ムウ・ラ・フラガ現在2周目 作:八段腹おじさん
キラとの
君はコーディネイターだろ、と。
無論、その直後に銃を構えた連中には、
「やめろ!彼が裏切り者というなら、もっと良いタイミングが幾らでもあった!
コーディネイターってだけで恩人に銃を向けるなんて有り得ないだろう!
…………軍人ってのは、こういうのが職業病なんだ。
申し訳ないことをした。すまない、キラ・ヤマトくん」
そう言って一喝した上で、キラには同胞を代表して深々と頭を下げてみせたのだった。
エンデュミオンの鷹と皆に喝采を浴びていた身で、そうやって謝罪をしてみせる姿には、銃を構えた連合兵士達も慌てたし、逆にキラの方こそ申し訳ない気がする程であったという。
そういう光景を見ていたキラの学友達も、悪くなる一方だった軍人へのイメージが若干上方修正されたのは良い副次効果だった。
トール等はあからさまにムウを見る目が変わって、「おっさんは解る人だなぁ」等と懐く様子まで見せて、「おっさんはやめろ」とムウも口を尖らせた。
そういった少しの差異はあったが、それらはともかくとして、結局、アークエンジェルは〝かつて〟をなぞるようにして民間人を収容したままヘリオポリスを出港する。
キラは無茶な事をさせられて、今頃ぐったりと、あてがわれた寝所で寝ている事だろう。
しかし軍人には、のんびりと休憩などしていられない事情があるのは当たり前だった。
アークエンジェルの艦橋で、生き残った士官と、正規クルー達による話し合いが行われていた。
「…先任大尉はフラガ大尉です。
それに、ラミアス大尉は技術士官ですから、やはりここはフラガ大尉が艦長に就くべきかと愚考します」
ナタル・バジルール少尉がはっきりと言い切った。
ナタルとしては、階級が上であろうと技術士官に過ぎないマリューに艦長をやってほしくはないのだろう。
それに、どうやらマリュー・ラミアス自身も、自分は艦長に向いていないと思っているらしい。
深く頷いてナタルに同意していた。
ムウは浅い溜息をついてから二人の美女の目を見た。
「…まぁ、好都合かもしれないな。
マリュ……ラミアス大尉にはやって欲しい事もあるからな。
けど、俺はパイロットもやらなきゃいけないから……そうだな。
バジルール少尉を副長に任命する。いざという時は代行してもらいたいが、できるか?」
「はっ!副長、拝命致します!」
大活躍を目の前で見せつけてくれた本当の英雄に指名された事で、ナタルは喜色を満面に浮かべて敬礼を返す。
年下かつ下位階級の同性軍人に、自分を差し置いて副長に任命されてもマリューは眉一つ動かさない。
むしろ、かえって安堵していたぐらいだ。
戦闘職と技術職では、当たり前だが士官学校で習ってきた事も違う。
銃器の扱いや、格闘訓練では不思議と屈指の上位者であったマリューだが、彼女自身は自分の天分はアーキテクトな分野だと思っているし、現にG兵器シリーズに使われた画期的機能・フェイズシフトは、彼女を中心としたチームで実用・運用化されている。
もともと基礎理論はあったし、モルゲンレーテからの技術協力はふんだんにあったものの、MS開発史に名を残す業績といえた。
「それで、フラガ大尉が私にやって欲しい事とは?」
「そりゃ勿論、折角取り戻したブリッツのOSの改良だよ」
少し首を傾げながらそんな事を言うマリューに、フラガは理性を総動員して冷静ぶる。
気を抜けば、抱きつきかねないからだった。
そんな事をすればセクハラなのは勿論だが、ムウとしては性的欲求からの抱擁ではない。
つい数刻前に〝妻であり、目の前で戦死〟した女がこうして無事でいる。
確かに夫婦として過ごした記憶が、経験が、ムウ・ラ・フラガの脳に、心に染み付いていた。
(こりゃあ予知夢なんて生易しいものなのか?この生々しいまでの記憶…デジャヴュを感じるというのじゃない。これは…懐かしいんだ。俺は、この眼の前の女と…確かに愛を誓いあった…けど――)
涙腺すら緩みそうになってしまうが、しかし今は明確に他人だ。全くの偶然で居合わせただけの同僚だ。
この艦に戻ってきてから、ムウはずっとこんな葛藤と戦っている。
ムウから見れば、懐かしい仲間達が皆、記憶喪失になって他人行儀になってしまったようなもので、接し方に戸惑い、そして悲しい。
だがそれでも敵と戦いながら、以前の人生で不幸の中で死なせてしまった者達を少しでも幸福に導きたくて、より良い道筋も模索する。
そのためのフラガの異能なんだろうと、ムウは自分で納得していた。
「…OSって…まさか、大尉がブリッツに乗る気ですか?」
一瞬、思考が明後日の方向に飛びかけていたムウへ、マリューは目を大きくして言った。
ムウは口の端を持ち上げる。
「そりゃあね。あるんだから使わない手はないでしょ」
「そんな…無茶です。ナチュラル向けのOSはまだ未完成で、とても実戦には耐えられません」
「誰もナチュラル向けに設定し直せなんて言ってないさ。
コーディネイター向けの実用OSなら、キラが設定したストライクのがあるだろ?
あれを参考にして、やってみてくれないか」
「え…?」
まさか、とマリューが言葉に詰まると、ナタルも驚いた顔でその会話に首を突っ込んだ。
「コーディネイター向けのOSで…大尉はブリッツに乗る、と?」
「そんなバカを見るような目で俺を見るなよ。
しょうがないでしょ。そっちのOSの方が実戦に耐えられるんだから」
「コーディネイター用OSはナチュラルには扱えません!常識です!」
マリューが眉根を寄せてムウへ言うが、それでもムウはあっけらかんとしていた。
「どうかな?ナチュラルだって、コーディネイター向けOSでMSを動かしちゃって、よしんばエースだなんて言われてる奴を俺は知ってるぜ?」
「誰ですか、そんな与太話!」
今度はナタルが食いついてくるが、ムウは時間が惜しいとばかりにその話を無理矢理に切った。
「とにかく、よろしくなラミアス大尉。
この先、メビウス・ゼロだけじゃ限界が来るのは目に見えてるしな」
「…ストライクはどうするんです」
「あれも俺が乗るかもしれん。しっかり整備頼むぜ」
「お一人で、2機動かすつもりですか?」
「じょーだんきついぜ、バジルール少尉。
いくら俺が不可能を可能にする男でも、そりゃちょっと無理だな。
状況に応じて乗り換えるってこと」
「あの少年を乗せないのですか?」
マリューが、少々おずおずといった感じにムウへ訪ねた。
「乗せるわけ無いだろ。
中立国オーブの、一民間人だぜ?
幾ら技能があるからって、戦いたくないって言っている外国の少年を最新鋭兵器に乗せる大人がいるのか?ここに」
「それは…」
明らかにマズい所業であるのはマリューにも解るし、もともとも軍事機密に民間人を関わらせたくないナタルとしてもムウの言葉には賛成だ。
ムウは、既に巻き込んでしまったものの、キラに戦わせたくなかった。
かつては、「君は戦えるのだから戦え」などと発破をかけたものだったが、思い返してみれば、それはキラには余りにも酷な言葉だった。自分達が生き残るためとはいえ、酷い様だ。
自分達軍人にどんな事情があったにせよ、中立国である他国に連合の軍事機密基地を作り、機密兵器を作り、そのせいで、そんな事は知らない他国民達を大量に巻き込んで死なせたのは明らかで、今の人生ではムウが人一倍戦えるのだから自分が背負えばいい。
それだけの話しだった。
「俺の腕前を見たろ?
ま、少々の敵が相手でも、俺一人でも追い返せるさ。
…それに、クルーゼ隊も結構痛めつけておいたし…いけるんじゃないかな?」
敢えて、楽観論を強調し、己の強さを自負してみせるのは一種のパフォーマンスだ。
ムウが何よりも優先するのは、アークエンジェルの無事であり、キラの平穏。
それに、この時期のクルーゼ隊との戦いは、つまりはキラと幼馴染のアスランを殺し合わせる事だ。知らなかった〝昔〟ならばいざ知らず、知っている〝今〟となっては戦わせるという選択肢は、ムウは採りたくなかった。
かつて返せなかった恩義を、今こそ返すべきだと、ムウはそう思っていて、そしてキラへの最大の恩返しは〝戦争に深入りする前に日常生活へ戻す事〟。
連合によるオーブ侵攻という重大事変も、後々待ってはいるのだが、それはそもそも連合がパナマを失陥した事に起因する。
アラスカのサイクロプス、パナマのマスドライバー失陥…これらも、キラの為に今度の人生でムウが防ぐべき事象だし、それ以外にもやる事は多い。
とても一人では背負える量ではないが、一度、過分な幸せと絶望的な死を味わったムウは、既に己の人生に満足し、終わったとも思っている。
それが過剰な自己犠牲精神の発露に繋がっていた。
「…確かに、機密の塊であるGに、これ以上あの少年を関わらすべきではありません」
ナタルが頷けば、ムウも「だろ?」と微笑んで頷く。
まだこの時点では、マリューの方がキラをストライクに乗せることに積極的なのが少々面白いとムウは思う。
これが後々では、キラの怪物的技量を見込んだナタルの方こそが、戦争に彼を縛ろうとするようになるのだが、それだけはムウは避けたい。
キラがスーパーコーディネイターであり、MS戦において世界一かもしれない事実は、戦闘を重ねれれば重ねるほど露呈する危険が増す。
今ならば、まだキラ・ヤマトは一般的なコーディネイターで済むのだ。
艦長代行と副長が揃ってそう言うのだから技術士官のマリューにも、もう否はなかった。
「…それで、艦長」
「あー、艦長って、少しむず痒いな」
ナタルの堅い物言いが、ムウには少し照れ臭い。慣れない肩書だった。
ファントムペインで一独立部隊の指揮官などやった記憶もあるが(当時は記憶と人格を薬物やマインドコントロールで弄られていた為、少々不鮮明な所もあるが)それとこれとは別の話。
「慣れてください。それで…フラガ艦長。
今後のアークエンジェルの経路ですが、やはりここから一番近い軍事要塞アルテミスにて補給を行い、そこから月本部を目指すのが――」
「それは、ちょっと思案ものだな」
ムウとて、ブリッツを確保した今、アルテミス陥落の危険性は著しく低下したし、その要塞で休憩したくはある。
しかし陥落しなくなったからといって、あそこの要塞司令ジェラード・ガルシア少将の人格までは変わらないのだ。
「なぜです?」
「あそこはユーラシア派閥だからな。
俺達は大西洋連邦。寄港したらそのまま拿捕されかねん」
ムウの言葉にナタルは少し面食らったようだった。
「まさか!同じ地球連合軍ですよ!?
ザフトとやりあっている最中、所属国が違うからと…」
「戦後を見据えれば、むしろ潜在敵国家さ。大西洋とユーラシアなんて」
「ですが、まだ戦後ではありません!
友軍を信頼すべきです」
「相手から見れば、俺達の方が信頼できないから問題だ。
だって、まだアークエンジェルは船籍登録されてないんだろ?
識別コード…あるの?この艦」
「あ」
マリューが思い出したように声を出した。
当たり前のことだった。
最高機密で造られたアークエンジェルとG兵器は、まだ地球連合に登録されていない所属不明機に他ならない。
無論、ムウやナタル、マリュー等は正式な軍籍を持つが、それでも不明艦に乗って要塞に乗り付ければ、逮捕されてもそれが全くの不当だとは主張し辛い。
「我々は特務を帯びているから、事前通告も無しにいきなり寄港したが、そのまま補給物資を寄越せ」と言われて、その施設の司令官が素直に頷けるかどうかは微妙だろう。
ガルシア少将の人格にも問題はあるが、そもそもそこが問題だった。
ムウの指摘に、マリューもナタルも危険性を理解したようだ。
「ヘリオポリスでは少し猶予もあったんだ。物資は充分なんだろ?」
「ええ、まぁ」
ムウのメビウス・ゼロが大暴れした影響で、クルーゼ隊の波状攻撃は無かったから、アークエンジェルがヘリオポリスを離脱するのに際しては、結構な余裕があり、残っていた物資はあらかた積めていた。
「なら、このままアラスカに向かおう。
クルーゼ隊が立ち直るより前に、最大船速で一気にアラスカ降下ポイントまで向かう」
「アラスカ…?しかし衛星軌道上はザフトの監視が厳しいと思われます。
月本部までのルートの方が、ザフト圏からは離れていて――」
「クルーゼ隊の裏をかきたい。
俺達が月を目指そうってのは、あちらさんも予想しているだろうしな。
それに、もたもたしている方が危険さ。クルーゼ隊の真骨頂は速攻からの先手だからな」
ムウの記憶の中には、既に月基地から進発しているであろう第8艦隊の事も当然あったが、正直言って、あの艦隊と合流しても安全は確保できない。
ならば、アークエンジェルは単独降下が可能なのだからさっさとアラスカ本部に向かってしまうのが吉であると、そうムウは判断していた。
アークエンジェルはかなりの高速艦で、ザフト軍でこれに追いつけるのはナスカ級ぐらいで、そして付近にいるナスカ級はクルーゼ隊。
かつては、補給不足の為に出来なかった最速での突破が、今回はできるのだ。
とにかく何事も起きぬ内に…たとえばアルスター事務次官が先遣艦隊と一緒にやってきて目の前で爆散するとか…プラント最高議長の娘を拾うとか…そういう事が起きぬ内にさっさとアラスカで全民間人を降ろしたいムウだった。
あの時はクルーゼとの隠れん坊を強要させられたが、どうやらこの度はクルーゼとムウの追いかけっことなりそうだった。
(鬼が出るか蛇が出るか……ラクスは、まぁ探索隊もあの時はいたしな…拾う必要もない。
むしろ、キラと会わせてしまう方が、どんな化学変化が起きるか解らん)
少し冷たいが、ムウ個人はラクス・クライン嬢にそこまでの思い入れは無いし、放っておいても彼女が助かる公算は大きい。
それにキラとラクスを出会わせる事は、後の大テロリスト集団・三隻同盟への道筋となる。
どんな綺麗事を述べようが、やっていることはテロリズムだったあの三隻同盟は、結成した時点で、いつかはプラントと連合双方の憎しみを受けて討伐されるに決まっている。
予知夢の中の未来の事ではあるが、敢えて
狂気を宿すラウ・ル・クルーゼの動きは、今のムウにも読み辛いものだったし、クルーゼ隊にはクルーゼ本人以外にも突拍子もない行動をしでかす爆弾小僧がいるのもムウの懸念だった。
すなわちアスラン・ザラだ。
かの少年は、キラを自分の所に連れ戻す為なら、かなり深い所まで何でもやってしまう男だ。
命令違反スレスレか、少し程度の違反までもするだろう。
或いは少しどころの騒ぎではない無茶もやって、そしてそれを押し通し、成し遂げる実力が彼にはある。
三隻同盟の頃の付き合いで、ムウは少なからずアスランの人となりを知っているから、アスランの無鉄砲が今は恐ろしいと感じられた。
(クルーゼが、アスラン本人の情熱を利用する手も考えられるしな)
ムウの前途は多難だった。
その少年は手足を拘束され、医務室のベッドに転がるように寝ていた。
甘い顔立ち、柔和な表情。ニコル・アマルフィだ。
だが、敵戦艦の中で捕らえられているわけで、さすがのニコルの表情もいつもより厳しい。
「目は覚めていたか。体調はどうだ?」
天井の一点を見つめて身動きもしないニコルに、敵勢力の軍人とも思えない砕けた雰囲気の口調で話しかけてくる男はもちろんムウ・ラ・フラガだった。
「…あなたは――」
「俺はムウ・ラ・フラガ。本職はパイロットだが、成り行きで今はこの艦の艦長もやっている」
「…ムウ・ラ・フラガ…そうか、エンデュミオンの鷹…道理で強いはずだ」
「知っていてくれて光栄だね、ニコル・アマルフィくん」
「…僕を知っているんですか。連合の諜報部もなかなか侮れないようですね」
「クルーゼ隊だからな。そりゃ調べるよ。
というか君達は、連合でもちょっとした有名人だからな」
「…」
尋問しても無駄だと言わんばかりに沈黙する少年に、ムウは構わず言葉を続ける。
「ま、今はゆっくり休んでくれ。
形ばかりの尋問はするが、拷問なんてしやしないからさ」
「…へぇ、ありがたい話ですけどね」
「まぁ信じられないよな。今はお互い敵同士だし。
…でも、君も何となく、この艦の状況は解ってるんじゃないか?
とてもまともな軍艦じゃないんだよ…このアークエンジェルは。
大半が民間人で、ほとんどが巻き込まれた人達なんだ」
耳を澄ませて外の様子を探っていたニコルにも、それはある程度感じられた。
軍艦では有り得ない、女子供、老人の声が、優れたコーディネイターであるニコルの耳に頻繁に聞こえていた。
「それで…寝てるだけじゃ君も暇だろ?
ちょっと頼まれてくれないか?」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声がニコルの口から漏れた。
いきなり何を言い出すんだこの人は。
表情でそう語っていた。
「この艦はオーブのヘリオポリスで造られた。
ヘリオポリスは知っての通りナチュラル、コーディネイター、双方関係の無い中立だ。
だから、避難してきた民間人の中にはナチュラルもいれば、当然コーディネイターもいる。
で、だな。
運が悪かったというか…ここに避難できたコーディネイターは一人だけで、ちょっと…コーディネイターって事で孤立気味なんだ。
君が話し相手になってくれないか」
「な、何を言っているんですか、あなたは」
「いや、君とキラなら、きっと馬が合うと思ってな」
「そういう話じゃないんですが…。
僕は敵ですよ?ザフトの捕虜なんですよ?」
ニコルの都合も言い分もお構いなしに、ムウは一方的なペースで話続ける。
「そうだけど、君は仲間の為に一人で殿をやって、味方を逃がそうって男だろ。
そういう尊敬できる男だから、こういう事も頼む気になったのさ。
それに…俺の勘は良く当たるんだ。きっと君は心の底から優しい奴だってね。
君の所の隊長も、良く勘を当てるだろ?それと同じさ」
「話をすり替えていませんか?
…僕はそんな事をする義務も義理もありません」
「そうだな。でも、どうせ暇だろ?
キラをこっちに寄越すから、まぁちょっと話してみてくれよ」
「あっ、ちょっと!」
言うだけ言って、ムウは医療ベッド横の椅子から立ち上がるとさっさと出ていってしまう。
なんて強引な男だ。
ニコルはそう思った。
しかし、言葉の端々に気になるキーワードも見え隠れしていた。
まるで、ニコルの上官、ラウ・ル・クルーゼと顔見知りのような言い草で、しかもそれをニコルにわざと匂わせているような、そんな話し方だ。
ただ敵軍のエースだから情報を知っているという口ぶりでもなさそうだったのが、ニコルには気になる。
(エンデュミオンの鷹、ムウ・ラ・フラガ…何か、クルーゼ隊長と関わりが…?)
聡明な少年は、何かに気付けそうだったが、これ以上の取っ掛かりとなるような決定的なキーワードには辿り着けない。
しかし考える時間は、不幸にしていっぱいあるのだ。
慌てる事もない。
口惜しくもあるが、今はただ、ムウの言う通り傷を癒やし(と言っても軽傷だが)この艦の情報をもっと集める必要があったし、そのキラという少年との接触も情報収集の良い切っ掛けになるかもしれない。
捕虜の身でも、クルーゼ隊の仲間達の為に繋がるかもしれない事を一つずつやっていこうと、そう決意するニコルだった。
一難去ってまた一難とはまさにこの事だろう。
避難民のリストを見て、ムウ・ラ・フラガは愕然となる。
「嘘だろ!?」
思わず大きな声も出てしまう。
「ど、どうしたんですか、フラガ艦長」
一緒にリストをチェックしていた副長、ナタルもびっくりした様子だ。
「あ、あぁ、いや、スマン。
え~と…その…これ、見てくれ」
「はい?」
フラガの顔と端末を遮るようにして、横合いから首を突っ込み彼の端末を覗き込むナタル。
耳にかかる髪を掻き上げながら覗き込む仕草は、かつてマリューと愛を誓いあった筈のムウでもドキリとする。
(いや、まぁ…俺が〝フラガの先読み〟で視ちまった予知夢で夫婦だっただけで…マリューとは恋人でも何でも無いから不貞でもないわけだが)
そう思っても何だか妙な後ろめたさがジクジクと湧くのは仕方のない事だった。
「これは…カガリ・ユラ・アスハ…?…アスハ?」
うん?といった顔でナタルが唸った。
「何か聞いた事がありますね」と呟き考えている。
アスハの文字列を見ても、すぐに正解に直結しないのも無理はないだろう。
そもそも思考の前提条件として、オーブの名家にして現政権のトップ、ウズミ・ナラ・アスハの娘がヘリオポリス避難民としてアークエンジェルにいるのが有り得ない。
偽名も使わず、余りにもどうどうとリストに名があるのが、逆に本物ではなくただの同姓同名を疑わせるが、顔写真まであるから間違いなく本人だ。
「これ…オーブの代表首長ウズミ・ナラ・アスハの娘さんだぜ…」
「なっ、えっ…え?」
ムウが正解を示してやると、一瞬、ナタルとも思えない少々間抜けな顔と声を顕にした後に、ナタルはゆっくりと天を仰いだ。どうやら自分の知識の中にあるアスハの令嬢と一致してしまったらしい。
ムウもそれに倣って、二人して天井を見て嘆息する。
(どうしてこんな事になった!?)
ムウの心はまさにそんな言葉でいっぱいだ。
かつての記憶をどんなに呼び起こして確認しても、間違いなくカガリはアークエンジェルが砂漠に降下した後…地元レジスタンスと接触する中で出会った筈。
たしかに、戦後、キラとの雑談の中で、ヘリオポリス襲撃事件の時にカガリがいてびっくりだ、とかいう話は聞いた事があったが、その時はキラが避難シェルターに突っ込んで無事逃げおおせたと聞いていた。
(それが――)
どうしてだ。
後でキラに事情を聞くしかない。
だが、どうもムウが前史を捻じ曲げてヘリオポリス戦で活躍し過ぎてしまった影響だろうとは彼にも見当がつく。
「まいったなぁ」
自分の行動が、思ったよりも波紋を広げている事にげんなりする。
しかし良い兆候とも言える。
確実に運命がズレてきているという事なのだから。
が、それはさておいて頭の痛い問題が一つ増えた。
隣でナタルも眉間に皺を寄せている。
「なぜ、あのタイミングで代表首長の娘が…ヘリオポリスに!」
「さぁ?案外、G兵器の視察だったりしてな…だがこの際、理由はもうどうでもいいさ。
問題は、このアークエンジェル内に、今まさにアスハのご令嬢が乗艦してるってことだ。
大問題だ。国際問題だ。あ~、くそ…」
しかもムウ・ラ・フラガの記憶には、じゃじゃ馬っぷりがしっかりと残っている。
邪心野心とは無縁だが、考え足らずの一直線の熱血娘。
控えめに言ってもトラブルメーカーだ。
悪意ある娘ではなく正義感と責任感に溢れた善性の人間なのが、より厄介だった。
しかもハイソサエティな社会的地位がある。
「…バジルール少尉、オーブのお姫様に監視の人員って割けるか?」
「無理です。人手がありませんよ…」
「だよなぁ」と言ってムウは、また深い溜息をついた。
絶対何かしでかすと、ムウの直感がそう告げている。
フラガの異能が無くたって、カガリを少しでも知っている人物なら誰でも直感できる事だ。
「バジルール少尉…俺は、結構耳聡い男でな。諜報部にも知り合いが多い。
それにゴシップ記事も案外好きだ」
「は?ハァ」
ナタルの美貌が、いきなり何だ、という表情に歪んだ。
「週刊誌曰く…カガリ姫はな…とんだトラブルメーカーだぜ。
大変だろうが、なるべく少尉も気にかけておいてくれ。
場合によっては営倉入りもやむを得ない」
「そ、そんななのですか?タブロイド紙の言うことでしょう?少々大げさでは…」
「…だといいんだけど」
圧倒的な戦闘経験を持ってすれば、アークエンジェルとキラを守る事ぐらいは出来る。
そう思っていたムウだが、
(どうやら、俺のせいか…。やりすぎたせいで、こうも捻れてくるなんてな…。
いや、そもそもあの夢がただの先読みの肥大化なら、それがただ外れただけって事か。
どのみち…やっぱりアル・ダ・フラガに見捨てられるだけの才能しか無いって事か…俺には)
暗雲立ち込める先行きに頭を抱える。
こういう時ばかりは、百発百中で先読みをしていたアル・ダ・フラガを羨ましくも思えた。
時間にして約6時間は、平穏な時間だったろう。戦闘がなかったという点で、だが。
捕虜の様子を見、さりげなく避難民の様子を見るフリでキラの様子を見、そして問題のお姫様の様子も見る。
今の所は大人しくしているようで、同年代という事もあってか、キラを始めとするカトーゼミの面々とカガリは軽く雑談をしたりして気を紛らしているようだった。
格納庫の2機のG兵器の様子も見て、OSを弄っているマリューに、未来視から得ている知識で少しばかりアドバイス(と言っても専門職ではないムウには限界があって、マリューの知識を誘導する程度しか出来なかったが)をしたりした後に、艦橋へ戻り、ナタルを中心としたCICの連中と戦闘時における動きの打ち合わせをする。
艦橋に詰める人員も、キラの学友達が協力を申し出ていないから圧倒的に人手不足で、誰も彼もが一人二役以上をしていた。
少しも休憩を挟む事無く、ムウがそんな風に忙しくしている時だった。
嫌なタイミングで嫌な奴が来る。
そういう事は、人生においてまま起こる。
特に、ムウ・ラ・フラガとラウ・ル・クルーゼの関係は互いにそのようなものだ。
「やっこさん、慌てて追いかけてきなすったな。ナスカ級との距離は!」
被り慣れない制帽に短い癖っ毛をねじこんだムウが誰にともなく尋ねると、CIC電子戦担当兼通信士のチャンドラ二世が明朗に応えた。
「後方より高速で接近!距離200!」
「振り切れそうか?」
少しの間、考え事をしている様子のムウに代わり、ナタルがチャンドラ二世へと確認をとる。
「いえ、食いつかれています。このままでは……っ、ナスカ級、熱源4放出!MSです!」
チャンドラ二世がそう報告した時には、既にムウは制帽をナタルに投げ寄越して、艦長席を飛び退いていた。
「フラガ艦長!」
「俺がGで出る!バジルール少尉、後は頼む」
スライドして閉まる扉の向こうから、遠のくナタルの声が聞こえるが、既にムウの思考はMS戦へと移っている。
ロッカーからパイロットスーツを雑に引っ掴みつつ、小型通信機をONにして、今では整備クルーのおっかさん兼マドンナとなっているマリュー・ラミアスへとチャンネルオープン。
「ラミアス大尉、ストライクは出られるか?」
『はい、まだ微調整は残っていますがストライクもブリッツもいけ――』
そこまで言って、マリューの通信機越しの声が止まった。
そして直ぐに怒号が聞こえた。
『なに!?ちょっと誰よ!なんでストライクが起動しているの!?マードック軍曹っ!!!』
何となく、ムウは察せてしまった。
(嘘だろ…あの爆弾娘、もうやらかしたか?)
そんな予感を胸に秘め、ムウは格納庫へ向かう脚を速めながらマリューへ聞いた。
「あー…ひょっとして、誰か勝手に乗ったか?システムにロックは?」
『す、すみません!私達整備班の失態です!
フラガ艦長に事前に注意しろと言われていたのに!
OSも微調整中だったので、ロックは解除中で…!
搭乗者はカガリ・ユラ・アスハです!』
はぁぁ、という間延びした嘆息がムウの肺から漏れた。
予想できても止める事は容易ではない。
悲しいが、ムウが一人何役もこなそうが、無鉄砲な少女を止める人員は確保できていなかった。
そこぐらいは、キラ達に話を通して止めてくれるよう頼むべきだったかもしれないと今更に後悔するが、もう遅い。
「ブリッツは出られるのか?」
『OSのフラガ艦長向けの調整は終わっています。
とは言っても、殆どニコル・アマルフィが改変したOSのままですが』
「それで充分…ありがとう、大尉!」
そのタイミングで、ムウは格納庫のハッチに到着して飛び込むと、ちょうど目の前にツナギ姿のマリューがいたものだから、彼女の背中(やや尻より)を軽く叩いて颯爽登場。
「きゃあ!?艦長!?」という嬌声が「セ、セクハラです!」という怒鳴り声に変わるのに1秒の間も必要なかった。
予知夢内で
「うおぉお!?あ、危ねぇ!!おい全員避けろーー!!ストライクから離れろーー!!」
マードックが叫んでいた。
ヨタヨタ歩きのストライクが、無理矢理カタパルトへと自らを固定し、発射シークエンスをこれまた無理矢理にとる。
『さっさと射出しろ!ダメだと言っても私は出るからな!
これは…私の責任なんだ!私がケリをつけるっ!』
ストライクの外部スピーカーから、ハスキー気味の美しい声色が響いて、やはりその声はムウも良く知っている少女の声だ。
「千鳥足でも、あそこまで歩かせただけで大したもんじゃないの…カガリ!
でも…帰ったらお仕置きだな、これは」
遺伝子上、もはや兄妹と言えるかは怪しいが、ムウのアドバイスで多少改良されたとはいえコーディネイター向けOSのストライクを動かすのは、さすがはキラの兄妹だと感心する。
ブリッツのコクピット内で彼女を褒めつつ憤慨しているムウは、手早くブリッツを起動していく。
パネルに表示される〝General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis System〟の文字列。
「ガンダム、か」と、ムウはどこか懐かしそうに遠くを視ていたようだったが、そこへ艦橋からの緊急CALLが入ってムウを現実へ引き戻した。
「どうした、バジルール少尉」
『ストライクです!無理矢理発進しようと…!どうなさいますか艦長!』
「出してやれ!あの様子だと隔壁にビームライフルでも撃っちまいそうだからな」
『しかし…万が一にも墜ちたら、オーブの姫とストライクをいっぺんに失うことに…!』
「そうさせないのが俺の仕事でしょ。やってやるよ…まぁ見てろって!」
エンデュミオンの鷹、不可能を可能にする男、艦長兼エースパイロットのムウ・ラ・フラガが、黒いガンダムのセンサーアイを青く光らせた。