メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。 作:風神・雷神
あの後、どうにかパンケーキタワーを完食して店を後にした俺たちは、マックイーンと別れ、支給された家への帰路についていた。近道のために選んだのは、夕日に赤く染まる静かな河川敷の土手道だ。
歩きながら、俺はつい先ほどまでいたカフェでの怒涛の展開を思い返していた。
アサマが急に顔を真っ赤にしてフリーズしたかと思えば、外での深呼吸から戻ってきたマックイーンに対する態度が、それまでとは完全に一変したのだ。
刺すような敵意はどこへやら、後半はまるで慈愛に満ちた聖母のような笑顔で、マックイーンのために追加の高級スイーツをこれでもかと注文して勧めていた。顔立ちがよく似ていることもあって、周囲の客には、年の離れた仲の良い麗しい姉妹のように映っていたことだろう。
だが、俺を一番驚かせたのはそれだけではない。
会計の際、アサマが何故か「マックイーンさんが頼んだ分の代金も、すべてこちらで支払いますわ!」と言い出したのだ。
急すぎるアサマの提案に、俺が「いや、なんで!?」と動揺していると、アサマは顔を真っ赤にしたまま、掴みかかるような勢いでこう言った。
『いいから払うのです、あなた! この子は……この子はもう、私の“娘”のようなものですから! 母親(仮)が子供におやつを買い与えて、一体何が悪いと言うのですの!?』
(いや、年齢的に娘は無理があるだろ……)と思いつつも、アサマのただならぬ気迫に渋渋説得され、俺は彼女の言う通りに財布を開いた。
……未来のカフェの価格設定が、俺たちのいた昭和の時代と比べて数倍どころか十数倍も高かったことには本気で心臓が止まりそうになったが、なんとか有り金で払い切ることはできた。
しかし、当のマックイーンはといえば、あまりの気まずさに何度も席を外していたため、俺たちが店を出る瞬間にようやく支払いが終わっていることに気がついたようだった。結局、ちゃんとしたお礼の言葉も交わせないまま、バタバタと現地解散する形になってしまったのだ。
別れ際にそんなドタバタ劇はあったものの、今の河川敷は、そんな嵐のような時間が嘘だったかのように穏やかな空気が流れていた。
だが、夕焼けが周囲の景色を真っ赤に染め上げる中、二人並んで歩いていたその時、俺の隣を歩いていたアサマの足が、唐突にピタリと止まった。
彼女は何も喋らず、ただじっと地面を見つめて俯いている。自慢のウマ耳はペタリと元気なく左右に倒れ、尾の先にも全く力が入っていない。一目で、何か深い自己嫌悪と思いつめに囚われているのが分かった。
店にいた時のあの圧倒的な覇気と比べ、明らかに様子がおかしい。俺は不思議に思い、アサマの顔を覗き込むようにして声をかけた。
「どうしたアサマ? 急に立ち止まったりして。どこか気分でも悪いのか?」
「……そんなことは、ありませんわ。いいえ、違います。やはり、あなたにはちゃんと言うべきことがありますの」
そう言うと、彼女は俺の前で、深く、深く頭を下げ始めた。
「先ほどは……本当に、申し訳ありませんでした。私は一時的な感情の波に身を任せ、自身の私欲を最優先して、あまりにも軽率な行動を取ってしまいました。……本当に、すみません……」
アサマは、カフェでの自身の身勝手なイチャつきアピールについて、本気で俺に謝罪し始めたのだった。
これは、名門としてのプライドを持つ彼女なりの「ケジメ」なのだろう。もしあの場での暴走のせいで俺たちの正体がマックイーンに1ミリでも露呈していたら、神のペナルティによって俺の命は今頃消し飛んでいた。その重い事実にようやく気づいたアサマは、自分の迂闊さが招いたかもしれない最悪の結末に恐怖し、激しい後悔の念に駆られながら頭を下げているのだ。
突然、いつになく弱気なアサマに謝罪され、俺は数秒間呆然としてしまったが、すぐに彼女の胸中を察して、慌てて言葉を返した。
「おい、やめてくれよ! 頭を上げてくれ、アサマ」
「いいえ! そういう訳にはいきませんわ! 私の……私の浅ましく愚かな行動のせいで、あなたの唯一無二の命を、文字通り危険に晒してしまったのですから……っ」
「いや、マックイーンのことなら本当に大丈夫だって! あっちはこっちの正体なんて一ミリも気づいてなかったし、むしろ完全にラブコメ空間に圧倒されてただけだからさ。だから、そんなに気にすんなって」
「ですが、私が、自分自身を許せないのです……! 目先の嫉妬や私欲を優先してしまい、あなたの置かれている過酷な状況を、何一つ思いやることが出来ていませんでした……っ!」
アサマは必死に謝り続ける。だが、俺からのどこまでも優しい気遣いの言葉が、逆に彼女の傷ついた心へと深く刺さっていくようだった。
「ですから……お願いです、トレーナーさん! どうか、こんな私のことを、キライにならないでくださいませ……っ! どれだけ怒っていただいても、罵っていただいても結構ですから……! どうか……どうか……」
弱々しく声を震わせ、縋るように言葉を紡ぐその姿は、彼女自身が理想とする「気品と自信に満ち溢れたメジロアサマ」の姿とは、あまりにもかけ離れたものだった。
けれど、今の彼女には、そんな自身の無様な姿を気にするような精神的余裕はどこにもなかった。
もしも俺から「愛想が尽きた」という最悪の拒絶を突きつけられたら――想像するだけでアサマの身体はガタガタと震え、彼女はワンピースの裾を白くなるほど強く握りしめ、必死に涙を堪えていた。
「あなたに、見捨てられてしまったら……私は、もう……生きていけませんわ……っ」
「……」
まるで世界のすべてを失うことを恐れる神への祈りのような、その切実な言葉。
それを全身で受け止めた俺は、小さく息を吐き、頭を下げて震えるアサマからそっと視線を外した。そして、遥か彼方の地平線へと沈んでいく美しい夕日を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
アサマが恐れていた「怒り」や「失望」といった感情は、俺の胸の中には、最初からただの一片すら存在していなかったのだ。むしろ、その真逆だった。
「アサマ……。俺はさ、今も、お前に心から感謝してるんだよ」
俺の予想外の発言にアサマは弾かれたように顔を上げ、驚きに目を見開いて俺の横顔を凝視した。
「……感謝、ですか? そんな、一体どうして……」
「……前の1周目の世界では、俺は完全に一人だったから。誰にも相談することなんて出来なかったし、ペナルティの恐怖も、生存戦略も、全部たった一人で抱え込んで、考えて、戦うしかなかった」
この未来に来る前、俺は自分の担当であるアサマにさえ、心の奥底にある本当の秘密や弱音を明かすことは出来なかった。だが、今は違う。
「だけど、今回の2周目は違うんだ。理不尽な状況を共有して、相談して、迷った時はこうして二人で頭を突き合わせて決められる。もし今回、アサマが隣にいてくれなかったら……俺は最初の部屋で神の手紙を見た瞬間に、完全に心が折れたままで、二度と立ち上がれなかったと思う。前の孤独な環境に比べたら、今の状況は、俺にとっては雲泥の差なんだよ」
心の底から溢れ出た俺の剥き出しの本音に、アサマは言葉を失い、息を呑んで聞き入っていた。
「だからさ。俺は今、この瞬間も、お前の存在そのものにずっと助けられてるんだ」
「そ、そんなの……大げさ、ですわ……っ」
「いや、大げさなんかじゃない。それに、アサマが自分を責めて謝る必要なんてどこにもないだろ。真に悪いのは、こんな悪趣味な状況を強制しやがった、あの自称『神』とかいうクソ野郎だけなんだからさ」
「ですが……」
「それに……よし、今から自分でもちょっと頭おかしいんじゃないかって思うことを言うぞ」
俺はそう前置きすると、視線をアサマへと戻し、どうしようもなくバツが悪そうに頭の後ろをごしごしと掻いた。
「俺さ……自分の命が掛かっているっていう最悪な状況の底にいるはずなのに……何故だか今、ちょっと楽しいんだよ」
「へぇ……?」
言葉の意図が全く掴めず、アサマの頭の上にポカンとクエスチョンマークが浮かぶ。
「……おかしいだろ? 失敗すれば死ぬかもしれないっていうのに。お前が隣で、楽しそうに、美味そうにパンケーキを食べてる姿を見てると……何故だか不思議と、こっちまで『ああ、生きてて楽しいな』って思えちゃうんだよ」
真っ直ぐにアサマの瞳を見つめながら、俺は耳の裏まで熱くなっていくのを感じつつ、気恥ずかしさを誤魔化すように不器用な笑顔を浮かべた。
「だから、今のままでいい。余計なことで自分を責めたりしないで、そのままの、いつも通り気高くて格好いい【メジロアサマ】でいてくれ。そんでさ――一緒にこのふざけた試練をクリアしよう。よろしくな、相棒!」
「あ……あなた……っ」
「だから……まあ、つまり、あれだ……」
自分の口から出たクソ熱いセリフの気恥ずかしさが一限界を超え、俺の顔面は猛烈な勢いで沸騰した。
「いろいろと……その、俺の支えになってくれて……感謝してる。……あ、ありがとな、アサマ」
その瞬間、アサマの視界に映ったのは。
出会ってからの数年間で一度だって目撃したことのない、顔面を真っ赤に染め上げてガチガチに照れまくっているトレーナーの姿だった。夕日の強烈な残光に照らされ、彼の顔の紅潮は、さらに濃く、鮮やかにその肌を彩っていく。
「……っ、今のやっぱりナシ!! わ、忘れてくれ! 先帰るから!」
耐えきれなくなった俺は、完全に反対側を向いて早口でまくし立てると、逃げるように足早に歩き出してしまった。
そんな彼のあまりにも愛らしい無様な後ろ姿を見つめ、アサマの胸の奥には、愛おしさと、締め付けられるような甘い熱が爆発的に広がっていった。
「はぁ……。本当に、あなたという人は……」
気づけば、彼女の心を暗く覆っていた謝罪の念や自己嫌悪は、跡形もなく綺麗に消え去っていた。今、彼女の魂が命じているのは、ただ一つ。自分自身が心から望む「やりたいこと」を貫くことだけだ。
「……分かりましたわ。それでは、急いで帰りましょう?」
アサマは小走りで俺の背中に追いつくと、当然のような顔をして、俺の左腕に自身の細い両腕をぎゅっと絡ませた。そのまま俺の肩へと心地よい重みをもたれ掛けさせ、俺の頬に彼女のウマ耳がカサリと触れ合うほどの、至近距離まで体を密着させる。
その大胆な行動のせいだろう。アサマ自身の顔もまた、夕日以上に真っ赤に染まっていた。
「少しだけ……。お家に帰るまでの、この間だけでよろしいですから……今だけ、このまま歩かせてくださいませ……」
「……あ、あ。分かったよ」
「ふふ。私、あなたのそういう不器用なところ……とっても、好きですよ?」
「……っ」
「お顔、もの凄く真っ赤でしたわよ、トレーナーさん?」
「……あ、あんまり、からかわないでくれって……」
夕焼けの長い残光に照らされた二人の影は、土手の上で寄り添うように一つになり、ゆっくりと伸びていく。
この先、一体どんな過酷な運命が待ち受けているのかは分からない。それでも二人は、胸の中に確かな光と期待を秘めながら、温かいぬくもりを分け合って帰路につくのだった。
◇
【夜・メジロ家所有の邸】
お風呂に入って一日の疲れを癒やし、美しい栗毛の髪をドライヤーで乾かし終えて一息ついた今。私、メジロマックイーンは、自身のライバルであり無二の親友でもある「彼女」へと、スマホでビデオ通話をしていました。
『へー! そのお店、そんなにスイーツが美味しかったんだ! じゃあさ、今度チームのみんなと一緒に行こうよ、マックイーン!』
画面の向こうで目を輝かせて無邪気に笑うのは、チームの同僚であるトウカイテイオーでした。
『ええ、それは素晴らしい提案ですわ! ぜひそういたしましょう。……ですが、テイオーさん。実は、その……』
『ん? どうしたのマックイーン、急に言い淀んじゃって』
『いえ。今日そのお店に足を運んだ際、店内が大変混み合っておりまして、席の都合上、見ず知らずの男女の二人組と「相席」をすることになってしまったのですけれど……』
『へー! 珍しいねマックイーン。僕なんて相席なんて一回も経験ないや。……って、なになに? その一緒になった相手がどうしたのさ?』
『そのお二人が、言葉にできないほどに奇妙で、それでいて大変親切な方々でして……。私が少し席を外している間に、なんと私の頼んだ分の代金まで、すべて支払ってくださっていたのですの。お席に戻った時には、もうお帰りになった後でしたので、きちんとお礼を伝えることも出来ずに別れてしまいましたわ。もう一度、どこかで奇跡的にお会いできれば良いのですけれど……。今になって思えば、どうして初対面の私にそこまでしてくださったのか、不思議で仕方がありませんの』
マックイーンの神妙な語り口を聞いていたテイオーは、ふらりとベッドに寝転びながら、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
『ふ~ん。ねえねえ、ちなみにその一緒になった二人組って、片方は男の人だったりした?』
『え? ええ、確かに若い男性のトレーナー(らしき方)でしたけれど……それが何か?』
『えええええーーーっ!? じゃあさ、じゃあさマックイーン! その一緒になった男の人のこと、好きになっちゃったの!? 美味しいご飯をご馳走してもらっただけで!? 流石にちょっとチョロすぎだよマックイーン!!』
『そ、そんな訳、あるわけがないでしょうーーーーっ!!!』
画面から突き抜けんばかりの勢いで、マックイーンはウマ耳をピンと逆立てて大赤面で反論した。
『全く違いますわ! これっぽっちも恋慕の情など抱いておりません! テイオーさん、あなたは何を不名誉な妄想をしているのですの!?』
『えー? そうなの? なんだ、つまんないのー』
『ですが……何と言いますか。あの方々、本当にお初にお目にかかったはずなのに……なぜかしら、生まれて初めて会った気がしないというか、どこか血の底が震えるような、不思議な感覚がいたしましたの。あれは一体……』
『んん? どういうこと? それってやっぱり、俗に言う「運命の出会い」ってやつなんじゃ……』
『違いますと言っているでしょうっ!! 全く、どうしてあなたはそう極端に結論を急ぐのですか……。それに、一緒になったのはその男性だけでなく、お連れの美しいウマ娘の方がいらっしゃって、お二人組だったのですわ!』
『ふ~ん、男女の二人組ねぇ……。ってことはさ、やっぱりその人たち、普通に「カップル」だったんじゃないの?』
『ええ。私の見た限り、おそらく……いえ、間違いなくそういう、極めて深い関係性だったと思いますわ。もしかしますと、私たちがまだ想像すら及ばない「大人の次元」へと進んでおられるお二人なのかもしれません。だって……私の目の前で、あんな、あんな破廉恥なことを平然とこなしておられたのですから……っ!!』
思い出すだけで顔が爆発しそうになり、マックイーンは両手で真っ赤になった頬を押さえた。
『え!? あんなことって……まさか、何を見たのさマックイーン!?』
『ええ、お察しの通りですわ、テイオーさん……。まず、最初はお互いの幸せを分かち合うとかいう名目で、十段もの巨大パンケーキを「あ~ん」と食べさせ合っており……っ。それだけでも視覚的暴力ですのに、極めつけには、男性の口元に付いたイチゴソースを、そのウマ娘の方が自身の指で優しく拭い取り、そのまま……そのまま、その指をペロリとご自身の舌で舐め取られたのですわよーーーーっ!?!?』
『きゃああああああああーーーーーーっっっ!!!!!』
あまりにも濃厚すぎる令和の(実際は昭和の)バカップル(実際は孫へのマウント大自爆)の奇行を聞かされたトウカイテイオーは、衝撃のあまりベッドの上をゴロゴロと激しくのたうち回り、自身のウマ耳を真っ赤に染め上げて大興奮の悲鳴を上げた。
本物の『男女の一線を越えた世界』が、まさか自分たちの身近なカフェで現実に行われていたという衝撃の事実に、テイオーは興奮で鼻息を荒くし、マックイーンの暴露話を一字一句聞き逃すまいと、画面に穴が開くほどの熱量で食い入るのだった。
お気に入り登録、誤字脱字、高評価、感想書いてくれた兄貴、姉貴達感謝します。