いつかに英雄の隣にいた誰か   作:幽 

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アーラシュと幼なじみの話しになります。
今回は転生要素はありません。


勇者の幼なじみ
偽物の流星


「・・・・・この子はこれから、どうやって生きていけばいいの?」

 

そう言って、母親が崩れ落ちるのを見て、私は未だ幼い薄い腹に両手を当てた。女の身でありながら、この腹は命を宿すことはないらしい。

私は、これからどうやって生きていこうかと、ぼんやりと頭を巡らせた。

 

 

 

 

「ワリヤ!」

 

弾んだ声に後ろを振り返れば、黒い髪に焼けた肌をした好男児が嬉しそうに駆け寄ってきていた。

彼の向かう方向、そこには目の覚める様な美男子が立っていた。

 

まるで新月の夜のような光沢のある黒い髪をさらりと背中に流れ、声のする方を見る瞳は琥珀のようなとろりとした蜜色だった。美麗という言葉がよく似合っていた。陽の強い地域だというのに、染み一つない肌は女性の憧れでもあった。

何よりも、やってくる男性が精悍という表現が正しいのなら、その青年の顔立ちはまるで宝石に腕のいい職人が掘りだしたような美しい顔立ちだった。

 

ちょうど、城にて弓矢の数を数える雑用に準じていた帰り道のワリヤは、その琥珀色の瞳を細めた。

彼、アーラシュは嬉々とした様子でワリヤの肩を勢いよく叩き、首に手を回した。アーラシュの筋肉質の腕が、ワリヤの細い華奢な首に回るのを見るのは少々不安になってしまう。

 

「・・・・なんでしょうか、アーラシュ様。」

「おいおい、様付けなんてよしてくれよ。」

「私はあなたの部下です。」

「そういうなよ、生まれたころからの昔なじみだろ?」

 

それに何と言おうか迷っていると、アーラシュの頬に泥が付いているのを見つけた。ワリヤは、それに無言で懐から布を取り出し、泥を拭った。

それに、アーラシュは一瞬だけ照れた様に笑った後、まるで飼い主に擦り寄る犬のようにワリヤの顔に擦り寄った。

 

「狩りにでもいっていたのかい?」

「ああ、立派なのが取れてな。」

嬉しそうなアーラシュはそう言って、嬉々としてワリヤを自宅に引きずっていく。

「なんかこれで飯作ってくれよ。」

「・・・・それを、君が望むのなら。」

 

苦笑交じりの声の後、嬉しげなアーラシュの声が響く。それを、町の住民たちは微笑ましそうに見送った。

 

「相変わらず、あのお二人は仲がいいな。」

「そりゃあ、幼なじみで、いまじゃ軍でコンビで頑張っておられるしな。」

「本当に、いっそ夫婦の様だな。」

「おいおい、お二方とも男だぞ、何言ってるんだよ。」

「そりゃあそうだ!」

 

やじの中に笑い声が混じり、辺りに広がった。

 

 

 

ワリヤは、アーラシュの自宅から帰宅した。質素な暮らしぶりのそこは、ワリヤが一人住める程度の広さで在り、使用人などの姿は見えない。

暗い自室のなかで、ワリヤはしっかりと部屋に鍵をかけ、無言で服を脱ぎ捨てた。

暗闇に慣れた目で、ワリヤは己の体を確かめる。

少しだけ膨らんだ胸、華奢な骨格、まろく線を描く体、何も生えていない股。

ワリヤ、彼女は、自分自身が女であることを再度確かめ、気だるそうに息を吐いた。

 

 

ワリヤという少女が男になったのは、彼女が赤子のころのことだった。

生まれてすぐ、予言があったらしい。ワリヤは男として育てられるように言われたらしい。といっても、月のものがくれば女に戻ることも赦されるはずだった。

ワリヤは己の事情などよく理解もしておらず、彼女なりに楽しい時間を過ごした。そのおりに、アーラシュという少年と出会い、楽しい幼年期を過ごした。

そうして、彼女が生まれて十数年、月のものが来ることはなかった。

 

何も実ることのない腹を抱えて、ワリヤは己の在り方を受け入れた。子を産むこともできない女とは、どんなふうに生きていくのか。

ワリヤの母は、己の娘の運命を狂うほどまでに嘆き悲しんだ。彼女を男として生かし続けるときめた。

幸いな事なのか、ワリヤは幼なじみであるアーラシュには劣るものの弓の才を持っていた。

元より賢しかったワリヤは、その弓の才に加えて、指揮官としての才を見出された。そして、何よりも、彼女の上司であったアーラシュとは幼いころからの関係性のせいか息が合い、二人は戦場で畏れられることになった。

 

ワリヤは、自分の現状というものを上手く理解できていなかった。元より抱えた秘密のために他と深くかかわっていなかった彼女には未だ恋も、婚姻などとも縁がない。

自分に子が作れないという現状に、どんな反応をすればいいのか分からなかった。

当時の彼女は、女という性でありながら、男という性を押し付けられた彼女は自我というものを未だ作り上げられていなかった。

男は外へ仕事に、女は家に入り子を産み育てるという常識に、彼女は爪はじきにされてしまっていた。

 

それゆえに、ワリヤは考える。

自分とは何か、女にも、男にもなれないワリヤとはいったいどうやって生きていけばいいのだろう。

ワリヤの母は、彼女が一人で生きていけるようになってすぐに病で儚くなった。そして、母はその直前まで彼女によくよく言って聞かせた。

子をなすこともできず、女にも戻れないお前は、王と守護者たるアーラシュへ奉仕をして生きなさい。

静かな声は、こだましてワリヤの中に沁み込んだ。ワリヤは、それに何の疑いも無く、そうなのかと納得した。

彼女にとって、母の言葉とは絶対であり、その言葉を縁として生きることにした。

女に戻ることも出来ぬ自分では、男として生きるしかない。それならば、軍に入ろうと思った。神代の肉体を持って生まれたアーラシュはすでに軍に入り、頭角を現していた。

 

幸いなことに、ワリヤはさほど発育が悪いというわけでもなく、身長が高かったこともあり、男として紛れ込もうとばれることはなかった。

彼女はけして他人に女であるとばれぬよう、アーラシュと王に近しくなれるよう、必死に己を鍛え続けた。子どものころから競い続けたアーラシュの存在も加わって、その実力は格段に上がっていった。

神代の肉体を持つアーラシュに勝てることはなかったが、それでも凡人といえる存在の中では随一の実力を持つこととなった。

今では、ワリヤが女であるという事実を知るのは、彼女へ予言をなした存在の後継と、王、そして彼女を診る医者だけだ。

ワリヤは己の体をじっと観察した後に、ほっと息を吐き、寝床に潜り込んだ。

よかった、今日も、何も知られることが無かったと息を吐き、体を丸めて瞳を閉じた。

 

 

「ワリヤ!お前、なにしてるんだ!?」

 

叱責の言葉にワリヤはぼんやりとアーラシュの方を見た。そうして、次には我関せずというように肩から流れる血を乱雑に布で覆い、弓矢を構える。

 

「ワリヤ!!」

「今は戦いに集中しなさい。わめいている場合ではないはずでしょう!」

 

その言葉に、アーラシュはぎちりと歯を噛みしめて、彼もまた弓矢を構えた。

長く続く戦いは、相も変わらず日常のように二人の前に横たわっていた。

 

 

「・・・・お前、何を考えてるんだ?」

 

その日の戦はともかく落ち着き、野営地にまで返って来たワリヤは傷の手当てをしていた。野営地の隅の底は、人も中々やってこいない。

けれど、アーラシュだけはワリヤのそんな考え程度なら察せられたのか、彼女に近づいた。

 

「何がだろうか?」

「今日、弓矢から俺を庇った事だ。」

 

長く続いた戦の中で、二人はその日も起こった戦に従軍していた。弓部隊である二人は基本的に遠隔からの戦いの為、そこまで危険はない。

ただ、アーラシュは接近戦も出来たため、前線に出ることもあった。

その日、ワリヤはアーラシュと共に弓矢での援護を行っていた。けれど、アーラシュは死角から撃たれた弓矢に気づかず、加えてその量に避け切ることもできなかった。ワリヤは、その弓矢を持っていた剣で薙ぎ払いはした。けれど、全てを薙ぎ払うことも出来ず、ワリヤは己の体を盾にアーラシュを庇った。

ワリヤは自分のそんな行動を頭に浮かべて、アーラシュの方を見る。

 

「・・・・・それがどうかしたのかい?」

「どうかしたじゃない!いいか、俺は毒だろうとなんだろうと効かない頑丈な体だ。あの程度なら支障はなかった。」

 

ワリヤは、不思議そうに首を傾げてアーラシュを見る。

 

「・・・・・ですが、君も弓矢が当たれば痛いだろう?」

 

その言葉に、アーラシュは目を見開き、そして大きくため息を吐き、その場に座り込んだ。

ワリヤの目の前には、今日使った弓が手入れの途中なのか転がっている。

アーラシュは、それを見つめながら、ワリヤをねめつけるように見た。

 

「・・・・お前は、どうしてそうなんだろうな。」

 

ワリヤは、それに不思議そうに首を傾げる。それと同時に、なんだか申し訳ない気持ちにもなる。

幼いころは、ワリヤはアーラシュの考えていることなら何でも分かった。何が欲しいのか、何を望んでいるのか、ワリヤにはよくわかった。けれど、アーラシュが大人になるにつれ、ワリヤはアーラシュが何をしてほしいのか、彼の望みがよく分からなくなっている。

 

(・・・・私はまた、アーラシュを怒らせたのだろうか。)

 

不安そうなワリヤの顔に、アーラシュはまたため息を吐いた。

 

「・・・・・お前のそれは、何なんだろうな?」

「何がだい、アーラシュ?」

 

不安そうなワリヤの頭をアーラシュは乱雑に撫でた。

 

「お前にとって、俺は何なんだろうな。」

「アーラシュは、私の上官でしょう?」

「・・・・それだけか?」

「友人でもある、と思うけれど。」

 

不安そうな声に、アーラシュはまた乱雑に頭を撫でた後に、鍛練によってすっかり硬くなった指先でその柔い頬を撫でた。

 

「本当に、それだけ、なんだよなあ。お前にとって、俺は・・・・・」

 

その言葉の意味が分からずに、ワリヤははてりと首を傾げた。

 

 

 

 

ワリヤにとって、国も民もさほど大きな意味を持っていなかった。

ワリヤにとって、当たり前のように規定されたその括りの中のルールは、彼女の存在を否定するに等しかった。それ故に、ワリヤにとって国も、民たちも、疎うとまではいかなったが、どうしても遠巻きに見つめることしか出来なかった。

ワリヤにとっての世界とは、遠い昔に母に言い聞かせられた道しるべを辿った軌跡だけだった。

女でありながら男として生きるしかない彼女を受け入れてくれた王と、そして、ずっとずっと、友であってくれたアーラシュだけ。

性という強烈なアイデンティティを構成するそれを持たない彼女は、軍という集団の中でも確固たる何かに所属できていなかった。そうであるがゆえに、ワリヤは何者にもなれなかった。

けれど、その日、その瞬間だけは、ワリヤは何者かになれたのだ。

 

 

 

その日、戦場にて、アーラシュとワリヤは別行動であった。アーラシュは王への方向へと。ワリヤは、王が住む地へ続く道の警護に。

本当なら、アーラシュと共に行くはずだったのだが、万が一を考えて少しの兵と共に残ることとなった。

けれど、予想とは違い、ワリヤたちの守る道に敵の兵士の殆どが押し寄せて来たのだ。

 

「どうしますか!?」

 

悲鳴のような部下の声に、ワリヤは冷静に、理性的にどうするかと頭を巡らせる。

はっきり言えば、勝てる見込みなどはなかった。兵力という意味で、断絶的な戦力差があったが故だ。

何よりも、アーラシュという決め手が無いゆえに、勝てる見込みなど欠片でさえなかった。

 

「・・・・・お前たちは弓で出来るだけ時間を稼ぎなさい。」

「アーラシュ様を呼んでこられるのですか!?」

 

ワリヤはその台詞に応えることも無く、駆け出した。

それに、兵は勝手に勘違いをしたのか、ワリヤとアーラシュが来るまでと士気が格段に上がる。

それを聞きながら、ワリヤはそんな予想とはまったく違い、アーラシュの武器が目的だった。

一応、アーラシュを追うための使いは出したが、絶対に間に合わないことは分かった。

ワリヤは、アーラシュのために作られた特別な弓と矢。それを持ち出し、無言で駆けだした。

彼女が向かった先は、少し離れた場所にある小高い山だった。

普段から鍛えた彼女は早急に目的の場所にやって来た。

そうして、ずっしりと重い弓矢を手にした。アーラシュのためだけのそれは、馴染むなんてことはなく、他人のように素っ気ない。

それに、ワリヤは内心で謝りながら、近づいてくる敵に目を向けた。

そうして、願うように瞳を閉じた。

 

陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ

我は、この弓矢を与えられたものものではなく、献身を望まれたものではない

されど、この命を以て、献身をなそうとする者なり

 

ワリヤは、必死に、祈る様に目を閉じる。

ワリヤにとって、国も、民も、自分という存在を枠組みには入れてくれないものだった。だから、ワリヤにとって国も民も、さほど大きな意味も、価値もなかった。

けれど、それでも、ワリヤにとって、王と、そしてアーラシュだけは違った。

ワリヤは母の言葉通り、彼らに奉仕し、望みを叶えることでアイデンティティというものを構築した。それが故に、彼らは望むのならば、自分は何もかもを果たすだろう。

けれど、その時は、違った。ワリヤは、ただ、心から己の為だけにその弓に矢を番えた。

 

(・・・・きっと、民が死ねば、アーラシュは悲しむんだろうね。)

 

アーラシュ、アーラシュ、アーラシュ。

君は、優しい人だった。君は、誰かの幸福を願える人だった。君は、誰かの未来を祈る人だった。

君はいつだって、敵を屠ることに仕方がないって顔をしてた。でも、けれど、納得していたわけじゃないって知ってたよ。死なないから、痛みが無いはずないじゃないか。

アーラシュ、君はいつだってあっさり忘れてしまう。君は、ただの、底抜けに優しくて、強くて、他よりも頑丈なだけの人間なのに。

だから、叶うなら、私は、君の何かを肩代わりしてあげたかった。

君の背負う重さを、少しでも軽くしてあげたかった。

 

君の優しい微笑みを想う。私は、君に何をしてやれただろうか?

何者にもなれなかった私は、母の言葉が最初でも、君のおかげで私は私になれたから。

君の側にいたから、だから、私はきっとどこにでもいる人になれた。

誰かと笑い合って、泣いて、楽しいことも、辛いことも知っている、人になれた。

引き絞った弓が、矢を発射する。

体にひどい衝撃が走る。それでも、痛みが無いことに安堵する。

 

(・・・・感謝します。)

 

ワリヤは、そっと微笑んだ。

砕けていく視界の中で、ワリヤは幾度も感謝をした。何に向けた感謝なのかもわからずに。

 

(民の為でも、国の為でも、何よりも輝きの主よ。たった一人の彼のための、身勝手なこの犠牲を赦してくださったことに。ああ、感謝します。)

 

砕けた視界と感覚は、薄れて何時か、消えてしまった。

 

 

 

彼は力の限りに引いた弓から手を放し、地平線に向かって飛んで行く矢を見つめながら目を閉じた。

それですべてが終わる、長く続いた戦いが。

アーラシュの頭には、己が今まで生きた記憶と、過ごした人々、そうして、最後に王と、彼女の事が思い浮かんだ。

ああ、こんな時に思い浮かぶのは、やはり彼女なのかとも思った。

 

アーラシュにとって、その幼なじみとは、あまりにも歪で、けれどそれほどまでにある種アーラシュというものをまっすぐ見つめていた者はいなかった。

初めて会ったその時、自分の肉体を棚に上げて、その美しさに本当に人間なのかと疑ってしまったことをよく覚えている。

アーラシュは、その肉体が、その業を持つがゆえに、民を照らす光で、太陽であらねばならなかった。それは望まれていたことであり、己で願っていたこともでもあった。だから、それでよかった。

 

アーラシュとは、敵の戦士を燃やし尽くす劫火である。アーラシュとは、民を照らす太陽である。

戦場で、敵国の血潮を浴びる悪鬼であり、けれども民草の笑顔を尊ぶ英雄である。

 

アーラシュは、それでよかった。

彼は、そんな風に生まれ落ちてしまった。

英雄として、人の営みに混じりながら、人でないものとして生まれ落ちてしまった者だ。

 

けれど、ワリヤだけが、人から離れた場所に立つアーラシュの元にやって来て、当たり前のように隣に立ち、不思議そうに言うのだ。

 

「君はどうして戦うんだ?誰かを傷つけることなんて嫌いなのに。」

「俺は英雄だ。民を守らなくちゃならん。」

「何故?」

「いつだって、戦いの中で傷つくのは民だ。彼らは、命をかけている。餓えに耐え、恐怖に震えている。俺は、そんな恐怖とは無縁だ。だから、俺は戦わにゃならん。」

「血が流れている。」

「これぐらいなら死なんさ。」

 

アーラシュはそう言った。

彼は死なない。その頑丈な体は、ただの一度も、アーラシュに死の恐怖というものを味合わせたことはなかった。

だから、何ともない。

その血に、死は存在しない。

それでも、ワリヤは、心の底から不思議そうな顔をして、その傷の手当てをする。

 

「・・・・死にはしなくても、痛いのなら逃げてもいいだろうに。」

「・・・・そんな人として、当たり前には、生きていけない。」

「どうして?」

「え・・・・・」

「アーラシュ、君は、英雄でも、国の守護者でもなく、ただの強いだけの人間じゃないの?」

 

ワリヤの琥珀の瞳が、アーラシュを見た。

ワリヤ、ワリヤ、ワリヤ。

アーラシュはワリヤという存在を想う。

ワリヤ、ただ、それだけがアーラシュという存在を人間へと引きずり落とすのだ。

それだけが、アーラシュという希望を望んでいなかった。彼女だけが、誰とも違い、そして特別だった。

 

本音を言えば、彼女が女であると知った時でさえもどうだってよかった。

彼女は彼女だったから。

己を見る、その瞳。己に注がれるその瞳。

人を見る眼、友人を見る目、徒人に注がれる瞳。

それはきっと、アーラシュにとって唯一のものだった。代りのいない、唯一だったものだから。

どうでもいい。どうでもいい、本当に、どうでもよかった。

ただ、ワリヤというそれが自分を見る時、自分はただの男であれる気がした。その瞬間を愛していたのだと思う。

自分だけの、生き物。自分にピタリとはまり込むような、そんな生き物だった。

 

 

彼女は死んだと知らされたとき、アーラシュはまるで子供のように泣き叫んだ。泣いて、泣いて、彼の弱さがその時全てに曝された。

彼女の放った一矢によって、迫って来ていた敵は追い払われ、国は救われた。残った遺体は、バラバラであり殆ど見分けがつかなかったそうだ。

アーラシュは、美しい女の衣装と愛用していた弓を一緒に弔った。

もう、下された予言から自由になれたと思った、思いたかった。

衣装と弓を用意したのは、選びたいのならどちらを選んでもいいと思ったからだ。

美しく着飾るのも、弓を取り戦うのも、きっと、彼女の自由だった。

終わった生の後、それを望むぐらいは赦されると思った。

 

(・・・・きっと、お前はどんな花嫁よりも、美しかっただろうな。)

 

女のように美しく、男のように強い彼女は、きっと誰よりも特異な生き物だった。

ああ、ああ、そうだ。

誰よりも、美しい生き物だった。

薄れていく意識の中で、アーラシュは苦笑する。

 

(・・・・なあ、ワリヤ。お前にもう一度会いたいよ。)

もう一度、もう一度、お前の瞳を見たい。英雄ではなくて、ただ、ただ、日々を生きた、人として死ねるように。

 

アーラシュは、それに笑う。

まるで、普通の男のようなことを思って死ぬ自分を思って。

 

 


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