メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。 作:風神・雷神
あの時のことを思い出すと、どうしても怖くて仕方がなくなる。
忘れたくても、人というのは、激しい痛みや死の恐怖といった記憶をそう簡単に消し去ることはできない。
目を閉じれば、今でも悪夢として何度も、何度も脳裏に蘇る。
最初は何かの悪い冗談だと思っていた。だが、現実はどこまでも冷酷だった。
気が付いたら、全く見覚えのない部屋で目が覚め、指令のような内容が書かれた紙が机の上に置いてあった。
最初は信じるはずもなかった。しかし、その紙が急に青い炎を上げて塵に変わった、その10秒後。
――突如として、立っていられなくなるほどの激痛が胸を襲い、俺はその場に崩れ落ちた。
呼吸ができない。心臓が動かない。意識が急速に薄れていくあの感覚は、これまでの人生で体験したことのない、魂が凍りつくような恐怖だった。
急に降ってきた圧倒的な理不尽。混乱する頭の中で、俺が生き残るために出来ることはただ一つ――紙に書かれた『ミッション』をクリアすることだけだった。
ご丁寧に、机の上にはこの世界での俺の戸籍などの書類が用意されており、その中にはトレセン学園のトレーナーとして活動するための身分証と、鈍く光るバッジが置かれていた。
突如として始まった、命を賭けた強制イベント。
俺はただ「死にたくない」の一心で、そのミッションを泥泥になりながらも達成し、今度こそ元の世界へ帰ることを誓ったのだ。
それなのに、なぜ――。
◇
親愛なる君へ
『ごきげんよう、トレーナー君。こうやって、君宛に手紙を出すのは初めてだね。
私は、神だ。
まずは最初のミッションクリア、おめでとう! いやあ、実に、見ごたえのある素晴らしいモノだったよ。
だからさ、これだけで終わってしまうのがどうしても名残惜しくて、もう一周行ってもらうことに決めたよ!
勝手に決めてごめんね。でも、今度こそ本当に最後だから。神は約束を絶対に守るからね。
また同じ設定でも良かったけど、やっぱり違った方が面白いから少し変えとくね。
今回は、前のミッションから約60年後の未来の世界だ。
ちなみに、アニメやゲームでお馴染みの、スペシャルウィークやトウカイテイオー、それにメジロマックイーンのようなウマ娘達がいるから、実際に会えたりするかも。やったね。ラッキー!
あ、今回は特別にお供役として、君がさっきまで担当していたウマ娘のメジロアサマを連れてきてあげたよ。ステータスとかはいじってないから、ほぼ前と変わらないと思うよ。
ちょっと話が長くなっちゃったかな?
それじゃあ、今回のルール説明をするね。
【ミッション】
・担当ウマ娘による 有馬記念 1着
・担当するウマ娘:制限なし
・期間:3年
・成功報酬:元の世界への返還
【注意】
・メジロアサマ以外の第三者(人間、またはウマ娘)に、自身の身に起こった事や正体がバレてしまった場合、即座に『死亡処置』が行われます(トレーナー限定)。
(その場合、メジロアサマは自動的に元の世界へ安全に返還されます)
・この紙は読み終わり次第、自動的に破棄されます。
・破棄されてから十秒後に、数秒間の『心臓停止』を実行します(トレーナー限定)。
神より』
◇
このおぞましい騒動の元凶が書いたであろう文面に、真っ先に目を通したのは、メジロアサマのトレーナーだった。
冷や汗を流しながら紙に記入されていた内容を一字一句脳裏に叩き込み、隣で不思議そうに覗き込んできたアサマへと、震える手でそれを手渡す。
「……読み終わったら、すぐに机の上に置いとけよ。紙に書いてあるだろ。それ、燃えるから」
「は、はあ……?」
紙を受け取ったアサマは、一通り目を通した。そして怪訝そうにそれを机の上に置いた瞬間――紙は音もなく青い炎に包まれ、一瞬で塵へと消え去った。
驚いたアサマは、弾かれたようにトレーナーの背中へと素早く隠れる。
机の上には、火が上がったはずの焦げ跡どころか、傷一つ残っていなかった。
トレーナーは、じわじわと這い上がってくる絶望感から、血の気が引いて顔面が真っ青になっていく。
そして、脳裏にカウントダウンが鳴り響く。
あの手紙に書かれていた、そしてさっきまで悪夢として見ていた『アレ』が、間もなくやってくる。
「あの、トレーナーさん、これは一体どういう冗談……」
「……ごめん、説明は後にしてくれ。もうすぐ、アレが、来る……ッ、がはぁっ!?」
突然、トレーナーが自身の胸を強く掻きむしるようにして苦しみだし、ドサリと床へ膝から崩れ落ちた。
あまりの変貌ぶりに、アサマの顔から一気に色が失われる。
「き、来た……胸が……あ、あぐ、っ……!」
「っ!? どうしたのですか! あなた、しっかりしてください!!」
これまでの数年間、一度も見せたことのないほど激しく悶絶するトレーナーの姿。アサマは破裂しそうなパニックを必死に抑え込み、どうすればいいか必死に思考を巡らせる。
「ど、どうしましょう。このままでは、トレーナーさんが死んで……だ、ダメです! そんなこと、絶対にダメですわ! とにかく、早くお医者様の所へ……きゅ、救急車! そうです、早く救急車を! 電話! 電話はどこにありますの!?」
「ア、っ……ハァ、……ハァっ、……!」
息も絶え絶えになりながら、アサマが必死に部屋中を見回して電話を探そうとしたその時。
床に倒れ伏したトレーナーの手が、縋り付くようにしてアサマの手首を強く掴んだ。
「っ!! あなた、大丈夫ですか!? まだ、まだ苦しいのですか!? 待っていてください、もう、私があなたを抱えて近くの病院へ走りますから……!」
「だ……大丈夫、だ……。これは、一時的な、もの、だから……。紙にも、書いてあった、だろ……っ」
肩を激しく上下させ、ようやく最悪の発作が収まったのを確認する。
トレーナーは過呼吸気味の呼吸を必死に整えながら、弱々しく声を絞り出した。
「俺も……どういう原理かは分からない。だが、あの紙に書いてあった通りに……実行されたんだ」
「た、確かにそのような不気味な文言が書かれていたかもしれませんが……! だからと言って、こんな不条理なことが、現実に起こるなんて……」
トレーナーの言葉に、アサマは信じられないと言わんばかりに両手で口元を覆い、愕然と立ち尽くしていた。
いくら文字で書かれているからといって、人間の心臓を意図的に止めるなど、常軌を逸している。
しかし、目の前で実際に起きた不可解で、恐ろしい現実を、彼女は少しずつ頭の中で咀嚼し、理解していくしかなかった。
トレーナーの呼吸がようやく落ち着いたのを見て、アサマは張り詰めていた息を大きく吐き出し、安堵の胸をなでおろす。
だが。
ホッとしたのも束の間、トレーナーの異様な様子に気づき、アサマの胸に冷たい不安が過った。
いつもなら、うるさいほどに前向きで明るい俺のトレーナー。
そんな彼が、まるで世界中に対して謝罪でもするかのように床に額を擦りつけ、体を小さく丸めていた。そして、アサマの手を握る彼の掌からは、隠しきれないほどの震えがビシビシと伝わってくる。
その姿はまるで、激しい雷鳴に怯え、震えるだけの小さな子供のようだった。
「……ど、うしたのです? あなた。まさか、まだ体のどこかが痛みますか? それとも……」
そこで、アサマは気づいた。
いつも眩しいほどの笑顔を向けてくれていた彼からは、およそ想像もつかない、アサマ自身がこれまでの日々で一度だって見たことのない『拒絶』の雫を。
「……もうたくさんだ。こんなの、もう嫌だ……」
トレーナーは、それがどれほど情けない姿だと分かっていても、どうしても溢れ出る涙を抑えることができなかった。
見てくれたニキ、ネキ感謝します