メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。   作:風神・雷神

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今回クセが強いかも


最高のティータイム

 

【60年前・とある思い出】

あれは、今でも忘れたことはありませんわ。

メジロ家の悲願でもある天皇賞制覇を、私と彼の手でついに成し遂げた時のことです。私はその日の夜、彼に長年温めていた想いを伝えようと、密かに心に決めていました。

ついにその時が訪れ、私は胸の高鳴りを必死に抑えながら、邸へ帰る途中の二人きりになれたタイミングを見計らって、彼へ言葉を紡ごうとしました。

ですがその前に、失敗する可能性など限りなく0%ではありますが、念のため彼が私のことを最初からどう思っていたのかが気になり、ふと、あの出会いの日のスカウトの言葉を思い出して、悪戯心で聞いてみることにしたのです。

あの言葉を、私は一字一句はっきりと覚えていました。『これはもはや「愛」と言ってもいい!』と、彼はあの時、私の目を真っ直ぐ見て叫んだのです。

その言葉が事実なら、彼は私と出会ったその瞬間から、そんな情熱的な口説き文句を口にするほど、私に一目惚れをしていたということになります。

それはもう、私の完全勝利、勝ったも同然の勝負でした。

……ですが。現実とは、どうしてこうも上手くいかないのでしょう。

返ってきた彼の答えは、私が思い描いていた甘い言葉とは、似ても似つかないものでした。

『あ、それな……。あれさ、もともと別のウマ娘をスカウトしようと思って声をかけたら、後ろ姿がそっくりだったアサマだったんだよな。だからさ、あれはアサマに対して言ったわけじゃないから、気にしなくていいぞ! 今まで勘違いさせて悪い気にさせてたらごめんな!』

……はい?

その言葉を聞いた瞬間、私の完璧な未来予想図は一瞬にして消し飛び、思考が完全に停止しました。

時間が経つにつれて、彼の『アサマに対して言ったわけじゃない』という冷酷な発言が脳内で幾度もリフレインし、私に向けられたと信じて疑わなかった言葉のすべてが、全く別の『見知らぬウマ娘』へ捧げられたものだったという事実に、頭の中が真っ白になりました。

同時に、記憶の奥底からスカウトされた瞬間の映像が鮮明に引っ張り出され、確かにあの時、彼が私の名前ではない、別の不届きな名前を口にしようとしていたことを思い出したのです。

確か……彼はあの時、『メジロマック……』と言いかけていましたわ。

その後、私はメジロ家の総力を挙げて『メジロマック』という名のウマ娘を捜索させました。名門メジロの名を冠している以上、我が家に籍があるはずですが、当然そんな者は一人も存在せず、私は勝手にメジロの名を騙る不届きな泥棒猫がいるに違いないと確信しました。しかし、どれだけ探しても、その女の尻尾を掴むことはできませんでした。

日を追うごとに、ムカムカとした暗い感情が私の心を支配していき、例の泥棒猫について考えるたびに、その炎は心の底から激しく燃え盛ります。

……ええ、認めましょう。これが世に言う『嫉妬』という感情なのでしょうね。

ここまで来て、もう引くことなど出来ません。私はどんな手を使ってでも、この鈍感な男を私のものにして見せると魂に誓いました。

――このあまりにも不条理な出来事が引き金となり、私は水面下で、あの『一泊二日温泉旅館監禁外堀埋め計画』を猛然とスタートさせることになったのです。

◇

【現在・とあるカフェ】

今、アサマは非常に気分が良かった。

にこやかに可憐な微笑みを浮かべつつも、周囲の客を本能的に退散させるほどの近づきがたい精神圧(オーラ)を放っているが、アサマ自身の内面には怒りはなく、至って平常心だった。

なぜなら、長年アサマの胸を苦しめていたあの『モヤモヤの元凶』を、この手で完全に排除できると確信したからだ。

上品に紅茶のカップを口元へと運び、相席してきた栗毛のウマ娘を視界の端できっちりと捉えながら、アサマは冷徹に思考を巡らせる。

さて……。

(私の男に、60年も前から横恋慕をしていた卑しい“泥棒猫”が……まさか、こんな形で出会えるとは。どう料理して差し上げましょうか……)

冷たい光を宿したその双眸は、マックイーンを完全に「時空を超えた恋敵」としてロックオンしていた。

だが、ウマ娘らしく走りで白黒つけるのも、ましてや暴力を振るうのも名門の矜持が許さない。そんな方法でマックイーンに勝ったところで、アサマのプライドは1ミリも満たされないのだ。

アサマがそんな恐ろしいことを考えていると、生きた心地のしていないトレーナーが、机の下でアサマの服の袖を必死に手招きし、自分の方へと体を寄せさせて小声で耳打ちしてきた。

(おい、一体どういうつもりだよアサマ! なんでいきなりそんなに怒ってんだよ、初対面だろ!?)

(……これは、私と彼女の間の、女の『歴史的因縁』の問題です。あなたは黙って静かにお茶でも飲んでなさい)

(え? いや、俺が言いたいのはさ! 注文キャンセルしてでも、今すぐここから離れるのが最善策だろ! 今、メジロ家の現役ウマ娘に関わるのはルール的にマジでヤバいんだって! だから……!)

(あなたには申し訳ありませんが、ここは絶対に引けません。それに心配せずとも、あの頭のおかしい神のペナルティに触れるようなポカはいたしませんわ。私を信じて安心していなさい)

(いや、だからさ……っ)

コソコソと火花を散らす二人の深刻な様子を見ていたマックイーンは、自慢のウマ耳をシュンと元気がなさそうに横へと寝かせ、ひどく申し訳なさそうな顔で声をかけてきた。

「あの……。本当に、すみませんわ。私、お二人のお邪魔をする形になってしまいましたみたいで……。もしご迷惑でしたら、ハッキリとお断りいただいても構いませんでしたのに……」

初対面のはずなのに、なぜだか目の前の美しいウマ娘(アサマ)から、メジロ家のどの重鎮からも感じたことのないような、心臓が縮み上がるほどの圧倒的な「血の圧力」を感じ、マックイーンは本能的に萎縮してしまっていた。

それを見たアサマは、ふっと口元に手を当て、慈愛に満ちた聖母のような微笑み(目は一切笑っていない)で応じた。

「いえいえ、滅相もありませんわ。全然気になさらないでくださいな。お食事の席というのは、人数が多い方が賑やかで楽しいものですもの。……ねえ、あなた?」

アサマの美しい微笑みの裏でギラリと光る、鋭い脅迫の視線を向けられ、トレーナーの口からは完全に条件反射となった言葉が飛び出す。

「……ソ、ソウダネ。マッタク問題ナイヨ」

「そうですか……! お二人とも、ありがとうございます。では、さっそく注文の方を……」

マックイーンはホッとしたように胸をなでおろし、近くにいた店員に声をかけて注文を済ませると、席が一緒になった瞬間からどうしても気になっていた「最大の疑問」を、意を決して二人に問いかけた。

「あの……大変不躾なのですが、お二人のご関係は……やはり、そ、その、恋人同士……だったりするのかしら?」

「ええ、もちろんその通りですわ。現在進行形でアツアツの、将来を誓い合ったカップルですの。ところで、マックイーンさんは今日はお一人でここへ?」

如何にも当然だと言わんばかりに、自分たちの関係を堂々と「恋人」と言い放ったアサマの暴挙に、トレーナーは唖然とするしかなかった。

(そんな嘘ついたら、後々トレセン学園でマックイーンと関わった時、余計な誤解とスキャンダルを生むだろうが……っ!)

内心で頭を抱えて苦悩するトレーナーを置き去りに、ウマ娘二人の会話は妙な盛り上がりを見せていく。

「はい、そうですの。実は、学園の近くのお店で使える半額クーポンを家族からいただきまして、折角の機会だと思って足を運んでみましたの。このお店の雰囲気が良ければ、私の所属するチームの皆様にも教えて差し上げようと思いまして」

「それはそれは、素晴らしい心がけですわね。では、チームの方々に胸を張って勧めるためにも、お店の料理を余すことなくしっかりと味わわなければなりませんわね」

「ええ、まさにその通りですわ! なので、今日は存分に楽しもうと思っていますの。それに……」

二人のウマ娘が楽しげに(片方は命がけの心理戦として)会話の花を咲かせている中、トレーナーは完全に話の輪から外れ、静かに最善の生存戦略を練っていた。

そもそも、彼がここまで執拗にメジロ家の人間を警戒するのには、明確な理由があった。

今回の神のルールで最も危険なのは、この現代で自分たちの正体を知る存在に遭遇すること。60年という歳月が流れた今、当時の俺たちを知る人間などそうそう生きているはずがない、と高を括っていた。

だが、たった一人だけ、その前提を根底から覆す絶対的な人物の存在に気がついたのだ。

それこそが、現在のメジロ家の頂点に君臨する【おばあさま】――すなわち、この世界の歴史を正しく歩んだ、もう一人の『メジロアサマ本人』である。

もし、俺たちのことを知らない他人が当時の写真を見比べたとしても、60年の時を超えて当時の姿のまま現代にやってきたなどとは普通は考えない。せいぜい「他人の空似」で片付けられる話だ。

だが、相手が【おばあさま】本人となれば話は別だ。アサマ自身の些細な癖や、トレーナーである俺の立ち振る舞いから違和感を察知し、「まさか自分自身と、あの時のトレーナーではないか」と気づかれ、調べられ、過去から来たという真実にたどり着かれてしまう可能性が極めて高い。正体がバレれば、その瞬間に俺は心停止で死亡する。

だからこそ、なるべく【おばあさま】への接触ルートを断つためにも、その孫であるマックイーンとは一刻も早く距離を置くのが絶対的な安全策なのだ。

(よし……ここは頼んだ料理が来たら速攻で胃袋に流し込んで、『急に腹が痛くなった』ってことにして強制的に帰ろう。マックイーンに俺の顔を深く覚え込まれる前に、一刻も早くここから立ち去るんだ……!)

そうでもしなければ、戦闘態勢に入ったアサマが絶対にこの場を動いてくれないと確信していたからだった。

トレーナーが息を潜めてそんな逃亡計画を立てていると、ついに料理がテーブルへと運ばれてきた。

「お待たせいたしました! こちらが当店名物、【カップルのお客様専用・ラブラブパンケーキGX】でございます!」

「――は?」

店員さんの弾んだ声と共に運ばれてきたそれを見た瞬間、トレーナーの思考は停止した。

目の前に現れたのは、大皿の上に十段以上ものハート型のパンケーキがタワーのようにうず高く積み上げられ、その上からドバドバとこれでもかと言わんばかりに真っ赤なイチゴソースがかけられた、あまりにも暴力的でメルヘンなデカ盛りスイーツだった。

(いや、ちょ、デカすぎだろ……! 嫌がらせかよ……!)

想像の倍以上の質量を誇るパンケーキタワーに圧倒され、戦慄するトレーナーを他所に、アサマは迷いのない手つきでナイフを入れ、パンケーキを切り分けた。そして、フォークで2枚ほどを豪快に突き刺すと、とろりとした赤いソースをたっぷりと絡め、満面の笑みで彼の口元へと突き出した。

「さあ、あなた。お口を開けてくださいな。……あ~んです、あ~ん」

「いやいやいや! 人目もあるし、自分で食えるからマジでいいって……!」

必死に拒絶するトレーナーを、アサマは不思議そうに小首を傾げながら見つめ、冷たい声音で告げる。

「何をおっしゃっているのですか、あなた。この“らぶらぶぱんけーき”は、お互いに食べさせ合わなければいけないルールなのですわ。ほら、メニュー表にもそう書いてありますでしょう?」

「え? いや、そんな馬鹿な……って、ホントに書いてある……っ!?」

慌ててメニュー表の注意書きを確認すると、そこには【※当メニューはパンケーキを通じてお互いの幸せを分かち合う特製スイーツです。二人の愛の力があれば何も怖くはありません! そのため、お一人で召し上がる行為は固く禁止しております!】という、カップルへの狂気的な縛りプレイが記載されていた。

「ですので、観念して早くお口を開けてくださいまし。はい、あ~んですわよ?」

「……っ」

有無を言わせぬアサマの精神圧と、目の前のメガ盛りパンケーキを前にして、これを一体食べきるのにどれだけの時間がかかるのかと絶望に暮れるトレーナー。彼は、グイグイとフォークを突き出してくるアサマから逃れるように、そっと対面のマックイーンへと視線を移した。

「こ、こんな、人前でこのような破廉恥な真似を……っ!! わ、わ、私のことはどうぞお気になさらず、お二人で存分に突き合ってくださいまし!!」

目の前で繰り広げられる濃厚な(実際は威嚇の)ラブコメ空間を直視してしまったマックイーンは、顔を耳の先まで真っ赤に染め上げ、大慌てで視線を明後日の方向へと逸らした。しかし、大のスイーツ好きとしての本能と、二人の関係への好奇心がどうしても抑えきれないのか、真っ赤な顔のままチラチラ、チラチラとトレーナーの様子を盗み見てしまう。

(……くそっ! もうこうなったら、一刻も早く完食してここを脱出するしかない……!!)

覚悟を決めたトレーナーは、アサマの差し出すフォークへ、自暴自棄気味に思い切り食らいついた。

弾力のあるパンケーキと、脳が溶けるほどに甘いイチゴソースが口いっぱいに広がる。それを確認したアサマは、対面で完全に圧倒されているマックイーンを冷徹に見据えながら、心の奥底で静かに勝利を確信していた。

(――ふふ、私の勝ちですわ。“メジロマックイーンさん”?)

60年の時を超え、アサマは自分の男を騙った(と勘違いしている)未来の孫へ向けて、静かなる報復の第一手を完璧に突き刺した瞬間であった。

 

 




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