メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。 作:風神・雷神
スカウトから数年後。
とある老舗旅館。
「では……。これより、我らの悲願であった天皇賞での大勝利を祝しまして、乾杯!!」
「……いただきます」
豪華な海鮮料理と一緒に運ばれてきたビールをコップに注ぎ、勢いよく飲み干す。
アルコールが、激戦を駆け抜けて疲れた体に心地よく染み渡っていく。
今、俺は客室で一泊二日の温泉旅行を、担当ウマ娘であるメジロアサマと二人で楽しんでいた。
この旅行自体、アサマの話によると、彼女の両親が「天皇賞の熱戦への記念に」と用意してくれたものらしい。
「……いや、でも今になってちょっと申し訳なくなってきたわ。今日急に誘われたけど、こんな豪華な老舗旅館をメジロ家の方で用意してもらってさ。俺、一銭もお金払ってないけど本当にいいのかな?」
「はい。特に気に病む必要はありませんわ。私も、今朝になって突然お母様から『行ってきなさい』と言われて今に至りますから。全く、どうしてこうも強引なやり方を……。私にだって、心の準備というか、タイミングというものがありますのに……」
アサマは少し耳を伏せ、パタパタと尻尾を揺らしながらお茶を濁すように呟く。
「そっちも今日聞いた感じなのか。大丈夫か? やっぱり、迷惑だったら今からでも帰るか……?」
「……いえ! 問題ありませんわ。それよりも、早くお料理を頂いてしまいましょう。冷めてしまっては、料理人の方方に失礼ですから」
そう言うと、彼女は目の前に置かれた料理を口に運び始めた。
やはり名門の育ちだろう。食事の席であっても、姿勢やマナーといった所作の一つ一つに気品溢れるお嬢様感が漂っている。
……ただ、俺に出された料理の倍以上のボリュームが彼女の前に並んでいるのは、担当になって数年が経った今ではすっかり見慣れた光景だった。
それにしても、旅行に出発する時、アサマのお母さんが「しっかり、決めてらっしゃーい!」とニッコニコの満面の笑みで邸から送り出してくれたのは何だったんだろうな、あれ。
まあ、うちの担当も嬉しそうだし、いいか。
「あの、一つ伺ってもよろしいかしら?」
お酒も進み、互いに料理を一通り食べ終えたタイミングで、アサマが静かに切り出してきた。
「ん? 何?」
「……あなたは、これからどうするのですか? その……私のほかに、別の生徒を担当に加えたり……し、しますの?」
急な質問に少し驚いたが、答えに困るような内容でもなく安心する。
「で、ですから! もし今後、他のウマ娘をスカウトして担当を増やすというのであれば、私もシニア級の先輩として相応の心構えをしなければいけませんので、少しでも早く聞いておきたいと思ったのですが……ど、どうなのです?」
「あぁ、そういうことなら大丈夫。新しく担当の子を増やそうなんて、これっぽっちも思ってないから」
「……そうですか。別に心配などはしていませんでしたが、今後もあなたと私の二人三脚でさらなる高みを目指すというのであれば、当然の選択ですわね」
アサマは澄ました顔で静かにお茶を飲んでいるが、後ろで尻尾が嬉しそうにゆらゆらと大きく揺れている。
あの尻尾の動きは、彼女が大好物の特大エクレアや和菓子を食べている時によく見せるものだ。気のせいか、さっきより一段と機嫌が良くなったように見える。
「いや、そういう訳じゃなくてさ。俺、トレーナーを辞めるから、もうスカウトする必要がないんだ。もう、これ以上頑張らなくていいからね」
お酒が回っていたのが原因だろう。俺は、心の中でずっと温めていた人生設計を、あっさりと口に出してしまった。
「ですから、やはり私とあなたは一心同……体……。今、何とおっしゃいました?」
その一言が放たれた瞬間、部屋全体の空気がピシャリと凍りついたのが分かった。
正直、日本酒を飲みすぎて、この辺りから俺の頭はほとんど回っていなかった。
「いや、だから今言った通りだって。トレーナー、辞めるから」
「……理由を、お聞かせ願えますかしら。正確に、一言一句漏らさずに」
「理由? ええっと……簡単に説明すると、俺の目標が達成されちゃったからかな。あ、アサマに落ち度は何もないから気にしなくていいぞ! 後任の優秀なトレーナーへの引き継ぎもちゃんとするから、安心してくれ!」
俺が笑ってそう説明すると、アサマは手元のお茶を勢いよく飲み干し――。
――湯呑みを、ドンッ!!! と凄まじい音を立てて机に叩きつけた。
幸いにも湯呑みは割れなかったが、アサマの様子はさっきまでとは完全に一変していた。耳の先端は限界まで後ろへ向けられ、鋭く逆立った尻尾が、床を威嚇するように何度も打ち据えている。その瞳の奥には、見たこともないような重く昏い光が宿っていた。
「……そうですか。分かりましたわ。あなたの『お考え』は、本当によーーく分かりました」
「そうか。じゃあ、俺もう眠いからさ……。詳しい話は、また明日な……」
「ええ。では、良い夜を。トレーナーさん……」
鉛のように重い体をどうにか動かし、千鳥足で布団が敷いてある隣の和室へと向かう。そのまま泥のように布団へ横になり、意識を手放した。
寝る寸前、なぜか「敷布団が1枚」しか用意されていなかったことや、しばらくして、背後から驚くほど熱い体温としなやかな何かが布団に滑り込んできたような感触がしたが……きっと、全部お酒のせいで見たタチの悪い幻覚だろう。
◇
「……っ」
窓から差し込む強烈な日の光で、目を覚ます。
二日酔い特有の鈍い痛みが、ガンガンと頭の中を支配していた。
「うう……飲みすぎた……」
頭を押さえながら起き上がると、俺は強烈な違和感に襲われた。
和室の敷布団で眠りについたはずなのに、なぜか俺の体は、フカフカとした見慣れない洋式のベッドの上にあったのだ。
それだけではない。
部屋の壁紙、家具、天井の照明――そのすべてが、昨日泊まったはずの歴史ある老舗旅館の客室とは、全くの別物に変貌している。ビジネスホテルのような、現代的で綺麗なワンルームだ。
誰かが、俺が寝ている隙に拉致でもして移動させたのだろうか?
だが一体何のために? 旅館はメジロ家が貸し切りにしてくれていたはずで、自分たち以外の客はいなかった。
混乱する頭で辺りを見回すと、ベッドの脇にあるお洒落なデスクの上に、一冊のパンフレットと雑誌が置かれているのが目に留まった。
俺はふらつく足で近づき、その表紙を手に取る。
『中央ウマ娘トレセン学園・入学案内(202X年度版)』
『月刊トゥインクル:今週の注目株・メジロマックイーン特集!』
「……は?」
雑誌の表紙には、見覚えのある「俺の最推し」の姿。そして、あり得ない未来の数字が書かれたカレンダー。
過去に似たような状況(1話目アサマとの遭遇)を経験していた俺の脳裏に、最悪の仮説が浮かび上がる。まさか、今度は俺が……未来の世界に飛ばされた、のか……!?
冷や汗が背中を伝う中、カサリ、と背後から布の擦れる音が聞こえた。
「……んぅ。あなた……どこへ行くのです、こんな朝早くから……」
「っ!?」
勢いよく振り返ると、そこには、旅館で着ていた浴衣を両肩がはだけるほど大きく着崩したアサマが、眠そうに目をこすりながらベッドから起き上がってくるところだった。
どうやら、俺の担当ウマ娘であるメジロアサマも、セットでこの未来に巻き込まれてしまったらしい。
巻き込んでしまった恐怖と申し訳なさ、そして「昨日の夜、彼女と何があったのか」という別の恐怖で頭が破裂しそうになる。
もし、この状況が本物なら……。
俺たちは、あの『メジロマックイーン』たちが生きる、アニメやゲームの現代(未来)の世界に、二人揃ってタイムスリップしてしまったのだ――。
メジロアサマ
・身長 171㎝
・体重 重要機密
・スリーサイズ B89・W57・H88
・学年 高等部
・好きな物 和菓子(特に団子)
評価
ステータス
・スピード S ・スタミナ S ・パワー A ・根性 B+ ・賢さ A+
・信頼度 100(MAX)