となしに気づいていたのだ。

 

触れてはならないものだった、近づくことなどしてはいけないはずだった。

なのに、モランはそれを前に願いを口にしてしまった。

モリアーティは欠片だって、モランに興味を持っていなかったから。

どんな願いを口にしたとしても、それは、心配だとか、哀れみだとか、叱責だとか、そんなものは存在せずに、ただ、そうですかと、そう、肯定をしてくれるだけだと思ったから。

 

モランには必要だったのだ。

誰にでもなく、その憎悪と、苦しみにたった一度のうなずきをしてくれる存在が。

モリアーティが父を殺したことに関しては予想外であるとしても、モランはそれを嬉しいと思ってしまった。

 

誰かに気づいて欲しかった。正しいままで救われなかった、報われなかった、己に操り糸をつけて、そうして結局全ての責をモランに押しつけて死ぬ、父が憎かった。

あの日、あのとき、モリアーティだけがモランの言葉を耳にした。その願いを叶えた。

 

モリアーティは悪である、彼は間違っている。けれど、それでいいじゃないか。

だって、世界の正しさはモランを爪弾きにして、間違わなくては救われなかったのだ。

 

だから、そうだ、目の前に差し出されたその手。

 

「丁度、部下が欲しかったんだ。」

 

己に手を差し出した、美しい男。

触れてはならないものだった、触れれば、きっと、それは全てを壊すのだと知っていた。

けれど、それでもよかった。

モランはその手を取り、そうして、口づけを一つ落とした。

 

ああ、いい。それでいい。

自分はこれから悪になる。それでもいい。

モリアーティは、モランが女であろうと、普通の生き方が出来なかろうと、あの日のモランの憎悪を知ろうと、彼はそれを気にはしなかった。

あの日、モランを救ってくれたのは悪党であった。

それでいいじゃないか。

悪には悪の救世主が必要だった。

 

 

なのに、なのに、モリアーティは結局モランに彼を守らせてはくれなかった。

彼は結局仇敵と滝に墜ちた。

 

決着は己自身でするのだと、主は言った。

助けられた。射撃の腕には自信があったのに。なのに、自分は結局動けなかった。主の命令を、犬は遂行することしかできなかった。

いいや、犬でさえも、命令を無視して主の元に駆け寄っただろう。

 

暗殺にも失敗した。敵さえも取れなかった。監獄の中で、惨めに生を繋いでいる。己の救世主はもういないのに。

 

「絞首刑は、いつになった。」

「・・・・驚いた。君は、死にたいのかい?」

 

混ぜっ返すような言葉に、入れられた牢獄の前で美しい男が眉間に皺を寄せていた。

魔術は発動しているので、性別は偽ったままだ。ただ、自分が死んだ後はどうなるのだろうか。いいや、そんなことはどうでもいいだろう。

シャーロック・ホームズはモランのことをじっと見つめた。それにモランは吐き捨てた。

 

「・・・・なら、貴様は私に生きろとでも言うのか?」

 

それにホームズは答えなかった。それにモランは吐き捨てた。

 

「どうして、共に殺してくれなかった。」

 

立ち上がり、檻の前にまで体を引きずっていった。そうして、その、緑の瞳をのぞき込んだ。

 

「共に殺してくれればよかった!ああ、そうだ、私はあの人の犬だった!だが、それの何が悪い!こうすることでしか救われなかった。例え、都合の良い手足であったとしても、それでよかった。教授だけが、あの人だけが、私の声を聞いたのに。」

 

がん、と。

 

モランは檻を叩いた。そうして、吐き捨てた。

 

「なぜ、ともに、ころしてくれなかった。」

 

掠れた声にホームズは黙り込んだ。そうして、遠くにいる牢番を気にしてか、小さくモランに囁いた。

 

「・・・・君が、女性であるからだ。」

 

それにモランは目を見開いた。

 

「・・・・君の使う魔術のせいで、処理が複雑になっている。当分は、難しいだろう。」

 

喉の奥から、声が漏れ出た。

女だから?

今更、今更、その話が出てくるのか。

それが、自分の中で、また、己の願いを阻むか。

 

「殺してやる!殺してやる、ホームズ!」

 

吠えた声のままに、檻越しにホームズに手を伸ばすが牢番に気づかれ、そのままその場に崩れ落ちた。

 

 

(ああ、どうしてだろうか。どうして、私は、そうやって。いつも、いつも、本当に選びたいと願うものに手を伸ばすことが出来ない。)

 

叶うなら、今度こそ、主人の命令に逆らってもいい。主人よりも生き残ることなどないように。

それだけを、ただ、セバスティアーナ・モランは願ったのだ。

 

 

 

「モラン大佐?」

 

その日、藤丸立香はダディなんて呼んでいる男に問いかけた。ジェームズ・モリアーティという存在を語る上では、必ず出てくる存在だろう。

それにモリアーティは少しだけ悩むように口元に手を当てた。

 

「あー、あの子ねえ。無口だし、面白みはなかったかなあ。まあ、仕事は出来たんだけどね。」

「え、それだけ?」

「それだけだよ、しょせんは部下だし。君とは別格さ!」

 

にこにこと笑ったモリアーティはそのまま言葉巧みに話題を変えた。そうして、心の内で呟いた。

 

 

(そうだ、あれは私だけのものだ。私だけの、哀れな、犬だ。)

 

己を見る、葡萄色の瞳。短く切られた鳶色の髪。そうして、自分の前でだけほころぶように笑った顔。

そうだ、それは、ジェームズ・モリアーティだけのものだった。

 

 

 

 




セバスティアーナ・モラン
親の都合で性別を偽っていたために己のアイデンティティがボロボロで、生きづらさに窒息しかかっていた。
自分に女だとか、跡取りだとか、へんなレッテルを貼らず、無関心に道具のように扱ってくれる教授の態度だとか、それでも認めてくれるあり方に救われていた。
ただ、表面上は享受に対しては辛辣。わざとぼけているのはわかるので、できるだけ突っ込みに回るようにしている。
教授と違い、再臨で年齢が変わる。
ホームズのことは嫌い。カルデアに来た場合フランとの相性はよく、可愛がっている。


ジェームズ・モリアーティ
善くも悪くも悪党で、人でなし。
ただ、幼い頃のモランについては哀れみがあってやったのは事実。彼女の父を殺すのにはためらいはなかった。その後、軍部との繋がりのあるモランを体よく使っていた。

哀れんだ、どこにも行けない、歪な生き物だった。救うなんておこがましい、ただの気まぐれ、ただの偶然。
なんて言っているが、そんな感情論で動くような人間でないことは自分でもわかっている。が、出会ったばかりの彼女を助ける理由だって彼にはなかった。
その答えを、モリアーティは口にしない。モランはただの道具で、手足で、部下。周囲にはそう思われていればそれでいいと思っている。
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