いつかに英雄の隣にいた誰か   作:幽 

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キャメロット編になります。


狂いし騎士よ、月光を見よ

 

 

「へ?」

 

藤丸立香は、そんな声を無意識に上げながら目の前の存在に口をぽかんと開けた。

白銀のような髪はまるで絹糸のようにさらさらしていたし、肌は誇張なしに雪のように白い。

こちらをじっと見るのは、真ん丸とした月のような琥珀の瞳。白いドレスとローブで体つきまでは分からないが、体の前で慎ましく組まれたほっそりとした指のせいか、華奢であることを連想とされた。

立香は昔絵本やテレビで見たお姫様のような存在を凝視した。

それに、そのお姫様は幼子のように無垢に淑やかに微笑み、優雅に礼をした。

 

「ごきげんよう、マスターさん。」

「あ、え、えっと、ご、ごきげんよう・・・・・」

 

それは、どんな少女でも憧れてしまいそうな理想的な振る舞いをして見せた。立香は、思わず挨拶をした後に、無意識に呟いた。

 

「り、リアルディズニープリンセス・・・・・・!!」

「先輩、口に出てます!」

「え、あ、うん!!」

 

己の口から飛び出た単語にあわあわと慌てていると、目の前の存在はくすくすと軽やかに笑い声を上げた。

まるで作り物めいた美貌と雰囲気であったものの、その柔らかな微笑みと少しだけ低い声が彼女が生きていた何かであると告げていた。

 

 

 

「おいおい、お前ら大丈夫か?」

 

そう言って、惚けている立香たちに話しかけてきたのは、この山岳地帯にある村にて自分たちを庇ってくれたアーラシュという弓兵だった。

彼は朗らかに笑いながら、姫君に話しかける。

 

「よお、セイアッド。食料生産は終わったのか?」

「ええ、アーラシュ。いつも通り、つつがなく。」

 

のんびりとした言葉と共に、セイアッドというらしい彼女はにっこりと微笑んだ。

 

「えっと、セイアッドさん?というんですか?」

「はい、私はセイアッド。キャスターをしております。この村にて、少々お手伝いをさせて戴いております。」

「なーにいってんだ!お前のおかげで、少なくとも俺たちは餓えることがないんだぞ?もちっと自信を持てばいいだろ?」

「ふふふふ、お褒めの言葉、ありがとうございます。」

 

仲の良さそうな二人に困惑しながら、立香はマシュに囁いた。

「ねえ、マシュ。セイアッドさんってどんな英雄なの?」

「え、ええっと、はい、彼女は・・・・」

 

ロマニと共にマシュから説明され、立香は改めてアーラシュと共に談笑しているセイアッドの方に目を向けた。

 

「・・・・あの人が、モードレッドの。」

「ええ。ロンドンで会った彼女の、大事な人です。」

『まさしく、悲劇のヒロインみたいなものだ。』

 

ロマニの言葉に、立香はじっと、セイアッドを見つめた。

そして、その横では、ぼんやりとした目でベディヴィエールがセイアッドを見る。

 

「ああ、そうか。彼女が、モードレッドの言っていた・・・・・」

 

それは、どこか、遠い、微かな夢を見つめる様な、そんな目だった。

 

 

 

「そうだ、立香さん。よければ、私の塔に来ませんか?」

 

アーラシュとの談笑が終わったセイアッドは、唐突に立香たちの方を見て言った。

自己紹介の後に、彼女は朗らかに彼女の名前を呼ぶ。

 

「え、ええと、セイアッドさんの塔というと?」

「ええ、私の、何と言うか宝具というか、そんなものです。」

『君の宝具っていうと、その。霧深き塔のことかな?』

「あら、どこからか声が。」

『ああ、ごめん。僕はカルデアのロマニというんだけど。』

「なんだか、寂しい声ですね。」

『え?』

「なんだか、頑なで、振り返ってくれない、一人ぼっちの声ですね。」

『・・・・・そんな風に聞こえるのかな?』

「・・・・セイアッドさん?」

 

ぼんやりと、セイアッドはまるでロマニのことを探す様に宙に視線を向けた。それに、マシュが不安げに話しかけると、セイアッドは気が付いたように目を向けた。

 

「ああ、ごめんなさい。何でもありません、ロマニさん、変なこと言って申し訳ありません。」

『え、ああ、いや、別に良いんだよ。』

「そうですか。」

「どうしたんだ、セイアッド?」

「・・・・いいえ。何でもありません。さて、マシュさん、立香さん、私の住居に来ませんか?」

「そりゃあ、いいな。なんたって俺は入れてもらった事ねえんだ。せっかくだし、行って来いよ。」

「そうなの?」

 

仲の良さそうな雰囲気に、てっきり入れてもらっていると思っていたのだが。それに、セイアッドは困ったように笑った。

 

「仕方がないじゃないですか。私の塔は、男の子は入れないんですもん。」

「本当にな、女で集まってよく旨いもん食っててずるいよなあ。」

「そんなこと言って。ちゃんとあなたたちにもおすそわけしてるでしょう?」

「そうだけどなあ。」

 

きゃらきゃら互いで笑いあう二人を見ながら、不思議そうにマシュが問いかける。

 

「あの、すいません。セイアッドさんについての塔といえば、深い霧の中にあると伝えられるものなのだと思いますが。あれには、男性は立ち入れないなどという逸話はなかったと思うんですが。」

「ええ、そのようなものはありませんが。ただ、あれには私の結婚相手に相応しいものを選定するという機能があるのです。」

「え、ええ、それは知っていますが。ですが、それで何故女性が入れるのでしょうか。それならば、アーラシュさんは難なく入れると思うですが。」

「お、そりゃあ、俺が結婚相手に相応しいってことか?」

「調子に乗ると痛い目にあいますよー。」

「はははははははは、お前さん、手厳しいな!」

漫才のようなやり取りにキョトンとしていると、はっとした顔でセイアッドが両手を合わせた。

「そう言えば!私はあなた方に、私のことを言ってないんでしたっけ?」

「ん?そういや、言ってなかったな。」

 

互いに納得しているらしいアーラシュとセイアッドに、立香たちは首を傾げる。そして、そんな彼らに向けて、セイアッドはことも無く言ってのけた。

 

「私、男なので、結婚相手は女の子になるんですよ?」

「へ?」

 

一瞬、ではすまない間が、立香たちとセイアッドの間に空いた。そして、絶叫が響き渡る。

 

「「「『ええええええええええええええええ!!??』」」」

 

叫びはしたが、しばらくの間は視覚の情報と聴覚での情報の落差に混乱の為か意味の分からない言葉を叫ぶ。

 

「え、え、男?あれ?男?」

「ええっと、はい!確かに、今まで、どう見ても女性のような男性のようなサーヴァントはいらっしゃいましたし!はい、ありえます!」

「お、女?いえ、モードレッドのことを考えれば、え、あ、たし、かに?」

『ああああ、うん、そうだよね!?中身おっさんのくせに、絶世の美女になってるやつもいるし、多少はね!?』

「どうして、みなさんそんなに驚かれるんでしょうか?確かに、女顔ではあると思うんですが。」

「お前は女顔ってだけじゃすまないだろ。」

「でも、アーラシュはすぐに受け入れましたよね?」

「そりゃあ、あんな見事なもの見せられたらなあ。」

「あ、そうですね!皆さんも見ますか?」

 

そういって、セイアッドはおもむろに己の着ていたドレスをたくし上げようとする。それに、立香とマシュは思わず食い入るように見つめる。

ようやく正気に戻ったベディヴィエールが叫んだ。

 

「セイアッドさん!そういうことはしてはいけません!!」

 

一際大きく響いたベディヴィエールの声に、セイアッドは幼子の様な顔で不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

「先ほどは申し訳ありません。はしたないことをしようとして。」

 

人と長く一緒にいなかったせいですかねえ。

セイアッドは、立香とマシュを招いた塔を登りながらぼやく。延々と続く階段をのぼりながら、立香とマシュは苦笑する。

ベディヴィエールとアーラシュは塔の出入り口で別れて来た。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「うん、まだまだ大丈夫だけど。すごいね、この塔。遠くからは分からなかったけど、近づいたらあるって分かるんだもん。」

「ええ、セイアッドさんの逸話として、かの、いえ、彼の閉じ込められていた塔は普段は霧の中にあったそうです。そして、選ばれたものしか見ることも、立ち入ることもできなかったと伝えられています。」

「そうですよ。普段は、この村の周辺だけでも霧を出して迷うようにしているんですが。あなた達の事があったので、今日だけは取り払っていたんです。ああ、着きましたよ。」

 

セイアッドがそう言った瞬間、扉が見えて来た。そして、彼は扉を開けた。

 

「わあ・・・・・・」

 

扉の向こうには、石造りの部屋が広がっていた。

 

「では、みなさんおかけになってください。お茶の用意をしましょうか。」

 

そう言って、セイアッドは、ちょうど部屋の真ん中に置かれたテーブルと椅子を指さした。

それに、立香とマシュは促されるままに椅子に座った。そうしていると、奥に引っ込んだセイアッドが、ポットとカップ、そして焼き菓子を持って来た。

 

「はい、どうぞ。薬草茶と木の実の焼き菓子です。」

「わあああああああ!おいしそお!」

「はい、先輩!」

 

久しぶりのまともな食事に、二人はキラキラとした目をする。促されて、焼き菓子と薬草茶は期待通りの味で、二人はきゃっきゃとはしゃぐ。

香ばしい生地と甘酸っぱい木の実の焼き菓子に、かすかに甘い香りのするさっぱりとした味の薬草茶に、二人は舌鼓する。

セイアッドは、それをにこにことしながら見つめる。上機嫌で、お茶のおかわりを注ぐなど、せっせと二人の世話を焼いた。

 

「おいしい!」

「ええ、とても。ですが、材料はどうやって?」

「実は、この塔の中に庭があるんですよ。そこで、少しですが植物や動物を育てているんです。」

「・・・・アーサー王伝説には、確かこの塔には枯れぬ井戸と豊かな庭があると伝えられていましたが。」

「ええ、といっても大量に作るには、それだけ多くの魔力が必要になりますので。村々の皆さんがお腹いっぱいというわけにはいかないのですが。」

 

セイアッドは、己の頬に手を当てて、困ったように首を傾げる。そして、唐突に彼は申し訳なさそうに口を開いた。

 

「あの、それで、すいません。実は、お二人に聞きたいことがあるんですが。」

「え、あ、はい!何でしょうか?」

「え、う、うん!」

 

食べるのに夢中だった彼女らは、セイアッドの言葉に我に返ったように背筋を正した。それに、彼は苦笑して、そして、どこか気まずそうに体をもじもじとする。

 

「・・・・・あの、このようなことを聞くのはどうかと思うのですが。その、モードレッドのことを、もし知っているならば、お話をしていただけないかと。」

 

顔を赤らめながら、気恥ずかしげに顔を伏せる彼女は確かに恋する乙女と言って良い。見ていると、応援したくなるような初々しさがある。

けれど、それに、立香たちは顔を見合わせた。

 

「それは、別にかまわないけど。」

「ですが、モードレッドさんについてならベディヴィエールさんに聞かれた方がいいかと思うのですが。」

「わたしたち、確かに特異点でモードレッドには会ったことあるけど、ほんの少しだけの付き合いだし。」

「・・・・ベディヴィエールさんの話は、たぶん聞いていると悲しくなるから聞きたくないんです。」

「悲しくなる、ですか?」

 

マシュが訝し気にそう問えば、セイアッドは徐に部屋の中の唯一の窓に目を向けた。

それは、マシュと立香たちも気になっていた場所だった。

大きな窓の側にはぽつんと小さな丸テーブルと、それに沿うように、向かい合うように小さな椅子が二脚置かれている。

寂しいと、無意識にか思ってしまうような光景だった。

きっと、誰かがそこでおしゃべりしていたのだろう。自分たちと同じように、お茶とお菓子でもつまみながら、他愛もない、いつかの話をしていたのだろう。

テーブルや椅子の様子を見る限り、一方の方は時折動かしたような形跡はある。

けれど、その向かい側を誰かが訪れることはなかったようだった。

 

「・・・・あの場所は駄目ですよ。いくら、頑張ってるマスターさんでも、あの場所は、上げられませんよ。」

「誰の場所なの?」

 

ころころとそんな声で囁くように言ったセイアッドに、立香は決まり切ってはいたけれど、それでもそんな問いを口にした。

セイアッドは、それに少しだけ戸惑うように唇を震わせたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

 

「私の王子様、でしょうか?」

 

王子様、という言葉が、なんだか歪で。けれど、その言葉は確かに彼だけのものだった。彼と彼女、お姫様と王子様だけの、ふたりぼっちのものだった。

 

「・・・・ベディヴィエールさんは、きっと、私の居なくなった後のことを知っているのでしょう。けれど、それは、叶うなら、今は知りたくないのです。それは、悲劇に転がっていくだけで。何よりも、きっと、ベディヴィエールさんは私の知りたいことを知らないのと思うのです。」

「知りたいこと?」

 

立香の言葉に、セイアッドは応えることなく、淡く微笑んだ。

 

「きっと、それを知っていたなら、あんな悲劇は起きなかったでしょう。」

 

それは、きっと、諦めてしまったような微笑みだった。

全てがもう、遅いのだと、そんなことを悟ってもういいのだと笑っていた。

セイアッドはまた、あの、ふたりっきりの窓辺の席に目を向けた。そして、目をゆっくりと少しだけ細めた。

満月の瞳は、まるで三日月になる様に欠けていく。そして、また立香たちに目を向けた。

 

「だから、あなたたちから聞きたかったのです。悲劇も、喪失も、何もかも過ぎてしまった彼女は、どんなふうなのか、あなたたちから聞きたかったのです。」

私がいなくなった後でも、起こしてしまった悲劇の中でも、あの人は、迷わずにいられていましたか?

 

震える様な、そんな声で、彼は立香とマシュに問いかけた。

それに、彼女らは互いに頷いて、そして、彼女の話をした。

傲慢で、揺るぐことも無く、それでも誰かの幸せを願うことのできる、いつかの騎士のお話を。

 

 

「・・・・立香さん、大丈夫ですか?」

 

モードレッドの襲撃の後に、立香たちはいったん休息を取ることになった。そこに、最初の村に残っていたセイアッドがやって来る。

 

「・・・・うん、大丈夫だよ。」

「アーラシュのあれで飛んだんでしょう?気分などは悪くなっていませんか?」

「平気、平気!セイアッドの方は?」

「私は、この村で待機でしたし。それに、私の撒いていた霧のおかげで最初の村以外はそこまでの被害はありませんでしたから。」

「ああ、そっか。」

 

立香はそういったきり、何と言って良いのか分からなかった。

口をもごもごと含ませて、立香は視線を逸らした。それに、セイアッドはあっさりと立香に問いかける。

 

「・・・・モードレッドから、伝言は預かっておいでですか?」

 

立香の目が大きく開かれ、わななくように口が大きく開かれた。それに、セイアッドは申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「すいません、わたしたちのことに、あなたを巻き込んで。彼女は、私の存在に気づいていたでしょうか?」

「・・・・・うん。気づいてた。」

「私は、モードレッドという伝説ありきの存在ですから。何となく、いるんだろうなということは分かります。」

「・・・・うせろって、言っておけって。」

 

立香はそう伝えるだけで精いっぱいで顔を下に向けてしまう。

正直言えば、セイアッドのことを伝えれば、モードレッドが味方になってくれるのではと、期待しなかったわけではない。

それでも、味方になってくれないとしても、セイアッドに向かう感情は、もっと、もっと、柔らかくて温かいものだと思っていた。

けれど、モードレッドから吐き捨てられたそれに、立香は彼女までもなんだか悲しいと思ってしまう。

そんな時、頭上から柔らかな声がまた囁くように掛けられた。

 

「・・・意地悪だなあ。君は、私をつれていってはくれないのね。」

 

その声に、立香は顔を上げた。

顔上げた先には、三日月があった。滴が垂れて来そうな、三日月がそこにあった。

迷子の子どもの様だった。迷子の子どものように、置いてけぼりを食らってしまった、子どものような。いや、それはもしかしたら、失恋でもした男の様でもあったのかもしれない。

 

「私は、また、置いてけぼりになってしまう。」

「・・・・セイアッドさんは、モードレッドがいるって知ってたんですか?」

「さっき言ったでしょう。私は、モードレッドがいるからこそ、存在できるのだと。」

「・・・・会いたいと、思わないんですか?」

 

立香は掠れた声を絞り出した。

 

「それは、私にあなたたちを裏切ってほしいということでしょうか?」

「そ、そんなことは!?」

 

慌てた様な声を出せば、彼はくすくすといたずらっ子のように笑った。セイアッドは微笑んでいた。

優しくて、穏やかで、静かな、微笑み。それなのに、胸を掻き毟りたくなるような、寂しくて、悲しい笑み。

 

「私は、モードレッドの所には行きませんよ?」

「・・・・どうして?」

 

そんなにも、悲しそうなのに、そんなにも、寂しそうなのに。

そう問えば、セイアッドは徐に、どこへとも知れずに、遠い所を見る様に視線を宙に向けた。

 

「だって、寂しいんですもん。モードレッドの願いは、たまらなく、寂しいと、思ってしまったんです。」

「セイアッドさんは、モードレッドの願いを知ってるんですか?」

「はい、ちょっとした事情で。だから、私は、あの子の敵となる。敵になってでも、私はあの子を止めなければいけません。」

「モードレッドの敵になっても?」

「私の願いは、モードレッドの願いが叶うことです。だから、私は、私の願いを叶えるために、戦うだけですよ。」

 

セイアッドは、己の胸にを手を当て、祈る様に瞳を閉じた。

 

「彼女と、一つだけ、約束をしたんです。」

「やく、そく?」

「いつか、もしも、彼女が王に認められたなら、塔を出てキャメロットに行こうと。だから、私は待ちました。いつか、来ると思っていたんです。だって、モードレッドは、カッコよくて、優しくて、素敵な子だったから。だから、いつか、王に認められると、そう思って待ちました。待って、待って、私はあの子を置いて逝きました。」

 

立香は、その言葉を聞いていた。ただ、聞いていた。それだけしか、できないのだと分かったからだ。

 

「英霊の座、というものに行っても、私の世界は、塔の中で。私は、そのまま、ずっと塔の中で待ち続けました。約束だったから。だから、外に出るなんてこと、考えもしなかった。でも、少し、今は思うんです。私が、彼女に会いに行けばよかったと。だから、今度は、今は、会いに行くんです。本当に、それが君の願いなのか、聞きに行くために。それを叶えれば、私に会いに来てくれるのかって。」

 

セイアッドは、くるりと立香の方を見た。そして、揶揄うように言った。

 

「ねえ、立香さん。」

「え、あ、うん。なんですか?」

「お姫様は、王子様が迎えに来るのを待っているでしょう?でも、王子様に会いに行くお姫様がいても、いいと思いませんか?」

 

今までの、重苦しい空気など忘れてしまったかのように、セイアッドは言った。

それは、誓いのような、願いのような、ひたすらに真摯な音の声。

それに、立香は頷いた。

きっと、いいはずだ。王子様に会いに行く、そんな強いお姫様だって、きっと素敵なはずだ。

 

(・・・・・サーヴァントとして召喚されるのは、英霊にとって、一つの曖昧な夢のようだって聞いた。でも、なら、それなら、その夢が会いたい誰かに会いに行くもの、きっと、きっと、いいはずだ。)

 

きっと、一度だけならば、きっと、奇跡は起きるはずなのだから。

 

 

 

「・・・・・どうして、ここにてめえがいる、セイアッド!!」

 

キャメロットにて、ガウェインを突破した立香たちはモードレッドに出会った。

けれど、モードレッドの視線は、じっとセイアッドに向けられていた。

セイアッドは、その殺気、威圧感をまるで子どもの駄々のように微笑んで受け流す。

 

「・・・・会いに来ては、いけませんでしたか?」

「・・・・ここは、てめえの居るべき場所じゃねえ。」

「いいえ、私はここに居なければなりません。そのために、私はサーヴァントとなったのですから。」

「・・・・ちっ。どうせ、全員が父上の槍によって死んじまうだろうが。」

「いい加減にしなさい!モードレッド、死にたいのなら、一人で死になさい。少なくとも、私たちは貴方の破滅願望に付き合っている暇はありません。」

「・・・あ?」

「そうですねえ。少なくとも、ベディヴィエールさんや、立香さんたちは、生き残っていただかなくてはいけませんから。」

「セイアッドにチキン野郎、てめえら、俺に喧嘩売ろうってのか?」

「売ったとも!それでもアーサー王の嫡子ですか、貴方は!?」

「はい、ええっと、喧嘩なんて一回も売ったことないので、これで正解なのかは分からないんですが。よかった、合っていたんですね。」

「・・・・セイアッド、お前は、昔っから。いや、いい。深く考えてもしょうがねえ。」

 

白熱するベディヴィエールやモードレッドとは違い、相変わらずセイアッドはのんびりしている。それに、思わずモードレッドはぐったりと肩を落とした。

気を取り直したのか、ベディヴィエールは口を開く。

 

「喧嘩を売られても、貴方は未だにこの惨状に何も思わないのですか。少なくとも、昔の貴方なら、将帥としての責務を果たしていた!」

 

それに、モードレッドは嗤う。

獅子王の理想都市に、軍など必要ないのだと、自分たちは獅子王の人理の礎となるのだと。

それを見ながら、セイアッドは口を開く。

 

「・・・・私は、ずっと、聞きたかったんです。モードレッド、あなたが騎士として、どのような人だったのか、私は知りません。でも、一つだけ、私の問いに答えてください。」

 

その声だけが、何故か、戦の真っ最中、轟音や人の叫び声の中、はっきりと聞こえた。向かい合った、セイアッドとモードレッドが見つめ合っているその瞬間、まるで、そこだけがふたりぼっちの世界のようにさえ思った。

 

「・・・・あなたの見せたかった、美しい国とは、こんな場所だったのでしょうか?」

 

それに、モードレッドの瞳は見開かれた。それに、セイアッドは、淡く笑った。

仕方がないな、というような、子どもの悪戯に苦笑する母親のような困ったような、そんな笑み。

 

「ここは、確かに、美しい。最初、この世界で目を覚ました時、アーラシュと共にこの都市を見に来ました。私は、この都市を、まさしく、天国のように美しいと思いました。そう、まるで、神様みたいに、傲慢な王の統べる都市だと。」

 

セイアッドはそう言って、爆撃や誰かの絶叫が響き渡る白亜の都市を見上げた。

そして、改めて、モードレッドに微笑んだ。

それに、彼女は、モードレッドは、まるで絶望を突き付けられたように、顔を歪ませた。

やめてくれと、そんな声がした気がした。

 

「・・・・あなたの愛した美しい王は、あなたの愛したままの、美しい王のままでしょうか?」

「うるせえ!!」

 

絶叫のような声が、辺りに響く。

歯を食いしばった彼女は、セイアッドとベディヴィエールを睨んだ。

 

「アーサー王の最期を看取ったてめえ、ベディヴィエール!お前に俺たちの何が分かる!?今更、しゃしゃり出て来やがって!!」

 

そう言って、彼女は剣を構える。そして、掠れた様な、まるで少女のような、そのままの声で叫んだ。

 

「セイアッド!お前には、お前にだけは、こんなの見てほしくなかったのに!」

「モードレッドさん、来ます!」

 

マシュの言葉に後に、モードレッドは斬りかかって来る。それを、マシュの盾によって防ぐ。

一旦距離を取ったモードレッドに、セイアッドは後ろに下がりながら、ベディヴィエールに叫んだ。

 

「ベディヴィエールさん!約束、守ってくださいね?」

「約束って、セイアッドさん?」

「・・・・・・分かっています!」

 

モードレッドが宝具を使うための構えに入る。それを見たセイアッドは、驚いた顔をしている立香に微笑んだ。

 

「さあ、立香さん、マスターさん。すいません、悲しいとかなんて思わないでくださいね?」

「え、ど、どういうことなの!?」

「ふふふふ、私も、これでも男の子なので。少しぐらいの意地があるんですよ。」

 

セイアッドはそう言うと、どこからか鋭利なナイフを取り出した。そして、それをおもむろに己の胸に、突き刺した。

 

「な!?」

 

誰の声だっただろうか、モードレッドのような、立香のような、マシュのような、そんな声。

そんな中、ベディヴィエールだけが、何もかも知っているようにモードレッドを見つめる。そして、ダ・ヴィンチが声を上げた。

 

「ま、まさか!?」

 

セイアッドは口から大量の吐血をしながら、モードレッドを見つめた。

 

 

この身は全て、愛すべき騎士に捧げられる

我が献身は、彼の騎士の功績 我が祈りは、彼の騎士への守護 我が物語は、彼の騎士の物語

ゆえに、我が終わりは彼の騎士への呪いとなる

 

――――――我が終焉とは、彼の騎士の終焉なり

 

それに、明らかにモードレッドの体は傾いだ。黒い何かが、彼女へと纏わりつく。

それを、ベディヴィエールは見逃さない。斬り込んだ彼に、モードレッドは何とか受け流すが、明らかに彼女の動きは鈍っていた。

吐血するセイアッドに、立香とダ・ヴィンチは駆け寄る。

 

「セイアッドさん!?」

「なるほどね!これも、君の宝具か!」

「・・・・げほ、ごは!ええ、モードレッド専用の、宝具ですけど。私の死は、モードレッドの物語の衰退の始まりです。私の物語の、げほ、終わりは、モードレッドの物語の、終わり。」

 

ぜーぜーを荒い息をセイアッドは繰り返す。

 

「と、ともかく治療を・・・・」

「いや、無理だね。」

「どうして、ダ・ヴィンチちゃん!?」

「・・・・ナイフに毒が塗られてる。これは、静謐の毒だね?」

「え?」

「はい、かく、じつに死ななくてはいけないので。よういしてま、した。わたしは、このために、ここにいるんです。」

 

セイアッドは、立香の方に視線を向けた。

 

「す、いません。立香、さん。あなたは、優しいから、きっとつらいでしょうが。でも、悲しまないでください。われらは、死者。すでに、終わっているのです、から。」

「でも、こんなの、こんなの。」

「泣かない、でください。私、楽しかったので。それに、もう、決着がつくだろうから。だから、私と、モードレッドの、この夢の終わりを、どうか、みとどけてください。」

 

その声と共に、モードレッドが倒れ込んだ。

それを聞きながら、セイアッドは安堵して息を吐いた。

きっと、もうすぐ、終わるのだろうと。

 

(・・・・・モードレッド、怒るかなあ。きらわれ、ちゃうかなあ。)

 

ぼんやりとした意識に、ベディヴィエールの声が聞こえる。

 

「貴方の夢を汚して済まない。」

「なん、だと・・・・!?」

「それでも、これは、夢だ。貴方は反逆の騎士だ。アーサー王に心から仕える時は、永遠に訪れない。そして、それは、私も同じだ。」

 

ベディヴィエールは、悲しそうに笑っていた。

己の無力を、モードレッドの無力を。

たった一人の、彼らの王の最期を、悲しそうに語る。

 

「・・・・あなたは、無邪気な夢を見たのですね。王に憎まれたまま、王に仕える夢を、見た。そして、貴方はきっと、セイアッドに会いに行く夢を、見たかったのですね。」

 

モードレッドの顔から表情が抜け落ちた。それに、彼は申し訳なさそうな顔をする。

 

「彼から聞きました。貴方と彼の約束を。貴方の、王に認められるという、そんな夢をここで、歪でもいいから叶えたかったのでしょう。もう一つの約束を叶えんがために。貴方の夢を罵倒したことは、赦されよ。その贖罪は、我が剣が引き継ぐ。けれど、モードレッド、一つお聞きしたい。そんな歪な願いで、貴方は彼に会いに行けたんですか?」

 

モードレッドは、大きくため息を吐いた後に、おもむろに己の剣を地面に突き立てた。そして、鎧を解き、立香たちの方に向かう。その眼は、確かに、吐血するセイアッドの方を見ていた。

ベディヴィエールは止めなかった。すでに、彼女には敵意はなかった。

 

 

「・・・・おい。」

 

モードレッドは倒れたセイアッドの側に跪き、手を差し出した。それが、渡せ、という意味だと察して、立香はセイアッドをモードレッドに渡した。

 

「・・・・痛く、ねえか?」

「大丈夫ですよ。いたくないの、頼みましたから。」

「そうか、お前、痛いのになんて慣れてないだろからな。」

 

モードレッドは、セイアッドの銀糸の髪を優しく梳る。愛しい、愛しい、宝物に触れる様な手つきで。そんな手つきに、セイアッドはふふふ、と微かに笑う。

 

「・・・・・不思議、ですね。」

「何がだ?」

「だって、いつも、膝枕、するの私ですもの。君が、してくれるなんて、珍しい。」

「なんだよそれ、名誉に思えよ。俺の膝枕なんてお前ぐらいしか味わえねんだから。」

「ふふ、ふふ、ふ。そっか、ラッキーだなあ。」

 

セイアッドの満月が、陰り始める。もうすぐなのだ、もうすぐ、セイアッドの夢が終わる。

それに、立香は歯を食いしばる。見届けてと、そう願われた。なら、見届けなくてはいけない。その願いをせめて、見届けなくてはいけない。

 

「・・・お前、なんで、こんなとこに来たんだよ。何よりも、似合わねえのに。」

「だって、だって、寂しいじゃ、ないですか。見捨てられても、いいからって、そんな風に、誰かに仕えるなんて。愛してる人に、そん、なことをおもわれるのは、あんまりにも、寂しいんですもの。」

「・・・・んなことで、ここまで来たのかよ。ばかだなあ、待ってりゃよかったんだよ。いつも通り、旨いもん、用意して、俺が来るの、待ってりゃ、よかったんだよ。」

 

言葉が、途切れ途切れ、途絶えていく。二人の体も、光になって、少しずつ、溶ける様にほどけていく。

終わるのだ、この夢が、今、終わろうとしているのだ。

セイアッドは、もう見えていない目を開けて、必死に、微かに分かる黄金とエメラルドを見つめた。

 

「モー、ドレッド。ごめん、なさいね、あなたの、あな、たの夢を、否定して。でもね、それ、でも、私は、ひていしたかった。せめて、夢を、見、るならもっと、優しくて、幸せな夢を、見てほしかった・・・・」

「幸せだったよ、俺は、あの人に仕える夢を見れた。お前に、会えた。お前に会えるという夢を見れた。だから、いいんだ。」

 

それに、セイアッドは、くすくすと笑う。そして、囁くように言った。

 

「お、なじだ。」

「何がだよ?」

「ほんと、うはね。わたしも、きみにね、あえたらって、おもって、ここまできたんだ。」

 

それは、ひどく、ひどく、幸福そうな光景だった。

互いに、互いで血まみれで、今にも死んでしまいそうなのに。それでも、その夢は、美しかった。

 

「・・・・ひとりはね、こわくないから。だから、とうに、ひとりでいるのは、いやじゃなかったよ。きみを、まちつづけるのは、つらくなかった。でもね、きみと、ずっとあえないのは、こわかった。だから、ごめんね、あいに、きちゃったんだ。ゆめ、でもいいから。ゆめでもいいから、あいたかった。ゆめで、いいから、やくそくなんて、わすれて、ただ、きみに、あいにいきたかった。」

セイアッドはすでに力などないような手で、モードレッドの顔に手を伸ばした。

「・・・・・ああ、しあ、わせなゆめ。」

 

しゅるりと、セイアッドの体がほどけて、消えていく。モードレッドは、その残滓を握りしめる様に、そして、その光の後を追うかのように、空を見上げた。

 

「・・・・そうだな、悪くない、夢だった。」

 

モードレッドの体も、溶けて、そして、ほどけて消えていく

瞳を閉じたモードレッドは夢の最後に、ただ、悪戯のように思いついた。

 

(・・・・・ふたりっきりの、約束なら、少しぐらい、破ったって、構わねえか。)

 

それは、確かに、悪くない夢だった。

 

 

 

 

 





「・・・・ご飯は、これぐらいでいいですかね。」
セイアッドは、いつもどおり、食事の準備をする。
毎日、毎日、それこそ、時間の概念などない英霊の座にて、彼は変わらずそれを続ける。
いつか見た夢も、どれほど昔なのか分からずに、それでも、彼女は続ける。
いつかの、夢のように、また、会えるように。
それが、いつになるかは分からないけれど。
こんこん、とノックの叩く音がした。
本当に、久しぶりの客人だ。
(・・・・また、マーリン様、でしょうか?)
自分に頼みがあったあの日以来、時折茶を飲みにやって来る時がある。
「・・・はいはい、どなたですかって。こんな所に来るのなんて、マーリン様ぐらいですねえ。」
そんな独り言を言いながら、彼は扉に向かう。そして、一応と、どなたですかと問いかけた。
「・・・・・なんだよ、久しぶりにつれねえな。」
懐かしい、声だった。
セイアッドは目を見開き、そして、扉のノブに震える手を伸ばした。
けれど、扉の先を確認するのが、恐ろしくて、なかなか扉を開けられない。
そして、扉が力任せに引き抜かれた。
ばきゃ!!
扉としての役目を果たしていないそれを見ながら、セイアッドは目を見開いた。
「・・・・扉が。」
「あー、別に良いだろ。どうせ、もう、ここには帰ってこねえんだし。」
そう言って、彼女は彼に手を差し出した。
セイアッドは泣きそうな、それでも、笑って、彼はその手を握った。
「そんじゃあ、行くか。」
「・・・・どこに、ですか?」
「さあな、でも、行ける所に行けやあいいさ。」
そういって、彼女は、彼を引っ張った。そして、彼は扉を潜った。

長い、長い、何時かの果てに、彼と彼女はまたであった。
ずっと、ずっと、己の王子様を待ち続けたお姫様の話は終わり。
これからは、長い、長い、とある二人の美しいものを見るためのお話が始まる。

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