メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。 作:風神・雷神
師匠、あとはあなただけですよ。
場所 トレセン学園内 中庭
レース後、アサマとトレーナーは、トレセン学園内にある中庭に足を運び、人気のない中庭の端にあった木製のベンチに腰掛け話し始めた。
「それでは、あなた。聞きますが、どうして私を担当出来なくなったのですか?」
「……その前にいいか?」
「?何です?」
アサマは、何を聞かれるのか全然分からずに、首を傾げて不思議そうに聞く。
「昨日、家で話したはずだが、少なくともこのトレセン学園での俺とアサマは、【今年から働く新人トレーナーとメジロ家と全く関係ない普通のウマ娘】でやってくって話だったよな。」
「はい。そうですが。それが何か?」
「……それと、ここでの俺達の関係は、【ただの新人トレーナーとそのトレーナーに偶然スカウトされたウマ娘】て感じだったよな。二人で決めたの覚えてるか?」
「はい。それがどうしたのです?」
話の意図がまったく分かっていないアサマは、困惑してトレーナーの顔を見つめる。
それも、トレーナーが近すぎると感じるほどの距離で。
「……近くないか?こう……距離がさ……もう少し、離れてくれるか?」
気まずそうにしているトレーナーの話を聞いたアサマは、自分の置かれている状況を見てみると、トレーナーの隣へ密着する形で座っている事に気が付いた。
肩や腰、太ももといった体の部分が、互いに密着している状態で、おまけにアサマの尻尾に至っては、彼の腿に乗せられた状態になっている。
その状況は、アサマ自身がトレーナーの直ぐ隣へ腰を下ろし、すり寄ったことで作り出されていた。
その様に座る二人を見れば、ただのトレーナーと生徒の関係ではないと一目で分かってしまうだろう。
そして、ウマ娘の方もどれだけトレーナーに心を許しているのかも、一目瞭然で分かってしまうであろう。
アサマは、自分たちがどうゆう目で見られてしまうのかを容易に想像出来てしまい、無意識にやってしまった自分の行動を思い返し悔いると、トレーナーから直ぐに離れた。
「す、すみません!!私ったら、いつものクセでつい……。」
そして、少し離れて取り座り直すアサマの頬は、赤みを帯びていた。
「……まあ、次から注意してくれればいいんだけどな。じゃあ、話が脱線したけど、話していいか?」
「!!そうですわ。一体何があったのですか?教えて下さい。」
「ああ。それがな……」
トレーナーは、アサマに担当出来ない理由を話し始める。
まず、最大の理由の一つが、新人トレーナーは、学園の上層部の人間に実力を評価され、活動する許可を貰うまでは、個人でウマ娘を担当することが出来ない。
そして、許可を貰うには、その現役で活躍しているウマ娘の担当トレーナーの下で一定の戦績を残した後、その自分を担当していたトレーナーの推薦状を書いて貰い、更に学園での正当な審査を終え、初めて一人前のトレーナーとして活動できる。
何故、この様なシステムを導入しているかと言うと、最前線でウマ娘を指導している他のトレーナーの元で働き、その現場でしか見ることのできない指導能力やウマ娘達との接し方を学び、自身の力として吸収することを目的としている。
全国でもトップクラスのトレーニングセンターであるこの学園は、全国各地から指折りの実力や才能を兼ね揃えたウマ娘達が集まり、そんな国の宝とも言い換えられる彼女達を担当するのが、半端な実力では務まらない。
なので、一人でも実力のあるトレーナーを育成することも兼ねて、この様な決まりが作られた。
だが、下積みとも言えるこの風習は、トレーナー界でも有名な話で、トレセン学園に入った者達の大きな壁と言われている。
その下積み時代に様々な問題が原因で、この学園へ来た新人トレーナー達の1割は、新人トレーナーのまま学園を去ってしまうと言われてる。
そんな、ウマ娘のトレーナーと言う職業は、甘くない世界であるが、問題は更にあった。
それは……。
「その、審査とか色々やると一人で担当できるまで、短くて3年、長くて5年掛かるんだ……。俺の言いたいこと分かるか?」
「つ、つまりは……どう考えても、この1年では、時間が全く足りないと言いたいのですね……。」
「……そうだ。その通りだ。」
「……。」
トレーナーからの説明を聞いた後、アサマは彼の落ち着いている現状に、痺れを切らせ、動き出してしまう。
「……では、一体どうするのですか!これでは、もう詰んでいるではありませんか!?……私、この学園の理事長と話してきます。あまりこうゆうやり方は、好きではありませんが、私の父はこの学園に、多額の寄付をしていましたので、メジロの名を出せば、多少のお願い事も聞いてくれる筈ですわ!!」
そう言うとアサマは、ベンチから立ち上がり、その場から離れようとするも、直ぐに隣に座っていたトレーナーに止められる。
「落ち着けって!ここで、メジロの名を語っても、お前の親父さんの名前を出しても無駄だ。第一、メジロの名なんて出したら、速攻で俺たちの正体、バレちまうだろうが!落ち着けよ!」
「離して下さいまし!!こうでもしなければ、他に方法がありませんわ!」
アサマは、トレーナーの静止を振り切ろうと、掴んできた手を離そうとする。
「いや。まだ、方法はある。大丈夫だ!まずは話を聞いてくれって!!」
「!?あなた。それは、本当ですか!」
「ああ。だから、落ち着いて座ってくれ。本題は、ここからだ。」
そう言うトレーナーの言葉で、落ち着きを取り戻し、ベンチに座り直したアサマへ説明する。
それが……。
「サブトレーナーとして、私を担当するのですか!?」
「そうだ。って言うか、もうそれしか方法が無いんだよなぁ。」
「……確かに、それしか方法はありません。ですが、当てがあるのですか?あなたをサブトレーナーとして雇う人に。」
「まあ、聞いてみなきゃ分からんのよね。こればっかりはな……。あと、その直接、上司になる人も慎重に選ばないといけないんだよなぁ。」
頭の後ろで手を組んで空を見上げるトレーナーに、アサマは不安そうに聞いた。
「……あの、先ほど私達に話しかけてきた人は、出来れば候補から外して頂けると嬉しいのですが。」
「分かってる。ああいうタイプは、最初から候補に入ってないから安心してくれ。」
そう言うと、トレーナーは立ち上がり、大きく伸びをする。
「まあ、そんな訳で、後はその人達が俺をサブで雇ってくれるかだけだな。それこそ、神頼みって所だな。」
「神頼み……ですか。それ以外に方法が無いのなら仕方がないですね。」
アサマも続けて立ち上がろうとすると、トレーナーは手を差し伸べられる事に気が付き、お礼を言って笑顔でその手を取った。
「では、あなた。私は、更衣室で着替えてきますわ。流石に、この体操服のまま帰るわけにはいきませんから。」
そう言うとアサマは、モジモジとさせながら聞き始めた。
「あの……着替えた後……一緒に帰れたりしますか?」
「いや、俺は、まだやる事あるから帰るわけにはいかないけど……。」
「そ、そうですよね。まだ、お仕事がありますものね……。」
一緒に帰れないことが分かると、ウマ耳はシュンと前に倒れ、ついさっきまで力強く左右に揺れていた尻尾は、力なく動かなくなってしまった。
とても残念そうにしているアサマを見て、トレーナーは落ち込んでいる彼女の機嫌を直してもらうため提案する。
「そうだ。丁度いいから自販機で飲み物でも買ってくるよ。喉渇いてるだろ。帰る時、またここに来てくれ。」
「……あなた。はい!では、直ぐに着替えてきますので、少しの間お待ちになって下さいまし!」
「ちょっと待った!」
そう言いったアサマは、目的の更衣室へ急いで向かおうとするが、トレーナーに呼び止められてしまった。
「少なくとも、ここでは俺の事を【あなた】って呼ぶのやめてくれ。ちゃんとそれ以外に呼ぶ名前があるんだから、そっちで呼んでくれよ。俺が決めた訳じゃないが、【あなた】なんて呼び方だと周囲の奴等に、余計な誤解を生むからな。」
トレーナーの話を聞いたアサマは振り返ると、まるで悪戯好きの子供の様な笑顔で、トレーナーの仮の名前を呼んだ。
「これは、失礼しましたわ。私だけの、担当トレーナーの、青島さん♪」
アサマはそう言うと、手に持っていた荷物を抱きしめる様に持ちながら、更衣室へと足早に向かって行った。
その様子を見ていたトレーナーは、ため息交じりに思う。
(アサマの奴。今、完璧俺の事、揶揄ってたよな……。)
だが、不思議と嫌な気持ちにはならずに、逆に笑みさえ浮かんでしまう。
(それじゃ、自販機へ行くか。アサマが戻って来るまでに買っておかないとなぁ……。)
そうして、トレーナーは自販機へ向かった。
数分後 トレセン学園 自動販売機前
自販機にたどり着いて、上着の内ポケットから財布を取り出し、小銭を入れて何を買うかと悩もうとした時、思いついた。
……あ、そうだ。
アサマに何飲みたいか聞くの忘れてた。
まあ、ここはレース後の事も考慮して、スポーツドリンク系でいいだろ。
流石に、おしるこじゃないだろ。
何を買うかで悩んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「ゴ……ップさn……の人……」
「お!……kんじの……kん……」
「な…ダs……。h……nか?」
「せ……gた。ほんt……やr……dか……」
小さい声で話しているのか、話の内容は分からなかったが、たぶん、この自販機で飲み物買おうとしている生徒だろうか。
聞こえてきた声の主達の足音が、後ろから近づいて来てるのが分かる。
あんまり、後ろを待たせるのも悪いし、さっさと買って戻るか。
自分用に水、アサマにはスポーツドリンクの計2本を買って、約束した場所へ戻ろうと後ろを向いた。
「!?」
その瞬間、後ろへ並んでいた人達が、余りにも異質な存在で、そのため彼女達を見て驚いてしまった。
俺の後ろへ並んでいた4人は、全員マスクに黒いサングラスを身に着け、如何にも怪しい雰囲気を放っている。
そして、俺はこの怪しげなウマ娘達を知っていた。
そう、面識は無いはずなのに、それはもうよく知っている。
何故なら、この世界に来る前のさらに前のウマ娘がゲームやアニメであった世界で、彼女達を見たことがあるからだ。
あの頃は、実際に会ったらなんて夢みたいな事を考えてた事もあった。
だが、現在の俺の考えは会いたいから、今一番関わりたくないウマ娘達へと全く変わっていた。
いや、正確には彼女達ではなく、その中にいるとあるウマ娘に関わりたくなかった。
俺が最も警戒しているウマ娘枠にそいつは入っているからだ。
アサマにも、接触する際は気を付けるよう言ってたが、その注意した俺が出会ってしまうとは……。
しかし、分からない……。
何故、彼女達がここにいるんだ。
今起こっている事に動揺して固まっていると、その最も警戒しているリーダー格であろう銀髪ロングのウマ娘がこっちを指差しながら、3人へ指令を出した。
「スカーレット、ウォッカ、スペ!やっておしま〜い!」
「はい。“ゴールドシップ“さん。」
「お、おい!?いきなり何すr……前が見えな……うわぁぁぁぁ……」
そして、麻布を被せられたトレーナーの視界は真っ黒に染まった。
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長かった。