メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。 作:風神・雷神
喫茶店でバイトをしている中山あかりは、今まさにとんでもないミスをしてしまったと激しく後悔していた。
この店は客の入りが多くなり、席に余裕が無くなると、お客様に相席をお願いするシステムを採用している。もちろん、双方にきちんと確認を入れ、了承をいただいてから席へ案内するのが鉄則だ。
そんな中でも、この店の店員たちの間には、絶対に破ってはならない「ある暗黙のルール」が存在していた。
それは――【カップルで入店されたお客様の席には、絶対に相席をさせないこと】。
これは決してカップル客を贔屓しているわけではない。同席する側、そしてカップル側、双方への店側の最大限の配慮だった。
単純な話、案内される側からすれば、目の前で見ず知らずの男女がイチャイチャしているのを見せつけられながら食事をするなど、居心地が悪くて死にそうになるだけだからだ。カップル側としても、二人だけの甘い空間に第3の人間が入り込んできたら、決して良い気はしないだろう。
だからこそ、カップル席への相席は絶対に頼まない。それが鉄則中の鉄則であった。
だが――中山は、男の存在を完全に視界から見落とし、その最悪なカップル席へと、一人客で来店したウマ娘を案内してしまった。
なぜ気づかなかったのか。理由は明白、彼女がバイトの直前まで「36時間連続で某大人気FPSゲーム」をプレイし続け、一睡もせずにシフトに入ったための、深刻な睡眠不足による注意欠陥が原因だった。先輩店員からの冷ややかな指摘で、中山は自分がしでかした事の重大さをようやく知った。
よりによって、その男女が座っていたのは、カップル限定でしか頼むことができない【ラブラブパンケーキGX】を注文するほどの、アツアツぶりが極まった席。
そこへ突撃させてしまった一人のウマ娘――それも、トレセン学園でも屈指の有名人である名門の大令嬢、メジロマックイーン。
気がついた時にはもう手遅れだった。カップル側の男が凄まじい気まずさからか、顔面を真っ青にしてガタガタと震えているのが、遠目からでもはっきりと見て取れる。
今すぐ別の席へ移動してもらおうと思うが、店内はすでに超満員。他に空いている席など一つもない。
中山は、自身の顔からスーッと血の気が引いていくのを感じていた。
深夜テンションのゲーマー店員がやらかした、たった一つの致命的なイージーミス。それが原因となり、運命の悪戯か、普通なら決して出会うはずのなかった「過去と未来のメジロ」が、最悪の空気の中で相対する結果となってしまったのであった。
◇
一方、メジロマックイーンは、目の前で繰り広げられる異次元の光景に完全に釘付けになっていた。
本来の目的は、この店の期間限定の極上スイーツを堪能することだったはずだ。しかし、今の彼女は、人生で初めて目撃する「男女の神秘」への驚きを隠せずにいた。
(こ、これが巷で噂に聞く、男女の『あ~ん』……っ!? み、見ているこっちの心臓が恥ずかしさで破裂しそうですわ……っ!!)
恋人同士のあまりにも濃厚なスキンシップ(実際はアサマの無言の脅迫)に、ウマ耳を真っ赤に染め上げ、目を白黒させながらも視線を奪われるマックイーン。
その激しいたじろぎっぷりを見て、アサマは「ふふっ」と口元がだらしなく崩れてしまうのを必死に堪えていた。
この瞬間、アサマはマックイーンに対し、完全なる自身の勝利を確信していた。
アサマは当然、この店のラブラブパンケーキの特殊なルールを事前に知っていた。これこそが、彼女が瞬時に思いついたマックイーンへの「女の挑戦状」だったのだ。
名付けて――【目の前で限界までイチャイチャし、私とトレーナーの圧倒的な仲の良さを見せつけつつ、新参者のあなたが付け入る隙など一寸たりともありませんわ作戦】。
アサマは、今まで存在すら怪しんでいた、自分より先にトレーナーの心を奪っていた(と勘違いしている)憎き『メジロマック』に対し、自分たちの揺るぎない絆をこれでもかと見せつけている現状に、かつてないほどのド級の優越感を覚えていた。背筋をゾクゾクとした甘美な快感が駆け抜ける。
同時に、ずっと胸の奥に燻っていた暗いモヤモヤが霧散していき、胸のつっかえが取れたような、最高にすっきりとした感覚を味わっていた。
(ふふ、これで十分だとは思いますけれど……。念のため、トドメを刺しておきましょうか)
冷徹なる怪物、メジロアサマの進撃はそこでは終わらない。彼女は更なる苛烈な追撃として、必死の形相でパンケーキを丸呑みしているトレーナーの口元に付着した、真っ赤なイチゴソースに目を付けた。
「あなた。口元にソースが付いていますわよ?」
そう言うと、アサマは白く細い人差し指をトレーナーの唇へと近づけ、その指先でソースを優しく拭い取った。そして――その指を、自身の桜色の唇へとゆっくり近づけると、マックイーンの目の前で、ペロリ、と妖艶に舐め取ってみせたのだ。
「ぶ、っ……!?」
驚きのあまり、トレーナーの思考は今度こそ完全に停止した。だが、対面に座るマックイーンの衝撃は、彼のそれを遥かに凌駕していた。あまりの衝撃映像に、もはやパニックを通り越して両目を限界まで丸くさせている。
(こ、こ、こ、この方たちは、神聖なお茶の席で一体全体何をされておられますのーーーーー!?!?!?)
アサマの一連の過激なアピールに、完全にキャパシティをオーバーして固まっているマックイーン。それを見たアサマは、これ以上ないほどの勝者の余裕を浮かべ、優雅に問いかけた。
「あら? マックイーンさん。そんなに食い入るようにこちらをご覧になって。……私の顔に、何か付いていまして?」
「……ふぇっ!? あ、い、いいえ! すみません、な、何でもありませんわ……っ!」
「フフッ。そんなに熱視線を送られますと、流石の私も少し気恥ずかしいのですけれど……」
「す、すみません……っ! わ、私、少々……少々、外の空気を吸ってまいりますわ……っ!!」
凝視していたことを完璧に指摘されたマックイーンは、相手の会話に支障が出るほど見つめてしまっていた自分の破廉恥さが急に恥ずかしくなり、おずおずとした調子で大慌てで席を立ち、逃げるように店の外へと飛び出して行ってしまった。
(あら。少々、やりすぎてしまいましたかしら?)
アサマは、店の外で「すーはー」と必死に深呼吸を繰り返しているマックイーンの姿を窓越しにチラリと確認すると、満足そうにフッと微笑み、再びトレーナーの口へと容赦なくパンケーキを放り込む。
文句も言わず、黙々と(というか必死に完食を目指して)食べるトレーナーの姿を見て、彼女の口元からニッコリと幸せそうな笑顔がこぼれた。
さあ、もっと食べていただきましょう、と次なるパンケーキを一口サイズに切り分けていた、その時だった。
ピキッ、と、突然アサマの動きが不自然に停止した。
そのまま数秒間、彫刻のように微動だにせず固まっていたアサマは、カチャリ……と、両手に持っていたフォークとナイフを、まるで恐ろしい爆発物でも扱うかのように静かに皿の上へと置いた。
そして――次の瞬間。
彼女の顔は、まるで限界まで熟れた真っ赤なリンゴ、あるいは茹で上がったタコのように、凄まじい熱量で紅潮していった。アサマはそのまま、ガタガタと震えながら視線を真下へと逸らしてしまう。
その尋常ではない様子を、すでに胃袋が容量限界寸前を迎え、お腹をパンパンに膨らませているトレーナーが、フォークを咥えたまま凄まじく困惑しながら見つめていた。
(ど、どうしたんだアサマ……? 急にパンケーキの供給が止まったと思ったら、急に顔を真っ赤にして固まって……何が起きたんだ……?)
目の前のメガ盛りスイーツをひたすら処理するだけのマシーンと化していたトレーナーを置き去りに、女の戦い(アサマの一方的な勘違いマウント)は、誰も予想し得なかった衝撃の形で幕を閉じるのであった――。
◇
【アサマ視点】
これほど嫌というほどに見せつけて差し上げれば、十分でしょう。
たじろぐ彼女の様子を見れば分かりますが、どうやら効果は絶大だったようですわね。
フフ、戦う前から勝敗は決していたのです。彼と出会えたこと、その運すらも実力のうちなのですから、私のことを悪く思わないでくださいね。マックイーンさん、少々お相手が悪うございましたわ。
しかし。
メジロ家において、栄光ある天皇賞を制覇した誰よりも名高いウマ娘であるこの【メジロアサマ】に対し、レースならまだしも、これまで私を陰ながら、しかし全力で支え続けてくれた最愛のトレーナーである彼を巡って勝負を挑んでくるなど、随分と私も舐められたものですわ。
ですが……まあ……。
最初の数分は、私の男を寝取ろうとするどこぞの不届きなウマの骨かと思っていましたけれど。実際こうして同じ席について観察してみますと……出会ってまだほんの少しではありますが、彼女の立ち居振る舞い、礼儀作法からは、十二分に「メジロ」の名を背負うに相応しいだけの気品と教養が感じられます。実によく教え込まれていますわ。
どうやら、彼女を見る限り、60年後の未来でも我がメジロ家は健在で、栄光を保ち続けているのだと思うと、先祖(?)として少し安心いたしました。
ですが、やはり彼女からは若干の幼さを感じさせますし、メジロ家を支える大黒柱となるにはまだ少し若すぎますわね。学年で言えば、中等部といったところかしら。……まあ、まだまだこれから、といったところでしょう。
それにしても、こうして彼女の顔を間近で見つめていますと、あのバカトレーナーが私と見間違えるのも、ほんの少しだけ理解できてしまいますわ。
身長やスタイルの話(そこは私の完全勝利ですけれど)は置いておくと、その顔立ちや、特有の気高い雰囲気などは、どこか私に酷似している点があるように感じられます。少し髪質こそ違いますけれど、その美しい髪の色などは私と全く一緒ですわね。
後ろ姿だけであれば、確かに私と見間違えても不思議ではない……いえ、そもそも身長は明らかに私の方が高いのですから、後ろからでも判別できそうなものですけれど! まあ、これに関しては、あの男の観察力に著しい問題があったとしか言えませんわね。
ですが……。
自分にどこか、驚くほどよく似ている彼女の横顔を見つめていると、不思議と、脳裏にこんな奇妙な考えが浮かんでしまうのです。
――『まるで、私の生まれ変わりのよう』……だと。
……ふふ、おかしなことを考えてしまいましたわ。まさか、そんなわけがありません。
何故なら、私は今、こうして、生身の身体でここに生きているのですから!
私はまだ死んでなどいませんもの、生まれ変わりなど物理的に存在するはずがありませんわ。
ええ、そうです。私自身もこうして今、彼の隣で生きている。
では。私にここまで血の匂いが酷似していて、顔立ちもそっくりな、この未来のメジロ家のウマ娘。
他に考えられる、論理的な可能性は――。
――メジロ家。
――60年後の未来。
――私に酷似した顔立ちと、同じ髪の色。
――そして、彼女の、年齢。
……!?!?!?!?!?!?
ま、まさか……。
嘘……そんな、まさか、まさか、まさか……っ!!!
その瞬間。アサマの脳内に、文字通り雷鳴のごとき激しい電流が走り抜けた。
提示されたすべてのピースが、最悪の精度でガチリと噛み合い、容易く、そして絶対に揺るぎない「一つの結論」へとアサマを導いてしまった。
(まさか……この、メジロマックイーンというウマ娘……)
(いえ。もしかせずとも、この子は……っ)
(もし、将来私が彼と……その、添い遂げたとするならば……いえ、娘にしては若すぎますわ。年齢が全く合いません)
(となると……ま、まさか! そんな天文学的な確率のことが……っ!)
(ですが、もし本当にそうだとするならば、私は……私はこの子に対して、一体全体なんてことを……っ!!!)
彼女、は――。
(私の、実の【孫】なのでは……っ!?!?!?)
その答えにたどり着いた瞬間。
フォークとナイフを放り出したアサマの全身を、これまでの人生で一度も経験したことのないような、文字通り魂が消し飛ぶほどの凄まじい羞恥心が襲いかかった。
(では、私は……っ! 私は、自分の実の孫相手に、新参の泥棒猫だと勝手に躍起になって……!)
(『彼を取られまい』と、大人げなく、これでもかと彼との破廉恥なイチャイチャを……! よりによって、その孫の目の前で! これ見よがしに、自慢げに見せつけていたというのですか!?)
(ああ。こ、これでは、浅ましいのは一体どっちなんですの!栄光あるメジロ家の血を引く私が、なんてことを……。)
(こ、こんな、こんな地獄のような恥ずかしい思いをしたのは……は、初めてですわ……っ! あああ、お母様、お父様……! 今すぐここに、私を埋めるための深い穴を掘ってくださいまし……っ!!!)
こうして、アサマが怒涛の嫉妬心から一方的に仕掛けた「未来の泥棒猫迎撃戦」は。
客観的には大勝利、アサマの内面的には「精神的死亡・大敗北」という、あまりにも切なすぎる結果で幕を閉じるのであった……。
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