メジロマックイーンだと思ってスカウトしたら、おばアサマの方でした。 作:風神・雷神
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
URAが管轄する、文字通り日本最高峰のウマ娘育成機関。総生徒数は2000人弱。
在校生は皆、国民的スポーツ・エンターテインメントとして不動の地位を築いている「トゥインクル・シリーズ」での出場と勝利を夢見ている。
だが、その華やかなスポットライトの裏側で、この学園は地方であれば「異次元の怪物」扱いされるようなエリートたちが命を削ってしのぎを削る、残酷なまでの戦場でもあった。実際に中央の舞台で活躍できるのはほんの一握り。毎年のように、度重なるケガや戦績不振が原因で、志半ばに学園を去る者が後を絶たない過酷な世界だ。
そんな、勝利至上主義の空気が当たり前となっているトレセン学園の正門前に、二人の影が立ち並んでいた。
一人は若い人間の男性トレーナー。そしてもう一人は、一人のウマ娘であった。
学園の正門を潜り抜け、校舎へと向かっていく数多くの生徒や教職員たち。いつもと変わらない日常の光景のはずだったが、今日ばかりは、正門前に佇むそのウマ娘の存在に、周囲の視線がこれでもかと吸い寄せられていた。
視線を集める原因は、地味なスーツ姿の男ではなく、隣に立つ彼女の方にあった。
彼女の側を通り過ぎる誰もが、その背筋の伸びた凛とした佇まい、絵画のように整った容姿、そして何より――全身から溢れ出る、現代のウマ娘にはない「どこかクラシカルで、峻烈な武人を思わせる圧倒的な名門のオーラ」に、本能的に気圧され、見とれてしまう。
彼女がほんの少しウマ耳を動かし、優雅に歩みを進めるだけで、まるで周囲の空間そのものがキラキラと輝いて見えるような錯覚さえ覚える。それらを目撃した者たちの脳裏には、ただ一言【美しい】という言葉が、自然と、しかし強烈に浮かび上がっていた。
昨日まで見たこともない、歴史の奥底から現れたかのような謎のウマ娘。そのあまりにも現実離れした存在感に、周囲のざわめきは次第に具体的な驚きの声へと変わっていった。
「ねえ、ちょっと……。さっき正門のところにいた子、うちの制服着てたよね? 学園の生徒?」
「もの凄く綺麗だったね……。あんな異次元レベルの人、トレセン学園にいたっけ?」
「私は一度も見たことないよ。もしかして、どこかの名門から極秘でスカウトされてきた特待生なんじゃ……」
「なんて言うか、お姫様っていうよりお武家様? とにかく近寄りがたい風格が凄かったよ!」
「何なのあの上品な感じ……私と同じウマ娘とは思えない、血筋の違いを感じるんだけど……」
そんな周囲のどよめきや品評の視線を一切もろともせず、彼女は気高く正門を一歩踏みしめる。
突如として現れた謎の美少女ウマ娘の噂は、瞬く間に尾ひれをつけて学園中へと広まり、登校初日にして彼女はこのトレセン学園の誰よりも注目を集める存在となってしまうのだった。
◇
【1日前・時刻 21:00。場所、自宅リビング】
「分かっていると思うが、一応、改めて説明しておくぞ。明日から学園で、俺たちがしなければならない方針についてを」
「ええ。確認はすべての基本、大事なことですものね」
リビングにある落ち着いた木製のテーブル。そこに座るトレーナーが真剣な顔つきで切り出すと、お揃いのリビングチェアに腰掛けたメジロアサマが、居住まいを正して答えた。
部屋着として支給されていた、メルヘンチックな白いルームワンピースに身を包んだアサマは、雑貨屋で新調した「ハート柄のペアマグカップ」を両手で優しく包み込み、中に注がれた淹れたての紅茶を上品に口に含む。
そんな彼女の家庭的な姿に少しだけ気恥ずかしさを覚えつつも、トレーナーは真面目な声で本題を続けた。
「いいか、アサマ。俺たちの最終にして絶対の目標は、1年後の『有馬記念』で1着をもぎ取ることだ。これがクリアできなければ、俺は心停止で死亡するし、お前は強制的に元の時代へ送り返される。やり直しはきかない」
「はい。その理不尽なルールについては、深く魂に刻み込んでおりますわ」
「よし。ではアサマさんに突然ですが問題です。その『有馬記念』という、最高峰のレースに出場するためには、一体どうすればいいでしょうか?」
アサマは急な質問に少し驚いたようにウマ耳をピクリと跳ねさせたが、マグカップをそっとテーブルに置くと、『そうですね……』と顎に手を当てて考え始めた。そして、10秒と経たないうちに、名門としての知識から答えを導き出す。
「やはり……トゥインクル・シリーズのレースで圧倒的な結果を残し、ちゃんとした実力があることを証明した上位の者しか走れない……ということではないかしら?」
しかし、改めて言葉にしてみると、具体的にどのような手続きや選考基準で出場権が与えられるのか、昭和の時代から来たアサマにはいまいち確証が持てなかった。
「まあ、確かにレースでの勝利数や、獲得してきた賞金額も大きな選考基準の一つだ。だが――この現代の有馬記念というレースには、それ以上に重要な、最大の特徴がある。決して楽な道じゃないが、アサマにはこれから文字通り、全力で走り抜けてもらうことになるぞ」
トレーナーのただならぬ声音に、アサマはゴクリと唾を飲み、これこそが自分に課せられた最大の使命なのだと、心地よい緊張感で背筋を伸ばした。
「わ、私がそのような重大な役目を……。分かりましたわ。例えどのような苦難や過酷な練習メニューが待ち受けていようと、私はメジロの誇りにかけて、必ずあなたの期待に応えてみせます!」
拳を握りしめ、いかなる厳しい戦いにも挑む覚悟を決めたアサマ。そんな彼女の熱い意気込みを受け止めながら、トレーナーは少し言いづらそうに、しかしハッキリと告げた。
「ありがとう。……少々遠回りな言い方になってしまったが、お前にはこれから、走る選手としてだけじゃなく――“トップアイドル”としても活躍してもらう!」
「あい……どる……? ですか?」
アサマのウマ耳が、ぽかんと間の抜けた形に折れ曲がる。
「ああ。歌って、踊れて、そして走れる、現代ウマ娘の最高峰――アイドルだ。というのも、現代の有馬記念は『ファン投票の上位16名』に選ばれることで、最優先のレース出場資格が与えられるシステムなんだ。だから、アサマには嫌でも、学園中の……いや、日本中の誰もが知るトップアイドルになってもらう必要がある!」
有馬記念の出走枠には、何よりもファンの「走ってほしい」という投票数が大きく関係してくる。
もちろん距離適性などの最低限の審査はあるが、基本的には実力が伴い、かつ圧倒的な得票数を稼いだウマ娘に出場権が引き渡されるのだ。
ゆえにアサマは、1年後の有馬記念までに、自分を熱狂的に応援し、清き一票を投じてくれるファンを爆発的に獲得しなければならない。
だが、トレーナーの言う通り、そう簡単にいくものではなかった。
いくらレース成績が良くても、ファンからの支持(人気)を集められずに出場を逃す実力派ウマ娘も珍しくない。かといって、ファン集めやメディア露出、ライブレッスンだけに力を入れすぎてしまえば、今度は肝心な「アスリートとしての走りの技能」が疎かになり、本末転倒になる。
実力と投票数。その二つを完璧なバランスで極限まで高め、何万人といる現役ウマ娘の中から「上位16位」の狭き門に滑り込まなければならないのだ。
しかし、もしその有馬記念に出走し、見事勝利を収めることができたなら、それはウマ娘としてトップクラスの実力を持ち、同時に日本一多くのファンから愛されているという最高の名誉の証明になる。
トレーナーの熱いマシンガントークを聞いていたアサマは、あまりのカルチャーショックに、口を半開きにしたまま完全に固まってしまっていた。
(……あ、流石に『いきなりトップアイドルになれ』なんて言われたら、そりゃ昭和のお嬢様は動揺するに決まってるよな……)
完全にフリーズしてしまったアサマを見て、トレーナーはいきなり大きなプレッシャーを与えすぎたと反省し、慌ててフォローを入れる。
「あ、いや……まあ、大丈夫だ! もちろん俺もトレーナーとして全力でプロデュースするし、バックアップもするから! だから、そんなに重く捉えなくてもいいぞ?」
「あの……トレーナーさん」
心配するトレーナーを他所に、アサマはどこか怪訝そうな顔で、そもそもという疑問を尋ねてきた。
「その……『あいどる』とは、一体全体、どのようなことをする催しなのですか?」
「え? あ、そっか。アサマのいた時代にはウイニングライブ(ライブステージ)の文化はなかったもんな……。えっと、アイドルっていうのはな……」
トレーナーは傍らに置いてあった最新のタブレット端末を手に取ると、【ウマ娘 ライブステージ】と検索をかけ、現代のウマ娘たちが華やかに歌い踊る、実際のライブ画像や動画をアサマの前に差し出した。アイドルとは何なのか、そして今後アサマ自身がどのようなステージに立つことになるのかを、丁寧に説明していく。
だが――画面に映し出されたきらびやかなウイニングライブの映像を見ていたアサマの様子が、みるみるうちにおかしくなっていった。
自慢のウマ耳は完全に限界まで後ろへ向けられてペタリと倒れ、その双眸はぐるぐると激しく回り始める。そして、みるみるうちに彼女の顔面は猛烈な勢いで真っ赤に染まり、頭頂部からボッと煙が吹き上がるのではないかと錯覚するほど、燃えるように上気していった。
ガタタッ!!! と音を立てて椅子から立ち上がったアサマは、驚愕に震える指先でタブレットを指さし、トレーナーに向けて猛烈な勢いでまくし立てた。
「あ、あなた……! あなたは本気で、この名門メジロの私に、この画面の方々と同じような破廉恥な真似をしろとおっしゃるのですか!?」
「ええっ!? いや、これは現代の一般的な――」
「お黙りなさい! こ、こ、こ、これのどこが一般的ですか! ご覧になってくださいまし! 胸の上の部分がこれみよがしに露出してしまうほど胸元は大きく開けられ、お腹の辺りに至っては、おへそが完全に丸見えになっております! おまけにこのスカートの丈はなんですの!? 太ももの半分ほどしか布地がありませんわ! 先ほど映った映像など、ウマ娘の方が激しく跳ねた拍子にスカートがひらりと舞い上がり、し、し、下着の類が衆目に晒されてしまっているではありませんかーーーっ!!」
アサマの怒涛の衝撃(ピュアな拒絶)は、誰にも止められない。
「しゅ、衆衆衆、衆目が集まる神聖な舞台の上で、あのような、あのような扇情的な格好で嬌態を晒すなど……これではまるで『痴女』の集まりではありませんか!! わ、私、断じてこのような破廉恥な衣装は着られませんわ!!」
「アサマ、落ち着いてくれ……っ!」
「落ち着いていられるもんですか! あ、あなたは、わ、私が大勢の、見ず知らずの殿方の前で、このような恥ずかしい格好をして歌い踊っていいと本気で思っているのですか!? それにです、将来、栄光あるメジロ家の看板を背負って立つであろう私が、このような不名誉な真似をするなど、許されるわけがありません! いくら私の愛する(仮)トレーナーの言葉とはいえ、今回ばかりはあなたの正気を疑いますわ!!」
昭和の名門メジロ家において、「肌の露出が多い服装」は厳しく制限されており、将来を誓い合った特別な男性以外の他人に、安易に肌を見せるなど、はしたない行為の最たるものとして厳格に教え込まれてきたのだ。そのため、現代の最先端アイドル文化に対し、彼女の清純な乙女心は激しい拒否反応(大パニック)を起こしていた。
一気に思ったことのすべてをぶちまけ終えたアサマは、ハッと我に返ると、顔を真っ赤にしたまま「コホン!」と小さく不自然な咳払いをして、お淑やかに(しかしガタガタと震えながら)静かに椅子へと座り直した。
そんなアサマの切実な言い分を聞いたトレーナーは、深く納得し、ひどく申し訳なさそうな顔を浮かべてペコリと頭を下げた。
「……確かに、アサマの言う通りだな。俺の世界の基準を押し付けて、急にトップアイドルを目指せなんて無理を言って本当にすまなかった。……たださ、俺、アサマなら……素顔もめちゃくちゃ美人だし、スタイルも抜群で本当に綺麗だから。おまけにウマ娘としての実力もケタ違いだからさ。現代のファンに見つかったら、絶対に一瞬でファン投票1位まで駆け上がれる最高のウマ娘だって、本気で確信してたんだよな……。だから、つい……」
「ふぇっ!?」
トレーナーが至極大真面目な顔で口にした、その言葉。
特に――『美人』『スタイル抜群』『本当に綺麗』というあまりにもストレートな大絶賛のコンボを耳にした瞬間。アサマの魂は完全にキャパシティを突破した。
ビシッ!!! と、垂れていたウマ耳の先が、力強く天井を突き刺すようにピンと垂直に直立する。後ろの尻尾は、彼女の意志とは無関係に、千切れんばかりの勢いで左右にバタバタバタと荒ぶり始めた。アサマは耳まで真っ赤に染め上げながら、大慌てであさっての方向へと視線を逸らす。
(び、美人……っ!? き、綺麗、スタイル抜群……っ!? この男は、一体何を、何を平然と口にしていますのっ!?)
トレーナーの、悪意も下心もない「本気の褒め殺し」という不意打ちの特大直撃弾。
それを喰らったアサマの脳内からは、先ほどまであれほど熱弁していた『メジロの厳格な教え』や『貞操観念』といった記憶が、一瞬にして宇宙の彼方へと消し飛んで消滅した。
アサマが酷く動揺して過呼吸気味になっている様子を見て、トレーナーは彼女がまだ怒っているのだと勘違いし、さらに申し訳なさそうに頭を掻く。
「本当に悪かったよ、アサマ。今の作戦は完全に忘れてくれ。別の方法を必死に考えるから――」
「あ、あの……っ!」
遮るようにして、アサマはおずおずと、しかしどこか必死な調子で、消え入りそうな声で自身の「新たな結論」を伝え出した。
「……やっぱり。私、その『あいどる』とやら、全力でやらせていただきますわ」
「えっ!? いいのか!?」
「え、ええ……。あなたが……あ、あなたがそこまで、私のことを、そ、その……『綺麗だから、絶対にファン投票1位になれる』と……そう、断言してくださるのですもの。あ、あなたがそこまで私を信じて求めてくださるのでしたら、メジロの誇りにかけて、その期待を無下にするわけにはいきませんわ……っ!」
「おおおっ!! 本当か!? ありがとうアサマ!! お前なら絶対にやれる! このプロデュース作戦で行けば、有馬記念優勝も決して夢の上の話じゃないぞ!」
「い、いえいえ……! 私の方こそ、先ほどは大変取り乱してしまい、お恥ずかしい限りですわ。興奮して我を忘れて言い過ぎてしまいました。それに、ですわ……」
◇
その日の夜、支給されたベッドに潜り込んだアサマは、暗闇の中でトレーナーに言われたあの言葉を何度も、何度も脳内で再生していた。
彼の真剣な眼差し、そして「綺麗だ」と言い切ったあの声。思い出すたびに胸の鼓動がドクドクとうるさく跳ね上がり、彼女は一晩中ベッドの中で毛布を被ってゴロゴロとのたうち回る、完全な夜更かしをキメる羽目になったのだった。
(美人、綺麗、スタイル抜群……。ふふ、ふふふふふっ……♪)
いくら歴史に名を残す名門メジロ家の誇り高き怪物といえど、乙女心の動線上に愛するトレーナーが絡んだ瞬間、彼女の防御力はゼロになり、物凄く、信じられないほどに『チョロい』のであった――。
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福袋は、アルジュナオルタでした。