勇者は多くの民の願いを背負って、魔王を殺す。魔王は多くの民の恐れを背負って、勇者を殺す。
 これは、自らの意思ではなく多くの名も無き誰かによって自らの在り方を決定されてしまった二人の物語。その終わりと始まりをどうか見届けて欲しい。

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俺は勇者で妾は魔王

 剣戟と閃光が暗がりを照らす。瞬きの間に消えていくソレらは、この戦いにおける彼らの感情を指し示している様だった。

 

 選ばれた者にのみ抜けるという聖剣を引き抜いた男の名は、かの物語から引用されたアーサーという。それは決して、男本来の名前ではないがそう呼ばれ、そう願われるのならそうするしかないと受け入れていた。自分がそうする事で多くの人間の希望になるならと。剣術など碌に知らぬ身ではあったが聖剣を抜き、選ばれた以上戦う運命にあると逃げる事なく、鍛錬を積み今この場に彼は立っている。

 

「──はぁ!」

 

 射出された剣を聖剣で持って弾き、追撃として放たれた魔法を斬り伏せ、前へ駆ける。選ばれた者として、多くの民の願いを背負った英雄として魔王たる魔女を打ち倒す為に。

 

「お前がそこまでする価値は一体、何処にある?お前が幾ら傷を負おうとも助けず、憐れむ事もせずただ自らが成すことの出来ぬ願いを一方的に押し付ける彼らの為に」

 

 魔王たる魔女は聖剣を持つ勇者に尋ねる。剣と魔法を放ちながら、その宿命を断つために。彼女は人という生き物が嫌いだ。数ばかり増え、自らに出来ぬ事は無遠慮に才ある者達に押し付ける人間が。此処まで無傷でたどり着いた目の前の勇者は間違いなく、才がありそれに慢心する事なく、努力を積み重ねて今此処に立っている。その事をこの世界の誰よりも知っている彼女は、勇者に問い掛ける。

 

「お前の才能、研鑽、夢、絶望。妾は全てを知っている。だからこそ、お前を英雄として見て個人として見る事のない連中の為に何故、お前は戦うのだ。偽りの名前まで受け入れて」

 

 再び、剣と魔法が斬り伏せられる。魔王たる魔女と勇者の距離がまた一歩近づいた。だが、問いが答えられる事はない。勇者は、アーサーはただ真っ直ぐと彼女を見ながらその聖剣を振るうのみ。

 

「──答えぬか。ならば、これはどうだ?」

 

 魔王たる魔女が手に持つ杖を地面に着くと魔獣が瞬く間に勇者の視界一杯に現れる。その中には、旅の中で打ち滅ぼした魔獣の姿もあった。だが、勇者の足は止まる事なく、むしろ先ほど以上に速くなりながら彼女の元へ向かう。

 

 近づく魔獣の斬り裂き、剣を弾き、魔法を斬り伏せながらアーサーは突き進む。返り血にその身を染めながらも魔獣の牙が爪が、飛来する剣が魔法がその身を傷付ける事はない。既に知っている存在、何度も見た光景に今更攻撃を食らう方が愚かだ。

 

 アーサーは間違いなく、英雄だ。英雄だからこそ、聖剣を抜く事ができ傷ついても多くの願いのために走る事が出来ている。だがしかし、そこに人間らしさはない。故に、多くの人間は彼を英雄と定義し人として見なかった。自らとは違う存在だと思えば、恐怖心を薄める事が出来るからだ。そう思われている事もアーサーは知っていた。そして、魔王たる魔女がそれに憤りを感じている事も知っていた。

 

 何度も隣でもう歩みを止めろと言われたか。何度、殺されかけた事か。敵対者を殺そうとする事は当然だ。それも、隣で寝食を共にしているのなら簡単に殺す機会はあっただろう。けど、いつも彼女は面と向かって殺そうとしてくるだけだった。アーサーは理解していた。目の前の彼女が、今もなお魔獣を生み出し、剣を飛ばし、魔法を放つ彼女が誰の為に、自分を殺そうとしているのか。

 

 自らのためだ。英雄として歩く事しか出来ないアーサーを終わらせる為だ。

 

「──分かっている。俺の生き方は人のものではない。ただ、都合の良い存在である事は」

 

 聖剣でしか貫く事が出来ない魔獣の心臓を貫き、引き裂く。巨大な亡骸を踏み越え、彼女との距離を詰める。アーサーは止まらない。魔王たる魔女がどれだけ本気で殺そうとしても、アーサーが止まる事はない。それでも、その事実を認めず争う為に魔王たる魔女は、自らの攻撃を止めない。アーサーと同じく、彼女も止まる事が出来ないのだ。

 

 何故なら彼女もまた、魔王として魔女として人に畏怖され担ぎ上げられた者なのだから。あまりにも長い命を持って世界に生まれ落ちた彼女は、人から恐れられ、妬まれた。良くない事が起きるのは彼女のせいとされ、適性があり過ぎた魔法は更に彼女を蝕んだ。だから、辺鄙な場所に城を構え自らを守る為に魔獣を生み出し、解き放った。

 

 そんな事をすればより悪意を向けられると理解した上で。だが、彼女は人が嫌いで世界が嫌いで、等しく全てが嫌いだった。だから、どうでも良かったのだ。どうせ、人は自分に悪意を向けるのだからと。そんな彼女の耳にアーサーの噂が入ってきた。気紛れに接してみれば、何ともまぁ人間味の薄い男の事か。悪意にも、善意にもただ真っ直ぐに応じ、自らの欲を見せることのない姿は人嫌いの彼女にはちょうど良かった。

 

 だから、正体を偽り共に旅をした。人の温もりが欲しいという僅かに残った欲に従って。造物主に反乱することのない魔獣はアーサーと共にいる彼女に酷く困惑したが、命じられれば従い牙を向けた。やがて、魔王たる魔女はアーサーが自らを殺す可能性を秘めている事に気が付き、正体を明かすと共に殺そうとした。

 

「そうか」

 

 アーサーはそれだけで済ましたのだ。たった三文字。隣にずっといた者が、殺さねばならない敵と知って、彼はそれだけだった。あまりな態度に驚いていると彼は言葉を続けた。

 

「殺すのか?ならば、抵抗させて貰うが」

 

 どこまでも受け身な男だ。彼女が魔法を向ければ、聖剣で斬り伏せるが魔王たる魔女の命を奪おうとはしなかった。軽く手を伸ばせば、首にその剣を刺すことが出来る距離だというのに。彼女がそう問えば、アーサーは少し気まずそうに目を逸らした後に口を開いた。

 

「人々から聞いた話では、君は本来城にいるのだろう。今此処にいる君を殺しても、彼らは俺を認めないだろう」

 

 何という屁理屈か。だが、魔王たる魔女は笑ってアーサーの言葉を受け入れ、そのまま旅に同行したのだ。適度に殺そうとしながら、殺される事なく旅を続け、彼らはこうして向き合っている。

 

「答えよアーサー!!何故、お前はそうまでして民の願いを叶えようとするのか!!」

 

 一際強く、杖が地面を突くと巨大な竜が姿を現し、アーサーを喰らわんと口を開けて迫る。アーサーは避ける事なく、竜へといや、魔王たる魔女へと真っ直ぐに突っ込む。竜が内側から爆ぜ、ついにアーサーと魔王たる魔女の距離がゼロとなった。聖剣は、彼女の胸に向けられておりまた、無数の剣がアーサーを取り囲んでいた。

 

「答えよアーサー……答えを聞けねば死んでも死にきれんぞ……!」

 

 長い時を生きた彼女が初めて見せる涙。それをアーサーは、変わらずに真っ直ぐと見つめる。

 

「答えなくては分からないか?」

 

「女は分かっていても、言葉にして欲しいものだ」

 

 二人は理解していた。相手が、自らを終わらせる為に殺そうとしていた事を。もう、誰かの叶える必要もない押し付けられた願望に殉じている相手を。

 

 そして、二人は知っている。相手が自らに好意を抱いている事を。それを知っているからこそ、これ以上苦しまない為にその命を終わらせようとしている事を。

 

「……君を愛している。だからこそ、此処で殺す。民の願いの為ではなく、僕の望みの為に」

 

「……お前を愛している。故に、此処でその旅路を終わらそう。妾の願いの為に」

 

 聖剣が魔王たる魔女を貫くと同時にアーサーを取り囲んでいた無数の剣がアーサーを貫いた。魔王たる魔女も、勇者アーサーもその命を散らした。これで多くの民の願いは叶ったのだ。怖い化け物も、理解出来ない化け物も同時に居なくなったのだから。

 

「私の……名前をどうか……覚えて欲しい。私の永遠を終わらせた者よ……」

 

 霞んだ声でただ一人の女は自らの名前を告げた。

 

「覚えておくよ……僕を止めてくれた優しき乙女よ……どうか僕の名前も覚えていて欲しい……」

 

 力無き声でただ一人の男は真実の名前を囁いた。

 

 課せられた宿命は共に終わりを迎えた。生きるのは苦しかったが、終わりは実に晴れやかな気持ちだったのだろう。彼らは安らかに、愛しき者をその腕に抱いて満足そうに眠りについた。

 

 こうして、世界は平和になった。魔王たる魔女が死んだ事で魔獣は存在を維持する事が出来なくなり、消えていき勇者という称号を聞く事は無くなった。多くの民が願った平和が、安寧がそこには広がっていたのだ。

 

──そして、時は流れた。結局のところ人は争いを起こさずにはいられず、勇者と魔王たる魔女が亡くなった後も、争いは起きた。しかし、その争いを戒めに人は平和な世界を維持していた。

 

「どうした?行くぞ、今日は学校があるのだからな」

 

「良い天気だなって思ってさ。こんなにゆっくりと空を見上げた事はなかったから」

 

「言われてみれば私もそうだな……今日はサボるか?」

 

「それも楽しそうだね。でも、これでも僕は優等生だからちゃんと行かなきゃね」

 

 平和な世界の何の称号も忌み名もなく、隣に居られる世界を彼らは噛み締めていた。

 

「変わらんな。お前は」

 

「君もね」

 

 互いの名を呼び、手を取り合う。今度こそ、その暖かさを失わないように。


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