メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。   作:風神・雷神

15 / 16
いつ孫が一人だと言いましたか……ですって?

前回、チームスピカの部室でマックイーンを「我が最愛の孫(※ただし周囲には子ぎつねちゃんと呼んで誤魔化す)」として全力で抱きしめ、拉致事件を強引にウヤムヤにしてから1週間が経過した。青島は無事にスピカの代理サブトレーナーとしての契約を成立させ、アサマも少しずつ現代の学園生活に慣れ始めていた。

そんなある日の夜、アサマはあまりにも奇妙で、しかし愛おしさに満ちた「未来の予知夢」を見ていた――。

 

「……んっ。ここは……」

ふと目を覚ますと、自室のベッドで眠りについたはずの私は、見たこともない不思議な空間に佇んでいましたわ。

辺り一面には瑞々しい緑の草花が絨毯のように広がり、雪解け水の如く透き通った水が流れる清らかな小川。花の蜜を吸うためにひらひらと優雅に漂う無数の美しい蝶たち。心地よいそよ風が私の頬を優しく撫で、頭上にはどこまでも高く、深い青色の空が広がっています。

もし今、誰かに「ここが死後の世界(天国)ですよ」と言われてしまったら、そのまま疑いもなく信じてしまうほどに、息を呑むほど美しい景色でした。

自分以外の人の姿はどこにもなく、人工物すら見当たりません。まるで、私一人だけがこの世界に祝福されて存在しているかのよう。都会の喧騒では決して見ることのできない、圧倒的な絶景がそこにはありましたわ。

突然このような常軌を逸した状況に放り込まれれば、普通なら大慌てして取り乱してしまうところですが、私は不思議と不安を一切感じていませんでした。

何故なら――ここが私の見ている『夢の中』であると、直感的にすぐに理解できたからです。

でなければ、つい先ほどまで自分の部屋のベッドで寝ていたはずの私が、ここにいる事態の説明が物理的に仕様ありませんもの。

それにしても、夢にしてはあまりにも質感や五感が現実的すぎますわ。

試しに足元に咲き誇る一輪の花を指先で摘まんでみると、ツルツルとした瑞々しい葉っぱのリアルな質感が、ダイレクトに指先へと伝わってきました。

……以前、あの人から話に聞いた『VR』とかいう最先端の機械を使えば、夢でなくてもこのような光景を再現できるのかしら? 使ったことがないので分かりませんけれど、ここが現実だと言われても納得してしまいそうなほどの完成度です。

それにしても。こんなに穏やかで美しい夢を見るなんて。

おぞましい悪夢にうなされるよりは何百倍もマシですが、現実の世界で知らず知らずのうちに疲れやストレスが溜まっているせいで、心が癒やしを求めてこのような夢を見せているのではないかしらと思うと、少しだけ自分自身のメンタルが心配になりますわね。

今週のどこかでお仕事の時間が空いた時にでも、気分転換にあの人を誘って、二人でどこか遠くへお出かけしてみるのも良いかもしれませんわ――。

そんな甘い未来の予定を考えながら、のんびりと花々を眺めていた、その時。

突如として、どこか聞き覚えのある、しかし幼い愛らしい声が静寂を破って響いてきました。

『――おばあ様!!』

「!??」

何故かしら、直感的に自分が呼ばれているのだと確信し、声のした方へと勢いよく振り返ると、そこには一人の小さくて愛らしいウマ娘の幼女がぽつんと立っていました。

正直に申し上げて、私自身の記憶の中に、立ち尽くす彼女の顔に見覚えなどただの一片もありません。

ですが次の瞬間、その子は両手を大きく広げると、満面のひまわりのような笑顔を輝かせ、一直線にこちらへとトコトコと走ってきたのです。

不思議なことに、私の中には彼女への警戒心など1ミリも湧き上がりませんでした。それどころか、どういう風の吹き回しでしょうか、こちらに向かって必死に短い足を動かしてくる彼女を、今すぐこの両腕で優しく、力いっぱい抱きしめたいという、ド級の母性(祖母性)にも似た欲求に全身を支配されてしまったのです。

私は無意識のうちに芝生の上に膝をつき、向かってくる彼女に向けて両手を大きく広げて迎え入れました。すると彼女は、愛おしい弾みをつけて、私の胸の中へと勢いよく飛び込んできたのですわ!

『えへへ……♪』

私の首元に小さな頭をスリスリと擦り付けながら、ぎゅっと抱きついてくる我が孫(仮)。そんなに私に甘えられるのが嬉しいのか、彼女の後ろにある栗毛の尻尾は、ちぎれんばかりの勢いでブンブンと左右に激しく振られていました。

その愛らしい様子は、さながら親の帰りを健気に待っていた子供が、お仕事を終えて帰宅した母親に全力で甘えついているかのよう。

そのあまりの尊さを前に、私の口元は、何故だか自然とだらしなく緩んでしまいましたわ。

「ふふ、可愛い迷子のお嬢さん。貴女は一体、どこから迷い込んできたのですか?」

小さな頭を優しく撫で回しながら彼女を観察していると、ある決定的な特徴に気がつきました。

美しく紫がかった芦毛のロングヘア、右耳に揺れる上品な緑色のリボン、おまけに、私のことを『おばあ様』と呼ぶその愛らしい声。

それだけの情報が揃えば、昭和の怪物たる私なら、大体の察しがつきましたわ。

(ああ、なるほど……。昨日、スピカの部室で出会ったあの『メジロマックイーン』という私によく似た愛しい孫娘。これは、彼女の幼少期の姿を見せている夢なのですわね)

現実であれば絶対にあり得ない時空を超えた邂逅ですが、ここは私の夢の中。ならば、このような都合の良い奇跡も容易に想像できます。

であるならば……。この幸福な光景は、少なくとも今の過酷な現実世界では決して実現しない、夢だけの特権。でしたら、目覚めるまでの間、少しくらいこの贅沢を楽しんだとしても、バチは当たりませんわよね?

私は頭を撫でるのを一度やめると、彼女のお餅のように柔らかくてすべすべな、最高の触り心地を誇るほっぺたを両手でむにむに、もちもちと心ゆくまでこね回しました。

しかし、じっくりと考えてみれば……。

「まさか、自分の娘の顔よりも先に、将来生まれてくる実の孫の顔を拝むことになるなんて。人生、本当に何が起こるか分からないものですね……ふふ」

今度は、私のむにむに攻撃が心地よかったのか、すっかり眠くなってしまったマックちゃん(幼女)が、私の膝の上にコテンと頭を乗せ、スースーと無防備な寝息を立て始めました。その愛しい背中を優しくトントンと叩きながら、私は確信に満ちた幸福感に包まれます。

(こんなに素直で素敵で美しい子が、未来の我がメジロ家に生まれてきてくれるのなら……この先もメジロの栄光は安泰ですわね――)

『――おばあ様!!!』

「ええっ!?」

不意に、今度は私の右側から、これまた元気いっぱいの鋭い声が響き渡りました。

驚いて視線を向けると、先ほどのマックちゃんとちょうど同じくらいの年齢の、別のウマ娘の幼女が、目を輝かせて私に向かって猛然とダッシュしてくるではありませんか!

そして、私の困惑などお構いなしに、空いている私の腰の辺りへとガシッと力強く抱きついてきたのです。

急に現れた、二人目の「我が孫(仮)」の出現に、流石の私も動揺を隠しきれません。その新しくやってきた黒髪の美しい幼女は、私の服の裾をぎゅっと握りしめながら、私をじっと純粋な瞳で見つめていました。

その謎のウマ娘の子供の可愛さに少しだけ心臓が跳ね上がりましたが、そこは名門の始祖。はしたなく大声を上げて取り乱すほど、私は安っぽいウマ娘ではありませんわ。もう一人の小さな来訪者を前に、私は必死に、お淑やかで冷静な『おばあ様』としての威厳を保ち続けようと踏みとどまりました。

……ですが。そんな私の涙ぐましい名門の努力は、直後に訪れた異次元の光景によって、一瞬にして木っ端微塵の無駄へと帰すことになったのです。

『『『『『――おばあ様!!! 私たちもいますわ!!!』』』』』

「……は、はい?」

急に、私の左右前後、視界のすべて、360度のあらゆる方向から一斉に愛らしい声が爆発したかと思えば、今度は色とりどりの髪型や耳飾りの形をした、ウマ娘の子供たちが文字通り『画面を埋め尽くすほどの超大量』で現れ、津波のような勢いで私の元へと一斉に群がってきたのですわ!

『ズルいですマックイーンお姉様! 私も、おばあ様にむにむにされたいです!』

『おばあ様ー! ぎゅーってして! ぎゅーって!』

『私も! 私もお膝の上がいいですわ!』

『ほわぁ~、おばあ様、あったかいですぅ……』

『……(無言で私のスカートの中に潜り込んでくる黒髪の子)』

集まってきた大量の幼女たちは、子供特有の「純粋に大好きな身内に構ってほしい」という無敵の欲望のままに、我先に自分へと気を向けようと、私の身体のあらゆる場所に抱きつき、よじ登り、一斉に黄色い声を張り上げて甘えてきます。

「こ、これは一体どういうことなんですの……!? まさか、この子たち全員、未来の我がメジロ家の……っ!?」

初めて出会ったはずの私に対し、血の底から本能で懐きまくっている可愛い未来の結晶たちを目の当たりにして、私は一つの恐ろしい結論に至りました。

ですが、まさか、いくらなんでもそんなことが現実にあるはずが――。

(――流石に……いくら我がメジロ家の血筋が優秀だからって……子孫が“多すぎ”やしませんことーーーーーっっっ!?!?)

恐らく正解に最も近い恐怖(幸せの過剰摂取)にたどり着き、パニックで頭の中の考えをまとめようとした瞬間、急に世界のすべてが真っ白な光に包まれ、強引に意識が現実へと引き戻されて――。

◇

「――ハッ!」

気づけば、私は支給された自宅の、自室のベッドの上で勢いよく跳ね起きていた。

「(あ、あのあまりにも恐ろしくて尊すぎる夢は、一体何だったのかしら……っ)」

心臓のバクバクが止まらない。今すぐもう一度目を閉じれば、あの大量の可愛い孫たちに揉みくちゃにされるパラダイスな夢の続きが見られるのではないかしらと、大真面目に二度寝を考えたが、部屋の壁に掛けられた時計の針は、すでに容赦なく起床時刻を指し示していた。

私は大慌てで首を振って雑念を振り払うと、彼(青島)の分の朝食を作るため、大急ぎでエプロンを締めて台所へと向かうのだった。

◇

【それから数日後。場所、自宅リビング】

あの不思議でカオスな「大量の孫夢」を見てから、数日が経過した。

アサマがチームスピカの面々と正式に顔合わせをし、サブトレーナーとなった青島と共に、現代の学園生活の基礎を叩き込まれてからちょうど1週間が過ぎたある日の休日。

仲間の一員として過ごす日々に少しずつ慣れ、日常の平穏を取り戻しつつあった二人だったが、ここで、彼ら以外には決して気にも留めないであろう、恐るべき【不可解な問題】に直面することになる。

きっかけは、休日のリビングでの、なんてことのない些細な会話からだった。

「それにしても、最近やっと基本的な操作に慣れてきましたけれど、この『すまーとふぉん』という未来の機械は、本当に恐ろしいほど便利ですわね。知りたいと思ったことを、指先一つで瞬時に何でも教えてくれますもの。例えば、お料理をするときの最先端のレシピ、今日世界で起きた最新のニュース記事、おまけに……そのニュース記事を読んだ、顔も名前も知らない一般の人々のリアルな感想や意見(リプライ)までもが、一瞬で画面に溢れ出てしまうだなんて。……『ねっとわーく』とは、本当に凄まじい文明の利器ですわ」

自宅のリビングにある柔らかなソファーに座り、慣れた手つきでスマホの画面をスクロールさせながら、アサマはしみじみと呟いた。すると、そのすぐ隣に座って自身の端末を弄っていた青島が、画面から目を離さずに応じる。

「まあな。でも、あんまりネットの情報を何でもかんでも鵜呑みにするなよ? ネットの海にはデマや誇張も溢れてるから、全部が正しい情報じゃない。そこは、自分の中で何が真実か、ちゃんと考えて取捨選択して――って、アサマ、さっきから随分と楽しそうに画面を食い入るように見てるけど、一体何を見てるんだ?」

「フフッ、気になります? いいでしょう、いつもお世話になっている貴方へ、特別に教えて差し上げますわ! これをご覧になって!」

アサマは嬉しそうに胸を張り、自身のスマホの画面を青島の目の前へとこれみよがしに突き出した。

「ん?……これは……マンガ、か? しかも、ブラウザじゃなくて……『ウマッター』に直接画像で載ってる個人投稿のやつか」

「ええ、そうですの! 最近、日々の激しいトレーニングの合間に、この作者様の創作物を拝見するのが、私の一番のお気に入りなんです。現代の言葉を借りるなら、いわゆる『神絵師』というやつですわね」

「へえ、そうなのか。そんなに面白いのか、それ?」

「はい! それはもう、涙が出るほどに! ……そうですわ! 良い機会ですし、貴方も今すぐここで読んでみるべきですわ! 現代のネットスラングでは、こうして他者にお気に入りの作品を熱狂的に勧める行為を『布教』と言うのでしょう? ネットの掲示板で完璧に予習いたしましたわ!」

「その、現代のオタク文化への異常な適応力を見る限り、お前のメンタルの心配は完全に無駄だったな……。どれどれ……ほう、これは……」

青島が半ば呆れながら覗き込んだスマホの画面には、ウマ娘と思わしき可憐な少女と、地味なスーツを着た人間の男性が、互いに手を固く握り合い、熱い視線を交わし合っている、極めて美麗なイラストが描かれていた。

「なるほど、恋愛モノ(ラブコメ)か……」

「ええ! それも、最高に胸が熱くなる純愛ものでしてよ!」

「意外だな。お前みたいなカタブツのお嬢様が、そんな男女の恋愛漫画にここまでドハマりするなんてさ」

「お話の構成が素晴らしいのもあるのですが……何と言いますか、上手くは言葉にできないのですけれど、この作品の主人公の境遇やセリフが、私にはどうしても『他人事』とは思えない不思議な親近感を感じるのですわ!」

「まあ、そういった健全な創作物でリフレッシュして、走りのストレスを解消してくれるのは、トレーナーとしても大歓迎だからいいことだけどな」

「ええ! この作品を知ってからというもの、私、毎日この作者様のウマッターのアカウントを秒単位で更新してチェックするほどの、大、大、大ファンになってしまいましたの!!」

「そ、そうか……。ちょっと声のボリュームがデカいぞアサマ……」

目をらんらんと輝かせ、普段の気品をどこかへ置き忘れたような熱量で、アサマはソファーの上で俺の方へとグイグイと詰め寄ってきた。

「そうなのです! 主人公である彼女は、とある超名門の家に生まれ、中央の学園に通う誇り高きウマ娘。しかし幼い頃から、自身の血筋や権力を利用して家に取り入ろうとする、汚い大人たちと多く関わってきたせいで、『他人に決して弱さを見せてはいけない。見せてしまえば、そこから家を脅かされる』という強い強迫観念に縛られていたのです。ゆえに彼女は、他人に決して気を許さない、周囲から畏怖される冷たい氷のようなウマ娘へと成長してしまいました。……ですが! 学園で、自身の担当となる地味だけれど芯の強いトレーナーの殿方との出会いがきっかけとなり、人を信じようとしなかった彼女の閉ざされた心が、大きく、ドラマチックに変わっていくのですわ! 特に、私のイチオシの至高の場面は、この最新話で、トレーナーである彼が凶悪な集団に突然捕まってしまう時に――」

「分かった! 分かったからアサマ! 今から俺の端末でも検索して読むから、ちょっと距離が近い! 近いって! そんなに詰め寄らないでくれ!」

「え?」

慌ててポケットから自分のスマホを取り出し、検索を始めようとした青島の指摘を受けて、アサマは我に返り、気の抜けた声を漏らした。

彼女が改めて自分たちの置かれた状況を確認すると――ソファーの上で熱弁するあまり、アサマは青島の身体へと完全にのしかかるように密着しており、二人の関係性を知らない他人が見れば、間違いなく「深く愛し合っている恋人」か、あるいはそれ以上の一線を越えた至近距離まで、お互いの体温がダイレクトに伝わるほど体が押し付け合っていたのだ。

「……あら。これは大変失礼いたしましたわ。あまりに作品の素晴らしさを伝えたくて、夢中になってしまいました。……今すぐ、離れま……っ」

大慌てで身体を引き離そうとした、その刹那。

アサマの脳内に、ある「小さな悪戯心」がひらめいた。彼女のウマ耳と尻尾が、ピキィン! と邪悪な(可愛い)角度でピンと上を向く。しかし直後に、彼女はわざとらしく、その力強く立てられたウマ耳と尻尾を、力を無くしたようにしゅんっ……と切なげに垂れ下げてみせたのだ。

そして――彼女は、潤んだ瞳で青島の顔をじっと見つめながら、消え入りそうな声でこう囁いた。

「……貴方は。私が、こうして貴方のすぐ近くに寄り添っているのは……それほど、お嫌……なのですか?」

まつ毛を微かに震わせ、まるで世界のすべてに拒絶されたかのような、哀れで、しかし破壊的にあざとくて可憐な純真無垢な乙女の眼差し。アサマは、じっと彼の反応を観察した。

彼女は純粋に、興味があったのだ。

突然こんな風にウマ娘から仕掛けられたら、この生真面目な男は一体どんな反応を示すのだろうか、と。

いつものように真っ赤になって笑って誤魔化すのか、あるいは名門の圧力に気圧されて力づくで押し戻してくるのか――はたまた、彼もまた一人の男として、内なる熱い本性を現し、このまま自分をソファーへと押し倒して……。

そんな、脳内だけで凄まじい大人の妄想を繰り広げる彼女の心境を代弁するかのように、後ろの尻尾が期待で左右に小さくゆらゆらと振られる。

ほんの軽い、お茶目な休日のイタズラのつもりだった。

だが――悲しいかな。彼女がこの「鈍感の化身」である青島トレーナーに対し、このようなラブコメ的な行動を仕掛けて、期待通りの甘い展開になったことなど、これまでの人生でただの一度だって存在しなかったのである。

二人の間の会話が途切れて、静寂が数秒間流れた後。

青島の口から返ってきたのは、彼女の乙女心を跡形もなく粉砕する、あまりにもあっさりとした、そして極めてテクニカルな「技術的ツッコミ」だった。

「――なあ、アサマ。甘えてるところ申し訳ないんだけど、一つ、マジで真面目な質問をしていいか?」

「は、はい!?……な、何ですの、急に……っ」

まさかそんな完全に冷え切ったトーンで質問が返ってくるとは思っていなかったため、アサマの悪戯な尻尾の動きがピタッと硬直した。

当然、愛の告白や押し倒しの気配など微塵もなく、青島は極めて神妙な、地獄の底を這うような真剣な面持ちで、アサマへスマホの画面を突きつけたのである。

彼からの返答は、アサマが夢想していた甘い言葉とは、180度ベクトルの違う「戦慄の指摘」だった。

「これ……お前、読んでて流石に『異常』だって気づかなかったのか?」

「……はぇ? 異常、とは……一体何のことですの?」

話の意図が全く見えず、ただただ動揺するアサマを置き去りにして、青島はスクロールする指を止め、真顔で話を続けた。

「今、お前に言われて、そのアカウントの漫画を最初から数話、超特急で読んでみたんだ。……アサマ、お前、本当に何も気づかずにファンをやってたのか?」

「気づくって、だから何を――」

「このウマッターに投稿されてる漫画の出来事やイベント、そのすべてが――俺たちがこの現代にタイムスリップしてくる前、つまりはお前がメジロ家のウマ娘として活躍していた時、実際に体験した『現実の場所』や『リアルに遭遇したトラブル』と、一字一句レベルで完全に一致してるんだよ」

「――なっ、……っ!?!?」

期待していたラブコメ展開とは宇宙の果てほどにかけ離れていたが、その指摘の内容があまりにも予想外かつ衝撃的すぎて、アサマは当初のあざとい目的を完全に忘れ去り、青島のスマホ画面へと食い入るように聞き入った。

「ああ、よく見てみろ。投稿されてる漫画の内容。第1話が学園の正門前で『後ろ姿が似てたからマックイーンと間違えてスカウトした出来事』だろ。第2話が『温泉街の旅館で俺が引退宣言をして湯呑みを机に叩きつけられた話』。3話、4話、5話、若干のファンタジーな脚色や美化は加えられてるが、ストーリーの骨組みが、ほぼそのまま、100%リアルにトレースされてる」

青島は、画面にアップで表示されている「冷徹な氷の令嬢(主人公ウマ娘)」の顔を指先でトントンと叩く。

「それに、この漫画の主人公の見た目や、キレた時の独特の怖いオーラの描写……誰に似てると思う?」

示された数々の不気味な共通点。描かれたキャラクターの髪型、紫がかった美しい髪色、名門という生い立ち、そして何より、経験したトラブルの完全な一致。

その画面を注意深く見つめていたアサマは、ついに、自身の魂を激しく揺るがす「最悪の事実」に気がついてしまった。

「に、似ていると言われましても……って、ま、まさか、まさか、まさか……っ!?!?(大赤面)」

「ああ、そうだ。どう見てもお前なんだよ、アサマ。これ、お前のノンフィクション実録暴露漫画だぞ」

だが、それでもアサマは、名門のプライドと常識にかけて、彼が言う恐ろしい仮説を必死に否定しようとした。

「た、確かに、言われてみれば、この作品のお話には恐ろしいほどに見覚えのある出来事ばかりですし、主人公のウマ娘の容姿も、私に似ていると言われれば、否定はできませんけれど……っ! ですが、流石にそれは現代のネットの広大さが生んだ、ただの奇跡的な『偶然』なのではなくてっ!?」

彼女の言い分は、常識的に考えれば至極まっとうである。

いくら自分たちに実際に起こった出来事や、出てきたキャラクターの見た目が酷似しているからといって、自分たちのトップシークレットであるタイムスリップの事実や私生活が、見ず知らずのネットの人間に筒抜けになっているなど、普通は「こじつけの陰謀論」として片付けられる話だからだ。

だが、青島には、この作品が「自分たちを明確な題材(モデル)として、悪意なく執筆されている」と言い切れる、絶対的な物理的確証があった。

「アサマ、お前の言いたい常識はよく分かる。だがな、漫画の内容もさることながら――一番の、そして最大の致命的な問題は、この狂ったクオリティの暴露漫画を、ウマッターの裏アカウントで夜な夜なリアルタイムで投稿し続けている『作者の正体』なんだよ」

「作者の、正体……? ネットの絵師様なのでしょう? 一体、どこのどなただと言うのですの!?」

青島が最悪の真実を告げようとしているその緊迫した空気に、アサマはゴクリと固唾を飲んだ。彼女の脳裏には、昨日部室で抱きしめたあの愛しい孫『マックちゃん(マックイーン)』の顔が浮かび、まさかマックちゃんが私たちの私生活を盗み見してネットに晒しているのでは、と不安が過る。

「まさか……マックちゃんが犯人なんですの!?」

しかし、青島は静かに、しかし決定的な拒絶として首を横に振った。

そして彼の口から、アサマの血脈に連なる、しかし未だ出会ったことのない『もう一人の未来の結晶』の名前が、重々しく告げられたのである。

「いや、マックイーンじゃない。……この漫画を裏で投稿している神絵師のアカウント名は、【どぼめじろう】。……そして、学園のデータベースと照合して判明した、彼女の本名は――」

青島は、アサマのスマホのプロファイル画面を指差しながら、その決定的な名前を口にした。

「――メジロ家次女、……【メジロドーベル】だ」

「メジロ……ドーベル……」

その瞬間、アサマの頭の中に、あの夢の中で自分に飛びついてきた「黒髪の愛らしい我が孫」の姿が、鮮烈にフラッシュバックした。

トレーナーから告げられたのは、マックイーンに続き、二人目のメジロ家の現役ウマ娘であり――

表向きはクールで男嫌いな気高き大令嬢、しかしその裏の顔は、自分のおばあちゃんの若かりし頃のラブコメ実録を夜な夜な同人漫画にしてネットに大拡散しているという、最強の身内テロリスト「メジロドーベル」の衝撃の正体であった。

 

 

 




お気に入り登録、誤字脱字、高評価、感想書いてくれた兄貴、姉貴達感謝します。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。